場所:食堂隅・休憩時間
記録担当:人事部オペレーターB(遠巻き観察)
(テーブルにて。アーミヤの肩に、きなこっちゴチゾウが乗っている)
「ふぅ……。あ、ヴァレンさん。きなこっちさんを少しお借りしています」
『返せとは言わない。そいつが乗ってると、肩こりが楽になるんだろ』
(アーミヤが隣に座ったヴァレンの肩にもたれかかる)
「ええ、とても……助かっています――あっ!?こ、この行動はあくまで“ゴチゾウさん達の感情に影響されているから”であって、決して、CEOとして甘えているわけでは――」
『誰も甘えてるとは言ってないが』
「っ……す、すみません。その……念のため、先に弁明を……」
『変なところで真面目なんだな、あんたは。 休むときくらい、“甘えてる”と思われてもいいだろ』
「……そういうことを、さらっと言わないでください。 記録されてしまったら、立場が……」
『俺は何も見てない。ここにいるのは、ゴチゾウと、休憩中のただのアーミヤだ』
「……はい。それなら、少しだけ、休ませてもらいますね」
人事メモ:
CEOが自ら「甘えているわけではない」と前置きするあたりに、
彼女なりの責任感と年齢差のギャップが表れている。
ヴァレンはそれを笑い飛ばすのではなく、
「ただのアーミヤ」として扱おうとしているように見えたのが印象的だった。
――バットガイ号
助手席ではなくハッチが開いた瞬間、世界が途切れたみたいに下が一気に遠くなる。
耳を千切る風と、エンジンの唸りと、ブレイズのテンションの高い声。
〈よし……大丈夫!降りてきな~!〉「無理です」〈えぇー?大丈夫だって!受け止めるから!〉
シンドラーはハッチの縁を掴んだまま、スカートに足だけ器用に引っ込めている。
あそこまで分かりやすく拒否してるやつ久々に見た。
「……"とても"無理です。」『"とてもじゃないが"を経由しないの初めて聞いたわ。』
オスカーがその横で、ゴーグル越しに下を覗いては、無言で首を振っている。
こっちはこっちで、諦めとも悟りともつかない顔だ。
「いやぁ、だとしてもっすよ?……高度300mは……無茶ですって」『でもあいつ降りたぞ』
視線の先、ブレイズはと言えば遥か下で風を受けて髪を揺らして、いつも通りの笑顔だった。
あの距離で見える笑顔じゃない――なのに、嫌でも目に焼き付く。
「よし!じゃあ行ってくるね!」『は?』「みんなは後からおいで!」
と言い終わった後すぐにヤツは躊躇なく飛んだ。助手席の扉を強引にこじ開けて。
チェーンソーを肩に担いだまま、床のない空へすっと一歩踏み出して。
ブレイズの姿がふっと消えた瞬間、俺の胃袋だけが機体の中に取り残される感覚。
いやまるで心臓が消し飛んだような気持ちか?――どの道俺の思考は止まった。
いや、加速していた。何故?馬鹿か?何故行けると思った?そればかりだった。
脳の回転が落ち着く頃には地面のほうから、鈍いけど気持ちいい衝撃音がゴウンと響いた。
爆発でも崩落でもない。当時こそあれだが、今となっては馴染みあるいつもの強襲着地音だ。
「……今の音、死んでないんですか?」『死んでたら多分もっと静かだ』
ジジっと音を鳴らす通信機越しに息ひとつ乱れてない声が返ってくる。
〈ほらー!生きてるよー!ちゃんと足も残ってるし!〉「確認ワードが怖いんすよ!」
安心か呆れか、それとも両方かオスカーが小さくため息をついて、俺のほうを見た。
「なぁヴァレン……あれ、慣れる?」『慣れたって言ってるやつは、たぶん最初から壊れてる側だ』
そういう自分がまだまともだと自負しているようで気に食わんがまあ、仕方ない。
下を見れば点みたいだったブレイズが元気にこっちを向いて手を振っている。
あの距離から落ちた後に全力手振りってどれだけ丈夫なんだ……まあ。
〈ほらー!ほんとに大丈夫だから!ほらシンドラー!行こ!〉「名指しやめてください。」
シンドラーの肩は、ヘリの振動とは別のリズムで震えている。
オスカーは背中をそっと押そうとして、逆にしがみつかれていた。
「オスカーも無理って言ってよ!」「俺は……無理だけど行く立場なんだよなぁ、これが」『矛盾した哲学やめろ』
俺だって、空を飛ぶ趣味はない――ただ、三百メートルの空と、ブレイズの笑い声。
下で待つ戦場とただ宙に浮かぶ静かで肌寒い輸送機の中。このまま足を止める?
それか足を出すか……俺の中じゃ答えはもう決まっている。
『……ほら、お前ら。あんまりモタモタしてると――』〈先に行っちゃうよー!?〉
『あいつ、その気になったら一人だけで全部片づようとするぞ?』「……」
それは冗談で、冗談じゃない……なんとなくあの女なら、本当にやりかねない気がする。
その結果、現場が“片づかない”のも含めて後の事を考えると……だるい。
「……最悪な未来が、容易に想像できますね」「だろ?だから飛ぶんだよ、俺ら」
俺はハッチの縁に足をかける。吹き込む風が、防弾コートの裾を引っ張っていく。
下からブレイズの笑い声がまた一つ、呆れる騒音だがいつかは耳に馴染む。
『ほら相性チェックだ。強襲オペレーターと“パートナー”名乗りたいなら――』
振り返って、シンドラーとオスカーを順番に見る。二人の喉が同時に鳴った。
それでもオスカーは苦笑いを、シンドラーは半泣きの顔を、それぞれ俺に向ける。
『怖いまま、前に出ろ。エリートオペレーターの部下ならこれくらいはできなきゃな』
「……ほんとに受け止めてくれます?」〈受け止めるってば!三人まとめてでもイケるって!〉
足を進める2人を前にしながら俺は後ろへ歩いてハッチから空へ向かう。
そうして3人同時に足を空に落として――と、思ったがオスカーだけがまずは空に出る。
「え?……えっえっえっなんで?!馬鹿ッ!俺だけなんで嘘つき――あぁぁぁッ?!」
『……シンドラー、足引っ込めたな?』「……わたしむりです、帰ります。クビでいいです。」
『……昨日の顔はかっこよかったけどな?』「褒めてもこの足は前に出ませんから。」
『……そうか、残念だな――よいしょ』「え?やめてください。セクハ――あっ?!」
かがんだシンドラーを持ち上げて操縦者と別れのアイコンタクトを済ませる。
そのまま宙返りをして飛び降りて――着地の地面につく前にどうやって着地するか考える。
『……こっからどうすっかな。』「やだっ!死にたくないっ!!死にたくないッ!!!」
とにかくシンドラーは今離すと確実に死ぬ――。
オスカーは……まあ、ブレイズが何とかするだろ――。
となればシンドラーは俺が何とかするしかない。
