半分世界とかわいい魔王とヒューマンピーポー   作:黒烟

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スプーニャ 二

「簡単に言えば、家出ですわ」

 

 カスミは沈痛な面持ちで語り始めた。

 トビウメはそんな彼女と肩を並べ、寄り添うように座っている。

 

「私とトビウメは、ここより南にあるメリディエ大陸のログミナス王国から参りました」

 

 メリディエ大陸。確か人間界でも南寄り、海に隔てられているものの比較的魔界に近い大陸だったはずだ。

 今回の目的地には含めていないので大陸上の国は一部しか把握していないが……ログミナス王国というのは聞いたことがある。

 大陸面積の内、かなりの割合を占めている大国だからだ。

 

「私はそこの貴族……クジョウ家の三女ですの」

 

 カスミはそう言って、俯いたまま自身の整った巻き髪を弄る。

 やはりそうだったか、気品のある言葉遣いと佇まいから、彼女の育ちの良さは伺えていた。

 しかし、彼女自身からその身分の高さを誇る姿勢はない。むしろその立場を煩わしく思っているような表情だ。

 恐らくこの先の話と関係があるのだろう。

 

 それにしてもカスミが貴族か。と、なると彼女と昵懇のトビウメも相応に高い身分なのだろう。直系や傍系の親族だろうか。全く似ていないけど。

 

「それでトビウメは……その……」

 

 言い淀むカスミ。見かねたトビウメは自身の胸に手を当て名乗りをあげた。

 

「私はログミナス王国第四皇女、イチノミヤ・トビウメ……です……はい……」

 

 毅然と名乗り出しこそ勢い良かったものの、少しずつ語気が弱まりカスミの背中へその身を隠していった。

 

 皇女、皇女か。

 …………皇女!? 

 

 言葉を反芻し、思わずトビウメを二度見してしまう。

 私の挙動に驚いた彼女はさらにカスミの背中の陰に入っていく。

 

 ということは王の子、つまり王族だ。

 なぜ一国の王の血族がこんなところに……

 

 いや、いることもあるか。

 うん、そうに決まってる。

 

「……あまり驚きませんのね」

 

 結構驚いたけども。

 

「まあ、2人とも所作が丁寧だし、育ちが良いのかなって」

「良く見てますわね……」

 

 思ったまま伝えると、カスミは感心したように腕を組んだ。

 

「それに最初の頃は挙動不審で怪しかったし」

 

 未だに片方は時々挙動不審になるけど。

 

「そっ……それは忘れてくださいまし!」

「ふふ、私はあの辿々しい演技のカスミ、可愛くて良かったぞ」

 

 憤り立ち上がるカスミに対し、トビウメは小さく頷いて御満悦のご様子。

 怪しかったのは貴女もなんですよトビウメさん。

 

「ふんっ、普段からお師匠様の真似事してる誰かさんは言うことが違いますわねっ」

「そ……それは言わないでぇ……」

 

 ガラッと雰囲気が変わった彼女は、弱々しくカスミの裾を掴んだ。

 やっぱりそっちが素なのか。

 

「いいえ、言っちゃいますわ。許可したのは貴女でしょう?」

 

 そう言うとカスミは座り直し、こちらを見据える。

 

「──ですから、話しますわね。私たちの、ちょっとした昔話を」

 

 一息ついてから、カスミは話を始めた。

 

「私とトビウメが初めて出会ったのは3年前、ログミナス中央に座した王立女学院の中の出来事でしたの」

 

 3年前。私が魔王に就任してから2年目くらいか。

 思っていたより日も浅く感じるが、人間的な感覚からすると違うのかもしれない。

 それに他者との関係は期間の長さではないだろう。

 

「入学したてで学院内の把握が出来ておらず、アトリウムで迷子になっていたトビウメを……」

 

 案内してあげたのだろうか。

 

「思いっきり嗤って差し上げました」

 

 少し後ろによろけた。

 カスミは気恥ずかしそうに目を逸らす。

 

「……当時は若かったんですの」

「あの時のカスミかわいかったなぁ……」

 

 仮にも皇女と言える人物の醜態を嗤えるカスミもなかなかだが、それを見てそんなことを言えるトビウメもトビウメだ。

 

「貶したにも関わらず私に近づいてきたトビウメでしたが、その後急に咳込んで倒れました」

 

 初対面から急展開だ。

 薄々感じていたが、トビウメは彼女の言う”かわいいもの”に対し見境が無いような気がする。そこを上手いこと対応出来れば、私が男でも慣れてくれるのかもしれない。

 以前のように、かわいいポーズでもすればいいのだろうか。

 ……け、検討で。

 

