半分世界とかわいい魔王とヒューマンピーポー   作:黒烟

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人助け

 集落を一意に目指す、不本意ながらも結成してしまった一行。

 ようやく舗装された道に出たものの未だに集落は見えて来ない。

 

「こっちで合ってるのか……?」

 

 集落は羅針盤に登録されていない為、正確な場所がわからない。

 

「うーん私もさっぱり。どうですかねぇトビウメさんよ」

「はひっ、そうでございますねっ」

 

 トビウメは私より一番離れた位置から返答を寄越す。私が男と判明して以降こちらが声をかける度飛び上がるようになり、今もなお小さく震えながら歩いている。

 この情けないお人は誰だ。

 武人のような佇まいは一体全体どこに消えたというのか。

 

「トビウメは男性に全く慣れておりませんの……なんだぜ!」

「ちなみにカスミは前からその話し方なの? マイカに強制されてる?」

 

 今後の関係を考えたり気を遣ったりで控えていたが、マイカを見ていると小細工や企みがどうでも良くなって来たのでもう聞いてしまった。

 

「な……なななんのことですのん!?」

 

 一際可笑しな話し方だ。何だか笑ってしまう。

 

「うんにゃあ、私じゃないよ。会った時からこんな感じだったさね」

 

 対してこっちは話し方が全く安定しない。ある意味それが彼女流の話し方なのだろう。

 

「理由は聞かないけど、もし話し辛いなら普段通りに話してくれると嬉しい」

 

 頑張って矯正しようとしているように見えるので何か事情があるのだとは思う。だがそちらの方が話も円滑に進む。

 

「そう……でしょうか……」

「我々の前だけでもいいんだぜぃ。そしたら特別感がありますな」

「まあ、皆様の前だけで良いのであれば……」

「よっしゃあ」

 

 私の敬語は外させたクセに……よくわからん奴だな。

 それにしても丁寧な言葉遣いだ。人間界で結構な身分の方なのかもしれない。

 ちなみにこの間トビウメはずっと離れて震えていた。

 ……本当に大丈夫だろうか。

 

 

 しばらく話しながら進むと遠くに木造の何かが見えて来た。

 あれは……馬車か? 動いておらず立ち往生しているように見える。

 

「どうしたんだろう、ちょいと行ってくんね」

「えっ」

 

 引き止める間もなくマイカは走って行ってしまった。

 カスミは諦めたように肩を竦めている。

 

「出会って日は浅いですがマイカ様はああいった方ですの」

「なるほど」

 

 なかなかにお人好しでお節介焼きのようだ。

 マイカに追いつくと馬車の持ち主らしき男女と話している。

 

「おっみんな追いついた」

 

 こちらに気付いたマイカが駆け寄ってくる。

 

「なんかコーリンって部分が壊れて動かないんだって」

 

 馬車を見ると確かに後輪が潰れている。

 

「誰か直せたりしない? ピンコとか」

 

 名指しているということは最初からアテにしているのだろう。

 まあいいか、壊れた後輪を見てみる。見たところ直すことも出来るがそもそもあまり良い材質の木ではない。他の車輪はそうでは無いので部材不足だったのだろうか。

 ならば一から作るか。

 

「ちょっと失礼」

 

 壊れていない方の後輪の前まで向かい地面を杖で叩く。地面に魔術陣を開き木を生成し寸法を合わせる。金属部分は元の車輪から頂いた。

 うん、こんなものだろうか。

 

「へーっ魔術ってのはすげーなぁ」

 

 いつの間にかマイカが真横で見ていた。音もなく忍び寄るのは驚くのでやめてほしい。

 後は車体を上げて取り付ければ良いのだが……

 手持ちの魔術だと中の細かな荷物まで対象にしたり馬車ごと破壊しそうで怖い。

 

「……これ持ち上がる?」

 

 試しにマイカに聞くが、ここまで荷物満載の馬車を一人で持ち上げられるとは思えない。

 

「できらあっ」

 

