エアプ転生   作:柴猫侍

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最終話:そして、伝説へ…?

 

 

 

「──勇者よ、よくぞここまで辿り着いた」

 

 

 

 異様な色彩の炎に照らし上げられる大広間。

 荘厳さと禍々しさが同居するその最奥には、一人の王が鎮座していた。一言で言い表すならば人間離れした異形。肌や瞳の色、鋭利な角や爪に至るまでの全てが、人という種と断絶された存在であると知らしめんばかりに主張していた。

 

 だが何よりも異なるは、その力だ。

 この世に生きる者ならば等しく宿す力──魔力がある。伝説に語られる武勲を打ち立てた英雄や勇者ならば、必ずと言っていいほど宿す魔力は強大だった。

 

 そして、この場に辿り着いた四人もそうだ。

 

 精悍な顔つきをした美青年。

 大剣を背負っている偉丈夫。

 杖を握りローブを羽織る女。

 神聖な雰囲気を纏う修道女。

 

 全員が人類という種における上澄み。世界を救うべくして生まれたと評すに相応しき才能を身に宿した者達であった。

 

「……お前が魔王か」

「左様」

 

 しかし、そんな彼らでさえ畏怖する力の波動があった。他でもない玉座に座る異形──人類が『魔王』と称している存在である。

 それでも臆することなく問いかけた『勇者』に対し、『魔王』は邪悪な笑みを湛えた。

 

「待ち侘びた……実に待ち侘びたぞ。幾星霜、貴様がここに辿り着くのかとな……」

「……」

「クククッ、そう睨むな。折角のご対面だぞ? お互い心行くまで語らおうではないか」

「いや……いい」

「つれん奴め……」

 

 まあいい、と『魔王』は玉座より立ち上がる。

 

「さあ、掛かってくるがいい勇者よ。今日という日、世界は真なる闇に……」

「少し待て」

「……まさか今更怖気づいたとは言わんだろうな? だが余も寛大だ。貴様が下るのであれば吝かでも──」

「お前転生者だろ」

「……なんだと?」

 

 ヒュウ、と。

 隙間などない玉座の間に、寂しい風の音が響き渡った。

 

「お前、転生者だろ」

 

 今一度、『勇者』が問いかける。

 『魔王』の頬には一筋の汗が伝った。

 

「……言っている意味が」

「転生者だろ? 分かるんだよ」

「いや、ちょっと……」

「ここ、ゲームの世界なんだよ。俺達ゲーム世界に転生したの」

「え?」

「ちなみに、お前キャラ全然違うんだよ」

 

 憮然と言い放つ『勇者』に対し、『魔王』はドサッと腰を下ろした。

 再び鎮座する『魔王』。しかし、ひじ掛けに肘を立てて頬杖をかく彼の姿からは、隠し切れぬ倦怠感のようなオーラが滲み出ていた。

 

「……マジ?」

「マジ」

 

 化けの皮が剥がれた『魔王』──いや、『魔王に転生した者』は溜め息を吐いた。

 

「……やっぱり違ったか」

「薄々自覚はあったんだ」

 

 あれほどまでに禍々しかった炎の光は、今や彼の心情を映し出すかの如くブルーに輝いていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 剣呑な空気は霧散した。

 代わりに場を満たすは、なんとも居た堪れない微妙な空気だ。お互い頬を撫でる風が生温く感じられる。

 最早、勇者と魔王の最終決戦などという空気ではなくなってしまった。

 

「あの、ちょっといい?」

「質問を許す」

「なんで上から目線なんだよ。あっ、なんでもありません……あのさ、どの辺で気づいた?」

「お前が魔王じゃないってこと?」

「そう、それ」

「最初に喋り出した瞬間」

「そこから!?」

 

 予想以上の高速看破だ。これには魔王も愕然とし、頭を抱える。

 

「え、マジ? マジで言ってるの?」

「うん、まあ……」

「だって初対面だぜ? やっぱ口調? 口調なのか? 魔王っていうから、こう……威厳的なものを出せばいいかなって」

「いや、そもそもそのキャラ喋らないし」

「嘘だろおいッ!?」

 

