「いやーもーマジあーしがこんなちっちゃい子に負けると思わんかったぁ」
ミコトが私を背負ってヴェスタカンテンまでの平野を駆ける。
私の全力でも到達できない速度を出しながら、彼女は未だに愚痴をこぼし続けている。あの身体能力ならもっと飛ばせるだろうに、現状は並みの速度だ。実は完全に回復していなくてまだ腹部にダメージが残っているのだろうか。もしそれならば仕方ないだろう。私に回復魔法か魔術が使えれば良かったが……それとも話すために速度を落としているのだろうか。
まあいいか。日が落ちる前には着くだろう。
「あーしを負かすならもっとこう……デッカくてムッキムキで……武術家で……どっかの王子で……って思ってたのに、ちっさくて魔術師でお姫様みたいな男の子なんだもんなぁ。真逆すぎてジワる」
口が減らない。デッカくてムッキムキになれるなら私だってなりたいものだ。
しかし男の子では全くない。今後を考えるなら誤解は粗方解いておいた方がいいだろう。
「多分私ミコトより歳上だよ」
「えー? ないない。あーし今18だよ? お酒だって飲めるし結婚もできちゃうもんね」
「私今20歳だけど」
実年齢から100年の時を抜いて伝える。魔王としての寿命からすると実年齢でも十分若いが、人間との寿命差から考えるとこれくらいの年齢を伝えるのが妥当だろう。たぶん。
ミコトの足がピタッと止まった。
「ヤバっなんか降ろしたくなってきた」
「えっ」
若すぎただろうか。それとも逆か?
「えっなにどういうこと!? どう見ても10歳前後じゃん! エグっ」
人間界ではそこまで若く見られていたのか。
単一種族しかいないと容姿基準は固定されるのかもしれない。
「……もしかして魔術でそうしてんの?」
悲しいが角以外素の姿だ。むしろ魔術でそうするために人間界へ来ている。
だが、この人物を信用して教えてしまってもいいのだろうか? 自身を買った者から金品を巻き上げるような女を?
…………
ある程度弱みは隠そう。まだミコトのことよく知らないし。
「内緒」
「ええー……」
誤解を解くための会話で秘密ができてしまった。思い返すと私について言えないことは多い。
「つーことはええー……これがあーしの……えぇ……」
何やら呟きながら移動を再開した。言いたいことが済んだせいか速度も上がっていく。お陰でヴェスタカンテンはもう目と鼻の先だ。高くそびえる門が視界に広がってきている。
果たして何を見つけ、何を知ることが出来るだろうか。
ヴェスタカンテンに入国した。
門から内側の様子を見ると国全体が窪地になっており、中枢である城へ向けて建物が飲み込まれていく様に並べられている。面白い地形だ。
入国審査を無事終えて街に足を踏み入れた。サイがくれた偽の身分証明が役に立った。よく考えると用意してきた偽のアレコレも多い。誤解を解くどころか今の私は嘘だらけだったな。
「そういやここで何すんの?」
「観光」
「絶対ウソじゃん」
門から出て伸びをするミコトが目的を聞いてくる。まあこれくらいは教えておこう。
「新しい魔術を探しにね」
「ふぅーん」
微塵も興味が無さそうだ。
頭の後ろで手を組み、口先を尖らせたミコトの顔が夕陽に照らされている。そろそろ日も落ちるな、宿屋を探すなりした方がいいだろう。と、その前に。
杖を掲げて魔術の準備をする。
「ん? なにしてんの?」
「魔術師探し」
杖で地を叩き国全体に探知魔術を広げる。魔力反応は……3か、少なく感じる。国の規模自体がそこまで大きくないからだろうか。そしてあまり……強くない。いや、人間としては平均的なのかもしれない。やはりマイカは異常だったのだろうか。
3人の中で彼女の様に自分の素質に気づいていない者もいるだろう、そうすると更に期待はできない。古書店とかで魔術書を漁った方が良いかもしれない。
ま、とりあえず明日色々巡って調べてみよう。
「どーだった?」
「数人程度だった。宿探そうか」
「あーい」
いつの間にか点き始めた街の明かりを頼りに、知らない場所の安息地を探し求めた。
「2部屋で」
「えっ、1部屋じゃないの?」