「あれは流石に慌てましたわ……」

「えへへ……当時は若くて……体弱かったんです」

 

 照れて頭の後ろを掻くトビウメ。

 若さ関係あるかな。

 

「体格にかなり差のあった私ではトビウメを医務室へ運ぶ事もできず、足踏みをしていたところ、通りがかった教員に助けてもらいましたわ」

「その先生が私たちの恩師、サクラ師匠だったんです」

 

 先ほど言っていた、トビウメが真似をしているお師匠様のことだろう。

 

「1年先に入学していた私が知らない方でしたので彼女の素性を問い糺したところ、その年に教師として雇われた元戦士とのことでした」

 

 女学院で元戦士を雇って何を教えるのだろうか。

 気にはなったが黙って続きを聞いた。

 

「それを聞いたトビウメが”私達を弟子にして欲しい”と懇願しましたの」

 

 矢継ぎ早に事が進んで状況の整理に追われるが、言葉の中で一つ気になる事があった。

 

「私……”達”?」

「それが私と一緒でないと嫌だと抜かしましたの。出会ったばかりの私を。考えられます?」

 

 呆れた様子で私に意見を求めるカスミ。

 正直、私からするとそこまで厚顔無恥に振る舞うのは考えられないが、王族ならではの我儘かもしれない。

 

「無論断りました。その場では」

 

 その場では、と言うことは、

 

「最終的には受けたの?」

 

 カスミは物憂いそうに鼻から息をもらす。

 

「後で思い直したら、王族に恩を売れるなら悪くないと思いまして」

「えっ……そうだったの?」

「クジョウ家も随分と落ちぶれておりましたから」

 

 驚くトビウメに対し、彼女は皮肉な笑みを浮かべる。

 

「最初はそういった下心もありましたが、弟子入りを認めてもらえ、共に研鑽を積んで……ま、仲良くなった、というところですわね」

「えへへ、なかよし」

 

 トビウメは肩より低い位置にあるその頭の上に、ちょこんと自身の頭を重ねる。

 頭を乗せられたカスミは苦笑したものの、その眼は慈しみに溢れていた。

 

「トビウメはかなりの才能があってメキメキ成長していきましたわ」

「え……えへんっ。しかも元気になったよ……」

「しかし快方に向かった途端、彼女の元へ近付こうとする人間が増えました」

 

 誇らしげに胸を張ったトビウメが萎縮していく。

 

「まあ親族に愛想を尽かされても王族ですから」

「先が長くないってことで……好きにしろって感じで学院に通う許可も貰ってたんですけど……あはは……元気になっちゃいました……」

 

 自嘲気味に笑う彼女のセリフから、当時は相当病弱だった事が窺える。

 

「終いには高名な貴族との縁談が決まりかけていましたの」

 

 淡々と語るカスミの言葉に、トビウメは気まずそうに俯いていく。

 

「それでトビウメが泣きながら私のところへ相談しに来たのですわ」

「だ……だって……せっかく元気になったのに……退学して知らない人のお嫁に行けだなんて……」

「ただ私も貴族の娘ですから、縁談などありふれたもので……対処が思いつかなかったんです」

 

 経験上、縁談というものは相手が高い位であればあるほど断る事が難しくなる。周囲も無責任に推してくるし、本人の意思などお構いなしだ。身近にツテが無いと工作で相手の家を陥れることも難しい。

 さぞ苦労したのだろうな。私もした。

 

「なのでお師匠様に相談したところ、”それなら逃げてしまえばいい”と」

 

 なんとまあ、浅慮で短絡的な助言だ。

 私の機微を察したのか、カスミは再び苦笑する。

 

「お気持ちはわかります、私も正気を疑いましたわ。国の姫がやって良い行いとは言えませんものね」

「ううっ……」

 

 トビウメが苦しそうに顔を顰めた。

 

「けれど、それでも、他に策も協力者もおりませんでした。結局、お師匠様と作戦を練って、実行に移しましたの」

 

 それ程までに手詰まりだったのだろう。一つの社会における身分や地位は、鎖に繋がれた重りのように行動を縛ってくる。だが、それは同時に自分の身を守る鎧にもなる。

 思わずカスミに聞いた。

 

「カスミは、それで良かったの?」

 

 立場や財を全て捨てて国内に逃亡する、生半可な覚悟では無い。自分の人生を、他者のために犠牲にするのだ。

 カスミは躊躇いを見せる素振りもなく、私の問いに答える。

 