暴れまくるシンドラーを片腕で抱え込みながら、腹の向きを変えて周囲を一瞬で見渡す。
遠ざかっていくバットガイ号、逆にせり上がってくる街並み――お、ちょうどいいところに。
すぐ横に、のっぺりしたコンクリ打ちっぱなしの壁。
金属じゃない、ただの石の箱。今の俺にはちょうど良いブレーキだ。
石喰ってねえから、今の身体はちょいと柔い。骨も筋肉も”人間寄り”になってるからな。
負荷のかかり方を間違えると普通に折れる……まあ、許容範囲だ。
『シンドラー、減速すっから姿勢変えるぞ!』「ヴウゥゥ――ッ!!!」
シンドラーの腰を抱え直し、強引に俺の左側にしがみつかせる。
暴れようが何しようが関係ない、ただ指先一つでも離されたら終わりだ。
俺は空いてる右手を、ビルの壁に向けて――指先とコンクリの距離がゼロになる。
次の瞬間、平らな壁に五本の指がズブリとめり込んだ。
肉が先か、壁が先か、どっちが削れているのか自分でもよく分からない。
乾いた悲鳴みたいな音を立ててコンクリが裂け、白い粉塵が顔に叩きつけられる。
掌から肘、肩へと、焼けた鉄を押し当てられたみたいな痛みの熱が一気に走る。
落下の勢いのまま突っ込んだ指が壁をえぐりビルの外壁を擦りながら下に引きずられる。
てか今更だが――なんでパラシュートがねえんだよ。
輸送機があるなら普通、こういう時の保険くらい積んどくだろ。
ロドス、コストカットにも限度ってもんがある。
壁に穿った溝が長くなるにつれて、腹の底を引っ張っていた落下感がじわじわ薄れていく。
耳元で暴れていたシンドラーの悲鳴も、ただの情けないうなり声に変わってきた。
コンクリの抵抗が重さから“引っかき傷”くらいに落ちてきたところ――。
『……減速はは十分、高さもそろそろ大丈夫だな。衝撃に備えろ』「ッーーはいッ!!!」
高さは30m、案外ギリギリだったか?……シンドラーに負荷が掛からないように姿勢を変える。
外から見れば姫様抱っこ、だが案外この姿勢が一緒に落ちる奴の衝撃を和らげられる。
足の下で、アスファルトの模様がぐいぐいと輪郭を濃くしていく。
割れた歩道、転がった瓦礫、折れた標識――選び放題だがどれも当たりたくはない。
比較的マシそうな、ひび割れただけの道路を目標にして、腰を落として重心を下げる。
先に叩きつけるのは俺の足、次に膝、最後に腰と背骨。
シンドラーはできるだけ高い位置に固定だ。
踵から着いた瞬間、膝の関節が内側から爆竹みたいに鳴った。
衝撃が脛を駆け上がって腰の骨を一本一本叩いていく。
全身の骨格が一瞬だけまとめて悲鳴を上げて、内臓がぐっと持ち上がる感覚。
そのまま膝をわざと潰すように折り、衝撃を殺しきれなかった分を背中に逃がす。
防弾コートの背面がアスファルトを削り、砕けた塵の匂いが鼻を刺した。
腕の中のシンドラーが、抱きしめた胸のあたりでぐしゃっと潰れかけるのを肘で支え直す。
肺から空気が抜ける音はしたが、骨が折れる感触は幸いない――が。
骨と筋肉が丈夫なだけで衝撃はもろに来るな……最後に縁石に背中をぶつけてようやく停止。
視界の端で砕けたコンクリ片がカラカラと跳ねて、やっと世界が静かになる。
生きてる……俺も、腕の中のこいつも。三半規管が文句言ってるが、まあ、許容範囲だ。
『鼓動は感じるが一応生きてるか?』「……多分死んでます。」『よし無事だな』
「大丈夫~?あっオスカー君気絶しちゃったけど、ちゃんと無事だよ!」
『そりゃ悪くない報告だ……はぁ……次は前もって言え、ついてくのがだるい。』
「でも君達はついてこれた、特に君!痛そうだけどすごかったね!」『痛そうで済ませるか。』
派手な着陸、もし敵がいるならバレたと思って行動するのがいいだろうな……。
今、俺たちが着陸したのはクルビアにある――そう、トカロントだ。
元々は貿易都市トカロントから切り離された感染者地区。
天災のさなかに見捨てられて、都市機能もろとも半壊した――はずの場所。
そのはずなのに最近はどうも様子がおかしい。止まったはずの街がまた動き出している。
誰かがわざわざ整備して、無理やり生かしているって話だ。
もちろん政府もそれを見て見ぬふりはしなかった。
使者を何度も送り込んだが戻ってきたやつは一人もいない。連絡も途絶えてそのまま行方不明。
そのうち、この都市に近づいたやつは“消える”って噂だけが一人歩きして――名前も変わった。
――人喰いの都市”アラストル”――
というのも、この“人喰いの都市アラストル”って呼び名が出回り始めたのはたった一ヶ月前。
誰が言い出しっぺかは知らない。けど、生きて戻ってきたやつの証言がひとつある。
都市にいる人の姿が、ある瞬間ふっと崩れて、腹のあたりから触手を伸ばした――と。
……聞いた瞬間に察した。グラニュートだ。なら、これは俺の案件ってことになる。
今回の目的は、その“消えた連中”の行方を洗うことだ。
行方不明になってるのは最初に調査の為ロドスが送り込んだ5人のオペレーター。
後から送った二十五人の捜索隊も、まとめて帰ってこない。
ここまで来るとただの厄介事じゃない。ロドスにとっても相当でかい火種だ。
だからエリートオペレーターを出すかって話にもなった。
しかし生憎どいつもこいつも手一杯の時期……こういう厄介事に詳しくて、暇で。
ついでに一人でも戦場をひっくり返せる奴がいれば、そいつに丸投げして終わりだったろう。
てことで外部戦力の俺を含めた新ブレイズ隊が誕生したって訳だ。
馬鹿みたいに丈夫で、そこそこ言うことを聞く便利屋の外部戦力。
どんな条件でも成果と命だけはきっちり持って帰る“ヴァニッシュ&リターンズ”。
そして、半年前にエリートオペレーターに昇格したばかりの強襲オペレーター、ブレイズ。
このメンツを選んだのはロドスのCEO、アーミヤ――本当に、なんでこの顔ぶれなんだろうな。
別に自惚れてるつもりはないが、あいつの俺への期待だけ妙に温度が高い気がする。
グラニュート絡みは任せろと言ったのは俺だし、アーミヤの判断に従うと決めたのも俺だ。
そこはいい。ただ、リスクが見えてる案件で俺を一人遊撃に出すんじゃなく――。
"一部隊ごと丸ごと預ける"って判断になるのは話が別だろ。
ブレイズは表向き強襲オペレーター、実際は俺の監視役――のはずなんだがな。
肝心の本人だけがそれを知らない……そこも含めて、あいつは一体どこまで計算してるんだか。
『とりあえず、ここから先はどう動く?』「んー……君はどうすれば良いと思う?」
『俺ならオペレーターが消息をたった地点に向かう……座標を見る限りじゃ――』「……よし!」
