半分世界とかわいい魔王とヒューマンピーポー   作:黒烟

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帰宅 一

 

「じゃあ、すぐ帰って来る」

「ん……行ってらっしゃい」

 

 ミコトへ一時の別れを告げ転送石を起動させた。

 

 

 

 視界が光で満ちていく。

 

 ——ぇ

 

 久々に帰るからだろうか、早くもラビィの幻聴が聞こえる。

 

 ——ぅえ

 

 まるですぐ傍から聞こえて来るようだ。

 

「兄上ぇーっ!!」

「おぐっ」

「うええええぇっ本物だああああぁ! 久しぶりの兄上の匂いだぁ!」

 

 腹に頭突きをかまされ後ろに吹き飛ぶ。そのまま地面に叩きつけ……られずに宙に浮いた。

 腰を掴んで私の腹部に顔を埋め、深く呼吸をするラビィの頭越しに部屋を見回す。石造りの小さな部屋と謎の配管、金髪の耳長クソ野郎、それと子犬のような雰囲気の少女……少年? が視界に入る。

 魔界、そして魔王城へ帰って来れたようだ。

 

「どうっどう? 兄上!? 見つけた? 魔術見つかった!?」

 

 腹から顔を離し私を天に掲げる体制になるラヴィ。

 尻尾が期待を込めてブオンブオンと揺れている。ああ、久しぶり。

 

「いや、見つからなかった」

「ぎゅぅ」

 

 ストンと私を床に降ろしつつ足元から崩れ落ちた。ただいま、魔王城の床。

 腰にしがみつくラヴィを引き連れたままサイに近づく。

 

「おかえりなさいませ魔王さ」

 

 腰をかがめて出迎えるヤツが喋り終える前にチョップを喰らわした。続けて2発。

 ヤツは困ったような顔を浮かべて額をさすっている。白々しい。

 

「おやおや、帰宅早々3発とは……お怒りですか魔王様」

「今から増やすよ」

 

 追加で2発喰らわせた。

 

「何故とは言わないよね? 里とか父上のこととか人間界のこととかさぁ」

「おや、遊び歩かずしっかり学んできたようですね」

 

 追加で3発喰らわせた。 

 

「本当は肉体変化も目星ついてるんじゃないの? 宰相サイフォルドさん」

「はて、なんのことでしょう」

 

 食えないヤツ。

 正直もっとガッツリ問い詰めてやりたいところではある。

 が、

 

「兄上! そんなヘンタイクソヤローにばっか構わないで!」

 

 うん、やっぱり姫様はお許し下さらなかったか。

 ではまた今度、変態クソ野郎。

 

 ラヴィに抱え上げられヤツから離される。そのまま部屋を出る前にもう1人の人物と視線がぶつかった。宙に浮かんだまま首だけで礼をすると、向こうは慌てた様子で礼を返してくれた。

 この子が堕天使のデティロだったはずだ。一度しか顔を合わせていないので若干記憶が危うい。それと再度視直してもやはり性別がわからない。魔力の性質が他種族とは根本的に違う。

 ラヴィがこちらの視線に気づきデティロの方へ手を向けた。

 

「兄上、こいつティー。ワタシの妹」

 

 女性だったか。そして愛称がついた上に妹にされている。

 つまり彼女は私の妹にもなるということだろうか。

 

「兼、弟」

 

 どっちだ。

 益々謎は深まるばかり。不思議な種族だ、堕天使。

 しかし男性となると妹の傍に置くのは若干警戒せざるを得ない。兄として。

 兄としてな。

 

「ティーを呼んでくれてありがとー兄上♡暇つぶしになったぁ」

 

 まあ、随分気に入ってるみたいだし、いいか。

 肝心のティーの方へ目を向けると苦笑いを浮かべている。相当苦労したのだろう。ありがとう。お陰で思っていたよりもラヴィは大丈夫そうだ。ただ、手が掛からなくなるのは嬉しくもあるけど、寂しくもなるな。これが妹の成長なんだろう。

 ティーへ感謝を込めて手を振るとまた慌てて礼を返してくれた。本当に子犬のような子だ。

 