 根本的にロールプレイを誤っていたと知り、魔王は椅子から崩れ落ちた。先程まで肘を乗せていたひじ掛けには、今やもたれかかる彼のおでこが乗っかっている。

 

「そっち系かよぉ……。『ククク、勇者よ』的なお出迎えする方じゃなくて、理性のないバケモノになって襲い掛かる方かよぉ……」

「魔王を演じようという努力は感じられた。加点はやろう」

「なんでさっきから上から目線? お前どの立場?」

「この作品を知ってる人間としてだ」

「クソッ、既プレイ勢には勝てねえ!」

 

 口振りからして勇者の彼は原作既プレイ勢。

 原作を知らぬまま転生してしまった魔王にとっては、既プレイ勢の主張こそ絶対であり真理だ。たとえいかに突飛な設定や単語が出てきたところで何一つ訂正できない。

 

「なんだよぉ、ズルだろ……お前だけこの作品知ってんの……」

「知らないってこたぁないだろ。このゲームめちゃくちゃ有名だし」

「そりゃそうだけどさぁ……」

 

 ゲームはゲームでもビッグタイトルと呼ばれるものが存在する。

 言ってしまえば非常に売れていて知名度の高い作品のことだ。その為、タイトルによっては商品展開がかなり幅広く、普段ゲームをプレイしていない人間であっても『ああ、あれね』と知られていることもある。

 

 彼らが転生した舞台は、そういうビッグタイトルの世界だった。

 

 しかし、あくまでゲームはゲーム。

 いかに幅広い世代に愛されているタイトルであろうと、ゲームに関心のない者からすれば未知の世代。タイトル名だけ知っていて中身は全然……という魔王のようなケースは、当然と言えば当然であった。

 

「普段ゲームとかしないんだよなぁ……」

「人生の半分損してるぞ」

「そのセリフは過言じゃないことあるんだ……」

 

 転生先がゲーム世界である以上、オタクの常套句も冗談でなくなってしまっている。

 何せ世界の知識といったゲーム世界への転生や転移にありがちな“情報”というイニシアチブが失われているのだ。この格差は非常に大きい。

 

「てか待って。そのレベルで間違ってたなら俺部下にどういう風に思われてたの? 『なんかいきなりキャラ変したなぁ……』とか思われてたってこと?」

「多分それはない」

「あ、そう?」

「何故ならお前の部下も転生者だからだ」

「嘘ォ!?」

 

 衝撃的かつ驚愕の事実だった。

 魔王は厳つい強面に生えている鋭い牙を大きく覗かせ、お口をあんぐりと空けざるを得なかった。

 

「部下も転生者!? なんで!?」

「なんでって……そこは神様の領分だろうし……」

「そっちじゃない! 『なんで言ってくれなかった?』の方!」

「部下に転生した奴らもエアプだからだろ」

「たしかに!」

 

 爆速理解である。

 自分もエアプのまま転生した身の上だ。部下の転生した者達もエアプであるが故、間違いを指摘できない程度の知識しかなかったとしても責められはしない。

 

「じゃああいつらも転生者だった訳か! 四天王のぉ~……えっと」

「持国天のカントリー。増長天のロング。広目天のウォッチ」

「そう、そいつら!」

「問題。あと一人は誰?」

「たしかえっと……そうだ、大黒天のブラック!」

「正解」

「やった!」

「ちなみに大黒天は七福神だぞ」

「嘘だろ?」

 

 正解は多聞天である。

 一応、多聞天自体は七福神の一柱だ。ニアミスと言えばニアミスではあるが、ギリギリ加点は得られない塩梅であった。

 

「えぇ……じゃああいつら適当ぶっこいてたのかよ」

「お前はそれにまんまと流された訳だけどな」

「認めたくねえ~~~。己の過ち」

「名前も適当過ぎるしな。薄々勘付いていたんじゃないか?」

「それなんだよ。でもエアプだから何も言えねえんだよ」

「あとここに来るまでの間そいつらと戦ったけど、全員『ククク、俺は四天王の中でも最弱……次の相手はこういかん!』って言ってたぞ」

「全員知識がフワフワなせいで謙虚な感じになっちゃってんじゃん……」

 

 エアプの弊害が如実に出ているケースである。

 最強を謳うが余りいがみ合う敵幹部は数あれど、全員が最弱を謳っている敵幹部は中々見られない。傍から見ると幹部勢が弱腰過ぎて、組織として余りにも不安になってくる。

 