「細かいことは君に任せた!」『はっ?』「こういうのはこの中で得意そうだし!」『……』
ありがたいと言えばありがたいが、雑だなこいつ強襲オペレーターってこんなんでいいのか。
とはいえ、まるきり門外漢でもない。
元の世界じゃ部隊指揮を任されることもあったが、実際は単騎で動くことのほうが多かった。
だから何をするかは、いつも自分で決めて、自分で片づけるのが前提だった。
ただ俺にはゴチゾウがいる。
索敵の指示も、情報収集も、現場での細かい連携も――全部ゴチゾウ経由で回してきた。
あいつらの司令塔って役目は、今も変わらない。
組織が運用するヴァレンは、本来なら二人一組か単独行動が基本だ。
その裏で何人かのサポートがついている。
人の誘導係、囮役、痕跡処理班、追跡班……それから、必要なら狙撃部隊。
俺の担当区域だと、痕跡処理と誘導は俺の見えないところで勝手にやってくれていた。
狙撃部隊は俺が暴れるのに邪魔だか置かれなかったはずで追跡はゴチゾウで足りていた。
……そう考えると、今やってることは昔とあまり変わらない。
違うのは、今回は“新ブレイズ隊”って看板がついてるってだけだ。
『俺が方針を決めて良いならまず、お互いの事をどれだけ把握しているか聞かせてもらおうか?』
「……あー、確かに私君の事すっごい優秀としか聞いてないや」「私も噂程度で」「……俺も」
『……聞きたいんだがお前ら昨日の資料読んだか?部隊の経歴が詳しく書いてる奴』
「……あった?」『あった、机に人数分……なあ、昨日は自己紹介を軽くしただけだろ?』
『それで明日はこの任務だからよろしくって感じで解散した……ここまではあってるよな?』「うん」
『今日まで何をしてた?』「寝てました。」「疲れて寝てました」「疲れて寝てたね。連勤で」
もうダメかも知らんこの部隊、俺が真面目すぎるのか?……資料読み込んだ俺が馬鹿みてえだ。
『……オスカー、シンドラー。お前らの得意は?』「「逃げ足が速い事です」」『違うそうじゃない』
シンドラー、肩書きは医療オペレーター。
回復系アーツで味方の傷を瞬時に塞げるうえに、前線と後方を行き来する足も速い。
オスカー、表向きは斥候。
本職は偵察、正面から殴り合ってもそこそこ粘れるしやっぱり戦場での動きがやたら軽い。
そういや昨日も、ガキと大人を二人まとめて抱えてるくせに、足が全然もつれてなかった。
逃げ足が速いなんて謙遜してたが素の身体能力が高いからこそ、あの“逃げ足”なんだろうな。
『あー……ブレイズ。』「私は強襲オペレーターって通り戦闘が主に得意かなぁ?」
「細かく言えば機動戦、殲滅戦、奇襲作戦まで任せて!」『ああ、資料通りだな』「ああ、でも」
「私は戦局をひっくり返すようなアーツも、一人で敵の大軍を相手にできる技術はもってないよ」
ブレイズのアーツは、指定した範囲の空気を一気に加熱するタイプだと聞いている。
熱せられた空気の上昇気流を緩衝材みたいに使って、その膨張を推力に変える。
温度差のある空気を極端に圧縮して、小規模な爆発を起こす……そんな芸当も可能だ。
そう考えると、自分の力をかなり使いこなしている部類だろう。
ただ、射程も規模も“戦場まるごと更地”ってほどじゃない。
やろうと思えばもっと大きなこともできるのかもしれないが、そのぶん反動も洒落にならない。
さっきの自己評価は案外ちゃんと自分の限界を見たうえでの言葉なんだろうな。
『まあ、戦力の噛み合わせだけ見れば悪くはねぇな――で、斥候としてこの先どう動く?』「えぇ?」
「俺もまずは座標地点へって言いたいんですけど……他に当たりつけてる場所とかあるんです?」
『候補ぐらいはな』
最優先は行方不明者の捜索じゃない。行方不明そのものを起こしてる元凶を見つけてぶっ叩く。
そのための下準備として、まずは周囲の偵察だ。
歩調を落とさず先頭に立ちながら、俺は後ろの三人に振り返る。
『知ってるかどうかは知らんが、俺の身体はちょっと特殊でな。』〔わにゃ!〕
『菓子を食うと眷属が出る』「え、ちっこ……何それ」
『“ゴチゾウ”って括りでまとめて呼んでる。俺が名付けたわけじゃねぇ』「……え?」
「つまりヴァレンさんはそういうアーツを?」『いや?体質だ。俺にアーツ適性はない』
短く答えながら、ポケットから次々と菓子を取り出しては口に放り込み、足は止めない。
コートから小さな影がぴょこぴょこと顔を出し身体から離れてそれぞれの方角へ散っていく。
ブシュエルの教育で命令を口にしなくてもゴチゾウたちは偵察ルートへ散開していく。
『俺はな
「本当に何者なんですか」『強いて言うなら“通りすがりの元傭兵”だ。覚えとくほどじゃない』
〔ふわぁ〜ふわぁ〜〕〔ザクッ、ザクザクッ!〕〔ヂュッ、ヂュヂュッ!〕〔ぶしゅ、ぶしゅぶしゅ〕
ゴチゾウが路地裏や崩れた建物の隙間へ飛び込んでいき、俺は前だけ見て歩を進める。
『マシュモフあんま高く飛ぶなよ、黒チョコ、他のやつにちょっかい出しすぎんな』
「……君さぁ、情報量多くない?」『なら資料を読んでおくべきだったな。』
俺達はそのまま座標に向かいゴチゾウが何かを見つけたらそっちに向かう。
やっていることは普段の俺と変わらないが違いは仲間がいること。
1人で戦うだけじゃなくこいつらをどう扱うかも考えなけりゃいけないのがだるい。
「座標に行っていなかったらどうする?」『また次の座標を虱潰し、痕跡で話はかわるかもな』
「マジこういうところロクなところじゃないからなあ……」『お前勘がいいな、その通りだ』
「あの2人、仲いいね?」「そうですか?……オスカー普段からあんなですけど。」
こうして団体行動で捜索ってのはあんまりやったことはないな、基本単独だった。
気まずいってわけじゃないが何処か新鮮で――移動が暇だ、人が居る方がなんか暇だ。
話ことに集中するからか?あんまり周囲が見れてない……。
「てか話してて周囲見てなかったんだけどなんかあった?」『お前もかよ。』
「……ちょっとそこの男子2人~足速いから歩幅合わせて~」『ああ?ゆっくりする場合でもねえだろ』
「こういう時聞いてあげた方が後でシンドラーがうるさくないから……」「オスカー?何かいった?」
「何でもな~い!女子には優しくッ!」『……気が抜けるな、てか通信がない』「足速いッ!」
『おせえよあいつら……』「ヴァレンが早いんだって……」『おせえぞ女子~……じょしぃ?』
通信が繋がらん……着陸の時ブレイズから通信を受け取れたはずだ、どうなってる?