「構いませんわ、私としても窮屈なあの国を出たいと思っておりましたし、それに……」

 

 カスミは窓の外へ視線を送り、厭うように眉を顰めた。

 

「地位を存続させる為とはいえ、お天道様に顔向け出来ないようなことを沢山していた家ですもの。……いい気味ですわ」

 

 皇女を国外に連れ去ったともなれば、家の方にお咎めが無いとは考え難い。彼女も理解した上での行動なようだ。

 

「そしてお師匠様は囮役として西のデンス大陸へ、私達は東側、お師匠様のかつての故郷、トリオネスに向かってましたの」

「結局追われたけどね……」

「それから追手に追いつかれて貴方に助けられて……と、事のあらましはこんな感じですわ」

 

 そうか、あの時山賊にしては腕の良い魔術師がいるなと思っていたが、国の刺客だったからか。他の男の身なりが良かったのも納得だ。

 ここで、あの場にいたもう1人の顔が思い浮かぶ。

 

「マイカとはどこで?」

 

 顔を青くして横たわるそれを指差して質問した。

 

「ヴィチノスへ渡る前の道中で会いましたわね」

「道に迷ってたら助けてくれたけど、もっと迷った……」

 

 想像に難く無い。彼女は元よりマイカだな。きっとその後も根掘り葉掘り聞いてなし崩し的に同行することになったのだろう。

 

 とりあえず、これで私と出会うまでの経緯を全て聞く事が出来た。

 要は国を出て別の場所で暮らすのが目的ということになる。

 ともすれば。

 

「じゃあ、カスミがここで願うことって……」

「もちろん、この国に住むことですわ」

 

 彼女の眼には強い決意が宿っている。

 トビウメも頷いてこっちを見た。

 

 2人が出した答えは楽な道ではない。

 きっとこの先にも困難が待ち受けているだろう。

 それでも。

 

「話してくれて、ありがとう」

「咎めたりしませんのね」

「私は、その人が迷って出した結論は応援したいんだ」

 

 これは私と彼女らの生い立ちに関係がないからこそ言える言葉だが、意志を持って、何かを決断するというのは、尊い行為だと思う。

 それに、私も王の責務を放棄している身だ、咎める資格はない。

 

 私の言葉を聞いたトビウメがふふっと笑った。

 

「師匠とおんなじ事言ってる……」

 

 師匠と思考が被っていたらしい。ならばこのセリフを聞くのも2回目か、恥ずかしくなってきたな。

 こうして彼女達の歴史を紐解き、和やかな雰囲気が流れて会話が終わろうとした次の瞬間、

 

「よし!」

 

 ミコトが唐突に起き上がった。

 

「ごめんね。ウメっちとスミちゃんの話、聞こえちゃった」

「へ? え?」

 

 面食らうカスミの手を取るミコト。

 

「だからスミちゃん、あーしが拳での闘いを教えてあげる!」

「ええーっ!」

 

 家具を退かしてスペースを取るミコト。

 どうやら本格的に稽古が始まるようだ。

 

「てゆうかスミちゃん、ウメっちより年上なんだね。いくつ?」

 

 ミコトは拳を鳴らしながら混乱中のカスミに問いかける。

 

「ええと、あと少しで18ですわ」

「マ!? ほぼ同い年じゃん!」

 

 そういうと拳を繰り出した。

 カスミは必死で避ける。

 

「ヒイーッ! ちょっ……ちょっと待ってくださいましっ!」

「敵は待ってくれないよ! まずはスミちゃんがどれくらい動けるか。後で技教えるね♡」

 

 急遽開催されたミコトレッスンに悲鳴をあげながらこなしていくカスミ。

 元々武闘家見習いを自称していただけあって結構動けている。

 

「そういえば師匠は何を教えてくれたの?」

 

 トビウメに聞いてみた。

 

「えーと……剣術、弓術とかの武器の扱いと、それを使った武芸。あとは……サバイバル術とかでしょうか」

 

 少しビクッとなり目が泳いでいるものの、以前より会話に応じてもらえている。胸のつかえが取れた気分だ。

 

「カスミは武器の扱いがあまり得意じゃなくて……主に拳での護身術を教わってました」

「なるほど」

 

 それならいい機会なのかもしれない。ミコトはその道の達人だ。

 

「こうしてしゃがんでドーンだよ!」

「いやあああっ!」

 

 彼女の稽古は抽象的で教えに向いているとは言えないが、実際に体験して得られる経験は馬鹿に出来ない。私もラヴィとの戦闘で実感した。

 

