半分世界とかわいい魔王とヒューマンピーポー   作:黒烟

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堕天使目視録 1

 玉兎の月 一日、たぶん晴れ。

 

 本日から姫様のお世話役を申し遣わされた。

 今後のため、業務日誌をつけていこう。

 

 今日の午前は兄の魔王ロント様が旅立たれるとのことなので自室で待機、午後から姫様のお世話をすることになる。

 まだ一度しか顔を合わせていないが、あの美しき姫様に仕えることを赦されたのだ。光栄と思って業務に励もう。

 

 午後になったので姫様の部屋へ向かい戸を叩く。

 

「本日よりお仕え致します、堕天使のデティロです」

 

 しばしの静寂の後、姫様が扉の隙間から顔を覗かせた。

 髪はボサボサで、衣服が乱れている。

 瞼が少々腫れていた。

 

「あ? お前誰だっけ」

 

 衝撃が走る。忘れられている? 

 しかし今日は初日だ、メゲずにもう一度ご挨拶をした。

 

「えぇと……本日よりお仕えの……」

「ああ、メイドの子か。今日はもう帰っていいよ」

 

 扉が閉まる。

 

 本日の業務が終了した。

 

 

 

 玉兎の月 二日、恐らく晴れ。

 

 本日で2日目だ。

 昨日の姫様は恐らく魔王様が旅立たれてしまい気が滅入っていたのだろう。

 今日から頑張るぞ。

 

 姫様の部屋へ向かい戸を叩く。

 昨日と変化のない姫様の顔が現れた。

 心なしか昨日より扉の隙間が狭い。

 

「だ……堕天使のデティロです……」

 

 頑張って挨拶をする。

 姫様はこちらを軽く睨んだ後、無言のまま手元で何かを書き入口のノブに引っ掛けた。

 

 ぶら下げられた気の板にはこう書いてある。

 

 ”奉仕お断り”

 

 本日の業務が終了した。

 

 

 

 玉兎の月 五日、気持ち的に曇り。

 

 あれから3日経ったが入口の板は外されていない。

 このままでは自分の存在意義を疑ってしまう。

 

 鬱屈した気持ちで自室に戻る途中、廊下でサイフォルド様に出会した。

 

「おや、元気がないですねデティロ様」

「お、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません!」

 

 背筋を正して礼をする。

 この人の落ち着いた物腰と美しい外見はいつ見ても身が引き締まる。

 サイフォルド様はフフッと微笑みを浮かべている。

 

「構いませんよ、姫様のことでしょう?」

「ええ……まあ……ハイ……」

 

 正直に答えて良いものか、歯切れ悪く答えてしまう。

 

「気にしないでください、魔王様がいない時の姫様はあのような感じです。あと2日もすれば多少は持ち直すでしょう」

「そう……なんでしょうか……」

 

 ただあそこまで塞ぎ込んでいると心配になってしまう。

 何とか早く元気になってもらえないだろうか、ならばとサイフォルド様に一つ提案をしてみる。

 

「私より……長く付き合いのあるサイフォルド様にご対応頂ければ、姫様も心を開いてご対応頂けるのではないでしょうか?」

「いえ、結構」

 

 即断られた。

 あまりの速さに唖然としてしまう。

 サイフォルド様は恥ずかしそうに言う。

 

「実は私……姫様苦手なんですよね」

 

 照れて言うことだろうか。

 

 

 

 玉兎の月 七日。

 

 一応昨日も確認に向かったが状況は変わらなかった。

 今日でサイフォルド様の言う2日後に当たるが……

 どうだろうか。

 

 扉を見ると、ノブから5日間を共に過ごした板が消えていた。

 よかった……! 