さっきブレイズの妙にデカい声は通信機越しのつもりだったか?
『オスカーブレイズに通信で質問してみろ』「ええ?好きな色なんすか?」『聞こえたか?』
「えぇ~何~?」『オスカーが通信機で質問してたぞ~』「なんもきてな~い~、質問何?」
『お前の下着の色はって聞いてたぞ~!』「いッてないッ?!」「えぇ?!白。」
通信が遮断……てことは絶対に何かいるな、ただ都市に居座っている奴らじゃない。
入り込んだ存在を逃がさない奴らが何処かにいる……面倒だな。
アーミヤの性格なら時間で誰か送り込んでくると考えて……先に安全の確保。
敵性存在がいるならその排除、交渉の余地があったとしても攻撃的な姿勢で……。
「……最低。」「ねえなんで俺そんな信頼ないの?」『東のゴチゾウが帰って来ない』
反応的に東のマシュモフも消えたらしい……そういや輸送された時には通信は使えていた。
降りた時から使えなくなったならもう俺達の存在はバレててゴチゾウも始末された。
東は後ろ側……戻るか?正直ブレイズ達だけ座標に向かわせてもいい気が――いや。
グラニュートだった場合の事を踏まえれば危険だな、ただ挟み撃ちの形は避けたい。
だるいな、この場全員のリスクを視野にいれるとかなり動きにくい。
変化が起きているのは後ろだけ、前にはまだ四方八方から囲まれてるわけじゃない。
振り返って迎撃に回るのは簡単だ――最前線で全部受け止めるのも、正直言って楽だ。
一人で突っ込んで、向こうの牙を全部この身で味わって、そっから逆算して殴り返せばいい。
――あくまで囮になるなら、こっちに位置を渡し続けろ――
それだけなら、いつも通りの“個人のヴァレン”で済む。
――お前のリードを掴んだままじゃないと、隊じゃなく“お前個人”の戦場になる――
けどそれは“個人のヴァレン”のやり方だ――今は“新ブレイズ隊”でここにいる。
正直言って、各個人を守備対象として細かく管理するのはだるい。
だからいっそ、“全部戦力”として使う前提で考える。
それと今は監視役の手の届く範囲で何とかしよう、じゃないとアーミヤがうるさい。
Scoutも多分、文句を言いにくるというか――小言を言いに来るだろうな。
――人喰いの都市アラストル:???
行動方針を全部俺に預けてくれたおかげで斥候として単独で動き回れるくらいの余裕はできた。
ブレイズは、呼べばすぐ駆けつけられる距離に待機させてある。
あいつがあの位置にいる限り、監視に関しては多分問題ない。
問題なのは、見たくもねぇのに嫌になるほど見覚えのある“黒い染み”がこびりついてることだ。
ただのカビか、水で傷んだ建材のシミで済んでくれりゃいいが。悪いが試すしかねぇな。
『グミ、触れてみろ』〔ちょう、ちょ。ちょう~?……ちょ? ちょうちょ――〕
黒に触れた瞬間、グミの声が途中でぷつりと途切れて、輪郭ごと溶けて消えた。
『……溶けたか。前に見たやつよりよっぽど蝕む力が強い……ミューター……やばいな』
ミューターがこの世界にまで顔を出してるってことは――。
ここにグラニュートがうろついてるのも、あいつらの線が濃いってことだろう。
ミューターには、こっちも散々恨みを買ってる。
クヴァレのバックにいるのも、やっぱり奴らか……。
『東のゴチゾウは全滅――』〔ヂュッ!〕『お前……!やっぱお前は残ってたか』
〔ヂュウッ!ヂュッヂュッ!〕『褒めちぎんのは後だ、一体何があった?』〔ヂュッ〕
“説明は後。とにかく来い”そんな感じだな。こいつがここまで焦ってるの正直かなり珍しい。
黒い染みを辿って歩いてきたら、気づけばこの建物の前だ。
外側だけ見れば、解体途中で放り出されたコンクリの箱。
けど中を覗けば、壊れかけの椅子や机が残ってて、妙に生活の痕跡が濃い。
ただの廃ビルって空気じゃない。誰かが、ついこのあいだまで“使ってた”空気だ。
床と壁には、例の黒い跡がべったりこびりついている。
その上からさらに爪で抉った傷と拳で殴り抜いたみたいな穴がいくつも走っている。
暴れた痕だ。しかも、人とグラニュート、両方の――。
『……』『グラニュートもいる……あたりだな――それで一応聞くが……どうする?』
視線の先m室内の中央。黒い染みに腰を沈めるみたいにして一体が座り込んでいる。
両腕はだらりと垂れたまま、顔はこちらの正面を向いている――“いるはず”なんだが。
『命を賭けてまで俺と戦うか、それともここで話し合うか……って聞いてるか?』
声を掛けてもそいつは微動だにしない。呼吸の気配も威圧も殺気も――何も返ってこない。
ただ、何もせずそこに“鎮座している”だけだ――まるで最初から壊れている人形みたいに。
『……』『疲れて寝てるのか?……おい』『……』『よく似たマネキンじゃ――……だる』
冗談半分に伸ばした指先が、額に触れた瞬間――感触ごと、全部が崩れた。
ぱらぱらと音がするほど細かい粒になって、黒い染みと一緒に床へと落ちていく。
肉も、服も、骨も、何もかもまとめて“塵”にされたみたいに、跡形も残らない。
