金返せニコ 作:SAMU
……最近、なぁんか妙だよなぁ。
債務者どもの金払いは驚くほどに良い。
今までは縄でふんじばって新エリー都中を引きずり回すくらいしなければ払わなかった厄介な連中も。
最近では大人しく金を払っていた。
いや、それどころか目標金額以上の返済金を先払いする者までいやがった。
本来であれば泣いて喜ぶところだが……不気味だ。
「……はぁ」
コンビニで買ったカップ麺を公園で食べ終えて息を吐く。
時刻は既に夕方であり、学生たちは既に家路についている頃だろう。
社会人たちも、労働を終えて帰り支度を始める頃で……でも、おかしい。
公園の外に目を向けるが。
恐ろしいほどに人がいない。
いや、疎らであるがいるにはいる。
しかし、何時ものような賑わいは無く。
花屋やマッサージ店の主人たちが顔を合わせて雑談していた。
「……やっぱり、あれか?」
チラリとベンチの後ろに視線を向ける。
すると、壁にはポスターが貼られていた。
それはゲームの広告であり、現代チックでありつつファンタジーな雰囲気のゲームだと何となく分かる。
最近、巷ではとあるVRゲームが流行っているらしい。
良くは分からねぇし、知りたいとも思わなかったが。
話で聞く限りでは普通のゲームとは違い、何でも……金儲けができるらしい。
ランキングによって金が支払われるシステムのようで。
上位のプレイヤーともなれば、車が買えちまうくらいには儲かるらしい。
ゲームをさせてやって金まで払うなんてのは一体どうやって儲けているのかと思ったが。
どうやら、そのゲームで遊ぶ事によって色々なデータを収集したり。
ゲーム内の広告などによって収益を上げているとからしい。
収集したデータなどは企業に売りつけたり、そもそものアクセス数などを稼いで通信料とかを……まぁ別にいい。
他人様がどう儲けようが俺には関係ねぇ。
好きなだけ銭を集めて美味い飯をたらふく食えってんだ……だが、まぁ……はぁ。
『トップランカーに私はなるッ!!』
「……馬鹿が」
簡単に金儲けができるなんて分かれば。
あのニコなら絶対にやりかねないとは思っていたが。
まさか、本当に機材を準備して参加するとは……いや、思っていたわ。
借金を増やしてまで良い機材を揃えていたんだ。
アイツは愚かではあるが馬鹿じゃない。
確実にリターンが確保できることを考えている感じがした。
まぁ結果から言えば……儲かってはいるらしいな。
アイツからの返済も滞りは無い。
目標分は確保できていて、その上、ゲームで忙しいからと先払いまでしていやがった。
あのニコがであり、俺が不気味だと思っているのは八割がたアイツのせいだ。
……絶対に良くない事が起きる。あのニコが関わって、いい結果になった試しなんて一つもねぇからな。
何とかしてあの馬鹿を説得し。
真っ当な方法で稼がなければならない。
そう思ったからこそ、俺は端末を取り出し流れるようにニコに連絡を繋ごうとした。
ワンコール、ツーコール、スリーコール……中々出ねぇな?
