金返せニコ 作:SAMU
「ちょっとぉぉ! ねぇ!! いないのぉ? ねぇぇ!!」
「親分。カルロの奴、どっか出かけたんじゃねぇのか? あんまし煩くしてっと苦情が入って、また俺らがどやされるぜ?」
「ニコの声を聞けばカルロは飛んでくる。出ないのならそれはいないからよ、ニコ」
「うっさいわねぇ。そんな事分かってるのよぉ……あぁもう!」
私、ニコ・デマラは少し怒っていた。
金貸しのカルロから朝一に電話があり。
何の用かと出て見れば、急に仕事を頼んできたのだ。
勿論、断ってやるつもりだったけど……報酬が良かったから受けた。
何をするのかと思えば、ただの配達で。
カルロから受け取った荷物を郊外の人間に渡してきただけだった。
簡単な依頼であり、郊外に出る時に受けた検閲でも特に引っかからなかった。
中身はただのビデオテープらしく。
アイツは聞いても中身は教えてくれなかった……まぁ渡した相手が子供だから、怪しいものではないと思うけど。
子供は目をキラキラと輝かせて私にお礼を言ってきた。
正直、どう対応していいか分からず。
ビリーとアンビーに任せて、私はさっさと車に戻った。
そうして、お昼過ぎには帰って来て。
仕事の報告と子供からのお礼の言葉なんかを伝えようとアイツの事務所に来たけど……誰もいないじゃない。
自分で仕事を振っておいて、私が報告に来る時間も分からないのか。
そういう気持ちで扉を軽く叩けば……あれ? 開いてる?
扉が動いて少し開いた。
私はどうしようかと思ったけど……これはチャンスね。
「……よし」
「よし? いや、親分それは流石に……よし」
「……? よく分からないけど、よし」
辺りを見渡して誰もいない事を確認した。
普段、アイツは私を事務所の中に入れようとしない。
お金を持ってきた時だけであり、それ以外は外で対応されていた。
それはきっと、私のような人間に知られたくない秘密が仕事場にあるからだ。
そう考えた私は、ビリーたちと共に口笛を吹きながらこっそりと中に入る。
そうして、扉を閉めてから奥へと進み……やっぱり、いないじゃない。
事務所の中に入れば、社長椅子には誰も座っていない。
奴の部下も出払っているようで。
私は笑みを浮かべながら、奴のデスクの方に忍び寄る。
「さぁカルロさぁん。貴方はこの私に何を隠して……て、なにこれ?」
「すげぇなぁこれ。金掛かってるんじゃねぇのか?」
「綺麗ね。実用性は皆無だけど」
デスクの方に近寄る。
すると、デスクの上に何かが置かれていた。
見れば、ガラスで出来た靴のようで。
綺麗なものであり、その仕事は一流のものだと見ただけで分かる。
二人の反応も高級そうと言う点では一緒だ。
マジマジと見てから、これはどうでもいいかと視線を逸らす。
そうして、デスクの引き出しを開けて……ん? これは……。
手紙のようなものが入っていた。
封は切られていて、消印の日付は……三年前?
随分と古い手紙だった。
中身を見たい気持ちはあるけど……流石にやめておく。
こういったあからさまなプライバシーは覗かない。
そんな秘密は私にとっては必要ない。
私が欲する秘密とは、後ろ暗いものであり。
あのカルロが泣いて私に黙っておくように懇願するような秘密よ。
「アンタたち! アイツが戻って来る前に探すのよ! この際、エロ本でも何でもいいわ! 探すのよ!」
「……手紙は見ねぇのに、エロ本なら良いのかよ……ま、いいけどよぉ」
「ラジャー」
ビリーたちは渋々探しに向かう。
私は私で、デスクの中にまだ何か隠していないかと探る。
探って、探って、探って……ん? これは?
明細書や依頼契約書の中の奥。
綺麗な封筒が丁寧に仕舞われていた。
中に何が入ってるのかと開けてみれば――それは写真だった。
「……! ふふ、アイツったら」
入っていたのは私たちとカルロが映った写真だった。
何枚かの写真があり、私が涙を流しながら借用書を手に持つ写真や。
アイツが開いたパーティに呼ばれてもいないのに勝手に参加した時の写真。
ビーチで一緒に奉仕活動をした時の写真などが入っていた。
この前の工事現場での写真も入っている……まさか、アイツ、こうやって保管してるの?