「なんだよぉ……言ってくれよぉ。これ全員薄々勘付いてたパターンだろ」

「でも言い出せなかった。何故か分かるか? 気候やルールの違う土地、知らない人間との新たな人間関係……そんな不安を転生した当時抱いていたからだ」

「転勤みたいに言うじゃん。しかも無駄に理解度が高いし」

 

 怖かったのはお前だけじゃないと、勇者は魔王に語り掛けた。

 対する魔王は玉座に腰かけ、深いため息を吐いた。

 

「はぁ……なんかドッと疲れた。今まで無駄な気苦労していた分、余計に」

「お疲れ」

「魔王っぽいことしなきゃって意味深に『クク……お前達に任せよう』ってカッコつけてたのがバカみたいじゃん」

「ホントにな」

「包め、優しさという名のオブラートに」

 

 でなければ新たな火種が生まれるであろう。

 流石に言い過ぎたかと勇者は『スマン』と頭を下げる。だがしかし、面を上げた彼の表情は不満げだった。まだ物申したいことがあると言わんばかりである。

 

「……そもそも、お前は何を以て自分を魔王だと認識した?」

「え……? だって、こんな厳つい見た目だし、玉座座ってるし……」

「うんうん」

「あと背中に『魔』って文字が書いてあるし」

「馬鹿が波ぁーーーッ!」

「急なバイオレンスッ!?」

 

 魔王の証言を聞いた勇者が、翳した掌より魔法を射出する。

 放たれた魔法は魔王の下へ高速で向かっていく。常人では反応し切れぬ速度ではあるが、これを魔王はすんでのところで回避。しかし、代わりに魔王が座っていた玉座は無残に爆散してしまった。

 

「お前急に何してくれんの!?」

「おかしいと思えよ! 魔王があからさまに背中に『魔』って文字背負うと思うか!?」

「魔王によるだろ!」

「それはそうだけど! でも逆に! 逆にあるだろう!?」

「逆にってなんだよ!? 逆があったらどうなるんだ!」

「こう……テンプレートがさぁ!」

 

 熱弁する勇者。

しかし、サブカル知識に精通していない魔王は首を傾げるばかりで、いまいち創作におけるテンプレ展開に理解が及ばない。

 

「つまり、どういうことなんだよ!?」

「お前は別に悪の魔王とかじゃない」

「え、違うの?」

「王は王でも王者的なあれよ。チャンピオン的なあれだよ」

「チャンピオン的な王なの!?」

 

 愕然とする魔王は周囲を一瞥し、視線を勇者に戻した。

 

「じゃあこの建物なんなんだよ!? 完全に悪の帝王が住んでる系の見た目だろうが!」

「強いて言えば、事務所兼道場ってとこだな」

「事務所兼道場!? こんなイカつい事務所も道場もあってたまるか!」

「あったんだよ、昭和の作品にはな!」

「昭和の作品ってこんなんなの!?」

 

 なにせ昭和では単なる一国の庁舎が悪の居城然としていた。

 ならば事務所兼道場が魔王の城同然の外観をしていてもおかしくはないはずだ。しかし、ここで衝撃の事実を明かされたことで、魔王の混乱は加速する。

 

「ちょっと待て! 百歩譲ってここが事務所兼道場だったとしよう! じゃあなんだ、俺の『お前達に任せる』発言って!?」

「上司が部下に仕事を適当に投げたのと同じだな」

「一番嫌われる奴じゃん! 上が仕事を理解してなくて、下の奴らだけでなんとか回すよう投げるのとか!」

「まあ無能な上司に指示出されるよりはそっちの方が都合良いけどな」

「どうした?」

 

 急に闇覗かせるじゃん、と魔王は心配する。

 どうやら勇者は転生前かどうか知らないが、仕事で嫌な経験を積んでいたようだ。心なしか魔王を見つめる瞳もハイライトが消えている。そこには深淵が広がっている。魔王よりも深き闇がそこにはあった。

 

「なんかごめん……」

「うん、いいよ」

「……あれ? じゃあなんでお前らここに来たの?」

 

