三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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待たせたな(CV大塚風

いえスンマセンでした本当に。
突貫工事感が否めませんが、取り敢えず投稿しときます。



あと皆さんからの励ましの言葉、お気に入りと評価に心から感謝申し上げます。


第六十二話 仄々夜宮と、死神達と破面達

 治療室にて、ロカはスタークによって運ばれてきたチルッチの治療をしていた。

 とは言っても後頭部の打撲以外に目立った外傷は無く、殆ど手間は要らない状態である。

 寧ろ遅れて登場したピカロが酷く混乱しており、それを宥める方が大変だったぐらいだ。

 

 

「…後は意識が戻るのを待つだけです」

 

 

 治療道具を台に置くと、ロカはそう締め括った。

 次の瞬間、チルッチの傍へと一斉に近寄る小さな影達。

 言うまでも無くピカロである。

 

 

「チルッチぃ~!」「おかあさ~ん!」「ママ~!」「うわーん!」「びえええん!」「キュ~ン」「死んじゃやだー!」「あなたが死ぬなら~」「私も死ぬぅ!」「みんなも一緒に」「無理心中~」「へんじがない」「ただのしかばねのようだ」「起きてよぅ…」「おねぼうさん?」「いっしょにごはん食べようよー!」「山盛りで!」「てんこもり!」「おやつは?」「さんびゃくえんまで~」「バナナはおやつに?」「ふくみます!」「そんなぁ」「がっでむ」「救いはないんですか!?」

 

「ええい騒がしい!! しかも先程から死んでおらんと何度も言っているだろうに!!」

 

「……途中で不謹慎な言葉が聞こえた様な…」

 

 

 あれよあれよと騒ぎ始めるピカロに、同じく治療処置を終えたドルドーニは思わず声を荒げた。

 隣に立つガンテンバインはそれを眺めながら小さく呟く。

 この様子から判る通り、二人は既に治療済み。霊圧も十全に回復しており、何時でも前線復帰する事は可能だった。

 

 

「つーかよ、アレをどう思う?」

 

「…言うな、闘士よ」

 

 

 ガンテンバインは徐に右手の親指で、自身の後方に当たる治療室の天井の一部を指しながら問い掛けた。

 恐らくは触れてほしくなかった内容なのだろう。ドルドーニは静かに溜息を漏らすと、指の示す方向へと振り返りながら答えた。

 

 

「モガー!! ムガモゴ!!」

 

「…こりゃ酷え」

 

「まるで蓑虫(カルコーマ)よ」

 

 

 其処には全身をセフィーロの反膜の紐によって、全身を雁字搦めにされて宙吊りとなっているグリムジョーの姿があった。

 呼吸と視界確保の為か、一応頭部から鼻の周辺は無事ではある。だが抜け出すのは到底不可能。

 ドルドーニの言う通り、正に蓑虫と言っても差し支えない状態だった。

 

 如何に十刃の一角と言えど、こうなっては只の晒し者。何とも哀れな姿である。

 憐みの目で此方を眺める二人に気付いたのか、グリムジョーは殺気を滾らせながら睨み付ける。

 ―――見ていないでさっさと助けろ。

 そんな意思が伝わって来たものの、二人にはそれが出来無い理由があった。

 

 

「睨むなよ。俺等だって放置したくてしてるワケじゃねえんだ」

 

「如何してもと言うなら、此処の監督(ディレクトール)の許しを得る事だ」

 

「ムゴゴ…!!」

 

 

 口に出さないだけで、実はもう一つ理由がある。

 もし今グリムジョーを解放してしまえば、間違い無く報復と称して暴れ出す。そして此処に来る羽目になった原因であるノイトラの元へと向かって行くだろう。

 とは言え、現在当人は行方不明となっている為、衝突する事はまず無いだろうが。

 

 

「しかし…ノイトラの奴は大丈夫なのか?」

 

「案ずる事は無い」

 

 

 当然、この二人もノイトラの霊圧の消失に気付いていた。

 しかし初めこそ動揺したものの、直ぐに落ち着いた。

 理由は先程から終始態度の変化を見せないセフィーロだ。

 

 何故スタークが気絶したチルッチを運んで来たのか。如何なる経緯からそうなったのか。全く以て疑問は絶えない。

 状況からして確実に、スタークはノイトラの霊圧消失に関係しているのだろう。故にチルッチが何かしらの行動を起こした為、多少手荒な方法で彼女を沈めた。そこまでは察せる。

 にも拘らず、セフィーロは顔色一つ変えずに対応。剰え治療室を去る直前のスタークに労いの言葉を投げ掛ける始末。

 

 

「彼女が動かないのだ。恐らく大した問題では無いのだろう」

 

「…確かにな」

 

 

 だがドルドーニが落ち着いている理由はそれだけでは無い。テスラと同様、彼は信じていたのだ。あのノイトラがこの程度で終わる筈が無いと。

 加えてドルドーニは唯一、ノイトラが秘めていた真の実力を直接目の当たりにしている。故にその信頼は揺るぎ無いものとなっていた。

 

 

「今我々に出来るのは、何時でも動ける様に万全の状態で備えておく事。只それだけだ」

 

「なら焦っても仕方が無えな。そんじゃ、もう暫く休ませてもらうとするぜ」

 

 

 納得したのか、ガンテンバインはベッドへと横たわる。

 それに続く様にして、ドルドーニも近くの椅子へと腰掛けた。

 

 

「それじゃあロカちゃん。さっき言った件の準備をしましょうかぁ~?」

 

「…はい」

 

「あの陰険メガネも少しは役に立ちましたねぇ~」

 

 

 ロカが後片付けを終えると同時に、セフィーロが声を掛ける。

 

 

「…一つだけお聞かせ下さい」

 

「はい~?」

 

 

 ふと、ロカはセフィーロへと問い掛けた。

 ノイトラが忙しなく動き回っていた時から、ずっと気になっていた事を。

 

 

「何故―――ノイトラ様を“放置”したのですか?」

 

 

