三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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書いても書いても微妙な文章が出来上がるという謎現象が続いており、少々落ち込んでいる作者です。
心機一転の意味合いも含めて、挿話と原作突入編を続けて投稿しようと思います。

案の定、捏造設定の連続ですので、気に入らない、または合わないと感じた方はブラウザバックを…。


第七.五話 三日月の現在と黒歴史と…

 虚の身体というのは不思議の塊である。それだけに限らず、死神や一般的な魂魄にも言える事だが。

 霊体故に、その身を構成しているのは兆を超える数の細胞では無く、無数の霊子の集合体。

 死した後の肉体は欠片も残らず霊子となって自然分解され、大気に溶け込んでゆく。

 

 現世の生物、そして尸魂界の霊力を持つ者達の様に、水や食糧を必要としない。代わりに他の魂魄を喰らう事で全て事足りる。

 当然、栄養バランスなどという概念も無く、それでも常に肉や骨や臓器を平常に保ち続けていられる。

 怪我を負えば傷口から赤い血を流す。汗も流れるし、涎も涙も出る。

 

 

「ゼェ…ヒュー…ヒュー…」

 

 

 全く以て生物としての原理が不明だ。

 破面化した後は幾分か人寄りになったとは言え、それでもまだ謎は残っている。

 今もこうして大量の汗を流しているのに、一向に身体中の水分が枯渇する様子が見えない事なども含めて、だ。

 ―――本当に不可解で、気色悪い生き物だ。

 ノイトラは危うい音を出す自らの呼吸を気にも留めず、内心で吐き捨てる。

 

 実を言えばその理由も大凡は見当が付いている。呼吸の中で大気中の霊子を取り込み、体内で水分を構成して補充しているのだろう。

 現世を除く、尸魂界と虚圏などといった死後の世界では、万物が全て霊子で構成されている。つまり水も霊子なのだ。

 一見道理に適っている様で、全くそうでは無いぶっ飛んだ在り方である。

 

 元々彼は憑依前は頭は良い方では無かった。

 何事も身体で覚える派で、理屈で理解するよりも慣れが基本。感性は柔軟で、基本的に道理さえ通っていれば肯定する。そんなスタンスだった。

 だがそんな彼でも、虚という生物の原理に関しては受け入れる事が出来無かった。

 考えれば考える程出口の無い迷宮の中へと足を進めるばかりで、何時しか彼は理解する事を諦めた。

 

 

「…ゼ…ヒュー……まだ…だ…!!」

 

 

 今のノイトラは帰刃形態。それは六本に増加した腕のみならず、首から下の上半身全てが節足動物を思わせる装甲の様な物に覆われるという、更なる進化が見られた。

 その状態で鍛錬の最終段階である疑似戦闘を行っている最中だ。

 仮想敵は勿論、我等がラスボス、藍染惣右介。

 彼はイメージする。斬魄刀の能力も絶大だが、それを除いても全てに於いて超絶的な能力を持つ最強の敵の姿を。

 

 破面化が成功した者は共通して何かをイメージする能力に長けている。

 それは技の構成だったり、自らの能力の理想の形だったり、偶像だったりと多々に亘る。

 でなければ頭が良いとは思えないグリムジョーやヤミーが響転やら虚弾を習得出来るものか。

 それはノイトラも例外では無い。加えてアニメや漫画といった娯楽関連にある程度通じていた御蔭か、そのイメージはより鮮明で確立したものとなっている。

 

 

「…く…そっ…! これでも…未だ足りねぇか…!!」

 

 

 目標とは基本的に自分より高く設定するのが常だが、ノイトラの場合は余りに高過ぎた。

 例えるなら、冒険を始めたばかりの勇者がラスボスの魔王どころか、この世界を創り上げた神を目指している様なものだ。

 眼前には笑みを浮かべて佇む藍染。戦闘を初めてもう三十分は経過しているが、未だに一太刀も入れられていない。

 その六本の腕を巧みに操り、手数を増やしたとしても、一向にそれは変わらない。

 それどころか一分毎に一回は死んでいる。懐に入られた瞬間、咄嗟に六本の内四本の腕を防御に回してもそれごと断ち斬られるイメージしか浮かばない。

 

