場所:医療部診察室
記録担当:医療部オペレーター
「……検査値は、どこからどう見ても“きれいすぎる”な。君、本当に源石に長期間曝露されたことはないのか?」
『こっちの世界に来てからは、だいぶ浴びてるはずだが。少なくとも、自覚症状はない』
「自覚症状が出た時点で、それは“手遅れに近い”という意味だ。君の体質は、理論上あり得ない数値を叩き出している」
「つまり?」
「簡単に言えば――”今の医学が、君を説明できていない”ということだ。医者としては、不愉快だな」
『率直でいいな、あんた』
「褒め言葉として受け取っておく。ともかく、再検査は定期的に行う。“自覚がないから大丈夫”という言葉は、二度と私の前で使うな」
『了解。じゃあ、“あんたが大丈夫って言うまで大丈夫じゃない”ってことにしておく』
「……そう言えるなら、多少はマシだ」
医療メモ:
初回から互いに遠慮のない物言いだが、敵対的な空気はなし。
ヴァレンは医師の判断を優先する姿勢を見せており、
ケルシー医師もまた、彼を”協力的な患者”として最低限は信頼している様子。
――人喰い都市アラストル:中層部
ニエルブに連れて来られたのは、大抵は天災が起きた時に避難する都市の中層。
そしてすぐに視界に入ってくるのは……グラニュートと人間が肩を並べて物事に勤しむ姿。
異質だな……ストマック社が菓子屋をやっていた世界と比べるのはあれだが――共存。
今ここに似合う言葉がそれだろう……まあ、本来ならこういう姿であるべきなんだ。
グラニュートは異形の姿だが、知性も振る舞いも社会も人間のそれとは大きく違わないらしい。
違うのはちょっと力強くて石を食うことくらい、石を主食に生きられる生物なだけなんだ。
パウエルさえ、闇菓子さえなければ、ストマック社がただの菓子屋でいたのなら――翔馬は。
「さて、ここが僕の部屋だけど……気になるならこの場所を回ってもいいよ?
『通信の妨害はトロカントを都市を近寄らせないようにする為、事実だな?』「そうだよ」
この都市は元々天災の際に捨てられた感染者区画……と聞いているが、実際は知らん。
都市を丸ごと盗んだのかも知らんし、
ただこの都市は遭難したグラニュートの住処でもあり、感染者の拠り所でもある。
此処がなくなればグラニュートはともかく、感染者の拠り所は無くなるだろうな。
グラニュートだけが追い出されて感染者の隔離区域に戻るだけかもしれないが……どの道。
この都市はもう他の都市と連結できるような機能は残ってない。
どれくらい掛かったのか知らんが……もう独立した都市として機能し始めている。
「もう後がないって状況になれば人間もグラニュートも何も気にせず手を取り合う……例え」
――心のどこかで自分達とは違う異形の化け物だと思っても――
――頭の片隅で美味しいお菓子に使われるスパイスでもある理解しても――
「君も面白いと思わない?酸賀さんの坊や」『そんなに面白いがることか?』「思わない?」
『後がないから手を取り合うんじゃない後がなくても手を取り合える、それが人間だ』「へぇ?」
『ただグラニュートも同じだったってだけだろ、何も特別じゃない。"当たり前"のことだ』
さて、ここに来れたのはいいが正直すぐに帰れそうにもない……あと、ロドスのオペレーター。
失踪した奴の大半は自分の意思でここに残ってる、感情を味わなくても……わかる。
感染者としての人生で何も気にされず対等に接してくれる、ここはそんな場所だ。
グラニュートも最初はすぐに受け入れられず、それでも自分達が何者なのかしっかりと示した。
そんな場所を保ち続けたのがもし、隣にいるちょっと
『ブレイズ、2人を連れてここにいるオペレーター達に話を聞いてくれ、他の事情も知りたい』
「うん、いいけど……君はどうするの?」『ニエルブと話をする、多分大丈夫だ』「……たぶん」
「わかった、何があったら大きな声で叫ぶんだよ?」『聞こえるのは
人生で何度目の2人きり、普段なら交渉やニエルブのお遊びに付き合う時間だが今日は違う。
今日だけは俺からこいつと話をすると決めた、本当に今日だけだ……2度とない。
『ニエルブ、お前いつからここにいる?』「さあ、数えるのは辞めたからわからないよ」
『どうやってここにきた?俺は一応呼ばれたって感じらしい』「へぇ?呼ばれた?誰に?」『世界に』
最初は大事そうで実際はどうでもいい会話を交わす、正直今こんな話はしなくてもいい。
でも知的好奇心を満たす為か、それとも自分の世界を知っている存在に会えた安堵からか。
お互い何も気にせずくだらない話ができる、そりゃそうだな……お互いここじゃ立場が違う。
「ねえ酸賀さんの坊や、今も君と僕は敵なのかな?」『お前は元々俺の敵か?』「……ううん」
「君で知的好奇心を
「君は普通に僕の敵だっけ?」『そうとも言えるしら今は違うとも言える』「つまり?」
『敵じゃないが好きあらばお前の眼鏡を叩き割りたい暴君』「君たまに知性無いよね。」
人喰い都市アラストルの正体――行き場のない感染者とグラニュートが押し込まれた。
半ば捨てられた独立都市ってところだ。そこに迷い込んだ人間はまず例外なく人プレスに。
中層に押し込められて、“都市の仲間候補”として寝かされる。
そこで頷くかどうかが分かれ目だ――首を縦に振らない奴は、そのまま人プレスのまま保管。
首を縦に振った奴は、起こされてアラストルの改造と維持管理に駆り出される。
字面だけ追えばただの外道の所業。
この都市に住んでる連中を守る、って目的だけ見れば悪くないやり方でもある。
まともな治療も受けられず、症状だけが悪化していく感染者なんていくらでもいる世界だ。
そういう奴らが、何も感じないまま“邪魔にならない場所”で延命だけは続けられる。
そう聞けば、まあ……完全な地獄よりは幾分かマシな部類だろうな。
『……お前、源石についての知識は?』「この世界における万能エネルギーってだけ知ってる」
『都市を動かすのに必要な源石はどう賄ってる?』「そこは今後の課題ってとこかな?」
都市自体はただ生活するには問題ないが肝心な源石の加工が上手くいかずに下手に動かせない。
これは取引になるな、他に困ってることと言えば恐らくミューターの存在だろう。
「そうそう……"ミューター"最近この場所が見つかったみたいでさ?定期的に襲撃されるんだよね」
