三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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今はこれが限界じゃ…


第六十四話 破面と死神と仮面と…

 全身に力が入らない。呼吸をするだけで腹部を中心に激痛が走り、口から血が溢れ出す。視界も揺れ動くばかりで一向に定まらない。

 戦闘どころか、指先を動かす事すら困難。今の乱菊の状態がそうだった。

 

 朧気な意識の中で、こうなる直前の記憶を辿る。

 確か自身はこれ以上無いタイミングで必殺技をテスラへ叩き込んだ筈。

 しかし結果は無惨なもの。やっとの思いで刻み込んだ傷は決定打には程遠く。

 直後、テスラが解放。そして瞬時に何かしらの攻撃を受けた。

 

 

「勝負有り、だ」

 

 

 ずしん、という着地音を響かせながら、帰刃形態のテスラは仰向けに倒れる乱菊の傍へと降り立った。

 止めを刺す意思は、彼には無い。

 お前は敗れたのだという事実を突き付け、この戦いは終わりだと伝えに来たのだ。

 

 ―――どうか立ち上がってくれるな。

 テスラは内心で願った。

 でなければ、今度こそ命を奪わなければならなくなる。

 

 互いに実力が拮抗した者同士の激戦の上でそうなるのであれば、まあ理解は出来る。

 だが現状は異なる。乱菊は明らかにテスラより格下だ。憑依後のノイトラとハリベルの影響により、武人としての矜持を持つ様になったテスラとしては、極力殺す事を避けたい対象であった。

 

 

「まだ…よ…!」

 

 

 だが当然の事ながら、乱菊は戦闘続行の意思を示した。

 限界を迎えている身体に鞭打ち、再び起き上がらんと奮起する。

 

 此処で倒れる訳にはいかない。

 仲間達も含め、自身には尸魂界の命運が掛かっている。

 勝手に離れて勝手に行動している幼馴染みを引っ叩くといった、他にも成し遂げたい事はある。

 命ある限り、足掻き続けてやると。

 

 

「…そうか」

 

 

 その様子を目の当たりにしたテスラは、少々残念に思いながらも、尊敬の念を抱いた。

 見事な覚悟である。尸魂界をハリベルに置き換えて考えてみれば、自身も同じ行動を取ったであろう。

 

 

「貴女に敬意を」

 

 

 故に―――決める。乱菊は此処で確実に仕留めると。手加減抜きに、全力で以て。

 それが確固たる覚悟を示した乱菊に対する最大の礼儀だとして。

 

 腰を低く落とし、霊圧を纏わせて強化した巨大な右拳を引き絞る。

 それより放たれるのは、テスラが今までの鍛練の中で積み上げてきた全てを集約した一撃。以前の模擬戦でノイトラに傷を付けたのもこれだ。

 未解放とはいえ、歴代十刃最高硬度の鋼皮を抜ける威力である。まともに直撃すれば隊長クラスでも耐えられるか怪しい。

 

 

「くっ…」

 

 

 乱菊は表情を苦痛に歪めながら、テスラを見上げる。

 啖呵を切ったは良いが、実際は上体を持ち上げる事すら叶わない。

 

 己の役割を全う出来無かった事を、乱菊は内心で冬獅郎に謝罪する。

 そして一筋の希望に縋り、願う。

 奇跡でも何でも良い。どうかこの窮地の打開をと。

 

 

「っ!!?」

 

 

 直後、乱菊の必死の祈りは実る。

 いざ右拳を振り下ろさんとしたテスラに向け、何処からともなく飛来してきた火の玉が直撃したのだ。

 そして突然の浮遊感と共に、乱菊の視界がとある建物の屋上へと切り替わる。

 

 

「松本さん、大丈夫ですか?」

 

「…吉良?」

 

 

 呼び掛けに振り返ると、其処には先程まで別の破面と交戦していた筈のイヅルが居た。

 

 

「間一髪じゃのう」

 

「救援が遅れて済みません、乱菊さん」

 

 