まだゲームをしているのか。
そう思っていれば――繋がった。
《……何よ? 私、忙しいんだけど》
「忙しいってお前……どうせ、例のゲームだろ? ゲームばっかしてねぇで、外に出て汗を流さねぇと」
《うるさいわね。お金なら払ってるでしょ? それとも何? 返済額を増やせって言うの?》
「いや、別に俺はそんなこと」
《――いいわよ? 二倍でも三倍でも、アンタの好きにあげなさいよ。何なら、いますぐに口座に振り込む?》
「……ニコ、やっぱりお前、変だぞ? らしくねぇじゃねぇか。今から行くから、一緒に飯でも」
《――お金は払うから。用も無いのに掛けないで頂戴。それじゃ》
「あ、おい! ニコ、話しはまだ……チッ、切りやがった。はぁぁ、どうしちまったんだぁ?」
俺は端末をポケットに戻し、片手で顔を覆った。
アイツがちゃんと返済してくれているのであれば。
俺がとやかく言う筋合いはない。
それはそうであり、不必要に客に入れ込むのは真っ当な金貸しのする事じゃねぇ。
だが、俺にとってのニコは…………いや、いい。
「……はぁ、今日はもう帰るか」
俺は立ち上がる。
そうして、カップ麺の容器と箸を分けてゴミ箱に入れる。
取り敢えずは様子見だ。
本当にどうにかなっちまったのなら、その時は俺が体を張って止めてやればいい。
俺はそう考えて、家路を急いだ――
##
「……は? 今、何て……?」
「……もう一度言います。ニコ・デマラさんは――昏睡状態です」
朱鳶さんから連絡が来た。
どうしたのかと聞けば、ニコが病院に運ばれたと説明を受けた。
俺は全ての仕事を無視して、車で急いで病院に向かった。
すると、病室のベッドにはヘッドギアをつけた状態のニコがいた。
傍には不安気な表情でボスを見つめるアンビーやビリーがいる。
……が、何故かアンビーはパーカーを着ていてフードを目深く被っていた。
朱鳶さんの他にも、機械人らしき小柄な治安官もいるが。
明らかに、治安官ではない人間もいた。
ゴーグルをつけている軍人であり、防衛軍の兵士だろう。
他にも、妙なマスクをつけた長身の女兵士もいる。
二人はニコの様子をジッと見つめてから、ゆっくりと俺たちに視線を向ける。
「……間違いないわ。これは、例のウィルスね」
「ウィルス? 何だそりゃ……ニコはそのウィルスのせいで、昏睡状態になってるのか?」
「えぇそうよ。といっても、昏睡状態というよりは、意識そのものがVR空間に囚われているといった方が精確ね」
ゴーグルの女兵士はマスクの女から何かを受け取る。
彼女はそれを一瞥してから、俺に渡してきた。
俺はそれを受け取って書かれている内容を見ていき……は?
「……どういう事だよ。これじゃ昏睡っていうより……死んでるのと同じじゃねぇか」
「そう、死んでいるのよ。心臓の鼓動も止まっている。今は無理矢理に電気信号で動かしているだけ……タイムリミットは数時間のみ。その間に、対策を講じなければそこにいる貴方の大切な人も、他の人間たちも――本当に死ぬわ」
ゴーグルの女は淡々と説明する。
俺はそれを聞いて、舌を鳴らした……俺が馬鹿だった。
もっと早く、ニコのアホを説得していれば。
電話を繋いだあの時に、無理矢理にでも外に連れ出すように動いていれば……後悔しても意味はない。
ニコは危険な状態で。
この女の口ぶりからして、他にも同じような状態になった人間がいるんだろう。
死人が出る状況。だからこそ、治安局だけじゃなく防衛隊も出動した。
「……このウィルスは何だ。どうやったら、ニコたちを取り戻せる」