なんだか先日も同じようなやりとりをした気がする。
人間は異性だろうが同じ部屋で過ごすのが当たり前なのだろうか。
「結構な距離走ったし疲れたでしょ」
「でもあーし奴隷だよ? しかも超美少女の」
はっきりと言い切った。相当な自信だ。
しかし言っていることの関連性がわからない。確かに美人な奴隷かもしれないが、なぜそれで1部屋になるのだろうか。広い部屋でゆっくり休めばいいだろう。
「えっと……お取り込み中のところ申し訳ございません、本日空きは一部屋のみとなっております……」
心苦しそうに横から口を出した宿の店主の一言により、相部屋が決定した。
またしても既視感だ。
「おー……結構いい部屋じゃん」
部屋は広めで、白と金でデザインされた上品な家具が用意されており、天蓋付きの大きなベッドが部屋の隅に鎮座している。ミコトを買った時の馬車は優雅に彩られていたので、宿も同じような傾向のものを探したが……他の宿を当たれば良かっただろうか。しかしもう夜も更けている。
まあいいか、寝よう。
ベッドがひとつしかなく、他に代用できる寝具もなさそうなので作ることにした。
杖を軸にして土台を形成し、土台の端と端を繋いだ魔術陣を実体化させる。自立式の吊床の完成だ。ここまでの旅でも、研究所に籠る時も非常に重宝した魔術だ。ふふ、私作。
「じゃあおやすみ」
「えっ寝んの? てかそこで? ベッドは?」
「使っていいよ」
「ええー……」
先ほどまで少しソワソワしていたミコトは呆れた様子でベッドへ向かった。
どういう気持ちの遷移だろうか。
「ピッピあんまそーいうの興味ない感じ?」
「そういうのって?」
「女」
ミコトが豊満な胸の上へ手を当て、ベッドの上で艶かしくポーズをとる。だが眼は笑っていない。どういう感情だろうか。
思わず目を逸らしてしまう。
女に興味……性的にという意味で間違いはないだろうが……
…………
いや、まあ、ないわけじゃ、ない。
こんな見た目だが私だって男ではあるのだ。状況によってはドキドキすることもある。その場の雰囲気や視覚的刺激だったり、急に横で入浴してる異性がいたりなど。
しかし、アレだ。
目的のある旅先でうつつを抜かすわけにいかないし。人間と魔族だし、色々違いがあるだろうし。
まあ……うん……その……
寝ようか。
「おやすみ」
「ふーん……」
ミコトへ背を向け就寝の体制を取る。
小さくため息をついた彼女の表情は、背後で見えることはなかった。
夜が明けた。
今日は昨日探知した魔力の元と古書店を訪ねていく予定だ。
「ふあ〜ぁ……今日はどこ行くん?」
ミコトが大きくあくびをして後に続く、彼女を連れていくべきだろうか。だがこれは私個人としての目的なので付き合わせるのも気が引ける。
昨日興味なさそうだったし、別行動にするか。
「私は昨日見つけた魔術師のところ行ってくるから、ミコトは自由にしてて」
「んー……ま、じゃあそうすんね」
「小遣い渡しとくね」
「おっ、わかってんじゃん♡」
気のせいだろうか。金貨を渡されて輝く前のミコトの顔が少し、浮かないように見えた。
帰ったら話を聞いてみるとしよう。
再度探知をかけ、対象の人物がいる場所を探す。
ここから近くに1人、少し遠くで2人固まっている。近場から攻めるか。
人で賑わう通りでは露店で果物を売る店、芳ばしい香りを漂わせるパン屋、安売りの看板が目立つ服屋などが並んでいる。質の良い布地屋か宝石店があればフラッと入ってしまいそうだったが、この通りは大衆向けのようだ。寄り道せずに済む。
対象の人物がいる場所は通りを外れ、閑散とした狭い路地にある古書店だった。これなら魔術書もあるかもしれない。一石二鳥だな。
扉を押してベルの音と共に迎えてくれたのは本の壁だった。
凄まじい量だ、天井にまで届いている。
「いっ……いらっしゃいませ……」
奥から蚊の鳴くような声が聞こえたのでそちらへ向かってみる。
本の山の空いた部分に少女が埋もれている。前髪がかなり長く顔が見えないが、メガネの縁がこちら側へ向いているので認識はしてもらえているようだ。
彼女が探知に引っかかった1人で間違いない。