前に見たやつよりよっぽど酷い。物質に“侵食”して”蝕む”とも違う。
もっと直接的な――落ち葉に微生物がやってる“分解”だな。
これがミューターの仕業なら、ミューターとグラニュートが争ってるって考えも――。
――CHOCO――
〔ヂュッ!?〕〘……〙『いんじゃねえかミューターの眷属……しかも前より強いか?』
視界の端、黒い染みの上から“それ”が立ち上がちあがったのが分かる。
さっき塵になった人間と同じ場所、その真上から、影だけがせり上がってくるみたいに。
人型――と言えば人型だが、腕が違う。
肘から先が、二つ折りのトンファーみたいな刃に変わっている。
黒く、薄く、骨と金属を混ぜたみたいな色で、刃の根元がぐずぐずと蠢いている。
―― SET CHOCO SET CHOCO ――
こっちを見ているのかどうかも分からない、顔のない“穴”みたいな頭。
そいつが一歩、きしむような足音を立てた瞬間――床が砕けた。
黒チョコをバスターのスロットに叩き込んでいつもの低い電子音が震えた瞬間だ――。
その瞬間に“刃”が飛んできて横一文字に薙がれる――が、反射で受けはした。
〔ヂュッ!~ヂュッヂュッ〕『こいつか他のゴチゾウやったの――こいつッ……!?』
衝撃が肩まで一気に抜けた感触――骨ごと軋む。足が半歩一歩勝手に下がる。
踏ん張る足元の床のアスファルトに、じわっとヒビが走る感覚が靴底から伝わってきた。
以前戦った眷属とは見た目が違う……素のスペックとはいえ俺が押し負けるくらいには力が――。
「ちょっと!?やばいならすぐに呼んでって?!」『別にやばかねぇ。』「つよがんないッ!」
壁が嫌な音を立てて崩れかけた時だった。耳の奥を削るみたいなの高音が一気に近づいてくる。
次の瞬間、入口の壁がまとめて吹き飛んだと思えば力任せに眷属の刃を横に弾き飛ばす。
その一瞬の隙に壁から身体を剥がして、息を吐き捨て――正直、助かった。
ブレイズの影が、俺と眷属の間にすっと割り込みチェーンソーの刃がさらに回転を上げる。
黒い染みと眷属の輪郭を真っ二つに切り裂くつもりで睨み据えている……ただ相手が悪い。
『バウエルの幹部以下……バイト以上、下手すらクラウンのプライマルと互角か――ダル。』
〔WAO‼WAOWAO!!!〕『変身〗〔WAO‼WAOWAO!!!〕
―― CHOCO LD PAKI PAKI ――
こいつに相手にチョコドンは火力不足、かといってガルムは出したくない。
そういう時にチョコルドは便利だな、他の形態は――だめだ。
ゴロゾウは役に立つが用途が広すぎて消耗したくない、ブシュエルは論外。
ロルアックスは消された、ノリスケとドーマルもだ。ダートチョコは産めん。
あとは……そうだ、あのゴチゾウならまあ丁度いい――やばっ。
〘……〙〔ヂュッ!?ヂュッヂュッ!〕〖分かってる……止まらない。〗
頭も胴も肩も、狙えるところはひと通り撃ち抜いた。なのに一度も“ひるむ”気配がない。
黒い外殻も装甲板も見えやしないのに、火力だけで通常の三倍は叩き込んでるはずだ。
丈夫さだけなら、とても“眷属”なんて枠で括りたくないタフさだな。
こいつの動きは単調ではあるが瞬発力が凄まじい……さっきはギリ反応できた。
動き自体は単調だが、踏み出しの瞬発力がえげつない……さっきの初撃も、本当に紙一重。
変身したおかげで、ようやく目で追える――が、“止める”ところまでは持っていけない。
それなのに、ブレイズのチェンソーには素直に吹っ飛ばされてた。
いや、“吹っ飛ばされた”というより――一瞬だけ、自分から距離を取ったか?
あの時、奴の腕の表面が、わずかに泡立つみたいに波打っていた。
黒い染みの端が、熱に当てられたカビみたいに、じりっと縮んでいた気がする。
奴らの力を菌に近い存在だと仮定して。菌糸は、乾燥と、何より“熱”に弱い。
……もしかして、ブレイズのアーツを本能的に嫌がってやがるのか。
試してみる価値はある。黒チョコが全力で嫌そうに鳴いてるが、知らん。
〖ブレイズッ、俺ごとこいつを加熱できるか?――てか火を出せッ!〗「えっ?」
〔ヂュッ?!ヂュ~!!!〕〖こいつらは……菌に似た力を使う!だから熱が苦手かも知らん!〗
「そ、そうなの?詳しいね……てか君、チョコ――ううん!分かったッ!」
足を撃ち抜かれりゃ、さすがのこいつも一瞬は体勢を崩す。
膝が落ちた瞬間、踏み込んで前のめりになった胴をそのまま“上”へすくい上げる――。
―― CHOCO ――
銃身から噴き上がったチョコの奔流が奴の身体を巻き上げ、そのまま天井へと叩きつける。
鈍い衝撃音と共に一度張り付かせてから逆流するチョコの重みごと地面へ叩き落とした。
身体は抑えた。身体に纏わりつくのはチョコに似た生体組織――火をつければよく燃える。
〖やれ、ブレイズ。〗〔ヂュ~~~?!〕「おっけ~……任せてッ!」
ん?チョコ=燃える――なら、チョコ=チョコルドフォーム――もえる?……か?