 自分が悪の魔王でないのなら倒される謂れはないはずだ。

 にも拘わらず勇者一行は訪れた。その理由が分からず魔王は頭上に疑問符を浮かべる。

 

「ああ、それについてなんだが」

「うん」

「王命によって魔王のお前を倒しに来た」

「いきなり世界観ファンタジーに引き戻すじゃあん……?」

「現代風に言い換えるなら敵対企業のトップを直接潰しに来た」

「現代基準でも犯罪だろ……」

 

 ぐうの音も出ない正論である。

 

「怖ぁ……どういう世界観? じゃあお前ら暗殺者な訳?」

「いや、戦士だ」

「戦士? 勇者じゃなくて?」

 

 確かに戦う者は得てして戦士だろう。

 だが、勇者の口振りからしてそういう訳でもないらしい。う~んと唸る魔王は、ハッとした様子で勇者一行の内、大剣を背負った偉丈夫を指差した。

 

「戦士って普通そういう人のことを言うんじゃないの?」

「いや、こいつは武闘家だ」

「武闘家!?」

 

 『大剣背負ってんのに!?』と、玉座の間にツッコミが響き渡った。

 

「なんで!? そいつこそTHE・戦士の見た目だろうが!」

「武闘家なんだ。剣は使わん」

「じゃあ背中のそれ粗大ごみだろ!」

「言い過ぎだぞ。こう見えても普段はバーベル代わりに使ってるんだ」

「戦闘じゃ使わねえんだろ!?」

 

 言い換えれば不用品だ。

 図星を衝かれ、戦士改め武闘家の強面に影が差す。言葉に殴り負かされた武闘家は、シュンとした空気を身に纏い俯く。その体は先ほどより随分と小さく見えた気がした。

 

「おい、やめてやれ。こいつは気が弱いんだ」

「そ、そうか? なんかごめんな……気が弱い奴がしていい筋肉ではないけど」

「筋肉だけで武闘家を語るな」

「急にキレるじゃん。何? 俺なんか駄目な筋肉に触れた?」

「当然だ。こいつを見てみろ」

「……そいつは魔法使いだろ」

「こいつも武闘家だ」

「武闘家二人目!?」

 

 勇者に紹介された魔法使い──ではなく女武闘家だった。どこからどう見ても魔法使いの格好ではあるが、それでも武闘家であった。

 

「おかしいだろ!」

「パーティーのバランスがか?」

「恰好の方だよ! バランスは……ゲームによるだろ!」

「ゲームやらない癖に理解が深いな」

「『やらない癖に』ってその若干マウント取ってる口振り気に入らないわ」

「この子の職業を見抜けなかったくせに!」

「エアプだからだよ!」

 

 真理である。

 この職業詐欺な見た目をした女武闘家の正体を見抜くなど、既プレイでなければ不可能だ。すなわちエアプ勢である魔王には看破不可能という訳である。

 

「拳で戦う格好じゃねえだろ! なんだその杖!? 虚仮威しか!?」

「いや、変身アイテムだ」

 

「チェンジ☆ マジョスティ~~~ック♡」

 

「何その変な掛け声──ぇぇえええ!? 恰好変わった!?」

「この姿になったら徒手空拳で戦う」

「ニチアサ!?」

 

 どうやら深夜枠でもゲーム枠でもなかったようだ。

 地味なローブ姿から一転、小学校低学年にしか許されぬフリフリでカラフルなドレスを身に纏った魔法使い(武闘家)は、恥ずかしそうに頬を赤らめながらミニスカートの裾を抑えている。アホみたいな掛け声は許容できても露出の羞恥心には勝てなかったようだ。

 

「武闘家って……たしかにニチアサの女児向けアニメは拳で戦うこと多いけど!」

「世界の為に拳を振るう彼女達を戦士と認めないと? ──恥を知れ!」

「お前どの立場なんだよ」

 

 人に恥を説く前に、恥ずかしそうにする魔法使い(武闘家)の羞恥心をどうにかしてやれ。魔王は心の底からそう思った。

 それから魔王はゆっくりと視線を最後の一人に向ける。

 

「……で、その子は?」

「武闘家だ」

「だろうな。この流れで武闘家じゃなかったらどうしようかと思った」

「ただし気を用いて戦う」

「拳を使え! ……あっ、気ってそっち!? 最初の戦士の気が弱いってそっちの意味!?」

 