「このウィルスに関しては機密情報であるからこそ詳細は話せないわ。ただ、何かの手違いで流出し、運悪く人気のゲームにインストールされてしまったの。ウィルスは人間の感情。それも欲望に強く反応を示すわ。欲が強ければ強いほどに、人間の意識……いえ、この場合は魂を取り込み、それを吸収する。ウィルスは進化していき、今の状態で言えば第二段階。第三段階になれば、吸収された人間たちを取り戻す事はほぼ不可能よ。こちらとしても、第三段階に移行する前にウィルスを回収する必要があるの……そして、彼女たちを取り戻す方法に関しては――カルロ、貴方の協力が必要よ」
「……俺の、協力?」
どういう事なのかと聞く。
すると、彼女は端的に説明する。
防衛軍が保有する高度なシミュレーター。
それがはじき出した計算結果によれば、この危機的状況を打破する事が出来るのは――俺しかいない。
「……ウィルスの呪縛を解く方法は、欲が消えてなくなる事よ。今、ゲームの世界に囚われている人間たちは大金を得られる事でどんどん欲望を強めて言っている。ウィルスはそんな人間たちの欲望を増幅させる為に、ゲームのシステムを弄って彼らに幸福という名の薬を与え続けている。彼らがゲーム世界に留まっている間は、ゲームのシステムそのものをシャットダウンする事も出来ないわ」
「……それで、俺は何をすればいい? まさか、俺もゲームの世界に」
「――いえ、その必要は無いわ」
彼女がそう発言すれば、病室の扉が開けられる。
そこには防衛軍の兵士たちがいて。
彼らはてきぱきと動いて機械のセッティングを始めた。
「これから貴方のデータを取らせてもらうわ。それも、かなり詳細なデータをね。こんな状況で言う事ではないかもしれないけど、そのデータとそれによって作られるものは防衛軍の管理下に置かれるわ。一度承諾をすれば、この先でどう使われても」
「――構わねぇよ。やってくれ」
「……感謝するわ」
ゴーグルの女は頭を下げた。
すると、機械のセッティングが終わったようで。
金属の椅子がそこにあった。
座るように促されて、俺は素早く座る。
メットのようなものをつけられてから、目の前に立ったゴーグルの女兵士は説明する。
「カルロ、貴方のデータを取って作られるものはウィルスに対抗できるワクチンよ」
「……あぁ」
「欲望を高めていくウィルスに、貴方のワクチンが作用して。囚われた彼らは恐怖によって理性を取り戻すのよ」
「……あぁ?」
彼女の説明を聞いた。
が、少し妙な感じがした。
欲望を消す為に恐怖を与えるのは……まぁ分かる。
しかし、理性を取り戻すというのはどうなのか。
人によっては恐怖は理性どころか発狂を招く気がする。
俺はそれをゴーグルの女兵士に伝えた。
すると、彼女は一切表情を変える事無く発現する。
「――ショック療法というものを貴方は知っているかしら」
「あ、そういう」
チラリとニコを見る。
彼女は昏睡状態である筈だが。
何故か、いびきを掻いていた。
がぁがぁと眠っており、寝言で億万長者などと呟いていた……あれ? 本当に必要なのか?
何だかよくない気がして――電流が走る。
「あばばばばばばばば!!!!?」
「――耐えなさい。そして、最強のワクチンを作るのよ」
女兵士の声を聞きながら、俺は何故か心の中で――ニコに謝った。
〇
「ふ、ふふふ――あははははははは!!」
最高最高よぉ!!
今、私は幸せの絶頂にいる。
素晴らしいゲームに出会い。
楽しむだけでなく、お金儲けまで出来ているのだ。
それもトップランカーになった今。
私のマネーは湯水の如く溢れている。
現在の私のゲームマネーは五十億を超えている。
これをリアルのお金に換算すれば、ざっと五千万ディニーの収益となる。
つい最近のアプデによって、ゲームマネーがリアルマネーに換算できると知った。
だからこそ、私は夜通しゲームをプレイし。
大金を稼ぎに稼いでいた。
他のプレイヤーたちもそうであり、皆が皆、血眼になって狩り場を探してた。
雑魚には興味はない。
最も興味があるのは旨味のあるモンスターよ。