『どっから来るんだ?』「わからない、あっちは自由に世界を行き来できるらしいし……まあ」
「ちょっとした妨害電波を出して位置情報は撹乱してるけどね」『……本命はそれか?』「そう」
さっき俺が遭遇したミューターは、どうやら一瞬だけ止まった妨害電波が原因で現れたらしい。
止めた理由は地上で使えそうな物資を漁ってた見回り組と連絡を取るため――理解はできる。
俺が見た限り、そいつらはきれいさっぱり全滅してたがな――整理すると、今の状況はこうだ。
妨害電波を止めれば外との連絡は取れる。
その代わり位置を掴んだミューターにここを踏み荒らされるリスクが跳ね上がる。
この都市は、行き場のない感染者とグラニュートの拠り所であって、敵対勢力の根城じゃない。
ロドスとしては行方不明になったオペレーターを連れ帰るのが任務だ。
だが同時に、感染者やそいつを支えてる連中を見捨てたくないやつもいるだろう。
ロドスのオペレーターって肩書きを背負ってるなら、そうありたいと考えるやつが多いはずだ。
トロカントの事情は一旦脇に置いていい。あっちの都合まで構ってたら身が持たない。
今、この場で俺たちに現実的にできることを絞るなら――ミューターへの対処、それだけだ。
「この世界に迷い込むまでに色々あってね……その過程でミューターとは完全に敵対した」『そうか』
「正直どうしようかと思ったよ。逃げた先がこんな世界で?帰る当てもない……それで考えた」
――この世界にも、人プレスを集めるバイトが送り込まれている――
――けれど、そんな連中から人々を守る仮面ライダーはここにはいない――
「でも、もしかしたら別の世界で、一足先に奴らのが側近に重傷を負わせた君がこの世界に来る」
そう仮定して、こいつは何の証拠もないまま――。
人喰い都市アラストルなんてものを立ち上げた……根拠ゼロの賭けで。
いつかここを見た俺が、“ニエルブに協力してやる理由”を十分見つけるだろうと踏んで。
「場合によっては君は何も考えず僕の頭を撃つだろうからね、出会い方には慎重だった」
「今回はクッキーの副作用で体幹が欠けてるみたいだから良かったものの――」『疲れてるな』
「……」『無駄口が多い、どれくらいここにいた?』「大体……半年かな?それも隠居生活」
「追っ手から身を隠して細々と暮らす生活はすぐに飽きたし、それに僕はグラニュート」
食べかけの石をポケットから出して齧り始めた、サッシの入った美味い奴だ。
「人間と食卓を囲むときは何度か会ったけどどうにも人間の食事は顎には柔らかすぎてね」
『そうか長いな。俺はまだ1ヶ月とちょっとだ、来たばかりはサルカズの傭兵団に拾われた』
「……なんか君っぽいね」『そうか、俺にも石くれ』「食べかけでいいなら」
サッシの入った美味い石、欠けてるが程良い歯応えで心地良くコリコリと音が鳴る。
ただ味に関しちゃかなり苦い……いや、苦いんじゃない極端に味が薄い。
出会ったばかりの酸賀みたいな味だ、何かかけてるようで何を満たされない奴の味。
「会いたくなかったよ、本当の君は命を狙ってくる敵だからね」『そうか』
「でも会いたかったよ、この世界は退屈で何をやっても満たされない」『どっちだよ』
「でも君が来た、確かにここに居る。もう隠れるのは終わりなんだよ、酸賀さんの坊や」
『ああ?』「正直君は産んだゴチゾウで身体スペックが上振れることは殆どない。」
「その反面副作用ありきの特殊な能力が敵を撃破してきたけど、それにも限界がある……」
『それで、何が言いたい』「僕なら君に――いや、君を最強の仮面ライダーにしてやれる」
ニエルブの部屋のガラス越しに見えるのは、変な装置とよーく見覚えのある機械。
ヴラスタムギア、ラキアや辛木田、ついでに白狼も持ってるベルトだ……つまり。
俺がこいつを使って変身すれば最強になれるって言いたいのかこいつ。
「今の力に不満を持ったことは?何度でも使えて安定した力を引き出せるシステム欲しいとか」
『だが拡張性に欠ける――が、ストロングプリンのようなゴチゾウがまた出来たのか?』
「ううん、サンプルが足りなくてね、でもきっと僕なら作ることができる……どう?」
――独自の方法でゴチゾウを生成する技術を確立した僕の頭脳――
――今までにない様々な力を持つゴチゾウを生み出しその力に順応する君の身体――
「最高の頭脳と最高の戦闘力が組めば、最強だと思わ――」『わりぃ頭脳の方は間に合ってる』
『生憎俺は酸賀に作られた
「……え?」『ただ堅実な思考のせいで
「……そ。」『それと……お前にならこいつを任せられると思ってる』「……あれ、それは――」
俺専用に作られた"ヴァレンバスター"にはBEYOND-VITALISと呼ばれる機能がついている。
特定のゴチゾウはこれによって限界を引き出され副作用と引き換えに俺自身を強くしてくれる。
それぞれフェーズ2からフェーズ3の筋力・体幹・基礎体力を強化する形態はすでに発見してる。
フェーズ5まであるらしいが理想としてはフェーズ4まで行けば十分と酸賀は言っていた。
『俺にはまだこいつを弄ったり修理したりする施設がない、だがお前は持ち合わせてる』
「……へぇ、僕にこれを預ける気なんだ?」『
「「修理する部分は?」『銃身だけで良い、出来ればこいつについてるセーフティも外してくれ』
「引き金の?」『出力の制限、内部プログラム部分のシステムに関わる』「……ふふ、良いよ」
「君、随分僕のこと侮ってるみたいだしこの機会に教えてあげるよ?僕の凄さを」『程々にしろ』
――人喰い都市アラストル:中層部【食堂エリア】
行く場所のない奴らの集まりにしては結構贅沢な食事が多い気がするな……まあ鶏肉。
鶏肉ステーキに……トマトジュースとかじゃがバター、高いがきのこのムニエルもあるな。
支払いは金じゃなくて……なるほど、従業員はグラニュートだから石とかで換算されるのか。
働ける奴が働いて、食事のチケットを何枚かもらう――そうして周りの奴に配って取引は成立。
グラニュートは働く代わりに住民が片付けたコンクリとか瓦礫を主食を貰ってんのか。
「……お兄ちゃんだれ?」『あ?……あー、ロドスの兄ちゃんだ眼鏡かけた怪しい奴の友達の。』
「ふーん……感染者?」『いいや、まだ違うな。ここの飯美味いか?』「……ちょっと?」
