しん・夢物語   作:危橋たけ

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 夢物語シリーズ、コピペ投稿はこれで終了です。
 これまでのご愛読(?)ありがとうございました。

 次からはちゃんとリアルタイムで書いて、投降していこうと思います。何かご要望があればお気軽に意見をどうぞ。続編とか、二次創作とか。
 ぶっちゃけ決め切れませんので。


3月5日 未了編・その四

 桐壷つむじの話をしよう。

 この世界にはいくつかの神がいて、消滅してしまった神も少なからずいるわけで、桐壷つむじはそんな少なからずな神の中の一つであった。

 桐壷がこの世に誕生したのは気の遠くなるほど昔で、確かめたことはないけれど地球とそう年齢差は無いらしい。

 まあ別にあいつの生い立ちについてなんてどうでもいいわけで、大事なのはあいつが破滅した時のことだ。

 今から三千年前、あいつは閻魔大王と戦い、共に戦った九十八の神が犠牲となった。閻魔大王は封印され、その後千年間覚醒することはなかった。

 今から二千年前、あいつは閻魔大王と戦い、共に戦った浮舟(うきふね)という神が犠牲となった。閻魔大王は封印され、その後千年間覚醒することはなかった。

 今から千年前、あいつは閻魔大王と戦い、神としての力の八割を奪われた。閻魔大王は封印され、その後千年間覚醒することはなかった。

 今から五年前。あいつは閻魔大王と戦い、そして消滅した。消滅した、筈だった。

 

 神というのは長く生きているだけあって、常識は無いにせよ賢さに関しては人間の及ばないところにある。桐壷にしてもそうだし、そして浮舟にしても。

 二代目閻魔、松風界隈によって消滅させられた桐壷を復活させるために浮舟はその身を犠牲にし、桐壷の一部と化した。己の力を捧げることにより桐壷の復活を図ったとばかり思っていたが、彼の真の目的はそれだけではなかった。

 桐壷が閻魔を倒すために取る策を予想し、彼女の消滅を防ぐために『桐壷』の中に『浮舟(じぶん)』を紛れ込ませたのだ。

《神具・白消》。《キリツボイレイザー》。閻魔に奪われた『桐壷』の力を消滅させるために、この世にある『桐壷』を消滅させる効果を持つ神具だ。それは自らであろうと例外ではない。彼女は自爆行為に及んで閻魔を弱体化させたのだ。

『桐壷』が消えてしまえば、当然ながら桐壷は存在すら保てなくなる。しかし『浮舟』を持っている桐壷は、かろうじてその存在を保ったのであった。

 

「つまり儂は本来、『桐壷』ではなく『浮舟』と名乗るべきなのじゃろうな。浮舟つむじ。うむ、まあ悪くは無い」

 かかか、とつむじは笑った。年中黒い浴衣。身長は高くて体のプロポーションも良く、外見に関しては抜群に美人なお姉さんだ。

 まあ、中身は酷いけど。

「今貴様、失礼なことを考えたじゃろう」

「馬鹿な。心が読めるのか?」

「かかか、歯を喰いしばれ」

 僕らは屋上に出て来ている。見上げると曇り空。アスファルトは冷たい風を一杯に吸っており、立っているだけで凍える。

「ここは一応、立入禁止なんだが」

「じゃったら鍵でも掛けるんじゃな。まあ儂にかかれば南京錠など風前の灯じゃが」

「南京錠職人たちの汗と涙の結晶になんてことを……つうか寒いんだけど。別に校長室で良いじゃん」

 浴衣の神は「んー」と生返事をし、景色を堪能する。人の話を聞かないのだ、この学院長は。

 現在、つむじの神としての力は完全に回復しているらしい。別に五年間回復に打ち込んだわけではなく、単に回復させるコツが分かったからだそうな。一月も要せず完全復活したつむじが最初に行った暴挙は、人間として現代に君臨し、玄舟学院の学院長に就任したことである。

 これにより、空席となった校長の席を空けたままにすることに成功したそうな。つまり僕が玄舟学院学校長に就任するまで三年間、この高校には校長先生がいなかったのだ。どうしてそんなことをしたのだろうか、僕にはさっぱり分からない。