 埒が明かないと判断したノイトラは次の一撃で鍛錬を終了する事にする。

 猛者の余裕か、眼前に自然体で佇む藍染。彼に向けて、その六つ全ての手に握られた大鎌の頭を向ける。

 消耗レベルから判断するに、これで完全に打ち止めだ。もしかすると倒れるやもしれない。

 そう考え、離れに退避しているであろうチルッチに呼び掛ける。

 

 

「聞こえてんだろチルッチ!! 後は頼むぞ!!」

 

 

 彼女の返答を待たずして、最後の気力を振り絞り、全身の隅々から残った霊圧を有りっ丈集束。其々の鎌に均等に振り分ける。

 ちょっと待ちなさいよ、という声が遠くから聞こえた気がするが、無視する。

 黒い霊圧の渦が鎌の頭に生成される。その渦の形だけ見れば普通の虚閃の発射時と変わりは無い。

 だがその色から判る通り、込められた霊圧量と集束密度はそれを遥かに凌駕していた。

 

 ―――六連・黒虚閃(セイス・セロ・オスキュラス)

 帰刃形体の十刃のみが使える最強の虚閃、黒虚閃。王虚の虚閃すら上回る威力と速度を誇るその技は、同じ十刃すら直撃は絶対に避ける事を選択する程。

 十刃の中でもウルキオラしか真面に放った描写が無い黒虚閃だが、それは全開状態の黒崎一護を一発のみで満身創痍にまで追い込んでいる。

 それを複数発射という荒業を成し遂げたノイトラの凄まじさは推して知るべし。例え藍染でも直撃すれば無傷では済まないだろう。

 

 六つの黒い極太の虚閃が一つに重なり、更に増幅。且つ虚弾にも匹敵する凄まじい速度で藍染の偶像へと迫る。

 だが直撃を確認しない内に、突如としてノイトラの視界が暗くなり始めた。

 

 

「限界…か…」

 

 

 鍛錬時に消耗が激し過ぎた場合に良く起きる、極度の疲労と霊力の枯渇から来る気絶だ。

 その症状に合わせる様に、既に放出された分を除き、黒虚閃が発射地点から一気に掻き消える。

 

 本人の意志とは裏腹に帰刃形態が解除され、力の核が見慣れた斬魄刀の姿へと戻る。

 全身から力という力が抜け、地面に膝を着く。

 何とか斬魄刀を支えにして転倒を逃れんと足掻くが、もはや柄を握る力すら残っていない。

 

 

「やっぱ…“アレ”を習得しねぇと駄目か…」

 

 

 その一言を皮切りに、意識が暗転する。

 直前、最後に視界の端に映ったのは、泣きそうな表情を浮かべたチルッチが何かを必死に叫びながら駆け寄ってくる姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その眼前に映るのは、懐かしい過去の光景。

 ノイトラ・ジルガに憑依して間もない、目的の為に只管我武者羅に動いていた頃のもの。

 

 その日、珍しく藍染から召集を受けたノイトラは、彼の自室までの道のりを歩んでいた。

 背中に背負っているのは、先端に三日月の刃一つが付いただけの大鎌。

 彼の背後にはもう一人、従属官のテスラが付かず離れずの距離を保ったまま追従していた。

 その表情は何処か不安を抱えてる様に見受けられる。

 

 

「…ノイトラ」

 

「何だ」

 

「大丈夫なのか? お前…明らかに普通じゃないだろう」

 

 

 それはノイトラの足の動きを見れば自ずと判断出来た事だった。

 先程から不定期なタイミングで左右に行き来しているのだ。終始後ろから観察していたテスラはノイトラと集合した時点で既に気付いていた。

 だが当人は沈黙を続け、頑なに隠し続けている。故に口出ししようにも出来なかったのである。

 会話は一つも無く、時折ノイトラの斬魄刀の柄が通路の壁に当たる音が繰り返し響き渡る中、我慢の限界を迎えたテスラは遂にその均衡を破った。

 

 その呼び掛けに、ノイトラは一時的に歩みを止めて振り返る。

 瞳の色は黒く濁り、顔色もやや悪い。

 正面から見ると上体も僅かに揺らいでいる。

 

 テスラは途轍もない不安に襲われた。

 恐らく藍染の召集は何時もの最上級大虚の捜索任務だ。

 最上級大虚はその強さから他の虚達を従う事が出来、それを中心にコロニーを形成して集団で行動している場合が殆どだ。

 別に最上級大虚に限らず、中級大虚にも拘らず抜きん出た力を持つ個体の場合でも同様だ。というか、任務内で探索を命じられるコロニーは大半がこちらのパターンだ。

 

