東シナ海 ― 影からの観測
夜の東シナ海。
日本艦隊が荒魂との激戦を繰り広げていた同じ海域の外縁を、中国人民解放軍海軍・東海艦隊の水上艦部隊が距離を保って航行していた。旗艦は052D型駆逐艦〈西安〉。護衛として056A型フリゲート数隻が随伴し、遠隔で運用される無人偵察機が夜空を舞っていた。
彼らは直接戦闘に介入するつもりはなかった。ただ、隣国の「最新鋭艦隊」が未知の怪物と交戦している――その現場を観測し、データを持ち帰ることが任務だった。
旗艦のCICでは、赤い照明の下で複数のレーダースクリーンが瞬き、オペレーターの声が飛び交っていた。
「052D対空レーダー、複数の発射信号を探知……速度からアスロック、もしくは魚雷投射ロケットと推定!」
「水中音響システムも反応。……あれは対潜攻撃パターンです!」
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第一幕 準備攻撃の衝撃
時刻23時。日本の護衛艦群が一斉にアスロックと07式魚雷投射ロケットを放った瞬間、〈西安〉のCICはざわめきに包まれた。
「一度にこれだけの発射……全艦で同時に?」
「弾数制限を無視したかのような撃ち方だ!」
やがてソノブイからの音紋データを受信していたP-1哨戒機のリンク波が解析され、オペレーターが青ざめた顔で報告する。
「……目標は艦艇ではありません。水中の大型生体反応です!」
司令席の艦長は眉をひそめる。
「生体? 例の“荒魂”か」
彼らも噂程度には聞いていた。異形の存在。しかし、実際にレーダーと音響でその巨大な反応を見せつけられた瞬間、CICの空気は凍り付いた。
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第二幕 鋼鉄と刃の連携
続いて、艦隊上空に現れたのは複数のステルス機影。
「……F-35? 数は6。武装形態は……ビーストモード!」
「外装に爆装を満載している! 空自の機体だ!」
レーダーに刻まれる急降下と爆弾の投下軌跡。夜空に開いた花のような赤外線反応が、JDAM爆弾の炸裂を示していた。
しかしオペレーターの声はさらに驚愕を帯びる。
「……一機、異常な急降下を実施! 通常の安全限界を超えています!」
スクリーンに映る機影が、まるで流星のように一直線に突っ込み、爆弾を投下。通常の投下よりもはるかに深く貫通する爆発が荒魂の影に刻まれた。
「命中……効果大!」
CIC内にざわめきが走る。
「……自分の身体を犠牲にする急降下爆撃など、今どき見られるものではない。日本は一体何をしている……」
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第三幕 同時弾着の嵐
次に観測されたのは、護衛艦群の同時弾着攻撃だった。
「ハープーン、90式、17式……対艦ミサイルが同時に発射されています!」
「上層からはSM-6とSM-2……対空ミサイルまで!?」
レーダー画面に数十本の軌跡が一斉に現れ、同一目標へと殺到していく。その光景にフリゲートの艦長は思わず声を上げた。
「これは訓練ではない、本物の戦争行為だ……。だが相手は艦艇ではなく、あの怪物……」
スクリーンに複数の爆炎が重なり、荒魂の巨体が揺らぐ様が観測される。
「命中多数! 」
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第四幕 水雷戦の幻影
しかし驚愕は終わらなかった。
「短魚雷……? 発射多数! これは……まるで水雷戦だ!」
「さらに主砲、そして……電磁加速砲の反応! レールガンです!」
観測員たちの目が見開かれる。
「21世紀の海に“水雷戦”と“レールガン”が同時に存在するなど、誰が想像できたか!」
弾道解析が荒魂を中心に集中し、爆炎と衝撃波が次々に観測された。
その光景を見つめながら、〈西安〉の副長は呟いた。
「……まるで第二次大戦の海戦を、未来兵器で再演しているかのようだ」
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第五幕 光の刃の降下
戦闘が終盤に差し掛かる頃、無人機の光学センサーが捉えた光景に、CICは再び騒然となった。
「上空から降下……人影? 6……いや、7?」
「彼女たちが御刀を抜刀、光を纏っています!」
スクリーンには、夜空を背景に舞い降りる少女たちの姿が映し出されていた。
制服の上に装甲を纏い、御刀を輝かせながら落下する――。
「写シ……だと? これが“刀使”か!」
「だが詳細は不明。戦闘能力は通常の兵士をはるかに超えている!」
映像は震えていた。荒魂に着地し、御刀で核を断ち切る瞬間。爆光と共に怪物が絶叫し、海へ崩れ落ちる。
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第六幕 中国艦隊の静寂
やがて荒魂の反応は完全に消失。
CICの空気は重苦しい沈黙に包まれた。
艦長は椅子から立ち上がり、低く言った。
「……我々が今見たのは、戦史に残るであろう光景だ。日本は鋼鉄の艦隊と“異能の戦士”を一つの戦場に融合させた。これは単なる怪物討伐ではない。新しい戦の形を提示したのだ」
副長は渋い顔で答える。
「報告すべきかと存じますが……上層部がどう判断するか」
