刀使ノ巫女 護国の御刀   作:山さん

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鋼の甲板、刃の空へ

「発艦始め!」

 

 夜の海は、鉛のように重たかった。全通甲板の端から端まで、赤と緑のデッキライトが細い糸のように伸び、**護衛艦「いずも」(DDH-183)は、海風をまとって静かにうねる。艦橋の上層に立つ第1護衛隊群司令官・山口鈴花(海将補)**は、耳にヘッドセットを押し当て、短く息を整えた。

 

 「――航空長、よろしい。発艦始め!」

 

 艦内に甲高いブザーが走る。フライトデッキの主任海曹が手旗を大きく振り、クルーが一斉に駆け出した。空自F-35Bが、翼端のライトを瞬かせ、短距離滑走に備える。スロットルの低い唸りが、やがて腹の底を震わせる怒号に変わっていく。

 

 刀使たちは甲板端の安全ラインに並び、ヘルメット越しに目を見張った。衛藤可奈美が無意識に拳を握る。十条姫和は頷くだけで、目を逸らさない。柳瀬舞衣、糸見沙耶香、益子薫、古波蔵エレン――制服姿のまま、御刀の重みを背に感じながら、鋼鉄とジェットが刻むこの国の「もう一つの刃」を見ている。

 

 「ブルー1、タキシー開始」「了解、ブルー1タキシー」

 

 甲板前縁に立つ甲板長が、手を前方へ大きく払う。先頭の**F-35B(空自)**が、**ROL(Rolling Short Take-Off)**の姿勢に入った。カタパルトもスキージャンプもない――ただ、重力と揚力を計算し尽くした、機体と人の技量が全てだ。

 

 「ブルー6、フライトデッキ・クリア」

 

 澄んだ女声が無線を満たした。高山 由紀 三等空尉(2Lt)――コールサイン**“ブルー6”**。二十代前半、まだ肩章の星は若い。だがその声音には、幼さの影はない。キャノピー越しに見える瞳は、夜目の猛禽のように静かで、よく研がれている。

 

 「ブルー6、チェック完了。EOTS、レーダー、INS、グリーン。武装はJDAM×8、AMRAAM×2、サイドワインダー×2――ビーストモード、問題なし」

 

 「ブルー6、よし。前進微速――保持」「ラジャー、微速保持」

 

 鈴花は口角をほんの僅かに上げた。**“空の刃”**が、鋼の甲板から飛び立つ。海風が強さを増し、艦体がわずかに震える。

 

 「ブルー1、スロットル・アップ」「ブルー1、アップ」

 

 白熱した排気が甲板を揺らし、黒い機影が短距離滑走で弾かれるように海霧へ消える。二機目、三機目――間隔を詰め、デッキクルーが手旗を返すたび、機体は夜の縫い目に針を通すように飛び込んでいく。

 

 「ブルー6、クリアード・フォー・テイクオフ」「――ブルー6、ローリング」

 

 高山由紀のF-35Bが、ランナップから滑走へ移る。HUDの速度指標が跳ね上がり、艦首灯が瞬く。由紀は喉の奥に浮かぶ小さな緊張を、ルーチンのチェックリストで押し込んだ。

 

 機体が跳ね、パッドアイの列が流星の尾のように後退する。重力が軋む瞬間、主翼が海風を掴み、前輪が抜ける。ブルー6、上がった。

 

 「ブルー6、ギア・アップ、上昇レート良好」「ブルー6、良し。フォーメーション合流、ポイント・アルファへ」

 

 甲板から歓声が上がることはない。海自のクルーはただ親指を立て、次の機体のために走る。鈴花は艦橋ガラスに映る己の横顔を見た――祖父の影が、ぼんやりと重なる。だが彼女は目を逸らさない。今見つめるべきは、背ではなく前だ。

 

 

---

 

Ⅱ 白き翼鯨(ホエール)――P-1、海を聴く

 

 同刻、P-1哨戒機(海上自衛隊)が東シナ海北縁を滑る。4発のエンジン音は、甲板の怒号とは違う、低く大きな鼓動だ。機長:一等海尉、副操縦士:二等海尉、TACCO(戦術航空士):二等海尉――いずれも波の匂いを知る海の目である。

 