 イヅルに続く様にして声を掛けたのは射場。そして彼の隣に立つ、左頬に6と9の刺青を彫り、逆側には額から顎にかけて三本筋の傷跡を持ち、ノースリーブの死覇装を身に纏った男―――九番隊副隊長、檜佐木(ひさぎ) 修平(しゅうへい)

 

 

「良かったぁ、間に合って」

 

「雛森…あんた…」

 

 

 最後に安堵の溜め息と共にそう溢したのは、小柄でシニヨンを布と紐で纏めた髪形の女性―――五番隊副隊長、雛森(ひなもり) (もも)

 その手には七支刀の様な刀身を持つ斬魄刀―――“飛梅(とびうめ)”が握られていた。テスラに直撃した火球玉を放ったのはこれの持つ能力である。

 

 彼女は内心で後悔していた。

 自身がもう少し早く此処に来る決心をしていれば、乱菊がこれ程の怪我を負う事は無かった筈だと。

 

 しかし雛森がギリギリまで迷いを捨て切れなかったのも致し方無いと言える。

 尊敬の念と同時に好意を抱いていた、当時隊長であった藍染。そんな彼の残酷過ぎる形での裏切り。

 他にもそれに至るまで様々な出来事があり、それ等が積もりに積もった雛森の心は、ほぼ崩壊寸前まで追い込まれていた。

 

 それでも尚、彼女は此処に立っている。

 きっと藍染は本心から裏切ったのでは無い、全ては悪い夢なのだと、現実逃避をし続けていたかった。

 自身の持つ力なぞ知れている。副隊長一人欠けた程度で護挺十三隊は揺らがない。

 

 だが―――寸での所で踏み留まった。

 それで本当に良いのか。悔いは無いのか。真実を直接この目で確かめずに、全てが終わるまで閉じ籠っているのが本当に正しいのかと。

 

 

「乱菊さんは休んでて下さい。後は―――」

 

 

 そんな訳が無い。絶対に間違っている。

 如何なる事情があったとしても、藍染の所業は許されざる行為だ。

 ならば自身のする事は一つ。

 皆と協力し、藍染を止める。そして真実がどの様なものであっても、全てを受け入れると。

 

 

「俺達がやります」

 

「儂等に任せえ」

 

 

 雛森の言葉を引き継ぐ様にして、修平と射場が言う。

 其々に始解状態の斬魄刀を構えながら、黒煙に隠れたテスラへと視線を向ける。

 

 

「頼んだぜ、元四番隊」

 

「いつの話をしてるんですか」

 

 

 介抱されている乱菊を一瞥すると、修平は吉良へと声を掛けた。

 それに対し、吉良は苦笑しながら返した。

 

 

「…増援か」

 

 

 やがて黒煙が晴れると、其処から無傷のテスラが姿を現す。

 乱菊の周囲に立つ副隊長の面々を一瞥すると、特に取り乱した様子も無く淡々と呟いた。

 

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

「流石に助けが要るんじゃねえか?」

 

「テスラさん…」

 

「…ふっ」

 

 

 だがアパッチ達はそうもいかず、其々にテスラを気遣う様な素振りを見せる。

 そんな様子を見たテスラは、静かに笑った。

 

 

「心配するな。これしきの事で、俺は負けない」

 

 

 だから安心しろと、アパッチ達へと振り返りながら断言する。

 慢心とは違う。所詮は副隊長だと、相手を見下している訳でも無い。

 自身は今までに相当の鍛練を積んできた。遥かに格上の相手とも幾度と無く手合わせした。

 そして何より―――自身の背中を後押ししてくれた親友と、想い慕う女性であり尊敬すべき主へ、この勝利を捧げたい。

 

 瞳に揺るぎ無い決意を宿しながら、テスラは構えを取る。

 その堂々たる後ろ姿に、アパッチ達は思わず見惚れていた。

 

 

「…まず俺が隙を作ります。二人はそこを一気に叩いて下さい」

 

「わかりました!」

 

「おう」

 

 

 修平の作戦を聞いた雛森と射場は、其々に別方向へと駆け出す。

 残された修平は、瞬歩でテスラの真正面へと立つと、一対の鎖で繋がった特異な刃を持つ鎖鎌形の斬魄刀―――“風死(かぜしに)”の内一つを、高速で回転させながら投げ付けた。