この都市ではまだ解決してない問題は沢山あるようでその一つは感染者に配る薬の不足。
感染者には手厚い方の都市だが医療機関は基本的なものしか整ってない。
無論清潔には保たれている、余程の感染症じゃない限りは備えも整ってるらしい。
ただ鉱石病だけは症状を抑えることはできても完治は出来ない。
先の短い感染者を人プレスにして保管する、この世界じゃある意味人道的で――唯一の延命。
『ほら飯食いに行きな、俺はここでぼーっとしたいんだ』「……傭兵のお兄ちゃんみたい。」
傭兵……そういえば治安維持は傭兵に任せてるんだったか、どこにそんな金があるんだか。
『……飯食う気分じゃないな、ブレイズ達を探そう。確かあっちの医療エリアだっけか。』
――人喰い都市アラストル:中層部【貿易エリア】
「なあシンドラー、ブレイズさん置いて行って本当によかった?」「うん、良い。」
「……お酒飲むの、止めないでよかった?」「止めても効かない、肝臓壊れて死んでいい。」
シンドラーって結構医療オペレーターにあるまじき言葉を発するんだよな。
まあ気持ちは分かるけど、そこは唾をのんで我慢するところとか全然容赦ない……。
とりあえず甘いもの食べさせて機嫌取らないとな……てかここ。
「……外からの連絡を断ってるにしては普通に日用品とか売ってるんだな」「……花もある」
「あ、じゃあ俺が勝手に似合う花買おうかな」「……子供じゃない」「でも好きじゃん?」
まず花を買って……それから適当に散歩してからご飯奢ろう、それでいつもは機嫌が――。
「お兄さん、花は好きかい?」「……え?まあ。」「この後食事に行くならそこで花を見せな」
指さした先には丼もの系のお店……そうだな、ドカ食いさせて機嫌取るのもいいか。
「ありがとうございます、これチップです」「おっと、まいどあり。」「じゃいこ?」
「……よーし、これで後3人捕まえりゃあ十分だろ……へへ、儲けた儲けた」〖掟は絶対〗
――人喰い都市アラストル:貿易エリア【もりもり丼盛り屋】
『いらっしゃ――おっと?その花は……お兄さんたちぃカップルかい~』「ああ~……」
「違う?」「なんで疑問形なの。」「えっと、まあ嫌がってる通り違うんで……」
「嫌って言ってないんだけど。」「じゃあ、そうです……」「なんでカップルにするの」
『違うのかい?カップルなら割引あるよ?』「……じゃあカップルです。」
案内された席についてメニュー表をみると結構豊富な種類がるように見えて親子丼しかない。
いや十分ではあるけど、チーズ親子丼とかネギだく親子丼とかトッピングくらいしかないな。
でも美味しそうだからいいや……あ、シンドラーとメニュー被んないようにしないと。
「じゃあ……チーズ親子丼と――」「ねぎ。」「ネギだくください。」『あいよ』
この店に来る道中にも思ったけど、想像以上に移動都市として機能し過ぎている気がする。
天災の中捨てられた移動都市にしてはインフラ設備は整って商店街まである。
ここで働くオペレーターも随分とやりがいを感じてるみたいで当分は帰ってこなさそうだった。
ある意味じゃここは第二のロドスともいえるのかもしれない――だけど。
どうしてもグラニュートっていう存在には慣れない、種族によって外見が異なること。
それについては別に違和感を感じてない、ただどうみても俺の知っている存在とは異質だ。
ループスの中にはまんま狼を二足歩行したような人は普通にいる、いるけど……。
『へい、お待ち。』「早、ありがとうございます――慣れないな、やっぱ。」
目の前に置かれた丼から、もわっと湯気が立ちのぼる。
チーズ親子丼――名前だけ聞いた時は正直”重そうだな”って思ったけど、実物はわりと綺麗だ。
白いご飯の上にとろとろの卵。その上から溶けかけたチーズが薄く膜みたいに広がっている。
端っこのほうは熱に負けて少し焦げてて、こんがりとした色がちらほら顔を出していた。
箸を入れると、表面のチーズが糸を引いて、卵の層と一緒にゆっくり持ち上がる。
割ったところから、鶏肉が覗いた。しっかり火は通ってる。
箸を入れただけでほろっと崩れるくらいには柔らかい。
油の照りと、出汁の染みたつやつやした表面がやけに食欲をそそる。
鼻を近づけると、まず玉子と出汁の甘い匂い。
その奥に、チーズが溶けた時の、ちょっとだけしょっぱい脂っぽさがふわっと混ざってくる。
卵とチーズと鶏肉とご飯を、なるべく一口に収まるようにまとめて箸でつまむ。
少し欲張りすぎたかなと思いつつ、そのまま口に放り込んだ。
最初にくるのは、熱い――。
舌の上で卵がとろりと広がって、すぐにチーズがその上から重なる。
出汁の甘さとチーズの塩気が一拍遅れて絡んで、口の中が一瞬だけ何味だこれ?って混乱する。
その直後、鶏肉の弾力が”噛め”と主張してくる。
ぷつん、と繊維が切れる感触と、中からじゅわっと出てくる肉汁。
出汁とチーズに負けないくらいしっかり味がついていて、噛むほどに全部が混ざっていく。
「……あ、うめぇ」「……一口頂戴。」「じゃあ俺もそっち……」「だめ。」「ええ……」
思わず声に出てしまう程には美味い――重たいかなと思ったチーズも意外としつこくない。
卵と出汁ががっつり受け止めてくれてるおかげで濃いのに、ぐいぐい箸が進むタイプだ。
ご飯は固すぎず、やわらかすぎず、ちょうどいい炊き加減。
卵とチーズの層をくぐった時点で、もう白米じゃなくて”ソースを吸った何か”に変わってる。
今度は、端のほうでちょっと焦げたチーズを混ぜてみる。
香ばしさが一段階増して、さっきよりも味がくっきりした。
口の中がじんわり熱くて、でも嫌な脂っぽさは残らない。
胃のほうが”ああ、これは確実に太るやつだ”と文句を言い始めてる気もするけど、もう遅い。
「……うん。ここに住みつくオペレーターが出るのも、ちょっと分かるな」「……うん、」
小さくそう呟いて、またチーズの糸を切るみたいに箸を入れた。
だめだ、箸がとまらない……そういえば朝から急ぎで何も食べてなかった。
『いやぁ……お客さん、随分と幸せに食うもんだぁ』「はふ、ふぁいふぉんとに……幸せ――」
「……あっ、箸落としちゃった――あれ、オスカー?……オス――」『あっ!しまッ――』
――人喰い都市アラストル:中層部【貿易エリア】
今日もそうだが掟を破る奴が随分と増えてきた、ニエルブの企み……いや、まさかミューター?