 と、意気込んではいるものの、ほんのり車体が浮いた程度だった。

 むしろそこまで動いたことに戦慄する。

 持ち主の男も参加するが状況は好転しない。私も一応参加したがまるで戦力外だし……

 チラっとカスミと待機しているトビウメの方を見る。サッと目を逸らされた。

 だが意図は伝わったようで立ち上がり、こちらに震えながら近づいて来る。

 目は背けたまま。

 

「あ、そこ壊れた後輪が……」

「にゃあっ」

 

 前のめりに転びかけるトビウメの肩を咄嗟に両手で前から支えた。

 

「にゃああああっ!」

 

 カスミの下まで後退りして行く。もう露骨にため息を出してしまう。

 

「トビウメのこの感じは久しぶりに見ますわね……」

 

 カスミも苦笑いを浮かべた。

 こんな調子じゃ今後も支障をきたすだろう。こちらが斟酌するか。

 カスミの陰へ隠れたトビウメに向かい語りかける。

 

「私こんな見た目だし女性と思ってくれても良いよ」

 

 反応がない。

 しばらく待っているとか細く声が聞こえ始めた。

 

「えっ……えっと……」

 

 顔を半分だけカスミの陰から出し、何かをこちらに伝えようとしている。

 さらに待つこと数秒、瞼をギュッと結び、意を決したように声を出した。

 

「そしたら……何か可愛いことをして……ください……」

「は?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出る。

 

 とんでもないことを言い出した。聞き違いか? 

 威圧したつもりではないが、ひいっ、と若干怯えられる。

 

「た……多分そうしてもらえたら……女の子だと思えるんですぅ……」

 

 消え入るような声で言われた。

 

 それは何というか……一応私も男の自覚はある訳で……

 

 なけなしとは言えプライドがある訳で……

 

 しかし、あれ以降初めてトビウメと目が合っている。叱られた子供のように身を窄ませ、上目でこちらを見ている。

 身内の誰かさんのようだ。どうやら私はこういう仕草に弱いらしい。

 大きくため息をつく。この集団と合流して何回目だろうか。

 仕方ない……元々提案したのは私だしな。

 

 脳裏に浮かんできたラヴィの行動を真似ることにした。

 大きく息を吸ってから……中腰になりトビウメへ笑顔を向ける。

 

「え……えへへー、ト……トビウメさーん、一緒にあそぼー……」

 

 殺してくれ。

 

 場が一瞬で凍りついた錯覚すら覚える。

 眉が痙攣し口の端が引き攣る。背中が熱気で湿り頬を汗が伝っていく。

 

「途轍もないキュートさですわね、本当に殿方ですの?」

「モデルがいたりするのかな」

 

 冷静に感想言ってないで助けて欲しい。

 震える私と対照的に、トビウメは顔を全て出し輝いた眼でこちらを見ていた。

 

「も……もう一声……お願いしますっ……!」

 

 嘘だろ。

 

 眩暈がした。

 全て放置して逃げ出したい。

 

 いや、さっきプライドなるものは殺した。

 ここまで来たらもう失うものはない。続けるべきだ。

 

 またしてもラヴィが意識の底から飛び出して来た。

 中腰のまま両手の拳を握り顎の下へ並べて体を傾げる。

 

「トビウメさ……ん……私のこと……す……好き……?」

 

 殺せ。

 

「途方もないプリティさですわね、本当は天使とかじゃありませんの?」

「身近にいたりするのかな」

「ああっいいですぅ! すきですっ!」

 

 鼻息を荒くしたトビウメはしばらくすると立ち上がり、

 

「ご心配をお掛け……しました。もう、大丈夫だ……と思います」

 

 それは良かった……こっちは逆に死にそうだ。

 

 まだ半分ほど不安要素が残っていそうだが……まあよし。

 もうさっさと馬車を直そう。

 