 その問いの刹那、セフィーロの動きが止まる。

 だがロカは構う事無く、更に言葉を繋ぐ。

 

 

「貴女なら…如何とでも出来た筈です」

 

 

 それこそ彼女がその気になれば―――“永反膜の匪”によってノイトラが幽閉されるのを事前に阻止する程度すら容易に。なのに何故。

 暫し間を置いた後、セフィーロは薄笑いを浮かべながら口を開いた。

 見る者全てが悪寒を感じる様な、底知れぬ不気味な空気を漂わせながら。

 

 

「ノイトラさんが一番格好良く見えるのは…どんな時だと思う?」

 

「え…」

 

 

 質問に質問で返す。本来であれば失礼に当たる対応である。

 しかしロカとしては別に構わなかった。問題はその質問の意図が読めない事だ。

 だがセフィーロが意味の無い問いをする筈が無いとして、返答の為に思考を巡らせ始める。

 

 ノイトラの格好良い部分。見た目は完全に極悪人であり、過去の振る舞いも粗暴で下衆。

 だが今となっては全くの別人。荒く素っ気無い言動は目立つものの、格下の相手とも壁を作らず対等に振る舞い、やや遠回しながら優しさを見せる様になった。

 ノイトラと接する機会の多いロカはそれを十分に理解しており、最近ではヤミーの暴挙から救ってくれた恩義もある。

 

 当然、悪い部分もあるにはある。だが考えれば考えるだけノイトラの良い部分が浮かんでくる。

 単に虚夜宮以外では至って普通の事で、一癖二癖ある者達の集いだけに目立っているだけなのかもしれないが。

 

 思考を巡らせていたロカはふと、自身の頬に熱が籠っているのを感じた。

 ―――これが気恥ずかしい、というものなのだろうか。

 今迄感じた事のない未知の感情にもどかしさを覚えつつ、考えの纏まったロカは答えを口に出した。

 

 

「……一つの目標に向かって、一心不乱に努力している姿、でしょうか…?」

 

「そう。普段さり気無い優しさを見せてくれるのも良いけど、やっぱりそれが一番良いわね」

 

 

 刹那、ロカは気付いた。セフィーロの浮かべる笑みに、どこか黒く歪んだものが浮かんでいた事に。

 

 

「まさ、か―――」

 

「ふふっ」

 

 

 ロカの額から一筋の冷や汗が伝う。

 彼女は全てを悟った。

 

 

「折角ノイトラさんが頑張っているのに―――それを台無しにしてしまうなんて勿体無いと思わない?」

 

 

 そう、セフィーロは必死に足掻くノイトラの姿を眺めていたいという欲の為だけに、行動を起こさなかったのだ。

 とは言え、本当に危機に陥りそうな場合は流石に手を出していただろうが、それでもこれは余りに身勝手で歪んだ考えだとしか思えない。

 

 

「さ、時は金なり。早く行きしょうか~」

 

「は…い…」

 

 

 けろりと雰囲気を切り替えて歩き始めるセフィーロに対し、ロカは今迄以上に恐怖を感じた。

 だがそんな彼女に救われ、今の自身があるのも事実。

 

 ―――信じよう。

 今のセフィーロの事は確かに恐ろしく感じるが、結局のところ、彼女の根幹にはノイトラを想う心がある。

 例え紆余曲折あろうとも、最終的には悪い結果にはならない、させない筈だ。

 ロカは身体の震えを抑えながら、一息遅れでその後を追い―――途中でその歩みを止めた。

 

 

「その前に…」

 

「ん~?」

 

 

 セフィーロが振り返る。

 そのままロカの視線の先を追うと、わいわいと騒がしく動き回るピカロの姿があった。

 

 

「え~い」「ふぁいや~」「おしい!」「外れたー!」「もういっちょ~」「おおー」「大当たりー!」「今のは何点?」「おでこなので5点です」「ええ~」「がーん」「こんなのってないよ…」「10点はどこ?」「ち○こ~」「タ○タ○~」「う○こ~」「しっこ~」「ぷぷっ」「きゃははは!」「今のは満点ですね」「おなかいたい」「わたしの腹筋をかえしてください」

 

「グモアァァァッ!!!」

 

「止さんか悪戯小僧共!! 自分達が何をしているのか理解しているのかね!!?」

 

「勘弁してくれ!! 下手すりゃコッチも巻き添え食らっちまうじゃねえか!!」

 

 

 チルッチの無事を理解して安堵したのだろう。何時も通りの調子に戻ったピカロは、治療室に置いてある遊具の中からボールにパチンコや玩具の弓といった物を持ち出し、グリムジョーを的にして遊び始めたのだ。

 言うまでも無く、玩具の一種として扱われている当人は額に青筋を立てて怒りを露にしている。

 

 何時になるかは不明だが、この様子だと解放された直後、真っ先にピカロを殺しに掛かるだろう。ピカロを止めなかった周囲の者も同様に。

 それを察したドルドーニとガンテンバインは、盛大に焦りながら暴挙を止める為に奔走していた。

 だが数が数である。たった二人で間に合う筈も無く、状況は好転しているとは言い難かった。

 

 

「彼等を…止めてからが宜しいかと」

 

「…そうですねぇ~」

 

 

 このままではグリムジョーの拘束を解く訳にはいかなくなる。

 正直、それは困る。何せ一応彼にもやってもらわねばならない事があるのだから。

 セフィーロは静かに溜息を吐くと、ロカを連れて喧騒の中心へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京楽が初撃を食らって以降、彼と浮竹は数回に亘ってスタークとの斬り合いを行った。

 結果は散々。此方の攻撃は尽く見切られ、鬼道すらその膨大な霊圧で相殺される等、全く通用しなかった。

 そして逆に攻勢に出られれば、もはや手も足も出ない。

 幾多の鍛錬と戦場で鍛え上げられた目を用いても、響転による動きは捉え切れず。単純な体捌きすら同様。

 意識の外より繰り出される、極限まで研ぎ澄まされた斬撃は、大半が直撃して初めて気付いた。運よく受け止められても、容易く力負けする。

 

