三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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一つの戦闘がニ・三話辺りで決着するのって、十分早いと思うのは私だけなんでしょうか…。
師匠のオサレシステムを本気でリスペクトして書けば、十話程度は掛かる自信があるんですが(笑





おとり先生様、沢山の誤字報告、真に有難う御座いました。



第五十三話 三日月と姫と幼女と豹王と主人公と…

 ノイトラは不敵な笑みを浮かべつつも、その内心では盛大に安堵していた。

 それは先程のグリムジョーが放った黒虚閃を既の所で止められた事だ。

 賭けに等しい部分もあったが、結果良ければ全て良しである。

 

 流石のノイトラも、あれは想定外な展開だった。

 確かに黒虚閃は十刃が皆共通して使える技だが、記憶を辿る限り、史実に於いてそれを使用したのは二人のみ。

 しかもあの局面でグリムジョーが使用するとは誰が想像出来るだろうか。

 

 最強の虚閃だけあり、生半可な攻撃では相殺不可能。

 同じ技であれば問題無いが、その為には帰刃が必須となる。

 それに織姫とネルへの直撃のタイミングを考慮すると、まず普通に対処していては確実に間に合わない。

 例え無拍子の帰刃から溜め無しの黒虚閃を放ったとしても、コンマ数秒の遅れが出る。

 

 残された手段は、全力の響転で織姫とネルの前に立って己が身を盾にするか、現状で即行使用可能且つ強力な技で相殺する事。

 後者は未だしも、前者は少々確実性に欠ける。

 何せノイトラ自身は黒虚閃を直接受けるのは初めてだ。程度も不明だし、通常状態で身体を盾にしただけで全て止められるか如何かも判断出来無い。

 まあ当然だろう。最悪自身を飲み込んだ上でそのまま直進し続け、結局守るべき背後の二人に直撃する羽目になれば意味が無いのだから。

 

 だが幸いな事に、ノイトラには実戦未投入の技が多数あった。中には黒虚閃の相殺条件を満たすものも複数。

 緊急事態故に致し方無いと、ノイトラは通常状態で使用可能な内、最も強力な虚閃系統の技を選定して使用。それが先程の“虚閃・多重奏”だった。

 実はこの技、元はとある人物の技を目指したが失敗に終わり、それを勿体無いとして少々捻りを加えて別な技として再開発した経緯を持つ。

 内容は単純。全身に張った霊圧の膜から放たれる通常の虚閃を無数に重ね合わせ、その威力と範囲を倍増させるというもの。

 

 今回は咄嗟の使用だった為か、重ねられたのは二十発程度だったが、集中して行えば最高で四十発近くまで可能。

 その威力はノイトラが正真正銘の全力で放つ“王虚の閃光”に匹敵する。

 だが多少制御に難がある上、霊圧の消費量が倍近い。発動が早い部分以外は特にメリットが無く、本人も余り積極的に使用したいとは思えない勝手の悪い技だった。

 

 

「ノイトラ…君…」

 

 

 状況の変化に追い付けていないのか、織姫は“三天結盾”を解除しつつも、心ここにあらずといった風な表情を浮かべていた。

 それを耳に入れたノイトラは振り返ると、小さく鼻で笑った。

 

 

「ハッ、俺が此処に居るのがそんなおかしいか?」

 

「そんな…こと…」

 

 

 返答しようとするが、織姫は言葉を詰まらせた。

 そして思い出す。グリムジョーに宮から強制的に引っ張り出されるより前に聞いたウルキオラの話に、それ以外で自身が持ち合わせているノイトラについての情報を。

 

 喜助と夜一を同時に相手取っても未解放のまま切り抜けられる程の高い実力を持ち、そして戦闘狂のきらいがある危険人物。だがその反面、身内には寛容で、それ故に藍染の所有物である織姫に親身に接する優しさを併せ持ってもいる。

 

 絶体絶命の危機に陥った自身を助けたのも納得出来る。

 織姫はこれ以上に無い程の頼もしさを、ノイトラに感じた。

 だが直後に気付く。

 確かにノイトラは自身の味方だ。

 しかし一護は違う。今の彼は拠点である虚夜宮に無断で入り込んだ侵入者であり、藍染に仇なす敵。

 そして腕の中に居るネルも同様。彼女も破面とは言え、一護に非常に懐いている様子を見せており、彼が戦っている時は声援を送る等、仲間として振舞っている裏切者。

 この二名に対し、ノイトラが如何なる判断を下すのかは想像に難くない。

 

 織姫の全身が震え出し、顔色も次第に青褪めてゆく。

 そんな彼女の変化に気付いたのか、ネルはもぞもぞと身体を動かし、自身を包んでいる腕の中からその顔を覗かせた。

 

 

「どうかしたっス…か…ッ!!?」

 

 

 明らかに普通では無い織姫の表情を目の当りにしたネルは、思わず問い掛ける。

 だが続けて織姫の視線の先を辿り―――絶句した。

 その先には自身が知り得る限り、一護と戦っているグリムジョーよりも更に上の階級に位置する十刃が立って居たのだから。

 

 

「ッ―――…ンだよその餓鬼は?」

 

「ひっ…!!!」

 

 

 不意に二人の視線がぶつかった。

 ノイトラはその口から飛び出し掛けた名を咄嗟に飲み込むと、平静を保ちながら白を切る。

 此処でネルの正体に気付いた素振りを見せ様ものなら、十刃として然るべき対処を取らねばならなくなるからだ。

 

 虚夜宮内に於いて、ネリエルとその従属官二名は行方不明という扱いになっている。

 そんな彼女が、姿を変えたとは言え戻って来たという事が何を齎すのか。

 失踪者という肩書が脱走者という扱いに変化。即ちネルは裏切者という粛清対象となってしまう。

 一護の行動を容認している時点で既にそうなのだが、その部分は上手く対処すれば殺されずに済む可能性も高い。

 例えばノイトラ自身がネルを管理すると言って、二度と自分達を裏切る事が出来無い様に躾けるとでも言えば良い。まあこれは一護がグリムジョーに敗北するという、最悪のシナリオを辿った場合での話なのだが。

 

 

「ぅ…ぁ…!!」

 

 

 ネルはその圧倒的な存在感と霊圧に萎縮し、小さな悲鳴を漏らす。

 同時に感じる拭い様も無い違和感と、激しい頭痛。

 思わずネルはノイトラへ向けていた視線を逸らす。続け様に自身の頭部を両手で抱えると、再び織姫の腕の中へと潜り込んでしまった。

 

 

「てめえは―――」

 

「何しに来やがったノイトラァ!!」

 

 

