金返せニコ   作:SAMU

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6:Enough. Let it end.(もうこれで終わってもいい)

 新エリー都で美味いラーメンが食べられる店、それは――“滝湯谷・錦鯉”。

 

 その中でも、いきつけの店は六分街にある麺屋錦鯉だ。

 チョップ大将の作るラーメンは天下一品であり。

 若い頃はこればっかり食べたものだ。

 金欠の時は特に、錦鯉では世話になる。

 今では、金があってもちょくちょく来るほどだ。

 

「――へい、お待ち!」

「「……」」

 

 大将の技術を眺めていれば、あっと言う間にラーメンが完成していた。

 俺の大好きな黒鉢燻製チャーシュー麺であり、香りの良い燻製チャーシューが豪華に盛られていた。

 ふわりと湯気が立ちのぼり、鼻の穴から食欲をそそる香りが脳を震わせた。

 俺は丼を受け取り、無言のまま箸を握る。

 熱々のスープの中に箸を入れて、軽く混ぜてから麺を摘まみ。

 それを口の中に入れて――啜る。

 

 ずるずると豪快に啜り。

 ゆっくりと味わう様に咀嚼する。

 すると、濃厚な醬油ベースのスープが黄金色の麺にコーティングされて。

 噛めば噛むほどに硬めのストレート麺から弾けるようにスープが口内に広がっていく。

 醤油の塩味に、魚介などの旨味。野菜なども配合されているのだろう。

 味が深いが、後は引かず。

 次を求めるように勝手に箸が躍る。

 

 噛み応えのある麺は太さも長さも同じで。

 味が崩れる事が無く、一定のレベルで幸せをもたらしてくれる。

 トッピングのネギは一緒に食べればネギの風味がスープの味をさっぱりとさせて。

 海苔はスープに軽くつけて溶かし、麺と一緒に口へと運ぶ。

 少しだけふやけた海苔の海の味わいが、麺と混じり合い違った喜びを感じさせる。

 麺が半分ほど無くなれば、次はいよいよチャーシューだ。

 肉などのトッピングは最初に食べる事はしない。

 大胆で派手な味わいだからこそ、最初はおしとやかに。

 そして、中盤にかけてから盛り上げていくのだ。

 

 厚みのあるチャーシューは燻製にしているが。

 ほどよい脂身があり、歯で噛めばスープと共に肉汁が出る。

 濃厚な旨味であり、時間をかけて燻製をしているからこそ香りが味に変化を与えていた。

 ごてごてとした油臭さは無く、あくまでも僅かに残った脂身で。

 これっぽっちもくどくは無く、水のように肉汁が喉を通っていく。

 ほどよい硬さで、チャーシューを食べる時はより長く噛むように心がけていた。

 肉は時間をかけて噛め、口の中で肉の味はより磨きがかかるのだ。

 

 噛んで、噛んで、噛んで……さぁラストだ。

 

 最後に残るは、ラーメンの王道――煮卵だ。

 

 レンゲで軽くスープをかけ流し。

 黄身の部分を軽くほぐしておく。

 そうして、麺と一緒に口へと運び……あぁ、良い。

 

 卵のさっぱりとした味わい。

 黄身は少しとろみがあり、それがスープの味を少しだけまろやかにする。

 ほのかな甘さであり、肉の味が広がる口内に優しさが満ちていく。

 

 後はもう、関係ない。

 残ったスープは両手で器を持ち……飲み干していく。

 

 健康なんぞは知らん。

 行儀がどうのこうのもやかましい。

 ただ喰らい、ただ食すのみで――静かに丼を置く。

 

「……美味い」

「へへ、ありがとよ」

 

 チョップ大将は鼻を擦る。

 俺は笑みを浮かべて、隣を見た。

 すると、隣の男も完食したようだった。

 

 白鉢ピーマン肉盛りラーメン……美味いのか?