 持ち主男、私、マイカ、トビウメの並びで馬車の側面に立ち車体を押す。

 ようやく持ち上がったので持ち主女とカスミに後輪を付けて貰い、下ろす。

 歓声が上がった。

 一仕事終えた……色々疲れた。

 

 

 馬車の持ち主は集落で商店を営んでいるようで、仕入れの帰りだったようだ。

 行き先が同じなので荷台に乗せて貰い集落を目指す。集落に着くと恩返しということで、店主の姉が経営している宿屋に泊めてもらえることになった。

 

「んふふツイてるねぇ」

 

 自身が声を掛けたお陰だとは微塵も理解していないらしい。呆れたお人好しだ。

 用意してもらった部屋へ向かい荷物を下ろす。

 

 部屋は分けなくていいのかと思い進言したが、ちょうど一部屋しか空いていなかったそうだ。ついでに男ということに驚かれた。それに対しマイカが一部屋でいいですよと返したのである。カスミは同意してくれたが……トビウメの震えが再発しているように見えた。

 本当に大丈夫なのだろうか。

 

 荷物の重さから解放され、一息ついたらカスミが口を開いた。

 

「温泉を一つ貸し切ってくれたそうですが……どういたしましょう」

「我々の為に手配してくれたのだ、有難く頂こう」

 

 温泉……、一つ、となると。

 

 全員の視線がこちらに集まる。

 

「ひいいいいいぃ」

 

 トビウメが後退る。

 

 おい失礼だぞ。

 こっちはさっきの傷がまだ癒えていないというのに。

 

 まあ懸念していることはわかる。

 

「私ここで待ってるから、先入ってきて」

 

 こちらにはおかまいなく。

 

「じゃあお言葉に甘えますわね」

 

 ならばとばかりにトビウメとカスミは温泉へ向かった。

 

「私は大丈夫だよ? 一緒でも」

 

 マイカが混乱させるような事を言うので片手で追い払う。

 さっさと入ってきなさい。

 

 

 時間ができたので宿屋内を軽く歩き回る。

 大規模ではないが設備は充実しており、掃除もよく行き届いている。商店の主人に聞いたところ、ここの集落は多くの国や集落を繋ぐ中継地点らしく、旅人が多く往来するためこの宿の存在は重要らしい。

 散策していると入り口で宿の女将と旅人らしき人間が話していた。

 

「……でここに来るまでに聞いたんだが……東にある集落が魔族に襲撃を受けて陥落したらしい」

 

 なんだって? 

 とても聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 

「一番近いここも襲撃に遭うかもしれない……逃げるなら今の内かもな」

 

 女将が頭を横に振る。

 

「あたしゃここ以外での生き方を知らん。逃げる気はないよ」

「そうか……世話になったな」

「忠告ありがとね」

 

 魔族? どういうことだ? 

 あの旅人を追って話を

 

「ピンコ」

「ぎょば」

 

 頼むから急に背後に寄るのはやめてくれ。

 

「温泉空いた。入んな」

 

 マイカに入浴を促される。

 振り向くともう旅人はいなかった。

 

 

 湯に浸かって先程の話を思い返す。

 

 魔族が集落を襲撃? 不可解だ。人間界に配置した魔族など存在しない。

 そもそも人間界はギドが薄すぎて亜人族と精霊族等の一部魔族しか活動が出来ない。

 とすれば何らかの手段を用いて活動しているか、人間との混血か。どちらも考え難い。見た人間の勘違いという可能性はないだろうか。

 うーん……

 

「悩ましい……」

「ホントにねぇ……」

「ぎょわああああっ」

 

 驚きのあまり湯の中へダイブする。

 湯から顔を出すと隣に素知らぬ顔のマイカが座っていた。

 

 な……な……

 

「何をしている!」

「いやあ助けてもらった上に助けるのまで助けてもらって何も返せてないなって。背中くらい流そうと思ったんだけど、ピンコもう洗い終わってる上になんか考え事してて」

 

 確かに考え事をしていて気付かなかった私に落ち度があるかもしれない。

 だがしかし、

 