 ノイトラへ何かを問い掛けようとした一護を遮り、グリムジョーが声を荒げた。

 その顔には闘争の空気を乱された事に対する怒りと、僅かな焦燥が見て取れる。

 

 

「まさか俺の戦いを邪魔する気じゃねえだろうなァ!!?」

 

「しねェよアホ」

 

「……え…?」

 

 

 即答したノイトラに、織姫は全身を硬直させた。

 見れば一護も同じ様な反応を示している。

 

 

「勝手に御姫サマを連れ出したりとか、色々と言いてぇ事はあるが―――取り敢えず置いとく」

 

 

 不満気な表情を浮かべながら、ノイトラは右手で後頭部を搔いた。

 その態度はまるで、状況が状況だけに致し方無く妥協しているのだと、傍から見ればそう言っている様に見えた。

 だが当人の本音は別。寧ろノイトラは史実通りに事を進めてくれたグリムジョーに対して感謝こそすれど、非難する意思は毛頭無かった。

 ―――危うく織姫とネルを殺し掛けた件については別だが。

 

 当然、それを態度に出す訳が無い。

 だがこの場面に於いて、ノイトラが取るべき適切な行動は、組織の一員としてグリムジョーの独断行動を窘める事だろう。

 一切触れずに居るのは余りに不自然。せめて素振りだけでも見せなければ拙い。

 ノイトラは雰囲気を装いながら、言葉を繋ぐ。

 

 

「これはテメェの戦いだろ。それに手を出す気はサラサラ無ぇ」

 

 

 ―――但し、少しは周囲の被害とかを考えて動け。

 最後にそう付け加えると、ノイトラはその場に胡坐をかいて座り込んだ。

 そして視線をグリムジョーから一護へと移しながら言う。

 

 

「御姫サマの事は気にすんな。火の粉は払ってやる。だから存分に戦り合えや」

 

「っ!!」

 

 

 そう言われはしたものの、一護は戸惑っていた。

 信用ならないというのもあるが、何より恐れていたのだ。間も無く再開されるであろうグリムジョーとの決闘を観察される事で、ノイトラに自身の情報が知られる事を。

 

 状況だけを見れば、グリムジョーを打倒すれば次に相対する事になるのはノイトラだ。

 只でさえ階級は上だし、真の実力も未知数。実際に交戦した喜助も要注意人物に指定しており、ドルドーニも意味深な事を語っていた。

 戦闘態勢を取っていないとは言え、警戒しない訳が無い。

 

 

「…チッ、仕切り直しだ」

 

「グリムジョー…!!」

 

「ボサッとしてんな!! さっさと始めんぞ黒崎ィ!!」

 

 

 グリムジョーは一護にそれ以上考える暇を与えてくれなかった。

 如何やらノイトラの言い分を一先ず信じ、戦闘を続行する事に決めたらしい。

 

 解放前に使用した鉤爪とはまた異なる、黒に染まった両手。その指先に伸びる鋭利で長い爪で敵を切り裂かんと迫る。

 一護は身体を横に逸らす事で躱すと、宮から距離を取るべく高速で駆け始めた。

 

 二人が再び激闘を開始したのを遠目で確認しながら、ノイトラは深い溜息を漏らしていた。

 頭に血が上ったグリムジョーは想像以上に厄介だ。他者を一切信用していないが故に、自身の目的に対して不確定要素と成り得るのであれば、例え同胞であろうとも躊躇無く始末に動く。

 最悪の場合、ノイトラはグリムジョーと殺し合う可能性も考慮していたりする。

 その時は一時凌ぎではあるものの、それを回避出来る対策も立ててはいた。

 だがそれではやはり後々面倒な事になるのが目に見えている為、そうならずに幸いだったとも言える。

 

 

「……ノイトラ君も…」

 

「…あ?」

 

「黒崎君と、戦うの…?」

 

 

 思考を巡らせながら戦場を観察するノイトラの背中へ、織姫は震え声で問い掛けた。

 彼女の腕の中では相変わらずネルが頭を抱えて唸り続けている。

 

 

「グリムジョーが負ける様な事になりゃあな」

 

「っ、そんな!! 黒崎君は戦った直後なのに―――!!」

 

 

 平然と放たれたその返答に、織姫は悲痛さを滲ませながら声を荒げた。

 まだ戦う事自体は理解出来る。敵同士なのだから当然だろう。

 しかしそのタイミングが余りに悪い。まさかこのノイトラが漁夫の利を狙う様な真似をするとは予想外であり、余りに無慈悲。

 

 今迄に様々な困難を乗り越えて来た一護でも、流石にこれは分が悪過ぎる。

 せめて如何にか一護が、万全とは行かずとも回復を待った形で戦ってもらえる様に懇願すべきだろう。

 幸いにも、ノイトラは話の通じる相手だ。もしかすると聞き入れてくれるかもしれない。

 そう考え、織姫が口を開き掛けた直後だった。

 その僅かな希望を打ち砕く言葉がノイトラから放たれたのは。

 

 

「何言ってやがる。此処は戦場だぜ。不平等なのが当たり前だろうが」

 

 

 織姫へ向けられる冷ややかな視線。

 しかし実のところ、そんな態度を見せているノイトラの内心は謝罪一色だったりする。

 

 

「戦いってのは元々、不平等と不寛容が産み落とす怪物だ」

 

 

 本心では無く演技なのだから当然だろう。

 だがこれはノイトラが目的を果たす為に必要なのだ。

 織姫にとっては非常に辛い場面だろうが、此処は耐えてもらわねばならないと、心を鬼にする。

 

 

「どんな理由であれ、敵を作り、敵を作った瞬間から、呼吸一つまで戦いの内だ」

 

 

 平静を装いながら、史実に於けるノイトラが口にした台詞を、大分省いた形ではあるが、さも当然の様に語り続ける。

 とは言え、全部が全部演技な訳では無い。中にはノイトラ自身もある程度納得している数少ない内容も含まれている。

 加えて憑依後から無我夢中で潜り抜けた修羅場の経験もあってか、その言葉には確かな重みと説得力があった。

 当然、聞く側の織姫はそれを十二分に感じており、御蔭で反論も何も浮かばなかった。

 

 

「それに敵の本拠のど真ン中で、あんだけハデに戦ってんだ。それが何の意味を持つのか解らねぇ訳じゃ無ぇだろ?」

 

「―――っ!!」

 

「のんびり観察させてもらうとするさ。隅々まで、な…」

 

 

 ―――何て卑怯な。

 織姫は理解した。グリムジョーに加勢しなかったのはその為かと。

 