 

 「「……」」

 

 互いに空の丼を見つめる。

 そうして、静かにため息を零した。

 

「……これ、今月の分……ごっそうさん」

「あぁ……お袋さんによろしくな」

「……あぁ、じゃあな」

 

 つなぎを来た青年は、金の入った封筒を俺に渡して去っていく。

 奴も俺から金を借りている債務者の一人であり。

 数年前までは家で引きこもってゲームばかりしていたクズだった。

 親を奴隷のようにこき使い、毎晩毎晩怒鳴り散らしていた奴で。

 そんな奴が親から追い出されて、ゲームに課金する金欲しさに俺から金を借りたのが運の尽きだ。

 俺は奴の有り余る情熱を燃やせる場所を紹介し。

 奴が逃げ出そうものなら連れ戻し、死ぬ気で働かせてやった。

 その結果、アイツは耐える事を学び、汗だくで働いて金を得る達成感を覚えた。

 

 ……クレタさんには悪いとは思ったが、アイツもそろそろ一人前だ。

 

 逃げ出すたびに、俺は頭を下げたさ。

 クレタさんは気にしていなかったが、それは俺の責任だ。

 粘って粘って粘って、数年前とは比べ物にならないほどの良い男に育ってくれた。

 目つきの悪さは相変わらずでも、その顔つきはしゅっとして男らしく。

 偶に飯に誘ってやれば、嫌な顔せず付き合う様になった。

 

 俺は小さく笑う。

 そうして、端末を取り出しアイツが残していった空の器をカメラで撮る……さて。

 

「……勘定、置いておくよ。ごっそうさん」

「おぅ! また来てくれよ!」

「おぅ…………はぁ、たく」

 

 俺は金を置き席から立つ。

 そうして、店から出てから歩いていきポケットから煙草の箱を出す。

 一本出してから口に咥えて、火をつけてから頭を掻く。

 今日も今日とて仕事であり。

 部下たちにも指示をして債務者どもから取り立てを行っていた。

 優良客とは程遠いクズ共であり、新人に任せた途端につけあがりやがった。

 そんな奴らの所には俺自らが出向き。

 軽く地獄を見せてやれば、泣いて金を渡してきた。

 きっちりと計算してバッグに詰め込み。ラーメンを食いに行く前にそれは部下に渡して……はぁ。

 

 今日の目標人数はあと一人……ニコ・デマラだ。

 

 アイツからの取り立てだけはあまり上手く入っていない。

 毎度のことではあるが、口八丁でのらりくらりと躱されてしまうからだ。

 力でものを言わせても、アイツはすぐに機転を利かせやがる。

 そうして、期限を延ばしに延ばしてから、ようやく払い始めるのだ。

 

 別に問題はねぇ。

 最後に払うって言うのなら文句はねぇよ。

 だが、気に食わないのは予定を守らねぇ事だ。

 此方はプランを最初に決めていて、順序良く返済してもらわねぇと困る。

 何が困るのかと言えば、一番はやはりメンツだろうよ。

 

 期限を守らねぇクズが多ければ多いほど。

 その金貸しは舐められるのだ。

 どうせ許してくれる、どうせ待ってくれるだろう……それが命取りだ。

 

 優しいだけの奴はこんな仕事は向いてねぇ。

 そんな奴はクズに搾り取られて首を括るだけだ。

 そうならない為に、俺たちは心を鬼にして金を取り返す。

 返さねぇ奴は労働でも何でもさせる。

 ただで金をやるなんざ真っ平ごめんであり、死んでも貸した分はきっちりと取りたてるのが俺のポリシーだ。

 

 この業界で食ってきて、俺もそれなりのキャリアだが。

 今まで金をちょろまかして飛んでいった奴はいねぇ。

 全員が全員、どうにかこうにかして返済していった。

 

 働けねぇなんて抜かす奴でも、俺は絶対に見捨てはしない。

 働けない理由があるっていうのなら、どうすれば働けるかを考える。

 こう見えても色々なところに伝手があるからこそ。

 俺はいろんな人間に頭を下げては労働者として送り出す。

 

 ……クズはクズでも、磨いてやりゃちっとはマシになるさ。

 

 そんな事を考えながら、俺は馴染みのビデオ屋の前に立つ。

 若い兄妹がやっている店であり、ニコにとっても馴染みのある店だ。

 腕時計を確認すれば、待ち合わせの時間の五分前だった。

 奴は今日は此処で俺と待ち合わせの約束をしやがった。

 妙に楽し気な声であり、何を企んでいるのかと思い……いや、考えても仕方ねぇな。

 

 考えても碌な結果にはならない。

 そう思いながら、俺は扉を開ける。

 すると、何時も遅刻する筈の女は今日はちゃんと先に待っていた。

 落ち着かない感じであり、妙にそわそわして手を後ろに組んでいた……あぁ?

