半分世界とかわいい魔王とヒューマンピーポー   作:黒烟

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堕天使目視録 2

 玉兎の月 三十日。

 

 今日は魔王様ご帰還の日だ。

 失礼の無いよう、気合を入れて身支度をしなくては。

 早めに寝床から抜け出し、寝ぼけた頭のまま着替えを始めようとした瞬間、扉がノックされた。

 

「はい」

 

 誰だろう。

 ここに来てからわっちの部屋を訪ねてくる人は初めてだ。

 向かう途中で先に扉の方が開く。

 あれ、鍵閉めてなかったっけ?

 

「おはようティー、いい朝だな」

「姫様!?」

 

 眠気が吹き飛ぶ。

 開いた扉の先には、枠ギリギリに頭をぶつけそうになりながらこちらを見下ろす美しき姫君がいた。

 

「ど、どうされました?このような早朝に……」

 

 毎朝姫様の元へ訪れている時刻より4時間も早い。

 それもわざわざわっちの元へ駆けつけてくるなんて……

 

「決まってんだろ、兄上のお出迎えだ。オラ行くぞ」

 

 そう告げるとわっちの腕を引っ張って部屋の外へ連れ出す。

 

「お……お待ちください!まだわっちの身支度が……」

「今済ませた」

 

 気づくと服装が変わっている。

 先ほどまで感じていた寝癖の髪の揺れも今は感じない。

 姫様の魔法か、いつの間に。

 

 わっちを引きずる手の先を伺う。

 今日の姫様は何かいつもと違く感じた。

 

 なんというか……

 一言で言うと、メチャクチャ気合いが入っている。

 身嗜みはもちろんのこと、姿勢や歩き方からも熱が伝わってくるようだ。

 ここまで朝早くから行動しているのも初めて見るし、何から何まで普段と異なる。

 

 その行動の根源たるところは、やはり魔王様だろう。

 

「到着は2時間後では……?」

 

 もう止めることはできないだろうけど一応抗議しておく。

 まだ朝食も取っていない。

 

「予定より早く来るかもしれねーだろ」

 

 姫様はそう言いながら歩みを続け、尻尾を大きく振っている。

 ここから見える顔の端まで口が伸びているのが確認できた。かなりの笑顔だ。

 

 これは間違いない。

 

 浮かれている……!

 

 そのまま一つの小部屋に連行された。

 この部屋はなんだろう。

 薄暗い室内で怪しく光る何かの板、壁に張り巡らされた大小の管、そして中央の台。

 

「ここが転送部屋だ。待つぞ」

 

 辺りをキョロキョロ見回していると姫様が答えてくれた。

 なるほど、ここに魔王様が現れるわけですか。2時間後に。

 ……2時間後に。

 

 姫様は苦も感じさせることなく笑顔で尻尾を振っている。

 少しげんなりしていると姫様と目が合った。

 

「もしかしてお前朝飯食ってないのか?用意してやるよ」

 

 指を弾く音と共にテーブル、イス、そして器に盛られたパンケーキが現れる。

 

「アタシの手作りだ、食え」

 

 姫様がわっちの為に……?意図が読めないまま恐る恐る椅子に座った。

 有り難く頬張る、温かい。なのにトッピングされたアイスは冷たい。

 食材それぞれの温度が保たれている……?まるで作りたてだ、どういうことだろう。

 それにしても美味しい。朝の栄養を求めていたからか咀嚼が止まらない。

 

「うまいか?うまいだろ。兄上の為に作った残りだからな」

 

 切り崩されて消えていくパンケーキを見て、姫様は上機嫌な様子でこちらを眺めている。

 口内に満ちた食物で喋ることは出来ないので頷いて返す。

 脱帽です、姫様。

 

 わっちの為にこんな美味しい物を用意してくれるとはとても思えなかったけど、魔王様のついでなら納得だ。

 ありがとうございます、魔王様。

 

 

 食事の余韻に浸ってしばらく待つこと1時間。

 姫様はあれから一言も発することなく待ち続けている。

 一方わっちは姫様が揺らす尻尾の往復回数を数えることにした。現在1762往復。

 

 眠気を感じ始めた頃、コツコツと規則正しく鳴る音によって目が覚めた。

 その音は徐々に近づき、やがて部屋の前に訪れ、姿を現す。

 輝く金色の長髪に剣先のごとく鋭く伸びた耳、彫刻のような麗しき横顔。

 サイフォルド様だ。

 

「おや、もういらしてたのですね姫様」

 

 姫様を見てから間髪入れず言い放つサイフォルド様。

 

「お前はずいぶん遅かったじゃねーか。王の帰還だぞ?」

 

 対して喧嘩腰で返す姫様。

 何やら不穏な雰囲気。

 

「何方《どなた》か様が魔界に影響を与えた後始末に追われていまして……ここ数ヶ月は睡眠にかける暇《いとま》すら惜しい状況です」

 

 口元に手を当て泣く仕草をするサイフォルド様。

 明らかに姫様を意識して言っている。

 以前”姫様は苦手”と言ってはいたものの……こんな方だっただろうか。

 室温が下がって来たような気がしてきた。

 

「へぇ、そりゃご苦労。兄上の為に働けて良かったな」

 

 気にも留めず台のある中央へ向き直る姫様。

 

 …………

 寒い、体が震えて来た。

 氷塊に挟まれているような気分だ。

 先ほどの温かいパンケーキが恋しい。

 

 だ、誰か……

 誰か助けて────

 

 次の瞬間、中央の台が光り出した。

 祈りが通じた──!