粛清を任されたからには仕事はするが……ミューターに目をつけられることもごめんだな――。
「ッ……!ヴァレンさんどこッ?!」『まてッ!この――何て逃げ足だ……!?』
横に引くタイプの扉を身体でぶち破って出てきたのは……昨日捕まえたロドスの人間か?
何て偶然だ……顔を合わせる際ないがこんなところに来るなんてな――俺を追ってか?
いや、絆斗がそうすることは考えずらいとなれば……ロドスが他のオペレーターを連れ戻しに。
俺が気にすることじゃないな……今は掟を破ったグラニュートの処刑だ。
『クソッ!待ちやがれ――』〖……バセット、グラニュートは人間を襲わない〗『お、お前は!』
―― JELLY OVER ――
〖俺達の前で誓った掟とお前がやり直したいと願ったあの時の言葉を俺は忘れてない……残念だ〗
―― CUP LADY ――
―― INVISIBLE JELLY! ――
『な、何だよッ……余所者の1人や2人いなくなって何が悪いんだよッ!?俺たち……どうぞ――』
―― VLAM SLASH ――
一思いに首を狙ったが、苦しまずに殺せてやったようで良かった……良い奴、だったんだけどな。
―― JELLY OVER ――
〖……そうそう上手くいかないな、闇菓子に囚われたグラニュートの更生は――ん?〗
あの人間、人プレスを置いて行ってるな……ここで解放――いや、話をややこしくしたくない。
そうだ……もしかしたら、あいつがいるかも知れない。
――人喰い都市アラストル: 食堂エリア【成人席】
「ん〜……ぷはぁ〜生き返るぅ……昨日は呑めてなかったから助かったぁ〜♡」『……ダル』
この猫完全に気を抜いて酒を飲み始めた……何でも今日は美人にサービスだとか。
あの短時間でかなり呑んでやがる……ジョッキ何杯だ?5杯か……?何杯呑む気だよこいつ。
てか……金あんのかこいつ、ここ現金支払いじゃないはずだろ――ニエルブに頭を下げるか?
「んー……?あ〜君かぁ?呑むー?」『……2人は?』「えー?あー……どっか行った!」
絶対に面倒くさいから置いてったなあいつら……こうしてほっとくわけにもいかんが――。
「んー?……何?私なんかついてる?」『酒臭え匂いはついてるな』「えぇ〜ひどいーやさしくして」
この泥酔女をどうするか、今日は使い物にならんぞ……これがエリートオペレーターか?
別に呑むなって言いたい訳じゃないがタイミングは考えて欲しいところだ……本当にだりぃ。
『……まあ、捜索任務で
『ブレイズ、別に疲れて休みたいんだったそれは気にせず言えば良い、一応俺達は部隊だからな』
「あー違う違う!これは私がただ呑みたくて呑んでるだけでそんなに心配することじゃないよ」
『ああ?』「……うさぎちゃんから聞いてた通り本当は優しいんだね、君のことずっと褒めてたよ」
呑みてえから呑むってそれはそれで馬鹿うぜぇな……まあ無理はしてないことはわかった。
「……ここにいるグラニュートって人達?君の……仲間ってか同族なんだよね?」『まあな』
『まあ同族って感覚はそんなに無い、何より俺はハーフで石も食えるが見た目が人間と過ぎる』
「家族は?」『一応俺は拾い子――いや……血の繋がった
「そうなんだ、私は……あー……」『酔ってんだから考えて話すな、適当に喋っとけ』
2人を探しに行きたい所だが、酔っ払いとは言え無防備な女1人を置いていくのも癪だ。
せめてニエルブの宿まで送ってからじゃないと安心できん……いや、それでも出来んが。
「……グラニュート、ハンターってさ。何?」『いきなりぶっ込んできたな、まあ名前通りだ』
グラニュートハンター、名の通り人間の世界に現れたグラニュートを始末する存在。
詳しく言うなら闇菓子を欲して人間を攫うグラニュートを倒すことが仕事だが……まあ、なんだ。
昔は全部のグラニュートをぶっ倒すって気概でいたが今となってはそんな考えも改めた。
遅すぎたがグラニュートにも人間のような社会があって、家族もいる……人間と同じなんだ。
『ただの化け物じゃない、本当は話せるんだ――話せるんだが、全部が全部それで済む訳じゃない』
「……闇菓子って、食べた事ある?」『んなだりぃもん食った事ねぇよ。』「いや、なんかさ」
「美味しいお菓子の為になんでそこまで出来るだろうって」『まあ……気持ちは分からなくもない』
『
「……」『人間が幸せなままお菓子を作れば俺はそのお菓子に乗った幸せな感情を味として食える』
分け合ったら更に上手くなるが量は減る、なら沢山の人間を守って幸せな奴を増やせば良い。
そうして減っても困らないだけの菓子があればどれだけ分け合っても沢山美味しく食べられる。
『そういやポケットを叩いたらビスケットが増えるなんて歌があったな、あの歌は好きだった。』
へらへら笑ってたブレイズが、ふとグラスを両手で包んで黙る。
「ねぇ、君はさ。」『なんだ』「君さ――感染者のこと、どう思ってる?」
『……急だな。アーミヤにでも聞けよ、あいつの方が綺麗な答え返すぞ』
「うん、うさぎちゃんの答えはもう知ってる。だから“君の”を聞きにきたんだよ」
ジョッキの縁を指でちょんちょん叩きながら、ブレイズは続ける。
「ここに来る前もさ、うさぎちゃんすっごい嬉しそうに君のこと話してたんだよ?」
――たくさんの感染者を救ってくれた外部戦力の方です――
『……あいつ、いつまで引きずってんだ』「いいなぁ、可愛いうさぎちゃんにぴょこぴよこされて」
ああ、目に浮かぶな。耳ぴょこぴょこさせて、やたらと大げさに褒めてくる姿が。
……あの時の任務は、別に俺がやりたくてやった訳じゃない。
『俺のやったことは単純だ、邪魔なぶっ飛ばし続けた。誰かを助けた覚えはない』「ふーん……」
「じゃあさ、"感染者だから”って理由で、助けない事はある?」『ねぇな』
即答した俺に、ブレイズの目がぱちりと瞬いた。
「……早いね」『人間かどうかもそこまで重要じゃねぇよ。グラニュートだろうが感染者だろうが』
『救えるなら関係なく救う。必要なら理由を問わず叩きのめす。それだけだ』「……」
『鉱石病に罹ってようが角が生えてようが石を喰ってようが……案外どいつも変わんねえからな』
「うさぎちゃんが言ってたのと、ちょっとだけ違う」『あいつ、何て言ってたっけ』
「“とても優しい方です”って。……でも今の聞いた感じだと」
