少しばかりの時間を経て、『扉』を潜る。
これで次からは十三階から降り始めることが出来るし、一学期の最低限の進行度は確保した。
とは言え、後半を考えればもう少し進んでおきたいのが本音ではあるのだが――――。
「……ん」
『…………?』
一番最初に反応したのが九十九先輩と天音ちゃん。
一瞬だけ遅れて小鳥遊と俺と雄二、先輩方。
とは言え、何に反応したのか分からない直感で動いたような形が半数。
もう半数は、半ば独自の個性ともなっている発展した五感の何処かで感じ取ったような気がする。
「鉄~?」
「いや、こりゃ
その成分に特異性故に反応した創作者のお二方。
「何処かで死骸でも転がってるんですかねー?」
「にしては此処まで漂ってくるのは異常だが」
その生き様故に生死に敏感な進化を遂げている例外種と、実際に何度も目撃している友人。
特に後者は俺と同じ程度には手を下しているからか、見方と経過期間に敏感な解答を口にする。
〚コン〛
〚クーン〛
「……だよなぁ、明らかにおかしいよな」
そして俺はと言えば違和感が二種類。
一応は犬類に属するからか、鼻が利く二匹が言うことには「死臭と鉄が散らばってる匂いがする」。
俺自身の特異性を広げてみれば、地面に軽い蓋と幾重にも広がった地下への道。
そして転がる触れられない何か、
「先輩方、ちょっと聞きたいんですけど」
「あ、この階について?」
「です。これが平常なんですか?」
それならそれでいい。
上で死骸が転がっていなかった理由がはっきりしただけだし、注意すれば済むというだけの話だ。
「
「言っちゃうと~、十五階までは生命体の変異はあっても殆ど出てくるのは変わらない筈だよ~」
「おいコラ恵」
「いやこれは仕方なくなぁい、千弦くん」
わちゃわちゃと何時ものをやり始めた人等は放っとくとして。
今の発言が事実だとすると、『迷宮』内に異変が起こっているという事になる。
いやまあ、平常時なんて無いから異変から異変へと移り変わった、でも良いんだが。
取り敢えず知り得たのは、この情報が一般に公開されていないだろうということ。
幾ら仕事をしない受付であっても、或いは彼方此方の手が入っていると言え。
潜っている俺等は純粋な労働力として見られる。
特に訓練階層を超えれば国を動かすための燃料採掘、嘗ての炭鉱夫のような見方をされていると言って良い。
少なくとも、簡単に消えて良い存在からは一つ上として見られるのだから。
共有されてもおかしくはないのだ。本来なら。
「零?」
「ああ、いや……なんつーかな、下手に前に踏み込めばその辺に散らばってるだろう死体の二の舞いになる」
恐らく構造自体は普段と変わらない、幾つかに道が別れた坑道のような形。
だからこそ、安全地帯から一歩外に踏み出した入口が穴だらけなのは凄まじい違和感。
何と言うか、明確に殺しに来ているのは間違いないのだが……攻略自体をさせない作りには絶対にしない筈なのに、と。
これが初めての例外だと言われれば頷いてしまうだけの負の信頼が無いわけでもないのだが。
「あー?」
「そこら一帯穴だらけなんだよ、上で見た落とし穴とはちょい違う」
なんだろうか。
見覚えがあるのは間違いないのだが、その答えが喉元まで出かかって魚の骨のように外れない。
今まで見たもの、幼い頃に見たもの。
其れ等の中に答えがある気がするのだが。
「穴ァ?」
「っていうのが間違いないとは思うんですよね……その奥までは探ってないですけど」
見たほうが良いか、と暗黙の内に問えば首を振る。
九十九先輩も初めて見る内容なのか、俺達を囲むように拒絶の壁を展開しながらも外を観察して何かを捉えようとしている。
「恵」
「ううん、少なくとも私が知ってる中では起きたことはない……かなぁ」
「駄目か」
「あ、でも…………どうなんだろ、これ」
ううん、と頭を抱えるように記憶を掘り起こしている恵先輩。
地面の土の状態や砂を観察し、両手に嵌めた黒手袋越しに材質を確認している東雲先輩。
こうした未知が起きた時、先輩も後輩も関係ないのが良く分かる。
「じゃあ踏み込むのは駄目ですかぁ」
『私が雛を飛ばすって手もありますけど』
「最悪糸を失うだけだろ、今はやめといたほうが良い」
ただ、二人に関しては根本的な知識が不足している。
だから直感的に動こうとするのと、思考してから動こうとするので均衡が保てて丁度良い。
思慮深いか、と言われると口籠るけど。
「零くん」
「なんです?」
そんな各々の行動をする中で掛けられた声。
視線を地面にだけ向けながら、迷うように届く疑問。
「私自身が知らないけど識ってることで、近いモノがあるかもしれないんだ。
だから、その感覚を教えてほしいんだけど」
「はい」
〚コン〛
〚ココン〛
頷きに合わせて二匹も返事を告げる。
別に真似する必要はないぞお前等。
「その穴ってこういう感じ~?」
地面にガリガリと書き始めた幾本かの線。
地上を指し示すのだろう一本の線に繋がるように幾つもの線を乱雑に書いていく。
絵図上では地下に当たる部分へと線は合流したり、或いは逸れたり。
傍目から見れば子供の落書きかなにかのようにも感じてしまう内容。
「奥深くまでは分かりませんけど……そうですね、分かる範囲でだけ言うなら多分方向は定まってないかと」
「そっか、そっかぁ…………じゃあ、やっぱこれかなぁ……?」
でもなぁ、とか首を捻ったりと納得がいかない様子の恵先輩。
そんな俺等を遠巻きに見ている視線に気付いたのか、一度こほんと咳をして告げる。
「多分ね……これ、
ぽかん、と一拍。
声の反響が消えるまでの間、その内容を咀嚼するので手一杯だった。