より多くのお金を、そして、ランカーとしての実績を積み上げていく。
そうすれば、このニコはこの先一生お金で困る事は無い。
「「……」」
私の後ろに立つアンビーやビリーも微笑んでいる。
えぇ、えぇ何も問題は無いわ。
全くもって順調であり、このペースで行けば全ての借金を返し終わった後。
大きな会社を立ち上げて、邪兎屋の存在価値も……いえ、違うわ。
「そうよ。便利屋じゃない、ゲームの会社を立ち上げて、この世界でもっともっと稼いで……ふふ、もっともっと、もっともっともっともっと――稼ぐのよぉ!!!」
私は両手を天に掲げる。
心が熱を持ち、私という存在を押し上げていく。
力が無限に沸き上がっていき、野心が膨れ上がる。
現状で満足なんかしない。
もっとお金を、より良い生活を。
全ては社員の生活と私自身の幸せの為で――
「――ニコ」
「……え、何で……どうして、アンタが……カルロ?」
背後から声が聞こえた。
そこには何時もの装いから変わって、ボロボロのローブを纏ったカルロが立っていた。
手には包丁を握っており、笑みを浮かべて私を見ている。
何故、どうして――カルロが手を向けて来た。
「――お金、返して♡」
「……キモ……何か変なものでも食べたの……はぁ、こんなところまで追いかけて来るなんてねぇ……悪いけど! 後にしてくれる? 前にも言ったけど、忙しいの! 待ってくれたら十倍に。いえ、百倍にしてあげるから! それじゃあね」
私は掌をひらひらと振り去っていく。
アンビーたちもそんな私についてきて――透明の壁が出現した。
「……え? これって……戦闘状態? ま、まさか」
「ニコ、お金、返して♡」
ゆっくりとカルロを見る。
すると、気持ちの悪いねこなで声を発していた。
戦闘状態になる時は、プレイヤーもしくはモンスターが此方を認識し戦闘態勢に入った事を意味する。
透明な壁が出来る条件でいえば、ボス戦や決闘状態に近い。
私はたらりと汗を流し――にやりと笑う。
「そこまでして、私を邪魔するなんて……愚かね。死んで後悔なさい!!」
私は掌を向ける。
すると、火の玉が出現しカルロに放たれる。
それはカルロに命中した瞬間、凄まじい業火となり辺り一帯を焼き尽くす。
レベル99のこの私が得意とする魔法であり、初期装備のアイツではひとたまりもない。
私はくつくつと笑いながら、狩り場を移動しようとし……え?
「壁が、消えて、いない……?」
「ニコ♡」
「ひぃ」
声が聞こえた。
振り返れば、ステップを踏むアイツが立っていた。
それも五体満足であり、ダメージらしいダメージは無い。
包丁を握って微笑む奴は恐怖そのものでしかなかった。
私はアンビーたちに指示をし、全力で攻撃をさせた。
銃に斬撃に、私の魔法による連続攻撃。
煙が広がり、私はそれでも攻撃を続けて――胸に衝撃を感じる。
【――ほうちょう――】
「え、ぁ、ぁぁ」
「――ニコ、お金、返して♡」
「ああぁぁぁ!!!?」
奴の包丁が心臓に刺さっていた。
HPは一気に下がっていく。
下がって下がって、ゼロになり――すぐに満タンの状態で戻る。
指輪の一つが砕け散る。
死亡判定を回避し、私は奴を蹴り飛ばした。
奴は地面を転がっていき、そんな奴に対して私は鞄からスクロールを取り出す。
「闇に消えなさいッ!!!」
「ニコ、ニコ、ニコぉぉぉぉぉ!!!!」
スクロールの発動と同時に、奴の背後に黒い穴が出現した。
奴の体はその穴の中に吸い込まれて行く。
奴は必死に抵抗したものの、究極魔法には抵抗できない。
奴はそのまま穴に吸い込まれて……戦闘が終了する。
「……くっ、何て奴なの。まさか、一日に一回しか使えない究極魔法を使わされるなんて……でも、これで」
「――ニコ♡」
「ひぃ! な、何でぇ!? リスポーンには早すぎる!?」
背後からまた声がした。
