──光が。
光が眩いまでに輝いている。
杖を掲げた女性の言葉の意味は、すぐに理解した。
先程まで視えていた魔力も闘気も見えない、魔瞳が機能していない。
魔術陣を形成しようにも杖に、そして手先に魔力が流れていかない。
発声魔術による魔術無効だ。
歩き方すら忘れてしまったような感覚に陥り、視界と呼吸が乱れていく。
頭の中では警鐘がけたたましく鳴り響き、手足へ動けと命令を出しているが、肝心のそれは凍りついたかのように動かない。
滲み出てきた汗が一雫、地面へと流れ落ちた。
「ピンコ様?」
問いかけの言葉が鼓膜を揺らし正気に戻る。
私の異変に気づいたのかカスミがこちらを窺っている。
そうか、彼女に魔術師を攻撃してもらえれば……!
「
「きゃっ……!」
杖の女が声を上げ、カスミの体に透明な鎖のようなものが巻き付いていく。
身を捩らせて抜け出そうとしても、動くことすらままならない。拘束魔術だ。
呆然と立ち尽くす間に、どんどん最悪の事態へと傾いていく。
「じゃ、さよーなら」
剣の男が大きく振りかぶった。
咄嗟にカスミの前に出て杖を構える。
頬に鋭い痛みが走り、金属同士がぶつかる鈍い音がした。
「ピンコ様っ!」
「へー、やるねぇ。魔術師にしちゃ」
カスミの声が後ろから聞こえる、どうやら間に合ったみたいだ。彼女に怪我はないだろうか。
確認をしたいが、ヘラヘラと笑う剣の男から目を逸らせない。
「じゃ、お前から死ねや」
男は私に標的を変え、剣を繰り出してきた。
魔術が使えないので弾くことは出来ず受け流していく。
隙を見て杖を男の鳩尾に突き出してみるが、あっさりと躱されてしまった。
迂闊だ。
慢心して相手の実力を見誤った。
それどころかカスミを危険な目に合わせている。
全て私の招いた結果だ。
何故この程度なら勝てると油断していた?
何故相手に奥の手がないと安心しきっていた?
私は、きっと内心で人間を見下していたのだろう。
父に滅ぼされかけた種族が、私に敵うわけないと。
なんたる傲慢さ。
王の資格などない。
ジクジクと痛む頬から、汗よりも遅く伝う何かが流れ出ている。
下を見ればきっと赤と茶のまだら模様が拝めるはずだ。
久方ぶりに流した血から死を連想する。
私はこんなところで死ぬのだろうか。
今は杖を駆使して受け流せているこの剣も、私の体力の終わりと共に首へと届く。
何処から間違えていた?
説明をキチンと聞いていれば?
コロシアムに参加していなければ?
カスミ達と出会っていなければ?
人間界へ旅立ってなどいなければ?
ならば私が魔王になど、選ばれなければ──
────パァン!
両頬を思い切り叩き、乾いた音が会場一帯に響いた。
突然の私の奇行に相手の動きも止まる。
落ち着け、あの日の思いを、忘れてはいけない。
私は、魔王に選ばれて良かった。
兄として、妹を守れる力を手に入れることが出来たのだから。
弱音など、赤く燃える頬に焚べて消し去ってしまえ。
よし、お兄ちゃん、がんばるぞ!
「ハッ、死ぬ覚悟でも出来たか?」
剣の男は鼻で笑ったあと、攻撃を再開した。
冷静になると彼の太刀筋がはっきりと見えてくる。
一つ一つの攻撃を見ていれば対処が可能で、サイの剣技には遠く及ばない。
振り切ると私に受け流されるからか次第に刺突を混ぜているが、突き技は慣れていないのか攻撃のあとに隙が出来ている。これならこちらからも攻撃の余地はある。
しかし、相手の男も目は良いようだ。
先ほど急所への一撃を躱されたし、今も人中、顎、喉、金的を狙って突いているものの、掠める程度で深く当たりはしない。
たとえヒットしても大きなダメージは期待出来ないだろう。
だが警戒させることに意味はある。
彼が避ける度後退するので、それにより意識からカスミを外させていく。
これで大分戦いやすい。
「チビの魔術師風情が……!」
剣の男の顔にも焦りが見え始めた。
彼は一度大きく後退ると、後ろへ向かい声を上げた。
「おい! こっち手伝え!」
杖の女に加勢を要請しているようだ。
「片方殺さないと無理」
彼女は気怠げな顔を崩そうともせず答えた。
しれっとやってのけているが、発声魔術による魔術無効と拘束の重ねがけ、彼女はかなり優秀な魔術師のはずだ。
発声魔術は術自体シンプルで発動までの時間がほぼ無い代わりに、特定の波長で大気を震わせることが出来なければ発動しない。それを魔力消費の大きい術2つ同時にこなしているだけでも見事なものだ。
改めて彼女を眺める。
今は見えていないが、先ほど見たあの魔力の膨れ上がりは、増幅か?
