場所:医務室ベッドサイド
記録担当:看護オペレーター
(高負荷作戦後、複数箇所の骨折および内出血あり/命に別状なし)
「“限界は理解している”と言っていたな、君は」
『ああ。今回は、想定内の範囲だ』
「どこがだ。骨折が8箇所、内出血多数。ゴチゾウがいなければ、搬送が間に合わなかったかもしれない」
『誰も死んでない。みんな無事だ。作戦は成功した。なら、必要な損耗だった』
「“みんな無事”という表現の中に、なぜ自分を含めない?」
(数秒の沈黙)
『……癖だ。自分は“数”に入れない方が、計算が楽になる』
「楽になるのは、君の頭だけだ。私たち医療部にとっては、患者が一人増えたという現実しか残らない」
『手間をかける』
「謝罪で済む問題なら、こんな口調にはなっていない。――よく聞け、ヴァレン。君の自己犠牲は、“美徳”ではない。戦術的選択の一種に過ぎない。だからこそ、私の許可なく“命を賭けた手”を切るな」
『……“医者の許可”がいるのか、命を賭けるのに』
「ここはロドスだ。君一人の身体ではなく、“ロドスの戦力”としての身体でもある。その管理権限の一部は、間違いなく私にある」
『そういう理屈で縛られるのは、嫌いじゃない』
「なら、従え。次に同じことをすれば――しばらく戦線から外す」
『それは困るな』
「私を困らせたお返しだ。双方、これで帳消しとしよう」
医療メモ:
ケルシー医師は厳しい物言いだが、
実際には「戦線離脱」という最終手段をちらつかせることで、
ヴァレンの無茶を抑える“首輪”を作ろうとしているようにも見える。
ヴァレンもそれを理解しているのか、反発よりも“納得”に近い反応を示していた。
グラニュートとは言えラキアのように指先から触手を出すことは出来ない。
白狼が持っているヴラムギアは自律しているが俺のはそんな機能はついていない。
強いて言うなら動体視力の強化、柔軟で有りながら熱や衝撃で硬質化する生体組織。
デメリットなしのスペック向上に特化したシステム――十分だ、むしろこれが欲しかった。
〖あとは空が飛べればってのは……贅沢か〗〔プル。〕『ッ――俺だって命は惜しいッ』
羽音が遠ざかる……飛んで逃げたか、闇菓子が抜けたグラニュートは冷静だな。
しかも狙わせない飛び方をしている。止まらない。一定の軌道も描かない。
建物の骨組みと看板の影、電柱のワイヤ、崩れた外壁、都市の残骸を目隠しに。
ひたすら横に、斜めに、急に上に……そんなに命が惜しいか、残念だったな。
―― SET ――
〖悪いが逃しはしない。〗
引き金を引いた瞬間、黄色い光が膨らんで目の前に矢が生まれる。一本や2本でもない。
群れのように数え切れない矢が一斉に形を取って、空間が埋まる。
ヴァレンバスターよりも見栄えの良いゴチゾウの力で無数の矢を生成し、一斉掃射する技。
ご丁寧に飛んでる敵にも精密とは言わないが大雑把に追尾もしてくれるらしい、使いやすいな。
ググナの軌道を読んでいるように広がって、奴が逃げるほど更に矢の壁が厚くなる。
ググナが急上昇する。鉄鋼だけ組まれたビルの陰に潜ろうとした――そこで一瞬、羽が止まる。
―― VLAM SHOOTING ――
避けるために身体を捻ったその中心を矢が抜いた、複数の衝撃が重なって羽ばたきが乱れる。
羽に穴が開くと思ったが直撃した部位は主に胴体であくまで地面に下ろしただけ……十分か。
〖格下と雑に強い相手には十分な性能だ……さて、どうせ他にも仲間がいるんだろ〗『バレた?』
『ググナが弱らせたら不意打ちしようと思ったけど、君強いね?』〖正面からじゃ戦えないか?〗
『殺し合いなのに馬鹿真面目に正面から戦っちゃ命がいくつあっても足らないでしょ?』
初めてみるタイプだな……昆虫型のグラニュート、一見腕っぷしは強そうだ。
『まあでも、君程度なら僕1人でも倒せそうだけどね?』〖挑発に乗るタイプに見えるか?〗
シンドラー達はまだ遠くまで逃げられていないし、ググナが持ち去った人プレスも心残りだ。
〔ちょうちょう!チョワッ!〕〖そうだな、お前達は人プレスを追え……俺はコイツを抑える〗
『あの子達は良いのかい?俺の仲間に捕まるかもよ?』〖そのあたりはニエルブを信じる〗
それにこっちは1人じゃない、ブレイズとクヴァレも――ブレイズは泥酔してたな……。
――人喰い都市アラストル:貿易エリア
オスカーの足取りは軽い。軽いというより、緊張を誤魔化している音だ。
俺はそれより一歩後ろで、頭上と影と、建物の縁を順に撫でるように見回していた。
ついでに酒に溺れた女と妙にでかい荷物をを抱えて運んでやっている。
その時だ、上から何かが落ちてくる音……空気を裂くが音が途切れて鈍い衝撃が地面に。
少し遅れて、砂埃がふわりと舞う。
「なんかこっちに降って来ましたよね……あっ、グラニュートさんが寝てる」『……ググナ?』
『くっそぉ……ニエルブっちのやつ、寄りによってグラニュートハンターにベルトを渡すなんて。』
こいつは外回りの際にミューターの襲撃で行方不明になったグラニュート。
死んだものだと思っていた……生存しているなら奇跡だが今ここに落ちてきた理由が分からない。
撃ち落とされた――そう見える。俺が膝をついて顔を覗き込むとググナの瞼がぴくりと動いた。
死体の反応じゃない。生きてる……生きているが、演技の匂いがする。
『く、クヴァレっち!よう!久しぶり!こんなところで会えるなんて奇遇だな!』
次の瞬間、ググナは妙に元気な声を上げて上体を起こした……痛みで顔を歪めるでもなく。
咳き込むでもなく、まるでさっきまで寝てたのは冗談だとでも言うように笑う。
『今までどこに行ってた?』『あーそれはまぁ……込み入った事情があってさ。』
「えっと……ググナさん、ですよね?大丈夫ですか?怪我――」『触るな。』
俺が短く言うと、オスカーはピタッと止まった。素直で助かる。
ググナはこちらの反応を測るように笑う、軽口のまま場を滑らせたいのが透けて見える。
行方不明だったグラニュートが、今になって、怪我をして落ちてくる。
久しぶりの再会で真っ先に出る言葉が説明じゃなく軽口――嫌な予感が皮膚の下を這っていた。
『……なあ、クヴァレっち。また"失ったものを取り戻せるチャンス"があるって言ったらさ――』
『クヴァレっちは、今の暮らしを捨てられるか?』『お前……何を――』「また何か来ますッ!」
反射で視線が跳ねた。耳が先に拾ったのは、乾いた羽音だ。風を切る、虫の飛翔音。
遠いのに、やけに輪郭がはっきりしている……黒点が二つ。いや――飛んでるが。
“飛んでる”というより、必死に滑空してる。もう一つは、その腹側にしがみついている影だ。
『このッ――離してくれないかなッ!?』〖ここまで来て逃す訳ねえだろッ……〗
しがみ付いてるやつのあのシルエット。腰のあたりの不自然な厚み。黄色い身体――ヴラム。
飛んでる方のグラニュートはコーサス、腹の節がやけに大きい。翼の振幅が荒い。
こっちに向かっているというより、引きずられて落ちてきている。
―― VLAM SLASH ――
甲虫の左右の翅が、途中で不自然に折れる。羽根がちぎれ、空中で紙屑みたいに舞った。
次いで、羽音が一気に崩れる。飛翔のリズムが壊れた甲虫が、空気を掴めなくなる。
翼を切断したんだ……落ち方が酷い――最初は水平にそれが急に縦になる。
頭が下を向き、腹が空に向く。しがみついていた“ヴラム”が、なおも離れない。
片腕で甲殻の縁を掴み、もう片腕で体勢を押さえ込んでいる。
コーサスの口元が歪むのが見えた――苛立ちだ。自分の得意である空を奪われた怒り。
そうして気づいた時には墜落の軌跡が、俺たちの頭上へ一直線に伸びてくる。
喉が勝手に叫びそうになったが、オスカーが先に身を引いた。俺も半歩、重心を後ろへ。
ググナは相変わらず笑いの残る顔のまま、目だけが警戒に細くなる。
次の瞬間――地面が割れる衝撃音。土と瓦礫が跳ね上がり、砂煙が壁みたいに広がる。
目を凝らした視界には砂煙の向こうで膝をついたヴラムが、コーサスを押さえつけている。
あのベルトを作れるのは、ニエルブの奴しかいない……となると――変身者は絆斗か。
砂煙が少しだけ薄くなって、改めて下の奴の顔が見えた――コーサス。
あいつは今、最下層の担当だったはずだ。こんな場所で何をしてる?……いや、それよりも。
〖暴れんなッ――あ?クヴァレとオスカー?……ここで何してんだ〗「……え?ヴァレン!?」