 確かにノイトラの言っている事は正しい。

 例え一護がそれ程消耗せずにグリムジョーに勝利出来たとしても、不利な状況は変わらない。

 敵地の中心で盛大に戦うという事は、自身の情報を見せびらかしているのと同等。

 しかも一護は持てる技の殆どを出し切っており、切り札すら披露している。

 戦場を観察している者が居れば簡単に対策を練られてしまう事だろう。

 

 ノイトラは悪びれる様子も無しに、それ等を行っている。

 仲間が傷付き、血を流している光景を視界に捉えていながら。

 しかしその割には、ノイトラからは低劣な小者の醸し出す様な雰囲気は全く無い。

 寧ろ真逆。己は何ら恥ずべき事なぞしていないとして、堂々と構える男らしさを感じる。

 ―――卑劣でも外道でも、好きな風に言えば良い。

 直接口に出さずとも、その大きな背中はそう語っている様に見えた。

 

 それ故か、織姫には如何してもノイトラが悪い人には思えなかった。

 戦いというのは大抵、勝たねば意味が無い。時に敗北する事に意味がある場合もあるが、それは一先ず置いておく。

 自然界に於ける生存競争であれば顕著だ。何せ勝者は生き、敗者は死ぬの二択のみなのだから。

 

 織姫は以前、セフィーロ達との世間話の中で聞いていた。虚の世界は正に弱肉強食である事を。

 ならばノイトラの行動にも説明が付く。

 ―――生き残る為には勝ち続けるしかない。

 全てはこれに尽きるのだ。彼の中では。

 

 現世に住む人間では想像も付かない程に厳しい世界を、ノイトラは生き抜いて来たのであろう。

 故に如何なる手段であろうとも躊躇しない。誰よりも冷徹に、熾烈に振る舞い、敵を確実に叩き潰す事を優先する。

 喜助に夜一を含めた隊長格数名を容赦無く圧倒したあの高い実力も、その経歴を証明する一つとなっている。

 それは他の十刃達も同様だ。尸魂界陣営が苦戦する訳である。織姫は理解した。

 

 

「黒崎君…」

 

 

 だがどちらにせよ、この戦いの中心に居るのは一護だ。

 織姫はその身を案ずると共に、彼がこの圧倒的不利な状況を無事に切り抜けられる事を願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最上階とその周辺が凄まじく崩壊した第8十刃の拠点の宮。

 その中でも幾つか無事な階の内一つの試験室と呼ばれる場所に、それはあった。

 内部が薄緑色の液体で満たされた、巨大なカプセル状の機械―――所謂培養槽という物である。

 その頂部には複数のチューブの様なものが伸びており、それは液体の中に浮かんでいる人型の背中へと繋がっていた。

 

 人型とは言ったものの、その姿は余りに異様であった。

 体格は平均的。体毛一本生えていない肌は病的なまでに白く、性器が存在していない為に性別も判別不可能。

 胸元にある直径五センチ程度の孔から、辛うじて種族だけは判別出来る。

 だが目や鼻に加え、耳も無い。唯一あるのは口のみ。状況的に見てもそうだが、一体如何にして生きているというのか。

 恐らくはその背中に繋がったチューブより、生命維持に必要となる成分を全て供給しているのだろう。

 

 身動き一つ無く、静かに浮かび続けていたその人型だが、突如として異変が起こる。

 閉じていた筈の口が大きく開き、上体を大きく後方へと反らしたかと思うと、その胴体が風船の如く膨張したのだ。

 全身は激しい痙攣を起こし始め、開いた口から大量の気泡が溢れ出す。その姿はまるで苦痛にもがき苦しんでいる様にも見えた。

 

 数十秒程、その動きは急激に停止する。

 すると今度は人型の身体が見る見る内に萎れて行く。

 張りのあった肌は老人の様に皺だらけに。膨張した腹部をそのままに、脂肪と筋肉の両方が失われる。

 一分も経たない内に、人型はやがて骨と皮だけの木乃伊を連想させる姿へと変貌を遂げた。

 

 空いたままの口から何かが這い出し、同時に腹部も小さく縮み始める。

 その直後、培養槽の正面がドアの様に開き、中に居た人型を外へと排出した。

 

 液体と共に飛び出した人型は、そのまま力無く床に横たわる。

 この瞬間、つい先程まで確かに生きていた筈のそれは、完全にその命の灯火を消していた。

 

 

「―――僕が生まれたという事は、本体が殺られたのか…」

 

 

 口から飛び出した直後は蛞蝓の様であったそれは、次第に人の形を取り始める。

 それは余りに見覚えがあり過ぎる人物であった。

 桃色の髪に、背中に生えた四本の触手の羽。左目付近のピエロの様な仮面紋。

 やがて大量の触手に隠れた二本の足で床に立つと―――ザエルアポロ・グランツは静かにそう呟いた。

 

 

「やれやれ、保険をかけていて正解だったよ」

 

 

 泰虎の急襲で重傷を負った後、ザエルアポロは息も絶え絶えに宮の中へと戻り、帰刃。

 そして嘗て無駄だと断じて切り捨てた中に含まれる、戦士としての勘。僅かに残っていたそれに従い、試験室内の実験用に生み出して保管していた改造破面へとある処置を施した。

 その処置こそ、ザエルアポロ自身が誇る最も優れた能力であり、完全な生命へと至った証明―――“受胎告知(ガブリエール)”。

 使用するタイミングは、主にザエルアポロ自身が生命の危機に陥った時だ。

 まず触手を用いて敵の体内に侵入し、卵を産み付ける。そして体内から相手の全てを吸い尽くして成長し、同時に宿主を死に至らしめた後、復活を遂げる。

 本人は不死鳥の如く何度も甦る等と表現しているが、傍から見れば只の寄生虫である。

 

 

「想定外と言えば想定外だが―――まあ、特に問題は無いね」

 

 

 ザエルアポロはほくそ笑んだ。

 今頃あの侵入者達は自身を倒したと完全に信じ、これ以上無い程に気を抜いている事だろう。

 そんなタイミングで無傷な自身が登場すれば、一体どんな反応を示すのか。

 

 これは現実なのかと自身の正気を疑った末、絶望に打ちひしがれるか。または敵わないと知りつつ、僅かな希望を胸に立ち向かって来るのか。

 ザエルアポロとしては後者の様になってくれれば良いと考えていた。

 始めから諦めて無抵抗と化した者より、最後まで抵抗の意志を持つ者の方が嬲り殺し甲斐があるのだから。

 

 

「さて、と…まずは先にあの五月蠅い猿と滅却師を始末するか―――ッ!!?」

 

 