 その後ラヴィの部屋へと連行される。

 ベットの上に降ろされ膝枕を要求されたので応じて頭を撫でることにした。一緒に着いてきたティーが気まずそうに扉前で立っていたので手招きをする。彼も労ってあげよう。

 おずおずとベット横に屈んだティーの頭も同時に撫でる。この子の様子を見ているとつい、こうしたくなってしまった。妙な魅力があるな、この子は。

 抵抗もなくしばらく撫でられていたティーだったが、突如何かに怯えたように扉前へ戻ってしまった。気に障ることをしてしまっただろうか。

 

 特に原因が思い浮かばなかったが、ふと、自分が魔王として不在だった1ヶ月間が気になった。何故か目つきの悪くなっているラヴィを見下ろして尋ねる。

 

「ラヴィ、いない間こっちの様子はどうだった?」

「こっち? んーと、いつも通り過ごしたり……ティーで遊んだり……あとはママんところに行ったりしたかな」

 

 んん、聞き方が悪かった。そっちじゃないんだ。

 とりあえずこれまでの彼女を褒めておこう。

 

「そっか、ちゃんと1人でも過ごせたね。えらい」

「えへへぇ♡」

 

 厳密には1人じゃないだろうけど、私がいなくてもやって来れた。素晴らしい。元々彼女はできる子だったけど心配ではあったのだ。無用で終わりホッとする。

 そういえば後で義母上のところにも向かわないと。

 

「あと魔都とか魔界全体は?」

「んー……待って、今イバラ呼ぶから」

 

 ボンッという音と共に、給仕の格好をした石人形が現れた。イバラだ。直接対面するのは結構久しぶりとなる。

 彼女は慎ましやかに報告書を差し出してきた。

 お礼に寡黙な彼女の頭も撫でる。ありがとうラヴィの分身、こうした業務から主の世話まで、本当にいつも助かっている。

 嬉しそうに身を寄せてきた彼女だったが、突如何かに怯えたように扉へ向かって駆け、礼をして何処かへ去っていった。慌ただしいな、仕事が残っていたのだろうか。

 

 何故か歯を剥いているラヴィの頭を引き続き撫でながら、報告書に目を通した。

 

 ・魔都東地区において銀行襲撃事件発生。死傷者多数

 ・魔都西地区において種族間の抗争発生。死傷者多数

 ・魔都中央において音楽家の路上演奏により交通機関3日間麻痺

 ・北ソブルバ地方にて大型魔獣が街を蹂躙。討伐済み。死傷者多数

 ・東オライア地方での催しにより興行収入過去最高を更新。

 等々

 

 うん、魔界はいつも通りだな。

 いつも通り、治安が悪い。

 亡き父上が病に伏して以降悪化の一途を辿っているが、今月も中々に酷い。こんな野蛮な種族と仲良くなれると本気で考えているのだろうかドウゲンは。一刻も早く私の肉体改造が望まれる事態だ。威厳を手に入れ、この魔界を統治しなくては。

 

 ドウゲンで思い出したが、人間界では私が殺した兵隊以外に死人が出ていない。目にした範囲がまだあの国周辺程度だとしても、なんというか、平和を感じた。彼が名君なのだろうか。是非とも仲良くしてコツが知りたいところだ。戻ったらもう一度くらい話が聞けるといいが。

 

「うへへ……兄上ぇ……」

 

 ……まあ、今はこっちに集中していよう。今日は一日中甘えさせると約束したのだ。

 

 以降は魔都で流行りのゲームをしたり、ご飯を食べたり、着せ替えられたりして時間を過ごしていく。そんな日も傾きつつある刻に、あることを思い出す。

 

「義母上に顔見せてなかった」

「ん? ママ?」

 

 旅立ち初日に忘れ、今回訪問しようと考えていたのに、また忘れるところだった。いくらラヴィを優先していると言えど、褒められたものではない。顔も見せない不義理な義理の息子をお許しください。

 と、いうわけで挨拶くらいしておきたいが、姫様はお許し下さるだろうか。

 

「じゃあ、一緒に行く? ママんとこ」

 

 あっさりと承諾をもらえた。ちょっと諦めようかと思っていたのに。

 

「ティー、オラ行くぞ。準備しろ」

「はっ……はい!」

 