 そう言えば勇者もナントカ波を手から出していた。

 気が弱いとは自信がないことではなく、エネルギー的な何かが少ないという意味であったと気づき、魔王は手を打った。

 

「あれか!? ドラゴンはドラゴンでも、クエストじゃなくてボールの方か!? 魔王も竜じゃなくて楽器の方だったのか!? 画風が一緒だったせいで気づけなかった!」

「キャラクターデザインナーが一緒だもんね」

「え、そうなの?」

「波ァーーーッ!!」

「『波』を出すなぁーーーッ!?」

 

 突如として気を収束して放つ『波』を出す勇者。

 迫りくる極太の光線を紙一重で回避した魔王は、息も絶え絶え冷や汗ダラダラで、背後の壁が突き破られているのを確認した。

 

「おまっ、不意打ちは卑怯だろ! 武闘家の風上にも置けない奴!」

「日本が、いや、世界が誇るデザイナーを知らんとはどういう了見だ! そこに直れ!」

「知らねえよ! 人間興味ない分野の知識なんてそんなもんだろ!」

「興味ない……? 貴様ぁ……今度こそ許せん! そこに直れ!」

「めっちゃ首切り落とそうとしてくんじゃん。しれっと王命を遂行しようとしてんじゃん」

 

 剣を振りかぶる勇者にと魔王は『怖っ』と漏らした。決して粗相の方ではない。

 

「わ、分かった。俺が無知なのが悪かった。だから直らさせないでくれ」

「……まあいいだろう。その代わり元の世界に帰れたら『龍珠』42巻全巻、その他代表作である『Dr.イップス』18巻全てを購読してもらう」

「手痛い出費だな……あっ、嘘です。手痛いとか思ってません。いやぁ~、名作を履修できるいい機会だなぁ~!」

 

 勇者の凄惨な眼光を浴び、魔王はそう言わざるを得なかった。

最早ここには正義はない。あるのは面倒くさいオタクの狂気と、それを迷惑がるエアプ勢の恐怖だけだ。光と闇の戦いではなく、闇と闇の戦いであった。

 

「でもなぁ~! 元の世界に帰ろうにも帰れないからなぁ~!」

「帰れるぞ」

「残念──えっ、帰れるの?」

「フッ……おいおい。まさかタイトルにもなってるあのアイテムの存在を忘れたのか?」

「いや、だからエアプなんだってば」

 

 ニヨニヨと、それはもう気持ちいいくらい殴り抜けたくなるニヤケ面だった。

そんな勇者に苛立つ魔王。しかし、元の世界に戻れる希望が見えてきたのも事実。固く握り締めた拳を何とか抑え、魔王は続きの言葉を促した。

 

「で、そのアイテムってのは?」

「この世界には七つ集めると、どんな願いも叶えてくれる龍の神様を呼び出すアイテム、『龍珠』が存在する。そいつを全て集めれば──」

「そうか! それで転生前の世界に戻る願いを叶えてもらえば!?」

「──だがそうはさせん」

「おっとぉ?」

 

 雲行きが怪しくなってきた。

 まるで魔王のような口振りでそう言い放った勇者に、魔王のみならず勇者パーティーも色めき立つ。

 

「どういうことだ!? 元の世界で主題歌担当したアイドルのライブ行く約束だったろ!?」

「コミケでコスプレする約束は!? 夏に向けて腹筋バッキバキにするんだろ!?」

「どうでもいいけどこの作品有名ならゲーム転売できる?」

「おい、一人魔王(おれ)より邪悪な奴居たぞ」

 

 オタクも千差万別だ。だからこそ争いは尽きない。それは現代でも異世界でも変わらないという訳だ、悲しいね。

 しかし、仲間から非難轟々を浴びても尚、勇者に揺らぐ素振りはなかった。

 それどころか腰に下げていた袋より六つの珠──もとい、龍珠を取り出して苦悩に満ちた表情を讃える。

 