 

「……何してんだ? えぇ、うんこか?」

「ち、違うわよ!! レディに対して……本当に下品な男よね。アンタは!」

「けっ、テメェにそんな事言われる筋合いはねぇな……で、金はあるんだろうなぁ?」

 

 俺は煙草を吹かせながら細めた目で奴を見る。

 すると、奴は少しムッとして乱暴に手を出して金の入った袋を……あぁ?

 

 金の入った封筒。

 それと、妙に凝った作りの封筒が一つ。

 厚みからして金は入っていない。

 何のつもりかと奴を見れば、腕を組みながら早口で言ってくる。

 

「前にアンタが行きたいって言ってたツアーだったかしら? それのチケットが偶々! 手に入ったから、私は要らないからアンタにくれてあげるわ。あ、勿論行きたくないのならそれは私が売りさばくだけよ? 勘違いして欲しくないけど、別にアンタが欲しがってたから手に入れたんじゃなくて本当に偶々手に入ったからで――」

 

 奴は聞いてもいない事をべらべらと喋る。

 その顔は少しだけ赤く。

 明らかに緊張の色が見て取れた。

 何かを企んでいるような感じはなく。

 寧ろ、張り切って空回りしているようで……俺は小さくため息を零す。

 

「…………素直じゃねぇ奴」

「……! う、うっさいわね!! 何よ!? 要らないの!?」

 

 奴にぼそりと言ってやれば奴はきゃんきゃんと喚く。

 封筒の中身を見れば、確かにツアーのチケットだった。

 何のツアーかは掛かれていない。

 妙な字の書き方をしていて……ミミズかよ。

 

 金字に銀の紙とはえらい豪華さだ。

 金の掛かるツアーであるが、こんなところまでこだわるのかと驚く。

 でもまぁ、ゴールデンプレイスの企画したツアーと一応は封筒に書かれているので。

 十中八九がこの前、俺が独り言で呟いていたグルメツアーだろう。

 

 ……俺でも手に入らなかったもんを、こいつがねぇ……はは。

 

 ニコは俺を睨む。

 俺はくすりと笑った。

 

「売りさばくってお前、これ、今日使わねぇといけねぇんじゃねぇか?」

「そ、そうよ! それが何? ……ギリギリになったのは悪いけど……」

「あぁ? 聞こえねぇぞ?」

「ううううっさい!! 嫌味ばっかり言って!! もう知ら」

「――ありがとよ」

「……!」

 

 俺はニコに礼を伝える。

 奴は少し目を見開いていた。

 カウンターの方を見れば、店長やリンちゃんが笑っていた。

 俺は少し照れながらも、踵を返して去っていく。

 

「それじゃご厚意に甘えて存分に楽しんでくるかねぇ……ま、土産くらいは買って来てやるよ」

「……ふん。別に期待なんかしないけど……精々、楽しんで来ればいいわ」

「あぁそのつもりさ……じゃ、またな」

「えぇ、またね。カルロ」

 

 俺はチケットを振りながら出て行く。

 そうして、扉を閉めてから片手で煙草を持ち息を吐いた。

 腕時計を確認して……余裕はあるな。

 

 出発までは少し余裕がある。

 専用のバスにて移動のようであり、帰るのは明日の昼過ぎらしい……これだけは読めるな。

 

 歩いて行っても余裕だろう。

 端末を取り出して部下たちにメッセージを送る……さて。

 

 金を口座に振り込んでから、それからバカンスだ。

 部下たちにも早く上がるように伝えた。

 折角のあのニコが俺に福を齎したのだ。

 楽しまなければ損であり……たくよ。

 

 俺は煙草を片手で潰す。

 そうして、ゴミ箱に灰を捨ててから。

 ポケットに手を入れて歩いていく。

 