 

「兄上っ!」

 

 姫様が立ち上がり台に向かって歩いていく。

 サイフォルド様の表情も心なしか穏やかになり、先ほどの永遠を感じるような冷たい空気が、始めから無かったかのように消えた。

 ありがとうございます、魔王様!

 

「兄上ぇーっ!!」

 

 姫様は人の形に収束していく光に頭から突っ込んで行った。

 

「おぐっ」

 

 何か喉に詰まらせた声を出して、光は小さな人型に固まった。

 白く流れる艶やかな髪に、心を掴まれるような愛らしい容姿。

 以前、姫様が変身した姿と寸分違わない。

 これが本物……本物の魔王ロント様だ。

 

 魔王様と満面の笑みで戯れる姫様。

 あそこまで嬉しそうにはしゃいでいるのは初めて見た。

 

 そしてサイフォルド様の元へ向かい戯れる魔王様。

 サイフォルド様のあんな表情も初めて見る。

 

 魔王様の登場一つで空気がガラリと変わった。

 これが王たる者の風格……なのかもしれない。

 

 しばらくすると、姫様が魔王様を抱えこちらにやってくる。

 魔王様と目が合った。

 真紅の瞳が奥底まで見透かすような威力を放ちながらも、口元は微笑みを浮かべている。

 

 先ほど思い浮かべた言葉を撤回したい。

 姫様が変身した時とはまるで違う。

 雰囲気のせい?とにかく別物だ。

 面接時は距離があってあまり近くで見れていなかったけど、間近ではその魅力に吸い込まれていくような感覚を覚える。

 

 わっちが見惚れていると、魔王様は頭を下げてくださった。

 慌てて礼を返す。恐れ多い。

 

 なんと言葉をかけるべきか迷っていると、姫様がわっちの方へ手を向ける。

 

「兄上、こいつティー。ワタシの妹。兼、弟」

 

 正式に弟妹宣言されてしまった。

 となるとわっちも魔王様の親族に……?

 恐れ多い。

 でも嬉しいかも。

 

「ティーを呼んでくれてありがとー兄上♡暇つぶしになったぁ」

 

 姫様はそう言うと魔王様を嬉しそうに抱き締めた。

 お仕えして早1ヶ月、たとえ暇つぶし相手だろうとそう評価していただけて、

 誇らしいような……そうでないような……

 わっちは複雑です。

 

 笑顔を引き攣らせていると、魔王様が労わるような笑顔で手を振ってくれた。

 お心遣い沁み入ります……

 

 

 その後姫様の部屋へと移動した。

 わっちは邪魔じゃないのかと姫様の顔を伺ったところ、フイッと部屋の方に首を振って合図してきた。

 入れと言うことでしょうか。

 

 お二人の後に続いて部屋に入る。

 すぐ出ていけるように扉付近で待機。

 すると、ベッドで姫様を膝枕している魔王様が手招きを始めた。

 

 わ……わっちがそちらに行っても良いのでしょうか。

 流石にベッド上に座るのは気が引けたので近くへ寄り、屈む。

 

 驚くことに、魔王様の手がわっちの頭の上に置かれた。

 思考が止まる。

 小さく弾力のある手のひらがわっちの頭上で踊り出す。

 

 なんでしょう、これは。

 心の底から何かが溢れて飛び出そうです。

 兄様……

 

 表情が溶けて何処かへ流れていきそうになったその時、背筋にヒヤリとしたものが走った。

 頭の上の温かい御手とは対照的に、どこからか冷気を感じる。

 それは魔王様の近くから漂い、わっち目掛けて降りかかる。

 

 寒さに体を震わせながら見上げると、

 姫様が凄まじい形相でわっちを睨んでいるではありませんか。

 

 間近で感じる死。

 

 思わず飛び上がり、急いで定位置に戻る。

 差し出がましい真似を致しました。

 わっちにはここがお似合いです。

 なので睨まないでください、姫様。

 

 魔王様は不思議そうに首を傾げ話を続けると、姫様がイバラ様を召喚。

 彼女も同様に魔王様よりご愛撫を賜っていたが、姫様の威嚇により、退散を余儀なくされた。

 

 やっぱり2人だけの方がいいのではと思いながらも、ご満悦の姫様と、それを愛おしそうに撫でる魔王様は、眺めているだけでも飽きの来ない名画だった。

 

 そうして扉前に立ち尽くし、お二人のじゃれあいを観つつ、時折混ぜてもらいながら時間を過ごしていると、唐突にアタリス様の元へ向かう流れとなった。

 