 虚圏という広大な世界に於いて、現存する最上級大虚の個体数は十にも満たないだろう。下手すれば更にそれ以下かもしれない。

 そんな貴重な存在を、藍染は欲している。自らの陣営の戦力強化とは謳っているが、何処までが本気なのか解らないが。

 

 

「今回の藍染様の召集も、間違いなく新たに発見された集落の調査だろう。最下級大虚ならまだしも、中級大虚の集団に遭遇でもすれば―――」

 

「別に、問題無ぇよ」

 

「…お前の強さは知っている。だが流石のお前も、その有様では隙を突かれる可能性だってあるかもしれない」

 

「………」

 

「っ…ノイトラ!」

 

「黙れテスラ! 何度も言わせんじゃねぇ!!」

 

 

 通路全体へ響き渡る怒声に、テスラは反射的に身構える。

 彼のその反応を見た瞬間、ノイトラは舌打ちした。

 続けてぼそりと何かを呟くと、完全に背中を向けて通路を進み始める。

 

 ―――殴って来ない、だと。

 予想とは違った行動を取るノイトラの姿に、テスラは暫しの間硬直した。

 

 有り得ない。そして信じられない。

 ネリエルが行方不明となった日から様子がおかしくなったのは解っていた。

 だが今の反応は何だ。特に最後に言い捨てた台詞。

 ―――済まねぇ、テスラ。

 間違い無く、確かにそう言った。

 あろう事か自分に謝罪したのだ。あのノイトラが。

 

 ふと気付けば、ノイトラとの距離は百メートルを超えていた。

 テスラは慌てて追い始める。

 

 

「ま…待てノイトラ! せめて俺は連れて行け!」

 

 

 テスラ抱いた疑問は最もだった。理由は今迄の経験則である。

 以前にも同じような場面は幾つかあった。心配性なテスラは何時も無謀な行動を取るノイトラに色々意見する事は多く、その度に不興を買っていた。

 通常であれば最後の怒声の時点でノイトラは怒りに任せてテスラを殴り飛ばすか、斬魄刀を突き付けて脅すかの二択になる。

 

 だが憑依の影響で中身が丸ごと一変したノイトラは違う。

 先程は精神的余裕が無い状態だったせいでつい感情的になったが、自身の事を思って意見をしてきたテスラに対して手を上げる気は一切無かった。

 

 それ以降、自身の愚行を反省したノイトラは、藍染の元へ到着するまで一度も口を開く事は無かった。

 内心で申し訳無いとは思いつつ、未だに粘り強く声を掛けて来ていたテスラの事は無視した。

 

 

「…いらっしゃい」

 

 

 やがて目的地である藍染の自室へと到着すると、ノイトラは室内の中心部に視線を移す。

 配色は白一色と単純で、アーティストが手掛けた様な個性的な球状の椅子が、其処には有った。

 

 その椅子に腰掛けた男―――藍染惣右介は何時も通りの薄笑いを浮かべ、柔らかな声で言った。

 

 

「待っていたよ、ノイトラ」

 

 

 彼と目を合わせた瞬間、ノイトラの背筋が凍り付いた。

 脳裏に浮かんだのは光一つ無い漆黒の闇、そしてその中心には一人で立ち尽くす藍染の後姿。

 次に感じたのは精神に直接伝わってくる感情の嵐。

 辛うじて分類出来たのは、孤独、葛藤、渇望、嫌悪、好奇心、絶望、そして憧憬。規則性も無く、混ざり合ったそれはノイトラの精神を散々に掻き回した後、跡形も無く消え失せた。

 

 

「さて、予想出来ているとは思うが、君にはとある場所の調査を頼みたいんだ。つい最近発見されたばかりの新しいコロニーをね…」

 

 

 脱力して膝を着きそうになる身体、普段の倍速で動く鼓動、詰まった呼吸、背中を濡らす冷や汗。ノイトラはそれ等全てを悟られまいと全力で抑え込む。

 そんな彼の状態を知ってか知らずか、不意に笑みを深くする藍染。

 ノイトラは話が終わるまでの間ずっと、自分の全てを見透かされている様な、そんな錯覚を覚えていた。

 