 「ソノブイ投下コースに入る。TACCO、パターンは“バーリライン”。潮流補正プラス0.3、ドロップ1-24、インターバル6秒」

 

 「了解、1より24まで設定。ドロップ!」

 

 鋼の腹から次々とソノブイが海へ落ちる。青い夜に、微かな水柱が連なる。数分の遅延後、緑の点滅がオペレーターパネルに灯り始めた。アクティブとパッシブ――音の縫い目が、黒い海へ刺さっていく。

 

 「ノイズ・フロア低い。良い海だ……」「ラインA、微反応。ラインC、沈黙」

 

 TACCOが顎を引く。海図には第1護衛隊群の隊形と、ソノブイ・フィールドが重ねられている。むらさめ、いかづち、あけぼの、ありあけ、あきづき――外周の対潜スクリーンが、ASROCと07式魚雷投射ロケットの準備を完了している。中央にはこんごう、まやの大盾、そして旗艦いずも。

 

 「ラインE、パッシブ、微弱プロップ・ライク……いや、違う。生体反応(バイオノイズ)、周期性不明。位相がずれてる。荒魂の“脈”かもしれない」

 

 「水深トレンド、サーモクライン直下でぶつ切り。上がっては沈む……獲物を狩る“息継ぎ”の軌跡」

 

 P-1のHPS-106(対潜センサー群)がデータを束ね、C2リンクへ流し込む。艦隊のCICで、画面に薄い赤の楕円が広がる。最初は曖昧な靄。だが、2投、3投と追加ソノブイが刺さるたび、輪郭が濃くなっていく。

 

 「MAD(磁気探知)、スイープ入れる。高度降ろす」「了解 対潜警戒、サイドスキャン最小」

 

 白鯨は海面すれすれを舐める。機体尾部のセンサーが、海の下の“歪み”を嗅ぎ分ける。鉄でも艦艇でもない、別種の異物――荒魂の核(コア)が微かに現世の磁場を曲げる。

 

 「……来た。磁気偏差、針一本。この海にはない“何か”がいる」

 

 TACCOが息を呑む。オシロの波形が、規則を嫌うかのように身をよじる。人知の音ではない。けれど確かに、そこにいる。

 

 

---

 

Ⅲ 空の刃、海の網――合流

 

 「ブルー隊、アルファ到達。CAPに入る。」

 

 ブルー1〜4が高空に傘を広げ、ブルー5とブルー6が準戦術爆撃コースへ組み替える。高山由紀 三等空尉は、HUDに浮かぶリンク16のアイコンを追い、P-1の“網”に沿うように針路を調整した。

 

 『こちらP-1、ソノブイ・フィールド“バーリライン”確立。コンタクト・クラス“不明生体(可能性:荒魂)”。マーク・アルファ、ブラボー、チャーリー送信』

 

 「ブルー6、受領。ブラボー・ボックス進入、JDAMスタンバイ。INSピン、レーザーコード設定完了」

 

 艦上のいずもCICで、神谷隆信 一佐が短く頷く。

 「鈴花司令、P-1が“音”を掴みました。サーモクライン直下に“息継ぎ”パターン。ASWスクリーン、射線クリアです」

 

 鈴花は即答した。

 「むらさめ、いかづち、あけぼの、ありあけ、あきづき――対潜火器、段階投入。**まずはアスロック、続けて07式、間髪入れず。**こんごう、まやは観測と制圧準備。レールガンは指示まで待機」

 

 「了解――各艦へ通達」

 

 外周の艦が、海へ**“音の槍”**を投げ込む準備を整える。甲板の刀使たちは、鼓動が速くなるのを隠さない。衛藤可奈美が小さく呟いた。

 

 「……海が、喋ってるみたい」

 

 姫和が横目で笑う。

 「海は彼ら(海自)にだけ、こうして“声”を聴かせてくれるのよ。その声が示した場所まで、私たちは降りる。御刀で終わらせるために」

 

 無線が震え、P-1の声がさらに低く、確信を帯びる。

 『ラインFで再捕捉。反応強度上昇――浮上傾向。各艦、射撃よし。マーク・デルタ確定!』

 

 ブルー6の喉が、ほんの一瞬だけ鳴った。

 来る。

 

 

 海と空と鋼が、一つの呼吸を合わせた瞬間、東シナ海の夜が戦場に変わった。

 

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