現代ダンジョンに地味異能では厳しい   作:氷桜

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朝方の誰もいない道を行く。

 

普段であれば受付、『扉』の建物の前には二十四時間誰かしらの姿がある筈なのに誰も見えない。

それだけ異様な雰囲気を漂わせて建物の入口から顔を覗かせれば、目の下の隈が異様に濃い男性の姿。

明らかに疲弊し、けれど其処から先へは誰も通さないと言った雰囲気の……一度だけ見た覚えがある人。

 

確か、この『迷宮』を統括する迷宮省から派遣されてきたトップの筈。

普段なら部屋の奥でふんぞり返っているはずだが、そんな雰囲気は今は欠片もない。

何と言うか――――そう、一人だけ重圧を掛けられた。

切り捨てられる寸前のような、一番美味しいところだけを取りに行けないような物苦しさがある。

 

「おい」

 

一番最初に入ったのが俺だからか。

後から後から入ってくる仲間達を前に、視線を強く俺へと向ける。

 

ただ、その視線には殺意が無い。いや、薄い。

多分は元探索者なんだろうが、おんぶに抱っこと言うか……戦闘能力面以外でのし上がったタイプ特有の()()がある。

 

「伝達を聞いてなかったの――――」

「聞いてるに決まってんでしょう?」

 

丁度良い相手を見つけた、とばかりに浮かべようとした笑み。

けれど背後から顔を覗かせ、口を開こうとした相手の先手を潰した八月朔日先輩。

その顔面を見、俺を見。

笑みは瞬時に凍結し、最悪の選択肢を踏んだかのような負の雰囲気が彼の背中に浮かび上がる。

 

「あ、こいつら全員俺の連れなんで」

「え……いや、俺等が推薦したのは!?」

「全員信用できねーですし、事実どっかから紛れた敵対者がいたんで処理しました。

 証拠もありますけど、要ります?」

 

背後から押されて中に入る。

電気も最低限、何処か薄暗い雰囲気。

他の職員の姿はバイト含めて誰もおらず、売店さえも開いていない。

 

そんな中で、俺の肩を一度強く叩いてそういう存在だと告げた先輩。

頭を抱えて溜息を零している女王に、ただ佇んでいる千里と名乗る女性。

妙な感覚がずっと背筋の辺りに残りながら、片腕を取るように天音ちゃんが俺の傍に佇んでいる。

視線同士でぶつかっているような奇妙な雰囲気。

 

色々と異常な気配が漂う中で、先輩が口にするのは聞いたこともない言語や単語。

明確に「敵」と告げる相手がいることに心の中で驚き、表面には出ないように務めて。

そして繰り返される応酬に耳を傾けて、ある程度でも自分なりに話の落とし所を考えて知識にする。

 

からり、と。

ポケットに詰めた、持って来いと言われた保存媒体。

これもまた何かの役に立つのかが未だに分からず、予備ではあるが壊さないように何重かに柔らかく包んで衝撃を逃している物品。

布の上から一撫でし、思考を落ち着かせ。

出来るだけ素で内容を受け入れられるように努力する。

 

「……紛れてた?」

「そんな事するとは思ってねえんで、どっかに多分売国奴がいますねー。

 もう身を隠してるかもしれないですけど」

「寄越せ、処理する」

「あいあい」

 

……でも、これをそのまま受け入れんのは無理じゃねえかなぁ!

なんか聞いちゃいけないことものすげえ聞いてる気がするんだけど!?

 

「あの、先輩」

「何も言うな、今だけは何も言わないでくれ」

 

じーっと見詰められてるのが分かるので目線を逸らす。

俺も良く分からんうちにどんどん深遠に引き込まれてる。

少しだけ思考を空に飛ばそうとして、一つの思考が妙な答えを導き出した。

 

……というか、卒業生は多かれ少なかれこの話の事実を知ってるってことか?

 

何となしに二人の身近な先輩を見る。

一人は面倒そうに、もう一人は僅かに笑って。

その言葉に拒絶も動揺も無いのが分かり、ある程度は知っていたものだと判断する。

 

(……どういう事なんだ?)

 

最初から伝えない理由は、まあ何となく分かる。

最低限の力を示さなければ、何を知っていても毒にしかならないということなんだろう。

ただ、その力を示す階が()()()にあるという疑問。

卒業要件まで、更に十階も掘り進めなければいけない理由と繋がっているのか。

 

疑問がまた一つ、心の奥に降り積もるのを感じながら。

焦る心を落ち着けるように、何事かを繰り返す先輩に口を出す。

 

「……八月朔日先輩」

「あー、そうだな。悪い悪い待たせた」

 

暫く話を聞いていても此方の事を無視したような会話が繰り返されている。

先輩は多分無意識に、職員は多分意識して。

 

あいも変わらず外から見える俺への評価は最低値、らしい。

或いはそれを知っていてこういう態度を取ってるのなら、一周回って感心してしまう。

つまりそれだけの数の人間のことを覚えているということになるので。

 

「じゃあ俺等は行くんで。対応お願いしますよ、管理者殿」

「……ああ、お前なら多分ぶっ飛ばすんだろうな。『鬼神』様なら」

「その呼び方気に入らないの知ってて言うんだから」

 

片側は気安く、片側は嫌がって。

それでも尚、不思議な縁が二人の間には生まれている気がする。

 

片手を上げて去っていく先輩に従って奥へと進む中。

耳に届くのは、誰かに吐き出す言葉なのか自分へ向けたものなのか。

 

「……なんで、あんな奴が」

 

聞き慣れすぎて何とも思わない言葉。

だから、今更そんな言葉で心は揺れることはないけれど。

掌を返されるときだけは少し怖い、と心の何処かで思いながらも。

既に何百回と繰り返した、『迷宮』への入口を潜って中へと進む。

 

その先に何が待つのか。

苦しみが待っているとしても……少しだけ、楽しみだと思う俺もいる。

そんな矛盾を抱えながら。

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