 

 

「はっ!!」

 

 

 テスラはそれを巨体に似合わぬ軽やかな体捌きで難無く躱す。

 だがそれこそが修平の狙い。彼は空となった右手で鎖を握ると、真横へと引いた。

 すると如何だ。目標を失った鎌は即座に方向を変え、テスラの周囲を大きく回る様にして動き始めたではないか。

 

 

「なに…?」

 

 

 その予想外な動きに、テスラは思わず瞠目する。

 一瞬の反応の遅れ。それが命取りとなり、テスラはあっという間に全身を鎖に絡め取られる事となった。

 

 

「…この程度で俺の動きを止めた気か? 迂闊だな」

 

 

 だが焦る程では無い。感触からして、自身を捕らえている鎖は強度が高くは無い。少しでも力を入れれば引き千切れるレベルだ。

 そう判断したテスラはいざ全身に力を籠めんとする。

 

 

「迂闊なのはどっちだろうな」

 

「!!」

 

「食らえ…破道の十一―――“綴雷電(つづりらいでん)”」

 

 

 直後、修平の右手より電撃が放たれると、それは瞬時に鎖を辿ってテスラへと向かう。バチバチという音を立てながら、その身を焼きに掛かった。

 ―――これで少しは隙が出来るだろう。

 後はこれに乗じて射場と雛森の両名が畳み掛ければ決まる。修平はそう考えた。

 しかし甘い。如何に副隊長が使用したと言えど、十番台の下級鬼道程度が並の“数字持ち”を凌駕する実力を持つテスラに通じる筈が無い。

 

 

「―――だから迂闊だと言った」

 

「なっ…!?」

 

 

 何とテスラはその身に電撃を受けながら、平然と鎖を引き千切ると、響転にて修平との間合いを瞬時に詰めていた。

 加えて右拳は引き絞られており、拳撃を繰り出す寸前なのが丸判り。

 修平は慌てて距離を取ろうとするも、余りに反応が遅過ぎた。

 

 

「ガ…ぁっ!!」

 

 

 がら空きの腹部を中心点として、巨大な拳がめり込む。同時に周囲へ聞こえる、無数の骨が折れ、肉や内臓が潰れる不快な音。

 “巨拳(エノルメ・プーニョ)”。霊圧を纏わせた拳で、腰を入れた必殺の一撃を放つという、極めて単純な技。

 そして先程乱菊に放たんとしていたものもこれである。

 

 拳越しに伝わる確かな手応え。にも拘らず、テスラはその拳を止めなかった。

 あろう事か、更に奥へと捻じ込む様にして突き出した挙句、最後は力任せに振り抜いたのである。

 

 

「…ん?」

 

 

 鮮血を撒き散らしながら吹き飛んでゆく修平を眺めながら、テスラはふと首を傾げた。

 自身は何故これ程までに力を入れてしまったのかと。

 

 やがて直近の記憶を思い返してみると、直ぐに納得した。

 単純に気に食わなかったのだ。修平の持つ斬魄刀が。鎌と鎖、この一つの共通点があるという理由だけで。

 ―――その程度の実力で、ノイトラと同じ系統の得物を使うな。

 実に理不尽で子供染みた我儘だった。

 

 

「ふぅ、俺もまだまだ未熟だな…―――っ!」

 

 

 右拳を振り抜いた体勢のまま固まっているテスラへ影が降り掛かる。

 それは鍔が無く、中間辺りに枝の様な刃が付いた刀身を持つ斬魄刀を振り被った射場であった。

 

 当初の予定とは異なるものの、修平が命懸けで作り出した隙だ。無駄にしてはならない。

 そんな並々ならぬ決意を胸に、テスラのがら空きの背中目掛け、渾身の力を以て上段から刀身を振り下ろす。

 

 

「温いぞ」

 

 

 だが射場は気付いていない。

 体勢は変わらずだが、僅かに顔を振り向かせているテスラの眼が、他ならぬ自身へと向いていた事に。

 

 

「ぬおおおッ!!?」

 

 

