ブラックソウルのドクターは呼吸補助のマスクをつけたまま眠る少女を見た。
白濱ミュウ。
10歳3か月の正真正銘の小学生。
脊椎の4割と腎臓、肝臓、膵臓が衝撃で壊れ、いつ死んでもおかしくなかった、この世界の理に従わない力を操る少女。
今は容体も安定して心拍も呼吸も落ち着いている。
、体内に埋め込んだ人工的な器官が動き出せば麻酔の影響はすぐに消え、目を覚ますだろう。
ドクターの横に立ったのは、壮年の男性。
「先生。この子は、また戦えますか?」
男性がドクターへ問いかける。
「わたしらにできるのは、彼女をもう一度、戦場に放り込むことだけさね」
ドクターが辛辣に言う。
「なんで悪の秘密結社も正義のミカタも、程度の差こそあれ戦闘要員を洗脳するか知ってるかい?」
「戦わせるためですよね」
「そうさ。普段は平和主義者のように温厚、ひとたび戦場に立てば勇猛果敢にして無慈悲な戦士。そうさせるためには洗脳するのが確実なのさ」
「彼女にはしてない、と?」
「あたしゃ他の誰かがかけた洗脳を解くほど、その道に詳しくはないからね」
ドクターがじろり、と壮年の男性をにらむ。
「魔法少女が厚生労働省の管轄だってことを知って、今ほど虫唾が走る思いをしたことはないね」
「気づかれてましたか」
男性は苦笑する。
「物理法則を超越した未知の力をふるうのです。彼女たちの安全のためにも必要な処置です」
「それが戦いの足を引っ張ることになっても、かい?」
「我々大人の自己満足でしかありませんけどね」
「それなら、こんな子供を戦場に送りこむんじゃないよ」
ドクターは静かにいうが、その声には深く、熱い怒りが含まれていた。
「適材適所、というやつですよ」
男性は表情一つ変えない。
「それで先生。身体的に彼女は戦闘に耐えられますか?」
「今までのザコ相手なら目が覚めればすぐにでもね。だが、この間の化け物クラスが相手ならリハビリして、新しい体に慣れさせて、それでも勝ち目があるかどうかは運しだいってところさね」
男性の表情が初めて曇る。
「彼女、ブラックソウルの改造人間、ですよね?」
「この子には、ブラックソウルができる限りつぎ込める技術を詰め込んだよ。だがね、育ち盛りの年頃の女の子にできることに限りはあるのさ」
ドクターが男性に向き直る。
「ちょいとばかり力が強くなって、ちょっとばかり目と耳が良くなった程度さ」
アイ県エヌ町、JRエヌ駅前は複数のビルが倒壊の危険があり、全面的に立ち入り禁止になっている。
「まぁ、それはそれで良いとしてさぁ」
ブラックソウル総帥、黒崎は口をへの字に曲げる。
エヌ町警察署の大会議室に呼び出されたのは彼だけではない。
シャイニングスピリッツのまとめ役、「長官」不破 陽もエヌ町警察署の所長の田原警視に呼び出されていたのだ。
同じ年の3人は、エヌ町の町立中学校の同級生だった。
「このメンツ、なんか不穏なんだけど?」
「い、いつもの町おこし評議会とおなじ顔ぶれじゃないか」
不破が言うが、本人も笑顔が引きつっている。
田原も表情を曇らせたまま、爆弾発言をした。
「県警本部からの横やりだったらまだよかったんだけど、警察庁長官から直々に連絡があったんだよ」
黒崎と不破が田原を驚きの表情で見つめた。
「駅前広場の騒動でさ、黒崎のところのニセ警官。あれがお偉方の目に留まっちゃったんだ」
田原の言葉に黒崎は目をむいた。
「あれ、平戦闘員用のアシストスーツを改造した、見た目だけのモンだぞ?」
「ビル突き抜けるほどの勢いではじかれて中の人、生きてたでしょ。それだけでも十分すごいよ」
ブラックソウルの表の顔のひとつの企業が、競合の同業他社の後追いだが工場や工事現場、消防用のアシストスーツと呼ばれる外骨格方式の強化服を開発・発売してる。
その経験と技術がフィードバックされているのが戦闘員のスーツであり、偽警官のパワードスーツだった。