まさか、調整ができるのか? 魔力を? いずれにせよ底が見えない。
とりあえず、3つ目の魔術に警戒する必要が無くなったことだけはわかった。
「チッ、使えねぇな元学院の主席サマがよ……」
「術の使えない魔術師に苦戦する剣士サマがいるとは思わなかったもの」
「てんめぇ……」
何やら言い争っている。
お陰で考えに回す時間が増えた。まずは現状の確認だ。
今現在、私に魔術無効、カスミに拘束と、それぞれ魔術がかけられている。
直接攻撃をする魔術でなかったことは幸いだ。もし致死性のある魔術なら、”守り”のある私はともかく、カスミはこの世を去っていた。本当に幸いだ。
カスミの拘束を解くには、私が魔術を使えるようになる必要がある。
ではどうやって。
私にかけられている魔術の解析から始めよう。
まず、発動手段は発声によるもの。これは本人が送る魔力を絶やさない限り発動し続ける魔術で、セラ魔法に分類される。
複雑な構築が可能な陣の魔術と違い、魔力の依存元が発動者に限られるため、術者さえ叩けば解除が可能だ。
ただこれは出来ない。こちらで動けるのは1人だ。
剣の男がそれをさせてくれないだろう。
そうすると彼女を倒さずに解除する方法が必要になる。
ならば、今かけられている魔術無効の種類を推測していこう。
1、発動する魔術自体の無効化、上書き。
私の”守り”を突破出来ていることに説明はつくが、これは異なる。
魔瞳は厳密には魔術ではないからだ。
そこまで無効化されているとなると別に要因がある。
次に2、魔力の一時的な消失。
可能性はあるが、腑に落ちない。
体内の魔力庫の弁が開く感覚はあるからだ。その先に進まないような印象を受ける。
あと、私のもうひとつ魔力を掻き消せるとはとても思えない。そんなことをすれば彼女も徒では済まないだろう。
となると3、魔力神経の遮断。
恐らくはこれだ。これなら全て無効化されているのも納得がいく。
もしそうなら、普段は魔術を経由して変換している”魔王の魔力”を直接放出させれば、堰き止めている魔術も無理やり突破出来るだろう。
が、あれは放出時に特有の赤黒いモヤが立ち上る。
どう考えてもそんな色の魔力を発する人間はいない。
この案は無しだ。
はたと、ここまで整理したことである重要なことを思い出した。
──私の角は今どうなっている?
再び汗が噴き出て来た。
恐る恐る頭頂へと手を伸ばし、触る。
ない。
胸を撫で下ろして息を吐いた。戦闘中だというのに気が抜けそうになる。
私自身の魔術無効ですら解除出来ないよう、陣、発声、精霊等、知り得る魔術を余すことなく駆使しているので簡単に消せはしないだろうが、念の為。
魔王の魔力の五分の四もリソースを割いているのだ、そのくらいでないと困る。
だがこれで答えが出た。
角にかけた魔術は、魔力神経を通さず魔術回路を用いて魔王の魔力から供給している。
つまるところ、既に発動している魔術の解除は出来ていない、そして魔王の魔力が生きていることと、魔術回路自体は遮断できていないことから、この魔術無効が3の魔力神経遮断タイプであることの証明となるわけだ。
無論、そうでない可能性も頭の片隅に置いておく。
これ以上私の迂闊な判断で誰かを危険に晒したくはない。
「クソ
「あら、そしたら上官には”戦死”って伝えといてあげる」
向こうの会話が終わったようで、男が再び近寄ってくる。
生憎私の身ひとつで突破する方法は思い浮かばなかったが、原因がわかれば手の打ちようはある。
パターンが3なら、杖の仕掛けが役に立つ時だ。もし1か2であれば術の無効化範囲に入っている為、無駄打ちに終わるだろう。
それでも試す価値はある。
「カスミっ!」
「は……はいっ!」
後ろのカスミへ声をかける。
この策には彼女の協力が必要不可欠だ。
「しゃがんでドーンだよ」
「…………っ! わかりましたわ!」
かなり省略して伝えたが彼女は了承してくれた。
つくづく彼女の察する能力には助けられる。
「最期の会話は済んだか?」
不気味な笑みを浮かべ、剣の男が更に寄る。
彼が油断している今が勝機だ。
作戦開始。
杖の先端を捻り中心の魔力結晶が輝くと共に、刻んでいた魔術陣が発動する。
散々辛酸を嘗めさせられたが、今度はこちらの番だ。
同じ気持ちを味わうといい。
魔術無効!