 この様に圧倒されている現状ではあるが、唯一の救いもある。それは此方の攻撃を捌かれた際に反撃がこない事だ。

 その理由を京楽は察していた。確かにスタークは本気なのだろうが、同時に此方の観察も行っているのだと。

 ―――観察が終われば如何なる事やら。

 想像するだけでも寒気がした。

 

 

「…無事か、浮竹?」

 

「っ、大丈夫だ」

 

 

 傷があるのは京楽のみ。対峙直後に刻まれた胸元のそれに加え、全身には無数の太刀傷があり、絶えず血を流している。

 対して浮竹は頬を浅く斬られた程度で、それ以外はほぼ無傷だった。

 

 理由は簡単。京楽が庇っているのだ。

 如何に隊長格の中では上位に位置する実力があるとは言え、浮竹は生まれつき病弱な身体を持っている。長時間の戦闘は勿論、強敵との激しい戦闘に耐え得る筈も無い。

 何せスタークの後には藍染と副官二名が待ち構えている。その為、京楽は浮竹の負担を極力減らしたいと考え、献身的な立ち回りをしていた。

 

 

「…済まない、足を引っ張ってしまって」

 

「そんな水臭い事言わない。僕と君との仲じゃないの」

 

 

 しかし流石に無茶が過ぎたかと、少々後悔していた。

 未だ交戦開始より僅かな時間しか経過していないが、スタークは余力を残して戦える相手では決して無い。それこそ此方が持てる全てを注ぎ込み、死力を尽くしてやっと相手取れるレベルだ。

 京楽の中で危機感が募る。

 周囲を巻き込む事を恐れるが余り、思考より除外していた卍解という二文字が脳裏を過る程に。

 

 だが現状では卍解の解放すら叶わない可能性もあった。

 その証拠に京楽と浮竹は未だに始解すら解放していない。

 通常、卍解を習得している死神は必須である解号を飛ばして始解を使用出来る。しかしスタークはその僅かな時間すら与えてはくれなかったのだ。

 

 現在は何を思ったのか、一旦距離を取って戦闘を中断してはいる。

 だがスタークにとってこの程度の距離なぞ何の意味も持たないだろう。それを身を以て理解していた京楽と浮竹は、警戒の余り身動き一つ取れずにいた。

 

 

「…少し危ねぇ、か」

 

 

 表情を強張らせながら此方の様子を窺っている二人を余所に、スタークは不意に呟く。その視線はバラガン達の戦場へと向いていた。

 バラガンの従属官達は、この空座町全体を覆う結界の起点らしき柱の近くで、伏兵らしき死神達と交戦している。

 表面上は押している。このまま流れが変わらなければ、従属官達が勝利するだろう。

 だがスタークは気付いていた。数名を除き、大半の死神達が後手に回りながらも反撃のタイミングを計っている事に。

 

 

「ハリベル達は…大丈夫だな」

 

 

 その反面、ハリベルとその従属官達四名は終始戦況を優位に運んでいる。

 最も、後者はテスラ一人しか戦っていないのだが。

 状況から見るに、如何やら一対一の対等な条件で戦う事を選択したのだろう。

 観戦する羽目になったアパッチ達の不満気な表情から、大凡は予測出来た。

 

 

「さて、そんじゃあボチボチ動くとしますか―――」

 

 

 先程までの交戦で、京楽と浮竹の戦力分析は済んでいる。

 斬魄刀の能力はまだだが、スタークは確信していた。この二人の本来の戦い方は二刀流であるのだと。

 二人に共通するのは、斬魄刀を右手左手と両利きで戦える部分と、持ち替えた際の踏み込みの違いだ。

 読まれまいとしているのか、京楽はその辺りを微妙に調整してはいた。だが先程述べた動きに加え、左腰に残された脇差―――の様に見える斬魄刀の奥深くに内包された霊圧までは誤魔化せない。

 

 未だ不確定要素は残っているものの、スタークに迷いは無かった。

 今の彼の頭にあったのは、全く以て正気を疑う内容。それは帰刃後に眼前の二人を速攻で撃破した後、危機に陥っている仲間達の援護へと回るというものだった。

 京楽と浮竹が此方の予測を超えた粘りを見せる可能性も考えられるが、その時は二人の相手をしながら援護すれば良いと。

 

 スタークの帰刃形態の能力は基本的に遠距離攻撃に特化している上、近接戦闘にも対応出来る。加えて当人の能力も隙間無く突き抜けている。

 つまるところ―――スタークにしか出来無い事。正に第1十刃に相応しい思考回路と言えた。

 

 

「止めい」

 

「ッ!!」

 

 

 スタークが帰刃の為にリリネットを呼ばんと、息を大きく吸い込んだ直後である。

 何と彼の前に突如としてバラガンが立ち塞がったのだ。

 予想外の出来事に、スタークは思わず全身を硬直させる。それは京楽と浮竹も同様に。

 

 

「それ以上動けば、儂は貴様を敵と見做す」

 

「……は…?」

 

 

 バラガンの口より放たれた言葉に、スタークは絶句した。

 何せそれは、自身の従属官達を助けるなと言うのと同義なのだから。

 

 

「アンタ…本気か?」

 

「二度は言わん」

 

 

 ―――どうか聞き間違えであってくれ。

 そう内心で願いつつ問い返したスタークだが、叶わなかった。

 

 

「解ってんだろ。このままだとアイツ等は…」

 

「それが如何した」

 

「―――ッ!?」

 

 

 何人の兵士が死のうが、自身には何の問題も無い。その程度の存在であっただけの事。

 戦場というものは常に死と隣り合わせ。特に兵隊なぞ消耗品に等しい存在だ。

 彼等が一人二人と死んだ程度で動じる程度の器なぞ、端から持ち合わせていない。

 

 

「たかが数字一つの違いで、儂より上に立った心算か。図に乗るなよ餓鬼が」

 

 

 あの従属官達は自身の所有物。

 如何扱おうが、他者に口出しされる謂われは無い。

 

 

