金返せニコ   作:SAMU

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5:大海に繰り出される必殺の一撃(三人称視点)

 ――星見雅は最強である。

 

 それは誰しもがそう答えてしまうほどに、圧倒的な事実であった。

 実績は勿論の事、その天性の武才とたゆまない努力こそが彼女を最強たらしめていた。

 それは武具を持たない状態であろうとも変わらない。

 

 星見雅はあらゆる武具の扱いに長けて、格闘技においても“嗜む”程度には心得があった。

 本気で相手をするのであれば刀を使う。

 が、彼女は自らの定める“悪”で無い限りは自らの愛刀を抜く事はしない。

 それは彼女が正義に属するからであり、武人であるが故だった。

 

 今回の一件でも、彼女は刀を抜く気は更々なかった。

 相手はどれほど強い存在であろうともただの金貸し。

 どんなに鍛え上げられた肉体を持つ存在であろうとも。

 武具を使わず、己が肉体のみで来るのであれば刀を使う事などあってはならない。

 それは己の正義に反するものであり、己が悪となる行為であるからだ。

 

 どんなに悪辣で、どんなに下衆であろうとも。

 道の中で歩み、罪を犯していないのであれば。

 彼女にとってそれは紛れも無く己が守るべき市民であるからだ。

 故にこそ、彼女は苦手とする加減をし速やかに対象を無力化しようとし――驚愕した。

 

「……」

「……」

 

 

 星見雅は――心を僅かに揺らしていた。

 

 

 加減はした。

 本気であれば、鉄板をも紙のように貫ける己が拳。

 その力を可能な限り抑えた上で攻撃を加えた。

 それでも、常人であれば一撃で意識を闇へと沈めるだけの力はあった。

 それを何十何百と繰り出し――が、倒れない。

 

 身の丈は百八十を優に超える巨躯。

 鍛え上げられた肉体にはあざが出来て。

 真っ赤に燃えるような体皮は更に赤くなっていた。

 一発であっても十分すぎるほどの力。

 それを百を超えるほど浴びて尚、相手は沈む事無く――立っていた。

 

 驚き。否、これは――喜びだ。

 

 強き人間、自らの力に耐える存在。

 出会う事など無いと思えた存在が、今――目の前にいる。

 

 それを理解してしまったからこそ、星見雅の中の獣が僅かに“呼び覚まされる”。

 彼女は拳を握り、亀のように体を丸める相手に――拳を叩き込む。

 

「……ッ!!」

「……!」

 

 十、二十、三十、百、二百――まだまだだ。

 

 その力は回数を重ねるごとに重くなり。

 その衝撃は音の変化によって簡単に分かった。

 一撃ごとに音が深く低くなる。

 感覚が狭まり、カルロの足がずるずると後ろへ下がっていった。

 

 

 ――が、倒れない。

 

 

 腕は折れる事無く存在し。

 その体に痣が増えようとも、風穴が空く事は無い。

 五体満足であり、意識も正常であり――彼の瞳には光が宿っていた。

 

 

 倒れない、倒れない、倒れない――“壊れない”。

 

 歓喜。胸の中に広がる――喜び。

 

 

 強い。耐え忍ぶ事においてこれほどの相手はいなかった。

 それほどまでの強靭さであり、強敵と定めたエーテリアスと並ぶほどだ。

 人の身でありながら、何故にこれほどまでの硬さを有するのか。

 

 考察する事に意味などない。

 この守りを手にする為に、どれほどの修行を積んだのか。

 それを考えたところで、正解などありはしない。

 ただひたすらに、叩き砕き。そして、直していった――それだけだ。

 

 壊れるごとに直し、それでも尚叩き続けて。

 何千何万と、その繰り返しを行ってきた。

 

 カルロの人生において怪我を負わない事など無かった。

 生死の境をさまよい、三途の川を見た事も百を超えていた。

 その度に、彼は尋常ならざる回復力で復活し。

 本能が彼の肉体を過酷な環境下であろうとも耐えられる肉体へと進化させていった。

 それはある意味で“能力”と呼ばれるものだ。

 

 命の危機、本人の感情の高ぶり。

 それにより肉体は変化し、その危機を乗り越えられるだけの肉体を作り出す。

 不死身と呼ばれた男の正体とは、幾たびの死線を超えて生まれた――“鬼”である。

 