「あのパワードスーツ。サンブル品を頂戴。警視庁が欲しがってるんだ」
「え?」
「あの怪物相手に一撃は耐えてたからね」
「シャイニングのスーツのほうがよくない? うちのと違ってガチの戦闘用だし」
「アイ県警って文字がばっちり映ってた切り抜がネットで拡散しちゃってるから今さら違いますとか言いにくいでしょ」
田原の言葉に、黒崎と不破の表情が曇る。
「それだけじゃないんだけど、色々とこの間の駅前のあの怪物戦が、世間の注目をひいてるんだよ」
「まぢ?」
不和がいやそうに訊く。
「マジもマジ、おおマジ。今まではあの摩訶不思議な魔法少女たちが倒してたけど、駅前に出たのはぜんぜんモノが違ったからね。もう、浮かぶものなら藁でもなんでもつかまないとやってられないんだよ」
田原の弱音のような言葉に黒崎と不破は視線を交わす。
「自衛隊も魔法少女たちが手も足も出ずに瀕死の重傷を負うほどの怪物相手に負けなかった君たちの活躍に注目してる」
田原の言葉に黒崎も不破も表情は厳しいまま。
「世間ではあの怪物を一撃で倒した謎の少女が話題だけどね、見る人はちゃんと君たちを見てるんだよ」
黒崎は口をへの字に曲げた。
彼が保護し、ドクターが死の淵から拾い上げた少女。
その少女と瓜二つの、怪物を一撃で葬り去った謎の白い魔法少女。
手術中だった彼女ではない。
なぜ、彼女の姿を模していたのか、なぜ怪物を倒したのか。
わからないことが多すぎる。
「サンプルの件は了解した。なんなら図面付きで納品するよ。警視庁相手に手厚いアフターサービスできるほどウチは大きくないからな」
黒崎の言葉に不破が何かを思い出したような顔をする。
「あ、それならウチにも欲しい。今回みたいな物理攻撃無効の敵が相手だと、今のヤツだとちょっち厳しい」
「それで良いのか正義のミカタが」
「俺たちはエヌ町の平和のために戦ってる。ならばエヌ町の真の支配者におねだりするのもアリだろ?」
「真の支配者って言うな」
黒崎が口をへの字に曲げた。
「町長も、町議会の議員も、みんなブラックソウルの構成員で、町の税収の6割がブラックソウル関係の企業の法人税。これで支配者じゃないって?」
不破がにやりと笑って突っ込む。
「町長も議員も、他になり手がいないからって押し付けられただけだぞ?」
「イナカ町のあるあるだねぇ」
田原が苦笑した。
アイ県エム市。
人口減少と高年齢化に悩まされるエヌ町に隣接しながら県内でも有数の人口を誇る市である。
だが、人口密度は日本全国の市町村で上の方とはいえ300番めぐらいともいわれている程度には農地や森林など「人が住んでないエリア」が多い。
そのエム市の中心地であるJRエム駅の駅ビルの最上階のほぼ中心で爆発が起こった。
衝撃波が人も、物も薙ぎ払いながら窓ガラスをまき散らしながらビルの外まで広がる。
ビルの周囲に居た人たちに、頭上から襲い掛かる凶器の雨が一瞬にして周囲を地獄に突き落とす。
爆発の中心に表れたのは、ギーガーやバーロウの作品を酔っ払いが模倣して作ったような、イカとタコを混ぜ合わせた醜悪で奇怪な多量の触手を蠢かす怪物だった。
怪物が触手を振るうと、壁や天井、床までが切れる。
鉄筋が入ったコンクリよりも柔らかいモノ、人の体などは濡れた紙で作られているかのように、あるいは熱したナイフでバターを切るように、切り裂かれていく。
非常ベルが鳴り響く中、辛うじて生き残った人々が悲鳴を上げて逃げ始める。
床に倒れた女性を引きずりながら怪物から距離を取ろうとする青年に向けて放たれる怪物の一撃が、周囲を赤く染めた。
中年男性の一人が大声をあげて走り出し、怪物の注意がそちらに向かう。
怪物が中年男性に向けて触手を振るうが、男性は床に身を投げ出して避け、すぐに起き上がり叫びながら走り出す。
そのスキに逃げる女性と子供。
