新怪獣登場⁉︎
――暗闇。
湿った空気が肺を圧迫し、どこからともなく水滴の音が響く。
真田優は、夢の中で再びあの夜を彷徨っていた。
足元に赤黒い染みが広がっている。指先を見れば、べっとりと血が付いている。
誰の血なのか分からない。ただひとつ確かなのは、自分の手が汚れているという事実だった。
「やめて……優!」
振り返れば、小さな頃の梨央が涙を浮かべてこちらを見ている。
震える声が耳を裂く。
「俺は……俺が……」
優は言葉を絞り出すが、その先を言えない。喉の奥で罪悪感が凝固し、声にならない。
その時。
闇の奥から力強い声が響いた。
――立て、優。
「……!」
聞き覚えのある声。だが、現実の人間のものではない。
銀河のように遠く、同時に胸の奥に直接響く声。
――お前はまだ終わっていない。
――逃げるか、立ち向かうか。選ぶのはお前だ。
光の閃光が闇を裂く。
優の視界に、銀色の巨人の輪郭が浮かび上がる。赤と青の鎧をまとい、額には鋭い角を輝かせている。
「ゼロ……」
優がその名を呟いた瞬間、視界が弾け、彼は目を覚ました。
――――
「優!」
聞き慣れた声がすぐそばから響く。
目を開ければ、そこには真田梨央がいた。薄暗いホテルの一室。夜明け前の街を見下ろす窓から、かすかな光が差し込んでいた。
「大丈夫? うなされてた……」
梨央の手が優の頬に触れる。その温もりが、夢の中の冷たい闇をかき消していく。
優は息を整えながら、苦しげに首を振った。
「……大丈夫じゃない。俺は……俺は、人を……」
「そんなことない!」
梨央の声が鋭く遮った。
「優は……私の弟だよ。どんな過去があっても、私の大事な弟なんだよ!」
その言葉に、優は胸を抉られるような痛みを覚えた。
彼女のまっすぐな瞳。決して揺らがない想い。
だが、それに甘える資格が自分にあるのか――優は自問せずにはいられなかった。
「姉ちゃん……俺は、あの夜からずっと……自分が何をしたのか、分からないんだ」
「……」
「もし、俺が……人を殺してたら……どうするんだ?」
梨央の瞳が揺れる。それでも彼女は震える唇をかみしめ、言い切った。
「それでも、優は優だよ。……私は、信じたい」
優は息を詰まらせた。喉が焼け付くように熱い。
彼の心の中に、夢で見たゼロの声が再び木霊する。
――立て、優。罪から目を逸らすな。
優は拳を握りしめた。しかし、その拳にはまだ迷いが残っていた。
夜が明け、警視庁捜査一課の会議室。
蛍光灯の冷たい光が机に並んだ事件ファイルを照らしている。
宮崎大輝は、眠気を押し殺すように資料をめくっていた。
指先に触れる紙のざらつき。そこに記されているのは、十数年前――あの夜の未解決事件の記録だ。
「……また、それか」
同僚刑事の一人が声をかけてきた。
「真田家の事件はもう時効だろ。今さら何をほじくり返すんだ?」
大輝は顔を上げず、資料に目を落としたまま答える。
「時効はある。けど……まだ終わっていない気がするんだ」
「終わってない?」
同僚が眉をひそめる。
大輝は書類を閉じ、深く息を吐いた。
「怪獣の出現と……関係があるかもしれない」
室内に一瞬、沈黙が走った。
「おいおい、大輝。刑事がそんなオカルトじみたこと言うなよ」
「オカルトじゃない。俺はこの目で見た。あの夜、街を破壊した怪物を」
彼の脳裏に、ガルベロスの三つの頭が咆哮する姿が蘇る。
そして、光の巨人が現れ、街を守るように戦った光景も。
「……あれを見てしまったら、ただの事件だとは思えない」
大輝の声は揺らがなかった。
それでも同僚たちは困惑し、何も言えなくなる。
彼は立ち上がり、資料を小脇に抱えて会議室を出た。
廊下を歩きながら、胸の奥で独り言のように呟く。
「梨央……優……お前たちは、何を背負ってるんだ」
数時間後。
大輝は地下鉄の駅に足を運んでいた。
ここ数日、街で「黒い霧を見た」という通報が相次いでいた。
その発生地点は、いずれも十数年前の事件現場に近い。
「偶然にしては……出来すぎている」
コートのポケットに手を突っ込み、大輝はホームを歩く。
朝の通勤ラッシュを終え、人影のまばらな時間帯。
しかし、駅の奥にはどこか不気味な静けさが漂っていた。
――その時だった。
ホームの照明が一斉に揺らめき、光が何度も点滅する。
地下の空気が重くなり、黒い霧が足元から立ち上ってきた。
「……来たか」
大輝は拳銃に手をかける。しかし次の瞬間、視界を覆うほどの黒煙が渦を巻き、人々の悲鳴が響いた。
「うわああっ!」
「な、なんだこれ!」
霧の中心に、巨大な影がうごめく。
闇そのものから形を得たかのように、怪獣の輪郭が現れた。
「……ドゥナミス」
大輝は無意識に、その名を呟いた。
リヴィオンの残滓から生まれた、新たな闇の化身――罪を喰らう怪獣。