「な……なにをお探しでしょうか……」
この店の店員か、店主だろうか。
いずれにせよ商品について探し物があると言った方が円滑に進みそうだ。
「魔術書を探してまして」
あと魔術師を。
私の言葉を聞いた途端彼女は立ち上がった。本の山が一つ崩れる。
「そ……その杖……探し物……あ……あなた魔術師ですか!?」
あまりの勢いと声の大きさに一歩引き下がる。
そんな私を見て彼女は顔を赤くすると徐々に小さくなり本の山の中に消えていく。
あの、接客をお願いします。
「えーと、はい。魔術師です」
山の上から覗いて答えた。
こちらとしては貴女もそうですか。と続けたいが様子を見る。
「わあっ……やっぱり……! 初めて見た……!」
再び立ち上がり祈るように手を組んだ彼女が、煌めいた目でこちらを見ている。
反応からすると彼女自身は魔術師ではなさそうだ。反対にこちらの目が濁っていく。
「あのっ……私魔術師に憧れてまして……! どうやったらなれるでしょうか……」
入店してきたばかりの客に人生相談をしてきた。私の要望はどこへ消えたのだ。
仕方ないので先に彼女の要望に応えることにしよう。
「基本は知っている誰かに教えてもらう、ですね。あとは本とか」
本はないだろうか。探しているんだ。
「本! 本ですね。この店にも唯一流れてきた魔術書がありまして……こちらです」
彼女は古い本を手渡してきた。ところどころ傷んでいるが目立った汚れもなく綺麗に繕われている、大事に扱われているようだ。
しかし題の一部に”光魔術”と書いてあるのが目に留まった。私の目的のものではない。うーむアテが外れた。
「ただ……読んでもよくわからない上に試しても何も起きなくて……私に魔術の才能はないんでしょうか……」
傷つけないようページを捲り中を確認する。
えーと、これは……
「これ、応用向けです。基礎が書いてません」
「えっ!?」
これでは試しても何も出ないだろう。文字の読み方がわからないのに文章を書こうとするようなものだ。
「でっ……ではあなたに魔術を教えてもらうというのは……!?」
必死に食らいついてくる、本当に憧れているんだな。
彼女に術の才能自体はある……が、私も目的があって旅をしている身だ。
頼ってもらえたところ申し訳ないが、断らざるを得ない。
「お断りします」
「ダメですか……」
彼女はガックリと肩を落とす。
悪い気もするが、基礎の魔術書がこの店に流れてくるのを期待するしかない。しかし魔術書……? そういえばミコトを売った商人が”トゥテラの学院”に買い占められたと言っていたような。
一つ思いついた。
「紙と何か書くものはありますか?」
「へ……? はっ……はい! 書店ですのでもちろん……!」
渡された紙に魔術陣を描いていく。陣の上に光球を浮かべる基礎魔術だ。
出来上がったものを彼女に渡すと不思議そうな顔で眺めている。
「まずはこれを描けるようになってみてください。それで何か出れば貴女は魔術が使えます。もし魔術が使えてもっと知りたければ、トゥテラの学院で魔術書を集めているそうです。そこを訪れるのも良いかもしれません」
彼女の瞳がみるみるうちに大きくなり、涙を浮かべ歓喜が顔に満ちていく。
トゥテラという場所に何かあるか私も定かでないので、正直かなり無責任な発言だが、夢を持つ誰かというのは無性に何かしてあげたくなってしまう。
「あとそこの歴史書を一冊ください」
「おっお代は結構です! ありがとうございました! 本当に!」
彼女は陣が描かれた紙を掲げてくるりと回り、本の山へ突っ込んだ。
こちらは無責任に応援させてもらおう。頑張れ。
アテが外れてすごすごと路地を歩いていると、4人の男に囲まれた女性が目に止まる。随分派手な格好だ、男も寄ってくるだろう。
「あーし主人がいるんでぇ」
声が聞こえて横転しそうになる。ミコトだ……
「でも今近くにいないでしょ?」
「だーいじょうぶだって、ちょっと遊ぶだけだし」
「そんな格好して普段から遊んでんじゃねぇの?」
男の一人の腕がマイカの肩へ伸びていく。
彼女の目つきが鋭くなった、マズい!
