「全くどこもかしこもバケモノ、バケモノ、バケモノだね」
豊川羅無。
唐突ににゃむの前に現れた、このAve Mujicaの神に似ている少女は表情一つ変えずに、血と惨劇に染まった東京を冷静に分析している。
同行者のにゃむからすれば、あっけらかんとした彼女との温度差に引っ掛かるところだし、正直得体が知れなくて怖いが彼女と逃げるしかない。
―――ってかあんな高いところから飛び降りて私もこの子も傷一つ負ってないんだけど……。
何この子……人間やめてるわけ……?。
「ちょっと、なんて顔で人のこと見てるの?」
「そりゃこんな顔になるわ!。あんたが規格外過ぎて!」
「規格外なんてのは基準が下の者達の謳い文句でしかない」
「……マウント?」
「いーえ、事実」
「…何か腹立つ」
「ふん、怒れる余裕があるくらい元気ならまずはこの窮地を抜け出すことに集中しなよ」
「あーもう!サキコの顔でこんな殺伐とした性格なの腹が立つ!。……ってかさ、あんたウイコにも似てるよね」
ピタリと羅無は動きを止めた。
道行く傀儡を払い、人々の悲鳴さえ雑音のように切り捨てていた羅無が、初めて足を止めた。
「……はぁ」
諦念を含んだような、どこか気の落ちたようなため息をついた。
「…ラムコ?」
「いやなに、祥子の救いようのなさを改めて感じてね。そうか……。にゃむ、睦、海鈴にすら三角初華……いや、三角初音が豊川祥子の実の叔母だと言わなかったってわけか」
「ウイコがサキコの叔母…?。マジなのそれ!?」
「その反応では本当に聞いてないようだね」
「あははははははっ! ええそうよ! お姉様は初音叔母様と穢れた血の関係すら黙っていたのよ! 自分が創り上げたAve Mujicaにさえね!」
信号の明かりも、行き交う車の音も、とうに消え、かつて人の流れを呑み込んでいた大通りには、放棄された車と、傀儡が刻んだ暴力の跡だけが残っていた。
割れたビルの窓から漏れる炎だけが、夜空を赤く照らしていた。
そこへ、少女の笑い声が響いた。
「な、なに……!?。この声どこから…?」
「にゃむ…ちょっとめちゃくちゃ面倒な奴がきたから隠れてて」
「え!?。ってラムコ!」
気づいた時には、羅無は目にも留まらぬ速度で爆炎を纏いながら前方へ駆け出した。
「あーもう!」
嘆きながらにゃむは急いで身を隠す。
「シスコン零全!。いったいいつから私達をつけていた?」
「つけるぅ?。自惚れないで!。私のルートにあんた達が現れただけよ!」
ビルの傍ら、何もない夜空から爆炎が噴き上がった。
炎の渦の中から、豊川零全が姿を現した。
そのまま、何事もなかったかのように地上へ降り立つ。
同じ顔が二つ並んだ。
目の前に現れたのは、羅無と同じ祥子のクローン。
製造された時間は羅無より数時間早い。
彼女にとっては姉にあたる零全だった。
しかし羅無は、表情一つ変えずに彼女を見つめていた。
「なるほど。感情的だけど炎の出力は中々良さそうだね」
「あらあらぁ。私より遅く作られた分際で生意気ね、貴女ごときが私を査定しようとするんじゃないわよ。生真面目ちゃん?」
「……馬鹿馬鹿しい」
「戦闘に何の意味合いもない感想だね。遅いつったって高々数時間。ふん、マウント取るようなことですらない」
「ごめんなさい。貴女みたいな生真面目な機械みたいな子にぃ、感情の素晴らしさなんて分かるわけないものねぇ。冷静な貴女には釈迦に説法だったわ。ごめんねぇ」
「無粋な煽りだけど……、いいよ乗ってやる」
「そうこなくっちゃあ」
愉悦的な笑みを浮かべる零全と表情を崩さない羅無は互いに爆炎を放った。
相殺し、炎が宙で消える。
その炎をカムフラージュにし、零全は走りながら接近していた。
「あはははっ!」
―――あいつの固有能力は低温、凍結、氷結だったな。
炎と氷。
本来なら同じ場所に存在することすら許されない、正反対の二つの現象。
それを零全は、まるで左右の手を使い分けるように操っていた。
鋭い音が夜気を裂いた。
零全を中心に、白い霜が一瞬で地面を走る。まるで道路そのものが凍りつくのではなく、冬という概念に呑み込まれていくようだった。
アスファルトが白く染まった。
「冷たっ!」
にゃむがいた場所も例外ではなく、零全の氷により靴がアスファルトに接着し足を動かせないレベルだ。
「私の能力で貴女を仕留めてあげる……」
「これが姉の行い?。もっと妹に出来るマシなことがあるでしょ」
にゃむ同様に靴ごとアスファルトに接着されていた羅無は炎を放ち今度は全ての氷を溶かした。
「ちっ…、ちょこざいな」
「私の固有能力、忘れてるわけじゃないっしょ?」
羅無を中心に、磁場が一気に展開された。
その瞬間、路上に散らばっていた金属片が一斉に震え、宙へと浮かび上がる。