暖かい日差しを背に受け、遮るものもない平野を駆けていくミコト。とその背中に乗る私。
「それがさぁ〜ヒマだったからカジノに行ったはいいんだけど、言い寄ってきた男ボコしたらそこの支配人の息子だったらしくてぇ。で、店ごとツブしたらそこ自体がマフィアの資金源だったみたいでさぁ。いやぁ〜マジ困るよね。結局、組織ごとブッ壊したら国の兵に追われたから壁越えて逃げてきちゃった♡」
「……」
「あはは……」
「…………」
「……ゴメン」
言いたいことは色々あるが、1日でよくもまあそこまでの荒々しいエピソードを展開出来るものだな、と、一周回って感心する。彼女の過去の所業からすると想像に難くない。指名手配などされていないといいが……いずれにせよドウゲンには申し訳が立たないな。
まあいいか。どうせヴェスタカンテンでやることは終えてたし、この猛獣の様な奴隷から手綱を放していた自分にも非はあるだろう。
「1人にして悪かった。こっちもゴメン」
一つため息をついてから、足取りが重くなり始めていたミコトの頭を撫でて謝罪する。
ミコトがキキッと急停止し、背中にしがみつく私を引き剥がした。
「あーもうそういうのマジズルいってピッピぃ〜♡」
「ちょっ」
そのまま身体の前面へ連れられ、包まれる様に抱きしめられる。
こういうのはやめて欲しい、その……いたたまれないから……
背中越しに伝わる体温や感触に意識が乱されていく。抱えられてるのが背面でよかった。熱くなる顔を見られずに済む。
彼女の気の済むまで眉間に力を入れて耐え忍んでいると、スッと背中に戻された。
「それで? 次はどこ行くん?」
走りを再開させてミコトが問う。
羅針盤の方向を確認しつつ記憶を頼りに目的地の名前を言った。
「えーと、ポルトマって言う海辺の国だね」
再びミコトが減速した。
「……まさか、マイルズ大陸向かう感じ?」
「うん、向かう感じ」
「そっかぁ……」
声のトーンが下がる。何か思うところがあるのだろうか。
「もしかしてマズい?」
「そういうワケじゃないんだけど……」
歯切れ悪く答えた彼女は、まあなんとかなるっしょ、と呟いて速度を上げていく。
憂いを抱えたまま旅を続けて欲しくはないが……彼女のことについてほとんど知らない。こんな状態で無闇に踏み入って欲しくはないだろう。少しずつ彼女のことを知ろうと先日も思い立ったことだし、これから旅する仲間だ、色々聞いておこう。
「ミコトはどうして旅をしているの?」
誰かさんが聞いてきたセリフを真似て問いかける。私もあの子にかなり影響を受けている様だ。
「んー? あーしの故郷、成人した子は掟で旅に出されんだよね」
「掟って?」
「え? うーん……内緒♡」
内緒、内緒か。まだそこまでの仲ではない様だ。いずれ教えてくれるといいけど。
しかし掟か……そうすると彼女も何かしら目的があって旅をしていることになる。
「……もしかして私ミコトの旅の邪魔してない?」
自ら奴隷になったらしいし、買ったのは私だし、賭けを持ち出したのも彼女なので自業自得なところは大いにあるだろうが……それでも少し、引け目を感じてしまう。
「いーの、あーしの目的はもう達成したし。だからあとは帰るだけ……あ、そっか」
「?」
「マイルズ大陸行くならあーしの故郷も寄れるかも」
彼女の足枷となっていないことに安心はしたが、故郷? 近いのだろうか。
「故郷は大陸にある国なの?」
「いや、近くの小さい島なんだけど……どうする? 寄ってく?」
ミコトは期待を込めた眼差しで私を伺う。寄りたいんだな。
寄り道になるから出来れば避けたいところではあるが……前々から気になっていた、彼女に加護を与えた何かがいるかもしれない。もしかしたら話に聞く”神化”した人間がいるのだろうか。なら有益な情報はありそうだ。うん、決して彼女の為って訳じゃないぞ。
「うん、いいよ。寄ろうか」
「っしゃ! ついでにみんなに紹介したろ〜。いひひっ♡」
嬉しそうに笑うミコトを見て、
ふと、故郷に着いたら目的を達成している彼女は、そのまま帰るのではないかと考えがよぎる。
ただ、なんとなく、その場では聞くことは出来なかった。
風が塩気と生臭さの入り混じる匂いを運び始めた頃、視界の端に青く輝く平坦な大地が現れた。いや、大地ではなく……そうか、これが海か。生まれて初めての光景に胸が踊る。浮ついているのがミコトにバレないといいけど。
「おー見えてきたね、海。あとポルトマも」
ミコトは普段と変わらない調子で呟く。島育ちだからか海は見慣れているのだろうか。
そしてついでに気づいたが、マイルズ大陸方面から来たとなると彼女はポルトマに寄っているのか。ならば案内をお願い出来るかもしれない。
「ポルトマには行ったことあるの?」
「うん! ヴィチノス大陸の港だからこっち来る時にね。酒場とか、カジノとか、あと服屋とか案内できるよ〜」
だいぶ知識に偏りがあるが……知っている場所ならある程度動きやすいだろう。
