「ふぅ・・・」
秘密結社ブラックソウルの4代目総帥、黒崎祐樹はため息をついてノートパソコンのふたを閉じる。
「おわったぞー」
黒崎は言いながら立ち上がり、伸びをする。
背骨がボキボキと派手な音を立てた。
弱冠37歳、世界征服を企む秘密結社の総帥としては異例なほどに若い。
先代の3代目総帥、東山晴敏が年齢を理由に引退し後任として指名したのが孫の黒崎である。
ブラックソウルは、戦後まもなくのころに北関東にあるアイ県の中部を流れる中川と九字川に挟まれたエヌ町で設立され、一時は北関東に勢力をのばして首都圏を狙う中堅勢力と評価されるまでになったが、バブル経済の崩壊とともにエヌ町の景気後退や人口減少、平成の大合併で周囲の市町村が合併したことなどのあおりを受け今ではエヌ町に根を張る、日本の各地に見られる「地方の秘密結社」のひとつとなっていた。
「ゆぅくん待たせすぎー。ねっこが生えるかと思ったよ」
黒崎の姪、白塚明奈がスマホをしまいながら立ち上がる。
高校生1年生にしては鍛えられ引き締まった肉体をしているが、アスリートのような「スポーツをする者」の鍛え方ではない。
消防士や警察官、あるいは軍人のような「戦う者」の鍛え方がされていた。
「土日も仕事って秘密結社もブラックなんだね」
「ブラックじゃない秘密結社って聞いたことないなぁ」
「強化スーツの戦闘員さんとか改造人間の幹部さんとか居るのに、大変だね」
「一点特化で世界征服ができるほど甘くないからね」
ブラックソウルの本拠地はエヌ町の中心部であるJRのエヌ駅からすぐのところにある。
さびれてシャッター街と化しているが、かつては賑やかだった飲食店街。
今は往年の名残りがのこるだけの通りを歩いて駅へ向かう二人。
目の前に突然、身長3メートルほどのタコやイカのような触手を持つ怪物が現れた。
駐車している車を放り投げ、駅ビルの壁面を殴りつけて破壊しはじめる。
黒崎は明菜と交互に見て、そして尋ねる。
「あれって、なんかの撮影か?」
「最近、話題になってる『異世界からの怪物』ってやつじゃない? あたしも見るの初めてだけど」
黒崎は悩んでいたが、スマホを取り出した。
「見てないフリはできないし、商売敵になりそうだもんなぁ」
部下が電話に出ると、休日の突然の呼び出しであることを謝罪しつつ、状況を説明する。
電話を切るかどうかというタイミングで、8人ほどの戦闘員があらわれたが、そのうちの2人が黒と白のツートンカラーの赤いワンポイントが入った一目で警官とわかる装甲服を着ている。
「それって今度の偽警官作戦に使う奴じゃないですか!」
黒崎の声に、先頭を走っていた人物が笑う。
「すぐに使えるのがコレしかなかったんだよ」
「まぁいいか。状況は見てのとおりです、我々はあの怪物のけん制と、周囲の人が避難する時間を稼ぎます。倒すのは別口がくるのでそれまで粘ってください」
8人の戦闘員は触手を振り回す怪物に立ち向かっていく。
「偽警官作戦、失敗だなぁ」
ブラックソウルの戦闘員として知られている通常の戦闘服の6人と、「パワードスーツを着た偽警官」が協力して怪物と戦っている。
怪物の注意を引き、ときには地面に落ちてるモノを投げつけてけん制し、怪物が広場から出ていかないように立ち回る戦闘員たち。
戦闘員の一人が怪物の触手を受けて宙に舞い、野球の打球のような勢いでビルの壁面にぶつかり、すぐに壁を壊しながら飛び出してくる。
「怪物の触手。先端がマッハ超えてるよ」
振り回されている怪物の触手は、当たればアスファルトだろうが路駐してる車だろうが構わずに壊し破片をまき散らす。
「あんなに強く叩いて、痛くないのかな?」
「痛覚がないのかもしれない」
駅前のパーキングエリアに路駐していた車で、無事なものがなくなるまで5分とかからなかった。
「全員逃げ切るまであとちょっとか」
本物の警官も出てきて避難誘導をしているのをみて黒崎は見当をつける。
