Connection First Spring   作:zs3079

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第七話:初めは好奇心から

昼休みの教室は、妙に騒がしかった。

 

お弁当を広げる子もいれば、廊下へ駆け出す子もいた。

 

ザワザワとした音のなか——

私は、静かに、自分の席に座っていた。

 

はるちゃんは今日は他のクラスの子と約束。

でもって今日の昼休み時間は、一人ってことになった。

 

当番の時に、ゴミ捨て場で偶然出会って——

趣味が合ったから、すぐに仲良くなったらしい。

 

なんとなく、その子がどんな雰囲気なのか、想像できた。

 

私も、本が好きだったら、

はるちゃんと——

もうちょっと、色んな話が出来たはずなのに。

 

そんなことを考えて、なんとなくノートの表紙をめくった。

 

真っ白なページが目に入った。

瞬間、それが今の自分と似ているって考えが脳裏をよぎった。

 

……私は、何をしているのだろう。

 

「あれ、宮本さん、今日は一人? いつも一緒にいたあの子は?」

 

そのとき、隣のクラスの友達が話しかけてきた。

 

「あら、空井さん、こんにちは。今日は先約があるらしくて、別々に食べることにしたの。空井さんは?」

 

私は笑顔を浮かべながら、明るく返した。

 

「みんなと購買に行く途中だったけど、宮本さんが一人だったからちょっと気になって。じゃ、あたし行くから。ちゃんとお昼食べるんだよ?」

 

「わざわざ気にかけてくれてありがとう。私はちゃんと食べるから、空井さんも。ね?」

 

彼女は、答えの代わりにふっと笑って——

そのまま手を振って、教室を出ていった。

 

空井さんがいなくなると、また、静けさが戻ってきた。

……少なくとも、私の周りには。

 

何だか、またぎこちなくなった。

そんな中、不思議と耳に入ってくる音があった。

前の方から、「タッ、タッ」とリズムを数えるような音——。

 

……ゲーム?

 

小さな音なのに、なぜか耳に残った。

 

その一定のテンポに、自然と目が止まった。

 

その子は、何も言わずに顔を伏せたまま、

スマホの画面を見つめていた。

 

イヤホンのコードが軽く垂れていて、

指先は静かに、リズムに合わせて動いていた。

 

スマホからの音も振動もなかったのに、

騒がしい教室の中、彼が作るリズムだけは、はっきりと聞こえてきた。

 

まるでこの空間で、彼だけが別の時を生きているようだった。

 

誰にも触れず、

周りの様子を気にしない様に——

ただ、自分だけのリズムを追いかけているみたいだった。

 

ずっと無口のまま、集中しているその中、

何故か言葉よりも大事な何かが染み込んでいる様にまで感じられた。

 

ただゲームをしているだけなのに、

どこか真剣で、どこか静かだった。

 

なんとなく耳に入った音が、

いつの間にか、その持ち主への興味を湧かせてくれた。

 

リズムが少しずつ速くなって、指の動きも忙しくなった。

 

でも彼の体は揺れることなく、その姿勢を保っていた。

その瞬間、教室の風景が、不思議と遠くに感じられた。

 

音は相変わらず小さいままだったけど、

その子の周りには、そのリズムだけが、他のどんな音よりもくっきりと漂っていた。

 

一瞬、指が止まった。

……ミスしたのかな?

 

そのとき、画面を覆っていた手がそっと動いて、

少し後——

とても小さく、口元が緩んだ。

 

本当に、ほんの少しだけ。

 

そしてまた、表情は元に戻って——

その子は再び、一定のリズムで画面を叩き始めた。

 

あのおかっぱ頭……確か、宮田くんだったよね?

 

入学式のとき、自己紹介していた姿がうっすらと思い出された。

 

「宮田弘明です。よろしくお願いします。」

 

その姿が印象的で、どんな子なのか気になっていたけど、

リズムゲームを一人で楽しむタイプだったんだ。

 

リズムゲームは、あの子にとってどんな意味があるんだろう?

 

私はちょっとした好奇心で、お弁当を持って立ち上がった。

 

さっきまで指先に集中していた動きが、

いつの間にか止まっていた。

 

教室の後ろでは誰かがまだ笑っていて、

窓際では包装紙を開ける音が聞こえた。

 

皆、お昼食べてるよね?