「じゃ、案内よろしく」
「まっかせて!」
ミコトのスピードがグンと上がる。
鼻に残る海の香りと共に、また新しい巡り合いが近付いてくるのを感じた。
入国審査を終え街へ繰り出す。海が近くで見えるのはどこだろうか。早速ミコトに案内を頼もうとしたその時、
「おっ」
「あらっ」
「うん?」
門の近くに見知った顔の3人組がいた。
全然新しい巡り合いじゃなかった。既知の巡り合いじゃないか。
「ピぃーンんーコぉっ!」
マイカが目にも止まらぬ速さで近づき、私を抱き上げ頬にキスを繰り返す。
「ちょっ……! やめっ……!」
必死に肩を押して遠ざけようとするが無理だ、力が強すぎる。
本当に何だコイツは。もしかするとこれが再会した時の挨拶なのか? こっちでは一般的か? いや落ち着け、カスミとトビウメが引いてるからそれはない。ていうか見てないで助けてくれ。彼女は距離が近すぎる。
慣れない距離感に目を回して無駄な抵抗と思考をするが、何度考えても彼女は理解の範囲外にいる。
「なんだよぅ、どうしてこっちにいるんだよぅ。寂しかったのかぁ? 寂しかったぞばかやろー」
そのまま掲げられマイカと一緒にグルグルと回される。海の色も建物も人も全て混ざって訳がわからなくなった。
物理的に目を回してから景色が治まる頃、ようやく地面に下ろされていることに気づいた。
「それで、なんでいるんですの?」
いつの間にかカスミが近づき質問を投げかける。
後ろではトビウメが口を尖らたマイカを抑えてくれていた。
「次の……目的地がマイルズ大陸で……」
「ふむ、なるほど」
ふらつきながら答えると、少ない情報にもかかわらずカスミは納得してくれた。話が早くて助かる。
「それでその……後ろの御婦人は……」
「ああ……こっちは私のぉっ!?」
後ろを振り向くと、そこには鬼がいた。衝撃に酔いも覚める。人間界に魔族が……?
いや、ミコトだ。
顔には笑顔が張り付いている様だが、とてつもなく重苦しい。魔瞳を通さなくても周囲の景色が歪んでいる様にさえ見える。地面は震えていないだろうか。
何だ、何故怒っている。と……とりあえず紹介を続けよう。
「え……えーとこちらは私の……」
「嫁のミコトで〜す♡」
「へ?」
「なにー」
「あらま」
「なんと」
片頬を腕で固められ、もう片頬に頬を寄せられた。完全にロックされ動けない。そして腕がゴシゴシと頬を拭っている。どういった意図の動作だこれは。ていうか顔が近すぎる。マイカといい人間の女性はこの距離が普通なのだろうか。
「ワシは認めんぞ!」
「ご成婚可能な年齢でしたのね。もっと若いものかと」
「うむ、ピンコ殿は小さくて可愛いからな。そう見えるのも……ん? 嫁? ……あ、男でした。ひいっ」
各々勝手に解釈を始めていく。いかん、早く弁明しないと。
「いや違くて……彼女は道中で雇った奴隷の……」
「ピッピの性奴隷で〜す♡」
「えっ」
「なにー」
「おやま」
「ひいいいいいっ! やはり男はケダモノぉっ! かわいい見た目に騙されましたあっ! 天使の皮を被った狼でしたあっ!」
ミコトが私の頬にキスをして身体全体を押し付けてくる。
か……勘弁して……
「ワシは認めんぞ!」
「ピ……ピンコ様も殿方ですものね……。お盛んなもので……」
「いやあっ! 実在するんですね性奴隷っ! それもまさかこんなかわいい……ん? 嫁じゃなくて性奴隷なら主人は女でも……? ならピンコさんは女の子? んん??」
トビウメは何を言っている。
セイ奴隷が何なのかは知らないが、名前の響きと皆の反応から碌でもないものな気がする。騒ぎ立てる周囲やら頬の体温やら柔らかい何かの感触やらで頭がゴチャゴチャしてまとまらない。が、まずは、
「ミコト!」
「はひぃ!?」
あまり声を荒らげるのは好きじゃ無いが、頑張って怒鳴る。私の高めの声では威厳が無いのは百も承知。しかし混沌とした場を諫めるには効果的で、一声で周囲がシンとした。この特有の静寂は正直嫌いだ。
面食らったミコトへ言葉を続ける。
「混乱させる嘘は言わない!」
「は……はい……。でもぉ……」
縮こまって不満げにする彼女の頭に手を置く。
「なんで怒ってるかは後で聞くから。ね?」
「……うん」
彼女を落ち着かせて皆の方へ向き直ると、マイカが拍手をしていた。
「おおー。流石はお兄ちゃん」
それはどうも。確かにラヴィにも以前同じ対応をした事がある。
とりあえず中断になった紹介を続けていこう。
「彼女は私が雇った奴隷……というか仲間。私を担いで走って貰ってる」
「ぬ、前私がやったみたいにか」
「えっこの方がおぶって走るんですの?」
「んん? んんん??」
カスミの反応であることに気づく。言われてみれば、闘気が見えないとミコトは華奢で華麗な女の子だ。そんな子を移動手段に使っているとなれば、訝しみの目も向けられるだろう。あれ、もしかして迂闊な判断だったか?