 振り下ろされた刃先が直撃するかと思われた刹那―――射場の全身へ凄まじい衝撃波が襲い掛かった。

 これもテスラの持つ固有技―――“視虚閃(セロ・コルネア)”。本来持ち得る攻撃範囲の殆どを落とす代わりに、眼球から高速且つ高精度の小規模な虚閃を放つというもの。

 虚弾と同等に思えるが、速度は及ばない代わりに威力はそれより上であり、応用も利く使い勝手の良い技であった。

 

 

「檜佐木さん!? 射場さん!?」

 

 

 瞬く間に退けられた二人に、雛森は思わず動きを止めて声を上げる。

 刹那―――眼前に迫り来る巨大な拳に気付いた。

 

 

「しまっ―――!!」

 

 

 反射的に斬魄刀を盾にする様にして防御体勢を取るも、無意味に終わった。

 直撃と同時に刀身は粉砕され、その拳は勢いを落とさぬまま雛森へと襲い掛かる。

 結果は想像するまでも無い。瞬く間に致命傷を負った彼女は、檜佐木と同様に地面へ向かって吹き飛んで行く。

 

 だが雛森は幸運だったと言える。

 実はこの一撃は先程よりもかなり手加減されたもの。檜佐木に対して大人気無い反応を取った事を反省したテスラは、見るからに華奢である雛森が戦闘不能に陥るに足る威力を見極めた上で拳を振るったのだ。

 無論、女性の命たる顔は狙わずに。とは言え、それ以外の部分に傷跡が残る可能性はあるが、それは戦場に身を置く者の宿命として勘弁してもらいたいと考えつつ。

 

 

「っ、雛森さん!!」

 

 

 乱菊の治療を続けていたイズルだが、密かに想いを寄せている雛森がやられた光景を目の当たりにした途端、思わず叫んだ。

 回道を使用している内の片手を雛森へと向け、新たに詠唱を唱える。

 

 

「縛道の三十七―――“吊星(つりぼし)”!!」

 

 

 霊圧で構成された床の様な物が、五方向へと広がりながら雛森の落下地点より上に現れる。

 それはふわりと衝撃を緩和させながら、雛森の身体を受け止めた。

 

 直後、吉良の頭部を凄まじいまでの鈍痛が襲う。

 無理も無い。事前に詠唱を行わずに二種類の鬼道を使用したのだ。暴発も無く発動しただけでも御の字と言える。

 鬼道の錬度が高い吉良でなければ、恐らく悲惨な事になっていただろう。

 

 ―――副隊長が三人掛かりでも駄目なのか。

 正に悪夢だ。吉良の表情が絶望に染まる。

 頼みの綱である隊長達は現状で手一杯。これでは助けを期待しても無駄だろう。

 

 

「後はお前だけだ」

 

「くっ…」

 

 

 乱菊と雛森の治療で身動きの取れない吉良の前に、この惨状を作り上げたテスラが舞い降りる。

 

 

「さあ…どうする?」

 

 

 その問い掛けに、吉良は答える事が出来無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬獅郎を一刀の元に両断し、その亡骸が地面に落下するのを見届けた後。ハリベルは自身の従属官の戦いを眺めていた。

 

 

「…ふむ」

 

 

 増援を含めた副隊長数名を、テスラが難無く撃破したところで、一旦採点を始める。

 少々勝ち急ぐが余り、不意を突かれたのは減点ものだが、解放して以降は問題無し。

 敢えて一つだけ注文するとすれば、アパッチ達にも久々の実戦を経験させてやってほしいという点か。

 だが乱菊の実力を見るに、実際に戦わずとも結果は目に見えている。

 

 身近で観戦出来ただけでも御の字か。ハリベルはそう結論付けながら―――その場から響転にて跳んだ。

 すると先程まで彼女が立っていた場所を、凄まじい速度で無数の氷の刃が通り過ぎていった。

 

 

「…やはりな」

 

「ちっ!!」

 

 

 それを放ったのは、先程死んだ筈の冬獅郎だった。

 普通は驚愕しそうなものだが、ハリベルは特にそんな様子も無く、冷静さを保っている。

 