「何人たりとも、儂が配置した駒を横合いから動かす真似は許さん」

 

 

 バラガンの思考は全てこれに尽きた。

 王であり神たる自身の采配は絶対。他者が口を挿む余地など微塵も存在しない。

 

 

「…例えそれが、藍染サンの指示だったとしてもか」

 

「ふん」

 

 

 全身から尋常ならざる威圧感を放出しながら、スタークとバラガンは互いに睨み合う。

 強大過ぎる圧と圧とのぶつかり合いに、京楽と浮竹の硬直したまま動けない。

 

 

「…勝手にしやがれ」

 

 

 一体どれ程の時間が経過しただろうか。

 長い長い睨み合いの末に、折れたのはスタークだった。

 

 吐き捨てる様にしてバラガンにそう言うと、珍しくその眉を不機嫌そうに顰めながら別方向を向く。

 バラガンにとっては実に不敬極まりない態度である。

 もしもこの遣り取りを彼の従属官達が見ていれば、立場なぞ投げ捨てて迷わず食って掛かっていただろう。

 

 だがバラガンは特に咎める様な真似はしなかった。

 元よりスタークは気に食わない存在であったが、その実力だけは本物。本気で敵対すれば、此方も無傷では済まないだろうと。

 でなければ第2十刃の立場に甘んじている訳が無い。当人としては極めて不本意ではあろうが。

 

 

「…済まねぇ」

 

 

 バラガンが響転でその場から去った後、スタークは小さく謝罪の言葉を零した。

 対象は勿論ノイトラだ。何せ全員無事で帰って来るという約束が、限りなく不可能となってしまったからだ。

 

 正直言うと、バラガンの意思を無視して従属官達を助ける事は可能である。

 しかしその行動を起こした場合、まず確実にバラガンが敵に回ってしまう。

 そうなれば最早泥沼。下手すれば連鎖する様にして、救える者も救えぬ最悪な状況へと陥る事だろう。

 

 

「あらあら、よろしくないねえ~。仲間なんだからもう少し仲良くしないと」

 

「…それが出来りゃあ苦労しねぇよ」

 

 

 先程までの態度が嘘の様な京楽の言葉に、スタークは左手で後頭部を掻き毟りながらそう返す。

 この時ばかりは、互いにいがみ合う事無く固い絆で結ばれた死神達が羨ましく思えた。

 

 

「リリネット!」

 

 

 思考を切り替えたスタークは、自身の片割れであり唯一の従属官の名を叫んだ。

 何時でも戻れる様に待機していたのだろう。リリネットはものの数秒で傍へと降り立つ。

 

 

「…やるんだね?」

 

「ああ。もうのんびりしてられる状況じゃあなくなっちまった」

 

 

 リリネットの問いに、スタークは両瞼を閉じながら答えた。

 第2十刃の従属官達はもはや助けられない。だがバラガン本人は別だ。

 駒については警告されたが、それを率いる王までは駄目だと聞いていない。

 故にバラガンを助けても、此方は文句を言われる筋合いなぞ無いという訳だ。

 

 完全に屁理屈な解釈だが、スタークは完全に開き直っていた。

 ―――何があっても、バラガンだけは助ける。

 それが成功した場合、今後は今迄以上に彼との関係が悪くなる可能性が高いが、死なせるよりはずっと良い。

 

 ならば今、自身は如何すべきか。

 今相手している二人の敵を早急に片付け、どの戦場にも助力出来る様に備えておく。それが最善だろう。

 

 当初は多少時間を掛けてでも、敵の能力を見極めた後、一気にカタを付ける予定であった。

 慎重案を抜きにして序盤全力で挑んでも勝てる可能性は決して低くは無かっただろうが、相手が相手だけにリスクが高い。

 浮竹は不明だが、京楽の様な腹の底を見せないタイプは、何かしら戦況を引っ繰り返す様な奥の手を持っていても不思議では無いのだから。

 

 

「浮竹!」

 

「…ああ!」

 

 

 京楽と浮竹は、スタークの雰囲気の変化に気付いた。

 ―――今しかない。

 二人は互いに視線を合わせると、何かを決心したかの様に頷いた。

 

 

「“花風(はなかぜ)(みだ)れて花神(かしん)()き―――”」

 

「“(なみ)(ことごと)く我が盾となれ―――”」

 

 

 其々に自身の斬魄刀を構え、解号を唱え始める。

 それを眺めながら、スタークは右手に握った斬魄刀を鞘に納め、その手をリリネットの頭頂部に乗せる。

 直後、彼女の姿が掌へ吸い込まれる様にして消え去った。

 

 

「“天風(てんぷう)(みだ)れて天魔(てんま)(わら)う”!!」

 

「“(いかづち)(ことごと)く我が刃となれ”!!」

 

 

 解放が近付くに連れ、浮竹と京楽の霊圧が上昇し始める。

 それを静かに眺めながら、スタークは自身も秘めし力を解放すべく、解号を唱える。

 

 

「“蹴散らせ―――”」

 

 

 ―――絶対に勝って。

 己の中から響くリリネットの声に、そんな事は重々承知だと返しながら。

 

 

「“花天狂骨(かてんきょうこつ)”!!!」

 

「“双魚理(そうぎょのことわり)”!!!」

 

「“群狼(ロス・ロボス)”」

 

 

 三人が解放したのはほぼ同時だった。

 噴き出した霊圧を周囲へ撒き散らしながら、京楽と浮竹は尸魂界でも唯一と謳われる二刀一対の斬魄刀を、スタークは第1十刃の所以たる真の姿を晒す。

 

 刀で言う(むね)に当たる部分の一部が欠けた、まるで青龍刀を連想させる“花天狂骨”を握る京楽。

 逆十手状の刀身を持ち、五枚の札をぶら下げた縄が柄同士を繋いでいるという、非常に個性的なデザインの“双魚理”を構える浮竹。

 そしてこの二人と相対するのは―――両手には二丁拳銃が握られ、狼の毛皮の様なコートをその身に纏い、左目にポインターの様な仮面の名残を装着したガンマンと化したスターク。