 ラヴィが指示をし、ティーが慌てて支度に向かう。

 私以外と接するラヴィは貴重なので心温まる光景だ。ガラの悪さは義母上から受け継いでいるものの、彼女が11歳になってからは私には見せてくれなくなったので尚更貴重だ。どちらも非常に愛おしい。

 

 部屋を移動する途中でイバラとすれ違う。

 彼女へお礼を言い切れていなかったので同行を提案したところ、ラヴィは苦虫を噛み潰したような顔で渋々承諾してくれた。よし、パーティ結成だ。

 抱きかかえられて廊下を進む中、隣を歩くイバラへ普段の業務やラヴィの世話について礼を告げると、口のない彼女は言葉の代わりに身振り手振りで表現をしてくれる。分身だから当然だが、ラヴィに仕草がそっくりだ。思わず笑顔になってしまう。

 

 そんな感じで戯れを続けていたら我々一行は義母上の部屋の前に着いた。

 

「ママいるー?」

 

 ドカッと扉を足蹴にして開けるラヴィ。手が塞がっているとはいえ……

 まあいいか。

 

「オウ、珍しいな。また来たかラバラリーナ」

 

 義母上はこちらに気づくと椅子から立ち上がり、目の前まで来て私の頭を掴んだ。

 

「オイオイ久しぶりだなロン坊。アタシに挨拶も無しで旅に出たっつーじゃねぇか」

 

 お許し頂けていなかったようだ。一見その顔には笑顔が表現されているが、大きく開かれた琥珀のような瞳がこちらの胸の深くまで覗くように凝視している。

 

「それがどうだ? え? こんな美女達引き連れて今更挨拶か? ん?」

 

 恐い。震えるほどに。

 弁明しようにも忘れていたのは事実だ。謝る他ない。

 

「遅れてしまい申し訳ございません。本日一時的な帰還となりましたのでご挨拶に参りました」

 

 誠心誠意込めて謝罪する。ラヴィに抱えられたままなので、情け無い様相を晒しているが。

 義母上の様子を伺うと口を一文字にして小刻みに震えている。

 と、次の瞬間噴き出した。

 

「あーつくづく威厳がねぇな。それどころかかわいいと来たもんだ」

 

 かんらかんらと笑う義母上は、そのまま私の頭を撫でた。

 ”可愛い”という言葉は投げかけられる度、反応に困る。一般的に私の外見はそれの部類に入るのかもしれない。しかし性別は男な上、120歳の魔王だ。本来ならば怒るべきなのだろう。

 だが、母が私にくれた同じ言葉を、育ててくれた20年間を否定したくはない。

 つまり、褒め言葉なのだ。と、自分を納得させようとするが微弱なプライドは消えない。

 結局のところ、顔が熱くなるばかりで何も反応を返せなくなる。

 

「全くコイツがディズマの子ねぇ……未だに信じ難いぜ」

 

 義母上はあの日のラヴィの魔法を喰らってしまった魔族の1人で、約30年に及ぶ私の記憶がスッポリ抜け落ちている。サイが改変前に戻すか聞いた時に、”ディズマに会えるのが1日遅れるのは嫌”と言って拒否した為だ。流石は義母上。

 私についてはラヴィ経由で伝えてもらったところ、あっさり信じてもらえた。夫の連れ子がいきなり現れたのだ。もっと警戒されてもおかしくはないと思っていたが……懐の深さに敬慕する。

 

「その……ありがとうございます。魔都のいざこざ等お任せしてしまい」

「いいんだよ、元々の仕事だしな」

 

 彼女は魔界における警察組織のトップを担っているため、治安が悪い今の魔界を取り締まっているのだ。私が魔王に選ばれてしまったばかりに以前よりも苦労をかけていると思うと、全くもって頭が上がらない。

 

「それよりどうだ? 人間界の方は」

 

 談話室に移動し、設置されたソファーに全員腰をかけると、義母上はラビィの膝の上の私に問いかけてきた。

 

「あ、それワタシも気になる」

 

 ラヴィが頭上から賛同して尋ねる。他の2人も興味津々にこちらの顔を伺っていた。

 うーん、どう伝えたものか……

 

「結構、文化が違いますね。個々の為というより、大衆、全体と同調して営みをしている感じがするというか。少なくとも魔界より平和でした」

「ほーん、羨ましい限りだな」

 