 ―――読まれていたか。

 不意討ちを躱された冬獅郎は内心で舌打ちする。

 

 

「…良く気付いたな」

 

「逆にこの程度の手品で私を騙せると?」

 

 

 そう言うと、ハリベルは地面のとある一点に視線を移す。

 其処には冬獅郎の亡骸など一切無く、代わりに幾つかの氷の破片が散らばっていた。

 

 これは氷を用いて自身の分身を作り出す技―――“斬氷人形(ざんひょうにんぎょう)”。

 その余りの精巧さ故に、大抵の敵は冬獅郎を確実に仕留めたとして完全に油断し、霊圧を探るという事もしなくなる。

 だが現状の通り、ハリベルはその限りでは無かった。

 優勢であっても彼女は抜かりなく、常に“霊圧探知”を働かせながら戦っていた。分身を斬り捨てた後に見せた、失望した様な視線もブラフである。

 

 

「そして仕掛けて来たという事は、私を倒す算段が付いたと取って良いのだな?」

 

「―――っ、まあな…」

 

 

 此方の全てを見通しているかの様に錯覚する鋭利な視線に、冬獅郎は息を呑んだ。

 完全に主導権を握られてしまっている。もはや読み合いで状況を引っ繰り返す事は不可能に近い。

 ならば残された手は一つ。

 真正面からハリベルの想定を上回る程の力を見せ付ける以外に無い。

 

 

「ならば見せてみろ、貴様の全力をな」

 

「…後悔するぜ」

 

 

 冬獅郎は切っ先を天へと向ける。

 すると周囲一帯の空が瞬く間に厚い雨雲に覆われ、肌を突き刺す様な冷気が広がる。

 

 

「む…」

 

「てめえが様子見に徹してくれて助かった」

 

 

 やがて雨雲よりチラチラと雪が降り始める。

 次第にそれは小粒から大粒となってゆく。

 

 

「御蔭で…“これ”を使う万全の状態まで持って来れた」

 

「!!」

 

「終わりだ―――“氷天百華葬(ひょうてんひゃっかそう)”」

 

 

 直後、ハリベルの本能がけたたましいまでの警報を鳴らす。

 この雪に僅かでも触れてはならない。何としてでも回避せよと。

 

 限り無く正解だった。これは触れたものを瞬時に華の如く凍り付かせる雪。例えほんの一粒が指先に触れたとしても、もはやその手どころか腕全体が使い物にならなくなる。

 後はそれで動きの鈍ったところに次々と雪が降り積もり―――やがて天へ向かって聳え立つ、巨大な氷柱の墓が築き上げられる事だろう。

 

 

「“灼海流(イルビエンド)”」

 

 

 大剣を持ち上げ、切っ先を上へ向ける。

 するとその刀身から凄まじいまでの熱気が立ち込めた。

 

 ハリベルへと降り注がんとした雪の大半が一瞬で蒸発する。

 それに負けじと、雪は更に量を増し―――遂にその熱気の壁を超える物が出始めた。

 

 

「“断瀑(カスケーダ)”!!」

 

 

 ならばと、ハリベルも次の対抗手段を選択した。

 放たれたのは尋常ならざる水量からなる激流。それは極めて高圧力で、直撃した対象を容赦無く押し潰す威力を誇る。

 通常は一直線に集中して放つ技だが、今回は防御の為か広範囲に亘って展開されている。加えて先程放った“灼海流”の熱気によって水はこの上無く沸騰していた。

 

 間も無くしてそれは冬獅郎の放った技と真っ向から激突。

 凍り付かせ、溶かしを繰り返しながら拮抗。その最中にも気化した水が大気へ広がり続け、冬獅郎とハリベルは互いにそれの支配権の奪い合いを並行して行う。

 どちらかの霊圧が尽きるまで続くかと思われる程の競り合い。

 だが次の瞬間、予想外の方向から崩された。軍配が上がったのは―――冬獅郎。

 

 

「良いのか? 上ばかりに気を取られて」

 

「何…!?」

 

 