奥の方を見れば、ファイルはまだ幾つかある。
恐らくは、そこにも別の写真が入っているんだろう。
何故、写真なんかを集めるのかは分からない。
証拠として残しておくにしても、別にこんな家族写真のようなものはいらない筈だった。
私はその理由を考えて……何よ、可愛い所もあるじゃない。
私は写真を丁寧に戻す。
そうして、机の中に仕舞っておいた。
「……アンタたち、帰るわよ!」
「え? まだ何も見つかってないぜ?」
「もういいのよ……さ、仕事探しに行くわよ! アンビー! 帰りの運転は任せたわ」
「ん。分かった」
二人に指示をして、撤収する。
いいものが見れたと思いながら帰っていき――な、何!?
部屋全体が大きく揺れた。
タンスなどが激しく揺れる。
私はバランスを崩してデスクに手が当たった。
暫く部屋が揺れていて、ビリーはすぐに外を確認した。
「……おいおい。マジかよ……事故か、テロか……近くで爆発が起きたみてぇだ!」
「何ですって……本当みたいね」
窓を開けて外を見れば、すぐ近くでもくもくと黒煙が上がっていた。
規模は大きくないみたいだけど、近くだったから建物が激しく揺れたようだった。
通行人などに被害が出ていなければいいと思って……嫌な予感がして振り返る。
「――まず!?」
デスクの上に置かれていた高級なガラスの靴。
それがあの揺れと私が腕をぶつけた事でデスクの際まで移動していた。
それはくるくると回って揺れたかと思えば傾いていき――落下していく。
私はすぐに床を蹴って飛ぶ。
手を伸ばして、伸ばして――デスクを破壊して転がる。
「う、うぅ」
「お、親分!?」
「ニコ! 大丈夫?」
「な、何とかね……ほっ、無事みたいね」
手の中のものを見る。
すると、ガラスの靴には傷一つない。
私は額の汗を拭いながらふらふらと立ち上がる。
ビリーたちは手を叩きながら私を褒める。
私はそのまま安全な場所にこれを下ろそうと――足がもつれた。
「――へ?」
デスクの残骸で足が掬われた。
そのまま私の体は変な姿勢で倒れていき、手からガラスの靴が飛ぶ。
ビリーは何とかキャッチしようとしたけど、その手は空を切る。
アンビーは靴では無く、私の身を優先していた。
だからこそ、ガラスの靴はくるくると回転して――パリンと音がした。
「「「……」」」
誰しもが息を飲む。
私はアンビーの腕の中からこっそりと音のした方向を見た。
すると、見事だったガラスはバラバラに砕けていた。
完全破壊であり、私は血の気が失せていくのを感じた。
「……こ、これは事故よ……そ、そうよ! 事故なの! 私は関係……ないとも言えないわね」
「ど、どうするんだ親分。あれって弁償すりゃ」
「ふ、ふん! ほ、宝石でも無いんだし、そんなにしないわよ! は、払えるわ! 十万くらいなら、何とでも」
「……ニコ、アレの明細書が落ちていた。見て」
アンビーの顔色が悪い。
私は嫌な予感をさせながら、その明細書を見て………………ふぇ?
「1、10、100、1000、万、十万、百万……さ、五百万、ディニー、ですって……うあああぁぁぁ!!!?」
「お、親分!?」
「ニコ、気をしっかり持って!」
私は発狂した。
五百万もするものを全損させたのだ。
確実にアイツが激怒するし、私の借金は更に増える。
確実に危険な状況であり、私が出来る事は……よし。
「……回収して」
「「……え?」」
「……聞こえなかったの!? 回収するのよ!! 今すぐに!! そして、奴が私たちを殺しに来る前に――直すのよ!!」
「え、えぇぇぇぇ!!?」
「……不可能。でも、それしか道はない」
私は目をぐるぐるとさせる。
そうよ、やるしかないの。
五百万なんて払えない。
だからこそ、死ぬ気で同じものを作るしかない。
えぇ、出来るわ。
あの程度のもの、このニコの人脈を使えばね!
やってやる、やってやるわよこんちくしょぉぉぉぉ!!!
