現代ダンジョンに地味異能では厳しい   作:氷桜

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\アリだー/


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がさがさ、がさがさ。

 

耳障りな音が少しずつ大きく、周囲に広がっていく。

何かを擦るような音。

土を削り取るような音と、硬いもの同士が擦れるような音。

 

(…………いや、まあ、ある程度覚悟はしてるけど)

 

その音の大きさと量と。

考え得る限り最悪な方向性に向かっているのは変わらず。

けれど最初に提言したのもあり、目を逸らす権限だけは持てない立ち位置の俺。

 

そんな視線の先に土塊が開けた穴から顔を覗かせたのは、牙をぎしぎしと鳴らす見覚えがあるような無いような顔。

正確に言うなら似た存在は散々見てきたし、上でも既に百単位で殺し尽くしている筈。

にも関わらず、目の前の()()は何処か見覚えがない新たに見る存在の雰囲気を備えていた。

 

一匹、二匹、四匹、八匹。

倍々に増えていくように、地面の繋がったと思われる穴を下から掘り返しながら見える顔はどれも似たような存在。

口元を揺らし、先端の部位で何かを手繰るように確認している存在達。

よくよく見てみれば、胸元に当たる黒や茶、白の外皮の一部が赤褐色に染まっている個体が見える。

隠すつもりがない――――と言うよりは、そんな知性すらも持たない昆虫類か。

 

此方の存在に気が付いて。

何の考えもなく、唯数で押し潰そうとして……眼の前に張られた壁に()()()()()()()

 

九十九先輩の拒絶の壁は、使用者の好悪の感情に依って効果の大小が変化する。

好きな相手には効果が低く、嫌う相手には効果が大きく。

故に、本来であれば信頼する相手は選ぶべき人なのだが……その辺の問題は全部クリア済み。

詳しくは聞かせて貰ってないが、この人も一年時に相応に手を汚しているという考えは然程間違っていないらしい。

雄二に聞いた時、否定しなかったのがその証拠。

 

「うげぇ……」

 

そんな友人から漏れるのは、まあ、うん。

俺も全く以て同じ感情を持つが、単純な気持ち悪さ。

 

弾かれようとも繰り返そうとして再度壁に近付き弾かれて、吹き飛んだ先で別の蟻を押し潰して数を減らす。

見方を変えれば同士討ち。

ただ、その総量が不明であるなら数は力であるのは間違いない。

 

「……あの、恵先輩」

「うん、少なくとも肉食だよねえ……」

 

蟻人のように反った姿をしていない。

文字通りに一匹辺りが人の倍程度の大きさを持った昆虫。

変異種として生まれ落ちたのか、或いは元々誰も知らない存在として生まれ落ちていたのか。

何方にしろ、確認する限り蟻人よりも遥かに脅威度が増している。

 

弾き飛ばされる際に、身体の裏……かさかさと蠢く裏側が確認できる。

節足類、偶数の足を持つ存在であるのは間違いなく、仮に一本二本程度脚が吹き飛んでも平気で動いている。

うん、ヤバい。

 

(少なくとも昆虫種の進化……蟻人の別進化か特異種って考えるのが妥当だよなぁ、この階で出るなら)

 

生命体をきちんと観察、分解したような経験は殆ど無い。

と言うか、そういった研究分野自体が発展していない。する余地が未だに芽生えていない。

どっかのお偉い大学の先生がやってみたいと言ったらしいが、『迷宮』に潜って帰ってこなかったらしいのが多分致命傷だったと思う。

 

経験則で語られ、密かに情報を纏めた虎の巻が出回るのが精々。

全体(せかい)を通して共有するだけの同じ要素を併せ持てていないのもその理由の一つだが、上から押さえ付けるだけの権限が曖昧だというのもその理由に該当すると思う。

せめて国がもうちょっと真っ当だったら、死人の数は半分近く減っていただろうに。

 

『ごめんなさい、直視は辞めても大丈夫ですか……?』

「……大丈夫?」

『思い出したくないのを思い出しそうで』

 

がさがさと蠢く蟻を見て、何かを思い出しかけたのか。

白い方の流し雛から放たれた言葉は、何処か重く湿気っていた。

深く掘り下げてしまえば、それこそ精神的に致命傷に成りかねないような真っ青な顔。

 

「何処から刃入れるのが斬りやすいんですかね、これ」

 

壁越しだからか、その先……少しずつ動く頭数が減っていく其れ等をじっと見つめる小鳥遊。

腕に抱いたミサキも同じように見詰めていて、片手を伸ばそうとして抱えた後輩にその手を塞がれてしまう。

こぉん、と悲しそうな声をしているが何してんだお前。

 

「やっぱお前心底剣士だよ」

「褒めてます?」

「半分呆れてる」

 

真っ先に好きとか嫌いとかじゃなく刃を通す位置を考える辺り半分褒め称えて、半分呆れる対象。

俺でさえ嫌悪を抱えつつ叩き潰す手段を模索するくらいなのに、此奴は斬ることだけを考えた。

そうした後輩を身内に抱えられたのは良かったと思うべきなのか。

懐刀として考えれば、十二分に文句はないけれど。

 

「零、お前ならどう潰す?」

「出来れば相手したくないのが本音なんですけど……」

 

だって、なぁ。

東雲先輩の声にも苦いものが混じってる。

多分考えていることは同じ、その答え合わせを兼ねて聞いてきているのだろう。

 

「これから逃げるのは無理だろ」

「ですよねー」

 

だから嫌々ながら圧殺する手段を考える。

現状どれだけの被害が出てるか知らんが、先ず間違いなく環境が大きく変動してる。

精々情報は高値で売りつつ、此方に重しが飛んでこないように調整したいと思いながらも。

多分、真正面から相手をするなら俺が一番相性が良いんだろうということにも気付いている。

 

でも。

そう、でも。

 

「……本格的に潰すこと考えたら、この穴潜らないと無理じゃないですか?」

「……だよなァ」

 

蟻、という昆虫の生態。

蟻人ではなく巨大化した蟻だとした場合、先程見えていたのは精々が働きアリに該当する下等兵みたいなもんだろう。

 

つまり、女王がいる。

それを考えるだけでげんなりするのは当たり前で。

其処まで思考が回っているのが多分今は俺達だけということも余計なおまけで。

一度、深く溜息を吐いた。

 

(……面倒くせえ)

 

心底、そう思う。

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