「異性の入浴だぞ!?」

「大丈夫ほらタオル巻いてるし」

 

 見せるな。

 そしてそういう問題ではない。

 

「出てって……出てってください……」

 

 退室を促すが聞き入れてくれそうにない。

 

「いいのかい、ほら若きおなごの肌ぞ?」

 

 もういい私が上がろう。

 湯船を出ようとするが肩を掴まれる。

 

「まあまあ待ちねぇ、何もせんから話でもしようや」

 

 参る。

 

 本当に参る。

 

 だが彼女の言う事を聞く以外、道はなさそうだ。

 観念して若干離れたところへ座り直す。

 マイカは離れた分近づいて来た。

 参る。

 

「ピンコはさ」

 

 マイカが口を開く。

 何か聞きたい事があって来たのか? 

 

「どうして旅をしてるの?」

 

 旅をしていれば誰かにいつか聞かれるだろうとは思っていた。こんなに早くとは思っていなかったが。

 

「私は人助けの旅。今はカスミとトビウメの護衛してる」

 

 彼女は自身の事情を話すと期待した目でこちらを見ている。

 こちらも話したから話せと言う事だろうか。一応事前に用意していた嘘に”魔術修行の為”という適当なのがあるが……

 

「私は……身体を作り変える魔術を見つける為に旅をしてる」

 

 何となく……嘘は吐きたくなかった。

 マイカはこちらを見つめて質問を続ける。

 

「誰かのためだったりする?」

 

 鋭いな。

 言うべきか悩む。

 自分の為と言えばそうなのだが、心を大きく占拠するその存在を無視することは出来ない。

 小さな声で呟いた。

 

「……妹」

「そっか、お兄ちゃんだったのかピンコは」

 

 それ以上は何も聞いてこなかった。

 しばらく2人の間を沈黙が流れる。

 今度は私の方から口を開いた。

 

「……こっちも聞いて良い?」

 

 私としてもマイカにいくつか聞いてみたいことがある。

 

「なんじゃらほい」

「何で私が男って一目でわかった?」

 

 隠しているつもりはないが、こちらに来てからとにかく女性に間違われるので聞いてみた。

 

「ん? なんか雰囲気っていうか……感覚? よくわかんないけど」

 

 上位魔族は魔力が見える者が多いので性別の違いは判別がつきやすいのだが……

 彼女は人間にしては並外れた感覚があるみたいだ。

 

「そっか」

 

 とりあえず人間としては私を女性に間違うのが一般的とわかった。彼女が特別なだけということも。

 では本題に入る。

 

「あともう一つ」

「おぅ欲張りだなお兄ちゃんは」

 

 お兄ちゃんという響きが気に入ったらしい。

 同意と受け取り話を続ける。

 

「あの時、何故敵を殺さなかった?」

 

 個人的に一番引っかかっていた部分だ。憂いは絶っておいた方が良いだろうに。それに向こうは殺す気かもしれないのだ。

 マイカは困ったような表情で答えを探している。初めて見る表情だ。

 

「そーだなぁ……理由は色々あるけど……」

 

 色々あるのか。

 一つ一つは聞いていけそうにもない。

 

「殺し続けて私が助ける人がいなくなったら困るからかな!」

 

 ガクッと力が抜ける。

 

「な……なるほど……」

 

 恐らくそんな日は来ないだろう。

 いつだってどこかで誰かは困っているものだ。そして誰かを困らせているのもまた別の誰がだったりするのだ。

 だが……

 

 マイカの方を見ると誇らしげな顔を続けている

 

 ……この子のここまで一貫した献身的意思には感心する。

 そういった考えもあるんだな。

 

「じゃ、私先に戻ってるね。お風呂も2回目だし」

 

 マイカはそう言い残すと湯から上がっていった。

 どこまでも気儘な奴だ。

 

 にしても殺さない……か。

 

 茜色に染まる湯船に身を浮かべ、夕暮れから夜へと続く瞬間を眺めていた。

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