その時、広場にフリフリドレスの美少女たちが乱入してきた。
上空から、飛び降りるように。
往年の変身ヒーローから伝わる伝統のキック。
鍛え昇華すれば文字通りの必殺技になる破壊力重視の攻撃を食らって怪物は地面に倒れこむ。
そのすきに戦闘員たちは距離を取り、倒れ動けない仲間を抱えてさらに距離をとった。
「ニュートンやアインシュタインが発狂しそうな光景ね。テストに出ないでほしいなぁ」
光の帯を引いて宙を駆ける少女たちを見て呆然とつぶやく明菜。
「ディズニー映画のティンカーベルみたいだな」
二人の目の前で繰り広げられる、幻想的ともいえる少女たちと怪物の戦闘。
やがて怪物が震えながら、触手の動きを止める。
「あ、これヤバいやつ」
黒崎は本能的に危険を察知し、明菜を文字通り抱えると全力で怪物から距離をとる。
飲食店街へ走り込み、目についた建物の隙間へと潜り込む。
その直後、怪物の触手の先端から、四方八方へと怪光線が無数にはなたれた。
駅前広場は爆発に包まれ、轟音を共に爆風が通路を突き抜け、壁からはがれた看板や地面に置いてあった様々なモノが物凄い速度で飛んでいく。
強烈な吹き戻しで様々なものが吸い寄せられていくが、それも1分ほどで収まった。
「ふぇ~ ききいっぱつぅ」
明菜は呑気に建物の隙間から出ていき、黒崎も続く。
駅前広場の中心では一回り大きくなった怪物が悠然と立っていた。
「ねぇ、ゆぅくん。これ、これ拙くない?」
「どうみても拙いね」
二人の足元には白いコスチュームのどうみても小学生の少女が、血まみれで倒れていた。
明らかに戦える状態ではない。
黒崎の前に戦闘員たちが姿を現す。
「総帥、どうしますか?」
誰一人として無事なものはいない。
戦闘服のどこかしらは破けている。
「あの怪物、倒せるか?」
「厳しいですね。戦った感じ物理的な攻撃が、無効化とまではいかないですが効果半減ぐらいにはなってます」
黒崎が何か言いかけた時、シャイニングスピリッツと名乗る、5人組の武装集団が駅前広場に現れた。
ブラックソウルが「町の悪い秘密結社」なら彼らシャイニングスピリッツは「町の正義の味方」である。
戦闘員の一人が「引き継ぎしてきます」と言って駅前広場に戻っていった。
「いったん下がろう。長期戦になりそうだ」
黒崎は血まみれの少女と一緒に拠点に退却することを選んだ。
ドクター、と呼ばれる初老の女性が血まみれの少女の診察を終える。
「あたしが真っ当な医者なら家族を呼び寄せるよ。最期の別れのために」
「本人はそんなつらそうにしてないが?」
「あの子、もう、痛みを感じられない。いつ死んでもおかしくないさ」
黒崎は口をへの字に曲げた。
「惜しいな。あの怪物と戦えてたのに」
ドクターはニヤリと笑う。
「忘れたのかい? あたしはブラックソウルのドクターだよ」
「改造人間にする、と?」
「応急処置だけどね。あの子をもう一度、戦場に送り込むぐらいはできるさ」
「やってくれ。あー・・・。洗脳は無しで。あの摩訶不思議な力がなくなったら意味はない」
「了解。ま、大船に乗った気で居な」
ドクターは再び診察室へと入っていった。
黒崎は執務室に戻る。
部屋の隅に置かれたテレビがつけられ、腕や首をギブスで固めた戦闘員たちがそれを見ている。
「あ、総帥」
「状況はどうだ?」
「よくない、というか悪いですね。シャイニングの連中、脱落こそしてませんが怪物に有効打を与えられてません」
「あの空を飛んでた子供たちは?」
「2人が保護されたそうですが、生死の境をさまよってるような状態らしいです」
「自衛隊は?」
「シャイニングが出張ったんで態勢整えてからくるらしいっす。三沢から偵察機が飛んできてますけど、本体が来るのはまだ先ですね」
「大事だな」
スマホがアラートを鳴らす。
テレビがエヌ町全域に避難命令が出たことを報じるテロップを表示した。
「マジかぁ・・・ウチらでも出されたことないのに」
