月明かりさえ隠す厚い雲の向こうで、何かが光った。
遠い宇宙の片隅から、ひとすじの光が地球をめがけて降りてくる。その光はただの流星ではない。幾多の星々を渡り歩き、数え切れぬ闇を打ち払ってきた戦士の、魂のきらめきだった。
――ウルトラマンゼロ。
彼は数え切れぬ戦いを経て、なおも未熟さを抱えた若き戦士。
だがその心の奥には、誰よりも強い「守りたい」という想いが燃えていた。
その想いが、今、ひとりの女性の運命と重なろうとしていた。
真田梨央は、駅前の雑踏を一歩一歩噛みしめるように歩いていた。
秋の夜風が、ほんの少し肌寒い。背筋を正すようにして着ている薄いコートの下で、心臓が落ち着かない鼓動を刻んでいた。
理由は分かっていた。
――今日、この場所に、もしかしたら「彼」が現れるかもしれない。
弟・優。
十三年前、突然の事件に巻き込まれ、姿を消したまま消息を絶った弟。
警察の捜査でも何の手掛かりも得られず、唯一残されたのは、あの日交わした「また会おう」という約束の言葉だけだった。
梨央は大人になった。研究者としての道を選び、会社を経営する立場にもなった。けれど心の奥底にはずっと、弟の影が消えることはなかった。
今夜、SNSの匿名投稿に奇妙な噂が流れた。
――「失われた少年が帰ってくる。光と共に。」
根拠はない。おそらく悪ふざけだろう。
それでも梨央は、無視できなかった。
駅前の広場は、夜でも明るい。ネオン看板が人波を染め、笑い声と呼び込みの声が混じり合う。だが梨央の視線はただ、群衆の中のひとつの影を追い求めていた。
「……優……?」
ふと、視界の端に立つひとりの青年の姿が目に留まった。
フードを深くかぶり、視線を下に落としたその横顔は、記憶の中の弟に驚くほど似ていた。
胸の鼓動が跳ね上がる。
梨央は思わず足を踏み出していた。
その瞬間。
――大地が揺れた。
低い轟音が、地の底から響き渡る。周囲の人々が悲鳴を上げ、看板が揺れ、窓ガラスがガタガタと音を立てた。
そして、夜空を裂くようにして、漆黒の巨影が現れた。
怪獣。
全身を黒い鋼のような装甲で覆い、四つの赤い目が妖しく光っている。長い尾を振り下ろすたびに、アスファルトが粉々に砕け散った。
「きゃああああっ!」
「逃げろおおおっ!」
人々が一斉に広場から逃げ出す。悲鳴と怒号が混じり、街は瞬く間にパニックと化した。
梨央は立ち尽くしていた。
目の前にいる「青年」が、まるで怪獣の出現を知っていたかのように静かに顔を上げたからだ。
その瞳は、十三年前と同じ――弟・優のものだった。
優はゆっくりと梨央を見つめ返す。
その視線は懐かしさと、そして言葉にできないほどの哀しみを帯びていた。
「……姉ちゃん……」
かすれた声が夜風に溶ける。梨央の胸に込み上げるものがあった。
だが次の瞬間、怪獣の咆哮がふたりを引き裂く。
街路樹がなぎ倒され、炎が爆ぜた。
梨央は必死に弟へ駆け寄ろうとするが、瓦礫が落ち、視界を遮る。
――その時だった。
空からひとすじの光が降り注いだ。
夜空を切り裂き、怪獣の頭上に突き刺さるように現れたその光は、人の形を取ると同時に眩い輝きを放った。
ウルトラマンゼロ。
その巨躯が、街の闇を照らし出す。
人々が逃げ惑う中、梨央はただ呆然と見上げていた。
「……光……」
そして、ゼロの蒼き瞳が、梨央と優を見下ろした。
まるで「守る」と言っているかのように。
夜の帳が降りた東京の街は、ネオンとビルの明かりに照らされ、昼間とは違う表情を見せていた。人々の足取りは早く、仕事帰りや遊び帰りの群衆がそれぞれの目的地へと散っていく。だが、その誰一人として、この夜に起こる「異変」を予想してはいなかった。