 ―――其処で場面が一気に切り替わる。

 場所は虚夜宮から一転し、虚圏の砂漠地帯。それも五階建てアパート並みに大きな岩、というか山にを中心に、更に無数の岩が複数取り囲んでいる場所。

 見ればそのアパート並みの岩には三メートル台の無数の穴が規則的に開いており、生活臭がしていた。

 それもその筈、此処は先程藍染から調査を任された虚達のコロニーなのだから。

 

 

「…ク…ソ……こんな…ところで…!!」

 

 

 その中心部に、ノイトラは居た。だが様子がおかしい。

 現在彼は無数の虚達に囲まれており、斬魄刀を杖に何とか立っているという状態。

 第8十刃となった時から既に、歴代十刃最高硬度の鋼皮の片鱗を見せていた筈の彼の身体には無数の切傷や裂傷が溢れ、出血によってその足元の砂が真っ赤に染まっている。

 その顔は苦痛と言うより、たかが有象無象の虚達の前に劣勢となっている事の悔しさで歪んでいる。

 

 そんなノイトラの前に、一匹の虚が現れる。

 周囲の虚達よりも小さく、両手両足が鉈の様になっている人型で猫背の中級大虚らしき存在。

 その中級大虚は満身創痍のノイトラに対して勝ち誇った様な笑みを浮かべて、言った。

 

 

「しぶてえ奴だ。でもまあ…これで終わりだよ兄弟」

 

 

 精々俺様の糧且つ駒として役立てや、と言って大笑いを始める。

 それに続いて周囲の虚達も笑い始めた。

 

 結論から言うと、元々このコロニー全体が、この中級大虚が獲物を引き寄せる為に張った罠だったのだ。

 まず初めに現場へと到着したノイトラとテスラは、周囲を警戒しながら探索した後、いざコロニーの内部へと侵入した。

 そのまま順調に中心部まで移動したまでは良かったが、直後に死角から襲撃を受けたのだ。

 

 確かにその襲撃を仕掛けて来た虚は自身の霊圧を抑えており、こちらに察知されにくい手法を取っていた。だが普段の二人なら十分気付けていたレベルだった。

 なのに何故察知出来なかったのかというと、ノイトラは初めから消耗が激し過ぎたが為、テスラはそんな彼を気遣うが余りに周囲への警戒が疎かになり、まんまと不意討ちを許してしまったのだ。

 

 負の連鎖は続き、その不意討ちを皮切りに次々に現れる無数の虚達。その割合は、巨大虚(ヒュージ・ホロウ)五割、最下級大虚四割、中級大虚一割といった感じだ。 

 しかも虚達は只々襲い掛かって来ている訳では無く、明確に徒党を組んでの戦いを行っていた。

 それは巨大虚と最下級大虚が無差別に襲い掛かり、その間に生まれた隙を中級大虚が突くといった非常にやらしい戦法。

 その統制された動きは、明らかに何者かの指揮が無ければ不可能な芸当だった。

 

 だが其処で更にノイトラは疑問に思った。

 ―――余りにも機械的過ぎる。

 先程から虚達を何匹も返り討ちにしているのだが、一向に怯む様子を見せないのだ。

 それどころか、その仲間が死ぬ事を前提に考えたかの様な動きも中にチラホラ見られる。

 例えるなら、まるで将棋かチェス。

 駒を多数失ったとしても、敵の頭を取ればさえ勝利出来る。そんな棋士が取る様な戦法を、虚達から感じたのだ。

 

 戦闘開始から十分程経過した頃、ノイトラは其処で初めて己が失態に気付いた。

 何時の間にかテスラと分断されていたのだ。一応、まだ目を凝らして見える位置には居るが、互いの援護は恐らく期待出来無い。

 思わず舌打ちした次の瞬間―――突如全身から力が抜けた。

 無茶な鍛錬の影響が今更来たのだ。

 突然過ぎる出来事に動揺するノイトラ。だが虚達は動きを止めない。

 

 そして遂にノイトラの身体から鮮血が舞う。動きが止まったところを、背後からの鋭利な爪の一撃で背中を切り裂かれたのだ。

 戦場に於いて、焦りは禁物とは良く言うだろう。だが自身の想定を超えた事態と対面した場合に平静を保てる事の方が少ない。

 ノイトラもそうだった。内心では落ち着きを取り戻そうと必死に念じるが、一向に焦りが消えない。

 