 

 

「…ふぃ~、っと」

 

 

 座り込んでいた体勢から、気怠げな様子でスタークがゆっくりと立ち上がる。

 傍から見れば隙だらけな姿だが、京楽と浮竹は動かなかった。警戒レベルを最大まで上げ、油断無くその一挙一動を観察し続けるに止めていた。

 

 これが他の若い死神達であれば、このチャンスを逃すまいと確実に攻勢に出ていただろう。

 京楽と浮竹は読んでいたのだ。その霊力の凄まじさは勿論、隙だらけに見える姿は全て偽りであると。

 

 

「…折角解放したとこで悪ぃが」

 

 

 スタークは京楽と浮竹を一瞥すると、口を開いた。

 

 

「アンタ等の斬魄刀強そうだしよ…」

 

 

 刹那、スタークの姿が忽然と消える。

 それが響転だというのはもはや判り切っている。だが先程までとは決定的な違いがあった。

 

 只でさえ捉え切れぬ程だった速度が更に一段階上昇し―――隠密機動の動きが赤子に見えるレベルへまで至っていた事だ。

 正にその速度は魔的。才気溢れる者が長年に亘り練磨を重ねたとしても、到底辿り着けぬ領域。

 

 

「―――さっさと決めさせてもらうぜ」

 

 

 上空より響く声に、京楽と浮竹は弾かれる様にして顔を持ち上げる。

 其処には体勢を上下反転させたスタークが、二丁拳銃の銃口を真下へ向けながら緩やかに落下して来ていた。

 

 

「“重光無極閃弾(セロ・インフィニート)”」

 

 

 放たれたのは帰刃形態のスタークが得意とする、燃費威力共に桁外れな、ノイトラも模倣せんとした強力無比な技―――“無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)”。

 銃より無数の虚閃を放つという単純なものだが、恐るべきはその連射速度。なんと千発以上もの数を瞬時に叩き込めるのだ。

 

 しかし本来それは拳銃一丁で放つもの。現にスタークは異なる技名を口に出している上、銃も二丁使用している。

 単純に見れば倍。片方で千発だとすれば、二千発。

 一発一発は通常の虚閃だとしても、幾つも重なれば威力は増す。他の十刃が放つ“王虚の閃光”や“黒虚閃”なぞ目では無い程に。

 

 

「は、はは…」

 

「ちょっと洒落になってないって、これは…」

 

 

 閃光に吞み込まれる直前、その有り得ざる光景に、京楽と浮竹は思わずその表情を引き攣らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乱れた呼吸を必死に整えながら、冬獅郎は眼前にて静かに佇む敵を睨み付ける。

 既に斬魄刀は始解の状態だ。交戦開始からものの数秒で、ハリベルの実力の高さを読み取った冬獅郎は、迷わず解放を選択した。

 流石に卍解は早過ぎるとして見送ったのだが、今思えば間違いであったと後悔していた。

 

 

「はっ、はッ…!!」

 

 

 強い。今の冬獅郎の心中はその二文字で占められている。

 ハリベルの持つ力、速度、技術、経験。それ等全ては凄まじく高い水準にあった。疲弊している此方に比べ、汗一つ流さずにいる時点でお察しだ。

 自身が未熟なのは十二分に理解していた。だがこれは余りにも差が開けているとしか言い様が無い。

 

 幸いなのは未だ負傷が一つも無い部分か。

 しかしこれは決して冬獅郎の奮闘の結果では無い。ハリベルが意図的にそうしているのである。

 冬獅郎が攻撃を弾かれて隙だらけとなっても、響転で死角に回り込んでも、一向に仕留めに掛からない。

 態々彼が対処出来る様になるまで一息置いた後、そこでやっと動き始めるのだ。

 

 ―――これではまるで稽古ではないか。

 冬獅郎は己の中で沸々と沸き上がる怒りを抑え込みながら、歯噛みした。

 文句を言いたいのは山々だが、後手に回り続けるしか出来ていない分際で訴えても何の意味も無い。

 それにもしかすると、此方の怒りを煽る事で刃を鈍らせる意図がある可能性もある。

 

 

「…思いの外、鈍ってはいないな」

 

 

 ハリベルは斬魄刀を眼前まで持ち上げると、何度か柄を握り直しながら呟いた。

 それを耳にした冬獅郎は悟る。彼女は自身に稽古を付ける意図は無く、単に肩慣らしをしていたのだと。

 勝負を決めに来なかったのも、直ぐに終わらせてしまうと慣らしも何も無くなってしまう為。

 

 屈辱だと、冬獅郎は内心で吐き捨てる。

 それだけの実力がハリベルにはあるとはいえ、納得出来様筈も無い。

 

 

「随分と余裕かましてくれんじゃねえか」

 

「…ふむ、気に障ったか?」

 

 

 我慢の限界だったのだろう。気付けば冬獅郎は口を開いていた。

 その声に隠し切れぬ程の怒りの感情を込めながら。

 

 

「その割には卍解を使わない様だが…」

 

「くっ…!!」

 

 

 ―――嘗めているのはどちらだ。

 その返しは、口外にそう言っている様に取れた。

 

 とは言え、ハリベルは冬獅郎の考えを理解していた。

 死神達にとって一番の目的は、藍染の打倒である。それまでに余力を残しておこうとするのは当然。故に配下の中でも精鋭たる十刃達を相手にしながら、卍解という切り札を使わずにいるのだろうと。

 

 しかしこれはハリベルにとって結構な屈辱だった。

 言うなれば―――十刃如き、卍解を使わずとも勝てる程度の相手だと判断されているに等しいのだから。

 

 他は知らないが、少なくともハリベル達は常日頃から多くの鍛練を積んできたという自負がある。

 死神達は無意識の内にそれを無下にしたのだ。故に多少の意図返し程度は構わないだろうとして、ワザと先程までの様な態度を見せていた。

 

 

「だが…そうだな。部下達が真面目に戦っているというのに、私がこれでは示しが付かん」

 

「ッ、松本!?」

 