〖今は"ヴラム"だ〗「呼び方はどうでも良いって!何でグラニュートと戦ってるんだよ!?」
『お前達にはまとめて話を聞く必要があるようだな』〔ぷるるん……〕『まあ、待ちなよッ!』
〖おわッ……!こいつ〗『ふぅ……ググナとそれにクヴァレ、3体なら
『……何?』『君さ?僕たちよりも前にミューターの元で働いてたらしいね?』
『だけどヘマして姿を眩ませた、惜しがってたよ君みたいな有能な人材が消えた事をね?』
俺がこの世界に来た元々の目的は、失った物を取り戻す代わりに酸賀絆斗を始末すること。
俺自身の目的は、自分の妹が病に喰われて痩せていくのを見ているだけで何一つ――。
何も出来なかった自分を……薬も金も言葉も、祈りすら届かない。
あの夜、ただ震えて立ち尽くした“無力な俺”をただ否定するためだった。
だからミューターの元に身を置いた。取り戻す代わりに、殺しを命じられて何も。
何も迷わなかった――酸賀絆斗を始末する。それが条件で、それが俺の目的だった。
『だからさ、君にはチャンスがあるんだよ……何を失ったかは知らないけどね、また手に入る』
『そうだ……そうだクヴァレっち俺たちと行こうぜ!もう
「……んん。ちょっと嫌な状況になってない?」「……やばいどころじゃないです。」
だが、実際に刃を向けた瞬間に分かった。あいつは誰かを見捨てる強さなんて持ってない。
ただ他人事に敏感で、自分が傷つくのを承知でそれでも誰かを助けようとする。
何をやってもどうせ助からない――そんな言い訳をあいつは一切言わなかった。
その善性がその姿が、俺の中に残っていた“言い訳”を全部焼いてしまった。
失ったもののために戦う自分を証明する?……それは結局一人を犠牲にして逃げるだけだ。
それと向きあった瞬間、怖くなって手が止まった……また何も出来なかった。
俺はミューターの元へ帰らなかった。
命令も、契約も、あの頃の居場所も捨てて……傭兵団を抜け出した――情けないな。
『……俺は、確かにミューターの元で働いていたでも、今は――』『だから?』
『とっくに君は人プレスを山ほど納品してミューターに貢献していたじゃないか?』
『……』『なのに今更改心したって言うわけかい?』〖……クヴァレ―ー〗『絆斗』
『事実なんだ、俺は取り返しのつかない愚かな事をした……だから、俺は――』
〖クヴァレは確かに愚かなことをした、それでも過ちから引き返した……お前らはどうだ?〗
『はっ……過ち?引き返すような過ちが何処にある?むしろ感謝してもらいたいねぇ……』
――
『それを僕達が回収して
〖そうか、救いようがないな――クヴァレ、お前はどうする?〗『……俺は。』
〖何かを取り戻したくて、もう会えない人に会いたくて……そのためならなんだってできる〗
『……』〖クヴァレ、それが間違ってるって俺は思いたくない――だから選ぶべきだ〗
――そのベルトの力、失ったものを取り戻すために使い続けるか――
――それとも
『……悪いな、俺の答えはもう決まってる』〔ぷる……〕『へっ!だってよ?グラニュートハンター』
―― CUP ON ――
―― JELLY ――
―― VLAM SYSTEM ――
〖……さあ、行くぞ絆斗――所で今日は何を食べた?〗〖ああ?……ああ、しけたクッキー〗
ググナが絆斗に飛びかかった。爪先が地面を蹴り、あの嫌に軽い羽音が一瞬だけ鋭くなる。
『お前さえ始末すればこれからは――ッ?!』〖後で俺にもくれ絆斗〗
絆斗の肩が動いた、避けるか、受けるか――判断が割れるより先に、俺の触手が走った。
鞭みたいにしなって空を裂き、ググナの胴に巻き付く。
肋の下から背中へ、徹底して二重、三重。毒を流し込むための管が脈打つ。
勢いを殺さずそのまま引く。触手の根元に腕と体幹を噛ませて、重心を落として回す。
狙いはコーサスの方角。触手を最後まで絞ってから、ほどくように放った。
ググナの身体が、空中で一度ねじれて――投げ槍みたいに一直線に飛ぶ。
俺の触手は案外丈夫で同じ等身のグラニュートを巻き付けてぶん投げるくらいならできる。
今ググナにやったみたいにな――さて、もう過去に囚われるのは本当に終わりだ。
『っと……そう来ると思ったよ?やっぱり昨日の天災で死んでおいて欲しかったねぇ……』
〖昨日の?――やっぱミューターが関連してんのか……そして今日の天災も〗『そうだね?』
『条件は色々いるけど昨日に比べて今日は特段に良い、きっととんでもない事が起きるよ?』
道理で昨日は妙だと思ったんだ……今までの天災もすべてミューター、いやこいつの仕業。
『なんでだよ……どうしてだよ!クヴァレっち!一緒に闇菓子くいてぇと思ってたのに――』
〖そんなろくでもねぇ菓子食うわけねえだろ……腹が膨れるわけでもねぇ〗『ッ……クソォッ!!!』
こいつらの狙いは恐らく、天災による住民の避難……そして都市のエンジンは起動はまだだ。
このまま天災に直撃するようなら最悪場合住民たちを人プレスにするほかない。
だとすれば……このままだと保管庫の場所がバレる、守る人数が足りないな――。
〖ブレイズいつまで寝てんだ、起きろ〗「ああ~……うん、起きてきた」
〖オスカー、お前はニエルブ所にいって増援を寄越せと伝えろ。お前の足なら十分もいらん〗
〖絆斗、動力炉が動く気配がない邪魔をされている可能性がある、どっちかが向かうか?〗
〖ブレイズを行かせる、こいつらを倒したら俺達も――〗『吞気にお喋りしてる場合かいッ!?』
コーサスは絆斗のおかげでもう飛べやしないがググナが厄介だ、こいつは飛べる上に素早い。
出来るなら先に仕留めたいがそれをコーサスに邪魔をさせれれば時間が掛かる。
時間か……こいつらは俺達を倒せなくても時間さえ稼げれば良いと思ってるはずだ。
〖絆斗、先に行ってくれ。こいつらは俺が引き受ける〗〖2体1だぞ〗〖分かってる〗
このまま天災が直撃すれば都市自体がそれに耐えられない可能性だってある。
グラニュートは無事でも人プレスどころか人間自体が耐えられない。
〖グラニュートが起こした問題だ、ならグラニュートである俺がケジメをつける〗
こっちを不利に見せる方がこいつらはここに留まってくれる筈だ、それに1人でも十分戦える。
〖分かった、死ぬなよ。クヴァレ〗〖お前もクッキー残しておけよ、ラキ……ああ、いや絆斗〗
『素直に行かせるか――』『いや、これで良い……厄介な奴が残ったけど1人なら僕らで倒せる』
――CUP LADY――
〖……さあ、掛かってこい。〗
――INVISIBLE JELLY!――
――人喰い都市アラストル:最層部
前もってゴチゾウをばら撒いていたお陰で都市内部の通路はあらかた理解できた……が。
ここはあまりにも広すぎる、都市だから当然だが数百人たかだかを仕舞うには規模がでかい。
そもそもなんだ移動都市って、この世界は進んでんのか進んでねえのか全くわかんねえな……。
ロドスであれで移動都市の一部分でこのサイズ……この世界は本当にぶっ飛んでる。
〖見たくねぇ痕跡が見えてきたな〗「血?」〖んな目に優しいもんじゃない、ミューターだ。〗
何体だ?数十体、そのうちの何体かはあの雑に強い奴なら状況は最悪だな。
ヴラムじゃ奴は倒しきれるか怪しいが……ガルムさえ使えれば状況は変わるはず。
それまでひたすらに粘るしかないな、まさかニエルブ頼みになるとは。
動力炉となれば暑そうなもんだが……どうだか、今の所熱は感じてない。
「……ねえ、ここの人たちってどうやって都市を動かしてきたのかな」〖気にすることか?〗
「いや、グラニュート達ってあまりにも源石について知識がなかったからさ」
〖その辺はニエルブが――いや、まて……源石の燃料はそもそも足りてるのか?〗
頻繫に災害が起きれば直撃を避けるために動力炉を起動する、それは正しい。
だが……燃料の話をした時にしたあのニエルブの苦い顔、”源石の加工”……。
〖……どの道動力炉を落とされたらこの都市は終わりだ、何としても死守する〗
取引なんて考えてる場合じゃなかったな、移動都市がまともに動かせない場合……そうだな。
面倒くせぇからそん時考えるしかない、人プレスみたいにこの都市ごとを圧縮できればな。
厚い隔壁の向こう、天井の梁が見えないほど広いホール。
中央に鎮座する炉の外郭は、移動都市の心臓にしては妙に沈黙している。
その周囲――黒い染みが床を這っていた――シミじゃない、物体。
黒い痕跡の上を影が跳ねた――速い。人の形をした……眷属?