 幾つもの浅く無い怪我を負いながら何とか立ち直したものの、やはり先程より動きは鈍い。

 次第に呼吸も乱れ、同時に血も流れ出てゆく。

 ―――このままではマズイ。

 そう考えたノイトラは帰刃を選択し、一度虚達から距離を取ろうと、悲鳴を上げる身体に鞭打ち、響転でその場から跳ぶ。

 近くの岩の上まで移動し、いざ解放せんと斬魄刀を掲げた―――その時だった。

 

 

「はいざんね~ん!」

 

「なっ―――ガハッ!!」

 

 

 背後から声が聞こえたかと思うと、気付けばノイトラは腹部を刃で貫かれており、それが引き抜かれると同時に岩の上から蹴り落とされていた。

 砂がクッションとなった御蔭で落下ダメージは無いが、その直前に食らった不意討ちが余りに大きい。

 先程までの乱戦で負ったものをカウントすると、寧ろ怪我が無い部位が少ないのではと思える程の重傷。明らかに戦闘続行は不可能だった。

 だがどうあっても今死ぬ訳にはいかないノイトラは歯を食いしばり、斬魄刀を支えに何とか立ち上がると、下手人を睨み付けた。

 

 

「いや~、中級大虚かと思いきや、予想以上の大物が掛かってるとは予想外だったぜぇ!」

 

「何…だ…テメェは?」

 

「俺か? 俺はバスーラ・ティラール。てめえを喰らう男だよ兄弟」

 

 

 名乗りの直後、バスーラの周囲に無数の虚達が何も無い場所から浮かび上がる様にして現れる。そして即座に消えると、また現れ、消える。それを何回も繰り返す。

 その異様な光景に、ノイトラは思わず目を見開た。

 

 バスーラは自身の両手の刃に付いた血を払うと、ケケケ、と怪しい笑い声を出しながら、悠長に語り始める。

 

 

「驚いただろ?これが俺の能力、死霊愛(アルマ)。いままで俺が喰った虚全てを実体化して自由に操る事が出来る力だ」

 

「な…に…!?」

 

「一体につき動かせる時間は一日三・四十秒っていう制限はあるが、意外と霊圧は食わねえ。あとは地道に数を揃えるだけで、結果はこのとーり! 使い勝手の良い俺だけの軍隊の出来上がりって訳よ!」

 

 

 確かに便利そうだが、使い物になるまで大変な手間が掛かりそうな能力だ。

 だがそれにしても、一体今迄に何匹の虚を仕留めて来たのか。

 ちなみにノイトラは先程までに大凡五百以上は潰している。後テスラの方に向かっているのを百としても、既に六百。バスーラの余裕振りから見て、恐らく千は超えていると考えられる。

 

 ―――アーロニーロには絶対喰わせたく無い輩だ。

 ノイトラは成長チートの象徴とも言える能力を持つ同僚の事を思い浮かべながら、そう断言した。

 

 

「さあて、まあ半死状態のてめえの事は後回しだ。まずはさっきから喧しいアッチの奴を片付けるか…」

 

「っ!?」

 

 

 バスーラのその台詞で、ノイトラはテスラの存在を失念していた事に気付いた。

 咄嗟に遠方を確認すると、凄まじい砂煙を立ち上らせながらこちらへ向かって来る巨体が目に入る。

 

 

「猪突猛進…ってか? すげえなあいつ、何匹引っ張って来てんだ?」

 

「…テ…スラ…!」

 

 

 帰刃して猪の巨人と化したテスラは、その身に何匹もの虚を纏わり付かせながらも足を止めない。

 時折その虚達を殴り飛ばし、ノイトラへと必死に何かを叫びながら。

 

 

「ま、とりあえず殺っとくかー」

 

 

 そう言って、バスーラが両手の刃を地面へと突き刺した直後、彼の周囲に四匹の中級大虚が姿を現す。

 先程大虚以下の虚を出した時はそんな動作は無かった。

 刃を抜いて立ち上がると、気怠そうに大きく息を吐いている事から推測するに、自分と同格の虚を出す場合は幾らか霊圧の消耗が激しいのだろう。

 