 自然と口元が吊上がるのを感じながら、ザエルアポロが俯かせていた顔を持ち上げ―――直後にその表情を凍り付かせた。

 視界に入ったのは、本来あるべき試験室の光景では無かった。

 室内に存在していた機材や容器は全てが瓦礫の山と化し、部屋の隅に設けていた材料の保管庫の扉は無く、其処からは真っ黒な煙が噴き出している。

 

 ―――この有様は如何いう訳だ。

 ザエルアポロは今にも叫び出したい衝動に駆られたが、何とか堪えて状況把握に努める。

 

 周囲を見渡しながら、ふと疑問を抱いた。

 これだけを破壊されていながら、何故自身が卵を産み付けた人型が入っていた機材が無事だったのかと。

 嫌な予感を感じたザエルアポロは、咄嗟に背後を振り向く。

 すると案の定、本来であれば六つ並んでいた筈の培養槽は、彼が出て来た物を除き、全てが完全に破壊されていた。

 

 

「一体誰が…!?」

 

 

 恋次と泰虎では無いだろう。

 周囲に山積みになっている瓦礫を良く見ると、殆どが何か鋭利な物で切断された形で破壊されている。

 能力を考慮しても、この二人にそんな真似が出来るとは思えない。

 唯一考えられるとすれば雨竜か。

 だが彼の主な武器は弓だ。何か別の手段も持ち合わせてはいそうだが、時期的に考えればありえない。

 

 この考えから大凡想像が付くとは思うが、実を言うとこのザエルアポロは自身の死に至るまでの記憶が無い。

 残っているのは泰虎の乱入から数分間程度。

 それはそうだ。何せその辺りに本体が卵を産み付けたのだから、それ以降の記憶がある事の方がおかしい。

 

 

「―――あらあら~? 今起きたんですか~」

 

「ッ!!?」

 

 

 突如として室内に響き渡る、緊張感の無い間延びした声。

 明らかに聞き覚えしか無いそれを耳にしたザエルアポロは、弾かれる様にしてその方向へと振り向いた。

 

 

「あと五分ぐらい早ければ手間が省けたのに~。御蔭で部屋中を探し回る羽目になったじゃないですかぁ~」

 

「な、何故お前が動き回っている!!?」

 

 

 その声の正体は、侵入者発見から間も無くして、秘密裏に捕えた筈のセフィーロであった。

 ザエルアポロは見るからに狼狽した。

 その際に用いた薬は、専用の解毒剤を用いねば永久に眠り続ける極めて強力なものだった筈。

 ――― 一体如何やって逃れたというのか。

 天才的頭脳であっても、その理由が全く以て解らなかった。

 

 

「ま、結果的に見付かったんで良いんですけどね~」

 

「それは―――ッ!!」

 

 

 ザエルアポロの声を無視すると、セフィーロは徐に白衣のポケットに入れていた自身の右手を抜くと、胸元の高さまで持ち上げた。

 人差し指から小指までの指同士の隙間。其処には計三つの黄色の箱状の何かが挟まっていた。

 それを見たザエルアポロは瞠目した。

 何せそれは対ノイトラ用に開発した秘密兵器―――対象の霊体を永久的に閉次元に幽閉出来る、“数字持ち”を対象として作られた道具である“反膜の匪(カハ・ネガシオン)”へ改良を加えた逸品。

 

 まず対象を十刃として強化したものへ、更に特定の人物の霊圧を細かく分析して対策を組み込んだ専用設計。

 その名も“永反膜の匪(カハ・ネガシオン・ペルマネンシア)”。

 実力が未知数な部分が多い上位十刃を対象とした場合は不満が拭えないが、中位かそれ以下は永久に封じ込める事が可能だろうと、ザエルアポロは踏んでいた。

 

 

「コソコソとこんな物を作るなんて…ホント貴方は悪い子ですね~」

 

 

 セフィーロはそれを上に放り投げると、それに向って人差し指を向けた。

 その指先周辺に固められた霊圧から、ザエルアポロは彼女が一体何をしようとしているのかを察した。

 

 

「や、止め―――!!!」

 

「オシオキです~」

 

 

 咄嗟にザエルアポロが声を上げるが、無意味だった。

 焦燥に駆られた表情を浮かべる彼を嘲笑うかの様に、セフィーロの指先から放たれた不可視の弾丸が、宙を舞う三つの箱を跡形も無く粉砕した。

 

 

「このクソアマがあああああァァァッ!!!」

 

 

 ザエルアポロは激昂し、殺意全開でセフィーロへと飛び掛かった。

 それは策も何も無い、至極単純な突撃戦法。

 だがザエルアポロはこれで十分だと判断した。

 所詮相手は破面の出来損ない。風の噂で聞いた話だが、元は自身と“同格”だったとしても何の問題も無いと。

 

 先程破壊された物は、ザエルアポロが開発を開始した時点から相当に苦労した物だ。

 何せ対象であるノイトラだが、数年前より意図的に此方を避ける様になっており、現在の彼の情報が全く収集出来無い状態。

 しかし開発するには、如何あってもその膂力や霊力の最大値を知る必要があった。

 そんな厳しい状況下で、ザエルアポロはノイトラの現世での戦闘データ等を収集して事細かに分析。計算に計算を重ね、大凡の予測値を叩き出す事に成功した。

 

 だがそれ等の苦労もたった今、セフィーロの手で全てが水泡に帰した。

 破壊された三つは、予備品を含めた現時点に於ける全ての在庫だ。もう何処にも完成品は存在していない。

 今迄の情報を元にまた作れば良いでは無いかと思うかもしれないが、完成品どころか機材も破壊されたゼロの状態でそれをやれというのは、余りに時間と労力が掛かり過ぎる。

 

 

「挽肉になれ!!」

 

 

 四本の触手の羽を持ち上げながら、ザエルアポロは突進する。

 そして間合いに入った直後、セフィーロを取り囲む様にして叩き付けんとする。

 

 

「―――間抜け」

 

 

 並みの数字持ちにとっては十分に即死級の一撃。

 しかしセフィーロは一切怯んだ様子は見せなかった。

 それどころか絶対零度の視線をザエルアポロに向けている始末。

 

 

「“鎖錠牢獄(カデーナ)”」

 

 

 セフィーロは無造作に右手を横に振るった。

 するとその軌跡に反って一瞬だけ、青色の閃光が走る。

 

 その眩しさの余り、ザエルアポロは反射的に腕で目元を隠しそうになる。

 ―――目くらまし程度が何だ。

 直後にそう推測したザエルアポロは、多少顔の角度を変える程度で耐えると、振り上げた触手の羽を一斉に振り下ろした。

 

 

「……は…ぇ…?」

 

 