 

 ハリベルが呟いた直後、冬獅郎の近くに何かが吹き飛ばされて来た。

 それは従属官四人と交戦している筈の乱菊だった。

 即座に体勢を整えるも、彼女の表情は苦痛に歪んでおり、攻撃を受けたらしい腹部の辺りを空いた左手で押さえている。

 

 ―――こっちの事は気にしないで。

 乱菊は視線のみで冬獅郎に訴えながら、再び自身の戦場へと戻って行った。

 

 

「部下の事より、まず自分の心配をするのだな」

 

「ちっ」

 

 

 ハリベルの忠言に対し、冬獅郎は舌打ちしながら構え直す。

 内心で敵に指導される己の未熟さを恥じながら。

 

 

「…ここからが本番だ。死力を尽くして掛かって来い」

 

 

 ハリベルは徐に、自身の斬魄刀を逆手に持ち替えると、切っ先を下に向けながら前方へ掲げた。

 

 

「“討て―――皇鮫后(ディブロン)”」

 

 

 周囲に突如として発生した大量の水が、二枚貝状の波となって全身を包み込んだ。

 それから間も無くして、その波が巻貝状に回転し始める。

 

 

「ッ、“卍解―――大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)”!!!」

 

 

 これ以上実力差を開けさせる訳にはいかない。そう判断した冬獅郎の行動は早かった。

 念には念をと、密かに保険を仕込みながら。

 

 冬獅郎の卍解が解放された直後、眼前にて渦が縦に裂かれた。

 そこから姿を現したのは、帰刃形態と化したハリベル。

 

 口元の仮面が消え、両頬に浮かぶ藍色の仮面紋。両肩や胸元周辺には装甲、下はミニスカート、膝より下は脚甲が。背中には鮫のヒレを模した飾りに、その手には持ち替え自在な鮫の頭部の様な大剣が握られている。

 元々全体的に高かった露出度が更に向上。最低限の部分だけを隠し、戦いの為に極限まで機能性を重視した、正にハリベルらしい姿だった。

 

 

「っ、来るか―――!!」

 

 

 ハリベルが徐に大剣を持ち上げる。

 それが攻撃開始の合図であると、誰が見ても理解出来た。

 

 防御か回避か。どちらにでも対応可能な様、重心を低くして構えながら、冬獅郎はハリベルの動きを注視する。

 それが全く無意味である事も知らずに。

 

 

「……は…?」

 

 

 遂に大剣が振り下ろされるかと思われた次の瞬間―――視界が左右に別れた。

 冬獅郎は理解した。自身は今、ハリベルの放った斬撃により、縦真っ二つに両断されたのだと。

 

 冬獅郎の視界が暗転してゆく。

 その様を、ハリベルは期待外れだと言わんばかりに、極めて冷めた視線で見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不覚にも良い一撃を食らってしまったと、乱菊は未だに鈍い痛みを発する腹部に顔を顰めながら思う。

 正直、たかが従属官と侮っていた。後にテスラ・リンドクルツと名乗った優男の破面は、先に仕掛けた冬獅郎の前に瞬時に回り込む等、速さには目を見張るものがあったが、意識していれば対処のし様はあるとだろうと。

 

 しかしテスラの実力は此方の想像を遥かに超えていた。

 速度のみならず、基本に忠実な剣筋と、同様の性質の徒手空拳を組み込んだ戦法。それは単純ながら非常に強力で、乱菊としても初めて戦うタイプだっただけに、苦戦を強いられた。

 加えてフェイントも用いるらしく、見事に嵌められてしまう。先程吹き飛ばされたのもそれだ。

 敵を弾き飛ばした後、上段から追撃する。そのパターンを覚えさせられたかと思いきや、がら空きの腹部へ蹴撃を捻じ込まれた。

 

 何とか元の場所へと戻ると、すかさず構える。

 そんな彼女の眼前では、サーベル状の斬魄刀を右手に持ちながらも、一切構えず自然体で佇むテスラの姿があった。

 

 ―――何と無様な結果か。

 乱菊は四人同時に相手してやると豪語した自身を殴り飛ばしたい衝動に駆られた。

 今こうして生きていられるのも、挑発染みた台詞に殺気立つ他の三人を宥めたテスラが、まずは自身が一対一で相手する事を提案したからだ。

 

 乱菊は気を引き締めた。そして冬獅郎が来るまでの時間稼ぎという自身の役目を全うすべく、思考を巡らせる。

 戦闘では分が悪い事は理解した。恐らく鬼道等の搦め手を多用しても長くは持たないだろう。

 ならば剣を交えるのと併せて弁舌を振るうというのは如何だろう。

 幸いにも、乱菊は他者をからかったり煽るのは得意分野だった。

 

 

「…案外優しいのね」

 

「何がだ?」

 

 

 不審に思いながら、テスラは問い返した。

 

 

「だって貴方、さっきから私の顔を狙わないじゃない」

 

 

 乱菊の返答が予想外だったのか、テスラは首を傾げながら答えた。

 

 

「…無用の気遣いだったか? 女性にとって顔は命だと認識していたのだが」

 

 

 今度は乱菊が目を点にする番だった。

 只の偶然だろうと考えていたそれが、まさか当人が意図的にしていたとは思いもしなかったからだ。

 

 事実、これはテスラの正直な意見である。

 別に顔を狙わずとも、勝つ方法は幾らでも存在する。胴体の方が攻撃を当て易い上、少しでも傷を付けられれば大抵の相手は動きが鈍る。つまり確実性を求めるのであれば後者が有効と言えた。

 ぶっちゃけノイトラによる紳士教育の影響が大きいのも否定出来無いが。

 

 

「あら紳士的。嫌いじゃないわよそれ」

 

「それは光栄…とでも言うべきか」

 

 

 乱菊は瀞霊廷にて数々の男性隊士達を虜にした魅惑の笑みを浮かべながら言う。

 だがテスラには通用しなかった様で、さらりと流された。

 

 

「素っ気無いわねえ。こっちは結構本気なのに」

 