 バスーラはそのまま中級大虚達をテスラへと差し向けた。

 帰刃形態とはいえ、流石の彼でも複数の中級大虚が相手では分が悪過ぎる。

 ノイトラは焦る。だが身体は全く動かず、何も出来無い。

 

 ―――まさか、本当にこんなところで終わりなのか。

 斬魄刀を握る手が緩み始める。

 背中を中心に寒気が急激に襲い掛かる。

 視界はぼやけたり、四方八方に揺れ始める。

 

 迫り来る死の感覚が、徐々にノイトラの精神を追い詰めに掛かる。

 別に此処で死んでも別に良いのではないかと。

 元々この憑依自体がイレギュラーだったのだ。この物語に最後まで付き合う必要は無いではないか、と。

 死の間際に、ノイトラの中でそんな悪魔の囁きが次々と浮かび始めた。

 気を抜けば最後、一気に引き摺られてしまうだろう。それ程までに強力で、甘美な言葉だった。

 

 

「……んな事出来るか馬鹿野郎…!!」

 

 

 だが―――彼は全力で拒否した。

 冗談では無い、今更になって投げられるかと、その言葉を全て切り捨てる。

 

 もう決めた、誓ったのだ。己の魂の奥底にまで刻み込んだのだ。

 絶対に曲げられないその思いを。

 ―――自分自身の意思で一度決めた事は最後までやり通せ。

 憑依前、高校を退学になる直前に恩師から送られた言葉だ。

 

 

「…誓ったんだよ…」

 

「あん? いきなりなに言ってやがる?」

 

 

 突然ブツブツと呟き始めたノイトラに、バスーラは不審な目を向ける。

 

 

「確かに…ノイトラ(クズヤロウ)の為にここまでしてやる義理は俺には無ぇ…けどな…」

 

 

 ノイトラの満身創痍の身体に、再び新たな力が宿り始める。

 斬魄刀頼りだった体勢も、次第に自身の足で普通に立てるまでに回復する。

 

 

「…俺自身がそうしたいと思ったんだ。…ネリエル(あいつ)に…もう一度会って…」

 

「てめえ、一体…!?」

 

 

 立ったとはいえ、未だにふら付きながら幽鬼の様に佇むノイトラ。その全身からは有り得ない量の霊圧が立ち上っていた。

 その明らかに異常な様子に、バスーラは思わず後ずさる。

 

 

「…絶対…謝るってな……だから…」

 

「やめろ…来るな来るなくるなああああ!!!」

 

 

 バスーラは言い様も無い焦燥に駆られ、顔を恐怖に染め上げながら、大量の虚を実体化させる。

 その数は千と数百。やはり余裕を出すだけは有った様だ。

 

 

「そいつを殺せえええぇぇ!!!」

 

「…こんなところで…こんな奴の手で……」

 

 

 正面、側面、背後、空中、ありとあらゆる全方位から飛び掛かって来る虚達。

 だがノイトラは逃げる素振りも見せない。

 

 

「俺が…俺が…俺が…ッ」

 

 

 彼等が其々に持つ得物が、全身に突き立てられる直前―――ノイトラは不意に己が斬魄刀を高らかに天に向けて掲げた。

 見ればその先端の刃の形状は既に変わっていた。

 

 

「俺が死んで堪るかぁぁぁ!!!」

 

 

 ノイトラが咆哮を上げると同時に、全身から更に霊圧が噴き出した。

 その余波だけで、実体化したその虚達は尽く吹き飛ばされてゆく。

 

 

「んな…馬鹿な…ッ!?」

 

「祈れぇぇぇ!!! 聖哭螳蜋(サンタテレサ)ァァァ!!!!」

 

 

 蹂躙が―――始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何かデジャヴ」

 

 

 それがノイトラの目を覚ましてからの第一声だった。

 気持ちは解らなくも無い。何せ時系列は違えど、従属官の入れ替わりが正式に済んだ三日前に引き続き、余り思い出したく無い過去の出来事を夢に見るという経験をしたのだから。

 

 

「どう見ても黒歴史だろ、本当に…」

 

 

 しかもだ、本来のノイトラが、自分を追い詰めた更木剣八に対して放ったのとほぼ同じ台詞を叫んだのだ。

 思い出しただけで段々と羞恥心が湧き出てくる。

 無意識の内に口から出ていたとはいえ、やってしまった事に変わりは無い。

 