 だが何時まで経っても、セフィーロに触手の羽が襲い掛かる事は無かった。

 見れば彼女の一メートル手前付近で完全に停止しており、ピクリとも動かない。

 それどころかザエルアポロの身体自体が、その場に縫い付けられる様にして停止している。

 瞠目する彼の口からは、つい先程セフィーロが不意に零した言葉の通り、何とも間抜けな声が漏れ出していた。

 

 

「まさか真正面から突っ込んで来るなんて…これの何処が天才だってんだよ」

 

 

 動きの止まったザエルアポロの視線の前で、身に纏う雰囲気と口調を豹変させたセフィーロが苛立った様子で吐き捨てた。

 

 

「アホくさ、マジで無ぇわ」

 

「な…にが…」

 

「それ位てめぇの頭で考えな、淫乱ピンク野郎」

 

 

 真面に答える心算は無いのだろう。セフィーロは突き放す様にしてそう返すと、未だに呆けたまま硬直しているザエルアポロを一瞥した。

 

 

「けどまぁ…折角だからこれだけは言っとく」

 

 

 良い事を思い付いたと言わんばかりに、セフィーロはその口元を吊り上げた。

 

 

「一体いつから―――私が帰刃していないと錯覚していた?」

 

 

 次の瞬間、身に纏っていた白衣に変化が起きる。

 突如として光を放ち始めると、そのまま無数の帯となって周囲を漂い始めたのだ。

 その中心部に立つセフィーロの姿は、何時ぞやに治療室内で見せた帰刃形態そのものであった。

 

 だが一つだけ異なる部分がある。

 その時のそれは白色の光を放っていたが、現在は青色。

 先程も何か技を出す直前にそれを見せている事から、もしかするとこれが本来の色なのかもしれない。

 

 

「そん…な……莫迦な…!!」

 

 

 それを目の当りにしたザエルアポロは、今更ながら思い出した。

 自身が破面化して虚夜宮へ来るよりも過去の記憶を。

 

 最上級大虚である分、周囲はほぼ敵無しな状態ではあったが、それでも警戒すべき者は幾つか存在していた。

 怒れば怒る程その力を増し、致命傷なぞ関係無いとばかりに復活し続ける為、長期戦は御法度である憤怒の化身。

 その“老い”という理不尽な力を持ち、長きに亘って虚圏を統治している神。

 

 そして残る一つ―――虚圏の地下に存在する“メノスの森”を住処にしている者。

 曰く、生き残りたくば触れるべきでは無い禁忌中の禁忌。

 ザエルアポロが生まれるよりも以前から存在しているらしいが、大抵は噂のみで詳細を知る者は殆ど居なかった謎の塊。

 集めた情報を纏めれば、長年無差別な破壊と殺戮の限りを尽くしていたが、ある日突然最奥部の闇の世界へと移住し、それ以降は今迄の行いが嘘の様に大人しく引き籠っているらしい。

 

 その危険度が如何程かと言うと、驚くべき事にあのバラガンですら部下達に干渉を固く禁じる程。

 運が良かったのか、偶々その場面をザエルアポロは監視用の霊蟲で確認していた。

 如何やら過去に何かあった様だが、その時に彼が見せた憎々しげなオーラを考慮すると、恐らく外部に漏らす事は金輪際無いであろう。

 

 

「……“滅蒼(アスール)”…」

 

 

 今にも消え入りそうな程の掠れ声で、ザエルアポロは呟いた。

 もしセフィーロがその存在ならば、自身の中で未だに抱え続けていた疑問も大半が解消する。

 強力だった筈の薬が全く効果を表さなかったのも。

 勝手に治療室内へ手を加え、外部干渉不可能な領域へと改造して好き放題しているにも拘らず、藍染がそれを許容しているのも。

 以前バラガンが部下を使い、凄まじい勢いで力を増していたノイトラを呼び出そうとし、態々敵対の意志の有無を直接問い質したその裏に隠された真意も。

 

 

「…それを口に出すんじゃねぇよ」

 

 

 全ては不確定要素であるセフィーロが原因。

 それを制しているノイトラは一体どれ程の力を持っていると言うのか。

 本当に今更ながら、ザエルアポロは己の行いを後悔した。

 

 

「取り敢えずてめぇの持ってる記憶とか技術とか―――丸々全部頂くぞ」

 

「ひぃッ!!?」

 

「精々役立てさせてもらいますよ~? 私達の為にねぇ~」

 

 

 セフィーロは全身から得体の知れない不気味なオーラを纏いながら、じりじりとその距離を詰め始める。

 ザエルアポロは小さく悲鳴を漏らす。

 突拍子も無く元通りとなった態度も、余計にその恐怖を煽った。

 

 

「それでは脳味噌チューチューしますよぉ~…―――“悪食(コメール)”」

 

 

 セフィーロの周囲を舞う帯の一つの先端が、細長い針の様な物へと変化。

 その先端がザエルアポロの頭部を向くと―――瞬きをする間も無く、それは眉間の中心へと突き刺さっていた。

 

 

「悪魔…め…」

 

 

 この短期間で散々生き汚さを見せ付けたザエルアポロだったが、もはやこれまで。

 しかも最終的な保険として色々と仕込んでいた筈のロカも、とうの昔にセフィーロによって手を打たれている。

 つまりその意識が再び戻る事は―――永久に無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイトラという部外者の乱入という想定外の事態があったものの、グリムジョーと一護は無事―――と言って良いのか如何かは不明だが、その死闘を再開していた。

 だが戦況が互角だった筈の序盤とは明らかに異なる点があった。

 一護の動きが何処か精彩を欠いていたのである。

 

 彼自身、グリムジョーとはほぼ実力差は無く、何かの拍子で一気に均衡を崩されてもおかしくは無いと理解はしていた。

 そんな強敵を前にして、一体何をすべきか。

 至極当然の事である。全神経を集中させ、死力を尽くして戦いに臨む以外に無い。

 

 なのだが―――如何しても時折その視線が別の方角へと向いてしまう。

 無論、そんな隙をグリムジョーが見逃す筈が無い。

 時間の経過と共に、一つ、また一つと、一護の身体に傷が刻まれて行く。

 同時にグリムジョーの顔に浮かぶ怒りの色も濃度を増す。

 

 

「ドコ見てやがる!!!」

 

「ぐ…!!?」

 

 

 そしてまたしても一護が同じ動作を見せた刹那、遂にグリムジョーの怒りが臨界点を突破したらしい。

 声を荒げると、強烈な回し蹴りをその隙だらけな腹部へと御見舞いする。

 