 向かう道中でイバラ様と再会する。

 

「ラヴィ、イバラも連れて行かない?お礼もしたいし」

 

 魔王様が提案すると、笑顔だった姫様の顔が途端に渋くなった。

 

「えっ……………………………………………………………………………………うん」

 

 かなりの迷いと葛藤が伺えたが、了承。

 あの姫様も魔王様には敵わないみたいだ。

 

 イバラ様へ感謝を告げる魔王様。

 尻尾で苛立ちを表現しながら歩く姫様。

 笑う魔王様と嬉しそうに跳ねるイバラ様。

 廊下を尻尾で叩きながら歩く姫様。

 

 色々な感情が入り乱れて異様な空気が漂っている。

 は……離れて歩きたい。

 

 アタリス様の部屋へ着くと、姫様は鬱憤を晴らすように扉を蹴飛ばして開けた。

 

 荒々しい来訪にも関わらず、アタリス様は暖かく迎えてくれた。

 何やら魔王様の額に汗が浮かんでいたけど。

 

 親子水入らずで会話を始める3人。

 ここでもまた場違いを感じてしまったが、人間界の話題が出て聞き耳を立てた。

 そういえば魔王様は人間界を旅していたのだった。

 

 人間界……どんなところなのだろう。

 世界中を漂っていた父と違い、わっちは魔界生まれ魔界育ちだ。

 魔族と人間はどんなところが違うのだろう。

 食べるものは同じなのだろうか。

 考え方は似ているのだろうか。

 きっと会う機会はないだろうけど、興味は尽きない。

 

 魔王様が言うには、体の見た目以外に大きな違いは無いようで、文化等に異なる点が見られたとか。

 魔界も広いので地域差等はあるし、わっちの故郷のようなど田舎からすると、ここ魔都もかなりの文化差を感じている。

 もしかするとそれくらいの違いで、魔族と人間に大きな差は無いのかもしれない。

 見たことも無いクセに言えたことじゃないけど。

 

 考えていたらアタリス様の語りが始まってしまっていた。

 魔王様も慣れた顔をしている。

 

 こうして激動の1日が終わった。

 

 お二人と別れ、自室に帰る途中、魔王様の話を思い出した。

 

 人間、かぁ……

 今度父に話を聞いてみようかな。

 

 

 

 玃猿の月 一日。

 

 姫様が魔王様を感動的に見送った直後のこと。

 

「あーっ!!」

 

 姫様は大声で叫び出した。

 

「ど……どうされました姫様」

 

 魔王様が消えた台から姫様へ視線を移し、様子を伺う。

 多分魔王様に関わる事だろう。

 間違いない。

 

「兄上に旅先で女と会ったか聞いてない!」

 

 やっぱり。

 少しずつ姫様に考えることがわかってきた。

 

「ううーっ、今度聞かないと……」

 

 頭を抱えて唸る姫様。

 それほどまでに心配なようだ。

 確かにあの感じは一部の人を病的なまでに惑わすかもしれない。

 本人に自覚は無さそうだったけど。

 

「じゃティー、部屋で作戦会議だ」

「えっ、何のでしょうか」

 

 まさか、魔王様と関係のある女性を抹殺する計画……?

 わっちを殺人に加担させようと言うのでしょうか。

 

「決まってんだろ、兄上の為に何を頑張るかだ」

 

 少しホッとした。

 恐らく先ほど魔王様へ宣言したセリフのことだろう。

 しかし漠然と頑張ると言っても何をだろうか。

 それをこれから考えるのだろうけども。

 

「姫様はなぜあのような宣言を?」

 

 部屋へと連れられる道中、姫様へ問いかける。

 これから頭を悩ます前に動機を聞きたくなった。

 

「ああん?そうだな、兄上に安心してもらう為だ。あと褒めてもらう」

 

 どちらかと言えば後者に重きがある気がする。

 安心と言うと、自立?

 いや、姫様は結構1人でなんでも出来る。

 少し兄に依存し過ぎているかもしれないけどそれは置いといて。

 それ以外となると……

 

「いざって時に兄上の力になれるかもしれねぇからな」

 

 姫様が続けた言葉で納得した。

 魔王様を守ろうとしているのだ。

 何処までも兄のため、流石です。

 

「兄上昔っからちょっと抜けてるところあんだよ。そこもカワイイけど」

「そうなんですか」

 

 あの魔王様が時々ドジを踏む……

 可愛いかもしれない。

 

「だからまぁ、旅先で誰か助けてピンチにならなきゃいいけどな……」

 

 少しだけトーンを落として姫様が呟いた。

 そういえば魔王様を”世話焼きで心配性”と評していたっけ。

 不安になるのも無理はないかもしれない。

 

「ま、アタシの兄上に限ってそんな事ねーよな!」

 

 姫様は顔を上げて明るく言い放った。

 心底信頼をおいている表情だ。

 

 それはそうでしょう、あの方は魔王。

 

 ギドの祖に選ばれた、魔王の証を持つ者なのですから。

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