四足めいた動きで配管の上を走り、炉の根元へと取り付こうとしている。
黒の中から伸びた細い触手、配管の継ぎ目に潜り込んで何かを溶かしている。
「あれって……」〖ミューターだ。間違いねぇ〗
もう1つ黒い影……人型?……ああ、ミューターじゃない、あれは――
〘炉の核へ触れさせるな。妨害は三系統、配管・制御盤・燃料……配管は特に死守しろ〙
〖命令みてぇに言いやがって……まあ、助かる〗〘……貴様、クヴァレではないのか?〙
エージェントの数は充分にいる……そして新型のミューターは動きは素早い。
だがどうやらかなり脆いらしい、こっちには目もくれず破壊工作を続けているな。
この状況なら敵を排除しながら出所を叩く方がよさそうだ、よし。
「知ってるか?こいつら火が嫌いらしいぞ」〘参考にはしよう……ニエルブ様から通信が入った〙
〘あと少し耐えれば貴様のおもちゃが届けられるとのことだ〙〖隕石が降る前に届けろと言え〗
こいつらが眷属なのかも怪しいがミューターと繋がるグラニュートがいる。
この場所へ繋がる扉がこの都市のどこかにあってもおかしくはない。
正直行く先で扉じゃなくて本体が居座って眷属を生み出しているようなら終わりだ。
「あれって人間?」〖人型の眷属だ、俺も出せる〗「え、じゃあ出してよ」〖……今度な〗
――最層部:動力炉区画
〔ちょう!ちょわっ!〕〖……そうか、ダルい状況だな〗「どうだった?」
四足歩行の奴らはどこに繋がってるかもわからない壁に立て付けられた扉から。
敵はミューターの眷属だけ……だったっぽいが、ブレイズと倒した奴が2体。
後は例の4足歩行のやつが仰山……どうしたもんか、かなり不味いぞ。
あの雑に強いのはまだ1体なら牽制はできたが、2体もいる……怠すぎる。
今の状況で倒すならブレイズとの連携は必須、ただこの……なんだ。
プリンの身体でブレイズの熱に耐えられるかって問題もあるが――。
〖……よし、ブレイズお前は通路に戻って俺が漏らした敵を始末してくれ〗「うん?」
〖相手は”質より量”って感じだ、俺はあいつらが出てくる扉の破壊を試みる〗
「それなら私が一回焼き払ってみるのは――」〖いや大丈夫だ、1人の方が慣れてる〗
扉だけでも破壊できれば敵の侵入は止められる、形勢はこっちに傾いていくはずだ。
それまで俺がただ耐えるだけ、元の世界でやっていたことと一緒だ。
違うのは他にも戦える奴がかなり近い位置にいるということ、ああ心強いはずだ。
「……ねえ私ってそんなに信頼ない?」〖そうじゃない、役割を決めてるだけだ〗
「……じゃあわかった。この先に何が居ても君に任せる」〖決まりだ、じゃあ後は――〗「でも!」
「私の見える位置で戦って」〖あ?〗「君が危なくなった時、敵は倒せなくても私なら助けられる」
「これがブレイズ隊の隊長としての命令!」〖……細かいことは任せるんじゃなかったのか?〗
「私の目の届く範囲でどう動くかは任せる!」〖……はぁ、ダルい――が、従ってやるよ隊長〗
足を踏み入れた瞬間、闇に浮いた黒い穴が二つ……視線みたいにこっちを向いた。
足元には虫の群れだ。四つ足が無数にうごめいて、床と配管と柱の根元を這い回る。
来るかと思ったのに、奴らは俺に興味がない。
無数の黒い影は柱を避けるみたいに流れて、そのまま背後の通路へ雪崩れ込んでいく。
背中の方で空気が焼けて弾けた――熱の爆ぜる音それに重なる。
鳴り止まないチェーンソーの轟音、ブレイズが仕事を始めたらしい。
熱の余波がじわっと背中を撫でる……よし、焼きプリンにはならずに済みそうだ。
なら俺のやることは一つ――こいつらがどこから湧いてるか?扉だ……なら潰す。
〖やるか?〗
言い終わる前に、二体の影が弾けた。左右同時。
床を蹴る乾いた音が二重に重なって、空気が裂ける。
速い――目で追うより先に距離を詰めてくる。だが速いだけだ。速いからこそ線が見える。
挟む気だ、互いの角度を揃えて俺の逃げ道を削る。仲間意識はないが合わせることはできる。
踏み出すタイミング、間合い、踏み込みの角度。最低限の知性がある。
そして弱点もある。速さを最大にするなら、動きは直線になる。
死を恐れないなら尚更だ。守りを捨てて、一直線に来る。
なら、俺が立つべき場所は――二本の軌道が交差する位置。
視界の端で、右が腕を振り抜く。左は胴を低く落として突っ込んでくる。
頭を刈り取るつもりか。半歩、斜め。重心を落として――わざと武器を落とす。
右には背を向ける。無防備に見せる。……多分、見てるよな?
試すのは、こいつらの体質だ。ブレイズとやり合った時に見えた、あの異様な身体の変化。
俺の予想が正しければ、こいつらはあのオカシな世界で戦ったミューターと同じ系統。
黒いガヴを持つミューターが見せた、不定形化。身体を溶かすみたい攻撃を抜ける能力。
ブレイズと戦いで見た、ぐにゃりとした踏ん張り方。明らかに骨がない動きだった。
それなら、チョコルドの攻撃が効かなかった理由は“硬い”じゃない。
身体が不定形になって、通り抜けただけ――そう考えれば辻褄は合う。
ただ、疑問も残る――ブレイズと競り合ってた時は、まともにぶっ叩けてた。
俺も腕を撃てたし掴めた……こいつらが火を嫌う根本。
弱点というより――熱で不定形が維持できなくなる。身体が“形”を強いられる。
〖なら数的不利でもブレイズとタッグは悪手だろ……”熱で身体の硬質化”は〗〘……〙
俺と奴の距離、踏み込みの速さ――全部込みでここから届くまでに必要な足は三歩。
落としたヴラムブレイカーに足を乗せ、腰を沈める。視線をぶつけるみたいに合わせた。
視界の端はあっても中心は俺だ。俺に集中させる。背後で何が起きてるか気取らせない。
―― CUP LADY ――
足裏でトリガーを引くとほぼ同時に、ベルトのレバーを落とす。
発動ヴラムの技は単純だ。拘束して、エネルギーを纏った打撃を叩き込む。
だが、使い道は一つじゃない。
足元のトリガーが噛んだ瞬間、矢が生まれて弾け飛ぶ。狙いは――三歩目。
地面に着く直前の、三歩目の足。予想が正しければ、奴は不定形化で攻撃を“抜ける”。
つまり踏み出す足も、形が保てなきゃ“足じゃなくなる”。
ならそこを突く――矢が走る。黒い影の踏み込みが一瞬だけ歪む。
その瞬間、俺の身体は目の前の腕にかち上げられるより先に宙へ持ち上がった。
下から、ぷるんと浮き出る弾力。プリン状の――いや、弾むプリンが俺の身体を跳ね上げる。
―― SET ――
下じゃ足がもつれて転んだ上にきついアッパーまで入ってるはずだ。
視界が一段上がる。この高さなら……見えた、奴らが出てくる扉。
―― VLAM SHOOTING ――
〖あと3枚〗「火いる?」〖いらん。〗
――中層部:観測室
……本当に、本当に帰ればよかった。あの時輸送機ハイジャックしてでも帰ればよかった。
もうずっと前からやめとけば良かったんだ、もうお姉ちゃんは居ないのに何でまだ居たんだろ。
「ここがニエルブの小屋だったはずです」「観測室……とにかくロドスと通信できるんですね?」
「そう言われたのでそうかと。」「誰に?」「……ロドスの外部戦力に。」
ただ、いちばん引っかかっているのは――ニエルブがどっち側なのか、ということ。
ヴァレンさん……いや絆斗さんと、あの人は訳ありの距離感なのに、妙に噛み合って見えた。
敵対しているならあんな会話の温度にはならないはずで、少なくとも今すぐ殺す相手じゃない。
盗聴で拾ったやり取りを思い返せばあの災厄を“楽しんでいる”響きはなかった。
だから多分、この事態を仕掛けた本人ではない――そう思ってる。
でも、そう思いたいだけかもしれない。ここでは、確信より願いのほうが先に立つ。
そこがいちばん怖い。この都市は実質独立して運営の頭がいて、ルールもある。
外の干渉を拒むために通信は遮断されている――それはつまり。
こちらがロドスと繋がれない間は、向こうの都合だけでこちらの扱いが決まる。
行商人が出入りしていると聞いても安心できない。知っている顔は闇市の連中ばかり。
彼らは秩序の側じゃない。必要なら人だって商品にする。
この街の物流がそういう人間に支えられているなら、正しい手続きなんて期待できない。
そして最悪なのはその中心にニエルブがいること。
彼の胸先三寸で、私たちは“客”にも“厄介者”にも“交渉材料”にもなる。
ロドスに戻るための鍵を握っているのがこの街の都合だという事実が喉を締め付けて苦しい。
「ニエルブってどんな人ですか?」「え?まあ……正直に言えば怪しい人ですけど、なんでしょう」
「あんまり自分に嘘をつかない人……ですかね?」「私が嫌いなタイプ」「誰かなドアの前で――」
出てきたのは切れ長の目に丸眼鏡をかけた短い茶髪の青年の姿……彼もグラニュート。
「……へぇ、酸賀さんの坊やじゃないんだ?どうしたの?――って大体察しはつくけど」
「話が速くて助かります、ロドスとの通信を取らせてもらえませんか」「……何で?」
本当の理由は生きて帰りたいから、でも言わない……まずはロドスと話せるようにすること。
「この都市の感染者達を見て、ここは確かに皆平等に幸せに暮らせる場所ではあると思います」
「嬉しいね?」「でもこの都市には彼らを治療できる設備は整ってない……ですよね?」
ロドスと連絡を取れればこの都市は全面的な支援を得られる、ヴァレンさんは半グラニュート。
ここに居るのは純粋なグラニュート達、今のロドスにとっては貴重な存在にもなり得る。
グラニュートの存在は鉱石病の治療に多いに役に立つと、あの人たちは思うはずだから。
でもそのカードは今切ってはダメ、こっちが逆手に取られちゃう。
「貴方は欲しいはずです、彼らを適切に治療できる手段を、貴方自身が」
「それが僕の知識欲を刺激できると君は思ってるようだけど……まあ、いいよ。後は中で話そう」
「わかりました」「あ、でも君だけ。さっきから口を出して真正面から話してるのは君。」
「せっかくなら対等に話せる相手じゃないとね、あとは……外でも見張ってて」「……わかりました」
多分彼が来ると思っていたのはヴァレンさん、私も交渉は任せようとしてたから。
連絡をとる準備自体は整ってるところをみると、あっちも交渉はやる気だった。
今考えられるニエルブにとっての最大の利益、どうだろ……。
この都市を救う?ううん、今の彼にとっては面倒事――元の世界に帰る?