ブレイズは自分の胸を指先でとん、と軽く叩く――俺の目を見てブレイズはふにゃっと笑った。
「“とても、フェアな人”って感じかな」『ふぇあ?』「うん、色々含めてフェアってこと」
『んだそれ……』「……もしさ。もし、いつか君とロドスが“別の正しさ”を選ぶ時が来たとして」
「……絶対こっちの敵になるって、今のところあんまり思ってないんだよね」『楽観的』「でもね」
ジョッキをくいっと傾けて、残っていた酒を飲み干す。
喉を鳴らして飲み切ると、ブレイズは空になったジョッキをテーブルに置いた。
「今日、一緒に戦って、話して。君が何を基準に動いてるかは、なんとなく分かったつもり」
『そうか』「"仕事"だからじゃなくて、“誰が困ってるか”で動くタイプでしょ、君」『……違う』
ブレイズは肘をついて、少しだけ身を乗り出した。酒と焦げた飯の匂いが入り交じる距離。
「目の前で助けを揉める存在が誰であってもその時、君がそっちを助けるって言うなら――」
真っ直ぐな目をして、あっさりと言い切る。
「私は、多分それを全力で援護するよ」『……酔いすぎだろ、飯食ってさっさと立て』
「えぇー?あといっぱぃー!」『……ダル。』「あっ!?それ私のじょ――っ、き?」
テーブルの端に寄せられてたジョッキを、そのまま掴んで一気にあおぐ。
鼻先から、むわっと酒と炭の匂いが一緒くたになって押し寄せてきた。
さっきまで飯の香りと油の匂いでそこそこ機嫌良かった舌が一瞬で警戒モードに切り替わる。
口に流し込んだ瞬間、まずくるのはアルコールの刺すような苦みだけだ。
甘さも旨みも、俺の“舌”が拾いたがる気配がほとんどない。
喉を焼く熱と、胃に落ちていく鈍い重さだけが、やけに主張してくる。
喉を鳴らして飲み干して、底を確認するみたいにジョッキを軽く揺らす。
空っぽになったガラス越しに、まだ酒の匂いだけがねっとり残っていやがる。
『よくこんなもん何杯もいけるな、お前。どこが美味いんだこれ。』
「ひどッ!?今すっごい失礼な顔してたよ君!」
『事実だ、感情の乗ってない液体なんざ、石のほうがまだマシだ。』
「えぇ~?私の“楽しい気持ち”いっぱい混ざってるはずなんだけどなぁ?」
『その割に味は安酒だ、はい解散。次飯食え――食わないきゃ俺が全部食う』「だめっ!!」
多分追加注文はねえから……これ全部食えば出られるな、残すのは勿体ない。
『てか飲むだけじゃなくて結構飲むんだな……』「ヴァレンさんッ!?どこに――」
〖……違うぞシンドラー、ブレイズが食いきれない量を頼みやがったんだ〗「ちがうっ!」
『あぁ~で、どうしたんだシンドラー、オスカーとはぐれたのか?』「消えました」
『「……」』『それは……どんな状況で消えたんだ?』「2人で親子丼食べてました」
「箸落しちゃってちょっとかがんでオスカーを呼んだら、変事がなくて隣見たら消えてました」
『他には何を見たんだ……?』「お腹のくちから変な触手をだす化け物……」『……だる。』
――人喰い都市アラストル:中層部【貿易エリア】
『そのグラニュートはあの飯屋か?扉ぶっ壊れてんな……』「はい、あと
「ちょっとぉ~……まってぇ――ヴぇッ……」『なんであの状態でくんだよ……』「無視です無視」
ニエルブにカチコミを掛けるか迷ったが多分あいつの仕業じゃない、となればグラニュート。
つまり闇菓子を忘れられない奴の仕業と見て良いはずだ。
更生を条件に都市に迎え入れた奴が何体かいると聞いてる――さてどうするか。
人プレスさえ返して貰えばこっちとしては今の所文句はつけない、あくまでここは都市の中。
下手に混乱を招くような真似は出来かねるからな……まあ、話合いの余地がないからその時は。
『血が流れてるな、オスカーのか?いや人プレスになってるならそれは……シンドラーのか?』
「派手な動きはちょっとしましたけど、怪我は多分してないと……じゃあ、他に誰かがここで――」
―― JELLY OVER ――
〖お前たちが探してるのはこいつか?〗『……ヴラム?お前ラキア――いや違う、お前は誰だ』
〖名乗るほどのもんじゃない、強いて言うなら……かつてのお前と同じ通りすがりの傭兵だ』
『……クヴァレ?お前、この都市に流れ着いたのか?』『傭兵団を辞めた後からな、ほら』
聞いてた特徴じゃ見た目は犬っぽいのグラニュート……こいつとはかけ離れた見た目だな。
人プレスを返してくれたってのは有り難いが、そのグラニュートはこいつが始末したのか?
『……この通りは人通りが少ないが、立ち話もなんだ?店の中で話そう』「ゥッ?!ヴェェェッ――」
『……ところで後ろのやつ大丈夫か?』『あぁ……まあ、ほっとけ……シンドラー頼む』「……えっ」
――人喰い都市アラストル:貿易エリア【もりもり丼盛り屋(閉店)】
クヴァレはこの都市で掟を破った人間とグラニュートの始末を役割を担っているらしい。
人間は盗みや殺人を含めた刑罰、グラニュートに関しても同様で特に闇菓子に関すること。
人攫い・闇菓子研究・他グラニュートを巻き込むこと……今回は人攫いで肝心の罰は粛清。
『ニエルブにここは怪しいと言ってたは居たんだけどな……今になって尻尾を出しやがった』
『クヴァレ、俺の事はもう良いのか?』『……ああ、そん時はまた声をかける』『そうか』
『野暮な質問かもしれないがどうしてここに?』『仕事だ、オペレーターを連れ帰りに来た』
その当たりは本人達ともニエルブを交えた話が必要になってくるがそれは別に後でも良い。
『今気になるのはグラニュートによる人攫い、この世界じゃあちこちで起きてるだろ?』
『それについては今ニエルブも調べてる――が、今話してもいいのか?そいつら事情は――』
『俺の
ニエルブが抱えている問題の一つで闇菓子がまだ欲しいグラニュートが何体かいるらしい。
ニエルブは元々闇菓子の元凶である元ストマック社の一員、現にバウエルの幹部でもある。
それを考えれば怪しいっちゃ怪しいんだが、今闇菓子作りに手を出してないのは事実?……事実。
闇菓子の製造方法はニエルブが秘匿していて簡単に作る事は出来ないはず。
人が攫うグラニュートが知ってる事といえば人間が闇菓子のスパイスであると言うこと……。
あくまで
専用の設備なり他の材料も必要になる筈だ、まるで当てがあるかのように密かに貯蔵をしてる。
闇バイトの頃の癖か?それとも別世界のストマック社がこの世界に来ていて唆されているのか?