 そう呟くと、冬獅郎は不敵な笑みを浮かべる。

 ハリベルは咄嗟に周囲へと気を配ると、自身の下から異変を感じ取った。

 

 視線を移せば、一面に広がる氷の花。それ等は止めどなく咲き続け、まるで意思を持つかの様にハリベル目掛けて迫り来る。

 

 

「これは―――!!」

 

「足元注意だぜ、破面」

 

 

 だが動けない。今“断瀑”を止めてしまっては、瞬く間にやられる。

 かと言ってこのままでも未来は変わらない。

 

 ―――見誤っていたのは此方だったか。

 例え格下だろうとも油断はしない。そう考えてはいたが、ほんの僅かに残っていたのだろう。

 冬獅郎が切り札を隠しているのは察していた。だが問題は無い。自身の全霊を以てすれば、必ず打ち砕けると。

 

 

「…本当に、示しが付かんな……」

 

 

 御笑い種だ。この様で部下を率いる資格があろうか。

 アパッチ達には勿論、自身を信じてテスラを託したノイトラにも申し訳が立たない。

 

 諦めに等しい感情を抱きながら、ハリベルは思う。

 だがもしも―――次があるならと。

 今度こそ過ちは犯さない。格下格上関係無しに、戦うとなれば全力を尽くす。必ず勝利してみせる。

 ハリベルが敗北を、冬獅郎が勝利を確信した―――その時だった。

 

 

「んなっ―――!!?」

 

「ッ、まさか…」

 

 

 視界を埋め尽くす程の無数の光線。それ等は二人を避ける様にして通り過ぎる。

 正に一瞬の出来事だった。

 光線はハリベルの足元へと迫っていたものも含めた氷の花に加え、端雪どころか空を覆う雨雲ごと消し飛ばした。

 

 

「―――スタークか!!」

 

 

 呆気に取られる二人。

 冬獅郎よりも先に正気に戻ったハリベルは、弾かれる様にして振り返る。

 その視線の向こうには、銃口を此方へ向けた体勢で佇むスタークの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタークはハリベルの無事を確認すると、思わず安堵の溜息を吐いた。

 京楽と浮竹を相手にしつつ、横目で他の戦況を眺めてはいたが、まさか終始不利だった冬獅郎があの様な切り札を見せるとは予想外だった。

 

 

「ふぅ…危ねぇ危ねぇ」

 

 

 白煙を上げる銃口を下げながら、スタークは呟いた。

 これで万が一にもハリベルが敗北する可能性は潰えた。冬獅郎についても同様、もはや打つ手は残って無いだろう。あれ程の大技だ。そう易々と放てる代物では無い筈。

 従属官達についても、テスラが単独で副隊長達を蹴散らし、もはや勝負が付いたも同然となっている。流石はノイトラの元部下と言うべきか。

 

 一旦思考を区切ると、次はバラガンの戦場を横目で確認する。

 すると予想通り、彼については何の心配もいらない様だ。対峙する砕蜂と大前田のコンビを前に、帰刃も使わぬ状態にて圧倒した後、そろそろ詰めに掛かるところだ。

 

 やがてスタークは自身が対峙していた敵の居る方向へと視線を戻した。

 無慈悲なまでの虚閃の豪雨を降らせた結果、其処には元の街としての姿は残っておらず、更地を通り越した荒野の如き惨状が広がっていた。

 

 

「しかしまぁ、驚かされたぜ。あのちびっ子も…アンタ等も」

 

 

 その荒野の中心に立つ二人の死神。無論、京楽と浮竹だ。

 生き残っている時点で驚異的だが、それだけだ。二人の姿は完全に満身創痍。死覇装はほぼ布切れと化し、露出している肌は余す事無く炭化に等しい状態となっている。

 決して手加減した訳では無いのだがと、内心で驚愕しながら、スタークは声を掛ける。

 

 

「やっぱ強ぇよ、あんた達」

 

「ッ、嫌味にしか…聞こえないねえ…!」

 

「ゴホッ、ゴホッ、本当に…ね…!」

 

 

