『紅真すまん、高校行け』
「は?」
この言葉が紅真の頭をハテナマークを浮かんだ。
ことの発端は燐子との再会から数日経った頃。この日は朝から雨だったので家で筋トレをしていると蒼輝から電話がかかってきた。電話に出た途端この一言である。
「ごめんドユコト?」
『言葉が足りなかったな。実はけっこう重要な依頼があって、しかも隠密に動かないといけない依頼なんだ。俺が強制休暇を与えた手前少し言いずらいんだが……』
「なるほど」
実のところ未だに紅真は高校に行く気はない。というか学校自体行く気はない。のだが再会した幼馴染である燐子が花咲川女子学園という高校に通っていると聞いたことを思い出した。再開したその日、夕食時にきいたのだ。
(……あれ、もしかして僕も高校通えばりんちゃんと一緒に学生生活を過ごせるんじゃね?)
燐子は女子校なので一緒に授業を受けることはできないが少なくとも一緒に登下校するという青春を体験できるはずである。この世界で紅真が体験するはずだった青春を謳歌する機会が差し伸べられたのだ、受けない手はない。
「蒼輝。その依頼、受けさせてくれ」
『ありがとう紅真。今集合場所の位置情報を送ったから今すぐそこに来てくれ。今日依頼主に会って話聞くんだ』
「いや今日かよ」
『昼食も兼ねてるんだ。早めに来てくれよ?』
そう言って蒼輝は電話を切った。切られてすぐにメールが一件、そのメールには集合時間と位置情報に繋がるリンクが貼られており、そのリンクをタップすると地図アプリに切り替わり喫茶店あけぼの位置が表示された。
現在位置からのルートを検索すると今すぐ準備しないと集合時間に間に合わないことがわかった。幸い今日は特に予定はないので準備自体は手早く済ませられそうだ。
「……。とりあえず準備するか」
なんとも言えない気持ちを抑えつつシャワーを浴びた。
※
喫茶店かたわれ。雅琉羽町から少し離れた町にあるカフェだ。駅から少し離れた所にあるようなので電車から降りてそこに向かう。
「えーと、地図によると……この辺か?」
上の看板に緑色の文字で大きく〈喫茶店あけぼの〉とかかれた看板があるのでおそらくここだろう。蒼輝に連絡すると、ひとまず中に入れと言われたので傘を閉じて中に入る。
「いらっしゃいませ」
「……ども」
中に入ると、コーヒーの匂いとダンディーな雰囲気を醸し出してる初老の男性が紅真を迎え入れた。紅真が傘の水滴を落としている間に蒼輝が奥から出てきた。
「よう、休暇は楽しんでるか?」
「始まったばっかりだからわからん。つか僕にはこれといった趣味はないし」
「この前
「あれは恭弥くんが男が俺1人になりそうだったからその埋め合わせっで行っただけだ」
そんなことを話しつつ紅真は蒼輝に案内されて喫茶店かたわれに入った。なんでもここは蒼輝が学生の頃から愛用していた喫茶店で今でもよく利用しているらしい。しかも個室がついているので隠れた話をするにももってこいな場所なのだそうだ。ちなみに個室があることを知っているのは常連客の内の一部というこれぞ知る人ぞ知る情報である。
個室に入るとスーツを着て髪を後ろで結んだ強面な男性とやけに大人びいた、それでいてどこか全体的に暗い雰囲気を纏った女性が席に座っていた。ただ、男の方は紅真も知っている人だった。
「え、福島?」
「師匠!?お久しぶりです!」
福島と呼ばれた男は立ち上がり紅真に頭を下げた。
福島——本名は
そして教師になりたいという夢の為に教員免許を取得したと同時に組織をやめ、現在は一ノ瀬高校という高校で教鞭を握っている。
ちなみに紅真が所属しているのは〈
「久しぶりだなぁ、元気にやってるか?あと師匠って呼ぶのはやめてくれ、それあんまり好きじゃないんだよ」
「いえ、俺にとって師匠は師匠なんです。そんな人を名前で呼ぶなんて畏れ多い」
「お前なぁ……」
そんな実を見て蒼輝は呆れながらこう言った。
「や、どのみち紅真のことを名前で呼ばざるを得なくなるよ?だってこいつが通うことになるのはお前が勤めてる高校だから」