 仮面の下の表情を苦痛に歪めながら、一護は身体ごと吹き飛ばされる。

 だが虚化の影響で耐久力が増していた御蔭か、直ぐに体勢を立て直す事に成功した。

 

 

「…そんなにノイトラの奴が気になるかよ」

 

「―――ッ!!」

 

 

 グリムジョーの呟きを耳にした一護は息を吞む。

 何故なら図星だったからだ。

 戦いの最中に一護が向けていた視線の先には、織姫とネルの傍で胡坐を掻き、無表情で此方を眺め続けているノイトラの姿が。

 

 彼は確かにグリムジョーと一護の戦いには手を出さないと言った。

 だがそれだけなのだ。

 所謂―――手は出さないと言ったが、他に対して何もしないとまでは言ってない、というやつだ。

 映画等の悪役が良く使いそうな手である。

 

 それに一護が第一に考えているのは、織姫とネルの身の安全。

 即ちノイトラが彼女達に危害を加える、または何かするのではと危惧する余り、戦闘中にも拘らず何度も視線を移していたのだ。

 例えば、仲間であるグリムジョーを勝利させる為、ふとした拍子に人質にする等といった感じに。

 この考えを本人が聞けば、そんな馬鹿な真似するかと即座にツッコみを入れるだろうが。

 

 

「気に喰わねえ…ッ」

 

 

 しかし当人の気持ちや考えなぞ、他人に解る筈も無い。

 故にグリムジョーは一護の態度をこう解釈した。

 自身の事を差し置いて、ノイトラの方に意識を向けていると。

 

 これが女性であれば可愛らしい嫉妬で済むのだが、生憎とそんな程度のものでは無い。

 最終的に放たれるのも平手打ちでは無く、真面に食らえば絶命必至な一撃である。

 

 

「とことん気に喰わねえぞ黒崎ィ!!!」

 

 

 グリムジョーは激情のままに叫んだ。

 確かにノイトラは強い。その階級から想像したものより遥かに。

 

 しかしこれだけは譲れない。一護という最高の獲物であり好敵手だけは。

 だが彼は何度も何度もその視線をノイトラに向け、此方から意識を逸らしてばかり。

 ならば―――無理矢理にでも振り向かせるたけだ。

 

 

「この俺が相手じゃ不足ってか!! あァ?!!」

 

「っ、そ―――」

 

 

 ―――そんな訳があるか。

 一護はそう言い掛けたが、それよりも早くグリムジョーは捲し立てた。

 

 

「なら見せてやる!! 俺の力をな!!」

 

 

 グリムジョーは全力でその場を跳躍し、高所へ移動する。

 そして尋常ならざる剣幕のまま、両手を下げて一護へと向けた。

 

 爪先へと霊圧が集束し始める。

 その量と密度は、先程の黒虚閃すら上回る程。

 

 

「なんだ…!?」

 

 

 此方を押し潰すかの様な凄まじい霊圧量に、一護は息を吞んだ。

 グリムジョーの思惑通り、その意識は完全にノイトラから外れていた。

 

 爪先に集束した霊圧が形を成す。

 出来上がったのは、複数の巨大な青色の刃。数は片手に其々五本、つまり計十本。

 それは過去にルピとの階級争奪戦で見せた、グリムジョーの持つ最大最強の切り札。

 

 

「…これが俺の最強の技だ」

 

 

 驚愕の余り硬直し続ける一護を見下ろしながら、グリムジョーは得意気な表情を浮かべた。

 右手と共に五本の刃を持ち上げ、その切っ先を向ける。

 

 

「言っとくが、こいつはさっきの黒虚閃の比じゃねぇ。今のてめえでも耐えられるかァ!!?」

 

 

 並みの者であれば断頭台の刃以外の何物でも無いそれが、右手と共に振り下ろされる。

 一護は咄嗟に霊子の足場を強化して踏ん張り、防御姿勢を取った。

 だが五本全ての刃を刀身で受け止めた直後、想像を遥かに超えた威力が両腕を通じて全身へと圧し掛かる。

 

 

「ぐ、あ…ッ!!!」

 

 

 一護の身体が僅かにバランスを崩す。

 これが“豹王の爪”でなければ誤差の範囲内だったろう。だが今回ばかりは致命的であった。

 

 角度が変わった刀身を滑る様にして乗り越えた青色の刃が、一斉に襲い掛かる。

 一護は反射的に頭部を後方へと逸らす。

 だが完全には躱し切れず、刃の一部が仮面を掠め、その左半分を破壊した。

 

 虚化は仮面を完全に砕かれると強制的に解除されてしまう。

 だが幸いにも、一部でも残ってさえいれば維持出来る。

 元々の持続時間にも左右されるが、一護の場合、その壁は既にクリアしている。

 加えて仮面の方も、再び集中すれば再生は可能。

 問題はその為には数秒の時間が必要な事か。ほんの数秒でも確保出来れば十分なのだが―――如何やらそう上手くは行かないらしい。

 

 

「ハッ!!」

 

 

 グリムジョーは笑みを浮かべると、間髪入れずに左手を振るい、追撃を仕掛けた。

 先程の攻撃の影響で体勢を崩したままの一護の下へ、容赦無く襲い掛かる青色の刃。

 

 一護は理解していた。これが直撃すれば終わると。

 悲鳴を上げる身体に鞭打ち、無茶な体勢のまま霊子の足場を蹴る。

 その代償に足を痛める事となったが、御蔭で既の所で回避に成功する。

 

 だが安心してはいられなかった。

 見れば青色の刃は、依然としてグリムジョーの両側に浮かんでいる。

 一護は歯噛みした。

 そう、“豹王の爪”は放ったら終わりの単発型では無いのだ。

 

 厳密に言えばどちらでも無く、操り方によって変化する。

 攻撃した直後に刃を引き戻せばそのまま維持が出来るし、壁や地面に激突する事も厭わず使用すればそれまで。

 現状に於いてこの技を切り抜けるには、青色の刃を全て破壊するか、直接グリムジョーを叩くかの二択しか無い。

 

 

「ははははハハハハハハッ!!! 見たか、これが俺の力だ!!」

 

「く、そッ!!!」

 

 

 だがグリムジョーの猛攻がそれを阻む。

 その巨大さをモノともせず、青色の刃は嵐の如く襲い掛かって来る。

 気付けば一護は防戦一方へと追い込まれていた。

 

 

「終わりだ黒崎!! てめえは俺に敗ける!!」

 

 

 一護の身体が引き裂かれ、残り少ない仮面が更に砕けて行く。

 何度か刀を振るって対抗しようとしているらしいが、全てが押し負け、無駄に終わっている。

 