宮田くんは、お昼食べたのかな。

 

そう思ったとき、宮田くんはスマホを置いて、少し息をついた。

 

私は今だと思い、彼の席へと足を運んだ。

 

「宮田くん……だったっけ? 私が誰か、分かる?」

 

やがて彼の前に着いていつもの笑顔を浮かべながら、声をかけた。

 

その瞬間、宮田くんの動きがピタッと止まった

 

「え……」

 

「びっくりさせちゃったら、ごめんね。 クラスメイトだし、ちょっとくらい話してみてもいいかなって思って……。 リズムゲームやってる宮田くん、なんか気になってたし」

 

「……見ていたのか」

 

宮田くんは少し表情を緩めたけど、まだどこか警戒している目だった。

 

私は気にせず、話を続けた。

 

「うん。毎日一緒にお昼を食べてる友達が、今日は先約があるって言ってて」

 

私はそう言いながら、宮田くんの顔をそっと伺った。

表情には特に変化はなかった。

 

「ひとりで席に座っていたら、前のほうからスマホのタップ音が聞こえてきて……

何気なく見たら、宮田くんがリズムゲームをしてたの」

 

私は少し気まずそうに笑いながら、そう続けた。

 

「だから、ずっと見てしまったの。……もし気分悪かったら、ごめんね?」

 

ふわりと微笑みながら言うと、宮田くんは少し驚いたように目を丸くして、でもまた少し警戒の表情に戻った。

 

「…そっか。それで、何の用?」

 

少しは気が変わったのか、ぶっきらぼうに聞いてきた。

 

「私、まだお昼食べてなくて。一人で食べるのもちょっと寂しいから……もし宮田くんがよければ、一緒にどうかなって思って」

 

持っていたお弁当を軽く持ち上げながら言った。

 

「一緒にお昼か……」

 

宮田くんは、私のお弁当を見つめた後、うつむきながら言った。

 

「うん! よかったら、少し食べてもいいよ。うちのお母さん、料理上手だから」

 

私は笑顔を浮かべながら、彼の前の机の上にお弁当を置いた。

 

「え? ちょっと待って。そこ、お前の席じゃないだろう?」

 

宮田くんが机を指さして言った。

 

「あ、うん。でも大丈夫。ここ、川島さんの席なんだけど、私、川島さんと親しいから、ちょっと借りるって言えば、きっと許してくれるから」

 

そう言いながら、私は川島さんの席に腰を下ろした。

 

「すごい自信だな……あ、そういえば、お名前……」

 

宮田くんはうつむいていたけど、ふと思い出したかのように顔を上げて言った。

 

「宮本愛。新学期の自己紹介で言ったんだけど、覚えてなかったのね」

 

名前を聞いてくれて嬉しかったけど、覚えてなかったのはちょっと残念だった。

 

「宮本……愛……聞いたことあるような……ないような……」

 

宮田くんは首をかしげながら、しばらく考え込んだ。

 

「ひどいな〜。宮田くんは、リズムゲーム以外には全然興味ないんだ? クラスメイトなのに」

 

私はわざとふくれっ面をして、いたずらっぽく言った。

 

「そ、そうじゃない……いや、その……うん、その通りかも……」

 

宮田くんはまたうつむいてしまった。

 

その様子があまりにも可愛くて、つい笑ってしまった。

 

「ぷっ、あはは! ごめん、ごめん。ちょっとからかっただけだから」

 

私は軽く笑って、手をひらひらと二度振った。

 

宮田くんの顔が少し赤くなる。

 

……うん、こんな人なら——

 

「少しは、自分を解放してもいいかもしれない」って、そんな思いがした。

 

「それで、 一緒にお昼食べる? もう一度言うけど、おかず、すっごく美味しいよ?」

 

また笑顔を浮かべながら、お弁当を差し出した。

 

「うっ……でも、それ、宮本さんのお母さんが作ってくれたんだろう? 俺が食べていいのか?」

 

宮田くんは、差し出されたお弁当から目を離せないまま言った。

 

さっきまでの警戒心の高さとは違って、少し高ぶった声。

 

そして、私のお弁当を見て、口元がほんのり緩んでいた。

 

「もちろん。私は、宮田くんと一緒に食べたいから」

 

にっこりと微笑みながら答えた。

 