 視界に光が差し込み扉が輝いて見える。涙が出そうだ。

 足取りも軽く扉の前へ向かう。

 戸を叩いてご挨拶差し上げる。

 

「堕天使のデティロです! お仕えに参りました!」

 

 元気に声を出す。ちょっと元気にし過ぎたかもしれない。

 しかしなかなか返事がない。

 

「あー、入っていいよ」

 

 しばらく扉の前で待つと許可を頂けた。

 

「失礼します」

 

 部屋の中は広く、衣服などの収納の他に、浴室へ続く扉、食器棚、キッチン等が目に入って来た。

 姫様はベッドで横になって本を読んでいる。

 

「で、お前は何してくれんの?」

 

 身がピシッと固まる。

 部屋に入るや否や体勢はそのままに私の存在意義を問い正して来た。

 

「えっと……身の回りのお世話などを……」

「アタシ大体一人で出来んだけど」

 

 取り付く島もない。泣きそうだ。

 確かに部屋を見渡す限りここで全ての生活が可能な上、数日引きこもっていた割には片付いている。お手伝いなどがいなくても実際一人で出来てしまうのだろう。

 しかし私にも矜持というものがある。

 

「な……なんでもします! 些細なことでも、私に出来ることであれば……!」

「ふーん……なんでも、ね」

 

 ようやく姫様がこちらを向かれて目が合った。

 

「じゃあ……」

 

 姫様は怪しく目を光らせて口を開く。

 ゴクリと生唾を飲み込む。

 

「その”私”って言うの、やめて」

「……えっ」

 

 本日の業務、一人称の変更。

 

 

 

 玉兎の月 十日。

 

 わっちの一人称が変更されてから4日目だ。

 流石に慣れて来たし、もしかすると可愛いかもしれない。

 そう思おう。

 

 本日も姫様のお仕えに向かう。

 今の所頼られたことはないけど。

 扉を叩き挨拶をする。

 

「姫様、わっちです。デティロです」

「入って」

 

 最近は許可を頂くまであまり間を置かなくなってきた。

 嬉しい限りだ。

 

「それにしてもお前律儀だな、ちゃんと言いつけ守るなんて」

 

 サイなんて全然言うこと聞かねーのに、と姫様がボヤく。

 多少は信頼を頂けたのだろうか。

 ならばと3日前から聞きたかった質問を投げる。

 

「ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「なに? 聞いてやるよ」

 

 ずっと気になってはいたが、姫様の圧が強く当時は聞くことができなかった。

 

「なぜ姫様はわっちの一人称を変えさせたのでしょうか」

 

 踏み込みすぎだろうか。

 もしかすると心象を害してしまうかもしれない。

 姫様はいつの間にか真剣な表情を浮かべている。

 

「なんでって? そりゃあ……」

 

 固唾を飲み込んで返答を待つ。

 

「“ワタシ”は兄上との大事な絆だからに決まってんだろ」

 

 …………はい? 

 

「昔兄上のことが好きすぎて真似てたことがあってな。その時“アタシ”に合わせて自分の呼び名を変えてくれたんだよ。“一人称が我だと可愛くないだろうから”ってな。最高にエモいだろ? だから他の奴に“ワタシ”を使わせたくねーの。それに兄上は——」

 

 堰を切ったように姫様が喋り出す。止まる様子がない。

 

 話の内容で思いついたが、もしかしてサイフォルド様が自身を“ワタクシ”と言っているのも姫様の影響だろうか。

 ……それは違う気がする。言うこと聞かないって言ってたし。

 

 それにしてもここ数日で毎日のように姫様のイメージが更新されていく。

 今の姫様は兄上大好き妹君だ。

 初日から先日まで受けていた冷たい姫様のイメージはもうない。

 なんだか嬉しくなって少し微笑む。

 

「そういえばさぁ」

「はひっ」

 

 急に話を振られてドキッとする。

 こちらがニヤニヤしているのを見られていた? 

 不敬だっただろうか。

 

「お前の名前なんだっけ?」

「……えっ」

 

 本日の業務、自己紹介。

 

 

 

 玉兎の月 十三日。

 

「んで、サイに言われて兄上の近接戦闘訓練の相手してたんだけどな、兄上あの超愛くるしい身体じゃん? とてもじゃねーけどアタシのフィジカルには勝てないワケ。いざとなればアタシは兄上をムリヤリにでもアレコレ出来ちまうこの力関係も悪くないんだけど……いや、ムリヤリにやんねーよ? それでも諦めずに鍛えるのはアタシを守るためってんだからもー愛よな。愛。こりゃもう結婚するしかねえっつーか聞いてるかティー」