中年男性が触手に捕らわれるまでの数秒の差で階段に駆け込み下の階へと逃れた二人の目からは涙が溢れていた。
周りに動くものがなくなるまで暴れた怪物は、触手を振り回し、床を切り裂き始める。
怪物が下の階に降りたとき、ビル内はほぼ無人になっていた。
黒で統一された装甲服に身を固めた男たちと、原色が多用された派手な装甲服を纏った5人以外は。
怪物が触手を振り上げたその時に、男たちは手にした武器を使った。
黒い装甲服の男たちが手にする銃が、火薬と電磁力を併用しタングステン製の矢をマッハ5で怪物に飛ばす。
怪物が障壁を張る間もなく命中し、怪物の体をえぐり青紫色の体液が飛び散って周囲を汚す。
2回目の斉射は原色を多用した派手な装甲服の男たちの銃から放たれた強力なガンマ線だった。
ガンマ線は射線上の空気分子をプラズマ化させながらも怪物に襲い掛かり、その肉体に大きな損傷を与える。
怪物はよろめきながら数歩、男たちから遠ざかりながら姿勢を戻し、触手を振るう。
男たちは身軽な動きで触手を避け、あるいはやり過ごし、再びタングステンの矢を、光線を放つ。
タングステンの矢と、高いエネルギーを持った電磁波を交互に浴びせられて怪物は追い詰められていく。
怪物は踏ん張り、触手を集中させて態勢を整えようとしたとき、タングステンの矢と光線が同時に叩き込まれ、それが止んだら炸薬を内蔵した槍が、装甲服が出せる最大出力の力でもって怪物の体内に刺しこまれた。
装甲服の集団が怪物から離れ遮蔽物に逃げ込んだ瞬間、槍に仕込まれた高性能の炸薬に火が入る。
駅ビルは再び周囲に瓦礫をまき散らした。
白濱ミュウが目だけを開けた。
そして、宙を見つめる。
だが、脳波計にも心拍計にも変化はない。
安眠状態を示している。
白濱ミュウの目が閉じられる。
その閉じられかたは、睡眠のためではない。何かに集中するために目を閉じた。
一瞬、脳波計と心拍計に揺らぎが起こる。
ドクターがそれに気づいて少女に目を向けた時、少女は再び眠りに落ちていた。
崩れ落ちた天井の瓦礫に埋もれていた怪物が起き上がる。
その肉体は傷ついていたが、致命傷になっているようには見えなかった。
「あれでも倒せないのかよ」
シャイニングスピリッツのリーダーが漏らす。
「想定内だな」
ブラックソウルの戦闘員リーダーが不敵に笑いながら言う。
「とにかく、前座は前座らしく、もうちょい時間を稼ごうぜ」
「おう!」
エヌ町から出張っている男たちはふたたび怪物に立ち向かおうとして、そして、反射的に全員が背後に飛び下がり、怪物から距離をとる。
床に伏せ、遮蔽物に身を隠す男たち。
同時に、空から「それ」は現れた。
空間が歪むほどの密度の高いエネルギーを纏い、ゆっくりと空から降りてくる。
白を基調とした、フリルの多い衣装を身にまとった少女の姿をした「それ」が床まで降りると怪物に向きなおった。
怪物が、シャイニングスピリッツたちと戦っていた時とは比べもにならない強い気迫をもって少女へ触手を振るう。
口元が、口角が反り上がった、それでいて表情が読みにくい、アルカイックスマイルと言うべき表情を浮かべた少女は手のひらを怪物に向けた。
それだけで怪物の放った触手が見えない手につかまれたかのように、触手だけ時間が止まったかのように、物理法則を無視してすべて空中で動きを止める。
ゆっくりと、開いていた手を握っていく少女。
同時に怪物が、少女の動きに連動した巨大な手に握られたように、ひしゃげて潰れ、無残な姿へと変わった。
少女が握った手を開くと、怪物の残骸から青紫色の液体が流れ出す。
「マジかよ・・・」
誰かが呟いた。
少女はシャイニングスピリッツのリーダーに視線を向ける。
柔らかい微笑みを浮かべると、空気に溶けるように姿が薄くなっていき、消えた。
上空を自衛隊のヘリが通過していく。
だが、誰も、何も、言葉を発しようとすらしなかった。