〖……ブレイズ、やっぱちょっとま――あッ!?づッ?!〗〘ッッッ?!?!〙〘ヂュゥゥゥッ?!〙
「よぉし!効いてる……けど、君にも効いてる?え、消火器持ってきた方がいい?」
燃えてるッ……燃えてるが――効いてるッ!このまま畳み掛け――あっ。
〔ヂュッ……〕〖……死んだな、こっからどうしたもんか。』〘ッッッ!!〙『ぶねッ……』
「はいはい!あとは任せて!熱は私の得意分野!高温気体力学はめちゃムズなんだから!」
敵は燃えている、黒い外殻の隙間からオレンジ色の炎がぼうっと噴き出していた。
それでも速度は落ちないむしろ火がついたぶんだけ動きが荒く、獣じみてきている。
刃のついた腕が地面を抉りながらブレイズに一直線に踏み込んだ――ギャリっと火花が散る
チェーンソーの刃と黒いトンファーじみた腕が真正面から噛み合っていた。
「うっわ、重っ……!でも――」『……この世界の住民はいいな。』
きしむ音を立てて押し込まれたチェーンソーがミリ単位で下がるがそれ以上は下がらない。
ブレイズのブーツの底がアスファルトにめり込み、ひびが蜘蛛の巣みたいに広がっていく。
「押し切らせないッ!」『素の馬力が呆れる程に違う――だる。』〘ッ……!〙
チェーンソーがさらに唸りを上げて巻き上がった熱気が奴の腕の表面をジリジリ焼いていく。
黒い“菌糸”みたいなものが泡立つみたいに弾け、焦げた臭いが鼻についた。
だが眷属は怯まない。反対側の腕が振り上がりブレイズの脇腹めがけて横から叩きつけ――。
られる前に引き金を絞る、狙いは刃のつけ根。
チョコの弾丸が横合いから食い込み、軌道を半歩分だけ逸らしてやる。
ゴン、と嫌な音はしたが、叩き込まれた刃はブレイズの布一枚を裂いただけで済んだ。
「ナイスッ!今度はこっちから!」『押せるならガンガン押せッ!』
踏み込みと同時に足元の空気がボンと弾ける――これはブレイズのアーツ。
熱せられた上昇気流が瞬間的な推力になって、ブレイズの体重をそのまま前へ乗せる。
チェーンソーの刃が火を噛んで火の粉を撒き散らしながら眷属の胴を押し返した。
眷属はたまらず後ろに滑る――はずだった。
床に広がった黒い染みを足場にぐにゃりと体勢を変えてすぐさま踏み込み直す。
〘ッッ……!〙『……流石に生身で倒せるほどやわじゃないって感じかもう一撃いる。』
炎に煽られた腕の刃が、今度は上から振り下ろされる。
一直線、速い。さっきまで“ギリで見える”だった速度が、炎のせいでさらに荒く跳ねている。
”来るぞ”と声にだした警告と同時に引き金を引く。狙いは足首――。
足場になっていた黒い染みごと撃ち抜くように、チョコの弾丸を叩き込んだ。
ばき、と嫌な感触。ヒビが走った床が抜け、片足だけがわずかに沈む。
それだけで落下のタイミングがずれて、刃はブレイズの肩口をかすめるだけで終わった。
「っつ……!でもまだ平気ッ!」『あいつの動き捕らえられてねえんだろッ!』「大丈夫!」
1人じゃ無理だ、なんか使えるゴチゾウ……斥侯部隊の癖で全部偵察に――いや。
『使いたくねえけど使い勝手が良い奴、アーミヤから貰ったこれで産めるか?』
胸ポケットの内側、他の菓子とは別に押し込んである小さめの包みに指先が触れる。
カサ、とやけに静かな音。乱暴に動いたせいで角が潰れて、リボンも皺だらけだ。
なのに包み紙だけはどことなく“ちゃんと結び直しました”みたいに整ってる気がする。
――あっ!ヴァレンさん!……その、子供達と一緒にお菓子を作りまして~……――
――良かったら食べてください、それとこれは……あの時のお礼もかねてますから――
うるせぇくらいハッキリ思い出す。
天災の光景より、こっちのほうがよく残ってるのもどうなんだ。
包みを破ると、ふわっと甘い匂いが戦場の焦げ臭さを押しのけてくる。
バターと砂糖と、小麦の匂い。それに――ほんの少しだけ、焦げた砂糖の苦み。
丸いの、星型の、形の崩れたの。
たぶんアーミヤの整ったやつと、ガキどもの雑なやつが一緒くたに詰まってる。
均一じゃないきつね色、ところどころ、指の跡みたいな凹み。
『……こんな状況で食うもんじゃねえな』
それでも一枚、指でつまんで口に放り込む。
サク、と歯が入る感触は悪くない。外は少し固めで、中は思ったよりほろっと崩れる。
甘さは控えめにしようとして失敗したみたいな、ところどころ砂糖の粒が舌にざらっと当たる。
アーミヤの真面目さと、子供の加減知らずが混ざった味だ。
噛むたびに、胸のあたりがやけにざわつく。
“ちゃんと食べてくれるかな”っていう遠慮がちで重たい甘さと、
“すごいの作ったから褒めろ!”って押しつけがましいくらい真っ直ぐな甘さ。
すべてが同時に押し寄せてくる。
どっちも、ゴチゾウにはありがたい。どっちも、俺にはちょっとくどい。
喉を通る瞬間、戦場の熱とクッキーの温度が一緒くたになって胃のあたりがじんわり熱くなる。
あの“お礼”って言葉の重さまで、まとめて胃に沈んでいく感じだ。
『……こういうのは、“ただ美味かった”で終わるべきなんだろうな――』〔ロッシュ〕
――COOKIE・THE・CHANGING!――
〔WAO……WAO……WAO WAO WAO!!!〕
〔〔〔〔〔〔シュパシュパシュパシュパ!〕〕〕〕〕〕
〔WAO……WAO……WAO WAO WAO!!!〕
〔〔〔〔〔〔シュパシュパシュパシュパ!〕〕〕〕〕〕
ブレイズのチェーンソーにまとわりついていた炎が、じわじわと細くなっていく。
熱が落ちた瞬間、奴の動きが一段階ギアを上げる。黒い腕があいつとの距離を一気に詰めた。
『ああッ……味も鳴き声もうっせえクッキーだ――変身〗
「あちゃー……炎が完全に消えちゃ――やばっ受けきれ……」〘――ッ?!〙
視界が一瞬だけ、砕けたクッキーの破片みたいにきらきら散って、すぐに戦場に戻る。
間合いはゼロ。振り下ろされる黒いトンファー刃の真正面――そこに俺の両腕が入った。
ガキン、と骨まで響く音。新しい装甲越しに伝わる衝撃が、背骨を一本ずつ叩いていく
――BEYOND BIO LOGY――
―― ROCHELLEGARD SAKU SAKU ――
――PHASE 2 VALEN――
足元のアスファルトが嫌な音を立てて沈み、ひびが輪を描くみたいに広がった。
刃の軌道は止まった。ブレイズの鼻先で、ぎりぎりのところで。
〖よぉ……悪ぃな、遅ぇかと思ったが〗「わっ……!君?!助かった……!」
押し込んでくる重量はさっきと変わらない。けど今は、押し返す手が二つある。
ブレイズの前から視線を外さず、刃を受け止めたまま、焼けた息を一つ吐き捨てる。
〖さあ、選手交代だ。〗
幸いパワーならロシュアガルドの方が上……盾でも十分防げるな、クッキーの装甲。
ブレイクッキーとプライマルクッキーは耐熱性能が高くロシュアガルドも例外じゃない。
ブレイズは空気が発火するほどの熱を操作できるが……多分、耐えられるはずだ。
〖ブレイズ、前の姿とあいつより熱に耐えられる加減せず炙り続けろ〗「え?耐えられる?」