ううん、それはまだ先――今考えられるのはヴァレンさんが動きやすくなること。
正直ロドスのことももう知ったことじゃない、でも今はまだオペレーターだから。
「さて……正直この話は酸賀さんの坊やとしたかったけど、この状況だしね」
「そうですか」「所で君は誰に言われてここに来たの?酸賀の坊や?」
「いえ、あの人は野暮用でこれなくなったので自分でここまで」「そっか」
「本題に入る前に幾つかいいかな?」「なんですか」「大したことじゃないんだけどさ」
「君はどうしてロドスに入ったの?人間を助ける場所に」「必要ですか?」
「これ以上僕と話したいなら」「……理由は姉です、姉が消えた先がロドスだったので」
私はカジミエーシュの片隅にある、メーレン救護騎士団の生まれ。
家系図より先に担架があって、剣より先に包帯がある――そういう家。
父も母も、救える命があるなら自分の睡眠も食事も後回しにする“救護馬鹿”だった。
その背中を見て育った姉も、いつの間にか同じ歩き方をするようになっていた。
だけど姉はある日感染者になった、当時それを知ってるのは私だけで両親は何も知らない。
感染経路は多分両親に勧められて参加したボランティア活動先の戦地……確かカズデル。
あの時は本当に生みの親を恨んだし救った命より蹴散らした命の方が多かった。
姉は失踪する直前まで平気な顔してたけど、姉は昔から嘘が下手だからすぐわかった。
笑い方も声の張りもほんの少しだけ違う。隠し事をしている――私は気づいてた。
気づいていたのに、聞けなかった。
両親は落ち込みながらも血を継いで戦地に潜り込んでると思ってどっかに出張した。
私は戦地で知り合ったツテを辿って、見つけた行先がロドスアイランドという製薬会社。
調べると鉱石病の治療に突出しているらしい、おそらく姉はここで治療を受けている。
私はそう踏んだから内定した大手企業を蹴って、姉の様子を見るためにロドスに入った。
面接は案外緩くてあっさりと一員にはなれてしまった、そこで私は姉を見つけた。
患者じゃない。ロドスの一員として。オペレーターになっていた姉はとても穏やかだった。
疲れているはずなのに、どこか満たされた顔で、あの人はそこにいた。
それを知れただけで良かった、自分がいなくても姉はそこで居場所を見つけてしまったけど。
任務で一緒になっても、会話は最小限だった。周りに姉妹だと知らせたことはない。
姉も、私の存在に気づいているはずなのに、自分から距離を詰めてくることはほとんどない。
「失踪した姉がロドスにいたから以外に理由はありません」「つまり家族の為って事ね……へぇ」
「僕にも家族がいたよ、家族経営でお菓子を作り。実態は善良とはとても呼べないけどね」
「……石を食べるのに、お菓子ですか?」「そ、お菓子。グラニュートだって石を焼いて食べるよ」
ロドスに入ってから運悪く過酷な任務に駆り出されることも多くなった、命懸けの仕事。
そこには姉も居て、あいも変わらず必要以上に他人に干渉して助けようとしていた。
引くべき時も引かず、自分は怪我してばかり……その癖任務の終わりにはヘラヘラと笑ってる。
私にはどうして赤の他人のためにそこまで出来るのか理解できなかった、今もできない。
そもそも……したくない、だからあのヴァレンっていう人も嫌い、笑わないだけ良いけど。
「もう話はいいですか?」「後一つだけ、酸賀の坊や……君らで言うヴァレンについて」
「はい」「君達には彼の存在がどう見えてるのかな、最近彼を知ろうとして色々試してるんだ」
「この都市を作って感染者の居場所を作ったのも彼のことを理解する為……だったんだけど」
それでも自分の姉だから私は少しでも理解しようと、ロドスのオペレーターとして働いた。
ガムシャラに何度も死にかけて、嫌と言うほど姉と同じ事を繰り返した――それでわかった。
「それでわかった事だけど……笑っちゃうくらい何の意味もないんだよね、ただ人間を飼ってるだけ」
父と母は身を粉にして人を救い地位も名誉も人望も手に入れた今のカジミエーシュで。
ただロドスでは言われるがままに働いて寝る場所と食べる場所もある……それだけ。
昇進もされるし評価されないとは言わないけど、自分の身を粉にしてまで働く意義はない。
そう思って次の任務でロドスから離れようと決めた日、また姉が無茶をして大怪我をした。
「正直あの坊やがどうして身を削ってまで人間を守ろうとするのか……理解できない」
姉は昔から、誰かを助けるとなると必要以上に踏み込んだ。止まれと言われても止まらない。
引けと言われても引かない。そうやって何度も、死にかけてきた。
その日もそうだった。任務はひとまず片がついて、命に別状もない。目的も果たした。
あとは帰るだけ――本来なら、そこで終わるはずの夜……どうしても聞きたかった。
数ヶ月ぶりに交わす“家族の会話”の機会が、偶然転がってきたみたいにそこにあったから。
――どうしてそこまでするの?――
――なんで、自分を大事にしないの?――
小さい頃からずっと胸の底に沈んでいた疑問を、言葉にしてしまった。
責めたかったわけじゃない。止めたかっただけだ……失いたくなかっただけ。
でも、口から出た瞬間に言葉が止めたいじゃなく否定に聞こえてしまうのが自分でも分かった。
姉は困ったみたいに笑った。叱るでもなく、怒るでもなく、誤魔化すみたいな笑い方。
昔から嘘が下手な人の、あの笑い方。
――だって、みんな幸せで笑っていて欲しいから。つい、頑張っちゃって――
その答えを聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。優しさだと分かる。
綺麗な理由だとも分かる――なのに、どうしても納得できなかった。
“みんな”のために、“自分”が削れていくことが当たり前みたいに言われて。
私が怖がっていることを、軽く流された気がして。
それでも笑う姉の顔が、遠くて、眩しくて、腹が立って――不安で、たまらなくなった。
そこから先は、ほとんど覚えていない。
ただ、押し込んでいた苛立ちと怖さが堰を切ったみたいに溢れて、言葉が勝手に尖った。
きっと、ひどいことを言った。言ったんだと思う。
気づいた時には、岩陰に座り込んでいた――自分の膝を抱えて、声を殺して泣いていた。
姉がどんな顔をして、どんなふうに背を向けたのか――そこだけが、どうしても思い出せない。
それを境に、会話はさらに減った。
任務で顔を合わせても、必要なことしか言わない。目が合っても、すぐに外す。
距離が離れていることが、いつの間にか“当然”になった。
近づきたいのに近づけない、姉はまた誰かのために踏み込んでいき、私はそれを止められない。
それを黙って見ているだけ、見てる事しか、出来なくなった。
そうして月日が流れ、私はロドスで一定の立場を得た頃には姉は任務中に戦死した。
「……もう良いですか」「ああ、悪かったね急いで居るのに付き合ってもらって……と、よし」
「この通信機ならロドスとの連絡が取れる筈だよ、どうぞ?」「……ありがとうございます。」
これで帰れる、すぐじゃないけど誰かが迎えに来てくれる……うん、これで良い――いいけど。
「……ヴァレンさんって、どんな人ですか?」「まぁ、酸賀さんの坊やは……なんだろ」
「あれは例外だよ。グラニュートのルールにも、人間のルールにも綺麗に収まらない。」
「ですね、ちゃんと食べられるかもわからない美味しいお菓子の為に戦う人ですから」「……?」
私はヴァレンさんが来て3日目で初めて姿を見た、生きているのがおかしい重傷。
血の匂いに混じってチョコレートの匂いは今でも覚えてる、私は彼の手当をしてた。
私の方は見ないで視線の先は守った感染者、あの横顔は姉と良く似てた。
特別笑う訳でもない、ただ少しだらけだ姿勢で肩の力を抜いてじっと見つめていた。
本当にその日はそれだけ、腕に包帯を巻いて顔についた血を拭いて水を飲ませて――。
「聞こえますか、ブレイズ隊監察、シンドラーです。ケルシー医師を呼んでください」
――でも今じゃなきゃ間に合わないかもしれないモンが、ここには多すぎるんだ――
間に合わなくても貴方は悪くない、偶然出くわしただけで貴方が身を削る義理なんてない。
ああ……でも違う、そういう生き方しか出来ないからそうしてるんだ。
お姉ちゃんも――お姉ちゃんと同じ目をしてたからあの時、信じられた。
誰よりも前に出て、守ることを優先して……大怪我して帰ってくる。
そのたびに皆は無事だった……そうして姉は安心した顔で――。
そっか、お姉ちゃん。怖かったんだ。何も出来ずに失っちゃうことが。
どうしたらいいかわからないから、いつもあんなことしてたんだ。
それしか知らないから、そうじゃなきゃだめだと思ってたから。
〈シンドラーか、今そちらの状況はどうなってる?〉「はい、今は――」
――俺は"まだここに残る必要がある"って思ってる――
あの声が耳の奥でどこか引っかかる。軽口でも強がりでもない、あのまま言い切った言葉。
このまま助けを呼よんで帰ればいい――それで全部終わるはず……だけど。
でも違う。ここでロドスが正面から踏み込んだ瞬間、この都市は救われるんじゃない。