「だが……だが俺は! この作品のファンとしても、もっとこの世界を堪能していたいんだ!」

『勇者……』

「──故に、この夢を妨げる者は何人たりとも許さん!」

「こいつ、ラスボスみたいなこと言い始めたぞ!?」

「龍珠よ、我に力をぉーーーッ!!」

「止めろ止めろ止めろ!! この敗北フラグビンビンにおっ立てたボスを!!」

 

 狂気に駆られる勇者を見て、すかさず魔王が指示を飛ばす。

 すれば、近くに居た勇者パーティーが声に応じる。龍珠より力を引き出そうとする勇者を組み伏せた。そこへ駆けつけた魔王が掲げていた六つの龍珠を奪い取ったのだ。これではどちらが勇者か分かったものではない。

 

「ぐぅおー!! 放せぇー!!」

「誰が放すか!! これは皆が元の世界に帰れる希望だぞ!!」

「元の世界ぃ……!? 増えぬ低い給料、少子高齢化に伴う税の負担、先行きが不透明な将来……そんな世界に帰って何になるという!! そんな世界よりも、幸福の夢の中で命を終えられる方がマシだと何故分からん!?」

「マジでラスボスみたいなこと言うじゃん」

 

 具体的に言えば、悲しい過去を経て世界に絶望した結果終わらせようとしてくるタイプのラスボスだ。

 

「帰りたくない~!! 十分に働いているのに十分なオタ活ができない現実に耐えられない~!! 生まれが都心か地方かでそもそも遠征代が違い過ぎる現実が受け入れられない~!!」

「お前……」

「そんな世界に帰るくらいなら、俺は一生この世界で……!!」

「──馬鹿野郎!! 元の世界に帰りたくない……? それじゃあ続きが見られないだろッ!!」

「っ!!」

 

 勇者の動きが止まった。

 魔王の言葉を聞き、彼はゆっくりと面を上げる。見上げた先には強面に優し気な笑みを湛える魔王──いや、同じ作品を楽しもうと約束した同士の姿があった。

 

「お前の気持ちはよく分かる……生活費との兼ね合いで欲しいグッズに手を伸ばせない苦しみ……趣味に費やそうとした休みを休日出勤に潰される悲しみ……その全てが!! だが、それもお前がその作品を愛しているからだろ!? 違うか!!?」

「ま、魔王……」

「たしかにお前は愛した作品に転生し、嬉しいかもしれない!! だが、この世界に居る限りお前は一生公式からの供給が受けられない!! それでいいのか!?」

 

 熱弁する魔王の言に、勇者の瞳が潤み始めていく。

 

「お、俺は……」

「それにな、勇者……エアプの俺だってちょっとくらい知ってること、あるんだぜ?」

「え……?」

「続編……今度出るんだろ?」

「!」

「そいつを楽しみたいなら元の世界に帰らないとな」

 

 とうとう勇者は顔を両手で覆い、嗚咽を上げ始めた。

 勇ましい者に似つかわしくない弱弱しい泣き声だ。しかしそれでいいと魔王はうんうん頷いていた。

 

「どうだ? だからそろそろ元の世界に帰ろう」

「──公式から解釈違いの続編をお出しされそうで怖ぃ~!」

「面倒臭えオタクだな、てめえは!」

 

 別に感動して泣いていた訳ではないようだ。

 時間を返せ。怒鳴りながら、魔王は心の底からそう思った。

 

「何だよ、何が不満なんだよ!?」

「前作で綺麗に終わった作品の続編ほど怖いもんはないんだよぉ!! 前作で生き残った登場人物が死んだり、前作で死に物狂いになってパワーアップしたはずが続編では全然通用しなくなったり!! オタクはそういう前作をないがしろにするような要素に過敏なんだよぉ~!!」

「早口でうるせえ!!」

「はぁ……はぁ……だから俺は認められぬ続編を公式二次創作(パラレル)として受け入れた……!!」

「良くないよ、その兆候」

 

 原作至上主義──商業的に大ヒットした作品に様々なスピンオフ作品が生み出されていく中で誕生した思想だ。

しかし、それは時に愛する作品に憎悪さえ抱かせる毒だ。

 これが共に既プレイ勢ならばともかく、悲しいかな、魔王はエアプだった。エアプであるが故に留められぬ凶行があると知り、魔王は転生して何度目か分からぬ涙を流した。

 

 だが、その時だった。

 