そしてトビウメはまだ混乱中な様だ。
「えっと……どこかの店とかで話さない? そっちの話も聞きたいし」
一旦仕切り直す為に河岸変えを提案する。先程出した大声でそこそこ注目を浴びてしまった。
勇者一行も頷いて同意を返してくれたので、ミコトに店の案内を頼もう。
背中側で不貞腐れている彼女へ顔を向ける。
「ミコト、お店の案内お願いできる?」
「……ぶー。わかった」
唇を鳴らした後、彼女は私を抱えて立ち上がった。
あの……えーと……まあ、いいか。
眉間に力が籠る。
大衆向けの酒場に向かうと思いきや、大通りを抜け、海がよく見える小綺麗な店構えのレストランに案内された。確かにここなら落ち着いて話が出来る、良いチョイスだな。しかも海が見える。ナイスミコト。
2階の個室へ案内されたので窓辺の席を陣取った。いい景色だ。
「ほいでピンコ、話とはなんなん?」
マイカが口火を切る。
いかん、海に見惚れていた、場を回さないと。何から話そうか。
隣のミコトの方を見ると腕を組み、足先をテーブルに掛けて鼻を鳴らしている。……先に彼女へ説明をした方がいいだろう。
「ミコト、彼女達は以前旅の途中で出会った……」
「ふふ……現地妻さ……」
「はぁっ!?」
マイカが余計なことを言い、ミコトが椅子を倒しながら立ち上がる。
もう嫌……誰か助けてくれ……
「おやめなさい」
「あたっ」
ありがとうカスミ……! 後光が差して見える……!
「私《わたくし》達は以前、盗賊に襲われていたところをピンコ様に助けていただきましたの」
「うむ、それで数日行き先を違えるまで同行をした……感じです……はい……」
一番離れた席のトビウメも会話に参加してくれた。またアレが再発しているが、助かる。
「ふーん、そんな感じね」
ミコトもどこか安心した様に椅子に座り直した。
「ま、最初からわかってたケド。それにあーしとピッピは結ばれた仲だしぃ?」
奴隷契約でな。どういうマウントの取り方だろうか。
「私、ピンコと一緒にお風呂入ったよ」
「はあぁーっ!?」
椅子からずり落ちた。
嘘ではないが……どうしてこう話をややこしくするんだ。涙出そう。
「ふふふふ……裸の付き合いをしたのさ私とピンコは……」
「そっ……そんなん言ったらあーしだって添い寝とかしたし!」
「ぐぬっ、やりおる。だが私も負けんさ! ピンコとは——」
何だかよくわからない言い合いが始まった。もう制御出来そうにない。
トビウメは奥でオロオロしている。本当に申し訳ない。
「……彼方は放っておいて話を続けましょうか」
「……そうだね」
店で暴れるほどの喧嘩ではなさそうなので放置し、カスミと話を進めることにした。
「それで、カスミ達の方はどうしてポルトマに? トリオネスに行くって言ってなかった?」
確かにここポルトマは、ヴィチノス大陸北端にある国トリオネスへの経由地ではあるが……別れてから1ヶ月近く経っている。もう到着してもおかしくないくらいだ。
「それがトリオネスへ続く道が封鎖されてしまいまして……」
「封鎖?」
「そうなんですの。それで数日前からここに滞在してるという訳ですわ」
なるほど、合点がいった。
「ちなみに封鎖された理由は?」
「最初は不明だったのですけれど……本日門番の方にお伺いしたところ、トリオネスで戦争が始まってしまったとか……」
「戦争……? 何処と?」
「そこまではわかりませんでしたわ」
カスミが肩を竦める。
彼女がトリオネスを目指す理由はわからないが、アテが外れたのだろう。
「この先どうするの?」
「そうですわね……海を渡ってスプーニャを目指そうと考えておりますわ」
その名前は身に覚えがある。そう、マイルズ大陸最初の目的地だ。
「なら、カスミ達もマイルズ大陸目指すって事?」
「そうなりますわね」
ということは、だ。
少しだけ胸を弾ませ口をひらく。
「じゃあ、一緒に行く?」
「好都合ですわ。まだ何もお礼を返せていませんもの」
なるべく人間と関わりを持たない様に動こうとしていた自分の提案とは思えない。一度別れた時も思ったな。しかし、あの数日間は他に変え難いほど、楽しかった。これからの旅の彩りが増えることに、心が踊る。
「おっ、じゃあしばらくピンコと一緒できるってこと? やったぜ!」
「イヤー! 反対ーっ! あーしがイヤーっ!」
……やっぱり迂闊な判断だったかもしれない。
ああ、不安だ。
だけど、
楽しみだ。