「なん……だと……!?」
「死神高校生の真似してる場合か。とりあえずさっさと本題入ってくれ、そこのJK困ってるだろ」
見ると実の隣に座っていた少女がどうすればいいかわからずオロオロとしていた。それを見て福島は軽く謝りながら、蒼輝はちぇー、と言葉だけ尖らせて座った。つまり福島の反応が面白くて笑っていただけである。
※
せっかくカフェに来たのに何も頼まないで話を進めるのは少しアレなので4人は注文してから本題に入ることにした。あと時間的に昼食の時間帯でもあるので各自頼み、本題に入った。
「ちょっとまって、本題に入る前に自己紹介しよう。僕このJKの名前知らないし」
しかし、それは紅真によって遮られる。
「確かにお互いに自己紹介してませんでしたね。……ってまってください師匠なんで彼女が高校生だってわかったんですか?」
「あ?んなもん見りゃわかるだろ。僕は橋本紅真。年は……一応
「えっ?」
「……なあ蒼輝、これどこまで言っていい?」
「うちの隊員が学校に入学するってところまで」
「じゃあ僕はああ鈴音の戦闘員の1人で依頼を受けに来た人間だ」
16と言った瞬間目の前の少女は目を少し見開いて驚いた。
「と、年下なのですか……?」
「ん?あー、そっか。そういうことになるのか、うん。……んで、君は?」
「……
「2年ってことは僕は吹雪センパイの後輩になるってことか。てことは敬語で話した方がいいですか?」
「い、いえ。そのままで大丈夫です」
「わかった。じゃあ依頼内容を話してくれ」
「……わかりました」
そう言って口を開いた彼女は今起こっている出来事を語り始めた。
※
吹雪の話を聞く前に、今回の依頼の舞台となる〈
一ノ瀬高等学校は
この高校は一ノ瀬財閥という有名企業が運営しており、14代目理事長である
ここからが本題だ。今回の依頼はこの高校に通う一ノ瀬家の親族とその甘い汁を啜る教師を含む取り巻きについてだ。
吹雪が話してくれたことを簡単にまとめると、公正であるはずのものが学校側の都合により不正扱いされ、あろうことか明らかに不正ではないものが学校内では不正扱いされるというのだ。
1つ具体例をあげよう。教師が生徒に性的に手を出したとする。女子生徒はそれを拒否したが教師は無理矢理行為に及んだ。行為の写真をネットにばら撒かれることを餌の脅され女子生徒はそれに従わざるをえなかった。時間が経ってようやくその事実が明らかになるが、学校はそれを否定、どころか様々な手を使って事態をもみ消したという。
不利になる証拠は全て消し去られ、しかし周りは見て見ぬふり、挙句の果てにはそんなことがあったんだと他人事。相談した者も何も覚えておらず、覚えていたとしても口封じをされ無かったことに、被害者は泣き寝入りをするしかない状態だそうだ。
警察にも相談したがなぜか動かず、それどころかどこから嗅ぎつけてきたのか、学校側はそのようなことをした生徒を停学や退学などの処分を行なった。
これ以外にも、成績の不正や汚職といった後ろめたいものを平気で行っている。
何名かの隊員が潜入して不正の穴を突き、追い詰められたとしても該当する人物だけを切り捨て、学校側は関与せずという、いわゆるトカゲの尻尾切り状態で、今日まで根本的な解決には至っていないそうだ。
福島もできる限り学校側にバレないように被害者のカバーに入っているがそれでも限度はあるようで、話していて思い出したのか顔が怒りと悲しみなどの感情で歪んでいた。
「……つまり学校そのものが不正のオンパレードってことか」
「ああ。俺も最初、福島君経由で相談を受けた時は耳を疑ったよ。未だにそんな学校があるのかってね」
蒼輝は苦虫を食べたような顔で言う。実を言うと彼がこのような顔をするのは珍しく、大抵の面倒事は苦笑しながらこなす。なので今回の依頼は本当に面倒なものだというのがわかった。
「なあ蒼輝、これもしかして長期間で尚且つ馬鹿ほど難易度が高くて面倒な依頼か?」
