「つまり、先輩には既に声を掛けられている、と?」
ある意味想定通り。
ただ、此方からではなく向こうからと言うのは想定外。
恐る恐るに外側の情報から伺うことにする。
「俺だけじゃねえよ?木咲に『
取り敢えずは座れ、と目前の席を指定されて失礼しますと座る。
八月朔日先輩の横にいる、鋭い目をした美女――と呼ぶのが一番正しいだろう――が、恐らく『獣の女王』。
俺の服の内側の狐達も呼応するように、じろじろと見ているのが何となくに感じ取れる。
阿修羅、獣の女王、夜刀に陰陽。
何れも異名だけが広がる超越者達。
唯、主に潜っている『迷宮』は別の場所の筈なのだが。
それに対する疑問を抱えて目線を向ければ、分かっているとばかりに頷いている。
やっぱり、この人とは考えの根幹が噛み合う。
「契約と……後は分かってないやつに言っても上辺でしか理解できねえから端的に言う。
今回の事態はそういうレベルで、そんでもって公表されてないだけで何時でも起こり得る出来事だ」
「『迷宮』が、ですが」
「そもそもその本質自体が違うんだが……ま、今はそれでいい。多分お前さんは理解できる側だからな」
何と説明していいか。
軽く頭を掻きながら口にする言葉は、どれも本質だけを指す言葉だ。
普段は無口――――と言うか目線とかだけで意を伝えようとしてくる人だが。
何らかの基準がこの人の琴線に触れた時には途端に気安く変わって対応する。
その辺り、この人が色々と移り変わっていった臨時の攻略部隊の主になる人は基準を満たせていたということなんだろう。
豊作な年であったのは間違いないらしいし。
「話を少し戻しますけど……誘われてるのは俺だけ、ですか?」
「いんや。どうせお前さんが先に動くんだろうし、その方が色々引っ張れるだろうってだけだ」
つまり、連れていける人数は俺に任される……と考えて良いのか。
責任重大にも程があると背中に冷や汗が落ちるが、先輩は此方の都合を考慮してはくれない。
そりゃそうだ、誘う側が誘われる側を其処まで考えてくれるってだけで温情に近いんだし。
「ただ、分かってるな?」
「分かってますよ、ちゃんと信用できる相手しか連れていきませんって」
はっきり言うと、先輩の特異性は異常を通り越したナニカに近い。
多分、俺の知るどの探索者よりも地味で。
だからこそ、その本質が発揮されてしまえば相手は死ぬ他無い。
俺が知っている範疇であってもそうなのだ、全力を出した時の総数は恐らく自分しか知らないだろう。
そして、それを教える理由もない。
普段から武器を振るっているのも、そうした制限と幻覚としての行動とが上手く重なったからなんだし。
「細かい連絡は
「前とパターン変えてないんですか?」
「変える必要がねーからなぁ」
メール一つ取ってもそうだ。
この人の本文はある種の法則で読み解いて初めて正しい日時と内容が判明するように組み替えられてる。
何でも、一年の時に痛い目を見てからそうするようにしたとか言ってるが何処まで本当なのか。
本当のことは教えてくれないだろうから諦めてるが、多分真実が九割か一割か……そのどっちかなんだろうな。
「用件は終わりか?」
「ああ、俺はな」
その返答として一度頷く。
そして先輩も同じく頷いたことで互いの了承としたところで、横から声が一つ挟まる。
此方をずっと見ていた……警戒していた女性のものだ。
「お前が紹介するから期待していたが……此奴がか?」
「なんだよ、反対か?木咲」
「覇気も無ければ例外の雰囲気も無い。何も知らないならば私は選ばんな」
第一声から放たれるのは良く聞いていた罵声に近い。
陰口でないだけマシなのだろうが、あまりいい気はしないような。
それでも真正面から、目上の人からそう見られるのは慣れている。
「お前さんならそうかもな、
ついでに言えば、八月朔日先輩の前でそういう事を言うのは……過去の経験上あんまり宜しくない。
当人も色々言われて来た上で見返してみせた人だ。
第一印象だけで全てを決めつけるような言い方に毒を混ぜ込むのは何も変わってない。
「それによぉ、お前さんよりも苦労してる後輩に言うことじゃねーだろ」
「……それは、そうだな。失礼した、少年」
「良いです良いです、言われ慣れてますし」
ただ、心証が少しだけ落ちるだけ。
謝ってくれるだけマシだから、漸くフラットに戻せたと言った感じ。
「ついでに言うなら、俺等の次に本質に気付くのは此奴だと思ってるぞ」
「冗談――――で言うことではないか」
「軽く聞き齧っただけだが、今年一年で愛され始めてるからな」
何を言ってるのか分からない。
ただ、今溢れた言葉は聞き逃してはいけない気がする。
愛される。
何に。
例外ばかりが現れる、『迷宮』にか。
そう考えると……先輩が最初に言っていた「分かっている」という意味が読み取れる。
生まれ落ちた意味。
各国に突如発生した『迷宮』。
その存在理由を、最前線組……或いは上は正しく認識出来ているということに繋がる。
各国が挙って探索しようとするのが、新エネルギーである「魔石」の他にあるのなら。
正しく言うなら、探索しなければいけない理由がはっきりしているのなら。
探索者、という立場を緊急立法までして成立させた意味合いも変わってくる。
「……此奴はどうしたのだ?」
「ああ、良い良い。俺がちょっと情報出しすぎたかね」
「は?」
何かが聞こえる。
三つの思考が回転して、急速に何かの言語へと引っ張られる気がする。
「此奴は……零は、謂わば『■■』なんだよ」
だから、何かを言ったのを聞き逃して。
だから、先程までの問いに答えを導き出そうとして。
「お前と引き合わせたのも、お前の目的に繋がる部分もあるからだしな」
「……見つけられるのか?」
「どうかな、案外もう見つけてる可能性も無くはないが」
一つだけ、聞くことにする。
「八月朔日先輩」
「おう」
「先輩に付いていけば、何かの答えに辿り着けるってことですか」
にやり。
いつもの、少しだけ皮肉さを交えた笑みを浮かべながら。
「お前が見て、お前が感じ取ったモノとの答え合わせ次第だな」
それは、合流する事を決める最後の一歩だった。
多分。
本当は、少しだけ先で気付くことになるモノの答え合わせ。
その断片が、この先で待っているのだと。
先輩が、教えてくれたから。