怪獣の眼孔が光を放ち、乗客たちの恐怖を吸い上げるように咆哮した。
「逃げろっ!」
大輝は人々を避難させようと叫び、走り回る。
だが、霧が濃くなるにつれ、体が鉛のように重くなり、視界も霞んでいく。
「くそっ……!」
必死に拳銃を構えたその瞬間、闇の触手のようなものが伸び、大輝の体を絡め取った。
「ぐああっ……!」
体が締め付けられ、視界が黒く染まっていく。
最後に思い浮かんだのは――梨央の姿だった。
薄暗い地下鉄の通路。
優は足早に歩いていた。
「ここにいてはいけない……俺がいると、また誰かが傷つく」
そう自分に言い聞かせるように、視線を落として改札を通り抜けた。
しかし、ホームに降り立った瞬間――。
空気が急に冷たくなり、胸の奥を締め付けるような圧迫感に襲われた。
「……これは……!」
黒い霧が床から立ち上り、ホーム全体を包み込む。
人々のざわめきが恐怖の叫びに変わる。
「な、なんだこれ!」
「息が……できない!」
霧の中心で、巨大な影がうごめいていた。
闇の塊が触手を広げ、形を変えながら乗客に迫る。
ドゥナミス――罪を喰らう怪獣が、その姿を露わにした。
「うわああっ!」
逃げ惑う人々。ホームに転んだ子供が泣き叫び、母親が必死に抱き寄せる。
だが、霧は逃げ場を塞ぎ、恐怖を糧に怪獣はますます巨大化していく。
優は息を呑んだ。
「……俺が……呼んだのか……?」
心臓が早鐘のように打ち、手のひらに冷たい汗が滲む。
あの夜の記憶――血塗られた自分の手。泣き叫ぶ梨央。
罪の影が、再び彼を飲み込もうとしていた。
「おい……早く逃げろ!」
叫ぶ声に振り返ると、そこには大輝がいた。
闇の触手に絡め取られ、必死にもがきながらも人々を守ろうとしている。
「大ちゃん……!」
優の胸に、熱いものが込み上げた。
刑事である彼は、自分のことより市民を救おうと必死だった。
――それなのに、自分は?
「俺は……逃げてばかりだ」
「罪からも……姉からも……自分自身からも……」
その時。
ポケットの奥で、冷たい金属の感触が指に触れた。
「これは……」
取り出したのは、長年肌身離さず持ち歩いていた小さな銀色の装置。
子供の頃、瓦礫の中で光りながら落ちていた“お守り”のようなもの。
優にとっては過去の記憶の欠片にすぎなかった。
だが今――それは眩い光を放ち、形を変えていく。
両眼のような赤いレンズを持ち、額には鋭い角を模した意匠。
――ウルトラゼロアイ。
「これが……」
優の脳裏に、あの声が響いた。
――立て、優。
――お前の力で、人を守れ。
「……俺なんかに、そんな資格……!」
涙が滲む。だが、耳に届いたのは別の声だった。
「優っ!」
ホームの奥から、梨央が叫んでいた。
瓦礫の隙間をすり抜け、必死にこちらへ走ってくる。
その瞳には恐怖ではなく、ただひとつ――弟を信じる強い光が宿っていた。
「優……お願い! もう逃げないで!」
その一言が、優の心を突き破った。
罪から、逃げてはいけない。
姉を、そして誰かを守るために――。
「俺は……もう逃げない!」
優は震える手でゼロアイを目元に掲げた。
装置が光を放ち、顔に吸い付くように装着される。
「ウルトラマン……ゼロォォォッ!」
光が弾け、全身を駆け抜けた。
その瞬間、優の体は光に包まれ、地下鉄の天井を突き破るほどの巨体へと変貌していく。
轟音と共に、光の巨人――ウルトラマンゼロが立ち上がった。
轟く咆哮が地下鉄の闇を引き裂いた。
光に包まれた巨影が立ち上がり、ホームを覆っていた黒い瘴気を一気に吹き飛ばす。
――ウルトラマンゼロ。
その登場に、人々は一瞬声を失った。
そして、恐怖の中にあったはずの乗客たちは、どこか安堵の色を浮かべる。
「光の……巨人……!」
「助かった……!」
だが、ドゥナミスもまたただの怪獣ではなかった。
罪と恐怖を糧に進化するその影は、ゼロの出現に怒り狂い、全身から黒い触手を無数に放つ。
「グォォォオオオ!」
ゼロは両腕を広げ、迫り来る触手を素早くかわした。
その動きは鋭く、光の戦士としての本能が優の体を導いているようだった。
「くっ……速い……!」
ゼロの内部、優の意識が揺れる。
巨人の視界、鼓動、筋肉の一挙手一投足が、自分のもののように伝わってくる。
まるで――一心同体。
「優! 力を合わせろ!」
脳内に、鋭い声が響いた。
それはゼロ自身の声。
長き戦いを潜り抜けてきた戦士の声だった。
「俺が力を貸す。だが戦うのはお前だ!」
「……わかった!」
優は恐怖を振り払い、ゼロと呼吸を合わせた。
◆
ドゥナミスの黒い触手がゼロの胴を絡め取る。
「ぐっ……!」
体を締め付けられ、動きが鈍る。
「まだだ!」
ゼロの右腕が光を帯び、鋭いエルボーブレードが展開される。
一閃――!