『クックック……』

「!? なんだ、この声は……!?」

『この期に及んでも尚、己の欲望を優先するとは……』

 

 玉座の裏より現れ出でる黒い靄。

 それは数秒もしない内に邪悪な、それでいて凶悪な形相をした人ならざる存在へと姿を変えた。

 

『やはり今の世を生きる命は愚かなり……!』

「なんだこのっ……全て裏から糸を引いていたみたいな黒幕系のボスみたいな台詞は!?」

『その通り……』

「その通りって言っちゃったよ」

『我はなんか黒幕っぽい魔神に転生したけどエアプだったからどういうキャラか全く分からない存在……記憶を探ったらなんか全部我が裏で糸を引いてたらしい……』

「そんな経緯で全部白状する黒幕初めて見たわ」

 

 しかも一切何も分かっていない。

 黒幕の癖に何も把握していない。

 黒幕の裏側は転生したおかげで真っ白だ。白幕系ラスボスである。そこには何もありはしなかった。

 

『クククッ……勇者よ。諦めて龍珠を魔王に渡すがいい……』

「嫌だ!! 俺は現代社会のしがらみから解き放たれ、この世界でチヤホヤされながら生きていくんだぁー!!」

『クククッ……異世界だからと人間関係や仕事関係の悩みから解放されると思ったら大間違いだ。ってか治安とか文明レベルの点では転生前の現代日本の方が圧倒的に良い』

「おい勇者。魔神の方が正論言ってるぞ」

 

 魔神の肩を持つのは魔王だけではない。

 本来勇者の仲間であるはずの戦士(武闘家)、魔法使い(武闘家)、僧侶(武闘家)の三人もうんうん頷いていた。

 

「だが……だが俺は!!」

「諦めろ。今ここで多数決取ったら全員魔神側に手を挙げるぞ」

『クククッ……お前も原作を愛する人間ならば、こんな二次創作染みた俺TUEEの世界観に入り浸るよりも、公式からの供給に一喜一憂する一ファンに戻るがいい……』

「ド正論。ビックリするほどド正論」

「……」

『クククッ……どうした? 我なんか間違ったこと言った……?』

「正論過ぎて喋れないだけじゃ?」

「……そもそもお前なんのキャラ?」

『クククッ……え?』

 

 空気が凍った。

 そして、それまで魔神側の肩を持っていた魔王達の視線が怪訝なものと化し、そそくさと魔神側から距離を取った。何故なら『同じエアプの転生者』から『得体の知れない存在』へと認識が変化したからである。

 

 同時に味方を失った空気を感じ取り、魔神は大いに慌て始めた。

 

『えっ、ちょっ……ちょっと待って。我居ないの? 原作居ないの?』

「知らない」

『知らないってどういうこと? いや、分かるじゃん。居るか居ないかどうかはさ』

「……知らない」

『クククッ……じゃあ我原作にも存在しないキャラに転生したの? 怖っ』

 

「あの……」

 

 ここに来て初めて挙手する人間が現れた。

 勇者パーティーの一人、僧侶(武闘家)改め転売シスターである。善か悪を論じれば悪に傾くであろう余罪が推察される彼女は、怪訝な眼差しを魔神──ではなく勇者の方へと向けていた。

 

「知らないって……要は、やってないってことなんじゃないの?」

『え』

「ホラ。だってこの世界ゲームな訳じゃん? ファンでも知らない裏ボスって居る訳? 知ってんだからファンじゃん。知らないならやってないってことでしょ」

 

 ゆっくりと。

 今度は皆の視線が勇者に集まる。

 

 勇者の頬に一筋の汗が伝う。

 温度で言えば冷えていた。それはもうヒエッヒエに冷えていた。目線も心なしか泳いでいた。

 

「いやっ……それは、こう……あるじゃん。ファンでもやってないゲームの一つ二つくらい……」

 

「おい!! さてはこいつもエアプだな!?」

『クククッ……散々偉そうに語っていた癖にエアプとは……笑止千万!!』

「さては解説Wikiとかで知識とか仕入れてるタイプか!?」

「嘘!? ファンの風上にも置けないわ!!」

「ただで仕入れた知識をひけらかす気分はどうだった?」

 