 拳を叩き込む。

 カルロの体は後方へと下がった。

 星見雅はそんな彼を見つめながら、言葉を送った。

 

「…………先に謝っておく。すまなかった。私はお前を侮っていた」

「……別に、侮ったままで、俺は……良かった、けど、な」

「それは無理だ。その姿、その強靭さ。拳を交えて理解した――“次で、終わらせる”」

「「「……!」」」

 

 星見雅の纏う空気が一変した。

 それは彼女が本気を出すと言う意味であり。

 傍観していた人間たちも止めに入ろうとした――が、出来ない。

 

 二人の強者が放つオーラ。

 それが他者を寄せ付けず。

 間合いに入ろうとする者全てに死を連想させた。

 それ故に、誰しもが一定の距離で足を止める。

 

 今、この瞬間に全ての新エリー都民たちは同じ現象を覚えた。

 誰しもの手足が震えて、寒くも無いのに体が凍えるような寒さを覚えた。

 動物たちは一斉に逃げ出し、息を引き取ろうとした者たちは一斉に息を吹き返した。

 これは、後に語られる事になる新エリー都の怪奇現象の一つであった。

 

 星見雅は拳を構えて腰を落とす。

 それは格闘技の一つであり、古のブドー・カラテの技であった。

 正拳突きと呼ばれる基本の技だが、彼女の鍛えられた拳は――厚い岩盤であろうとも容易く砕く。

 

 星見雅は考える。

 この技にどう対処する、どのような方法で迎え撃つ。

 闘気を練り上げながら考え――またしても、彼女は驚愕した。

 

「……!」

「――来い、や」

 

 男は構えを解く。

 そうして、己が腹筋を晒した。

 何のつもりか、何の技なのか――否、全てが間違いだ。

 

 カルロは考えてなどいない。

 それは技ですらも無い。

 ただ単純にこれ以上の攻撃を腕では防げないから。

 それを本能が感じ取り、腹を晒させる愚行に走らせた。

 が、これは愚行を超えた――最善の一手である。

 

 幾たびの死線を超え、その中でも多くの災難を彼は腹に受けて来た。

 銃弾を浴び、爆発に呑まれ、車が衝突し。

 遥か空から地面に直撃し、音速を超える鉄の棒が腹に刺さり――故にこそ、堅牢。

 

 その腹筋は、如何なる攻撃をも通さない。

 斬鉄剣、アダマンタイト、ダイヤモンドの銃弾――全てをだ。

 

 最強の盾だ。

 彼自身が理解していないそれを彼の本能だけは正しく理解していた。

 故にこそ、最強の矛に対してそのカードを切った。

 

 

 星見雅は――“笑った”。

 

 

 勇猛果敢、不屈不撓、狂人不屈――“正に強き者である”。

 

 

 己が望みを叶えてくれる存在。

 どんな修行よりも素晴らしく。

 どんな賢人よりも学びを得られる者。

 それを前にし、星見雅は己が全力を試さざるを得なかった。

 

「――行くぞ」

「……!」

 

 彼女の声が聞こえた。

 が、次の瞬間には――拳が迫る。

 

 一瞬だ。

 ほんの一瞬にして、彼女は音を置き去りにし眼前に躍り出る。

 その拳を目にした瞬間、カルロは天より降り注ぐ隕石を幻視した。

 

 

 危険、耐えられない、避ける――否、死ッ!!

 

 

 彼の脳細胞がフルに動き出す。

 かつてない生命の危機がカルロの力をほんの一瞬の間に何十何百倍に成長させていく。

 が、どんなに体の強度を上げようともその一撃には耐えられない。

 本能がそれを理解していた。

 

 

 故にこそ、カルロの全細胞は一つの答えに辿り着く――“無”だ。

 

 

「――――」

 

 

 瞬間、カルロの脳は思考を停止。

 体のこわばりも、動きも完全に停止し。

 彼はただ小さく口を開けてその場に立ち尽くす。

 その間にも、星見雅の拳は迫り。

 あと数ミリで接触する。その時に――“技が、完成した”。

 

「――!」

 

 星見雅の拳は精確に人体の急所であるみぞおちを捉えた。

 が、彼女の拳がカルロの急所に触れた瞬間――彼女の体は“水の中”であった。

 

 これは幻、イメージが作り出した幻影。

 が、彼女は確かに水の中にいた。

 今、彼女が打ちこんだ全力の一撃は人体では無く水へと打ち込まれた。

 故にこそ、その感触は痛みでも肉を打つものでもなく――液体であった。

 