「うちの子に何かご用でしょうか!」
咄嗟に間へ割って入る。やることがまだ残ってるのに強制退国させられるのは御免だ。
「うおっ」
「んだこのガキ?」
「わっすっげぇかわいい……」
「え、ウソだろお前」
「あれ? ピッピ」
四方から声が飛んでくる。止めたは良いが、ここからどうしようか。
「どけガキ、邪魔だ」
「俺たちそっちの軽そーなネェちゃんに用があんの」
「なんなら俺が相手してやろうかぁ〜嬢ちゃん♡」
「お前マジか」
杖で地面を叩くと同時に男たちが無言で崩れ落ちる。
何故か苛立ちのあまり魔術を放ってしまった。というか身の危険も感じた。
「ヤバっ今何したん? 糸切れた人形みたいんなったけど」
「電撃を少々」
ミコトは床に転がる男たちを眺めてから私に向き直り、にやーっと笑顔を浮かべた。
「なになに? 助けてくれたん?」
どちらかと言うと彼らが殺されないよう助けに入ったのだが……
結果的に私がノしてしまった。迂闊。
「まっ、あーしひとりでも倒せたけどね。でも代わりに怒ってくれてありがと♡」
ミコトが私の頭を撫でる。
怒ったのか? 私は。彼女の為に?
言われてみれば男が彼女を侮辱した時に苛立ちが頂点に達した気がする。
……なるほど、私はだいぶ彼女に対する仲間意識が芽生えているようだ。
まだ信用ならない部分もあるが、彼女にはどこか親近感が湧く。
「んで? どうこの服、カワイくない?」
急に話題を変えて容姿の是非を聞いてきた。奔放だな。
そうか、破茶滅茶で目が離せない感じが、ラヴィとちょっと似てるのかもしれない。
だとしたら答えは、そうだな。
「似合ってる、可愛いよ」
「ぬおっ」
彼女は虚を突かれたようにポカンとしている。
しばらくするとハッとしたように口を開いた。
「ちょっと意外」
「意外?」
「ピッピはあーしを移動手段としてしか見てないのかなって」
「……」
まあ否定はしない。信用していなかったというのもあるが、冷たく対応し過ぎていただろうか。もしかすると無意識にしていたのかもしれない。関わりを作りすぎないように。
「えへへーちゃんと興味あんじゃんそういうの〜」
ミコトはそう言いながら私の頬を突いてくる。
人間界では私の頬を突くのが流行っているのか?
「で、この後ピッピはどうすんの?」
この後の行動について聞いているのだろうか。彼女の眼は何かを期待しているようにも見える。
「別の通りに行こうと思ってたけど……」
また彼女をひとりにして男に絡まれるかもしれない。しかし退屈な行動に付き合わせるのも気が引ける……が。
ミコトへ向かって手を差しだす。
「行くよ、一緒に」
もし、彼女がラヴィと似ているのであれば。
「拒否権はないよ、ミコトは私の奴隷なんだから」
一緒にいれれば、それで良いのだろう。
「ふーん……言うじゃん」
ミコトは微笑みを浮かべて私の手を取った。
「あーしピッピのことつまんない奴だと思ってたけど」
つまんない奴だと思われていたのか。
「意外と悪くないねー、あーしの旦那様は」
繋いだ手を振りながらミコトはふふっと鼻で笑う。
家政婦として雇った記憶はないぞ。