〇
「…………」
事務所に帰って来た。
すると、部下たちは急な仕事で出払っていた。
連絡は聞いていたが、またしてもブラウンが鍵をし忘れていた。
帰ってきたら注意してやろうと考えて……部屋の惨状に絶句した。
何が起きたのか、いや誰がしたのか。
近くでガス爆発が起きたのは知っていた。
だからこそ、事務所は無事かだけ確認しに来た。
すると、想像以上に荒れていて絶句した。
デスクはバラバラに砕かれている。
中に入っていたものは、何故か丁寧に引き出しに戻されているようだった。
が、デスクの惨状よりもあるものが影も形もない事に戸惑っていた。
クライアントの一人から頼まれたもので。
映画の撮影で使う為に取り寄せたガラスの靴だ。
特注品であり、世界で五百足しか作られていないレア中のレアだ。
必死に頼み込まれたからこそ、必死こいて探したものだ。
その結果、定価よりも五倍も高い値段を支払ったが……それが無い。
破片のひとつすらも無い。
俺はどういう事かと考えて、まっさきに物盗りの線を疑った。
が、俺の事務所からものを盗むような命知らずを俺は知らない。
だからこそ、ポッと出のルーキーかと思って……あるものを見つけた。
それは――髪だ。
長い女の髪だ。
色はピンクで、僅かにシャンプーの匂いがする。
甘ったるい匂いであり、嫌でも記憶している匂いで……なるほどな。
此処には確かに人がいた。
靴の足跡や他の痕跡は回収したようだが。
時間が足りずに、髪一本だけ回収できなかったのだろう。
それを俺が運よく発見し――ニコ・デマラの犯行だと断定できた。
問題は、奴がガラスの靴をどうしたのかだ。
間違いなく、売り払う為に持っていく訳が無い。
如何にアウトローであろうとも、アイツは絶対に物盗りなんかはしない。
少なくとも、敵でもないのであれば尚の事だ。
そんな奴が何故、無断でアレを持ち出したのか……決まっている。
証拠隠滅。又は、どうにかして――修復しようとしているのだ。
それはつまり、アレが既に破壊されたということで――ぶちりと血管が切れる音がした。
「……ふ、ふふふ、ふふふふ……殺す」
俺は目に殺意を滾らせた。
そうして、部屋を出て行きすぐにニコの捜索を開始した。
〇
「ど、どう? 何とかなりそう? ねぇねぇ?」
「うるさいのぉぉちょっとは黙っとれんのかぁ……そうじゃなぁ。まぁ儂の腕であれば完全修復に要する時間はざっと計算して――三時間かのぉ」
「さ、三時間……いえ、十分よ! それでいいから何とか直して頂戴!」
「へいへいっと……その代わり、例のものを、な?」
「……ビデオでしょ。それもすっごく古いテレビ番組の……知り合いなら手に入れられるから問題ないわ」
「ならいい。よし、では始める。くれぐれも、部屋には入るでないぞ?」
「分かってるわ……はぁ」
私は職人であるカネキの爺さんに仕事を任せた。
部屋から出れば、びしゃりと扉が閉まり。
中から爺さんの奇声と共に工具の音が聞こえて来た。
あの爺さんはスケベでどうしうようもないろくでなしよ。
でも、腕は本物であり、問題を起こして干されるまでは業界でもトップクラスの腕の持ち主だった。
今じゃ現役を引退して、自分の欲しいものを用意できなければ依頼を受けない偏屈ジジイで。
そんな奴との交渉を成立させて、何とか首の皮が繋がった気がした……でも、まだ安心は出来ないわ。
恐らく、あの爆発でアイツも既に事務所に戻っている筈よ。
あの惨状を見て、私に辿り着くかは謎だけど。
知られたら絶対に奴は此処まで私を追って来る筈ね。
あの爺さんの事は知らない筈だけど……来る可能性は十分にある。
だからこそ、私は少しでも時間を稼ぐ為に。
昔の伝手を使って強力な助っ人を雇った。
「……頼むわよ。“お武家狐”」
「……気は進まないが。仕方ない」
壁に背を預けて腕を組む狐のシリオンの女性。
彼女こそが、現代において最強の剣士と称される女傑。
ホロウ六課の――星見雅その人だ。
こんな大物を連れて来るつもりなんて更々なかった。
でも、アイツが五百万も掛けて手に入れたものを間接的ではあるけど私は破壊した。
確実に奴は怒りマックスであり、私たち三人だけではアイツを十分も抑えていられない。
だからこそ、最強を召喚したけど……ふ、不安だわ。
「……して、その男とはどれほどのものなのだ?」
「ど、どれほどって……まぁ人間じゃないわね。殺し屋の機械人って言い方がしっくり来るわ。それくらいごつくていかつくて……兎に角、すこぶる怖い奴よ!」
「……そうか。ならば、問題ない」
「……? 問題ないって、どういう……ッ!!」
話の途中で――全身の毛が逆立つ。
「……来たわね」
「あぁすぐ近くだぜ。俺にも分かるくらいの……すげぇ殺気だ」
ビリーとアンビーが武器を持つ。
その手は少しだけ震えていた。
私は何とか冷静でいようとする。
が、アイツが怒りマックスであろと考えて――こ、怖い!
「……では、行くとしようか」
「おう」
「死なない程度に頑張る」
「い、行ってやろうじゃない!」
私たちは部屋から出て行く。
ガラガラと扉を開けて外に出れば――いた。
黒いスーツを着ている。
筋肉によってスーツはパツパツで。
奴は何時ものようにサングラスを掛けていた。
煙草を咥えていて、距離を置いて私たちを見つめる。
周りには建物は無い。
やりあおうと思えば被害は出ないけど……あんな状態のアイツとは正直戦いたくない。
だって、怖いもん!?
