『Chapter3-2』
騒動から翌日。
多少疲労が残ったまま就寝したが、そうなるだろうと予想していた通り寝る前に薬を飲んだことで体調も万全。
昨日の今日なので集合場所を少しだけ変え、先輩達のビル……より正確に言うなら店舗前に集合することにした。
普段から少しだけ早く出る癖があるからか、まだ出てくるには時間がある。
内側でがたりがたりと揺れているから、恐らくは出立する準備でも整えているんだろう。
「で、だ」
そんな事は兎も角。
今日そんな時間よりも早く出たのは、朝起きた時に入っていた一本の連絡が理由だった。
「口頭じゃなきゃ伝えられない要件ってなんだよ」
「そのまんまだよ」
此奴も此奴で昨日の今日。
取り調べだのを受けただろうに、その疲労を一切見せもしない。
本来なら九十九先輩と一緒に顔を見せるはずだったのに、此奴だけというのも何らかの理由があるのだろうが。
その内容が不明で、正直色々と疑ってしまう。
「お前、昨日結ちゃんといたよな?」
「流石に伝わるか」
「あたりめーだろ。何しに?」
「此奴等の世話道具を買いに」
胸元と腕の袂を軽く叩く。
小さくこん、と鳴く声で彼奴も納得したらしい。
「餌?」
「とブラシ、時間そんな無かったからテキトーに選んだやつだけどな」
買ったブラシが噛み合ったのか、妙にとろんとした目をしていたのが特徴的だった。
それ程までに気持ちが良かったのか。
全身一頻り終わった後でも甘えたような声をしてもう一度、とか言ってきたし。
「まあいいや、あん時は助かった」
「お互い様だろ……んで、まさかそれを言いたいが為に早めに呼び出したんじゃねーだろうな」
こちとらやろうと思えばやれることは幾らだってあるのに。
じとりとした目をくれてやれば、苦々しいような表情をしていてそれだけではないと察する。
「……で?」
言うべきか言わざるべきか。
少しだけ悩んだようにした後に、口を開く。
「昨日な、八月朔日先輩と会った」
「……は?」
ただ、其処から出てきた名前は想定外過ぎるもの。
【阿修羅】や【鬼神】とも恐れられる、俺達にとっての師匠筋の先輩。
九十九先輩の同期にして、ある種の出世頭。
縛られることを嫌う割に好んだ人を導こうとする。
あの人に師事出来ればある程度以上には白兵技を身に付けられる、と
ただ、その数は片手の指で数えられる程度しかいないとか何とか。
本来であれば、俺と縁なんて生まれるはずも無いような人。
けれど何の奇縁か、俺はあの人に妙に気に入られていた。
「いや、何で!?」
「あの後の現場検証……と言うかどっちが加害者か、の判断の時に顔出してきたんだよ」
「いや、そりゃあ権限はあるだろうが……」
こうした場合、探索者に罪を伝え執行する担当の役割を持つ人間にも制限がある。
と言うより、ある程度の人間に
その条件が、能力を用いて相手の犯罪者を確実に鎮圧できる戦闘力を保持すること。
二十五層を越えた探索者が「卒業生」と呼ばれて一人前以上の権利と義務を負うのに対し。
三十五層の壁の先……唯の探索者では辿り着けない先へと辿り着いた人間は「超越者」と呼ばれ恐れられる。
この称号を持つ探索者が得る権利の一つが、現場実証を行った上での被害者・加害者の確定・執行権限。
本来であれば警察が持つような権利が、その人物が持つ特異性に依って一般的な常識が適応できない案件に於いては委譲される。
その権限を行使した、と雄二は言っている。
「ありゃあ、執行するのにも条件あるだろ」
ただ、勿論乱用できるわけじゃない。この辺の穴は塞いでる。
公共の場であれば警察が出張り、その上で明確に明示を受けて委譲される。
そうでない場所……例えばこのシャッターの内側なら、その所有者の権限を以て警察か探索者かに委譲される。
要は、「誰の保有する場所なのか」を以て判断される新しい法律の一部がこれなのだ。
だから、普通に考えれば即座に対応できる訳もなく……あの人が引き受けるはずもない。
「その条件が満たされてたから問題なんだよな……いや、ある意味じゃ助かったのか?」
けれど、それを此奴は否定した。
「……つまり?」
嫌な予感がした。
それでも尚聞かなければいけない、と思う部分があった。
何となく、分水嶺を越えたような感覚。
本来だったら立ち止まっていた場所にはもう戻れない。
そう感じる、俺の視点があった。
「雲類鷲グループの本社令嬢、で通じるか?」
分かる――――いや、分かってしまう、と言ったほうが正しいか。
元々は唯の一会社、けれど大地震、大災害後の探索者絡みで一気に昇り詰めた成功者。
雲類鷲コーポレーション令嬢……『獣の女王』雲類鷲木咲。
先輩と同じく、超越者として分類される特殊型の女性。
年齢……はどうだったか。二つか三つ上、少なくとも二十には行ってなかった筈。
当時最年少で超越者になって、その直ぐ後、ほんの数日の差で先輩が最年少記録を塗り替えられなかったとか悔しがってた記憶が蘇る。
だから……多分二つ上か。
「会ったのか?」
「一時的か恒常かは知らんが組んでた。それ以上聞けるかよ」
つまり、その人に権限を委譲されて先輩が裁いた。
不公平ではあるが、あの人は俺達の二つ名を良く知ってる。
だから周囲の状況を引き起こした要因に気付いた後、襲う理由も無いことも直ぐに分かってくれるはず。
「道理だな。んで?」
「二人から伝言だよ、お前に」
いや――――と少しだけ口淀んだ後。
「お前の武具の変異に関して、ある程度濁しながらだが情報を探ってみた結果だな」
その切っ掛けになればと思って会う機会を作ろうとした、と釈明し。
その状況ならば俺も同じことをするから、小さく頷いて先を促した。
知らない何かが、呼んでいるような気がした。
「十五階の壁、『選別の間』を越えたら話を聞く――――話したいことがある、とよ」
それは、更に深くへと潜る切っ掛けになる言葉だった。
必要最低限ではなく。
何かが変わるような――――今に縛られることを拒絶する切っ掛けになるような。
俺が無意識に求めていたような、深淵への手招きだった。