蒼い光刃が触手を斬り裂き、黒い霧を散らした。
解放されたゼロはすぐさま距離を詰め、ドゥナミスの胸へと強烈なドロップキックを叩き込む。
轟音と共に怪獣が後方の壁を突き破り、地上の道路へと吹き飛ばされる。
「みんな! 今のうちに避難を!」
大輝が叫び、人々は一斉に出口へと走り出した。
その中で梨央は振り返り、戦う弟の姿を必死に目で追っていた。
「優……!」
◆
地上。
夜の街に怪獣の咆哮が響き渡り、ビルの窓ガラスが次々と砕け散る。
ゼロはその巨体を翻し、地面を蹴って一気に飛び上がる。
舞い上がった瓦礫の中で、二体の巨影が正面から激突した。
拳と拳がぶつかり合う。
ゼロの鋭い蹴りがドゥナミスを押し込み、しかし闇の塊はすぐに再生し、逆にゼロを押し返す。
「こいつ……再生力が!」
優が焦りを覚える。
その時、ゼロが静かに告げた。
「優……罪は消えない。
だが――立ち向かうことで、人はそれを越えられる!」
「……!」
ゼロの額が光り、ツインアイが蒼く輝く。
腕を交差し、エネルギーを集中させていく。
優の胸の奥でも、熱い力が溢れていた。
「行くぞ――!」
ゼロは大地を踏みしめ、渾身の力を解き放つ。
「エメリウムスラッシュッ!」
蒼白の光刃が夜空を切り裂き、ドゥナミスの胸を貫いた。
怪獣は断末魔の咆哮をあげ、全身を霧散させていく。
黒い瘴気が霧のように薄れ、やがて街は静寂を取り戻した。
◆
戦いの余韻の中。
ゼロの巨体は光の粒子となって溶け、優の姿が再び現れる。
瓦礫の中に倒れ込むが、すぐに梨央が駆け寄った。
「優っ! 大丈夫!?」
「姉ちゃん……俺……」
言葉が途切れ、涙が零れる。
「守れた……今度は……逃げなかった……」
梨央は弟を強く抱きしめた。
「そう……それでいいの。ありがとう、優……」
その様子を遠くから見つめるだいき。
彼の目は驚きと、そして新たな決意に満ちていた。
「ウルトラマンゼロ……いや、優。
お前の力は――まだ始まったばかりだな」
夜空に、静かに星が瞬いていた。
◆
――そして。
都心から少し離れた高層ビルの屋上。
夜風を受けながら、ひとりの男が戦いの結末を眺めていた。
黒いコートに身を包み、口元に不敵な笑みを浮かべている。
その手には、不気味に光る“黒い結晶”が握られていた。
「フッ……さすがゼロ。
だが――人間と一体化しているとは、面白い」
男の目が妖しく輝く。
まるでゼロと優の戦いを、すべて計算に入れていたかのように。
「罪を背負う者……その弱さこそ、最大の隙。
光の戦士よ――必ず堕としてみせる」
低く響く声とともに、黒い霧が男の背後から広がり、やがて夜空に溶けて消えた。
街は静けさを取り戻したが、その闇の底で確実に、新たな陰謀が蠢いていた。
――第3話・完。
ついに優がゼロと一体化!
次回、謎の男の正体が少し明らかになります!