「……そういう所……お前らしいよ。ニコ」

 

 俺はニコの姿を思い出して――小さく笑った。

 

 

 〇

 

 

「……ふふふ……ありがとよって……たく、もう……ふふふ」

「ニコ、凄く嬉しそうだね。あれから三時間経つけど、ずっとあの調子だもん。ねぇ? お兄ちゃん」

「確かに……よほどカルロさんの言葉が心に響いたんだろうな。流石だ」

 

 私はアイツの言葉を思い出して笑う。

 あの金貸しが、巨悪面のアイツが私に礼を言ったのだ。

 嬉しいに決まっているし、満足もするものよ。

 頑張って懸賞を当てた甲斐があるってものね……アイツには秘密だけど。

 

 以前、アイツがゴールドプレスの企画したグルメツアーに行きたいって珍しく呟いていて。

 それから探して見れば、お菓子の懸賞でチケットが手に入る事が分かった。

 まぁチケットそのものを買えたならそれでも良かったけど。

 どうやらかなり人気の企画だったから、転売ヤーですらも手に入れる事が困難だったらしい。

 懸賞でも一名限定で……まぁ、どうせ同じ内容なら少しでも安く手に入った方が良いってのもあったけど。

 

 だからこそ、お菓子の当たりが出る確率を計算し。

 凄腕のハッカーにも協力してもらって当たりを多く集めたわ。

 それはもう集めに集めて応募し……奇跡が起きて当選したのよ。

 

 今頃はきっとおいしいものをたらふく食べて幸せに包まれているでしょうね。

 アイツが腹を膨らませてだらしのない笑みを浮かべているのを想像して、私は更に笑みを深めた。

 

 そんな時に店の扉が開いて、ビリーとアンビーが入って来た。

 

「お、やっぱり此処だったかぁ。ニコの親分! 何してんだよ?」

「朝から張り切ってたから、てっきりカルロとご飯にでも行ったのかと思ったわ」

「ち、違うに決まってるでしょ! 誰があんな奴と……ふふ」

「……? 妙に朝から機嫌が良いなぁ……いや、それよりもチケットだよ! アレ、今日行かないといけねぇけど大丈夫なのか?」

「ん? あぁそれなら心配はいらないわ。ちゃんと渡しておいたからね。今頃はきっと大満足で、帰ってきたら最高級のお肉でも貰えるかもねぇ。ふふふ」

 

 私はそんな事を言いながら、懸賞応募に貢献したビリーとアンビーを褒める。

 すると、何故かビリーは首を傾げていた……何よ?

 

「え、いやぁ。確かに、アレは親分の趣味じゃねぇとは思ってたけどよぉ……あんな少女趣味のツアーに行きたがる金持ちの知り合いなんていたか?」

「……待ちなさいよ。少女趣味って何? 私の趣味じゃないって、ただちょっとお高いグルメツアーでしょ? 別にカルロが欲しくなかったら私たち三人で行っても……な、何よ。その顔は」

「…………カルロって…………え、いや、マジで? い、いや…………お、親分。俺が番号聞いた時…………8って言ったよな?」

「え、え、え、は? 私は確かに――1て言ったわよ!?」

 

 私は大いに焦る。

 ビリーの方は確認したとも言ってきた。

 どういう事かと記憶を思い出そうとし――完全に、思い出した。

 

 あの時は、懸賞に応募する時に買ったお菓子をアンビーと共に必死で食べていた。

 意識は朦朧としていて、それでも食べ続けていた。

 ビリーには懸賞に必要なはがきなどの作成を命じていた。

 外では工事が行われていて、会話が満足に出来ないほどうるさかった。

 誰もがイライラしていて、それでも己の作業に集中していた。

 

『親分! ハガキ五千枚作り終わったぜ!? 番号は何番だぁ!?』

『えぇぇ!!? 何て!!?』

『だぁかぁらぁぁ!! 番号はぁぁぁ!!!?』

『えぇぇ!!? 番号!!? 1!! イチ!!!』

『えぇぇぇぇ!!? は、8か!!? ハチで良いんだなぁ!?』

『そうよぉぉ!!! イチだからねぇ!!!』

『分かったぁ!!』

「「……ぁ」」

 