「済まないな」

 

 

 ―――付け入る隙が無いとはこの事か。

 乱菊は知っていた。反応からして、テスラは心に決めた唯一無二の者が存在するのだと。

 

 ならば今度はそれに触れる形で揺さ振りを掛けてみるべきか。

 乱菊がそう考えた時だった。

 

 

「…さて、時間稼ぎはもう良いか? 余り俺も暇では無いんだ」

 

「!!」

 

 

 不意に放たれたテスラの問い掛けに瞠目する。

 此方の思惑なぞ、全て承知の上で会話に付き合っていたという事に。

 

 油断では無く余裕。

 自身は確固たる自信が見て取れた。

 

 

「もう、本当につれないわね! せっかちな男は嫌われるわ、よッ!!」

 

「善処しよう」

 

 

 乱菊は再び斬り掛かり、テスラはそれを軽く受け止める。

 そのまま刀身を押し返して乱菊の体勢を崩すと、流れる様にして斬撃を繰り出した。

 

 それは乱菊の肩口へと直撃。同時に鮮血が宙を舞う。

 痛みに顔を顰めながらも、乱菊は必死に食らい付かんと攻め続ける。

 だがテスラはそれを涼しい顔で捌いてゆく。

 

 

「っ、紳士だったら女性に勝ちを譲るのものじゃない!?」

 

「申し訳無いが、俺には何としても勝利を捧げたい方がいるのでな」

 

 

 良く良く見れば、テスラはその場から殆ど動いていない。

 逆に乱菊は激しく動き回っている上、負傷の多さから考えるに、もはやどちらが優勢なのかが判り切っていた。

 

 

「あたし達の出番…」

 

「…もうあいつ一人で良いんじゃないか?」

 

「容赦の無い姿も素敵ですわ~」

 

 

 ここは自分がやるからと、テスラに待機を頼まれていた三人は、様々な感情を抱きながら戦場を眺めていた。

 日頃の鍛練の成果を見せてやると意気込んでいたアパッチは、出鼻を挫かれた事で不満げな表情を浮かべている。

 ミラ・ローズはテスラの優勢振りを見て、何かを諦めた様に呟く。

 スンスンは自身の頬に手を当てながら、熱っぽい眼差しをテスラへと向けている。

 

 

「つーか何だよあいつ! さっきから鼻の下伸ばしやがって!!」

 

「やっぱムッツリか! マジで見境ねえなあの野郎!!」

 

 

 遂に不満が頂点へと達したのか、アパッチとミラ・ローズが騒ぎ始める。

 その謂われない文句は、確りとテスラの耳にも届いていた。

 

 

「乳か! 乳なのか!? あんなんタダの脂肪の塊じゃねえか!!」

 

「…ぷっ」

 

「今ドコみて笑いやがったミラ・ローズッ!!?」

 

 

 叫びながら地団駄を踏むアパッチを、ミラ・ローズは馬鹿にする様にして笑う。

 直前までその視線が胸部を向いていたのに気付いたのか、アパッチは眉間に皺を寄せながら詰め寄った。

 

 

「大き過ぎたり硬過ぎても良くありませんわよ?」

 

「んだとコラァ!!」

 

「だよな! だよな!」

 

 

 突然のスンスンの助け船に、アパッチは瞳を輝かせながら同意する。

 だがそれは即座に裏切られる事となる。

 

 

「ですが逆も過ぎては駄目です。大切なのは程よいサイズと形、そして柔らかさですわ」

 

 

 スンスンはそこで一旦言葉を区切る。

 そしてアパッチとミラ・ローズの胸部を一瞥し―――口元を袖で隠しつつ、勝ち誇った様に鼻で笑った。

 

 

「…ふっ」

 

『よしその喧嘩買ったァ!!』

 

 

 勃発するキャットファイト。ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、三人は互いに髪や頬を引っ張り合う。

 斬魄刀を抜かない辺り、本気では無いのだろう。

 

 命の奪い合いが繰り広げられる戦場に於いて、緊張せず何時も通りに振舞えるのは決して悪い事では無い。

 だが彼女達の場合、余りにマイペース過ぎている。

 これではさも不意討ちして下さいと言っている様なものだ。

 

 ―――後で折檻を受けても知らないぞ。

 自身の後方にて繰り広げられている喧騒を耳にしたテスラは、そう内心で思った。

 

 

「…あれ、良いの…?」

 

「……気にするな…」

 

 

 流石の乱菊も気になったのか、肩で息をしながら問う。

 それに答えるテスラはどこか遠い目を浮かべていた。

 

 

「…さて、そろそろ様子見は終わりにしよう」

 

「がはッ!!」

 

 

 直後、遂にテスラが動いた。

 響転で瞬時に乱菊へ接近すると、その腹部へ掌底打ちを叩き込む。

 身体の内部に大きなダメージを受けた乱菊は、肺に溜まった空気を強制的に吐き出しながら吹き飛んで行く。

 

 

「くッ…“灰猫(はいねこ)”!!」

 

 

 何とか体勢を整えると、間髪入れずに乱菊は斬魄刀を解放する。

 刀身が灰状となって周囲へ拡散。瞬く間にテスラを包囲した。

 追撃を仕掛けんとしていたテスラだったが、得体の知れない斬魄刀の動きに、思わずその動きを止めた。

 

 

「さっきまでのお返しよ!!」

 

「これは…」

 

「食らいなさい―――“猫輪舞(ねこりんぶ)”!!!」

 

 

 やがてテスラを覆い隠した灰が、その距離を詰めながら高速回転を始める。

 灰猫の能力からして大凡察せるだろう。乱菊はこの技で、テスラを全方位より斬り刻み、勝負を決めようとしているのだ。

 

 卍解を習得していない副隊長にとって、始解は正真正銘の切り札である。

 この局面でそれを使用するという事は即ち、勝機があると判断したが故。

 