「そんなの、貴様の為に決まっとるじゃろうが」

 多分嘘だ。

「それよりお前、理事会が探してたぞ。また何かやらかしたんじゃねえだろうな」

「はあ、どうせ電話が繋がらんかったのではないか? 奴ら、儂が目の届くところにおらんだけで騒ぎ寄るからな。おちおちサーティーワンにも行けんわい」

「アイス買いに行ってたんかい」

 そうなると理事会の方に落ち度が見えてくるから不思議だ。

「アイスを買うのにわざわざ貴様らの許可が要るのか、という話じゃ。もう、奴らのところに押しかけてやろうか」

「それは止めてやれ」

「ちなみにバニラ・バニラ・バニラのキングサイズトリプルじゃ」

「聞いてないしそのコンボは狂っている」

 しかしこいつ、横文字喋るの上手くなったよなあ。

 

「楽しいのお、人間は」

 

 不意に、つむじは噛み締めるかのようにそう言った。

「まあ、儂は人間ではないがの。人間の振りであっても、こうやっていると心底、楽しいの」

「……神としての仕事もあるだろう。そっちはちゃんとやってんのか?」

「愚問じゃな。霊がほとんど出んようになったのは誰の功績だと思っておる? 儂がその辺を控えておるからじゃ」

 桐壷つむじは不敵に笑う。こいつが三代目の閻魔大王となって五年。僕が『神の否定』の最も明確な『神霊の視覚化』を気にしなくなったのは、霊の発生を抑えたこいつのおかげなのだ。

「感謝してるよ、閻魔大王様」

「くるしゅーない」

「それはそうとしても、学院長の仕事と両立するのは大変じゃないか? 何せ、生と死の境目の管理だ」

「え、簡単じゃぞ? ちょろいちょろい」

「……そうかもね」

 すっかり人間らしくなってしまったので失念していた。こいつは神様だった。しかもそんじょそこらの神ではなく、最強の神、桐壷である。『そのくらい』で音を上げるほど華奢ではない。

「そりゃ楽勝じゃて。儂を誰だと思っておる?」

 これは、こいつが自分で答えるので僕は黙る。

「神様じゃ!」

 このキャッチフレーズの難点は、事情を知らぬ人間の前では使えないということだ。以前、理事会の前で言いそうになって見てるこちらが冷や冷やした。

 

「だな。お前は神様だ」

 

「神様じゃ」

 

「万能であり超常であり」

 

「地味であり孤独であり」

 

「学院長で閻魔大王で」

 

「何を冠しようともただそれだけ」

 

「視えずとも確かにそこに存在していて」

 

「生きていなくて死んでいなくて」

 

「ふん――」

 

「――かかか」

 

 桐壷つむじは神様である。

 人間ではなく神様である。

 人間になれない神様であるけれども。

 それでもきっと、微かに、確かに、独り善がりで身勝手だけど、幸せと呼べるものなのだ。

「訊いていい?」

「よいぞー」

「どうしてお前、僕がこの学校の校長になると思ったんだ?」

 先ほども述べたが、桐壷つむじは『静かな戦争』から一月後に急遽学院長に就任した。就任して最初の仕事は、玄舟学院高校の新学校長の決定であった。

実は僕は『静かな戦争』の前に学院に辞表を提出していて、それは滞ることなく受理されていたため厳密にはあの五年前の夜、僕は教師ですらなかったのである。

 教師として戦ったけど。

 実は虚構であったのだ。

 対して相手側である松風界隈に関してはまったく何の手も回しておらず、普通に行方不明者として扱われた。死体は発見されていないものの、事情の分かる業界の人達の間では普通に『死亡』として手続きがされているので、何も問題が無いと言えば問題は無い。

 どちらにせよあいつは人間として確かに死に、神として確かに消えたのだ。

 まあ、聞いていて不快になるあいつの話はおいといて。

 行方不明扱いではあるものの、とにかく『代わり』となる校長。オルターナティブを挿げる義務が学院長・桐壷つむじにはあったのだが、こともあろうか彼女はそれを、放棄した。

 強引に就任。義務の放棄。二連続での暴挙である。理事会の涙目が目に浮かぶ。そしてそれから三年もの間学校長の席を空白にし、自らが代理として学院長・学校長の仕事をこなしてきたのだ。それに閻魔大王としての責務も加わるのだから、本当に頭が下がる。