「依頼者の前でこんなこと言いたくないが間違いなく」
「……これ本当に僕がやらないといけない案件か?」
「少なくともお前だからできる依頼だと思う。絶賛超暇なニート状態でかつ長期任務に向いていて実力があるからな」
「余計なもんを付け足すな」
紅真は頭を抱えた。よくも面倒な依頼をよこしてくれたという思念を込めつつ頼んだコーヒーを口につける。そんな彼を蒼輝はカラカラと笑いながらクッキーを一口。
「……んで?」
「ん?」
「僕が暇で実力があるからってだけじゃないだろ。少なくともお前が僕に直接会って、しかも依頼者からも直で依頼されるとかよっぽどやばいって事だろ?それもわざわざ個室も取って限りなく防音まで施してさ」
「……」
クッキーを食べていた手が一瞬だけ止まった。
まず紅真はこの部屋に入って喋った時点でで音の反響が極端に少なく、また扉を閉じた瞬間外部の音が完全に遮断された。この時点で明らかに普通ではないことがわかった。
紅真は蒼輝の顔に穴が開くのではないかと思うほどじーっと見つめる。
数秒ほどその状態が続き、紅真は観念したかのように両手をあげた。
「っはー、流石だな。もちろん他にも理由はある。実を言うとこの件はもっと前から相談があったんだ。防音を施してあるのは俺がマスターに無理言って改造したからさ。もちろん費用は俺が全額な」
「この普通の壁に見える特殊コーティングもか?」
「おう、俺直々に。……ことの発端は今から3ヶ月ほど前、とある依頼が入った」
依頼内容は〈一ノ瀬高等学校の悪事を暴いてほしい〉というもの。依頼人から、依頼人が受けた被害と一ノ瀬高等学校での悪事を聞いた隊員は早速潜入。外部の力を借りつつ約2週間で証拠を集めて依頼者に提出した。依頼者はその証拠を持って警察に通報、依頼人の加害者及び関係者にそれ相応の処分を下すことを学校に求めた。
が、主犯格には僅か1ヶ月の謹慎及び減給処分のみ、関係者は一部謹慎、それ以外は特にお咎めはなかった。それどころか警察もこれといった行動をとらなかった。
明らかな犯罪行為をしたにも関わらずこの対応。流石におかしいと感じた隊員は組織の上司に相談、学校の生徒・教員だけでなく、清掃員や秘書などの役割を持って総勢23名の隊員を調査員として潜入させた。
しかし、それも失敗に終わった。
調査員として潜入していた隊員の9割が見覚えのない罪で謹慎、及び退職の処罰を受けたのだ。
どんなに弁明をしてもまるで予測してたかのようにその弁明を潰す証拠が出てきて、挙げ句の果てには助けたはずの被害者が調査員を陥れるという事件が発生した。
蒼輝にこの依頼の話が耳に入ったのは、そんな異常事態が起こりただ事ではないと組織のトップ——
「そこで諜報が得意な隊員に一ノ瀬グループの裏を調べさせたんだ。まあ結果はお察しだ」
「ほーん。ところでその部下って誰だ?」
「お前がメルヘンお花畑って言ってた彼女だよ」
「あいつかぁ……」
紅真はゲンナリとした。紅真は彼女のとは相性がすごく悪いというわけではないが苦手なのだ。が、彼女の持つ能力を考えると諜報という意味で選ばれるのは納得いくものだった。
「……ちょっと待て。あの引きこもりすぎてひき〇〇もりなってるあいつが失敗?諜報や偵察の技術バカ高いよな?その失敗の原因は?」
「いわく鼠や蝙蝠といった小回りがきく動物などを使って調べたららしいんだが、その調べるために使っていた動物たちがある一定のところまで調べたら全員調査を中断して戻ってきたんだ」
「戻ってきた?」
「ああ。全員怯えててな、まるで隣国から命からがら逃げてきた亡命兵のようだった」
「やけにリアルな表現やめろ」
彼女曰く、動物達は共通してこう言ったらしい。——こわい、悪いやつ、恐ろしい、と。
「そしてこの前会いに行ったらそいつら全員怯えていたんだ。調査から数日経ってるのにも関わらずな」
そう付け加えて蒼輝はコーヒーを飲んだ。