 ―――これが自身に楯突いた者の末路だ。

 勝利を確信したグリムジョーは更にその笑みを深めた。

 攻撃の手を緩めぬまま、一護へ言い放つ。

 

 

「てめえを殺した後は残りの連中だ!! そして―――」

 

 

 一旦言葉を区切ると、一瞬だけ視線を一護から外す。

 

 

「次はノイトラ…てめえだ!!」

 

 

 高揚した気分がそうさせているのだろうか。

 明らかに問題発言なのだが、グリムジョーは構わず続ける。

 

 

「人間だろうが死神だろうが破面だろうが関係無え!! 俺をナメた眼で見やがる奴は、一人残らず叩き潰す!!」

 

 

 グリムジョーの中で未来へのビジョンが浮かび上がる。

 それはノイトラを含めた他の十刃達五名の姿。それと対峙し、打倒する自身の光景。

 無論、これは妄想の類いに過ぎない。

 相手が相手だ。実際はそう簡単に勝てる存在では無いだろう。

 事前に己の力を磨く為の時間が必要となるだろうが、何れにせよ潰す事に変わりは無い。

 

 そして最後は言うまでも無く―――藍染。

 いけ好かない上から目線の言葉ばかりを吐くあの喉を引き裂き、心臓を引き摺り出して潰してやりたいと、何度思った事か。

 あの玉座に腰掛けて良いのは奴では無い。他の奴等を見下ろして良いのも奴では無い。

 それが許されるのは真の王である自分、只一人のみ。

 

 

「この俺が―――王だ!!!」

 

 

 猛攻に押されて地面へと落下し、膝を着く一護目掛け、グリムジョーは両手を振り上げた。

 十本全ての青色の刃の切っ先が、その命を刈り取らんと狙いを定める。

 

 それを視界に捉えながら、一護は己の死を幻視した。

 ―――今の自分に、あれを切り抜けられる余力はあるのか。

 霊圧にはまだ余裕がある。だが如何せんダメージを負い過ぎた。

 しかも片足を負傷している為、序盤の様な速度では動けない。

 

 このままではジリ貧だ。例えこれを躱したとしても、後には続かないだろう。

 ならば相討ちも覚悟の上で、真っ向から受けて立つしか無い。

 不安を胸の内に抱えながら、一護は柄を握る手に力を籠めた。

 

 

「…このままだと死ぬな、アイツ」

 

「え…」

 

 

 不意に、戦場を眺めていたノイトラが呟いた。

 それに織姫は反応を示す。

 

 

「テメェは良いのかよ」

 

「それは…どういう―――」

 

「アイツが無様に死ぬ光景を、このまま黙って見てんのかって話だ」

 

 

 続け様に放たれたノイトラの言葉に、織姫は横合いから頭を殴られた様な錯覚を覚えた。

 彼の言う通りだ。自身は何をしているのかと。

 一護が此処に来たのは何故だ。あそこまでボロボロになってまで必死に戦い続けているのは何の為だ。

 ―――自身を助ける為だ。

 織姫は後悔すると同時に自覚した。

 破面という強大な力を持つ敵に対抗すべく編み出したのであろう、一護が見せたあの禍々しい力。それに対し、密かに恐怖を抱いていた自分自身に。

 

 理解の及ばない、または得体の知れないものに対し、警戒や恐怖心を抱くのは当然の反応ではある。

 だがそれを用いているのが信頼すべき仲間だった場合は如何か。

 初見で植え付けられたイメージは、即座に拭う事が難しい。だが少なくとも、信じる為に努力すべきなのだ。

 

 

「ノイトラ君…」

 

「…この場で声を掛けるべき相手は俺じゃねぇだろ」

 

 

 振り返らぬまま、素っ気無くそう返すノイトラ。

 織姫は僅かに混乱しつつも、感謝の念を抱いた。大切な事を思い出させてくれた彼に対し。

 

 そんな織姫の思いとは裏腹に、ノイトラの発言には思惑があった。

 史実であれば、一護が絶体絶命の危機へと陥って行く光景を只々眺める事しか出来無かった織姫。そんな彼女を正気に戻し、一護の反撃の狼煙となる声援を送る切っ掛けを作ったのはネルだ。

 しかし今のネルは何故か、両手で自身の頭を抱えて唸り続けるばかりで、一向に変化が無い。

 自身と本来とは異なる形で接触をした為に、記憶が戻る兆候が早まったのではないか、というのがノイトラの予測ではあるが。

 

 もしそうだとすれば都合が良いとも言えるし、悪いとも言える。

 何せこのまま織姫を放って置けば一切状況は変わらない。そして彼女の声援を受けない一護は高確率でグリムジョーに敗け、そして死ぬだろう。

 土壇場で主人公補正が働く可能性も捨て切れないが、確実では無い。

 ―――そんな不明瞭な希望に縋るのは御免だ。

 そう考えたノイトラは、自身がネルの代役を買って出る事にした。

 傍から見ると覚悟が決められない青臭い餓鬼が取る様な偽善極まりない行動だが、目的を果たす為には致し方無いとして。

 

 

「……よし…」

 

 

 腕の中のネルを一旦下に置くと、織姫は立ち上がる。 

 肺の許容量限界まで息を吸い込むと、一護に向けて声を上げた。

 

 

「―――死なないで!! 黒崎君!!!」

 

「ッ、井上!?」

 

 

 突如として背中へ投げ掛けられた声に、一護は驚愕しつつ振り向いた。

 其処には依然として胡坐を掻いたままのノイトラの横に立ち、今にも瞳を潤ませながら此方を見詰める織姫が居た。

 

 

「頑張ってなんて言わない…勝ってなんて言わないから…っ」

 

 

 祈る様に両手を胸の前で握り締めているその姿は、見ている此方の心が締め付けられる。

 

 

「お願いだから……もうこれ以上…怪我しないで……!!!」

 

 

 一護は息を吞み、やがて苦笑を浮かべた。

 ―――馬鹿だな。

 それは自分自身へと向けた言葉だった。

 一体何をしているのか。この期に及んで勝てるか如何かを悩むなぞ愚の骨頂。

 

 勝つのだ。

 自身には守るべき仲間と、帰りを待っている家族や友人達が居る。

 彼等の存在が、自身に勇気と力を与えてくれる。

 これで敗ける方がおかしい。

 

 

「井上…ありがとな…」

 

 

 一護は織姫へ向けて優しい笑みを投げ掛けると同時に、小さく御礼の言葉を呟く。

 

 

「安心してくれ、もうこれ以上はやられねえ」

 

 

 一護は覚悟を決めた。

 相手が最強の一撃を放つなら、此方も同様の事をするまでだと。

 漆黒の刀身へ、己の霊圧を注ぎ込む。

 精神を集中させ、量に密度、その其々を未知の領域まで高める。

 