中堅戦闘員の一人がぼやく。
「ウチもシャインニングも、言っちゃアレだが弱小だかんな」
戦闘員のチーフがぼやく。
「それに、俺らもあいつ等も、魔法使えないし」
「とりあえず、だ。連戦で悪いがいつでも出られるようにしておいてくれ。シャイニングの連中がへばったら交代する」
黒崎の命令に戦闘員たちは敬礼で答えた。
白塚明奈は駅ビルの屋上に立ち、眼下で暴れる怪物と5人の正義の味方の戦いをじっと見ていた。
怪物の放つ怪光線と、シャイニングスピリッツたちの使う銃から放たれる光線が交差し、周囲のビルや地面にあたって小さな爆発を起こしている。
シャイニングの5人は積極的に怪物を倒そうとしてはいないが、隙を見ては怪物のボディに光線を叩き込んでいる。
ブラックソウルの戦闘員たちよりも立ち回りは数段、巧い。
背後に、ふわり、と明らかに物理法則を無視した軌道で水色をベースカラーにした魔法少女が現れる。
「あなたは普通の人ではありませんね?」
問いかけてくる美少女。
見た目は小学生、だが、その表情に子供じみたところはない。
「ブラックソウルの、まぁ、関係者かな?」
「ブラックソウル・・・ この街を根城に活動する秘密結社さんね」
「いま頑張ってるシャイニングスピリッツと一緒にね。ご当地ヒーローとその敵役」
明奈は美少女を見つめる。
「あなたは、何者? 人間じゃないどころか、この世界の生き物ですらないみたいだけど?」
「一目で見破られたのは、初めてです」
「いちおーは世界征服を企む秘密結社の関係者なんでね」
「あなたも何か秘密があるようですね」
ふふふと笑う少女。
「私たちはこの世界に浸透することを考えています。いわゆる侵略者ですね」
「自分で言っちゃうんだ」
「ええ。あの怪物たちはその邪魔になる存在なので、対立しています」
少女がほほ笑む。
そして、少女と明奈の二人が同時に、はじかれた様に顔を上げる。
ゆっくりと、エネルギーの塊のような存在が移動していた。
「あの白い子? じゃない、別の何かだ」
「プリティホワイト・・・ではありませんね。何者でしょう?」
まるで少女の姿をした太陽を内包したかのようなエネルギーの塊がゆっくりと駅前広場に降下する。
怪物も、シャイニングスピリッツの5人も、少女に気圧されて距離をとった。
無言で少女が怪物を見る。
怪物は触手を少女に向け、その先端からまばゆいばかりの光線を放つ。
少女は何事もないかのようにその光線を受けとめ、ゆっくりと歩いていく。
地面から持ち上がる足と、地面との間に放電が走るが少女は意に介さず静かに歩いていく。
少女が近づくたびに後ろに下がる怪物。
2度、3度と下がりながら怪光線を放つ怪物。
それはすべて少女にあたるが、ただそれだけだ。
半壊しかけたビルの間際に追い詰められた怪物が立ち止まる。
少女もそこで足を止めた。
ゆっくりと手にした「魔法のステッキ」を持ち上げていく。
同時に、空間が歪むほどに力が集中していく。
ステッキが怪物に向けられた次の瞬間、怪物が爆散した。
怪物が完全に原型を失うまで隙一つ見せずステッキを構えていた魔法少女が、ゆっくりと手をおろす。
そしてシャイニングスピリッツたちのほうを見ると、僅かに、だが、柔らかく優しく微笑する。
年不相応の、大人びた表情だった。
そして、そのままゆっくりと、空気に溶けるように透明になって姿を消す魔法少女。
駅前広場は、駅前広場だけが静寂に包まれた。
黒崎も、戦闘員たちも、テレビの画面から目を離せなかった。
2時間前に自分たちが一方的にやられた相手を、実力をよく知るシャイニングスピリッツたちがけん制するのがやっとだった怪物を、一撃のもとに粉砕した存在。
「こんどは・・・」
戦闘員のチーフが掠れた声をだした。
「こんどはあの魔法少女の姿をしたバケモノを相手にしなきゃならないんですか・・・?」
誰も答えない。
否定したい、だが、否定できない絶望に包まれていた。