マイカ達と別れて旅を続け早数日、目的地の一つヴェスタカンテンが地平線の向こうに頭だけ覗かせ始めた。
長かった……まさか一つ目の国へ向かうだけでそろそろ1ヶ月になるとは。何も成してないし、父上の跡すら見つけていないのに帰るのは流石に恥ずかしい。サイに鼻で笑われそうだ。
これは移動手段の確保が急務だろう。貨物……は乗せてもらう前に家へ帰れと言われそう。見た目的に。馬……は制御できない。身長的に。飛ぶ魔術道具とかないだろうか。無いだろうな。魔術自体珍しい地方のようだし。となると……人か? 私を乗せて平野を駆けて下さいとお願いするのか? マイカくらいしか受けてくれないだろう。やはり付いて来て貰えば良かった。移動手段として。
楽をする解決法を思い浮かばないまま歩いていると、大きな荷物を積んだ荷車がいくつも道沿いに停まっているのが見えた。また故障した馬車か? と思ったが、賑わいの声が聞こえてくるのでそうではないようだ。となると休憩か。
近づいて見るとどうやら商隊のようだ。旅人に物資を売り捌いている。もしかしたら何か移動手段が売ってたりしないかな? と淡い希望が湧いて出て来たので浮き足立ちながら商人の元へ向かう。
「ん? なんだ嬢ちゃん」
「商品を見に来ました」
「ウチはガキ向けの商品は売ってねぇんだ帰ん……な……?」
一度鼻で笑いそっぽを向いた商人が二度見して来た。目の利く商人なら恐らく私の身なりで察するだろう。
何せ魔王だ。生半可な装飾品は身につけていない。というか主に身につけさせる特定人物二名の金銭感覚が狂っている。私も魔術の触媒や服の生地は妥協しないので人のことは言えないが。
つまり何が言いたいかというと、
「……金は持ってるか?」
交渉の余地はあるということだ。
「ある程度」
サイから渡された通貨の袋を軽く開けて見せると商人は目を丸くして驚く。
人間界では時に命よりも大事らしいですよ、と人間の通貨を持たされたが、正直重くて邪魔だ。ここで減らせたら一石二鳥。
「これはこれは可憐なお嬢様、何をお探しでしょうか」
商人の物腰がグンニャリと曲がる勢いで柔らかくなった。
あまりの変わりように少し引く。こうでもないと商人は生き残れないのか。
「ウチは聖都に許可をいただいている認可店ですからねェ。どれもこれも一級品でございますよ」
聖都、人間界の中枢だったな。認可店なら買い物後に背後から襲われる事もないだろう。あったとしてもこんな開けた場所ではやらないはずだ。安心して買い物ができる。
「魔術書か魔術道具は売ってますか」
肉体変形の魔術書でもあれば旅は終わるし、移動でなくても魔術道具があれば何かの役に立つかもしれない。単に私が魔術道具を見るのが好きというのもある。
商人は困ったように後頭部を掻いた。
「あースイません、その辺はトゥテラの学院に寄った時完売しちまいまして」
残念だ。それなら移動手段に標的を絞ろう。
「ならば動物はどうでしょう」
「それならございますぜ。馬、豚、鶏等の家畜に珍しいペットなんかも用意がありやす。それと」
商人は家畜を乗せた荷台とは別方向にある馬車を指差した。
「人間も」
3台ある大きな馬車では、複数の人間がパンを齧ったり昼寝をしたり思い思いに時間を過ごしている。てっきり別の商人かと思っていたが、あれは……
「奴隷でしょうか」
「ええ。つってもウチは正規ルートでクリーンな契約を結んどります。ご購入の際も奴隷本人の承諾がなければ申し訳ないですけどお売り出来ません」
魔界では統治が太古に済んでいるので身分が低い者はいても奴隷はいないが、人間界では戦争で得た捕虜や犯罪者、債務者などを奴隷とする文化があるらしい。過酷な労働環境を強いられる者もいれば、キッチリした契約と対価の元で主人に使える者もいるとか。この場合は後者だろう。何せ拘束具も無いのに逃げ出していない。
ここで目的を思い出した。移動手段だ。
馬より背の低い動物にでも跨ろうかと思ったが、これなら私を背に乗せて走れる人間を見つけれらるかもしれない。しかも人間なら意思疎通もできる。願ったり叶ったりだ。
奴隷達の力量を判別するために3台の馬車を目を凝らして視る。
「ぎょっ」
声に出すほどギョッとした。
白く豪華な刺繍が施された布で覆われたその1台だけ、他とは明らかに違う闘気が立ち昇っている。マイカの時を思い出す。こんな頻繁にいるのか、強い人間。
そちらを指差し説明を求めた。
「あちらにいるのは?」
「あー……あちらですか。お嬢様の目的に沿うか分かりませんが……見ます?」
コクリと頷いて返答する。むしろ目的のものだ。
「ちょいとお待ちを、許可を得て来ます」
商人は白い馬車へと向かい何やら話している。そうか、本人の許可がないと売買自体が出来ないんだった。どうだろう、私はお眼鏡に叶うだろうか。
懸念していると商人が戻ってきた。
「大丈夫だそうです。こちらにどうぞ」
白い馬車の近くまで導かれた。先ほどは閉まっていたが今は白い布が一枚捲られ、馬車の中とは薄い生地の布で隔たれている。うっすら人間が一人乗っているのが見えた。
「では幕を上げますね」
商人が薄布を除けた。徐々に中の人物の容姿が明らかになってくる。
馬車の中には、身体のラインと起伏を強調するドレスを着た、金髪の美女が座っていた。周りにはいくつもの白く高級そうなクッションと毛布が敷かれている。随分大事に運ばれているようだ。
「ウチが誇る最高級品、絶世の美女、国に一人居れば傾国間違いなしの女奴隷になります」
女奴隷はにこやかにこちらへ手を振っている。
……なんというか、
違う人じゃないのか?