 身体が軽い。大量の鉛を背負っていた様なつい先程までの状態が嘘の様だ。

 霊圧の制御も、何故か今迄に無い程スムーズに行えた。

 ―――これならいける。

 刀を構えた一護の瞳には、もはや迷いは微塵も無かった。

 

 

「“月牙―――”」

 

 

 自身の持てる唯一であり最強の技。

 それの持つ力を信じ、全身全霊を籠めて刀身を振り上げながら、その名を叫ぶ。

 

 一方、グリムジョーは一護の雰囲気が変わった事に内心で首を傾げていた。

 だが今更自身の勝利は揺るぎはしないと、絶対的な自信を以てその刃を振り下ろす。

 

 

「“―――天衝”!!!」

 

「“豹王の爪(デスガロン)”!!!」

 

 

 十本の青色の刃と、更にそれ等を超える大きさを持つ黒い斬撃が、真正面から激突する。

 強大な力と力のぶつかり合いだ。無論、その余波は尋常では無い。

 二人の周囲に点在している瓦礫に宮は、尽く崩壊し、粉砕。衝撃が風圧となって広がり、それは織姫達の居る宮にまで迫った。

 

 

「…ちとマズイか」

 

 

 そう呟くと、ノイトラは突如として立ち上がった。

 続け様に背中の斬魄刀を抜き、織姫の眼前まで移動する。

 

 

「伏せてろ」

 

「…え?」

 

 

 突然の事に戸惑いを隠せない織姫だったが、気付けば反射的にその指示に従っていた。

 足元に蹲っているネルを庇う様にして、目を閉じながら姿勢を低くする。

 

 それを確認したノイトラは、右隣に斬魄刀を突き立てる。

 得物と自身の身体を盾として、織姫達へと迫る風圧を防ぐ為に使用する。

 

 

「きゃっ!!?」

 

 

 それでも完全に防ぎ切れる訳では無く、少しでも気を抜けば吹き飛ばされるのではないかと錯覚する程の風に、思わず悲鳴を漏らしていた。

 やがて風が完全に治まった後、恐る恐る閉じていた瞼を開く。

 真っ先にその視界に入ったのは、攻撃の余波から此方を守ってくれたノイトラの頼もしい後ろ姿。

 

 ―――やはり何だかんだ言って、結局は優しい人ではないか。

 仲間に対しては、という限定的なものだが、織姫はそう再認識した。

 

 

「っ、そうだ、黒崎君は―――!!」

 

 

 だが直後にはっとなる。

 そう、肝心の勝負の行方は如何なったのだろう。そして一護は無事なのか。

 織姫はネルを抱えたまま立ち上がると、目を凝らし、戦場を再確認する。

 

 技同士が激突したであろう場所を中心にして、極めて広範囲に砂塵が舞っており、勝負の行方が如何なったのかは全く確認出来無い。

 早まる鼓動を感じつつ、それが晴れるのを見守る。

 先程から終始頭を抱えて居たネルも、腕の中から恐る恐るその顔を覗かせる。

 

 二分程度は経過しただろうか。

 緊張した面持ちでそれを眺め続けていた織姫からすれば、何十倍もの時間が過ぎた感覚だった。

 

 砂塵が舞っていた中心部、その地面に二つの人影があった。

 漆黒の外套に血を滲ませながらも、確りとその足で立っている一護。

 彼の前には、右肩から左脇腹に及ぶ大きな太刀傷を負い、仰向けに倒れているグリムジョー。

 

 

「…一護?」

 

「やっ、た…? 黒崎君が……勝った…!!?」

 

 

 この光景を見れば、どちらが勝利したのかなぞ一目瞭然。

 始めは疑問符混じりに呟いていたネルと織姫だが、やがて互いに満面の笑みを浮かべた。

 

 だがそれは十秒もしない内に凍り付く事となる。

 直ぐ傍のノイトラが放った言葉によって。

 

 

「―――さァて、次は俺の番だな」

 

「……え…?」

 

 

 それを耳にした織姫は茫然とその場に立ち尽くした。

 ネルも驚愕の余り硬直している。

 

 

「じゃ、大人しく待ってろ」

 

 

 二人が正気に戻った時には、既にノイトラの姿は何処にも見当たらなかった。

 

 

 




【悲報】邪淫さん、シエンフラグ消失。
結局敗ける豹王さん。
主人公、動く。





捏造設定及び超展開纏め
①主人公オリ技多過ぎだろいい加減にしろ!
・あの原作のオサレ技の数々を見たら妄想が捗った。だから仕方が無い。
・ちなみに主人公が参考にした、とある人物なる者は勿論弧狼さん。
・あと技名については…オサレなやつが浮かばなかったんだすみません許して下さいなんでもry
②ネルの正体がバレた場合のデメリット。
・組織の一員がある日勝手に姿を消し、数年後に拠点に現れたら如何なるのかを考えたらこんな形に。
・最低でも拘束はされるでしょうね。
③ガクブルネル。
・あともう少し。
④生き汚さに定評のある邪淫さん。そして安らかに眠れ(´人`)
・自分で書いた癖に思った。コイツしつけぇ。
・受胎告知については、多分こういう使い方も出来るんじゃないかなと思って捏造。
・記憶云々についても同様。もしかするとピカロみたいに特殊な手段で本体から情報が送信される形になってるかもしれませんが。
・あと彼自身、改造破面とか良く生み出してるみたいですし、培養槽ぐらいなら沢山持ってそう。
⑤反膜の匪の上位版。
・原作でもありそうで無かったから、ちょっと捏造してみました。
・あと私にネーミングセンスが無いのはわかりきってる。
⑥チートなそよ風さん。
・能力説明は敢えてしません。需要無いだろうし。
・所詮は御都合オリキャラですから。
⑦ヒャッハー状態な豹王さん。それとジェラシー。
・暫く互角だった状態から優位に立つと、凄く気分が高揚する感じ。キタキタキタァァァ!みたいな。
・ベリたんってば他の奴ばっかり気にして…私だけを見てよぉ!!
⑧豹王の爪は単発では無い。
・爪自体は手にそって動いてるので、こういう使い方も出来そうかなと。
・原作では単発みたいな描写がありましたけど、多分あれは一本の爪を破壊されて驚いた為に、操作を誤った為にそうなったのかと推測。
⑨結局ベリたんに敗ける豹王さん。
・ヒロインブーストと主人公補正が合わさり最強に見える状態。
・これは勝てない(確信
⑩主人公行動開始。
・良い夢は見れたか?では死ぬがよい的な展開。

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