顔も筋肉も、全部が全部アイツはいかつすぎるのよ!?
私は内心で叫びながら。
不敵な笑みを浮かべて一歩前に出る。
「あ、あらぁ? カルロじゃない。ぐ、偶然ねぇ。一体何の用かしら? あ、仕事なら無事に」
「――返せ」
ドスの利いた声。
低くて野太い声が、静かに響いていった。
私は心臓をバクバクと鼓動させながらも平静を装う。
「……ん? 何の事かしら? 返せって一体」
「返せば何もしねぇ。返さねぇなら――埋める」
「「「……っ」」」
奴は煙草を吹かせながら埋めると言った……アイツは本気よ。
ずっと前も、アイツを本気で怒らせて。
その時はビーチの砂浜に顔だけ出した状態で埋められた。
助けてと叫んでもアイツは無視して、私がおぼれる様を眺めていた。
鬼畜であり、アイツはやると決めれば絶対にやる男……だからこそ、本気で行くしかない。
私はにやりと笑い、“堂々”と言葉を返した。
「しししししし知らないわねぇなななな何の事だかぁぁぁおほほほほ!!」
「……そうか。なら――仕方ねぇな」
奴は煙草を指で摘まみながら静かに首を左右に振る。
すると、お武家狐が一歩前に出る。
「言葉に意味などない。奴は本気だ。ならば、拳を交える他ないだろう」
「……へぇ、アンタ……あの虚狩りか?」
「……! そ、そうよ!! このお方こそ何を隠そう現在最強の剣士であり、ホロウ六課の星見雅その人よ! 如何にアンタであっても、このお方には敵わないでしょう! どう!? 怖い!? 怖いのならとっととお家に帰りなさい!! おほほほほほ!!!」
私は片手を口に当てながら笑う。
その間も、足は生まれたての小鹿のように震えていたけど。
これで奴が引いてくれれば、そう考えて――奴は私を見つめて言葉を発した。
「――退くと、思ったか?」
「…………ぇ」
奴は煙草の吸殻を握りつぶす。
凄まじい握力なのか。
煙が出る事も無かった。
奴はそのまま空を見上げた。
「――風が、吹くぜ」
「……風、だと?」
お武家狐が呟く。
すると、ゆっくりと風が吹き――突風に変わった。
「「「……!!」」」
私たちはその場で足を踏ん張る。
細めた目で奴を見れば、筋肉が盛り上がりスーツがはじけ飛んだ。
その上半身は鋼を超えて生き物の体とも思えないように硬い。
奴はサングラスを遠くに投げ飛ばし、両手をこすり合わせてから指の先で額から頬に掛けてなぞっていく。
すると、煙草の黒い残りカスがフェイスペイントのようになり――奴が笑った。
「死ぬには――良い日だ」
「「「……!!!」」」
瞬間、全身が震えあがるほどの殺気を感じた。
私は歯をガチガチと鳴らしながら一歩後退する。
滝のように汗が吹き出し、心臓が張り裂けそうなほどに鼓動する。
足は揺れるどころか残像が見えるほどに動いていた。
怖い、怖い――滅茶苦茶怖いんですけどぉぉ!!?
ただの金貸しが出していいオーラじゃない。
ただの人間が放っていい言葉じゃない。
冗談じゃない。
いや、冗談であって欲しかった。
この男だけは本気で怒らせたくなかった。
「ぁ、ぁぁ、あぅ、ぁぅ、ぁ、ぁぁ」
両目から涙が流れていく。
今にも失禁しそうだった。
恐怖で胸が一杯の私の脳内に――あるイメージが浮かぶ。
『ひひひひひひひ!!!!』
『いやぁぁぁぁ!!!? 助けてぇぇぇ!!!?』
それは奴に捕まり、奴が用意した大釜の中で茹でられる自分の姿で。
アイツは長い舌を出しながら、悪魔のような顔で微笑み……あぁ!
「……何と荒々しい闘気か……これほどの相手は久しぶりだ。ふふ」
「お、お武家狐?」
お武家狐は薄く笑みを浮かべる。
そうして、刀は抜くことなく。
ただ静かに拳を構えていた。
「これ以上の語りは要らぬ――さぁやろう」
「あぁそうだな――やっちまおう」
二人から溢れ出す闘気。
まるで、大地が揺れているように感じた。
私たちはそんな二人をただ眺めて…………どうして、こうなるのよぉぉぉぉ!!?