彼方、宇宙の深淵。冷たい闇の中を切り裂くように、一条の光が疾走していた。青白い輝きに包まれたその存在は、数え切れぬ戦いを越えてなお鋭く光を放つ戦士――ウルトラマンゼロである。
ゼロの双眸には、地球の青が映っていた。何度も訪れ、幾度となく守ってきたこの惑星。だが、今度は「ただの侵略者との戦い」ではない。ゼロの胸の奥には、言葉にならない焦燥と、重苦しい予感が渦巻いていた。
――また、何かが始まろうとしている。
ゼロは心の中で呟き、地球大気圏へと突入する。大気の摩擦が火の尾を引き、光の戦士の姿は一瞬、流れ星のように夜空を駆け抜けた。その閃光を、ふとビルの窓から見上げる一人の女性がいた。
真田梨央。
製薬会社の社長として多忙を極める彼女は、今夜も遅くまで会議をしていた。視線の先を走り抜けた光に、彼女は一瞬、息を呑む。
「……流れ星?」
呟いた声に、過去の記憶が疼く。十数年前、まだ大学生だった頃の出来事。弟・優を守ろうと必死に奔走したあの夜。失われたと思っていた時間。封じ込めてきた痛み。
そして、あの時確かに「光」に包まれた記憶。
梨央自身も信じられないそれは、夢か現か区別のつかないまま、心の奥底に沈んでいた。
けれど――その光が、再び現れたのだ。
同じ頃。
埼玉の郊外にあるリハビリ施設。その一室で、真田優は窓辺に腰掛け、夜空を見上げていた。彼の手元には分厚いノートがある。かつて事件に巻き込まれ、長らく心身を病んできた彼は、ようやく社会復帰に向けて歩き出したところだった。ノートには、支援員から渡された「将来やりたいこと」を書き留める欄があった。
「将来か……」
優はペンを止める。何も浮かばない。ずっと「ただ生きること」だけで精一杯だったからだ。未来のことを考える余裕などなかった。
そのとき、夜空を横切る閃光が彼の視界に飛び込んできた。
「……兄ちゃん……?」
なぜそう思ったのか、優自身も分からない。
ただ、胸の奥に懐かしい声が響いた気がした。守る、と誓ってくれた誰かの声。
次の瞬間、施設の周囲で微かな振動が走る。遠くの山中で爆発のような光が瞬き、夜空を染め上げた。優は思わず立ち上がり、窓ガラスに手をつく。
――怪獣。
理屈ではなく、本能がそう告げていた。
東京本社の会議室を出た梨央は、スマートフォンを取り出し、見慣れた番号に指を滑らせた。
コール音が続く。だが相手は出ない。
画面に浮かぶ名前は「真田 優」。
弟の名前。
――会いたい。
心の奥底で、ずっと願っていた。
けれど、自分が弟と顔を合わせる資格があるのか、梨央は分からなかった。過去の事件で優は傷つき、自分もまた多くを失った。その痛みを口にするたび、彼をさらに苦しめてしまうのではないかという恐怖。だからこそ、彼女はいつも「仕事」を言い訳に、距離を置いてきた。
しかし今夜、窓の外で見たあの閃光は――彼女の心を揺さぶった。
まるで「そろそろ向き合え」と背中を押すように。
「……優」
小さく名を呟いたとき、着信履歴の通知が入った。
施設からだった。
「もしもし」
梨央の声が震える。
受話器の向こうで、支援員の声が慌ただしく響いた。
『真田さんですか? 優さんが……先ほどから様子がおかしくて……外に飛び出して行ってしまって……!』
「えっ……!」
梨央の心臓が大きく跳ねた。
◆
一方その頃、優は夜の街を走っていた。
施設の敷地を抜け、暗い田舎道を駆ける。その足取りは覚束ないが、目だけは真っ直ぐ前を見据えていた。