「報告はする。日本の艦隊が“人智を超える刃”と共に勝利したという事実を」
オペレーターが小さく呟いた。
「……もし次にこの戦場に立つのが我々だったら、勝てるのでしょうか」
誰も答えられなかった。
ただ、夜の東シナ海に広がる余韻だけが、彼らの心に深い影を落とし続けていた。
東シナ海・中国海軍旗艦〈西安〉CIC
艦隊の交戦が終わったあとも、旗艦〈西安〉のCICは熱を帯びていた。
レーダーや光学センサー、無人機が捉えた戦闘映像は次々と記録され、オペレーターたちが解析を続ける。赤い照明に照らされた管制室の中で、誰もが言葉を選びあぐねていた。日本の艦隊が見せた戦いは、あまりにも常識外れで、軍事マニュアルに当てはめることができなかったからだ。
その沈黙を破ったのは、情報参謀だった。
痩せた体躯に銀縁眼鏡をかけ、常に冷静な口調を崩さない男。手元のタブレットを指で弾き、収集した情報を司令官へと差し出した。
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刀使という存在
「司令官。先ほど光学センサーに映った“少女たち”――彼女たちについて、我々の情報部が以前から断片的に掴んでいた内容を補足いたします」
艦長席に座る東海艦隊所属の張司令官が顔を上げた。険しい眉の下に宿る眼差しは、まだ戦場の余韻を宿している。
情報参謀は端的に述べた。
「彼女たちは“刀使(とじ)”と呼ばれる存在であり、所属は自衛隊ではありません。……警察組織、刀剣類管理局・特別祭祀機動隊に組み込まれています」
「警察……だと?」副長が眉をひそめる。
「軍ではなく?」
「はい。彼女たちの年齢層は13歳から19歳が中心。志願制であり、本人と保護者の同意をもって御刀と契約し、能力を得る仕組みのようです。成人すると力は大きく衰えるため、短期間しか戦力として活動できません」
CIC内にざわめきが広がった。
「未成年の少女が戦力の中心だと?」
「……まさか、そんな非人道的な」
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国際法と日本の回避策
情報参謀は冷静に続ける。
「おそらく日本政府も、その危うさを理解しているはずです。もし自衛隊に組み込めば、国際法上“チャイルドソルジャー”規定に抵触する可能性が高い。だからこそ、あえて警察組織に所属させているのでしょう。国際法を正面から破るのではなく、巧妙にかわす――いかにも日本政府が考えそうな手段です」
司令官は深く腕を組み、目を閉じた。
「……つまり、日本は自衛隊の艦隊と“警察”の部隊を同じ戦場に投入したということか」
「はい。そして今日、我々が観測した通り、両者は一体となって怪物を討ち果たしました」
副長が小声で呟いた。
「国際社会に知られれば問題視されるだろう。だが……誰が責められる? 彼女たちがいなければ、あの怪物を止められなかったのは明らかだ」
その言葉に、誰も反論できなかった。
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山口多聞の血
情報参謀はさらに資料を示した。
「もう一つ。今回艦隊を指揮した第1護衛隊群の司令官――山口鈴花・海将補。彼女はかの山口多聞提督の孫娘です」
その名が告げられた瞬間、CICの空気が再びざわめいた。
「山口多聞……真珠湾後のミッドウェーで“飛龍”を率いた猛将か!」
「日本海軍の象徴的人物の血を引く者が、今また海戦を指揮しているとは……」
司令官はゆっくりと目を開け、低く言った。
「血は争えない、か。……祖父は敗北の中で最後の反撃を選び、孫は未知の怪物を前に艦隊を率いた。歴史は時に、残酷なまでに血脈を弄ぶ」
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司令官と幹部たちの反応
CICの将兵たちは口々に意見を交わした。
「日本は女性の艦隊司令官を実戦に投入していたのか……」
「それに未成年の少女たちを警察組織に組み込み、国際法をかわしながら運用している……」
「我々には到底考えられぬ発想だが、結果を見よ。怪物を討ち倒し、艦隊も損害なし。成功してしまったのだ」
ある参謀は歯噛みして言った。
「……恐ろしいのは、日本が倫理を超えて“結果”を選んでいることだ。我々が議論している間に、奴らは実戦で答えを出す」
若い士官は声を潜めた。
「だが、少女たちはどうなる? 成人すれば力を失い、捨てられるのか?」
誰も答えなかった。答えられなかった。
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静かなる結論
司令官・張はやがて口を開いた。
「……我々が見たのは、未来の戦の一形態だ。国家の倫理や条約をすり抜けてでも、勝つために全てを使う。それが日本の選択だ」
彼は重く続ける。
「報告は正確に行う。しかし……この事実をどう受け止めるかは、北京の判断に委ねるしかない。我々が確かに見たのは、“刀使”と呼ばれる少女たちが、鋼鉄の艦隊と肩を並べて怪物を斃す光景――それだけだ」
静寂がCICに戻った。
誰も声を発さず、ただ赤い照明の下で、それぞれの思考に沈んでいた。
日本の艦隊が示した戦いは、観測した彼らの心に深い影を刻み、消えることはなかった。