そこにはやはりカルロがいて――その体が光を発していた。
奴はゆっくりと空に上がる。
私は恐怖で奴を見つめる事しか出来ない。
空高く上がった奴はそのまま光を強めて――進化した。
翼を広げて、体自体も大きくなり。
神々しささえ感じるフォルムになる。
何故か、ボス戦のBGMが流れ出し。
奴のHPバーが表示されて――果てが見えなかった。
「あ、あぁ、ありえ、ない。こんなの、こんなのって、あ、あぁ――あああぁぁぁ!!!!?」
私は恐怖のあまり魔法を連発した。
残量も気にする事のない連続使用。
奴はそれを回避も防御もせずに全て受け止めていた。
私は抗う。
抗って、抗って、抗って抗って抗って抗って抗って――奴が魔法を発動した。
【――すーぱぁのぶあぁ――】
「…………へ?」
周りが暗くなる。
遥か空で不思議な幾何学模様が見えた。
脳内に果てしない情報の波が押し寄せていき。
遥か宇宙の彼方から何かが迫ってくるのが分かった。
それは一瞬にして星々を砕いて、そのまま我らの星に迫り――空が熱を帯びていた。
「ああああぁぁぁぁぁうあああぁぁぁぁ!!!!?」
私は叫ぶ。
叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで――押しつぶされた。
「――ハッ!!!」
目を見開く。
気が付けば、リスポーンが完了していた。
所持金を見れば、一気に何千万ものお金が消し飛んでいた。
あのカルロは何だったのか。
そもそも、私の前に何で現れたのか……いえ、もういいわ。
危機は去った。
そう感じたからこそ、私は――
「ニコ」
「――ふぇ?」
声が聞こえた。
見れば、地面に倒れる私の横で笑みを浮かべる――
「あ、あぁ、ぅぁ」
「大丈夫か? 立てるか?」
「え、あ、ぅ……カルロ、よね?」
「あぁ? 当たり前じゃないか……ふぅ、無事で良かった」
普通に話している。
さっきの奴とは違う。
それが分かったからこそ、私はホッと胸をなでおろす。
奴の手を借りて立ち上がり、ビリーとアンビーを探す。
が、二人は何処にもいない。
「ねぇカルロ。アンビーとビリーを」
「それじゃ――金、返してくれるか?」
「……え、いきなり何言って、そんなのは後よ後。それよりも――ぇ」
パンと乾いた音が鳴る。
ゆっくりと頬に触れればじんじんと痛みを発していた。
ゆっくりとカルロを見れば笑みを浮かべている。
「今のはな、信頼の平手打ちだ。さっきみてぇに別の事を考えそうになったらな。今の痛みを思い出してくれ。それでさ――金、返してくれよ」
「え、ぁ、や、ぃ、な、んで、アンタは、アンタは――ひぎぃ!」
またしても頬を叩かれる。
HPバーを見れば、たったの二発でレッドゾーンになっていた。
カルロは笑顔であり、それが不気味さに拍車をかけていた。
私はカルロに恐怖し、一目散に逃げだして――頭を掴まれる。
「うぐぅ!!? は、放せぇ!! はなし、なさいよぉ!!」
「放さない。放さないさ。俺とお前の縁は借金がなくなるまで――永遠、だろ?」
「うぐぅああああぁぁぁ!!!?」
万力のように頭に力が加わる。
瞬間、凄まじい激痛が走り――ぐしゃりと音が聞こえた。
##
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ!!!」
何で、何で、何で何で何で何で何で何で何で何で――どうしてこうなるのよ!!!
アレから何度、私はカルロに殺された。
笑顔のアイツに金を渡すように迫られて。
断われば戦闘状態になり私は殺される。
金を払っても、その数秒後にはまた別のアイツが現れる。
既に殺された回数は三十回は超えていた。
あんなにもあったゲームマネーも底をつき――マイナスになっている。
どうして、何で……ゲームでも借金をしなきゃいけないのよ!!