 ノイトラは再び目を閉じると、思考を切り替え、今の状況に至る以前の記憶を辿り始めた。

 ―――現在進行形で胸の上に感じる温かい物体から意識を逸らしたいという意図も有ったりする。

 

 テスラと別れを告げ、チルッチを従属官に迎えた日から間を置いた三日後。ノイトラは何時も通り自分の鍛錬の為に虚夜宮の外へと出ていた。

 ちなみにその三日間は3ケタの巣には行っていない。何故ならある人物がチルッチの件を知って勝手に暴走し始めたらしく、顔を出した瞬間面倒事に発展しそうだったからだ。

 これはガンテンバインからこっそり聞いた話だが、何やら知り合いとは言え女性の破面を従属官にした自分にドルドーニが嫉妬し、連日の様に広間で酷く暴れているのだという。

 それを聞いた瞬間、ノイトラは零した。馬鹿かあいつはと。

 

 チルッチを含め、十刃落ちメンバーの誰かを従属官に加えるというのは、元々考えていた案件でも有った。

 だがその案件はメリットの他にそれ以上のデメリットを伴うものだった。

 それは歴史の部分的な崩壊だ。その中途半端さ故に、次に何が起こるか全く予測出来無いという厄介なリスクを。

 

 例えばだが、チートオリ主等が現時点で藍染を倒して封印してしまえばどうなるか。

 藍染がカリスマ全開で絶対的な力を見せ付ける場面も、その後に起こる副官である市丸ギンとの濃い遣り取りや、急成長を遂げた黒崎一護に倒された後に封印される最後の姿は決して見えなくなる。

 残った司令塔を失った十刃達も、黒崎一護含めた護廷十三隊の隊長格メンバーのみで後はどうとでもなる。

 これこそ完全崩壊。物語の展開の要でもあるラスボス不在だと確実にこうなる。

 

 次の例だが、今度は逆に藍染以外の戦力全てを潰してしまった場合はどうか。

 先程とは違い、ラスボスとなる藍染は健在。元々一人で護廷十三隊やその他諸々のメンバーを圧倒出来る彼だ。ならば別に戦力が無くとも特に問題無く物語は進むだろう。

 多少違いが有るとすれば、物語の展開速度の上昇と、強敵との戦闘機会を失った黒崎一護の成長不足が原因で起こり得る敗北のリスクが浮上する程度。

 

 本来であれば、十刃落ちの三人はまず始めに虚夜宮へ侵入した主人公達と戦う。だがそんな彼等を引き抜いてしまえば、その機会は永遠に失われてしまう事となる。

 そうなれば主人公達の成長率にも影響し、その僅かな差が後にとんでもない結果を生む可能性が出てくる。逆もまた然りなのだが、どちらかと言うと万が一の事を考えていた方が良い。

 その為、ノイトラは考えていただけで、何か致命的なトラブルさえ無ければ何もしない考えだった。

 

 その筈だったのだが―――結果は見ての通りだ。

 正直言えば、ノイトラはこれ以上の部分的崩壊を恐れ始めていた。

 自分自身の力が向上しているのは良い。だがそれ以外は駄目だ、不安しか無い。

 故にこれ以上の影響を及ぼさない様、主要なキャラには関わらない形で行こうと決めた。

 

 こうして心機一転したノイトラは今のところは一先ずチルッチを伴って日々の鍛錬に力を入れる事にした。

 案の定、その内容を初めて見た時の彼女はドン引きした。

 何せ素振りを千回やるだけでも相当根気が要る。にも拘わらず、ノイトラは別な形でも其々に千回以上行うのだ。その他にも多岐に亘って鍛錬の内容は分布しており、しかもそれ等全てを纏めて一セットと考え、更に複数回。そりゃあ引くに決まっている。

 

 ―――見ているだけで頭が痛くなる。

 チルッチは虚ろな目でそう零すと、ノイトラとは別の離れた場所で別々に鍛錬を始めた。

 彼女曰く、現在より帰刃形態の保持時間を三倍に延ばす事が目標だそうだ。

 

 鍛錬開始から二時間は経過。一通りの鍛錬を終えたノイトラは疲労困憊の身体に鞭打って、最後に脳内で創り上げた偶像を相手に疑似戦闘を開始した。

 相手は藍染惣右介。彼であれば取るであろう戦法、剣速、技術、鬼道のイメージを尽く偶像に投影し、それを相手取る。

 結果は言わずもがな。藍染の偶像の圧勝だ。

 