「うっ……もしかして、あとでおかず代として何か請求するとかしないんだろうな?」

 

宮田くんは、なんとかお弁当から目をそらそうと顔を背けて言った。

 

「失礼ね……宮田くんって、いつも人の好意をそうやって疑うの?」

 

私はちょっと不満げな表情を浮かべて言った。

 

「あっ……ごめん。でも……うん、その通りかもしれない。俺は、好意には必ず裏があるって思うから」

 

宮田くんは、私が怒ったとでも思ったのか、少し慌てて、またうつむいた。

 

気づけば、不満げな顔は消えていて——私は静かに彼を見ていた。

 

「ふ〜ん、じゃあ今の私の“裏”って、どこにあると思う?」

 

じっと彼の目を見つめる。

 

「えっ……その、それが……宮本さん、見た感じ、俺とはタイプが全然違うだろう?」

 

黙って彼の次の言葉を待つ。

 

「だから、混乱してて。なんで人気あって、友達も多そうな宮本さんが、俺に話しかけてるのかって……」

 

宮田くんは視線をそらしながら言った。

 

「何でだと思う?」と、もう一度聞きたかったけど、これ以上追い詰めたら、ここまでの流れが台無しになってしまうかもしれない。

 

そう思った私は、表情を和らげて、静かに言った。

 

「簡単だよ、宮田くん。貴方に興味があるから」

 

宮田くんは反射的に私の顔を見て、固まった。

 

そして、少しの沈黙。

 

少し間をおいて、目元に微笑みを浮かべて言った。

 

「だから、宮田くんと話したくなったの。……宮田くんは、嫌?」

 

その言葉に、宮田くんは顔をそむけながら、本当に困ったような表情で答えた。

 

「……い、嫌では。。ないけど。。急に話しかけられても困るっていうか……その……」

 

しどろもどろになる宮田くんがあまりにも可愛くて、

私は思わず表情を崩して、目を閉じたまま、ほっこりと微笑んでしまった。

 

しばらくそのまま、目を閉じることにした。

 

「もっと自然に……あ?」

 

あっ、やっと気づいた。

 

「やっぱり、からかってるだけじゃねえか!!」

 

満足げに目を開けると、宮田くんはちょっと怒ったように、少しだけ顔を歪めていた。

 

「うふふ、宮田くん、かわいい」

 

私はちょっといたずらっぽく笑った。

 

その言葉に、宮田くんはまた顔を赤らめて、うつむいた。

 

そんなふうに無防備に反応されて、またからかいたくなったけど——

 

「じゃあ、一緒にお弁当食べよっか。ところで、宮田くん、もうお昼は食べた?」

 

からかうのはこの辺にしておこうと思って、

私はお弁当を彼の机の上に置きながら聞いた。

 

「いや、購買で焼きそばパンと牛乳は買ったけど……まだ食べてない」

 

宮田くんは、まだ顔を上げないまま答えた。

 

「ちょうどよかった。じゃあ、一緒に食べよう」

 

私は口元を少し緩めて、あらかじめ用意していた割り箸を宮田くんの右手の前に置いた。

 

「うむ……じゃあ、いただきます……」

 

宮田くんはしぶしぶ顔を上げて、私が渡した箸を手に取り、おかずを箸で取り始めた。

 

 

最初は、ただの好奇心だった。

 

でも、この短い昼休みが、

私にとって、ずっと心に残るものになるとは——

 

そのときは、まだ思ってもいなかった。

 

教室の騒がしさの中で、

 

二人だけの静かなリズムが——

 

言葉もなく、ゆっくりと、広がっていた。




第七話までお読みいただき、ありがとうございました。



今回は、宮本愛の視点から、

何気ない興味から始まった、一人のクラスメイトとの出会いを描いてみました。



ただ見ていたはずの存在が、

いつの間にか心の中に入り込んでくる——

そんな静かな感情の芽生えを、丁寧に拾い上げたつもりです。



また、騒がしい教室の中で、

二人だけのリズムがゆっくりと重なっていく過程を通して、

まだ言葉にならない関係の始まりを、そっと感じ取っていただけたなら嬉しいです。



大きな動きはなくとも、

ふとした視線や、交わされた言葉の端々に宿る

微細な感情の振れを、これからも丁寧に綴っていきたいと思います。



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