真相はわからないしニエルブに至ってはこの問題が昨日時点で解決したものと思ってるらしい。
『この都市以外でもそうだが、グラニュートが人プレスを集めてる理由はわからない』
『共通の目的は闇菓子である事は確かだ、グラニュートがこの都市から外に行くことは?』
『そんな奴はあまり居ないな、居たとして大体は俺が粛清してる』『グラニュートの数は?』
この都市にいる人間は大体数百人程度、グラニュートは数十体くらいだとか。
『昔と比べれば頭数は随分と減った、闇菓子から逃れられない奴が多くてな……今日も2体だ』
『俺が仕留めてきたグラニュートはどこかに納品する当てがあるみたいに人プレスを保管してた』
元の世界じゃバイトのグラニュートは2種類、
この都市には手遅れな患者の人プレスが何百人分もある……嫌な予想だが、恐らく――。
『グラニュートの中に内通者がいると考えた事は?』『ないとは言わない』『"ミューター"は?』
『……知らないとはいえないが、この都市の中には居ないと思ってる、最近は外から襲撃を――』
[警報デス、天災ノ予兆ガ確認サレマシタ住人ハ、スミヤカニ避難シテクダサイ]
『……またか、ここ最近多いな――"突発性天災"』「……えっ?待ってください、"また"って?」
『ここ最近かなりの頻度で起きてるんだ、昨日なんて俺の外出先でも発生してな……』
『……かなりってどれくらいだ』『週に3回、良くて1回で済むときもあるが――』
『異常だな、ここら辺はそういう場所なのか?』『ニエルブが言うにはだが……』
……”ありえん”と一言が出そうになった、言葉を出すならまずは観測データを見てからだ。
まさかケルシーに渡された源石の論文で得た知識が役に立ちそうだなんてな。
直近でもし同じ天災が起きたとして、それでも偶然かもしれない……。
だが天災には基本的に予兆がある、ロドスはそれに気付けるはずなんだ……なのにだ。
ロドスが予知できなかった天災が2日連続、この都市では何度も起きてる。
『……尚更ロドスと連絡を取る必要があるな、悪いがニエルブの元に向かう』『……?』
『シンドラー、ブレイズの介護をクヴァレは悪いが見ててやってくれ』『お、おい……!』
”突発性天災”……もし、もしだ――今回も隕石が降るようならそれは偶然じゃない。
絶対に何かが糸を引いてるはずだ、俺の勘はそう言ってる――が、俺は専門家じゃない。
「待ってください、ロドスと連絡を取りに行くんですか?」『……お前ブレイズは?』
「オスカーをたたき起こして面倒を見させてます」『……酔っ払いの介護嫌なだけだろ。』
「……ヴァレンさん、この後どうするつもりなんですか?」『聞いてどうする?』
「……化け物に襲われてオスカーは危うく死にかけました、今は天災まで迫ってます。」
『分かってる、今はロドスと通信をとってこの天災の――』「……何をしたいんですか?」
「ヴァレンのやりたいこと、やるなとは言いません、でも本当に今やることですか?」
あまりにも図星だ。喉の奥まで出かかってた言葉を、無理やり押し戻される感覚がした。
帰る――ロドスと連絡を取って、天災が過ぎ次第撤収。今はそれが“正しい”選択だ。
けど“今じゃなきゃ間に合わないかもしれないって声も同じくらいしつこく耳元で騒いでる。
天災の頻度、ミューターの影、グラニュートの人攫い、ニエルブー―この都市の住民。
どれもこれも、”あとでもいい”って顔をしてない。
『……そうだな』「今だから言いますけど、私も監視役です。ケルシー先生に頼まれました」
ブレイズだけじゃ足りねぇと思って、もう一枚札を切ってきたか、ケルシー。
だったら尚更、こいつの言ってることは正しい。
監視役から見れば、今の俺は“任務から逸れかけてる外部戦力”だ。
「でも本当は来たくありませんでした、今日でロドスを辞めるつもりだったので」『そうか。』
「でもまあ、仕事ですから言いますけど。天災が過ぎたらすぐに帰りましょう」
それが、“ロドスの医療オペレーター”としての正しさだ。
シンドラーの視界から見えてる“守るべきもの”を考えれば、百点満点の答えだ。
だからこそ、厄介だ。間違ってるのは、俺の方。分かってる……分かってるが――。
『天災が過ぎたら一回はロドスと話すが……全てはある程度情報がまとまってから話す』
そこで“はいそうですか”って頷かれるほど、生き方が器用なら楽なんだが。
『俺は"まだここに残る必要がある"って思ってる、だからお前とブレイズはどうにか説得する』
シンドラーの眉が、わずかに寄った。あまりにも身勝手に聞こえただろう、素直に認める。
『お前の言ってることが正しいのは分かってる。ここに長居するのは、リスクも負担もデカい』
「だったら……」『でも今じゃなきゃ間に合わないかもしれないモンが、ここには多すぎるんだ』
『だからせめて帰るかどうか決めるのは、天災が過ぎて、全部を見てからにさせてくれ』
「……貴方のそのやりたいことに私達が邪魔でもあるから言ってるのでもあるんですけどね」
とりあえず話はニエルブの所についてからだな、ニエルブに対しても説得をしないと――。
「……あ、ロドスのお兄ちゃん。」『……ああ、お前か避難しないのか?』「……したいけど」
「お母さん、動けないから手伝ってくれる人探してた」『まじか……じゃあ俺がいく、シンドラー』
「……はぁ、わかりました。その子は知り合いですか?」『多分感染者の子供だ、詳しくは知らん』
――人喰い都市アラストル:中層部【居住エリア】
「ここ」『ああ、所で母ちゃんはなんで歩けないんだ?』「感染者だから」『つまり重症か』
多分ほぼ石で作られた家、外観はしっかりとしていて人が住むには十分に見える。
中についても見た所暮らしに必要なものは揃ってるように見えるが……質素だな。
「……」『……シンドラー、どう見える?』「子供の前であれですが深刻に見えます」
『そうか、薬はあるよな』「ありますがこの状態では殆ど意味がありませんし……昏睡しています」
昏睡状態、表面には源石結晶がかなり露出してる、こんなギリギリまでほっとくか。
『……待て、母ちゃんいつから寝てる?』「……前から」『前からずっとか?』「うん」