「……なるほど」

「…………」

 

 幻が消え、目の前には二本の足で立つ巨漢がいた。

 彼は唾を垂らしながら、完全に脱力した状態で立っていた。

 その腹には穴は開いておらず。

 ただ後ろの無人の鉄骨ビルの壁に、おびただしい亀裂が走っているだけであった。

 

 拳の衝撃を完全に受け流し。

 その五体は無事のまま、彼はただ無心でいた。

 その姿はあまりにも無防備で、突けば倒れてしまうほどに不安定に感じた。

 が、星見雅は正しく理解した。

 

 これがこの男の守りの型。

 この型に入れば最後、無手の自分では傷一つ付けられない。

 完全なる防御であり、これ以上の戦闘に意味は無かった。

 

 故にこそ、勝負は決して――彼女は静かに頭を下げた。

 

「……御指南、感謝する……またの機会があれば、その時は……私も“本気”で行こう」

 

 彼女は愛刀の柄を優しく撫でる。

 そうして、微笑みながら去ろうとし――鬼を見つけた。

 

 眼鏡をかけた女性であり。

 彼女は笑みを浮かべてはいたが、その笑みはとても危険なものであった。

 彼女は月城柳。対ホロウ六課に属する星見雅の右腕のような存在だった。

 彼女は雅がこっそりと会議をすっぽかした事を聞き。

 すぐに捜索した結果、街で奇妙な現象が多発している事を知る。

 彼女はそれが雅の影響であると認識し、速やかに調べた結果、此処に辿り着いた。

 

 そこには上裸の男が痣だらけで立ち。

 その眼前には汗一つ掻くことなく拳を突き出した雅がいた。

 地面には彼らを中心に大きな亀裂が走り。

 近くの建物にも亀裂が走っていた。

 故にこそ、状況を理解し――月城は怒っていた。

 

「……柳か」

「……課長。説明してくれますね?」

 

 眼鏡を光らせながら、説明を求める柳。

 が、星見雅は首を静かに横に振った。

 

「……今は出来ない。が、戻れば話そう」

 

 その顔は何時もと変わらないように見えた。

 が、柳にはとても満足気に見えた。

 出来ないと言ったが最後であり、この状態の彼女には何を聞いても話してはくれない。

 月城は頭を抱えて首を左右に振る……仕方がない。

 

「…………はぁ、分かりました……そちらの方は……無事なようですね。念の為に、救急隊に連絡を」

「――必要、ねぇよ」

 

 カルロの意識は戻る。

 彼は一言不要であると伝えた。

 すると、月城柳は暫く男を見つめて……小さくため息を零した。

 

 彼女はメモ帳を取り出す。

 そうして、さらさらと必要事項を記入しそれをカルロに渡した。

 

「もし、お体に不調があれば此方に連絡を。治療費に関しては此方が全面負担させて頂きます……その代わり、今回の事はご内密に」

「……分かった……帰り、な……ごほ」

「……ニコから聞いたが、カルロという名だったな……私は星見雅。また会おう」

 

 彼女は小さく微笑む。

 それを見たカルロは震える手でポケットから煙草を出して火をつける。

 血の味がする煙草を吸いながら、彼はにやりと笑う。

 

「……二度と、会いたく、ねぇよ……い、け」

 

 カルロは笑う。

 すると、二人は振り返る事無く去っていった。

 月城柳は端末を持ち“何処か”へ連絡をしていた。

 彼女の仕事はこれからであり、事後処理に加えて一般人への対応もある。

 が、それはカルロにとっては知らぬことだ。

 彼はただ静かに、大きな空のゴミ箱に隠れる――ニコに近づく。

 

「…………おい」

「…………」

 

 近くで見ているビリーとアンビーは何もしない。

 否、何も出来なかった。

 関われば最後であり、例え自らのボスの生命の危機であろうとも。

 怒りが頂点に達したカルロに対して関わる事は確実な死を意味していたからだ。

 故にこそ、二人は静かに手を合わせていた……南無。

 

 ニコはボックス型のゴミ箱の中で目に涙を溜めながらガチガチと震えていた。

 どうしてこうなったのか、最強のカードは何処に飛んでいったのか。

 逃げようにも逃げられず、苦肉の策で少し臭いゴミ箱の中に入ったが。

 カルロにはあっさりと見破られて、彼は目を血走らせながらゴミ箱を見下ろしていた。

 