別の形で壊れる。掟と恐怖と板挟みのまま、外の正しさだけが刺さって内側が裂ける。
ヴァレンさんが言っていた意味が、ようやく腑に落ちた。
「行方不明になっていたオペレーターを見つけました、助けるべき感染者も多くいます」
〈そうか、よくやってくれた。すぐそちらに――〉「ですが、増援は不要です」
私はヴァレンさんのよく敵を知らないし、ロドスの事はある程度理解してる。
何をするのかわかっているからこの状況では一番の爆弾になりえる。
〈理由を〉「周辺で突発的な天災が頻発しています。外は危険で、空路も地上も安定しません」
「援軍の投入は損耗を招きます」〈突破的な天災が頻繫?……都市ではなにが?〉
ヴァレンさんとしては”危ないから来ないで”、じゃない――”来たらもっと危なくなる”だ。
その判断の主体を、意図はそのままに私が理屈を足して合理に寄せる。
「内部は独立運営です。通信は遮断されています……遮断には理由が」〈遮断の理由〉
「遮断を止めると、外部から“何か”に位置を掴まれて襲撃を受ける」〈”何か”……?〉
私はそこでわざと黙った。通信の向こうの空気が動くのが分かる。
憶測が膨らむのも分かる……どれだけ膨らんでも恐怖の実在は伝わるはず。
「そういう板挟みです。現地の者はそれを恐れている」〈……絆斗の様子は?〉
「とても身勝手です」〈今は何をしている?そこにいるのか?〉「いません」
自分の口から出た言葉に、ほんの少しだけ笑いそうになった。笑えないのに。
あの人は身勝手だ。踏み込んで、背負って、勝手に責任を引き受ける。
私が一番嫌いなやり方で、誰より前に出る。
〈そうか、なら何処で何をしている?〉「いません……現場の片付けに行っています」
本格的にロドスが介入する前に、
これは彼がそう言ったわけじゃない。でもそうしようとしている。
ロドスの報告は誰かの信仰であってはいけない……でも彼の行動は最善のはず。
〈君は彼の単独行動を容認しているのか〉「いえ、ブレイズさんが一緒です」
この都市は外の救助を受け入れる余裕がない、現地の掟と恐怖が先に立っている。
天災が過ぎたとして、敵対してるグラニュートやミューターとかいう存在が居る状況。
「そこにロドスが大人数で踏み込めば、“保護”ではなく“侵入”として処理される可能性が高い」
〈処理とは〉「最悪敵対です。通信が通じたばかりこちらから波を立てるべきではありません」
〈君がそこまで言うのは珍しい……すでに絆斗が何か掴んで動いているのか〉
事態を収めるだけじゃない……収めた後、このアストラルがどう生き残るか。
そこまで含めて、あの人は“今じゃなきゃ間に合わない”と言った。
ロドスが介入するなら混乱を鎮めた後。現地の秩序が保たれている状態から支援として入る。
それが最も損耗が少ない――それを私の言葉で、私達の判断として伝える。
「現在は制圧と安定化を進めます。状況が沈静化してから支援の形に切り替えるのが最善かと」
〈君はこちらに待機を要求している〉「はい。こちらで収束させます。ブレイズ隊の範囲で」
可能な限りとして、それとほんの少しだけ本音を混ぜた。
絶対とは言えない。でも今更引くともうここまで来たら言えない。
「……”もし避けられる争いなら、沈黙を守り”」
自分の口から出したくない言葉だった。嫌いだからだ。都合のいい正しさに聞こえるから。
けれど――今は、その正しさが必要だ。これはロドスの意思そのものだから。
「”必要な戦いなら、最後まで戦い抜く”――それがロドスの行く道ですよね」
〈それは君が最も嫌う言葉の一つだと思っていたが〉「嫌いです。今も」
「でも、争いを増やさないために戦いを終わらせる必要があります」〈……不測の事態〉
「起きています。ですが、こちらはまだ“制御できている”範囲です。」
ロドスが動けば、それが制御不能に跳ねる――そう思わせれば動きにくい。
いや思わせるじゃない。事実としてそうなる可能性が高い――それが事実。
通信の向こうで短い沈黙。その沈黙に私は口を挟まない……ただ待つ。
〈……了解した。こちらは待機するただし、状況が一段でも悪化した場合は――〉
「はい。ありがとうございます、ケルシー医師」
返事を待たずに回線を切った。ぶつりと音がして胸以外はとても静かになった。
……これで、事態が収拾した後も猶予ができた――できたけど。
「今気づいた……私結局ここに連れてこられた時点ですぐには帰れないんだ」
そもそも襲撃されてるし、天災が人為的なら明日になっても終わらないかもしれない。
人を呼んだとして近付ける状況じゃないならどの道ここはたどり着けない。
もしかしたら返ってロドス自体が狙われることになるかも。
「はぁ、そのまま帰ろうとすればよかった。」「……君は信じてないの?酸賀さんの坊やの事」
「……信じてますよ、会った時からずっと。だから嫌いなんです、どんな人か分かるから」
「そっか、さて―ー都市を襲う未知侵略者、何度も引き起こされる人為的な天災」
「なんですか」「彼、酸賀さんの坊やはこの状況を打開できると思う?」
「……あの人は打算ありきでしか動きません、無鉄砲に見えて頭は常に回ってる」
悲観と憶測を据えに置いているにしても、行動はいつも動的で冷静。
元の世界で因縁があるだろう敵――ニエルブとすら対話を選んだ。それで今の関係がある。
他に私に出来る事は?正直ロドスとの話し合い以上のことは何も――ううん。
「おや?彼のおもちゃは修理できたみたいだし……僕はこれで失礼しようかな」「……どこへ?」
ニエルブの指先が、作業台の上の“それ”を軽く叩いた。
端末に接続されていて私の知らない未知の言語……多分グラニュートの言葉?
「酸賀さんの坊やのところに、
ヴァレンシステム、ゴチゾウと称される眷属の力を抽出し生体組織に変換するシステム。
それを見に纏うことで身体能力を飛躍させるだけじゃなく特殊な能力を得ることも……。
私達の世界ではサンクタの銃やアーツユニットに似て異なるもの……未知の世界の技術。
「……でしたら私は彼らを連れて避難をします」「そ?じゃ、気を付けて」
あと私に出来ることはなるべく多くの人と生き残ること、もう充分役目は――。
天井の照明が一段落ちて代わりに非常灯の赤が点く。
どこかでシャッターが半分降りる音――普通に考えれば緊急事態の警報。
「……もうミューターがここまで?いや、どうせミューターだけじゃないんだろうね」
『ニエルブっち~ッ!出て来いよぉ!……闇菓子にはお前が欠かせないんだよぉ!』
窓から見える限りじゃ……あのググナとか言う蝙蝠と……人?いや。
あれはいつか忘れたけど消えた捜索隊の残した記録にあった謎の存在。
もしかしてあれがミューター?てかそんなこと考えてる場合じゃないかも。
「君は外の人間と共に裏口に進んでそこから真っ直ぐ進めば避難所に続く道があるから」
「はい、わかり――ヴァレンの武器はどうするんですか?」「何とか届けるよ」
「あ、それとも君が代わりに届けてくれるのかな?」「いや、私は――はぁ。」
窓から見える限りでも敵の数は数十を超えてる、皆で戦う?――論外。
弓と矢すら手元にない状況で空飛ぶ怪物と槍を持った化け物多数を相手にはできない。
……かといって、ただ一方的に何もせず逃げてるのも……私は、今はしたくない。
「私が彼の元にそれを届けます、場所を教えてください」「君に出来る?」
「届け物くらい出来ます、ブレイズ隊の1人ですから」「ふぅん?頼もしいね?」
「よし――ググナ君だったかな?ちょっと前に行方不明になったって聞いてたけど?』
『これはこれはニエルブっち、ここに居てくれてよかったよ。さあ俺達と来いよ』
『ちょっと、いきなり何さ?僕はもう闇菓子には関わらないって決めてるんだよ?』
会話で時間稼ぎをしてくれているうちにみんなを誘導しながら様子を眺める。
いつのまに人の姿からグラニュートになって臨戦態勢になったみたい。
たった1人で多勢に無勢の気がするえけど、何か策でもあるのかな……てか、戦えるの?
『もうそういう訳にはいかないんだよ、ミューターはこの都市に攻め込こんでいる』
『他のグラニュートにも闇菓子の事は伝えた、もうすぐ此処に来るぜ?』『……この都市の?』
『ああ、そうさ!過去に闇バイトとして働いていた奴らにはすでに声を掛けてる』
……行く先で会うグラニュートには気を付けた方がいいかも、一歩間違えたら――。
『それで?来たのはその2人だけ?』『あ?来てくれたかぁ……待ってたぜ?』
あの二人――酔いつぶれたブレイズさんがいた店の店長と、厨房にいた料理人。
犬みたいな方がロゴー、猿だかゴリラみたいな大柄なのがタラヌ……だったはず。
だけど、どこか様子がおかしい気もする。ロゴーさんはググナを通り過ぎて歩いてる。
ググナとある程度距離が離れた位置でゆっくりとググナと向き合い始めた。
『……』『さあ俺達と一緒に――って、おい?……』『……よぉググナ?』
猿みたいな方――タラヌさんは、逆にググナに近づいてる……でも友好的じゃない。
『お、おおタラヌ!お前も来てくれてよか――』『てめえ何週間つけほっといてんだ。』
私の位置からでも見える表情があまりにも不機嫌なようにしか感じない。