 それで、そこだ。学校長を挿げなかった理由だ。

「じゃから貴様の為だと言っておるじゃろうが。嘘だとでも思っておるのか?」

「正確じゃあないな。お前は僕を校長にするつもりはあったのだろうが、それは『僕の為』じゃないな」

「……ならば誰の為だと?」

「『自分の為』だろ、どうせ」

 かかか、とつむじは悪戯っぽく笑った。悪戯っぽいというか、悪戯が露見した子供のような。

「なあ、小僧。五年前からカウントするとして、貴様の周りでどれだけの物が変わっていった?」

「何だよ、それ」

 今の話に関係無いじゃないか、と苦言を呈したところでそれさえも無意味だ。つむじの質問に付き合うことにした。

「そりゃ人とか物とか、色々あるじゃろう。勝手に変わったり貴様が変えたり。そういうのが五年前からカウントするとどのくらいなのかと」

「またえらく面倒な質問を……」

 たとえば身近な施設で考えると、玄舟学院の学校長に就任した。マゴコロ機構を創設した後ぶん投げたのも記憶に新しい。

 

 人で考えるとまず誰だ? 若紫なんてどうだろう。若紫志吹。大学生でありながらかの暴虐団体クロス・プログラム機動局第六機動室副室長であるあいつは、半年もすれば教育実習生として我が校に訪れる。

 

 紅葉賀弦弧はパンプキン定理の証明で一躍有名となり、その莫大な懸賞金を理由に退職。世界を股にかけるリッチな旅行者である。

 

 行幸亥来(みゆき いくる)は早くに行幸神社の神主となり連日奮闘している。最初の数年は上手くいかなかったが、一年前にお土産で売り出した餃子がヒットし、今ではそこそこ大きくなっている。

 

 蜻蛉輪吾(かげろう りんご)。あの性悪は残念ながら未だに内科保健医として玄舟学院に勤務中である。立場的に疎遠になれるかと思いきや、意外とそうでもないのが痛いところだ。

 

 柏木(かしわぎ)は神様なので千年単位で生きている身、五年という時間はそう大したものではなく、今だってまったく変わりなく人間の振りをして神社を切り盛りしている。

 

 雲隠陽児郎(くもがくれ ようじろう)は文芸部部長の経験を活かしたのかどうかは知らないが小説家になっている。最初はライトノベルだったのに、今ではどういうわけか純文学だ。彼の本を一冊だけ呼んだが、普通に面白かった。あくまでも普通に、だ。

 

 夕顔ゆうや(ゆうがお)先生は国語科主任に昇進し、上がった給料でついに兎を飼ったそうだ。目標は太らせてもっと可愛くすることだって。

 

 総角飽飢人(あきひと)元教頭先生は定年退職後、趣味でチェスをやり込んでいるそうだ。今年の年賀状に『今度一局やりましょう』とあったが絶対に嫌だ。

 

 朝顔針夜(あさがお しんや)先生は四年前に退職したらしい。僕はああいう綺麗で優しいが好みなので残念至極だ。現在は中東で国境なき医師団のエースとして大活躍しているそうだ。まあ、元気な人だし。

 

 夢浮橋藍は僕と同じように(?)昇進し、白縫幼稚園の園長となった。偶然か必然か白縫幼稚園は近くなので紡ちゃんはそこに通園している。みんなが幸せだ。

 

 竹河巳鳥(たけかわ みどり)は大学を卒業後にテレビ業界に進出。入社直後だというのにプロデューサーの席に着いた鬼才として騒がれている。彼女のプロデュースした番組は確実に話題になるので、第百期生の中では最も目立つ人間かもしれない。

 

 空蝉是空(うつせみ ぜくう)は二年前の『醜悪宴(カーニバル)』と呼ばれる戦争で命を落とした。僕も少なからずその大戦には関わっていたため、助けられなかったのが今でも悔やまれる。あの時こうしていれば、気付いていれば。それだけの経験を重ねても後悔は無くならない。

 

 夢浮橋翅は紡ちゃんを産んで一年後、研究意欲が爆発してイングランドに旅立ってしまった。所詮『胡蝶』の血は誤魔化せないということだ。紡ちゃんが小学校に上がる前に離婚してやろうと思う。

 