普段なら人懐っこくすり寄ってくる動物達が、主人の側で小さく蹲って震えているのだ。飼い主蒼輝はその光景を見て流石におかしいと感じた。
「で、この前たまたま依頼の道中でその学校を通りすぎたんだ。そしたら一瞬だけ悍ましいナニカの気配を感じた。一瞬だったから細かいところまではわからなかったけどな」
「ほーん、だから僕に依頼の話を持ってきたわけだ。実力もある、秘密裏に動ける、おまけに緊急時の対応力もある、そして僕は故郷の学校生活を堪能できる……噛み合いが良すぎるな」
「自分で言うのか……いや事実だけども」
紅真が毅然として言うので蒼輝が呆れながら紅真を見るが、彼が言っていることはほぼ正しいことを1番理解しているのでため息をつきながらコーヒーを飲み干した。
うんうんと紅真が心の中で納得していると吹雪がふととあることに気づいて声をあげた。
「……あれ?」
「どうした伊野」
「高橋さんって今16歳ですよね」
「あーごめん、やっぱ紅真って呼んでくれ。高橋はダメだわ。んで質問の答えだが、さっきも言った通り一応16だ」
「年齢的に紅真さんって中学卒業してから1年経ってますよね。高校はどちらに?」
この場では説明してないが、紅真は中学どころか小学校も卒業していないので高校に入学すること自体がおかしな話なのだ。その事実が何も対策を考えていなかった紅真を襲う!
事情を知っているのは蒼輝と実のみ。実は目を見開いて何言ってんだお前!?みたいな顔で吹雪を見る。
「あー、ちょっと事情があって受験できなくて、今は浪人?みたいな」
「え?でももう3月ですよね?」
「まあその辺については今はまだ説明するのが難しいからまた今度。一ノ瀬学園の入学手続きについては今から正規のやり方でやると確実に間に合わないし、何より紅真自体が訳アリなんだほ。だからちょちょいと細工する必要がある。まあそこら辺は心配するな、ちゃんとあてはある。
から、福島君は紅真が入学するまでできる限り被害者を増やさず尚且つアフターケアを行なってくれ」
「わかりました」
幸い蒼輝がこの先の方針を決める形でカバーしたことによって、今現在では余計なことを言わずに済んだ。
「最低でも4月の入学式までに入れることはできるはずだ、とにかく最短でやる。もちろん福島だけだと人員が足りないだろうからうちから1人教師役を……あ」
蒼輝の言葉が止まった。話すのをやめた蒼輝の様子に実と吹雪は疑問符を、紅真はこいつなんか思い出したな?と考えた。
「蒼輝さん、どうしました?」
「……そいえばいたわ」
「何がですか?」
「超高い戦闘能力を持っていて尚且つ紅真と連携するのにすっっっっっごく相性のいいやつ」
「マジ?」「いるんですか!?」
「しかもちょうど一ノ瀬高校に在籍してる」
「マジ??」「在籍してるんですか!!?」
「しかも生徒で」
「ウッソだろオイ」「生徒でも!!!?」
実は大袈裟に驚き、吹雪も2人ほどではないが口に手を押さえて驚いている。紅真は紅真で逆に困惑した。そんな偶然あんのかよ、と。
「てことはこれで味方は僕と福島を含めて3人か」
「いや、念のためもう1人教師役送ろうと考えてるから合計4人だ。近々集まる機会を設けよう」
「そうだな」
※
そんなこんなで、ある程度話し合い方針が固まったところでお開きとなった。
「じゃあそんなわけでまた全員が集まれる時にまた会おうか。あ、ここは俺が持つから福島君その財布しまって?」
「いいんですか?」
「いいのいいの」
3人はそれぞれ蒼輝にお礼を言って店を出た。
「それじゃあまた。伊野ちゃん、紅真達がくるまでの1ヶ月間、なるべく人との接触は避けること。危ないことがあったらすぐに連絡するんだよ。これ俺と福島君との約束ね」
「まあ何も起きないのが1番ですけどね」
「……はい。ありがとうございます」
「一応全員の連絡先交換しておこうか。あとグループも作っておくから全員招待したら入ってね」
全員の連絡先を交換し、チャットグループを作って今日は解散となった。