そして鈍い音が響いた。タラヌの拳がググナの頬をえぐるみたいに入る。
仲間同士のじゃれ合いじゃない……仲間割れ?――ううん、もっと違う。
『てめッ……何すんだ!?闇菓子が欲しくないのかッ!』『もう借金ねえんだから当たり前だ!』
『はぁ?!』『闇菓子なんて売って金貰って借金を返すための手段だ、今は要らねえよ』
『な、なんだよ。それ……なぁ!ロゴーお前は食ってたんだよな!また食いたいよな?』
ググナの声は妙に高い。焦っている時の、あの軽さが混じっている。
私の視界の端で、犬みたいなグラニュート――ロゴーさんが、ゆっくりと息を吸った。
お店じゃ一言も発さず、背中を丸めて台所を見ていたあの顔がまっすぐググナの方を向いてる。
『自分はもう、人間を攫うことなんてするつもりはありません。』『……は?』
『自分は取り返しのつかないことをしてきました、沢山の人の未来を犠牲にして奪ってしまった』
静かに、自分に言い聞かせるみたいな声音……戦地で心と身体に傷を負った兵士と同じ言葉。
『だからなんだよ……ここに居る人間はみんなあと数年で死ぬような奴ら――』『だからこそッ』
声が跳ねた。初めて、ロゴーさんの中の何かが露出した気がした。
怒鳴るというより、押し殺していたものが噴き出した感じ……まるで――。
『彼らにはせめて、余命いくばくもない命だとしても私は彼らに最後まで生き抜いてほしい』
言葉の並びが、変に真っ直ぐだった。
ただ綺麗事に聞こえないのは――たぶん、本人が一番"綺麗"だと思っていないから。
私は喉の奥に引っかかるものを飲み込んでつい口を開いてしまった。
「……どうして、そこまで?」『とっくに手遅れなことは分かってます、自分の罪は消えない』
『それでも今は自分を受けいれてくれた、彼らのために……”人生をやり直したい”』
最後の言い方だけ少しだけ遅かった。言葉にするのが怖い――みたいに。
それでも言った。私はその一瞬だけロゴーさんの目が、姉の目と似ていると思った。
『だってさ?ググナくん。正直、元々この都市は感染者のためにつくったわけじゃない』
――酸賀絆斗をこちら側に引き込むためだけに用意した舞台装置――
『だけどさ、皮肉だよね。人を呼ぶための箱が、いつの間にか誰かの居場所になってしまった』
ググナの喉が鳴る。反論したいのか、理解したくないのか、どっちともつかない顔。
『な、なんだよ……それ』『過去がどうあれ、一度くらい――平等に人生をやり直せる場所』
『……さて、長話は終わりにして――いや、最後にきこうか。どうする?』
――闇菓子を諦めて二度とミューターに関わらないか――
――それともこの場で僕達に倒されるか――
『……ふふ、僕がいうと何だか胡散臭い』
――中層部:貿易エリア
ロドスに入る前、俺はカズデルにいた。レポルパの孤児。
名前より先に値札があって、言葉より先に殴られることを覚えた。
読み書きは最低限できたけど出来たところで、人として扱われるでもなかった。
ただ一つ、他と違ったのは体だ。ガタイがでかくて、拳が強かった。
役に立つ“特徴”がある奴は、生かされる。だから俺は買われた。
表には出ない隠された裏カジノ。そこは金だけじゃない。物や情報、命も賭け札になる場所。
勝った負けたで笑ってる顔の裏で、最初から負けが決まってる奴らもいた。
俺の仕事は、そういう奴らを“処理”することだった。
最低限の読み書きはそこで叩き込まれた。紙片に書かれた名前、借用書みたいな数字。
合図の符丁。店の裏側を回すにはそれで十分。あとは代金が払えなくなった客を連れて行く。
裏部屋へ。戻ってこない扉の前へ。女も子供も老人も殺し屋も傭兵も等しく。
慣れるなんて言葉は嘘だ。慣れたふりをするだけだ。嫌だと思ったら次に消えるのは俺だから。
でもそれも長くは続かなかった。競争相手のマフィアに潰された。
銃声と怒鳴り声と血の匂いがごちゃ混ぜになって、床の踏み場がないくらい赤くなって。
俺は、誰のためでもなく、ただ生きるために逃げた。
逃げた先に何かあるわけじゃない。行く当てもない。雨が降ってた。
濡れた路地の裏、壁の角。そこに座り込んで、膝を抱えて寝るふりをしようとした。
眠れるはずもないのに――その時、足音がした。
水たまりを踏む、ゆっくりした足音。俺は反射で顔を上げた。逃げる準備をした。
殴る準備もした。だけど、そこにいたのはループスの、ただ老けたおっさんだった。
戦地で見た兵士とも、裏稼業の連中とも違う目をしていた。
片手に傘。首古そうなカメラうぃ下げて。俺にレンズを向けて躊躇なくシャッターを切った。
意味が分からなかった。俺は怒鳴ろうか逃げようか迷っていた。
――話を聞かせろ――
そう言った。命令みたいなのに、妙に押しつけがましくない声だった。
そいつの名はシオヤ。極東出身で、当時はジャーナリスト兼探偵をやっていた。
けど、あの時の俺にとってはただの変な大人だ。普通なら見捨てる。普通なら近づかない。
なのにシオヤは、俺を連れて行った。まず、湯に入れた。
シャワーだけじゃなく、花の匂いがする湯船だった。
湯気で視界が白くなって、身体の汚れが落ちていく。
次に服をくれた。俺のサイズに合っていて穴も空いてなくて誰かの血もついてなかった。
飯もくれた。腹が満ちるって感覚が怖かった。いつ奪われるか分からないから。
俺に言葉をくれた。最低限の読み書きしかできない俺は上手に喋れなかった。
恥ずかしさじゃない。喉の奥に引っかかって、出せない。出しても通じない。
通じたら殴られる。そういう記憶が邪魔をする。
シオヤはそこで笑わなかった。急かさなかった。代わりに答えを言ってやることもしなかった。
ただ待った。待って、俺が出した短い言葉を拾って、繋いで、意味にしてくれた。
道具としてじゃない。役に立つかどうかで値踏みされる前に、“子供”として扱われた。
あの時、初めて思ったんだ――俺は、ここから先を選んでもいいのかもしれないって。
数週間して新聞ってやつが読めるようになった日、俺を売った売人が捕まったらしい。
俺がなんとなくずっと
俺は拾われてからずっとシオヤに用心棒として彼方此方連れまわされるようになった。
酷い時には戦場のど真ん中、もっとひどい時は極寒の地で遭難――何度も死にかけたな。
仕事って言うのは儲かるためにやるんだと教えられたのにシオヤは少し違った。
――例え儲かんなくても世間に伝えた方が良い事、終わらせた方がいいこと色々あるからさ――
その時俺にはまだ理解できなかった……そうしてある時、シオヤは一度死にかけた。
戦地の真っ只中で流れ弾に飛んできて、俺はシオヤを抱えて必死に逃げた。
ただ闇雲にどうすればいいかわからないまま塹壕と鉄条網を飛び越えて真っ直ぐに。
そこであったのがロドスという組織に所属しているオペレーターという奴らだった。
俺達を見るなり駆け寄ってきて、急いだ様子でシオヤをはぎ取られた。
何が何だか分からなかった俺はシオヤを取り返そうと手を伸ばした途端視界が反転して。
誰かに背中を地面に叩き付けられて気絶した、その犯人は後に俺の相棒になる人の姉だ。
「……えっと、ニエルブさんの研究室ってどこだっけな――あっ。」〔〔〔チョワッチョワッチョワッ〕〕〕
「絆斗が産んでるお菓子の妖精だ……って、絆斗の武器を運んでるのか?」〔ちょわ!〕
「絆斗に届けた方がいいかな……でも俺も行かなきゃいけないし……ま、いいや。」〔ちょぉ?〕
「一旦俺が預かっとく、ニエルブさんのとこに言った後急いで届けてやるよ」〔ちょう!〕
次に目を覚ました時は、見知らぬ天井で起きた瞬間俺を地面に叩き付けた奴が平謝りしてた。
しかも俺じゃなくて包帯でぐるぐる巻きになってたシオヤに、そいつの名前はエミーリエ。
妹が1人いて、最近その子もロドスに所属したらしい……妹の話しかしない人だった。
シオヤからは俺は若くて元気だからとロドスの手伝いをすることになった。
やることといっても用心棒で荷物や病人を運ぶだけの仕事。
これも一応仕事ではあると理解はしてた、でも理由が分からなかった。
人の世話をするなら、何かを求めるものだと俺は当時思っていたから疑問を口に出した。
――私はね、沢山の人を助けたいの……命だけじゃなくて、心も一緒に救いたい――
――救うことで何かを貰うんじゃなくて、私がそう救える人になれたらそれでいいの――
その答えは正直、わからなかった――今でもまだ分からない。
ふと子供を抱えて連れて帰った時、エミーリエは俺に包帯の巻き方を教えてくれた。
これが命を救うことの1つだと、簡単に教えてくれているみたいだった。
次にエミーリエはぬいぐるみを持ってきて子供の前で色々と動かし始めた。
じっと隣で眺めていると俺にも持たされて、どうすればいいか分からない。
とりあえず顔がぬいぐるみで隠れるように裏声で話してみると子供は笑った。
隣でエミーリエも笑って今度はこれが心を救うことに1つだと、教えてくれた。
本来の用心棒の仕事が片づく頃には、俺の口は勝手に回っていた。
誰かの機嫌を取るためじゃない。ただ誰かに話したくて、言葉が出た。
シオヤはそれを聞きながら、口の端を上げていた。
煙草でも吸うみたいな軽い顔で、時々"次は?"と指で俺を急かす。