 カスミは何やらこちらに視線を送っているようだが、トビウメと見守ることにした。

 がんばれ。

 

 

 

 翌朝。

 1人で立てるくらいまで回復したマイカとは対照的に、トビウメの背中で項垂れるカスミ。

 

「いやーごめん、張り切りすぎちゃった♡」

「お……覚えておいて下さいまし……」

 

 彼女の目線はミコトではなくこちらに向いている。

 試合では頑張るから許してほしい。

 

 

 部屋の前で気絶した人々を乗り越え、チェックアウトの為入口へ向かう。

 机の前に立つ店主は驚いたようにこちらを眺めてきた。

 

「……なあアンタ、何をしたんだ?」

 

 戸惑ったような声色で問いかけてきた。

 彼に何かしただろうか。思い浮かばず首を傾げる。

 

「俺の宿だよ! 朝来たら潰れず残ってるじゃねぇか。あのミコトがいて……」

 

 声を荒らげて困惑を露わにする。

 そういえばここへ来るまでの客室は全て空いていた。

 潰されると思って事前に人払いをしていたのだろう、つくづく気が回る店主だな。

 

「ここが良い宿だったからです。お世話になりました」

 

 頭を下げて礼を述べる。厄介な客を泊めていただいて感謝しかない。

 彼は複雑な表情のまま部屋の鍵を受け取った。

 

「……次、来たらまけてやるよ」

 

 去り際に一言付け加えてくれた。

 

 

 宿を後にして、コロシアムへ向かうべく街に出た。

 昨日はそれはもう色々あったが一晩明けると冷静になり、街の景色や周囲の様子が違って見えてくる。多くの人が行き交い、賑やかで活気に溢れ、野蛮だと感じていた昨日の街が嘘のようだ。

 そして、街の人々からミコトへの感情が、恨みばかりではないことに気付いた。男女問わず熱のこもった視線を集めている。

 優勝者は一目置かれるのか、それとも本当に傾国の美女なのかもしれない。

 

 

「武器以外の装備はこちらでお預かりします」

「えっ」

 

 コロシアムに着くと、昨日とは違う受付の男にそう告げられた。

 対応があの3人じゃなくて安心したものの、寝耳に水だ。

 どうやらある程度の公平を期するため、服装は統一されるそう。説明にもあったらしい。聞き流していたせいか覚えていない。

 

 ……マジか。

 

「どうされましたの?」

 

 カスミを始め他の仲間もこちらの顔を伺う。

 参加者の同伴者は別で観戦席が設けられるので彼女達も付いてきた。

 

「いや、うん、大丈夫……」

 

 ではない。

 荷物の中の魔術道具も、外套に編み込んだ数々の防御魔術も全て没収されてしまった。

 非常に心許ない。不安になってきた。

 

 まあ、なんとかなる……かな。

 

 

 盛大なセレモニーと共に闘いが始まった。

 合計64チームが4つのブロックに分かれて闘う。

 

 試合までには回復したカスミだったが、特に見せ場もなく初戦と第二回戦を突破してしまう。

 2戦とも相手の力量が大したことはなく。私の魔術により一瞬で決着してしまった為だ。つまらない試合と観客からブーイングが飛んでくるかもしれない。

 

 しかし、これなら防御が心許なくてもなんとかなりそうだ。昨日探知した中でもそこまでの魔術師はいなかったし。

 優勝が視界に入る。

 

 

 第三回戦が始まる。

 

 ステージへと向かう回廊の途中、カスミの顔色が優れないことに気づいた。

 

「どうしたの?」

 

 まだ昨日の稽古が尾を引いているのだろうか。

 

「いえ、なんでも……ありません」

 

 彼女はそう言って俯いた後、顔を上げた。

 

「行きましょう、ピンコ様」

 

 大丈夫そう……だろうか。

 

 

 ステージに上がり対戦相手を視る。

 

 剣を担ぐ男性。闘気、そこそこ。魔力、イマイチ。

 どうやら剣士のようだ。

 

 杖を携える女性。闘気、イマイチ。魔力、イマイチ。

 魔術師ではないのか? 

 

 これなら大丈夫だろう。

 

 第三回戦開始の合図が鳴る。

 

 同じように魔術をかけて試合を終わらせようと杖を掲げた刹那、

 途端に女性の魔力が膨れ上がった。

 

 なんだ、これは。

 

魔術無効(ゼロ・ティバレ)!」

 

 そう叫んだ彼女の魔術光が輝くと同時に、

 

 私の魔術が、使えなくなった。

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