それとも馬車の下に別の人物がいてそっちの闘気か?
いや、私の身長だとこの場へ来る時に下部分も見えたが、そんな者はいなかった。
眉間を摘んで再度眼を開けるが、見間違いではない。
場違いな闘気だけが濛々と彼女から立ち上っている。
うん……まぁ……
それなら……そういうものなんだろう。
「おいくらでしょうか」
「ええっ!?」
商人の驚嘆にこちらまで驚く。無理も無い、見た目少女が高額な女奴隷を買うというのだ。意図がわからなくもなるだろう。
商人はしばらく呆けるとやがて何かを納得したように頷いた。何を察されたんだろうか。
「いい趣味をされてますね……こちらの女奴隷ですが金貨じゅ……20枚になります」
明らかに足元を見ているのがバレバレだが乗ってやろう。相場などわからないし袋の重さも半分にできるはずだ。要求された枚数の金貨を手渡す。
「ではこちらで」
「おおっ……お買い上げありがとうございます……グヒッ」
しめしめとするのはもう少し後にしてもらいたい。客から丸見えだ。
笑いを堪えきれていない商人から証明書をもらう。あとは彼女に着せる服と靴が必要か。あの格好では走りづらいだろう。
「他に丈夫な服と靴はありますか?」
「子供用のでしたらこちらに」
「いえ、彼女用です」
「んんん?」
無理も無い。
商隊を後にし、女奴隷を携え旅を再開する。
それにしても思いがけない出会に気分が高揚している。買い物というのは楽しいのかもしれない。ラヴィが稀に街へ繰出す度モノを増やしていく気持ちがなんとなくわかった。
では早速運んでもらおう。
また商人に驚愕されるのも面倒なので、商隊が見えないところまで移動した。彼女の服はすでに馬車内で着替えさせてある。よし、準備は完了だ。目的地、ヴェスタカンテン。
と、その前に。
彼女の名前を聞いておく。
「君、名前は?」
「ミコトと言います」
「じゃあミコト、私を背負ってヴェスタカンテンまでお願い」
「……はい?」
ミコトの笑顔が凍りついたのを見てこちらも戸惑う。
彼女が奴隷になったいきさつはわからないが、肉体労働をしたことが無いのだろうか。流石に自身の身体の頑強さには気付いていると思いたい。もしそれを活かさずにここまで来たとすればあまりに惜しい。
「あれ? ミコトって……強いよね?」
「…………」
ミコトは一度眉間を引き攣らせた後黙ってしまった。この反応……怒っている?
先ほどの自分の発言を振り返りハッとする。もしかしてデリカシーがなかっただろうか。女性に面と向かって強いかなどと聞くべきではないのかもしれない。
「……あはっ、あははははっ!」
謝罪文を頭の中で考えていたら彼女が急に笑い出した。
怒りのあまり笑いが込み上げてきた……訳ではなさそうだ。愉快そうに笑っている。だとするとあまりに唐突な豹変ぶりに困惑を隠せない。というか怖い。
「はー……あーしを買ったかと思えばおんぶしろって……」
口調まで激変している。
彼女は少し間を空けてから片眉をつり上げこちらを睨んだ。
「キミ、変わってんね」
変わっているのはそちらだろう。
とても馬車の中で淑やかに座っていた人物と同じには思えない。
「どうしてあーしが強いって思ったの?」
魔瞳を通して視たから、とは言えないのでなんとか誤魔化せないだろうか。そういえば最近似たような状況があったな、あの時はたしか……そうだ。
「雰囲気っていうか……感覚かな」
突っ込まれづらい曖昧な表現にして返した。
そして言って気付いたがマイカのセリフそのままだった。
「ふーん、故郷以外にもいんだねそういう人」
他にもいるのか。
マイカといい、人間は末恐ろしい。
「で? なんだっけ、運んでもらいたいんだっけ?」
コクリと頷く。
「イ・ヤ♡」
ガクリと項垂れる。
「もっとお金集めて各国巡りたいしぃ〜」
「奴隷ってお金稼げるの?」
「あーしを買った男ブチのめして財産巻き上げてんの。みんな金持ちだしね」
先程疑った自分を恥じたい。彼女は自身の頑強さに気付いていたし、全力で長所を活かしていた。それにしても手段が極悪だ。指名手配されてもおかしくない。
「それなのに女の子が買っちゃうんだもん、困るんだよね。興味本位で許可出すんじゃなかったなぁ〜」
女性には手を上げない信条でもあるのだろうか。または単純に私の見た目が子供すぎて犯罪者であっても躊躇うのかもしれない。
「私男だよ」
「えっ、マジ?」
「マジ」
ブチのめされたいわけでは無いが釈明しておく。だが、彼女に教えたところで運んでくれる気になるとは思えない。
どうしようか……有意義な買い物になったと思っていたら急に暗雲が立ち込めてきた。今商人の元へ引き返せば返品が可能だろうか。
「へぇーうわマジか。ん〜じゃあ……あーしと勝負する?」
「は?」
どういう経緯でその提案に思い至った? 戦闘狂か?