たまにわざと変な言い方を真似して、俺をからかってきた。
――へえ?“心を救う”だって?――
――お前、案外そういうの好きだな――
変に腹が立たなかった。殴られないからだ。勝手に笑っても消されないからだ。
その事実がまだどこか信じきれないまま、俺は話し続けてしまう。
ふとシオヤに心を救うって何か聞いてみたら難しい顔をされた。
シオヤの眉が寄った。笑いが引っ込み、目だけが遠くを見る。
戦地の写真を眺めてる時の顔に、少し似ていた。
だから代わりにシオヤとエミーリエがやってることは俺にもできるか、聞いた。
シオヤは目を丸くした、唖然とした顔。それから、ゆっくり息を吐いて――不意に、笑った。
いつもの軽口の笑いじゃない、誰かをからかう笑いでもない。
嬉しいのをごまかせないみたいな、変な笑い方だった。
――やってみるか?――
たった一言、聞いた瞬間胸が熱くなった。俺はうまく返事ができなくて黙って頷いた。
その日からだ――俺はシオヤのことを、“師匠”と呼ぶようになった。
「……黒いシミ、確か報告書にあった気がするけど……なんだっけな。」
しばらくして俺は、師匠の代わりに動くことが増えた。やることは単純だ。
違法賭博の噂が立っている区画の近くで張り込み、出入りする“顔”を拾う。
胴元、仲介、護衛、常連――街の裏で名の通った連中の横顔を撮って記録する、確実に。
それをその街の治安維持組織に売ることもあれば、記事にして表に引きずり出すこともある。
ただし、闇雲にはやらない。師匠から叩き込まれたのは正しさじゃなく手順だ。
情報を精査する。裏を取る。
噂の根を辿って、巻き込まれる人数と、潰れた時に街がどう荒れるかまで計算する。
誰かを守るためにやる――なんて言葉は、俺にはまだ重かった……けど。
少なくとも“被害が増えるやり方は選ぶな"――それだけは、師匠の声が耳に残っていた。
そうして数週間、街から街へ移った。張って、撮って、流して、また移る。
寝床は安宿か、車の中か、時には路地の影。
それでも昔と違うのは、帰る場所があると思えていたことだ。
久しぶりに事務所へ戻った日扉は開いていて珍しく中からは音がなかった。
ただ机の上に紙が一枚。師匠の字だった。
自分は鉱石病の感染者になったこと、しばらくロドスで治療を受けること。
その間、事務所は俺に預ける――短く、それだけ。置き手紙なんて、師匠は嫌いなはずだった。
言わずにいなくなるのも、師匠らしくない――胸の奥がざわついた。理由は分からない。
分からないのに、嫌な予感だけが先に立った。すぐに俺はエミーリエに連絡を入れた。
向こうの返事は、妙に早かった。
"立ち会えるようにしておく"――そう言われて、俺はロドスへ向かった。
案内された廊下は白くて、消毒の匂いが強い。
ここは人を救う場所のはずなのに、俺には誰も帰らないドアに続く通路にも似て見えた。
扉が開いて、見えたのはとても生きてるとは思えないほど痩せた影だった。
肩が落ちて頬が削げて、息の音が細い。毛布の上にあるのは身体というより骨の形だった。
誰だよ、と思った。思ってから……理解するまでに時間がかかった。
その人が師匠だった――目だけがまだ同じだった。遠くを見る目。戦地の写真を見る時の目。
笑いながらも、どこかで全部を見ている目。師匠は元々持病を抱えていた。
そこに鉱石病が重なって、身体が追いつかなくなった――俺にもわかるようにそう言われた。
頭では分かった、でも……胸の中の何かは納得しなかった。
俺は師匠に追いつけた気がしていた。少しだけ、役に立てるようになった気がしていた。
帰れば、また次は?って指で急かされると思ってその全部が、俺の勘違いだったみたいで。
喉が詰まって、言葉が出なかった。昔みたいに怖いわけじゃない……殴られる心配もない。
ただ――何を言えばいいか分からなかった。目の前で弱っていく恩人に、何もできない。
少し目眩がして、気づいたら別室で座らされていた――立ちくらみで倒れ掛けたらしい。
俺はどうしたら良いのか、何も分からなかった。
「……なんで今こんなこと思い出してんだろうな、早くて向かわないと――って?」
騒がしいと思えばグラニュート達が何かと争ってる……人間――じゃない、人型の異形だ。
今こんな奴らがのさばって……まてよ?シンドラーは今どこにいるんだ?確かヴァレンの――。
そばに居なかった。じゃあ、今何処に?安全な場所?まあシンドラーならきっと――。
「だめだやっぱり心配だ!?……シンドラーッ!!!」
師匠――シオヤと、最後の会話を交わした。あの人は、最後まで笑っていた。
こっちは何を言えばいいのか、喉の奥が詰まってたのに師匠だけはいつも通りで終わった。
終わったあと、俺はシオヤの事務所をそのままにした。勝手に閉めたくなかった。
でも俺一人で抱えるのは違う気がして、ロドスに管理を頼んだ。
自由に使っていい代わりに、ちゃんと誰かが“帰れる場所”として残るように。
そうした方がいいってそう思った。
残った俺は、エミーリエの推薦でロドスのオペレーターになった。
上司もエミーリエ。みんなあいつが言うなら断れない、みたいな空気で話が進んでいった。
気づいたら俺はロドスの制服を着て、荷物を運び、負傷者を運び、現場に立っていた。
色んな場所に連れていかれた。カズデルの戦地。シラクザーノのスラム。
酷い時はジャングルの奥まで潜って、方角も分からない湿った闇の中を歩かされた。
散々だった。任務が終わる頃には傷だらけで、何度も死にかけた。
それでも、エミーリエはいつも笑っていた。
誰かの手を引いて、誰かの肩を支えて、誰かの痛みを軽くするみたいに。
なんでそこまで頑張れるんだ。ふと聞いたら、あいつは迷いなく言った。
――んー……妹の為なの!私、あの子の為ならどれだけでも頑張れちゃうんだ――
その言葉は本音だったと思う……でもそれだけじゃない、とも思った。
妹の話をしている時だけ笑い方が少し変わる。明るいのに何かを誤魔化すような笑い方に。
ある日その妹がエミーリエと話してた、勢いがとんでもなくて言葉が鋭くて間合いが近い。
遠巻きに話を聞いてた俺は、完全に置いていかれて動けなかった。
家族って仲が良いものだと思ってた。でもあの二人はそう単純じゃない。
喧嘩って言うにはあまりにも一方的に言葉を浴びせられていて。
妹がどこかへ行って空気が落ちた。残されたエミーリエは震えていた。
大きく笑っていたはずの人が、急に小さくなる。
口元が動いて、小さく何かを呟いていた。
聞き取れないくらいで何言ってるのか分からないし俺はどうすればいいのか分からなかった。
聞ける相手もいない。俺はこういう時に正しい言葉を持ってない。
だから――いつの間にか手元に置いてあった、あのぬいぐるみを掴んだ。
子供の前で笑わせた時のやつ。顔を隠すみたいに前に出して正面に立った。
――ダ、ダイジョウブ?――
裏声で、前もこれで笑ったから今回もこれで行けるかもしれないって――そんな程度。
ヤケクソだった……ほんとに。
でも、エミーリエは一瞬きょとんとして――次の瞬間、吹き出した。
止まらないみたいに笑って、息が乱れて、肩を揺らして、涙まで出して。
大怪我してるくせに、思いっきり。
俺は最初焦った。笑わせるつもりはあっても壊れるみたいに笑われるのは想定外だったから。
それがどうにもおかしくて、つられて俺も笑った。腹の底から笑うなんて初めてだった。
あの時以来、俺は今でもあんまり笑えてない。
エミーリエは戦死した。誰も責めなかったけど――それでも、俺のせいだった。
あの日の任務は、囚われた感染者たちの救出。
本隊が敵拠点を叩いて、俺たちは避難誘導、戦いのど真ん中に踏み込む役目じゃなかった。
子供を一人、担ぎ上げた時。細い手首に付けられた腕輪が目に入った。
見覚えがありすぎた。俺が昔、値札みたいに付けられていた“売り物の証”。
その子は泣き叫んで逃げ回っていたわけでもない、恐怖で震えてるようにも見えない。
ただ、大人たちの流れに“なんとなく”ついてきてるだけの顔をしていた。
近くに、まだいる――そう思った瞬間、足が勝手に動いた。
頭のどこかで分かってた。これは命令でも任務でもない。俺の都合だ。
それでも、止まれなかった。
売り物たちを逃げないように縛るため、あの部屋は甘い匂いを炊いていた。
昔の記憶が、鼻腔をくすぐって奥から蘇る。あの子からも同じ匂いがした。
だから辿れると思った。辿れば、扉に行き着くはずだと。
そして、見つけた。分厚く、硬く、鈍い。
俺が売りに出された時、振り返って初めて見た“強固な扉”。
錆びた鉄板と、錆びた南京錠。
忘れてた――いや、忘れたふりをしてた。自分だけ自由になって、のうのうと生きて。
帰る場所だって、笑える場所だって、手に入れて。
その間も、扉の向こう側に置き去りされている存在がここに居たのに。
俺は扉を叩いた。叩いてもびくともしない。
だから剣の柄を握り直して、南京錠に何度も叩きつけた。
金属が鳴る。手が痺れる。れでもやめなかった。やめたら、ここに来た意味が消える気がした。
これに意味はあるのか?気づかないふりをして……戻ればよかったんじゃないか?