私は怒る。
が、足音を聞いて一瞬にして恐怖で心が満たされた。
「ひぃぃ!!」
「……ニコ? 大丈夫か? 何処か、怪我してるのか?」
そこにはやはりカルロがいる。
何時もの顔に何時もの服装。
口調も私を気遣うものであり――怖かった。
「こ、来ないで」
「……?」
カルロは首を傾げる。
そうして、ゆっくりと近づいてきた。
私は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら。
必死になって尻を動かして後ろに下がっていく。
来るな、来るな、来るな来るな来るな来るな来るな――
「ニコ?」
「ワタシのそばに近寄るなああ――ッ!!!」
〇
ワクチンによるウィルス感染者の救出作戦は――成功した。
あまり大きく報道はされず。
報道の内容もシステムの不具合によるものだと片付けられた。
あの事件に関しては、ゴーグルの女兵士から口止めされた。
口外すれば危険と忠告されたが……まぁいい。
初期段階で、何故、ゲーム会社に捜査協力を依頼しなかったのは謎だった。
が、後に聞いた話では、ウィルスに関しては意図的に漏らした可能性があると“知り合い”は言っていた。
実験の為か。或いは、ウィルスに対するワクチンを作る口実の為だったのか。
分からないが、ゲーム会社は倒産し。
支払う筈だった金も消えてなくなったらしい。
今では誰しもがあのゲームの事は忘れて、日常に戻っている……たった一人を除いて、な。
「……」
ぶつぶつと独り言を言うアホ……ニコがいる。
俺はこっそりと背後に近づく。
そうして、にやりと笑って声をかけた。
「――ニコ♡」
「ひああああぁぁぁぁ!!!!?」
ニコは叫ぶ。
腰を抜かして、泡を吹いてぴくぴくと痙攣していた。
俺はそんな哀れなニコを見ながら大笑いした。
あの事件以来、ニコは俺に対して怯えたような目を向けるようになった。
最初の頃は心配していたさ。
何があったのかは聞かず、飯なんかも連れて行ってやった。
が、回復していくにつれてこいつは俺に対して当たりが強くなっていった。
……正直、前の件の事もあったからなぁ……揶揄ってやったぜ。
今でも、隙をついてねこなで声で名前を呼べば。
こうやって泡を吹いて倒れるのだ。
俺はそんなニコの姿に満足し、写真を数枚撮ってから去っていく。
「はぁ、スッキリしたぜ……さ、仕事仕事――うぁ?」
足に違和感を抱く。
視線を下げれば、ニコが俺の足を掴んでいた。
奴は泡を吹きながらも、危険な笑みを浮かべている……やべ。
「ふ、ふふふ、ふふふ、もう、いいわ。えぇ、もう、いいの……こんなんじゃ、真面に、し、仕事も、できないわ……ねぇ、責任、とってよ? アンタのせいで、私、こんなになっちゃったのよ? 責任、責任をさ、とってよ? ねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇ!!! がるろぉぉぉぉぉ!!!」
「うわぁ!!? ば、馬鹿やめろぉぉ!!? 叫ぶな、鼻水をずぼんにつけんじゃねぇ!!? はなれろぉぉ!!」
「放さない!! 放さないからぁぁぁぁ!!! 墓場までついていってやるぅぅぅぅ!!!」
「あぁくそぉぉぉ……ぁ、ど、どうも」
「「……」」
ニコの頭を押さえていれば、視線を感じた。
見れば、公園の入り口で朱鳶さんといつぞやの機械人がいた。
彼女は目を細めて俺たちを見て……無線を繋ぎ始めた。
「や、やべ!! おい!! 放せ!! やべぇぞ!!」
「矢部って誰よ!!? 私はニコよ!! 私を見なさいよぉぉ!!!」
「あぁダメだ!!! ちくしょぉぉぉぉ!!!」
俺は叫ぶ。
やはり、ニコに関わると碌な事にはならない。
俺は改めてそう実感した。