 終始不利ではあったものの、乱菊は出来る範囲でテスラの分析をしていた。

 単純な戦闘能力では向こうが上。それを理解した時点で、即座に近接戦は捨てた。

 かと言って遠距離戦闘に切り替えるとしても、始解は必須。加えてあの響転の動きからして、気を抜けば一瞬で間合いを詰めて来るだろう。

 

 言ってしまえば、“灰猫”の能力は複雑では無い。

 余り長く御披露目していれば、相手は簡単にその対策を見出す事だろう。

 ならば使用するタイミングとして最適なのは何時か。

 テスラが此方の様子見を止め、勝負を決めに掛かった瞬間以外に無い。

 

 その場合、大半の者の意識はその一点のみに集中する。

 直前に敵が何か動きを見せても、所詮は苦し紛れの一手だろうと気に留めずに攻め続けるか。または後手に回るのも承知で、慎重にそれの対応を優先するか。つまり二択だ。

 テスラの場合は後者だった。これがアパッチかミラ・ローズであれば、迷わず前者を選択

していただろう。

 一息遅れで“灰猫”の能力分析を開始するも、既に乱菊は次の手を打っていた。

 

 ―――これで終わりだ。

 勝利を確信した乱菊は内心でガッツポーズを取った。

 まだ後には三人も控えて居るが、この戦いでの勝利は大きい。

 確実に敵の士気は下がり、動揺もする。非道かもしれないが、それを突く等すれば、当初の予定通り時間稼ぎに徹する事も難しくは無いだろうと。

 

 

「よし…!」

 

 

 この時、乱菊は一つだけ失念していた。

 確かにテスラの意識の隙を突いたのは見事としか言い様が無い。通常であれば、ほぼ勝利は決定したも同然だろう。

 しかし相手は死神では無い。破面だ。

 

 

「―――見事だ」

 

「…え?」

 

 

 技を終えた灰が周囲へ拡散し始める。乱菊は自身の持つ柄へと刀身を戻さんと、念を込めた直後だった。

 仕留めたと思っていた筈のテスラが、自身の顔の前で両腕を交差させた防御体勢のまま、その灰の中から姿を現した。

 

 

「正直、侮っていた」

 

「う…そ…」

 

「まさかあの局面で逆転を狙いにくるとは思いもしなかったぞ」

 

 

 流石に無傷とはいかなかったらしい。白装束はボロボロになり、そこから覗く肌には無数の太刀傷が刻まれている。

 しかしそれ等の傷は全て浅く、動きを阻害する程でも無かった。

 

 

「…一から作り直しだな」

 

 

 瞠目する乱菊を余所に、テスラは防御体勢を解くと、自身の身体を一瞥する。

 視界に入る、自身の身に纏う白装束の末路に、思わず溜め息を吐いた。

 

 実はこの白装束、配給された当初の物にテスラが独自のアレンジを加えた、結構なお気に入りだったりする。

 切っ掛けはノイトラだ。折角の端正な顔立ちなのだから、もう少し着飾れと言われたのだ。

 初めは乗り気では無かったものの、上手くいけば意中の相手へのアピールになるかもしれないぞと囁かれ、まんまと乗せられてしまう。

 

 ハリベルの従属官となって以降は手を加えるのを止めたが、愛着は変わらず。

 ちなみに止めた理由としては、余り服装に拘るのは異性に軟派な印象を与えかねないからだ。

 

 

「さあ、今度は此方の番で良いな?」

 

「ッ!!」

 

 

 テスラは再び視線を乱菊へと戻すと、そう言った。

 その瞳には先程まで一切無かった、刃の如き鋭利な輝きを放っていた。

 

 

「“打ち伏せろ―――牙鎧士(ベルーガ)”」

 

 

 サーベル状の斬魄刀を逆手に握り、柄の部分を自身の顔の横へと持ち上げた。

 直後に解号を唱え、テスラの姿は巻き上がった煙幕の中へと隠された。

 

 

「―――っ、“灰猫”!!」

 

 

 その桁違いな霊圧の上昇量に、乱菊は息を吞む。だが即座に正気に戻ると、元に戻し掛けていた灰状の刀身を再び周囲へ拡散させる。

 

 

「無駄だ」

 

 

 しかし全てが手遅れ。

 突如として耳に入るのは、重厚さを増した低いテスラの声。

 次の瞬間―――乱菊の腹部を中心に走る尋常ならざる衝撃と、ぶれる視界。

 気付けば彼女は全身から地面に叩き付けられ、その口からは大量の血が溢れ出していた。

 

 

 




ほのぼの治療室。
孤狼さん無双(オサレポイント低め
下乳さん無双(露出度激高
忠犬無双(ムッツリ





捏造設定及び超展開纏め
①悪戯小僧、子供オーラ全開。
・保護者的な存在が居る事で、史実よりも子供らしさが増した感じ。
・小学生が低レベルな下ネタで爆笑するのは普通。
・最近マジで妖精さんに見えてきた(笑
②不憫な豹王さん。
・彼は犠牲になったのだ…ほのぼの展開にする為の犠牲にな…。
③想像以上に腹黒なそよ風さん。
・彼女がオリ主だったら絶対ズルズルと悪い方向に原作崩壊させる典型的なタイプ。
④孤狼さん、早くも計画頓挫する。
・大帝さんのキャラ的に、多分こうなるかなと。
・退屈だからと部下達を殺し合わせる事を考えるぐらいですし。
⑤はっちゃける孤狼さんと絶体絶命な二人。
・念の為に言わせてもらうと、状況に恵まれないだけで京楽さんは十分強いです。
・相方は知らんです。卍解出さない内にビクンビクンしてログアウトしちゃったし。
⑥下乳さん、鍛錬モードからの本気。
・シロちゃん死す!?次の氷雪系最強は一体誰の手に!?
⑦忠犬無双と何時も通りな三人。
・主人公に散々フルボッコにされた成果です。
・加えて⑥と同様、十番隊コンビは楽観的思考及び無意識舐めプしてるから…(汗
・それと真面目な戦闘の最中にギャグを挟むのはBLEACHの御約束。





次に三ヶ月以上、音沙汰無しになった場合、作者は死んだと思って下さい(笑

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