〖”せいぜい”めちゃくちゃ熱いくらいの程度なら大したことはない〗「……ふ~ん?」
「じゃあ……ハチャメチャ暑いくらいで行っちゃお?」
嫌な言い回ししかしない女だな……と思った瞬間、空気が一段階、質を変えた。
肺に入る風が風じゃなくなる。吸った端から喉を焼こうとする熱がごっそり流れ込んでくる。
視界の端、ブレイズの周りの空気が、透明なままゆらゆらと歪みだした。
黒い眷属の外殻の上で、じり、じり、と目に見えない焦げ目が広がる。
〘――ッッ!!〙〖離れんなよ、まだ遊ぼうぜ?〗「女の子にはそんな言葉言っちゃだめだよ」
ロシュアガルドシールドを前に出した瞬間、表面を撫でた熱がじわりと染み込んでくる。
焼きたてクッキーそっくりの、その盾の縁が、ほんのわずかに色を変えた。
……溶けてはいない。むしろ、締まっていく。
肩、肘、腰まわり――ロシュアガルドの子供たちがシュパシュパと跳ねて位置を変える。
右肩が熱で抜けそうになった瞬間、二体が肩口に飛びつき、ぐっと重心を戻す。
〔〔〔シュパ、シュパシュパ!〕〕〕〔ロッシュ〕
膝が沈みかけると、今度は足首のあたりへぞろぞろと集まって、土台を固める。
熱で空気がもやもやと揺れ始めるほどに、逆に輪郭がくっきりしていく。
〖……あ?〗〘ッ……?!〙〖……なるほど、プライマルクッキーと性質は一緒か〗
握力を込めた瞬間、指先に伝わる“手応え”の質が変わる。
さっきまでは硬いゴムを握り潰してるみたいだったのが、今は乾ききった枝を握ってる感覚だ。
ボキ、と小さく折れる音。トンファーの基部から、嫌なひび割れが走った。
熱を帯びれば帯びるほど、装甲が締まって“てこ”としてのリーチと圧が増していく。
プライマルと同じ、“焼けば焼くほどスペックが上がる”タイプのクッキーってわけだ。
〘ッ……!〙〖片腕を捨てたか?戦うこと自体はやめないようだが、どうする?隊長?〗
「……他のオペレーター達はあいつのせい?」〖それは分からん〗
「とっ捕まえても喋る口はなさそうだし……放っておいても危険かな……うん、倒そう」〖了解〗
〖お前にも最後に聞いておく、この場から主人の元まで逃げる知性があんならそいつに伝えろ〗
――2度とこの世界に関わらないか――
――それともこの俺達に倒されるか――
〖まあ答えは聞いてないけどな……行くぞ〗〘……ッ!〙「火力上げるよッ!」
―― SNACK SECOND DECORATION ZAKUZAKU ――
―― CHOCO THIRD DECORATION PAKIPAKI ――
シールドの縁がぱきん、と割れて白くコーティングされたポテトチップスの刃が何枚も生える。
柄を握り込む指先に、ぶるぶると細かい振動が乗る。
伝わる振動は確かな手応えを刻み、盾に備わる白い刃が軌跡を描いて回転を加速させていく。
円はひとつ、ふたつと重なり、やがて鋭い回転の渦を作り出す。
その円が内から外へ、静かに、だが確かに膨張していく。
炎を巻き込み、円に纏わりつく――ブレイズのアーツか。
熱せられた空気が盾の周りで唸りを上げて、チョコのコーティングがじゅうと焦げる匂い。
〔〔〔〔〔〔シュパシュパシュパ!〕〕〕〕〕〕
ロシュアガルドの子供たちが、盾の裏側に集まって一斉に跳ねる。
その跳ねるリズムに合わせて、回転はさらに一段階ギアを上げた。
〘――ッ!!!〙
全く引き下がる気のない超前傾姿勢――。
残った片腕を振りかぶり、背骨ごと前に倒し姿勢で奴は地面を抉る勢いで踏み込んでくる。
床を蹴った瞬間、黒い輪郭がぐにゃりと伸びた。速度が一段階じゃきかないくらい跳ね上がる。
半俺は半歩だけ前に出て、右足をぐっと沈める。
腰を落として重心を下げ、上体をわずかに捻って左肩を後ろへ――。
次の瞬間、軸足に溜めていた反動を背骨ごと左肩へそこから指先まで一気にぶち込む。
盾の重みと回転が腕の外へ一気に駆け抜ける。
投げ放たれたシールドの白い刃が炎を噛み唸る火の輪になって一直線に突き進む。
突っ込んでくる黒い刃と炎をまとったクッキーの盾が真正面からぶつかり合った。
鼓膜を殴る衝撃音。突進の慣性と盾の回転が空中で噛み合い、火花と破片を撒き散らす。
空中で一瞬だけ力と力が拮抗し――すぐに均衡が崩れる。
――BEYOND THE STRIKE!!!――
―― RO - CHE - LLE - GA - RD - !!!――
〔ロッ――シュ……〕〖あぁ……だりぃ、あちいし――ふらつく……』「おっとと……」
火の輪が黒い刃を噛んだ瞬間、ミューターの眷属の身体がびくりと跳ねた。
トンファーじみた片腕の付け根から、ぱきぱきと乾いた音が連続して走る。
焼けたクッキーを割った時と同じ音――ただし中身は、黒い“菌糸”の束だ。
一緒に中身まで焼き切られたのか、筋がばらばらにほどけ糸くずのように潰れていく。
穴みたいな顔も最後まで何一つ表情らしいものを浮かべなかった。
ただ、火の輪の衝撃に合わせて、ほんの一瞬だけ穴の縁が――。
"驚きました"とでも言いたげに、わずかにひくりと震えただけだ。
胴と脚のつなぎ目に亀裂が走り、背骨ごと左右にねじり折られたみたいに真っ二つに割れた。
割れた断面からは血でも臓物でもなく、陽炎みたいに揺れる黒い霧と、焼け焦げた胞子の粉。
それらが空気に触れた途端、しゅう、と小さく音を立てて縮んでいく。
黒い外殻の破片も菌糸も骨の名残みたいな硬い部分でさえも火の粉と一緒に空中で砕けていく。
残ったのは、足元にうっすらと残る黒い染み――炙られすぎたフィルムみたいにふやけて。
パラパラと剥がれ落ちては、風に混ざって消えていく――つまり、倒した。
何なら
「大丈夫……?なんか、湯気出てるけど?」『……あぁ?まあ、多分な――てか、2人は?』
「あーまぁ、置いてきちゃったけどすぐ近くだと思うよ?」「……何があったんですか?」「ほら」
『……まあ、怪物退治?』「?……あ、待ってください、顔赤いですよね?熱ですか?」
『ちげぇ』「ちげぇじゃないです熱出てるじゃないですか……もうこんな時に。」
「シンドラー?……あんまさきさきいくな――って?何この跡地……何やったんすか。」
……こいつらも無事なのなんか妙だな、となるとあいつがここに現れたのは偶然――。
ゴチゾウが刈り取られてたのも無作為にやった感じな気もするな……それと、グラニュート。
チリとなって消えたがまるでここで馴染んでいたかのように服を着てたのが違和感だ。
『……雨、熱冷ましには丁度いいな。』「ちょっと!風邪ひくよ?――立てないの?」
『あれを使ったらしばらく歩けなくなる』「……不便だなぁ……ほら肩貸すから立って」
「とりあえず、場所見つけたんでそこで休憩しません?あと現地人もいたんです!」『……何?』
「現地人……ってことは、この住んでる人?」「はい、見回り担当って言ってたので多分他にも」
グラニュートじゃないといいな、現地人……この都市を再び動かした奴らの一員か?
