「ただいまー」
「おじゃましまーす」
誰もいないのが分かった上での挨拶。
がたり、と何かが落ちるような音がしたのはまあいつものこと。
机の上に置いた荷物が振動で揺れて落ちるとか普通にあることって話だし。
ついでに半ば自然となりつつある小鳥遊の同行。
やはり時期と周囲の関係性を考えると別の住処を探すのは難しいとのこと。
俺も探してみたけれど酷い罠か梨の礫かの二択だしもう諦めた。
今では週一で寮監に顔見せする程度で終わっているし、仕方ないので来月末にはこのビルの部屋を借りることになりそうだ。
大家さんに相談したら何か涙ぐんで喜んでた。
「相変わらず……」
「いや何がだよ」
時折天音ちゃんのビルにも出向いているからなのか。
大体半々くらいの感覚で泊まっていく訳だが、毎度来る度に何かしら呟くのは理由があるのか。
既に呆れているから深く突っ込むこともしないが、気になると言えば気になるのは間違いない。
「いえ、先輩に何を言っても分かって貰えないと思いますので」
「後輩からの評価が酷い」
〚こぉん〛
にゅっと懐から顔を覗かせたミサキが小さく鳴く。
それはどっちに対しての賛同なんだお前は。
じっと瞳を見つめれば顔を逸らしたので、顎下を掴んで撫で擦ってやる。
「相変わらず仲良いですねー」
喉元を撫でていれば腹の辺りに頭を寄せてくるので好きにさせとく。
毛先の感触だけを感じる、こうしてきちんと触れていれば熱を感じるのに普段はそれさえも感じない何か。
けれど繋がりがあるのは確かに感じるので、こういうのが変異した武具の特徴だったりするのかもしれない。
「仲が良いっていうか此奴が妙に懐きやすいだけだと思うがなぁ」
普段は上着の下にいる。
そして、そうしている間は特段暑くもなく寒くも無くなった。
それに気付いたのは急激に暑くなり始めたつい先日のこと。
ただ、此奴を外に出すと普通に暑さ寒さは感じるので多分何かをしてるんだと思う。
だから、制服を着込んでいても余り違和感はない。
ワイシャツとか半袖とか、夏らしい服装がちらほら見え始めた今の時期に着込んだままなのは違和感はあっても疑われるほどじゃない。
どっちにしても『迷宮』に潜るのならばきちんと長袖で全身を包まないと寧ろ危ないので別口で持ち込むやつのが多いわけで。
夏でも着られる暑さ対策をした、とでも言えば各人思い当たる節は絶対にあるから誤魔化しきれる。
見られても良い、知られても良い隠し札としての一枚。
切っても良い切り札は何枚あっても損しない。
「でもいいなぁー」
されるがままにされているミサキの頭に小鳥遊の手が伸びる。
そういや後で気付いたけど名前被ってるんだよな此奴等。
特段全く意識してなかったが、こうしていると性格とかは似たりよったりな感じを受けなくもない。
「何が?」
「うちの道場、こういうペットとか禁止だったのでちょっと憧れでした」
「いやそりゃそうだろ……」
言いたいことは分かるが無理なモンは無理だろ。
犬追物とか言うように、武士系は獣狩をある種の修練や楽しみの一つとして数えていたという。
鷹や狼みたいな狩りの為の生物ならともかく、狐は先ず追い回される側だし。
と言うか普通に考えたらペットに出来る生物じゃない。色んな病気とか怖いし。
「私も何か飼おうかなぁ」
「素直に言っとくと探索者のうちはやめとけ、って感じになるんだが」
「ですよねぇ」
毎日家に戻れるのでも大分ギリギリなのに、複数日家を空けるのに世話できる相手がゼロなのは流石に不義理が酷い。
飢える姿を想像するだけで悲しくなるので、真面目に言ってないのだろう小鳥遊の言葉に少しだけ本気を混ぜて。
当然それを分かっているから当たり前に受け入れる。
ただなぁ、飼いたくなる気持ちは分からんでもないんだよな。
「実際な」
「はい」
「ペットを共同で面倒見たい、って理由で会社……と言うかその前段階だな、クランを組むやつもいる」
「凄い分かります」
分かるんだ。
愛好家は目と表情を交差するだけで認知するって言うけど。
もう少し能力に融通が効くなら別なんだろうけどなぁ。
「特殊型に選ばれれば満足しそうな事言ってんなぁ後輩……」
そうですねー、とか言いつつ手を止めない。
むず痒いのか一度身震いをして、それでも手を止めない。
「実際どうなんです?殆ど見ませんよね、特殊型って」
「特化してるからなー」
小鳥遊に渡して色々片付けたいけどそうもいかない奇妙な状態。
余り嫌がる様子も無いのは産まれ……産まれた?時から変わらない。
寝る時も当たり前に頭辺りで丸まって寝るし。
「俺とか小鳥遊とは違って、公開自体を控える傾向にあるのはマジだ」
「え、じゃあ本当に身内だけってことですか?」
「そうならざるを得ない、ってのが事実なんだろうがなぁ」
名前、異名を言うだけで伝わるかは分からんが一応言ってみるか。
「『獣の女王』って名前聞いたことあるか?」
「あ、こないだ授業で出た名前」
「なら細かいとこは良いか。
あの人の場合は身内……と言うか相方一人に絞って今の階層まで到達した超越者らしいんだがな」
尚この情報の出元も師匠である先輩。
なので少しだけ情報が古い、と言うのは余り公言出来ない事実。
「
「えっ」
本来は自分に宿すことで強くなる能力として目覚め。
今では分離する術理、応用をベースとして一人で二人みたいな行動を主体にする前衛なんだとか。
どことなく思い出すのは今の俺の戦い方……まあ、参考にしてないわけじゃない。
「そういう不利益、デメリットを重く抱える代わりに出来ることを突き詰めると明らかに普通の探索者より強くなれる。
そういう素質持ちが特殊型なんじゃねーかな、とか言われてる」
「なら先輩もそうじゃないんです?」
「俺が?ンなわけねーだろ」
デメリットは多いけど、
親近感を抱くのは事実だが、彼等彼女等の苦労と並ぶかと言われると難しい気もしてる。
「どっちかと言うとお前のほうが化物感あるんだが」
「どっちもどっちですねー」
「いや、お前と一緒にしてほしくない」
なんでですかー、とかぶつくさ言い出した小鳥遊にミサキを預ける。
此処で雑談続けててもいいが簡単に深夜になってしまう。
その前にやること済ませないと。
(取り敢えずー、洗い物は全部水に漬けといて……)
考え事をしながら空間を開き、手を伸ばす。
タッパーとか諸々を取り出す、既に手慣れている行為。
けれど、最初に手に触れたのは奇妙な柔らかい感覚。
と言うかさっきまで触ってたような違和感。
「?」
ずるり、と。
内側から引きずり出した、妙な感触の何か。
〚コン?〛
「……………………ん?」
あれ、おかしいな。
ミサキが二体いる気がする。