『……誰かに伝えたか?母ちゃん起きないって』「ううん、お母さんが伝えないでって」
「伝えたら、離れ離れになっちゃってそばにいられないから、言っちゃダメって」『……なあ』
『1人でずっと母ちゃん見てたのか?』「ずっと一緒って約束したから」『そうか、偉いな』
一旦シンドラーを連れて外に出る、重傷で昏睡状態にある感染者基本的に……回復はない――が。
完全な方法がないとも言い難いのがこの状況の嫌な所だな……さて。
「……嫌な予感がします」『お前ってケルシーから出されたんだろ、俺のことどこまで聞いてる?』
「……体質と貴方が出した論文とあと、症状を後退させる実験でしたっけ?あれはまだ研究中――」
『実験は成功した』「……え?」『実際に症状の後退は確認して恐らく副作用も大してない』
全てケルシーから聞いた情報じゃない、ばら撒いたゴチゾウから聞き出したものつまり盗聴だ。
まあ俺に対する扱い方を見ればすぐにわかることだが……とにかくだ、実績はある。
『ただ効果を出すには俺の血清だけじゃ足りん、その抑制剤も必要なんだ』「……だとしてもです」
「それが本当であるなら使う対象は選ぶべきじゃないんですか、それにあの状態から助かるなんて――」
『じゃあこれはどうだ?俺が妥協する、ロドスとは一旦帰れる方向で話進める』「……」
『この件も一刻を争う患者の延命措置として俺がやった事にすればいい』「……なんでそこまで?」
「私はともかく貴方に関しては関係ないですよね、なのになんでそこまで干渉するんですか?」
関係ない、その言い方は確かに正しい。あの親子と俺の間に血の繋がりも借金も取引もない。
こっちから見れば、名前も知らない感染者とガキだ。
通りすがりの傭兵として振る舞うなら、今のまま放っておいても何の問題もない。
『あぁ……いちいち考えねえって、親と子が不幸で食う菓子は美味くねえんだよ。』「……菓子?」
『俺の力の源は菓子と人の幸福な感情、あの親子が幸せになれば俺の為になる……これでいいか?』
「それなら――もう良いです、喋るの疲れました。どうぞ好きにしてください」『ああ、悪い』
血清は念の為に持っていたのが一本、
『出てこいポチャゾウ』〔ぽちゃぁ!ぽーちゃぽちゃー!〕『この液体をこいつの口に入れろ』
水羊羹を食べて生まれたミズヨカーンゴチゾウ、大体の個体は静かでお淑やかだが……。
〔ポッチャ……ポッチャッ!〕『こいつだけなんか五月蝿えんだよな……まあいいか。』
突然変異で馬鹿みてえに生きの良い個体が産まれたもんだからつい精鋭部隊に採用しちまった。
ポチャゾウはぽちゃぽちゃしてる通り大体の液体を操ることができる。
こうして意識のない奴に薬を流し込んだり、出血をしばらく止めて止血したり――。
「何してるの『ああ?母ちゃん治療してんだ、上手くいったら寝返りくらいは打つかもな』
「これ、なに?」『ゴチゾウ、俺の眷属だ――おっ?』「……っ」『効いてるな』
表面に浮き出た源石が身体の中に沈み始めた反応は思ったより早いな……成功か。
一命は取り留めたとして昏睡状態から回復するとは限らないことを踏まえれば――ロドス。
ロドスと連携してこの都市に必要な設備を整えさせる必要があるのがだるいな……。
「……お母さん、起きるかな」〔ザクザク〕『どうだろうな、でも母ちゃん起きたらいい事あるぞ』
「いいこと?」『ああ、美味い菓子が食えるぞ』「……?」『母ちゃん好きか?』「ん。」
『お菓子は分け合えばもっと美味くなるし。それが大好きな人とならさらに美味くなる』
「お菓子好きなの?」『……お菓子の美味い食い方を知ってるだけであって好きとは言ってない』
言い切ったら子供がちょっとだけ口の端を上げた。笑ったのか、笑いかけたのかは分からん。
『……そういや、お前名前は?』「ん~……ループスの少女」『種族は聞いてねえよ……』
シンドラーが中に入ってくる気配がない。
家の奥で母親の呼吸がわずかに整ったのを確認してから外に出る。
玄関の影、雨除けにもならない位置でシンドラーが座り込んでいた。
具合が悪そうな顔じゃない。熱もない。息も乱れてない。
ただ、表情だけがやけに硬い。噛み潰したい言葉でも飲み込んでるみたいな不機嫌さだ。
「……効果あったんですか」『多分な、これで俺は親子で無謀な賭けをした悪い奴だ』「……え?」
『ほら、お前はまだ研究中っていってただろ?だから強行した悪い奴がここにいる』
「……なんですか、それ」『そういうことにしとけば、まあ。説明しやすいだろ?』
眉が僅かに動く――納得というより呆れに近い反応だ。
「そうですね、強行した悪い奴らで簡単に説明できますね。」『……”奴ら”、か』
『子供に無責任なことも言うしな』「それは私言ってないです。」『んだお前……』『お~いお前ら~!』
なんか飛んできたと思えば……蝙蝠のグラニュート、いつものなら反射的に撃つところだが。
『お前たちってロドスのオペレーターって奴?俺ニエルブっちに住民の避難を任されてんだ』
『そうか、ならこの家の奴らは任せていいんだな』『OKOK~中は何人?』『2人だ』
「……親の方は薬を投与したばかりなので様子を見てから避難をお願いします、では」
『いいのか?医療オペレーターが傍についてなくて』「お人好しじゃないので」
こういう人気のない場所にもニエルブは気配りができるらしいな。
ニエルブと話して時間があればまたここに――また何か来た。
『この都市残ったロドスのオペレーター?呼んでねえよな』「……ああ、彼らは知ってますね」
「確か感染者を適切に取り扱う専門チームとして働いてるとか、感染者の避難も担当してて――」
『……感染者の避難に担当がいるのか?』「はい、ニエルブが安全のために割り振った……と。」
じゃああのニエルブに言われてきたって言うグラニュートはなんだ?……いや。
わざわざ担当チームがあるのに、グラニュート一体を寄越してくるなんて変な気もするな。
「シンドラーさん!……と、貴方が……ヴァレンさんですかね?」『通りすがりの外部戦力だ』
「……もしかして用があるのは後ろの家ですか?」「はい!ループスの親子が――」
『お前らは親子の感染者を安全な場所まで移動させようとしてる。』「……はい?」