――呼ばれている。
頭ではなく、魂がそう告げていた。遠くで轟いた爆音。その先に「何か」が待っている。恐怖ではなく、不思議な引力のようなものに突き動かされ、彼はただ走り続ける。
やがて視界の先、山間の空が赤く染まった。
巨大な影が蠢いている。
「……!」
人間の常識では説明できない。だが優は一瞬で悟った。あれは――怪獣。
ビルよりも高い巨体。鋭い爪、炎のように燃え盛る鬣。
ガルベロスと呼ばれるその怪獣は、咆哮とともに地面を踏み砕き、周囲の木々を炎に包んでいた。
「……やっぱり、そうなんだ……」
優は呟き、恐怖よりもむしろ確信を抱いた。あの光を見たときから感じていた。
――また、あの人が来る。
次の瞬間、夜空を裂く蒼い閃光。
降り立つ光の戦士。
「……ウルトラマン……!」
優の目に涙が滲んだ。
かつて子供の頃に確かに出会った光。それは夢ではなかった。今、再び目の前に現れたのだ。
ウルトラマンゼロは地を踏みしめ、ガルベロスへと構えを取る。
空気が震える。
そして――戦いが始まった。
山間の夜空が轟音に震えた。
ウルトラマンゼロが踏み込むと、大地が揺れ、松林が一斉になぎ倒される。対峙するは炎を纏う獣――ガルベロス。その双眼は紅蓮に燃え、ゼロを睨み据えていた。
「グルァァァァッ!」
咆哮とともに、ガルベロスが地面を砕き突進する。四肢で大地を蹴り、瞬時にゼロとの間合いを詰める。その速度は巨体からは想像できないほど速かった。
ゼロは咄嗟に腕を構え、左からの爪撃を受け止める。火花が散り、耳をつんざく金属音が夜に響いた。
「ッ……!」
ゼロの腕に痺れる衝撃が走る。怪獣の力は想定以上だった。
だが怯むことなく、ゼロは体を捻り、ガルベロスの顎下へ強烈な蹴りを叩き込む。巨体がわずかに浮き、後方へよろめく。
その隙にゼロは右腕を掲げ、蒼いエネルギーを纏わせた。
「エメリウムスラッシュ!」
蒼光の刃が放たれ、夜を裂く。
だがガルベロスは咆哮をあげ、炎のブレスを吐き出した。赤と青の光がぶつかり、爆風が山肌を削る。
閃光に照らされ、優は思わず地面に身を伏せた。
「……すごい……」
恐怖と同時に胸を打つ昂揚。
これは現実だ。夢でも幻でもない。自分の目の前で、光と闇がぶつかり合っている。
◆
市街地。
梨央は車を飛ばしていた。支援員から「優が山の方へ向かった」と聞き、居ても立ってもいられなかったのだ。
「お願い……どうか、無事でいて……!」
やがて、遠くの空に赤と青の光が交錯するのが見えた。
梨央の胸に忘れられない記憶が蘇る。
――あの夜、弟を守るため必死に走ったとき、自分を包んだまばゆい光。
その光が、再び夜空で瞬いていた。
◆
戦場。
ゼロは炎に包まれた大地を背に、再び構え直す。
「こいつ……タダ者じゃねぇな」
低く呟く声は、人間には届かない。だが確かに戦士の意思は燃えていた。
ガルベロスが再び突進する。炎の鬣が燃え盛り、山道を赤く照らす。
ゼロは敢えて迎え撃たず、一瞬のフェイントで身を翻した。巨体が横を掠める。その背中に、ゼロは渾身のキックを叩き込む。
「グアァァァァッ!」
ガルベロスが山肌に叩きつけられ、土砂が崩れ落ちる。
その瞬間、優は無意識に叫んでいた。
「ゼロ――ッ!」
――光の戦士の名を。
ゼロの双眸がわずかに揺れた。
まるで、彼の声に応えるかのように。
戦場に緊張が張り詰める。
ガルベロスは体を震わせ、口から膨大な炎エネルギーを溜め込み始めた。赤黒い光が喉奥で脈打ち、今にも地形そのものを焼き尽くそうとしている。