 互いに言葉を詰まらせる。

 あの時にもしも、指で番号を伝えていれば結果は変わっていたかもしれない。

 しかし、不幸な事に互いの手は仕事で埋まっていた。

 だからこそ、うるさい中で声を張り上げる事しかしなかった。

 その結果、本来応募する筈の懸賞ではなく。

 全く別の懸賞のチケットが当たったようだった。

 

 チケットの説明は無かった。

 妙にキラキラとしていて、グルメのツアーにしては派手なような気はした。

 字に関してもミミズのようなものでほとんどが読めもしなかった。

 が、ゴールドプレスであったからこそアレだと信じてしまった。

 

 私とビリーは顔を青ざめさせた。

 そんな中で、アンビーはハンバーガーを食べ終えると。

 口をハンカチで拭いてから、静かに呟く。

 

「……不穏な空気を感じる。とても良くない感じだわ」

「「「……」」」

 

 私たちは暫く黙る。

 そうして、それぞれが無言で端末を取り出して懸賞について調べ始めた。

 すると、サイトにはすぐにアクセスが出来て。

 懸賞の希望番号と内容を照らし合わせて――私は震え出した。

 

「……ぷ、プリンセス、一日、なりきり、ツアー? ……年齢、性別、誰でも可……最後は大通りでのパレードにて、主役になって……撮影会、パーティ、王子様との、社交ダンス……は、ははは、はははは……うぷ!! おえぇぇぇぇぇ!!!!」

「「に、ニコ!?」」

 

 私は恐怖によってその場に盛大に胃の中のものをぶちまけた。

 それでも尚、恐怖が私からあらゆるものを吐き出させる。

 空気に涙に、全てであり……お、終わった。

 

 あのカルロがプリンセスになり切る。

 それも公衆の面前で撮影されるのだ。

 懸賞の説明を見ればキャンセルは不可となっていた。

 アイツの性格からして、ツアーの人間たちに迷惑何て掛けない。

 だからこそ、腸が煮えくり返っても参加はする。

 が、絶対に帰ってきたらどうなるか。

 

 

 

 ――死ッ!!!

 

 

 

「は、は、は、は、は、は――アアアアァァァァ!!!!!」

「「に、ニコっ!!?」」

 

 アキラたちが私に怯える。

 私は髪を掻きむしりながら、天を仰ぎ見て絶叫する。

 死だ。確実なる死が未来で待っている。

 死ななくとも、死んだ方がマシだと思える苦痛がある。

 

 ビリーは自分の責任だと言う。

 アンビーは土下座をしてでも謝ろうと言う……いえ、無駄よ。

 

 私には分かる。

 誠意とかそういうもので片付く問題ではないと。

 知らなかった事とはいえ、私はアイツを騙した。

 そうして、喜ばせるだけ喜ばせて地獄へと導いたのよ。

 言葉なんて意味を持たない。

 出来る事は、アイツの怒りが収まるその時まで――“身を隠す”事よ。

 

「――」

「「に、ニコ……?」」

 

 私は無表情で立つ。

 そうして、鞄から財布を出して床の掃除代を払う。

 すたすたと歩いて、車へと向かった。

 二人はそんな私に何処へ行くのかと声をかけて来た。

 私は扉に手をおきながら、彼らに視線を向ける事無く答える。

 

「……旅に出るわ。探さないで……あと、カルロには言わないで。絶対に、いや本当にこれだけは守って?」

「う、うん……き、気を付けてねぇ」

「……ニコ、君にはつけが沢山あるけど……良い友人ではあったよ」

 

 二人からの言葉を聞き小さく笑う。

 そうして、店を飛び出し急いで車に乗り込んだ。

 ビリーとアンビーも乗り込んで。

 私はキーを回してエンジンをつけて、サイドレバーを下ろし。

 そのままアクセル全開で飛び出す。

 ビリーは必死にシートベルトにしがみついていた。

 

「お、親分!? 何処に行くんだよ!!?」

「何処って? はは、決まってるじゃない――此処よりも、遥か遠くよ!!! ははははは!!!」

「……ニコが壊れた。いえ、カルロにもっと壊されるんだわ」

「ははははははひひひひいひひひぃぃぃいいひひひ!!!!」

 

 私は笑う。

 涙を滝のように流しながら笑った。

 

 何時も何時も不幸で不幸で――ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!