――人喰いの都市アラストル:簡易キャンプ
「この先です!若干怪しかったけど、まあ敵意はなかったんで大丈夫かと……」『食人鬼かもな』
「変なこと言わないで下さい……口は災いの元、そうだったら真っ先に捨てて逃げますからね」
みえたのはテントに……発電機にPC?通信機まで置いてるぞ?……それと食いかけの石。
『……あいつただの見回りか?』「そうらしいです――やっぱ怪しいですかね?」『……種族は?』
「え?」『ループスかサルカズか?』「耳も角もないんで……」『尻尾は――メガネ、は?』
「……かけてますけど?」『茶髪か?』「ええ……」『……メガネで短い茶髪の若い男か?』
「そんなとこで話してどうしたのさ……ほらこっちに来な――よ?……君。」『……ダル。』
切れ長の目に丸眼鏡をかけた短い茶髪の青年……が、それは人間の姿……こいつの本質は――。
『……まあ、何だ?座って話でも聞こうか』「……そうだね?そうした方が有意義だ。」
折りたたみ椅子に腰を落とした瞬間、ロシュアガルドの余韻なのか視界が一瞬だけ揺れた。
正面、簡易テーブルを挟んだ向こう側に“現地人”――ニエルブが座る。
丸眼鏡の奥の目だけが、相変わらずいやに冷静だ。
石を齧った跡が残った皿と、まだ温いマグカップ。
どこからどう見ても、ただの見回り係の休憩風景――中身を知ってなきゃ、の話だが。
「やぁ、久しぶり……いや、《世界》ぶり、って言った方が正確かな」
さらっととんでもねぇ単語を混ぜてくるあたり、相変わらず空気は読まないらしい。
オスカーとシンドラーが一瞬だけ顔を見合わせて、すぐ”聞かなかった事”にして視線を逸らす。
『その事情、こっちで口に出すな。説明がだるい』「了解。配慮はしよう。……一応、ね」
配慮って言葉を口にするやつほど配慮しない――昔から変わらないな、こいつ。
テーブルの上、ノートPCの画面が雨の光を反射している。
背後のラックには、整然と積まれた機材と、見慣れないマークが貼られたコンテナ。
「えっと、知り合い?」『まぁ、取引したり……隙あらば俺がこいつの眼鏡と命を叩き折ろうとしたり』
「だいたい敵って事ね?」『手短で分かりやすくいうならそうだ。』
ニエルブが肩をすくめて笑う。
その笑い方が、服を着たグラニュートの輪郭を一瞬だけ透かして見せる。
ここがロドスのブリーフィングルームなら、とっくに拘束案件だ。
けど、今は“人喰いの都市”のど真ん中で、“現地勢力”のキャンプの椅子を借りてる立場。
下手に銃口を向ければ、誰がどこから撃ち返してくるかも分からない。
『……とりあえず、話せる範囲の事から聞かせろ。この都市の事と――』
「僕が、ここで何をしているか。でしょ?」
こいつのほうが一枚上手みたいな言い回しが、いちいち癇に障る。
『ああ。お前があくまで“こっち側”にいるって話なら……なおさら、だな』
「いいよ。どうせ君には、のうち全部バレる……だったら、順番だけは僕に選ばせてほしい」
雨音が、一段と強くなる。テントの布が小さく震えて、水滴の線が視界の端を流れ落ちていく。
オスカーとシンドラーは少し離れた場所で、ブレイズは俺のすぐ横で腕を組んで立ったまま。
誰も何も言わない――けど、誰一人として、この場から目を逸らさない。
椅子の背にもたれかけて、湿った空気を一つ吸い込む。
『……好きなとこから話せ。どうせロクでもねぇだろうしな』
「そんなに身構えなくていいのに。……じゃあ、そうだな」
ニエルブはマグカップを一度だけ傾けて、冷めかけた液体を喉に流し込んだ。
その仕草だけ見れば、本当にどこにでもいる研究職の兄ちゃんだ。
「まずは――“アラストル”がどうやってここまで“人を喰うようになったか”から、話そうか」
テントの中に、何とも言えない、重くて薄い空気が降りてくる。
嫌な予感しかしないが――それでも、耳を塞ぐ理由もない。
俺たちはそれぞれの椅子と立ち位置を固定したまま、ニエルブの次の言葉を待つ。
記録④「ロドスは楽しい場所か?」
場所:デッキ・夜間巡回時
記録担当:警備オペレーター(報告書より転記)
「夜風、少し冷たいですね。見回り、お疲れさまです、ヴァレンさん」
『巡回くらいならゴチゾウにやらせてもいいが、たまには、自分の足で見て回るのも悪くない』
「ロドスでの生活には、少しは慣れましたか?」
『不便はしてない。研究も任務も、やることは多い――退屈しない程度には、楽しい』
「それは安心しました。“仮拠点”だとしても、あなたが過ごす時間の一部ですから。できれば、少しでも居心地のいい場所でありたいんです」
『居心地が悪い場所は守る気にならない。これだけ人がいて菓子があれば、ゴチゾウも増える……壊されるには惜しい場所だとは思う』
「“惜しい”なんて言い方をするんですね」
『褒め言葉だ。俺が“守る”って決めるかどうかは、その程度のもんだ』
「それで十分です。あなたがそう言ってくれるなら、ロドスは、守られる価値がある場所だと信じられますから」
『……大げさだな、CEO』
「大げさでも構いませんよ。私はそういう言葉に何度も助けられてきたので」
人事メモ:
ヴァレンは「世界」や「人類」といった大きな単位には距離を置くが、
ロドスという具体的な共同体については、
すでに“守る側”に立つ意思を見せている。
CEOはその一言を過大評価しないまでも、大切に受け取っている様子だった。