 普段であればこの時点で鍛錬は切り上げていただろう。だがこの日のノイトラは少し異なった。

 ―――まさかの続行である。

 だがそれにはノイトラにとって絶対に無視出来無い理由が有ったからだ。

 それは彼が憑依して間も無い頃、絶体絶命のピンチの中で突然劇的なパワーアップを遂げ、切り抜けた時の話だ。

 その進化の際に感じた妙な感覚が有ったのだが、何とその名残を本日の鍛錬の中で感じたのである。

 今より更に一ランク強くなれるかもしれない。ならば張り切らない訳は無かった。

 

 だが結果は残念ながら途中退場という結果に終わった。

 それでも今回得たものは決して無駄では無い。

 解るのだ。どれ程まで自分を追い込めば、消耗すれば、再びあの感覚を得られるのかを。

 

 ―――と、此処までで取り敢えず現実逃避という名の回想は終えるとしよう。

 ノイトラは現実に向き合う事にした。

 

 

「う…ん~……ノイトラさんの……凄く逞しいです~…」

 

「何の夢見てんだこいつ…」

 

 

 ノイトラは現在ベッドに横たわっており、そのベッドはセフィーロの自室のもの。見慣れた水玉模様の天井が何よりの証拠だ。

 

 そして何より特筆すべきは―――そのセフィーロ本人がノイトラと同じベッドに潜り込んでいる件だ。

 しかもノイトラの上に重なる形で抱き着き、丁度顔が彼の胸元の位置に置かれている。

 その顔はだらしなく緩み、しかも妙に鼻息が荒かった。

 

 

「ああ、そんな~…ここまできて御預けだなんて…イジワルです~…」

 

「………」

 

「ええ~…? …脱がないで良いって……やぁん…其処は駄目ですよぉ…」

 

「…おい」

 

「あ…う…! …いきなり…なんて……らめぇですぅ~…!」

 

「コイツ起きてるだろ絶対…!」

 

 

 先程から漏らしているワザとらしい寝言が、時間の経過と共に段々と色っぽくなっており、口数もかなり増えてきている。

 しかもセフィーロがノイトラの身体に回した腕の動きが怪しい。

 両手もワキワキと効果音が付きそうな程に動き続け、舐め回す様にして彼の身体を弄っていた。

 

 

「ひゃっ…そんな体勢…無理です~…!」

 

「…俺の理性の方が無理だっての」

 

 

 剰え悩ましい腰の動きを始めたセフィーロに、ノイトラの理性はガリガリと削られて行く。

 

 無理矢理にでも抜け出せば良いのだが、そうもいかない。

 それは部屋のドアに貼られた紙、それに書かれた内容に有った。

 

 

「“私が自然と起きるまでにベッドから抜け出すなり何かした場合、次からは絶対治療しません。後、監視担当はロカちゃんです”……勘弁してくれ…」

 

 

 以前教えて貰った、ロカの帰刃が持つ能力の事を思い出す。

 ―――どう考えても逃れられる気がしない。

 ノイトラは思わず右手で顔を隠し、天を仰いだ。

 きっと今後もこれと同じネタで、色々と要求されるのだろう。それも何度も。

 そう考える彼の右手に隠れた目元からは、何か光るモノが線を描く形で流れ落ちていた。

 

 ―――開放されたのはそれから二時間後だった。

 どうやら本当に眠っていたらしい、セフィーロが起きた瞬間、彼は拳を高らかに持ち上げて自身の理性の勝利を宣言した。

 

 ちなみにノイトラは開放された直後、即座に自室のトイレへ直行したのは言うまでも無い。

 

 

 




過去の回想で出てきたオリキャラですが、本当に適当に考えたキャラです。
名前を其々に検索して翻訳してみれば直ぐ分ります。






以下どうでもいい事↓
作者の入力間違いの多いキャラ名ランキング上位五位。
一位、バラガン→パラガン(誤) 十回以上
二位、ガンテンバイン→ガンデンバイン(誤) 七回以上
三位、藍染→藍亶(誤) 五回以上
四位、ゾマリ・ルルー→ゾマル・リリー(誤) 三回以上
五位、グリムジョー→スリムジョー(誤) 一回

…スリムジョーて誰やねん(汗


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