そんな声が頭の中で渦を巻く。でも、その上から別の声がかぶさってくる。師匠の声だ。
それでも師匠は、ずっと“終わらせた方がいいこと”から目を逸らさなかった。
あの人は、俺と向き合ってようやく知ったんだ。
“売り物”としての存在がどう生きるのか。
助けたいと言いながら、その実態に触れきれていなかったことを。
それを俺の存在で知って、最後まで笑って……自分に皮肉を言って死んでいった。
師匠は俺の心を救った、俺はその人から生き方を教わった。
なら今度は俺が、扉の向こう側に居る命を救う番だ。
そんな理屈で自分を押し出して、最後の一撃を叩き込んだ。
鈍い音がして、錠が裂けた。扉が、重たく開いた。
中にいたのは子供、一人や二人じゃない。両腕じゃ抱えきれない数。
痩せ細った身体。遅い足。目だけがこちらを見ているのに、声は出さない。
言葉は通じない。けど――“躾”だけは染みついている。
俺は指笛を鳴らして、大きく手を振った。ついてこい、の合図。
子供たちは一瞬迷って、それから列になるみたいに動き出した。
子供達の様子を見ながら拠点まで進んでいるとエミーリエが駆け付けて来た。
怒りが顔に出てる。ぶちぎれた顔――たぶん、そうだった。
でも子供たちを見た瞬間、表情が切り替わった。何も言わないし責めもしない。
ただ、黙って避難を手伝い始めた。手つきが早い。迷いがない――流石プロだ。
あと少し。みんなの元へ合流できる。そう思って子供たちの様子を確かめようと振り返った。
その瞬間――景色が止まった。
時間だけが、薄く伸びたみたいに遅くなる。子供達の頭上に、何かが落ちてくる。
影が覆う。空気が変わる。音が遠い。俺の身体はすぐ動いたはずなのに、間に合わない。
手を伸ばしても距離が縮まらない。叫んだのに声が出ない。
次に意識が戻ったのは、ロドスの艦内だった――作戦は成功したと聞いた。
囚われていた感染者も、人身売買の在庫だった子供たちも救えたと。
落ちてきたのは砲弾だった。敵が悪足掻きとして最後に放った流れ弾。
爆風で子供たちは重傷を負い、エミーリエも同じように傷ついた。
それでもエミーリエは、最後までアーツで治療していた。
自分の身体が裂けてるのに、手を止めなかった。
子供たちの息が繋がるまで、自分の心臓が止まりかけるまで、笑って励ましながら。
あの人はあの人のまま、最後まで命も心も諦めなかった。
助けが来た頃には、エミーリエの息は絶えていた――俺のせいだった。
俺が、後先を考えず扉を叩いた。
俺が、あの匂いに引きずられて戻っていった。
俺が、勝手に後先考えず、自分のしがらみ終わらせようとして、その代償を誰かに払わせた。
なのに誰も責めなかった……だから余計に、逃げ場がなかった。
俺の中で、ずっと笑っていた人がまた一人消えた。
そして俺は、あの時みたいにまた――何もできなかった。
俺は精神的な療養期間としてしばらく休まされることになった。
みんなが言うには俺はあれから丸くなったらしい、穏やかになったように見えるって。
そう皆に心配された、エミーリエとシオヤならなんていうんだろうな。
休もうにも休み方が分からなくて、とりあえず食堂に向かった。
その先に1人だけ、ぽつんと居たのがエミーリエの妹――シンドラーだった。
シンドラーも俺と同じ日に療養期間に入って休んでるらしい。
話かけるべきかな?……顔を合わせない方がいい?――ちょっとなやんで。
目の前に座った、怒ってるわけじゃないけど華奢な容姿に似合わず怖い目つき。
お互い何も喋らず、ただ時間だけが過ぎて先に口を開いたのはシンドラーだった。
――お姉ちゃんは、どんなひとでしたか?――
そう聞かれたから、俺は迷わずにこう返した。
――お人好しで、妹思いの良いお姉さんだった――
シンドラーは昔と何も変わってないってつぶやいて、静かになって顔を伏せた。
震えて、静かに泣いていたんだと思う。俺はその近くにじっといるだけだった。
ロドスに入れば命だけじゃなくて、心の救い方も学べると思っていたけど。
正直、どっちも分からない。今の俺がここに居る理由すら見つけられそうになかった。
でも、責任はあると思ってる。俺はシオヤのように立派な大人にはなれない。
エミーリエのように、人の命と心を癒して救える存在にはなりえない。
だったら俺は目の前に居る、
心に負った傷は癒せなくても俺は生きている間だけは、せめて――命だけは。
「もう……これだけ歩いて、まだつかないのほんとに帰ったら――」〘……〙「……あっ。」
シンドラーの姿は見えた、でも振りかぶった槍……シンドラーの両腕はふさがってる。
間に合わない――いや、間に合わせろ、もう俺は何も……何も失いたくない。
「シンドラーッ!!!」〘ッ?!〙「……おすかー?」「けがは?!どっか痛む――」
「遅い、何してたの。ずっと一人だったんだけど。」「え、あ。ごめん、でもあの」
ヴァレンの武器を正面に向けて引き金を引いた、反動で倒れそうにになったけど。
何とか踏ん張って撃ち切った、ヴァレンはいつもこんなの扱ってるんだ……。
「ええと、シンドラー……その、何してた?」「ヴァレンさんにこれ届けようとしてた。」
「……一応、俺もそんな感じ、ニエルブさんは状況分かってる?」「もう手をうごかしてる。」
「そっか、無事でよかった――避難先は分かる?あとは俺が届けるよ」「……ううん」
「私も届ける、だから一緒にきて。」「……分かった、一緒に行こう」
目的は動力炉、正直遠いけど距離については大丈夫だ、問題は道中の敵。
槍を持った奴らがうじゃうじゃと居る、動きは鈍いけど……囲まれたくないな。
〔イートスナック!イートスナック!〕「ん?どうした――あれ、なんだこれ」
―― SNACK SECOND WEAPON ZAKUZAKU ――
知らない間にベルトが巻かれてる……ヴァレンがいつも付けてるやつだ。
しかもなんか剣も出てきた、これがゴチゾウの力?
「……流石に変身はできないけど、まあ。十分か……行こうヴァレンの元へ」
ヴァレンの事は正直まだ良く分かってない、でもきっと良い奴なんだと思う。
傷ついた子供達を助けた後もずっと痛みから気が逸れるように声をかけ続けてた。
それにアーミヤさんからも出撃前に信じていいって言われたし。
今はあいつを信じてみよう。
――基礎情報
【コードネーム】シンドラー
【陣営】ロドスアイランド
【性別】女性
【戦闘経験】一年
【出身】カジミエーシュ
【誕生日】4月28日
【種族】ペッロー
【身長】156cm
【鉱石病感染状況】非感染
――能力測定
【物理強度】標準
【戦場機動】優秀
【生理的耐性】標準
【戦術立案】優秀
【戦闘技術】標準
【アーツ適正】卓越
――個人履歴
シンドラーはカジミエーシュの救護騎士団系譜に連なる家の出身で、幼少期から救護・応急処置を生活技能として叩き込まれている。家には「剣より先に包帯がある」という価値観があり、本人の医療技能はその環境由来の土台が大きい。
――健康診断
造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。
循環器系源石顆粒検査においても、同じく鉱石病の兆候は認められない。
以上の結果から、現時点では鉱石病未感染と判定。
【源石融合率】0%
鉱石病の兆候は見られない。
【血液中源石密度】0.10u/L
任務中源石と接触することが多いはずだが、数値の上昇は見受けられず。
彼女が独学で身に着けていた予防が効果を示しているのか、不明な点は多い。
――第一資料
シンドラーは、ロドスに先行して保護・編入されていた実姉(感染者)の存在を追って志願入隊したオペレーターである。志願理由は単純明快で、「姉を一人にしない」「寂しい思いをさせない」。
ただし、加入直後から本人の動機は“献身”というより“同伴”に近い。ロドスの環境が姉にとって良いものであると理解した一方で、姉が穏やかな表情を見せるほど、シンドラーの内側には別の感情が沈殿していった。
「自分がいなくても、姉は居場所を見つけてしまった」──その寂しさを明確に言語化しないまま、彼女は姉との距離を少しずつ取るようになる。任務で同席しても会話は必要最低限、視線を合わせる回数も意図的に減らしていた記録が残っている。
対外的には冷静で礼儀正しい。だが、他者に踏み込まれることを極端に嫌う傾向がある。質問への応答は過不足なく、感情の起伏を見せないよう徹底している。
――第二資料
シンドラーの戦場機動は「優秀」。走力・索敵・撤収判断に強みがあり、味方部隊の後方支援として“生き残るための動き”が身に付いている。
戦闘技術は標準だが、立ち回りは堅実で、無意味な接敵を避ける。自身の役割を「生存率を上げるための処置・連絡・判断」と捉えている節があり、前線で英雄的に振る舞うタイプではない。
戦術立案の評価が高いのは、派手な作戦を組むからではなく、危険要素を拾い上げて“損耗を避ける選択肢”を詰めるのが上手いためだ。
特に、状況が悪化する前提で代替案を複数用意する癖がある。本人いわく「最悪を想定しないのは怠慢」。言い方は刺々しいが、現場の混乱を抑える力として機能している。
アーツ適正は卓越。彼女は他の医療オペレーターとは常軌を逸した能力があることが発覚、
その力は”理論上あらゆる万物を崩壊から復元する力”――とまではいかないが、主に物質の復元や人体の再生に干渉する系統の応用が見込まれる。
――第三資料
姉の人物像は、シンドラーの記録の大部分を占める。
姉は「他人の痛みには過敏だが、自分の危うさには鈍い」タイプで、誰かを助けるためなら必要以上に踏み込む行動原理を持っていた。無茶を重ね、何度も瀕死になり、そのたびに周囲を安心させるように笑っていたという。
シンドラーはそれを理解できなかった。
「なぜそこまでするのか」「なぜ自分の身を軽んじるのか」──問いは正当だったが、ある日つい問い詰める形でぶつけてしまう。
姉の答えは、あまりに綺麗で、あまりに残酷だった。
「だって、みんな幸せで笑っていて欲しいから、つい頑張っちゃって。」
その瞬間、シンドラーは苛立ちと不安を抑えきれず、姉を否定する言葉を投げてしまう。以降、姉妹の距離は決定的に開き、任務で顔を合わせても必要事項だけの関係になった。
時間が経ち、シンドラーがロドス内で一定の立場を得た頃──姉は任務中に戦死した。
この事実そのものよりも、「距離が開いたまま終わった」ことが、彼女の精神状態に強い影を落としている。
――第四資料
姉の遺品には、シンドラー宛てのメッセージが残されていた。
「自慢のお姉ちゃんになれなくてごめんね。」
そこから先には、姉がなぜ人助けに固執したのかが静かに綴られていた。
感染者となった自分の存在が、妹の人生を不幸に傾けるかもしれないこと。
ロドスという居場所を得ても、「守られるだけ」で終わる生き方を望まなかったこと。
せめて妹が胸を張って誇れるよう、「たくさんの人を救い、幸せを増やした人間」になりたかったこと。
そしてそれらの動機が、突き詰めればすべて“妹のため”だったということ。
シンドラーは、この手紙を読んだ直後に泣き崩れたと記録されている。
以降、彼女の価値観は決定的に変化する。
「自分を犠牲にしてまで人を助ける」
「命を軽んじてでも誰かのために動く」
そうした在り方を、彼女は心の底から嫌悪するようになった。
それは単なる反発ではない。尊敬と憧れの対象であった姉の生き方が、同時に「家族との日常」を壊した原因でもあるからだ。
彼女の厭悪は矛盾を含む。姉を否定したことを悔いているのに、姉の選び方そのものは今も許せない。
その矛盾が、彼女を冷静にし、また危うくもしている。
現在のシンドラーは、誰かを救うことより先に“争いを増やさない”ことを優先する。
その判断は時に正しい。時に、冷たく見える。
だが少なくとも、彼女は「次に奪われるもの」を増やさないために動いている。
【以下権限記録】
シンドラーの優秀さは、善性ではなく恐怖から来ている。
彼女は“失うこと”に敏感すぎる。だから、損耗を避ける算段を立てる。だから、撤退判断が速い。だから、余計な英雄願望を持たない。
それは長所だ。だが、恐怖はいつか判断を歪める。
姉の生き方を嫌悪しているようで、彼女の視線の置き方は姉と同じだ。
誰かを救う理由を語らない代わりに、救えない状況を減らすことに執着している。
結論は一つ。彼女には仕事を与え続けろ。
ただし、“独りで抱えさせるな”。
――ケルシー