『さっきグラニュートが飛んできてたんだがお前らの仲間でいいのか?』「……?」
「いえ、ニエルブさんには感染者についてはこっちに全面的に判断をまかされてるので……」
『蝙蝠みてえなやつに見覚えは?』「……ググナさんですかね?でもその人は確か――」
「もう何日も前から”行方不明”になったって聞いてますけど……」『……ちょっと待ってろ』
「……あっ、私も」『待て、お前はここに居ろ――俺が見てくる』「……分かりました」
踵を返して扉の前に立つ、耳を澄まして聞こえるのは1人分の息遣い。
扉を開けて視界に入ったのはグラニュートの背、子供と奥にあるベットの上に人は見えない。
『……ああ、あんたか?どうした?』『人プレスに変えたんだな』『まあ、仕方ない』
『避難警告も出て沢山の人を避難させるならこれが手っ取り早いからなぁ……』
『確かに合理的なやり方だ、一応感染者だからな何があるか分からない』『……』
『”ググナ”。すぐ近くにこの地域を担当してるロドスの人間がいる、だからそれを――』
『あ~分かった、じゃあ受け取ってくれ。繊細な物だから手渡しだほら。』『……ああ』
『1人で来てくれてよかったよ、おかげで納品ノルマに一歩近づけた――ッ?!』
受け取るふりをして伸ばした左腕を逆にがしっと掴まれた。
そしてググナのガヴ、つまり腹の口からから“赤いもの”が噴き出した。
血じゃない。細長く――脈打ちながらうねる触手だ、闇バイトの特徴。
普通の人間なら、この一本に巻かれた時点で終わりだ。
薄いプラスチック板みたいに、ぎゅうっと圧縮されて……人プレスの出来上がり。
だが、あいにく俺は“普通の人間”じゃない――だから1人できた。
――SNACK THAAD WEAPON ZAKUZAKU――
巻きついてきた触手の感触を無視して、右手のヴァレンバスターを逆手に握り直す。
銃身から生えた刃がぶちん、と嫌な手応えと共に触手切り離す。
腰を切って一歩踏み込み、ググナの胸元めがけて銃身ごと叩きつけ――と考えていた。
あいつの方が一手早かったらしい、膝下から床をえぐるみたいな踏み込み。
刃を振り下ろす前に、視界いっぱいにググナの胸板が迫ってきた。
『てめえ、グラニュートハンターかッ!!!』『こいつ素早いな……』
タックルーーそう認識した時にはもう遅い。肺の中の空気が一気に押し出される。
足を踏ん張ろうとした瞬間ブーツの裏が床を滑った、地面の感触が一瞬で遠のく。
背中から硬いものに叩きつけられる。鈍い衝撃音と共に、木とがきしむ嫌な音――扉か。
そのままドアごと外へ弾き飛ばされた、視界が白く跳ねて次に見えたのは遠い暗いの天井。
受け身だけはかろうじて取れたが、転がった勢いで右手から重みが消える。
乾いた音が路地にこだました――ヴァレンバスターが手から離れて石畳の上を転がっていく。
『……ダル、昔は死んでも手放さないようにしてたんだけどな』『ニエルブっちも酷いなぁ』
『俺を探すどころか。グラニュートハンターを都市の中に迎え入れるなんてさ……はぁ』
「ヴァレンさんッ!」『シンドラー下がってろッ!こいつは敵だ。』
『ニエルブっちはさぁ……元々
『あぁ?』『こんな闇菓子のスパイス集めに適した場所を作っておきながら人間を攫うのはご法度?』
『冗談じゃないぜ、ストマック社は潰えた……バウエルの闇菓子は質の悪いものばかり』
『……』『だから俺は決めたのさッ!俺が本当の闇菓子を取り戻すッ!』
『その為にグラニュートハンターもニエルブっちも首を縦に振らないグラニュートも――』
――すべて俺達が片付けて”人喰い都市アラストル”を手に入れる――
『まずはグラニュートハンターお前から――』『お前に3つ礼を言いたい』
――1つ、ここのグラニュートにも闇菓子を拒む存在がいるのが分かった――
――2つ、あのニエルブが真面目に都市の秩序を守っていたのを理解した――
――3つ、お前にも理由があると思って戦う判断が鈍っていた―ー
『だがそれはさっきお前の発言全てで完全に無くなった』『……は?』
『後言う事があるとすれば――』〔ぷるぅん〕『その汚い口を閉じろ』
―― VRASTUM GEAR ――
―― CUP ON ――
ラキアと会った時からずっとこいつを使ってみたかった。
ヴァレンバスターも悪くないが、だってあのやわらけえプリンのゴチゾウだぜ?
プリンを飲み物だとしか感じられない俺とは一生縁のないゴチゾウ。
ラキアだけじゃない、辛木田や白狼、何なら翔馬まで使ってる。
だったら俺も使いてえだろ、今だけはヴァレンじゃない――ヴラムに。
『……変身〗
―― PUDDING ――
―― VLAM SYSTEM ――
〖返してもらうぞ、親子の命とその未来を〗
記録⑥「血清試験後:許容できない“成功”」
場所:検査室
記録担当:医療部オペレーター(抜粋)
(試験的にヴァレンの血清+既存抑制剤を用いた投与を行った症例の結果報告後)
「……一週間で、源石融合率が“4%低下”。誤差ではない。装置の不具合もなし。これは、結果として“受け入れるしかない”数値だ」
『成功、でいいんだろ?』
「医療的には“成功”だ。だが、倫理的には“最悪に近い”。」
『どういう意味だ?』
「君の血液が、“それだけの価値を持ってしまった”という意味だ。世界中の感染者を相手取っても足りない量だな」
『必要なら、好きなだけ抜けばいい』
「それを平然と言う患者が、一番タチが悪い。私は、“その選択を当たり前の前提”にされたくはない」
『じゃあ、どうする?』
「簡単だ。“君一人を削れば世界が救える”――そう言い出す愚か者が現れたら、私がまずそれを否定する。その上で、君には“必要な分だけ”協力してもらう」
『線引きは、あんたが決めるのか』
「医者の仕事だ。君の命を、患者全員の命と天秤にかける権利を、私は誰にも認めない」
『……面倒な医者だな』
「生憎な。君のような患者を、“面倒くさがって見捨てる”ほど私は暇ではない」
医療メモ:
ケルシー医師は結果に対して明らかに動揺していたが、
それを攻撃性ではなく”線引きの宣言”という形で処理している。
ヴァレンも強く反発する様子はなく、
自身の身体を“資源”扱いされないよう制限されることを、むしろ受け入れているように見えた。