 

「ええ……もちろん……」

 

 先日の自己紹介により、ありがたいことに“ティー”と言う愛称を賜った。

 以来毎日のように姫様と魔王様との昔話を聴いている。

 

 本日の業務、聴き役。

 

 

 

 玉兎の月 十六日。

 

「飽きた」

「ひ……姫様……!」

 

 一時的とは言え、魔王業を任されている者から出た言葉だとは思えない。

 

「だって兄上は居ないし業務はイバラに任せてるし兄上は居なくてやることねーんだもん」

 

 姫様の人生においてかなりの割合が魔王様で埋め尽くされていることは、ここ数日で重々理解した。

 しかし聞いたことのない名前に疑問が浮かぶ。

 

「イバラとはどなた様でしょうか?」

「ああ? 言ってなかったっけ。アタシの魔法で出したアタシの分身」

 

 開いた口が塞がらない。

 平然と言ってのけるが普通はそんなことは出来ない、自分の幻影を作り出すのが限界だろう。

 それを業務が出来る分身? どういうこと? 

 

「ええと……姫様は常に操っているということですか? 流石でございま……」

「いや、勝手に動いてるけど」

 

 気を失いそうだ。

 本当にもう次元が違うとしか言いようがない。

 魔法を使える才能というのは恐ろしい……

 

「城中動き回ってっからティーもいつか会うかもな」

 

 姫様の作った分身……さぞ本人に似ているのだろう。

 うっかり知らずに仕えていたら姫様に怒られるかもしれない。

 

「もしそうなったらわっちに見分けられるでしょうか……」

「まあ見分け付くように作ったから、すぐわかるだろ」

「えっ、似せずに作られたのですか」

 

 影武者等に用いたりはしないのだろうか。

 

「万が一でも分身が兄上に可愛がられてたらムカつくじゃん」

 

 ……なるほど。

 

 

 

 玉兎の月 二十日。

 

 お仕えしてから3週間近く経った。

 お仕えと言うより現状暇つぶしの話し相手だけど。

 

「あーやっぱ兄上が足りねー、兄上ぇ兄上ぇ」

 

 今日の姫様はベッドの上で枕を抱えゴロゴロされている。

 突如ガバッと起き、

 

「よし、お前を兄上にしよう」

「は?」

 

 聞き間違いだろうか? 

 

「そーら変身」

 

 姫様がパチンと指を鳴らす。

 ボンッという音と共に煙が消えると、

 視点が低くなっていた。

 

「ええっ」

 

 下を見るとといつもより小さい手足と、垂れ下がってきた白く長い髪が目に入る。

 近くに姿見が無いのでハッキリとはわからないが、

 どうやらわっちは魔王様になっているようだ。

 

「ええええーっ!」

 

 なにこれどういうこと? 

 一瞬で身体ごと作り変えられた。

 変えた本人は何やら渋い顔をしている。

 

「んー……他人が兄上のフリしてんの思ってたより癪だな……」

 

 そんなことよりわっちはこの先一生このままなのだろうか。

 魔王様の影武者くらいなら出来るかもしれない。

 あたふたしているともう一度姫様が指を鳴らした。

 

 も……戻れたぁ……

 

「やっぱ違うな、久しぶりにアタシがなるか」

「へっ?」

 

 指の鳴る音と共に今度は姫様が煙に包まれる。

 輝く白髪の小さな子供が現れた。魔王様だ。

 

 本当にどういう理屈なんだろうか。

 

 以前魔王様を真似ていたと言っていたが、まさかこういうこととは。

 

 それにしても……

 

 可愛い。

 全魔族が心奪われる造形だ。

 

 魔界改変前にロント様ファンクラブなるものが密かに作られ、一部で熱狂的な宗教と化しつつあったと言う話も頷ける。

 

 さっきまでわっちがこの見た目だったのか。

 もしかするとあのままでも良かったかもしれない。

 見つめていると姫様? がわっちを見てニヤリとした。

 

「なんだよ、アタシの兄上が可愛すぎるか? 惚れんなよ。アタシのだ」

 