「キミが勝ったら運んであげる。奴隷もちゃんとやったげる」
「負けたら?」
「全財産ちょーだい♡」
邪悪だ。しかし条件付きでこちらの要望を飲んで貰えるだけマシな提案かもしれない。そうか?
「それで良いよ」
「よっしゃ、じゃあ早速ごめんね〜」
凄まじい勢いで右手の拳が胃の位置目掛けて飛び込んで来た。
いきなり攻撃してくる気はしていたので杖と術で弾く。睨まれたあたりから警戒していたお陰だ。
それにしても一発目から正確に急所を狙ってきた。かなり腕が立つみたいだ。
「……マ?」
口をポカンと開けてミコトは動きを止めた。
この間にこちらからも攻めたいが、攻撃を弾いたことで若干の距離が出来ている。
「防がれると思わなかったな〜闘わないといけなくなったじゃん」
距離を詰めてきてまた攻撃が始まる。彼女の戦闘スタイルは主に拳のようだ。瞬く間に連撃が叩き込まれるので杖、術を駆使して逸らしていく。空振る拳は宙を唸らせ轟音を奏でていく、喰らえばひとたまりもないだろう。
こちらも反撃だ。防御の合間で眠り、痺れ、脱力の魔術を周囲に展開する。
しかし、彼女の勢いは衰えない。
「キミもしかして魔術師? 今あーしに何か魔術かけてるでしょ」
的確に言い当てられて驚く。
マイカと違いミコトから魔力の気配は感じなかったので有効打になると思っていた。
「そうゆうの加護があるから効かねーの♡」
”加護”か、以前サイから聞いたな。
私の”魔王の守り”のように、人間にも外部から付与される守りがあり、それを”加護”と呼ぶらしい。それにしても、この極悪人に加護を授けたのは誰だ。
移動速度が速いので攻撃魔術は当たらないと予想できる。こうなると、完全に正面戦闘しか手段が無くなってしまった。
久しぶりだな、気合いを入れよう。両頬をバチンと叩いた。
「来いっ」
「あはっ、カッコいーねぇ!」
カッコいいは滅多に言われない。ありがたく受け取ろう。
「でも守るだけじゃ勝てないよっ」
彼女の言う通りだ。
だが、
ミコトはラヴィほど強くない。
杖を下ろして防御の構えを崩す。
「えっ?」
顔に迫り来る拳を身を屈めて躱す。
そして杖の先端を彼女の鳩尾に当て、
衝撃波を放った。
「かっ……は……」
彼女の目がゆっくりと閉じていく。
「あれっ!?」
ミコトがガバッと起き上がった。
思っていたより早いお目覚めだ、回復も早いのか。これなら日が暮れる前にヴェスタカンテンへ向かえそうだ。
「……あーし負けちゃった感じ?」
コクリと頷く。
もう一戦とか言い出さないだろうか。それはやめてくれ。
「マ!? 負けた!? あーしが!? しかも男に!?」
セリフから相当自信があったのを伺える。常勝無敗だったのだろうか。だとしたら何か……悪いことをしたような気がしてしまう。初めて土をつけたのが少女の見た目をした奴なのだから。魔王だとバラせば誇りに思ってくれるかもしれない。やらないけど。
「えー……ちょマ、ええー……」
かなり凹んではいるものの、思ったより素直に負けを認めてくれているようだ。武術のような攻撃をしていたし、闘いに誇りがあるのかもしれない。
「まあ、しゃーないか……掟もあるし、約束は守ったげる。キミ名前は?」
そういえば名乗っていなかった。
「ピンコ」
「んふっ、名前までカワイイ」
やかましい。
「ご主人……はカワイくないな。ピンコ……うん、ピッピにしよう」
主の意向を無視して何かを一人で決めていくミコト。
奴隷とはこういうものなのか? これが普通か?
「あーし負かしたんだから責任持って面倒見てよねピッピ♡」
晴れて移動手段兼、奴隷を手に入れることができた。
だが自由過ぎて今後制御できるか不安だ。