「うるせぇーーー!! ファンだからって何でもかんでもグッズを買うと思ったら大間違いだぁーーーっ!!」

 

「開き直りやがった、こいつ!?」

 

 魔王や魔神どころか仲間にも非難轟々を浴び、勇者はキレた。

 そして床に転がり、大の字を体現しながら四肢をバタバタと振り回し始めるではないか。

 

「俺だって!! 俺だって遊びたかったんだ!! だが残業に次ぐ残業……役職は上がったのに増えるのは責任ばかりで給料は増えず!! 上にも下にも挟まれるストレスと疲労を抱えた体じゃあ、ロクに新作ゲームを追う気力も時間も確保できなかった!!」

「あれ、なんでだろう? 聞いてるだけで涙が溢れてくるな」

『クククッ……我も』

「昔のような!! 心の底から作品を追いかけられていたあの頃とは、もう違うんだっ!!」

 

 心からの叫びを吐き出した勇者は、それから蹲り、小さな嗚咽を上げ始めた。

 その弱弱しい背中を見守る面々の眼差しは、いつの間にか軽蔑から憐れみへ、そして同情へと移り変わっていた。

 

「……勇者」

「……なんだよ。そうだ、俺はエアプだよ!! ファンの癖に公式の供給すらロクに負えない半端なファンさ!!」

「いいじゃないか、エアプで」

「……え?」

「エアプってことは──これから皆と一緒に新鮮な気持ちで遊べるってことだろ?」

 

 肩を優しく触れる感触。

それが魔王の置いた手と気付いたのは、勇者が泣き腫らした顔を上げてからだった。

 

それから勇者は目撃する。

魔王が。

仲間が。

魔神が。

全員が目をすがめて、自分に微笑みを向けている光景を。

 

「皆……」

 

「帰ろうぜ、元の世界へ。そして皆で遊ぼう」

「そうだよな……ファンなのに追いかけられない苦しみは理解できるぜ」

「あたしも。お金と時間が足りなくてコス衣装を仕上げられなかった時は悲しかったわ」

「分かった……私も動画サイトのプレイ動画で履修するからさ」

『クククッ……そこは自分でやれ』

 

(僧侶を抜いた)……」

 

 皆の心は一つになった。

 勇者が頷けば、魔王は保管していた最後の龍珠を手に取ってみせる。それと元々勇者が持っていた六つを集めれば合計七個。願いを叶える龍神を呼び出すに十分な数が揃った。

 

「カモン、ゴッドドラゴン!! そして、我の望みを叶えたまえーーーッ!!」

 

 勇者が魔法の詠唱を唱えれば、床に置かれた龍珠から光の柱が天を衝き、そこより一匹の龍が現れ出でたではないか。

 

『我を呼んだのは貴様か……さあ、望みを言え。なんでも一つだけ叶えてやろう』

「俺の……いや」

 

 勇者は後ろを振り向く。

 そこには魔王と魔神と仲間が──いや、最早区別する必要はない。

 

 ()()達がこくりと頷くのを見て、勇者は決心した。

 

「俺達の望みはただ一つ……

 

 

 

 

 

──俺以外の転生者を元の世界に……!!」

 

 

 

 

 

『待て待て待て待て!!』

 

 すかさず仲間達が止めに入る。

 決して『勇者の』という意味ではない。己が欲望を優先する勇者など、最早仲間と呼ぶことすら憚られた。

 

「台無し!! 全部台無しッ!! 普通今のは元の世界に帰るとこだろ!!」

「うるせぇーーー!! 俺はまだ仕事に行きたくないんだぁーーー!!」

『クククッ……諦めろ。就労は日本国民の義務だ』

「嫌だぁーーー!! 一生ニートしていたいぃーーー!! 嫁のヒモになって生活していたいぃーーー!!」

 

『よかろう……その望みを叶えて──』

 

「叶えようとするな!? その望みキャンセル!!」

『それが望みか? よかろう、ではさっきの望みをキャンセルする望みを叶えて……』

「違ぇって!? 融通の利かねえ神だな!!」

 

 この後、必死に弁解して望みを『現代への帰還』にしてもらった。

 

 

 

 そして、元転生者達は自費でゲームを購入し、無事エアプを脱したとな。めでたしめでたし。

 

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