 こちらの考えを見透かされたようで少し恥ずかしい。

 

「にしても今の兄上に変身すんのは初めてだな」

「以前はもっと違う見た目だったのですか?」

 

 姫様? は目を閉じて感慨深そうに頷く。

 

「昔は短髪だったんだよ。ホラ、こんな感じ」

「うわっ」

 

 頭皮に吸収されるように髪が縮んだ。

 なかなかギョッとする光景だ。

 改めて見ると短髪は少年感が若干出ている。

 それでも愛らしさ据え置きだ。

 

「アタシが真似るようになってから伸ばしてくれてなぁ……オシャレしやすいようにってな。あーもうホントしゅき♡」

 

 肩を抱いて身悶えている。

 そのお姿だとひたすら可愛い。

 

「んでお前にはアタシになって貰う」

「ちょっ」

 

 先程と正反対に視点が高くなった。

 足元は……胸で見えない。

 大きいとこうなるのか。

 

 お尻についている何か重いものの所為で重心が後ろに引っ張られよろめいた。

 遅れて尻尾がついていることに気付く。

 おお……意思で動く……

 

「一回自分を客観的に見て着せ替えしたかったんだよなー。兄上にはこの魔法効かねーし」

 

 言いながら姫様? はわっちの服を脱がしに掛かる。

 大分恥ずかしい。

 そして側から見れば妹に手を出す兄の図だ。

 この体格差だとそうは見えないかもしれないけど、いずれにしろ絵面がヤバい。

 

「ちょっ、姫様! ダメですって!」

「大丈夫だってアタシの身体なんだから見慣れてるっつーの」

 

 そういう問題ではないのですが……

 

 あーっ。

 

 本日の業務、着せ替え人形。

 

 

 

 玉兎の月 二十五日。

 

「ママにでも会いに行くか」

「お母様ですか?」

 

 唐突に今日の予定が決まる。

 思い返すと姫様が唐突じゃない時は無かった。

 

「そ、アタシのママ。魔王城の離れに住んでんだ。オラ行くぞ」

 

 姫様が自室から出るのを初めて見る。

 何だか感動だ。

 

「飛んで行かれないのですか?」

「あ? 兄上が飛ばねーのにアタシが飛ぶわけねーじゃん。今この瞬間も兄上は歩いて旅してんだよ」

 

 カ……

 カッコいい……

 兄に対する狂愛もここまで来ると清々しく感じる。

 

 道中給仕の格好をした石人形とすれ違った。

 礼儀正しくペコリと礼をして来たので思わず返す。

 まるで意思があるかのような仕草だ。

 しばらく歩いてから姫様がさっき石人形のいたところを親指で指す。

 

「ちなみに今のがイバラな」

「ええっ! 今の石人形じゃないんですか!?」

 

 姫様がニヤリと笑う。

 

「そう思わせることに意味があんだよ」

 

 はー……何というか。

 ちょっと感心してしまった。

 

 しばらく歩き、階段を上がり、階段を下りを何度か繰り返したところで目的地に着く。

 ここに来るまでに石人形以外とは誰もすれ違うことはなかった。

 同僚といったものを見かけたこともないし、どうやって回しているのだろう? 

 疑問に頭を悩ますわっちを置いて、姫様はさっさと豪華な意匠の扉を開けて中に入っていく。

 

「ママいるー?」

 

 扉の先では一人の女性が椅子に座って煙管をふかしていた。

 うねるような真紅の長髪に、漆黒に染まる翼と尻尾、肌の所々に露出している紅い鱗、間違いない、サイフォルド様から聞いていた特徴と一致する。

 

 姫様の母君、アタリス・ジダ・イシュテリヌ様だ。

 

「オウ、久しぶりだな。アタシのラバラリーナと……」

 

 アタリス様はかけているメガネを直す仕草をして、

 

「テメェは誰だ?」

 

 ガンを飛ばして来た。

 紅龍族特有の黄色いギョロッとした目がわっちを睨んでいる。

 

 ヒィーッ、ま……間違いない……

 姫様の母君だ。

 

 こ……怖い……

 

 慎ましく震えていると姫様が前に立ってくれる。

 

 ひ……姫様ぁ……

 

「こいつはティー。アタシの妹」

 

 姫様!? 

