首相官邸・危機管理センター
深夜零時を回った東京。
永田町の首相官邸地下にある危機管理センターは、眠らぬ光に包まれていた。
壁面の大型スクリーンには東シナ海の衛星画像が映し出され、二つの艦隊がにらみ合う様子がリアルタイムで投影されている。
緊張した空気の中、海幕・空幕・統幕の幕僚らが並び、政府四閣僚が座していた。
報告が上がる。
「第1護衛隊群の前方に中国海軍艦隊が接近。現在、射撃レーダーの照射なし。艦砲旋回も確認されていません。……明確な敵対行動はなし、ですが」
「だが、“睨み合い”ということか」
官房長官・萩島光一郎が腕を組み、深くため息をついた。
「……ああいう連中は、距離と角度を計算した上で“見せてくる”。完全に示威行為だな」
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統幕議長の提案
統幕議長がすぐに手元の地図を指し示す。
「那覇基地の第9航空団、即応態勢にあります。F-15を、南西空域へ向かわせ、牽制飛行を実施させましょうか?」
官邸の空気が一瞬引き締まる。
その隣で情報幕僚が口を挟んだ。
「それと、第1護衛隊群の後方には米海軍の第5空母打撃群がいます。第7艦隊所属〈ロナルド・レーガン〉打撃群が哨戒ルートを外れ、すでに支援可能距離にいます」
統幕議長が続けた。
「支援を要請すれば、彼らにも牽制に加わってもらえるでしょう。艦載機を上げるだけでも、中国側は下がると思われます」
官房長官・萩島が険しい顔で呟く。
「向こうは見せつけたいだけ、こっちは引かせたいだけ……だが、一歩間違えば“最悪の偶発戦”だ」
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外務大臣の判断
外務大臣が静かに手を挙げる。
「総理、米国のトランカード大統領に通話を繋ぎますか? こちらが先に外交経路を押さえておかねば、ワシントンから勝手に声明を出される危険があります」
官邸の空気に、微かな緊張の波が走る。
記者発表ひとつで市場が動く。ワシントンの一言が、この夜の針路を決めかねない。
官房長官が小声で補足する。
「向こうもこの動きを掴んでいるはずです。先に通話を繋げば、主導権はこちらに残せます」
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総理・高城遼子の決断
静かに頷いたのは、内閣総理大臣・高城遼子だった。
黒のスーツの襟を指先で整え、短く息を吐く。
「……ワシントンにつないで」
その一言で、室内の空気が一変する。
通信官が手早く回線を開き、衛星経由の国際回線が確立される。
スクリーンには星条旗と大統領執務室の映像がフェードイン。
高城は姿勢を正し、短く言葉を選んだ。
「こちら東京。第1護衛隊群が荒魂の掃討作戦を完了。現在、中国艦隊が接近し示威行動を取っています。……必要とあらば、貴国の第5打撃群に支援を要請したい」
通信の向こう、トランカード大統領の低い笑い声が返る。
「聞こえてるよ、リョーコ。俺の子たちはいつでも飛ばせる。君が“Go”と言えば、太平洋が一瞬で青く染まる」
高城はわずかに笑みを浮かべた。
「……それは心強い言葉です。でも、青く染まるのは空であってほしい」
官邸の誰もが息を詰めた。
高城の声は静かだが、確かな覇気を帯びていた。
「私たちは、戦うために備える国です。挑発には乗らない。しかし、国民を危険に晒すことも許さない」
その決断の重みが、静まり返った室内に響いた。
やがて統幕議長が低く答える。
「了解しました。那覇の航空隊、警戒飛行に入ります。米打撃群にも“共同行動の準備”を通知します」
高城は椅子の背にもたれ、息を整えた。
「見せておきなさい。
――日本はもう、黙って見過ごす国じゃないと」
外務大臣が静かに頷いた。
その一言が、夜の東京に新たな決意を刻んでいった。
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