「……やる気か」
ゼロは静かに構え直した。
左腕を前に、右腕を腰に引き、交差させる。
蒼い光がその身を包み込む。
「ゼ――ロ――ッ!シュウウウムッ!!!」
ゼロスラッガーが両腕から光を放ち、交差した腕に集束する。蒼白の輝きが夜空を切り裂く。
同時に、ガルベロスが超高熱の火炎流を放った。
赤と青、二つの光が激突する。
轟音。閃光。
爆風が山林を薙ぎ倒し、優は思わずその場に膝をついた。
だが、彼は目を逸らさなかった。
「ゼロ……!」
光はぶつかり合い、拮抗する。
数秒――いや、永遠に思えるほどの時間が流れる。
やがて、青の閃光が赤を押し返し、ガルベロスを直撃した。
「グアァァァァァッ!!!」
巨体が爆炎に包まれ、山肌に倒れ込む。炎と煙が立ち上り、夜空を赤く照らした。
ゼロは静かに腕を下ろす。その双眸に決意の光が宿っていた。
戦いは終わった――だが、これは始まりに過ぎない。
◆
「優――!」
駆け寄る声。
振り返った優の目に、懐かしい顔が映った。
「……姉ちゃん……」
梨央が息を切らして走り寄り、優の肩を掴む。
涙が頬を伝うのも構わず、彼女は弟を抱きしめた。
「無事で……よかった……!」
「……俺……」
優の声は震えていた。
恐怖だけではない。安堵と、再会の実感。そして――確かにこの目で見た「光」の存在。
「姉ちゃん……俺、見たんだ。あの光……ゼロを」
梨央は言葉を失った。
彼女もまた、遠くの空で蒼白の光が戦う姿を見ていたのだ。
二人は沈黙のまま、夜空を仰ぐ。
そこには、静かに飛び去っていくウルトラマンゼロの背中があった。
彼の姿は、星空の彼方へと消えていく。
「また……会えるよね」
優の呟きに、梨央はそっと頷いた。
夜空の向こう、光の戦士の存在を信じながら。
夜明け前の街に、まだ煙の匂いが漂っていた。山中の爆炎は消防と自衛隊によって鎮火されつつあったが、現場一帯は立入禁止区域に指定され、ニュース局のヘリが空から状況を追っていた。
「爆発事故」――公式にはそう報じられるだろう。だが、梨央と優には分かっていた。あれは事故ではない。怪獣。光の戦士。誰も知らぬ場所で起きた、本当の戦い。
施設の迎えの車が到着し、優は乗り込む直前に姉の方を振り返った。
「姉ちゃん……」
「なに?」
「……俺、やっぱり見間違いじゃない。ゼロは、本当にいたんだ」
梨央は答えられなかった。ただ、強く頷いた。
車が走り去り、梨央はその場に立ち尽くした。
――なぜ、今またゼロが現れたのか。
――この先、何が待ち受けているのか。
胸の奥に広がる不安と同時に、微かに灯った希望。
彼女は空を見上げる。
そこにはもうゼロの姿はなかったが、確かに「光」は残っていた。
◆
一方その頃――。
暗い研究施設の地下。
無数のモニターが光り、先ほどの戦闘映像が繰り返し再生されていた。
「……やはり、目覚めたか」
男の低い声が響く。
その顔は影に隠され、正体は分からない。
だが、彼の前には異形の結晶体が浮かび、不気味な光を放っていた。
「次は……“リヴィオン”を解き放つ番だ」
画面に映るゼロの姿を睨みながら、男は冷ややかに微笑んだ。
◆
――こうして、再会の夜は幕を閉じる。
しかし光と闇の物語は、まだ始まったばかりだった。
いかがでしたでしょうか?
新世界ウルトラヒーローズも新世界ウルトラヒーローズwith宇宙戦艦ヤマト2199も未だ書きかけの途中(しかも2年以上放置!)のままですが新作を投稿していきたいと思いますので、ご容赦くださいますようよろしくお願いします。