 実際、二人が生き残れたのは奇跡に等しい。

 確かにあの“重光無極閃弾”は圧倒的だった。威力に数、範囲に速度。敵を完膚無きにまで仕留める為の要素を全て注ぎ込んだ理不尽な技と言って良い。

 だが―――ほんの僅かにだが、虚閃と虚閃の間に隙間があった。刹那の内に京楽と浮竹はそれを見極め、其々の斬魄刀の能力を総動員して回避に徹したのだ。

 

 霊圧領域内にて自らが提示する遊びのルールを、担い手である京楽を含めた敵へ強制的に従わせる能力を持つ“花天狂骨”。その技の一つである“影鬼(かげおに)”にて、浮竹を連れて影の中へと潜り込み、その隙間を目指して移動。

 続いて片方の刃で受けた技を吸収し、もう片方の刃から放出して攻撃出来る“双魚理”。それを利用し、一つの虚閃を吸収した後に放出して相殺。

 忙しなくこの二つを繰り返す事で、何とか生き残れたのである。

 

 

「嫌味じゃねぇよ」

 

 

 勿論、スタークはその一部始終を確認していた。

 もし僅かでも二人の息が合わなければ、瞬く間に消炭となっていただろう。

 

 ―――阿吽の呼吸とはこの事か。

 回避に動く際、京楽と浮竹の間に会話は無かった。単に互いの名を呼び合った程度である。

 つまりそれだけで互いの思考を読み取って理解し、動いた。

 実に圧巻、素晴らしき連携の極致。見ている此方が心踊る、そんな光景を垣間見たのだ。スタークのそれは紛れも無い本音であった。

 

 

「…成程な」

 

 

 そして確信した。これ程までに追い詰められても尚、二人が卍解を使用しない理由を。

 浮竹については恐らくその病弱な体質にある。その強大さ故に掛かる負担が尋常では無く、最低でも身体の調子が良い時にしか使えないのだろう。

 そして京楽は範囲。一度使用すればほぼ勝利は確定するのものの、敵味方関係無く巻き込んでしまうデメリットがある。単純な攻撃範囲の話では無い。始解状態の能力からして、その特異性故に味方すら回避が困難となるといったところか。

 

 

「同情すんぜ、ホント」

 

 

 ―――状況に恵まれてさえいれば、また結果は違っていただろうに。

 憐みの視線を向けながら、スタークは銃口を向けた。

 

 

「―――悪いな、ちょっと邪魔させてもらうぜ」

 

「今彼等に死なれちゃあ困るんだよね」

 

 

 だが次の瞬間、スタークの背後に二つの影が降り立った。

 少しでも動けば斬ると言わんばかりの殺気と、隊長格と同等の霊圧を向けられたスタークは、思わず動きを止めた。

 

 

「…誰だよ、アンタ等」

 

「“仮面の軍勢(ヴァイザード)”所属、愛川 羅武」

 

「同じく、鳳橋 楼十郎」

 

 

 羅武は巨大な棘付きの棍棒―――“天狗丸(てんぐまる)”を担ぎ、楼十郎は先端に薔薇の付いた鉄の鞭―――“金沙羅(きんしゃら)”を自身の周囲に舞わせながら、スタークへと対峙する。

 

 

「っ、誰だ…!?」

 

 

 場所は変わり、冬獅郎とハリベルの戦場も同様、乱入者が二名現れていた。

 外部より自身の切り札が無力化され、もはや後が無い状況へと追い込まれた冬獅郎。

 そして顔付きが当初より明らかに変わったハリベルが、今まさに大剣を構えて此方に止めを刺さんとしていた時である。

 

 

「…何者だ」

 

「…猿柿ひよ里」

 

「矢胴丸リサ」

 

 

 ひよ里は刀身に鋸の如きギザギザが付いた大剣―――“馘大蛇(くびきりおろち)”を握り、リサは身の丈を優に超える大槍―――“鉄漿蜻蛉(はぐろとんぼ)”の矛先をハリベルに向けた。

 

 

「…何じゃい、貴様は」

 

「突然の来訪、失礼。私、有昭田 鉢玄と申しマス」

 

「ッ、貴様は―――!!」

 

「……誰…?」

 

 