 夢浮橋紡がこの世に生を受けて四年。紡ちゃんはとても可愛く、もうどうすればいいのか分からないくらい可愛い。可愛さが罪なら終身刑だ。僕は親として紡ちゃんのことを幸せにしなくてはならない。しなくてはならない、なんて言うと義務感が出て堅苦しくなってしまうが、ぶっちゃけ彼女のこれからの成長が恐ろしくもある一方、やはり楽しみなのだ。紡ちゃんの父親で良かった。

 

「そりゃさ。色んなもんが変わったさ。五年で人はこんなに変わるんだ。神様には分かんないだろうけど、寿命の少ない人間は五年を二十回無いほど繰り返せば、それで終わりだ」

「そうじゃな。限りある命こそが、生物としての醍醐味じゃ。じゃがその言い分は気に要らんな。まるで寿命を持たぬ神々が得をしているとでも、そう言いたげじゃ」

 そうだっただろうか。

 それは誤解かもしれないけど、僕の口調も知らず知らずの内に厳しくなっていたのかもしれない。

「知っておるくせに。神は変われぬと。変えることさえ出来ぬと」

「……そうだな、そうだよな」

 変われず、変えれず。それは神の特性の一つだ。

 つむじは学校長を据えなかったのではない。据えることが出来なかったのだ。『神を否定』することが出来る僕が赴くまで、玄舟学院を変えることが出来なかったのだ。

「それで結局、どうしてお前は僕を校長にしたかったんだ? 自身の為とは言っても、それはつまり?」

「貴様が好きじゃー、とかどうじゃ?」

 訊いたら駄目だろう……。微妙に凹んでしまった。

「それは今日、ここに来たのにも関係してるんじゃないか?」

 僕がそう訊くと、

「……かっかっか」

 可笑しそうに、桐壷つむじは笑った。

「相変わらず察しの良いのお、貴様は。確かに今日、儂は貴様にお願いがあって来た」

「……言えよ」

 つむじは真っ直ぐ僕を見つめて、その肌の白い手を差し伸べた。

 

「松風界隈がまた何か悪事をしでかそうとしておる。手伝え」

 

 それは。

 

 人でもなく、神でもなく、別の理へと辿り着いたただ一つの最悪の名だった。

 

 どれだけそれを続けられるか分からないけど、少なくとも今、僕は生きている。それなりに、精一杯、汗にまみれながら息を抜きながら、独りだったりそうじゃなかったりして、頑張ったりを繰り返し、サボったりを繰り返し、そうやって生きている。

 その生きるという行為が誰かの為であると思ったことはない。実は僕は自分一人の為に生きているという感情を持っていないのだ。きっとただ自分が可愛くないだけかもしれないけど、ふとプラスに考えればそれは、僕が誰かの為に生きる幸せを感じているからかもしれない。

 

『それ』はいつの日か、終わってしまったのだ。

 

 終わらせることが出来たものだとばかり思っていたのに。

 

 修了して終了して、思い出になってしまったとばかり思っていたのに、未了だったのだ。

 

 その絶望的なまでの『逃れなさ』がどういうわけか僕は嬉しくもあった。それがまた不思議で腹が立つ。

 

 だから。

 

 だから僕は、その手を取ったのだ。

 

「――ったく夢物語だな、畜生」

 

 僕はいつものようにそう言った。桐壷つむじは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

『それ』は結局、誰のものだったのかは分からない。

 

 何もかもがどうにも上手くいかない僕のものなのか。

 そのすべてが綺麗で純粋で、綺麗で純粋なまま非業の死を遂げたあの子のものなのか。

 破滅を乗り越えて戦い続け、最弱と隣り合わせの最強を再び手に入れたあいつのものなのか。

 最悪に産まれて、最悪に生き、最悪なまま死んでいったあいつのものなのか。

 それとも巡り巡って、何かを上手くやろうと馬鹿みたいに奮闘している僕のところに戻って来るのか。

 

 その答えは未だに分からないし、ひょっとしたら最後まで分からないのかもしれない。分からないまま、この物語は続くのだ。

 

 この徘徊と奔走と決戦と通話に介し、

 

 再会と相愛と惨劇と抱擁と結託に溺れて、

 

 屈服と遊戯と黒髪と解除に遊び、

 

 修了も終了も未了も出来ずに、

 

 涙を思わせる雨にも似ていて、

 

 手遅れになってしまった祭のようで、

 

 最たるまでに悪平等な、

 

 僕ときみと世界と誰かの、

 

 夢物語は終わらない。

 




 今日の日は、さようなら。
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