「えっ……?」
杖の女が困惑の声を上げる。
「
無事こちらの魔術無効が炸裂し、会場全体に魔術陣が張られているのだ。いくら叫ぼうと無駄だ。
今は私自身の魔術すら発動しないのだから。
「チッ……!」
異変に気付いた男が剣を振りかぶってこちらへ迫り来る。
素早く良い判断だ、味方が魔術をかけられた際に魔術師を叩くのは基本の戦い方と言えるだろう。
だが彼は忘れている。
私にも仲間が居るということを。
下ろされた剣を杖で受け流し、彼女へ道を開ける。
「しゃがんで……」
「なっ……!」
「ドーンですわっ!」
カスミの拳が男の心窩部を正確に捉え、彼の身体が宙に舞う。
声を上げることもなく男は地面へ叩きつけられ、動かなくなった。
残るはあと1人。
そろそろ杖に内蔵された結晶の魔力が尽きる。
魔術光が消えた瞬間から、私と杖の女の魔術早撃ち勝負だ。
──光が消えた。
「
精霊魔術で地の精を呼び出し、捲り上げた地盤を彼女の体の前面に叩きつける。
質量を伴う魔術はかき消され難い。
「ぐ……あ……」
女は後ろに吹き飛び、そのまま仰向きに倒れた。
大地を操作して彼女の四肢と口を抑えつける。
作戦完遂だ。
「勝者、ラブリー☆ピカちんチーム!」
私達の意見を無視して決められたチーム名を実況が叫ぶと同時に、歓声が沸き立った。
勝報を聞いてその場にへたり込む。
つ……疲れたぁ……
天に向けて安堵の息を漏らすと、カスミが私の首に抱きついて来た。
「ピンコ様……! 私はっ……私のせいでっ……」
カスミは嗚咽を漏らしながら更に強く首を絞めてくる。少々苦しい。
謝るのはこちら側だ。頑張ると豪語しておきながら醜態を晒してしまった。
魔王失格だ。
彼女の頭を撫でて謝罪する。
「ごめんね、油断しちゃって」
「いいえっ! 私が悪いですわ! こんな……怪我までさせてしまい……」
彼女はガバッと首から離れたかと思うと、私の頬に手を当て、悲痛な表情を浮かべた。
そういえば怪我なんてしてたな。
すっかり忘れていた。
「申し訳……ございませんっ……」
そう言うと大粒の涙を流し始めた。
彼女にかける言葉を探してオロオロしていると、一瞬だけ視界の端が淡く光る。
今のは……?
「ピンコーッ」
「ピッピーっ」
「カスミっ」
チームの名付け親達が駆けつけて来た。
丁度いい、次の試合も始まるだろうし運んでもらおう。
トビウメはカスミを抱きかかえ、マイカとミコトはなぜか2人がかりで私を担ぎ上げた。
そして控え席の長椅子へ丁重に座らされる。
「ケガは大丈夫かぁ? ホラ舐めてやるから頬出しな」
「ちょっ、離れろマイカ! それはあーしが……じゃなくて! 普通に手当!」
「へいっ、こちらに」
目の前でコントを繰り広げてから医療用品を差し出すマイカ。
昨日までぐったりしていた彼女も相当回復したみたいだ。
乾きかけの血を拭い、包帯を取り出すミコトだったが、
「あれ? 頬の傷もう塞がってんじゃん」
自分でも頬を引っ張り確認すると、確かに傷がない。結構パックリいっていたと思うけど……
いつの間にか痛みも消えている。
「自分で舐めた? それともさっきカスミが舐めてた?」
「んなワケないでしょ」
そういえば先程の光、まさか……
カスミか?
他者を回復させる魔術など聞いたことがない。
これがもし彼女の魔法ならとんでもない才能だ。
何せ”守り”を突破し、魔王である私の肉体を癒すことが出来たのだから。
詳しく話を聞きたいところだったが、彼女は今トビウメの腕の中で寝ている。
全てが終わってからでも良いだろう。
今はただ、ゆっくり休んで欲しい。