 睨み付けてくるバラガンに対し、鉢玄は深々と頭を下げながら、特徴的な訛り口調で挨拶を返す。

 見覚えがあるその姿に目を剥く砕蜂の横で、稀千代は首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リラックスした体勢で椅子に腰掛けていた藍染は、ふと閉じていた瞼を開いた。

 視線の先には先程から一切変わらず、静かに此方を警戒し続ける重國の姿がある。

 だが彼の事なぞ眼中に無いと言わんばかりに、藍染は薄笑いを浮かべながら口を開いた。

 

 

「ふむ、思いの外早かったね」

 

「…藍染隊長?」

 

 

 その発言の意図が読めなかったギンは、思わず問い掛けた。

 藍染は視線を僅かに上に向け、此処には無い何かに思いを馳せているかの様にして答える。

 

 

「いや、そろそろかと思ってね」

 

「それは如何いった…?」

 

「直に解るさ」

 

 

 ギンと同様だった東仙も続けて問いを返すも、藍染は明確な回答を避けた。

 だがその表情から漂う雰囲気は、先程よりも明るく感じられた。

 

 

「さて、此方も準備をするとしよう」

 

 

 まだ皆の戦いは終わっていないが、と締め括りながら、藍染は腰掛けていた椅子より立ち上がった。

 突然の行動に、重國は一瞬目を見開くも、何時でも踏み込める様に態勢を整える。

 

 

「おイタはそこまでやで、藍染」

 

 

 それに待ったを掛ける、第三者の声。

 聞き覚えのある声に、重國は弾かれる様にして振り向いた。

 

 

「お主は―――平子 真子!!」

 

「お久しゅう、総隊長」

 

 

 一見すると丁寧ではあるものの、敬意の欠片も感じぬ口調で、真子は視線を向けぬまま返した。

 まあ致し方無いだろう。当時、彼を含めた“仮面の軍勢”メンバーは、藍染による虚化の被害者とは言え、護廷十三隊から切り捨てられた過去を持つ。厳密に言うと中央四十六室の頑迷極まりない老人達がその判断を下したのだが。

 故に真子達は護廷十三隊に対して良い感情を持っていない。僅かながらの愛着があっても、未練は皆無。特にひよ里は嫌悪感を露にしている為、解り易い。

 

 もし護廷十三隊全体で本腰を入れた調査を行っていれば、少しは疑念を抱いたかもしれない。だがあの藍染の陰謀だ。結果は変わらなかった可能性もある。

 加えて中央四十六室の権限は絶対。例え総隊長である重國であっても、出来るのは時間稼ぎ程度で、決定を覆す事は不可能と言えた。

 

 だが真子達は機械では無い。極稀に居る死神狂信者でも無い。故に思うのだ。

 組織の在り方として、この決定は理解出来る。だが―――尸魂界に多大な貢献をしてきた自分達に対し、この仕打ちは余りにも無慈悲過ぎやしないかと。

 中央四十六室の連中は勿論だが、他の死神達もそうだ。内心では異を唱えていたとしても、実際に行動せねば容認しているのと変わらないのだから。

 

 

「…そういう事ですか」

 

「いや、残念だが私が言っているのは彼等の事じゃあ無い」

 

 

 得心がいった様子で呟く東仙を、藍染は即座に否定する。

 そして戦場に現れた仮面の軍勢メンバーを一瞥し、最後に真子へと視線を移す。

 その眼は道端の小石を眺めるそれに似ていた。

 

 

「君はお呼びじゃないよ。平子“元”隊長」

 

「…ひっさびさの再会やのに、言うてくれるなァ―――藍染!!」

 

 

 怨敵を前に、真子は斬魄刀を抜きながら吼えた。

 

 

 






捏造設定及び超展開纏め
①忠犬無双。
・全部主人公が悪い(確信
・修平「解せぬ」
②下乳さん危機一髪。
・いつものオサレポイント稼ぎです。
③孤狼さん無双継続中。
・もう暫く続くんじゃ。
④主人公不在のまま五話経過。
・もう暫く続くんじゃ(笑





シンプル過ぎて申し訳無い。
頭が回らんのです、済まぬ…

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