 最終的にこれが1ヶ月旅をした私の所感だ。誰かの為に体が動く奴がいたり、恩を返そうと気を回す人もいたり、徒党を組んで何かを滅ぼそうとする者もいたり。基本は自分の為にしか行動しない魔族と比べると、多様だったな。

 

「後は……父上の影響が根強く残っていました」

「ほぉ……?」

 

 義母上は手元の酒瓶を空けながら私の言葉に耳を傾ける。

 

「義母上は父上が大昔、人間に何をしたかご存知ですか?」

「んあ? アタシが生まれるよりも前に魔界から人間を追い出した英雄って聞いちゃいるけどな」

 

 恐らく今の魔族共通の認識だろう。魔界全土を救い支配する英雄、それが父上ディズマ・ローヴ・ザガンドリスだ。

 

「そうだなぁ……アタシもディズマと出会う前の話はそんなに聞けてねぇんだよな」

 

 今の所、義母上からは彼女自身の半生と、そこに絡んでくる父上の話しか聞けていない。正直父の人柄がよくわからなくて毎回混乱するばかりだ。そして彼女視点の父上像が混ざるので非常にややこしい。

 こうなるとサイくらいしか正確に記憶している者はいないだろう。大人しく教えてはくれないだろうが。

 

「一度聞こうとしたんだが……すげー哀しそうな顔されてよ。魔界を恐怖で支配したあの魔王がだぜ? ギャップで最高に萌えちまってあん時のアタシはそれ以上何も聞かずに抱きしめてよー。あの瞬間からこりゃもう——」

 

 ああ、始まってしまった。今日の残り時間はここで過ごすことになりそうだ。

 とりあえず、今はラヴィに抱きしめられる感覚でも味わっておこう。

 

 

 夜も更けたのでラヴィの部屋に戻り就寝の準備をしてベッドに寝そべった。

 ここからは兄妹2人きりの時間となる。

 

「兄上、まだ起きてる?」

 

 隣で寝るラヴィがしおらしく話しかけてきた。こういう時の彼女は何かしら不安を抱えている。

 

「起きてるよ、どうかした?」

 

 首を捻って彼女を見ると、背を向けていた。

 

「人間界って……楽しい?」

 

 私より大きい筈なのに小さく見える背中が、ポツリと呟く。

 

「そうだなぁ……思ってたより楽しいかもしれない。けど」

「けど?」

 

 ラヴィが首を回す。表情までは読み取れない。

 

「やっぱり、ラヴィがいなくて寂しい」

 

 この1ヶ月間、ずっと私の中で渦巻いていた感情を正直に吐露する。

 旅の節々でも、

 誰かと接していても、

 ラヴィを忘れることはなかった。

 

「そっか。……そっか」

 

 ラヴィが体勢を変えて身体ごとこちらに向く。

 

「なら、いいや」

 

 そう言って、ラヴィはニヒッっと、花が咲くように笑った。

 彼女の態度に思うところはある。今日1日隠していたが、きっと寂しさや不安で一杯だろう。もっといろんな言葉をかけて安心をさせたいが、また私は明日から人間界へ向かわなくてはいけない。

 彼女にかける言葉も見つからないまま、私は彼女の頭を抱きしめて、眠りに落ちた。

 

 

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 ある程度の物資の補給を終え、再び旅の出発点に立つ。

 サイは物資を渡すと早々にどこかに消えた。ヤツを問い詰めるのは次回に持ち越しとなりそうだ。

 意思が揺るがないよう、別れを淡白に済ませて転送装置を起動させる。また光が満ちていく。

 

「兄上!」

 

 消える寸前、ラヴィが私を呼んだ。

 

「ワタシ、頑張る!」

 

 意思表示をすると、彼女は鼻息荒く片手を天に突き出す。

 

 小さな部屋に、私の笑い声がこだました。

 

 

 

 光が消えると、そこはヴェスタカンテンの宿……ではなく、屋外だった。隣を見ると、木陰で眠っているミコトがいる。なんだ? 何が起こっている? 

 とりあえず彼女の肩を揺さぶって起こした。

 欠伸をしながら目を覚ました彼女が私を見つけると、気まずそうに目を逸らしてから手を合わせる。

 

「あはは……ゴメーン、国追い出されちゃった♡」

 

 早くも帰りたくなった。

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