 ニコは考える。

 考えて、考えて、考えて――吹っ切れた。

 

「カルロ! 流石は私が見込んだ男ね! あのお武家狐に勝っちゃうなんてね! これで益々箔がついたわね! あ、これって私のお陰かしら? そうよそうよねぇ? だったら、こうしましょう! 今回の事は水に流して、お互いに明日からは良きビジネスパートナーとして」

「――遺言は、それだけか?」

「……や、やだなぁ! 何言ってるのよぉ? あ、もしかしてあのガラスの事? 心配いらないわ! 今、凄腕の職人に修復して貰ってるからあともうちょっとでだからボックスを持ち上げないであああぁぁぁぁ!!!?」

「ウオオォォォォ――!!!!」

 

 カルロは90キロはある大きなゴミ箱を両手で掴み掲げる。

 そうして、怒りのまま叫びながら全力で力を込める。

 中にいるニコは恐怖で泣き叫んでいた。

 が、それを無視して力を加え続ければゴミ箱はどんどん圧縮されていく。

 小さく、小さく、小さくなり……人一人がギリギリ入るだけの球体になる。

 

 カルロはそれをごろりと転がす。

 すると、中にいるニコは嗚咽を混じらせながら号泣していた。

 

「なによぉぉぉぉぉ出せぇぇぇぇ出しなさいよぉぉぉぉぉ私が何したてって言うのよぉぉぉぉ婦女暴行罪と監禁罪で訴えてやるぅぅぅぅぅぅぅ!!!! うわあああぁぁぁぁ!!!」

「……暫く、そこで反省しやがれ。クズが……ぺっ」

「おぉい! 出来たぞぉぉい!! ほれほれぇぇやっぱり儂は天才じゃ!! がはははは!!

「「……」」

 

 どんどんと球体の中で暴れるニコ。

 そして、そんな彼女を見つめながら煙草を吸うカルロ。

 空気を読まず修復したものを持って出て来た職人ジジイ。

 

 遠くの方から治安局のパトカーのサイレンが聞こえる。

 ニコは汚い声で泣き、苛立ったカルロはニコが閉じ込められた箱をがんがん蹴る。

 爺さんはビリーとアンビーに完璧な仕上がりのガラスの靴を見せびらかす。

 そんなカオスな光景を見つめながら、ただただビリーとアンビーはこう思った。

 

 

『やっぱり、カルロは怒らせてはいけない』

 

 

 また一つ、ただの金貸しに一つの噂が出来た。

 それは星見雅と戦い、五体満足で生きていたというものだ。

 それを聞いた債務者たちはただただ震えた。

 それを知らないカルロは、噂が広まってから、やけに返済のスピードが上がった事にちょっとだけ喜んでいた……らしい。




 ヤヌス区分局・取り調べ室内。
 たんたんと一定の感覚で叩きつけられる指の音。
 それを聞く二名の男女――カルロとニコはだらだらと汗を流す。

 目の前には笑みを浮かべる美しき治安官――朱鳶。

 彼女は一言も言葉を発する事無く。
 かれこれ一時間ずっとこの状態であった。
 市民からの通報を受けて現場に行けば。
 ニコは圧縮されたゴミ箱の中で、それをしたカルロは朱鳶に対して「げっ!」と言っ た。
 ただでさえ忙しい中で、救出されたニコはカルロに殴り掛かり。
 目の前で痴話喧嘩を始めた二人に――朱鳶はキレた。

「……何か言いたい事はありますか?」
「「…………こ、こいつがぁ!?」」
「……はい?」

 笑っている。が――滅茶苦茶怖い。

「「……ご、ごめんなさい」」
「聞こえませんね? もっと大きな声でハッキリと言っていただけますか? ん?」

 叩きつけた指がデスクに埋まる。
 それを見た二人はガチガチと歯を鳴らしながら恐怖していた。

「「ご、ごめんなさぃぃぃ!!」」
「……今度は道路でも整備してもらいましょうか。勿論、手作業で、ね?」
「「ひ、ひぃぃぃぃ!!!」」

 二人は互いに抱き合う。
 そうして、翌日から真夜中の整備を開始し。
 野良犬よりもうるさい二人の声によって市民からクレームが入り朱鳶がまたキレるのは別の話である。
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