 

「ん、弟か?」

 

 わっちに訊かれましても……

 

 アタリス様が大口を開けて笑う。

 

「産んだ記憶はねぇが、そうか妹ができたか」

 

 認知されてしまった。

 今日からの業務は妹か弟らしい。

 

「ロン坊が旅立ったからな。そろそろ来るような気はしてたぜ」

「そーなの! もうめっちゃ寂しい!」

 

 姫様がアタリス様の元へ駆けてしゃがむのでわっちも追従する。

 

「ただもう少し早く来ると思ってたんだが……ティー坊のお陰か。あんがとな愛娘の相手してくれて」

 

 鱗で覆われた手がわっちの頭に乗せられる。

 あったかい……

 

 その後は姫様がアタリス様に不安をぶつける会となった。

 

「そもそも兄上自分のかわいさに無自覚すぎんだよあの見た目で笑顔向けられたら男女構わず好きになっちゃうっての本人は淡白にしてるつもりみたいだけど世話焼きで心配性なところあるし道中で助けた女とかに惚れられてたらどーしよーうあああアタシも着いていけばよかった」

 

 また知らない新たな姫様が目の前にいる。

 やはり目上の相手にしか出せない自分があるのだろう。

 

 アタリス様が姫様の頭を撫でた。

 

「それでもアイツが一番気にかけてんのはお前だろ?」

「えへへ……そーかも」

 

 一発で元気になった。

 流石母親と言うべきだろうか。

 姫様も安心したようにアタリス様の膝の上でくつろいでいる。

 しばらくしたら小さな寝息が聞こえて来た。

 

「おや、寝ちまったか」

 

 近くのソファーまで姫様が運ばれていく。

 

 2人きりになってしまった。

 気まずい。

 

 縮こまっていたらアタリス様の方からお声をかけていただけた。

 

「ラバラリーナの世話は大変か? アイツ手掛からねぇけど、手掛かるからな」

 

 矛盾しているが言いたい事はわかる。

 

「いえ……」

 

 今までの姫様との交流を思い返す。

 

 また多少は大変……結構大変ではあったが、

 

「毎日楽しく、過ごさせていただいてます」

 

「そうか」

 

 アタリス様は満足したように微笑んだ。

 

「じゃあウチの子起きるまでヒマだろ? アタシの昔話でも聞かせてやる」

「へ?」

 

 ————暫く後

 

「んで紅龍族と艶魔族の間に生まれて向かう所敵なしだった当時のアタシぶちのめしてディズマの野郎なんて言ったと思う? ”私には既に一人の子と先立たれた妻がいます。それでも……私と結婚していただけないでしょうか”ってんだぜ。魔王なんだから妻が何人いようが不思議じゃねぇってのに。でも何だかその姿にアタシもキュンと来ちまってつい”……はい”なんて答えてよ。かーっ恥ずかしいぜ。んでな——」

 

「おお……なるほど……」

 

 間違いない。

 

 姫様の母君だ。

 

 

 

 玉兎の月 二十九日。

 

「あーようやく明日兄上が帰ってくるぅ」

 

 大層ご機嫌だ。

 初日の姫様からは考えられない。

 

「んで兄上にティーのことどう紹介する? 妹? 弟? てかそもそもどっち?」

「ええと……」

 

 わっちが雇われて仕えていると言うことは忘れているらしい。

 

 それにしても性別か……

 

 天使族に性別はない。というか実体がない。

 しかし堕天使族は天使族から堕ちた時に実体と性別を得る。

 そうして堕ちた父の子がわっちになるのだが……

 

 ここで自身の性別を教えてしまって良いものだろうか。

 教えてしまうことで何か変わってしまったりしないだろうか。

 

 言葉を濁していると姫様は、

 

「ま、どっちでもいーか。その時々で都合いい方にしよ」

「ええ……」

 

 まあそれくらいがいいのかもしれない。

 

 明日、いよいよ魔王様がご帰還される。

 

 ……また旅立たれた時、姫様は大丈夫だろうか。

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