脳内に浮かんだのは蟻の巣の図。
より正確に言うなら透明な細長い硝子に土を埋め、側面からどのような作りなのかを確認できる観賞用の型。
地面に幾つか穴があり、そして地下深くまで繋がった形で伸びている形を何となく覚えてる。
覚えてはいる、が。
「……蟻人って、そういう巣とか作る生命体なんです?」
どっちかと言うと穴だらけの姿から思い浮かぶのは土竜の穴とかそっちに近い。
地面から直下掘りじゃないが、人一人分程が垂直に立って漸く地上が見える程の深さの穴。
それより先は現状探る手段がないから分からないが、俺自身の直感はヤバ過ぎると訴え続けているのは間違いない。
「だからなにかおかしいんだよねぇ、この知識は別の出処……私の特異性由来だもん」
「どっから引っ張られてきたのかまでは詳しくは聞きませんけど……」
いやまあ、この『迷宮』が元々あったものです、とか言われたら歴史が全部ひっくり返るから無いとは思うが。
根幹其の物が一切無かったか、と言われるとまた別な気がしている。
何かしら生まれる元というか……何と言うか、そんな感じのもの。
「ま、恵の知識はどっかぶっ飛んでるから深く考えねえほうが良いぞ」
「あ、酷い」
「ただ嘘は混じってねえ、誤認して認識してる場合を除外するなら知識は嘘を付かねえからな」
其処は多分、長年の付き合い由来なんだろう。
地面の土を片手一杯分ほど掘って手元に抱えつつ、どうしたものかとしげしげ眺めている。
「取り敢えずどーすんだ、
そして口にする言葉はこれ。
実際の所、この穴だらけの地形は他の探索者にとっては致命的だろうが俺等にとっては面倒なだけだったりする。
東雲先輩に穴の表面を埋めて貰ってもいいし、九十九先輩の拒絶で蓋をしてもいい。
或いは空いている道があるので、落ちても平気な雄二や先に調べられる俺が動いても良い。
戦闘に特化していない分、探索では過剰過ぎる程に恵まれた面子だからこそ言えること。
「……小鳥遊、どう思う?」
そしてたっぷり何秒か悩んだ末。
口にしたのは、後輩に向けての質問の転換。
「え、私ですか!?」
「なんかあった時に真っ先に突っ込むのオメーだろ」
後これを明言すると多分調子に乗るから言わないが、此奴の直感は俺よりも優れてると思う。
全部が全部勘でなんとかなるとは思えないが、幾つか選択肢がある上での選択基準にするには丁度良い。
帰ってもいいし、普通に進んでもいいし、穴の事を調べても良い。
大まかに言って取れる選択は三つ。
「そーうーですねー…………」
深く悩むこと無く(と言うか悩む必要がないと判断した結果なのかもしれんが)うむむ、と先の部屋を見ている。
一見すれば何も無い唯の部屋が実質地雷原みたいなのは本気でどうかと思うが、今更過ぎる。
「先輩、調べる手段はあるんですよねー?」
「危険度と確度は比例するけどな」
「なら調べておいたほうが良い気がしまーす」
一つの質問、一つの解答。
結果選ばれたのは調査と言う選択肢で、少しだけ意外だと思ってしまうのは此奴に対して侮辱になるだろうか。
なんというか突撃系脳筋の印象がどうにも抜けない弊害な気がする。
「正直突っ込むんじゃねーかと思ってた」
「いや、それも悩んだんですけどね?
進んだとして、挟まれたら終わるじゃないですか」
「おお……ちゃんと考えられてる……」
「あれ、ひょっとして馬鹿にされてます?」
してないしてない。
目を据わらせながら此方に迫ってくる後輩にミサキを差し出す。
なんか見捨てられたような顔をしていたミサキだが、同名の後輩に抱かれて何処かに連れて行かれてしまう。
とは言ってもそんな離れた距離でもなし、ちょっとした冗談に過ぎないが。
唯のコミュニケーションだよ、うん。
だから
「……というわけなので、東雲先輩」
じーっと見てくる一人と一匹から目線を外した。
そして土を持ったまま此方を視ている人に声を掛ける。
「おう、球作ればいいか?」
「はい、最悪地面に叩き付けて割れなければそれで」
「意外と面倒な文句付けるよなオメェも……」
ぶつくさ言いながら、次の瞬間には土は硬化した球体へと変貌した。
その瞬時の変化に戸惑うのは……小鳥遊だけか。
「ほらよ、これでいいか?」
「其処は信用してますんで」
「良いことではあるんだが……材質が材質だし、使い捨てだと思えよ?」
分かっています、と小さく頷く。
東雲先輩の能力は『錬成』。
ただ作ること、加工することだけに特化した
それ以外は余技に過ぎず、常にどんな状態であっても武具を担える、という事だけを求めた末に目覚めた特異性。
その切っ掛けが――――天音ちゃんの過去にあるのは、親しい間柄の相手以外誰も知らない秘密。
「九十九先輩、
「……ぁー」
蟻、昆虫、巣に死骸。
此処まで出揃っていると浮かぶ嫌な予感に念の為の依頼をすれば、顔色を固めたままに頷いた。
この人この状態だと普通の女子らしく昆虫とか苦手だもんな……。
吹っ切れると全てを薙ぎ払い始めるんだけど……。
「……目、逸らしてても、いい?」
「まあ音で分かるんじゃないっすかねえ……」
正直気付いている勢は全員顔色を苦くしているか青くしてる。
何も考えてないのは首を傾げながらも高速で手元の獣を撫で続けている。
お前はそれでいいよ、うん。
「じゃあお願いします……」
「……はい」
ふわり、と浮かべた土塊……昔の石塊を思い出す武器を先の空間に漂わせた上で声を掛ける。
返った言葉と併せて、眼の前に鈍く輝く壁が出没したのを確かめて。
部屋の中央あたりの穴の一つに、上から下へと叩き付けるようにして塞がった落とし穴の入口を叩き割る。
がしゃん。
ずどん。
…………
割れる音。
地面に叩き付けられる音。
そしてその後から聞こえる耳障りな音。
嫌な予感が、現実に再現される気がして……口元が少し引き攣った。