 

 

 〇

 

 

「…………ふっ」

「はぁい!! いいわよぉ!! プリンセスちゃんたちぃ笑って笑ってぇ!! はい!! プリンセスカルロ!! もっと笑うのよぉ!! 貴方は今、すっごく綺麗よ!! これからパレードで貴方はその美しさを皆に披露するの!! さぁ笑ってぇぇ!!」

「カルロちゃん! 頑張ろうね!!」

「カルロちゃん可愛いよ!!」

「……ありがとう。皆の方が可愛いよ。ふ、ふふふ」

「「ありがとう! カルロちゃん!」」

 

 煌びやかなドレスに身を包んだ小さないプリンセスたち。

 そんな中に明らかに場違いな巨漢のマッチョがいる。

 パツパツのドレスに、化粧が濃く。

 王子様も裸足で逃げる化け物であるが、純粋なプリンセスたちは俺を褒める。

 が、明らかに同伴の保護者達は俺から視線を逸らしていた……はは。

 

 俺は笑う。

 ぶちぎれる事も無く、ただ静かに微笑む。

 が、心の中ではどす黒い炎が燃えがっていた。

 

 

 チケットを渡したのはニコだ。

 グルメツアーだと騙したのもニコだ。

 ニコであり、ニコだった。

 ニコだからで、ニコしかおらず、ニコでニコでニコニコニコニコニコニコ――あぁ、そうだ。

 

 

 忘れていた。

 ニコ・デマラという女がどういう存在かを。

 

 

 奴は債務者だ。

 それも極めつけのカスだ。

 借金王であり、何度も俺は奴に騙された。

 今回もそうであり、油断した俺は――地獄を見た。

 

 

 このままパレードに行けば、俺のキャリアは全て崩れ去る。

 取り立て屋としての自分は確実に死ぬだろう。

 債務者たちは俺を舐め腐り――そうだ、そうだろうさ。

 

 

「……あぁ、なら……いいか」

「ん? どうしたのぉ? プリンセスカルロぉ? お手洗いなら――ひぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

 

 俺の体から黒い謎のもやが溢れ出す。

 それらは地面に亀裂を発生させた。

 プリンセスたちは目を輝かせて笑い、保護者たちはガチガチと歯を鳴らし震えていた。

 俺は目を赤く輝かせながら、自らの心にこう言い聞かせた。

 

 

 

 

 ――――“もう、これで終わってもいい”――“だから、ありったけを”――――

 

 

 

 

 ドク、ドク、ドクと心臓が鼓動し――力が、噴き上がる。

 

 

 俺は力そのものを纏いながら。

 静かにツアーガイドに目を向ける。

 

 

「……パレードは?」

「え、え、え?」

「パレードに、行こう」

「え、あ、ぁ、ぅ、ぁ、ぃ」

「「カルロちゃんすごーい!」」

 

 俺は拳を握る。

 そうして、天を仰ぎ見た。

 今、この心の中にいるのは――ニコ・デマラだけだ。

 

 

 アイツに会いたい。

 心からアイツの会いたかった。

 会って、この手で――終わらせる。

 

 

 

 怒りも、憎しみも、悲しみも――これで終いだ。

 

 

 

「ニコ――アイニ、イクカラナ」

 

 

 

 俺はもやの中で――笑みを深めた。






ナレーション:リンちゃん

やめて! カルロさんの殺意で、邪兎屋を焼き払われたら、金貸しへの負債で取り立て屋たちと繋がってるニコのツケまで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないでニコ!

あんたが今ここで倒れたら、お兄ちゃんや私との約束(ツケの返済)はどうなっちゃうの?

ライフ(寿命)はまだ残ってる。ここを耐えれば、カルロさんに勝てるんだから!


次回「ニコ死す」デュエルスタンバイ!

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