『――――!――――!!』
必死で焦っているのは表情で分かるが、言葉さえも拒絶されて此方には届かず。
その壁の外側、本来であれば屈めば取れるような位置に転がるのは柄だけの短剣のような変わった武具。
「……まぁだ諦めてなかったんだね」
空間の支配者の目は酷く冷たく、見詰める目線の色は獣以下の存在を見るモノ。
『迷宮』内で幾度となく見て。
外であっても何度か見かけてしまった、彼女にとっての防衛本能。
敵が多すぎた九十九は、自らの身を護る為に新たな人格を生み出した。
それが冷徹で、残酷だと自分自身でも忌み嫌う部分を含む探索者としての第二人格。
専門用語で言うなら戦闘用人格とか何とか言われる、探索者としてのある種の病として患った分裂人格としての顔。
今の彼女は冷徹だからこそ手を出さない。
現状を把握できる相手を待つ方が末路として残酷だと理解しているから動かない。
それに合わせて肩を並べて待つ間、起こったことを脳内で整理する。
(あの馬鹿、結ちゃんと一緒にいたのか)
結ちゃんの存在には気付いていた。
でも、彼奴の雰囲気は良い意味で埋没するから感知しにくい。
そんな中で唐突に届いた緊急連絡の音。
内容を見ても買い物リストのような幾つかの物品の名称が並べられただけ。
ただ、それでもその分類と個数で何となくの内容は把握できる。
緊急度は
危険度は
相手の武具は
つまり、干渉できる位置に移動しろ、という暗黙の命令。
それだけ分かれば後は彼奴の操作が出来る場所へ誘導しつつ警戒しておけば良い話ではあった……のだが。
(ちょい今回はヤバかったかもなー)
今更ながらに冷や汗が背筋を滑る。
多分、あの二人の手助けがなければ致命傷……とまでは言わなくとも、重症近くまでは負っていたかもしれない。
飛んできた刃は恐らく特異性を宿した刃。
俺のものと似た、けれど決定的に違う
周囲の状況に影響されずに飛んできたことから考えても、多分防具を貫通する効果位はあったと思う。
つまり、肉体か特異性で受ける必要性がある暗殺者としての刃。
足音が無かったことから見てもそういった訓練、或いは戦いを経てきたのは間違いない。
移動するまでの時間を稼いだ彼奴。
幻鳥……自らの疲弊と引き換えに再度生み出せるとは言え、相棒の生命を盾にしてくれた結ちゃん。
昨年だけでなく出会った時から踏まえても互いに助け助けられているとは言っても、口には出せないが感謝の意は抱いている。
そして、妹に俺を守らせたという自身への怒りの八つ当たりを含むのが今の先輩の状態の根幹の一端。
「……其処までにしときましょう。知ってる相手なんですよね?」
「昔組んだことがある相手。迷宮省……『受付』で何度か声掛けてきた相手」
「あー……」
成程、成程?
横恋慕に近い感情もあったっぽいな多分。
こういうのも自慢になるから嫌だが、九十九は可愛らしい顔立ちをしてる。
大きめの眼鏡で覆われていて伏し目がちだから分かりにくいが、きちんと見据えれば美人というよりは美少女に近い。
近い年齢だけど年下のように見える、なんていう背徳感に近い感情を抱かせる相手でもあるからそれなりに狙われていたって言うし。
それならまあ、俺への目線の意味も伝わってくる。
「アホらし」
色々な意味合いを込めてそれだけを口にする。
後は多分余計な感情だから。
『ちょ、ちょっと!』
『お嬢様、少しお待ち下さい!』
『私達が一番手早く対応できるのは間違いないだろう?』
そんな事を思っていれば、漸く耳に届き始めたのはそんな声。
焦って押し留めようとする声が二つと、此方に近付く足音が二つ。
「漸く警備員来たみたいですよ、先輩」
「九十九」
「あー……はいはい、今日はそうでしたね」
ぶう、と頬を膨らませた。
少しだけ落ち着いたのか、それでも目の色は暗く相手を見ている。
二人で出掛けているのだから……という名目だけど、この人が求めてるのは
きちんと答えられるのは多分
それまでは――――何があっても、そう思わせてしまった以上は答えるのは難しい。
そう決めているから、曖昧な返事で誤魔化す中。
「あん?」
「ん?」
聞き慣れた男性の声が、耳に届いた。
聞こえるはずのない声だから聞き間違いだろうと目線を向け。
その相手が良く見知った人で、有り得ない状態だと知っているから目を見開いた。
「
「おー、やっぱ雄二じゃねえか」
俺の全身の五割増程の太さ、大きさを持つ大柄の男性。
片手を上げ、ニヤリと笑う様子は以前と全く変わらず。
ただその身に纏った一張羅だけが更新された、『
そして、俺達にとっては白兵技の師匠筋に当たる先輩。
「え、いや、何で此処に!?」
「いやぁ、四十層守護者に行く筈だったんだが道中で仲間がトチってな。準備のやり直しよ」
からからと笑う気風の良い感じは何も変わらない。
ただ、浮かべられるのは苦笑いだけ。
隣に立っている真っ白な髪の女性の顔立ちに何処か見覚えを思い浮かべながら、話を続けようとし。
けれどその前に、その人は口を開いた。
「知り合いか?」
「見所のある後輩だよ、少なくとも此奴等からこんな場所で襲うやつじゃない」
「ならば……やはり、此奴が犯行に及んだと言ったところか」
ある程度親しそうで、けれど一定の壁を挟んだ話し方。
浮かび上がった犬のような顔が小さく吠え、何やら話をする光景に記憶が刺激される。
「……あの、八月朔日先輩」
「ああ、此奴か?今組んでる相手で……まあ、知ってるよな」
探している相手が見つかるまで同行している、という話。
そして隠そうともしないその能力。
「
このデパートを運営している企業の名前を思い出す。
雲類鷲コーポレーション。
つまり、其処のお嬢様。
「因みに何をお探しで?」
「あー……なんつーか……」
そもそも存在するかも分からない。
そんな前置きをしつつ、探している物が二つあると口にした。
一つは
そして、もう一つは。
「同類を探してるんだとよ、ずっと」
そんな言葉が、妙に耳に響いた気がして。
「八月朔日先輩、後で彼奴に会ってやってくださいよ」
気付けば。
そんな事を、口走っていたのだ。