「多分……そろそろか?」
自分中心だからか、異様な感覚に気付くのは普段よりも僅かに遅れ。
ただ、何と言うか……壁によって俺の能力範囲が阻害されている感覚を末端で感じる。
半球状の形を取る末端が壁によって地面に垂直に落とされているような感じ。
多分、こればっかは持つ当人じゃないと理解しがたい感覚だと思う。
「しかし何だったんですかねー?」
「ほんとな」
少しだけ後ろ、道中で狩り倒した生命体の存在を思い出す。
つい先程立ち向かうことになった相手は、恐らく少し先の壁の向こうからやってきていた。
それも天井、頭上を足場とする逆さ向きで奇襲を掛ける少数と通常通りやってくる多数との波状攻撃。
……俺等の上から落ちてきた事自体は別にいい。
問題になる点が一つあるとすれば、相手の蟻人としての在り方の変異。
(アレは蟻人っていうか……なんつーか……)
言葉にしがたいけれど、何かが違う。
背反りになるような格好ではなく、二足歩行で歩く人の模倣をしたような。
「考えるだけ無駄な気もするがな」
「その心は?」
微妙に引っかかる感じ。
普段であれば金銭的な意味でも解体出来ないか試そうとするはずなのに、それさえもしようと思わない違和感。
その端に手を掛けるか掛けないか、そんなところで雄二からの声が聞こえる。
「先輩方が完全に拒否ってるし、何も言わねえし……それに」
「それに?」
「目的地できちんと見るもん見れば分かる、ってことなんじゃね?」
「あー」
確かに一理はある。
ただ、それだけで受け入れていいとは到底思えない自分もいる。
誰かから聞いた言葉を鵜呑みにするだけでは生きてこれなかった、そんな実例がある以上は自分でも考えてしまう。
少なくとも今考えるべきではない、と分かってはいても……その思考は否定できないし、停止できない。
(ただ……なんだろうな、この感覚)
この空間に入り込んでから感じ続けている感覚。
潜れば潜るほど、奥へと近付けば近付く程。
自分自身が感じ取るモノとも少しだけ違う、けれど否定しなければならないと思う強い意志。
誰かに植え付けられたような……そうでもないような、二重人格の何方もが肯定するような重奏。
『多分』
「うん?」
頭上を見上げる。
蟻の巣、その通路のような形。
少しずつ拡大され、今ではトンネル大の広さへと掘り起こされた謎空間。
戦闘を行うのに楽でいいけれど、それだけで頷いて良いのか悩ましい中で天音ちゃんからも声がする。
『多かれ少なかれ、そう感じることが資格のひとつなんだと思います』
同じように上を見、足元の更に下を見詰めている。
垂らした糸がうねうねと蠢き、何かを辿るように動きを見せている。
何かを聞こうにも、多分彼女自身でも何を探しているのか気付いていないのだろう態度。
似たりよったりの俺達からすると、どう受け止めて良いのかわからない現実が次から次へとやってくる。
「さて、もう気付いてるやつもいると思うが目的地前だ」
思考を回す。
周囲を確認する。
一つ一つが情報源だと感じつつ、二度は確認できない情報だろうから五感を以て認識する。
前方から聞こえた声に、隊列を崩して前へと進んで横並びに。
目前、視覚として認識できたのは虹色のように移り変わる壁のような何か。
一番近いもので例えるならば、『扉』のような出入り口だろうか。
そんなものが足場から頭上まで、通路全てを埋め尽くすように張り付いているのが伺える。
「……これは?」
「目的地前……まあ、俺等が突っ込む別の場所に移動する『扉』だな」
ってことは……近いものとして想定していたものと合致していたって感じか。
つまり触れればどこか知らんがあの生命体の巣とかその辺に移動する、と。
特段先輩方の態度が変わってないことから考えても、これは日常的と言うか当たり前のものとして見るモノってことだな。
「成程ねえ」
「つまりこの先に行かなきゃいけないってことですかぁ」
「危ないから一人で先走っちゃ駄目だからね~?」
納得するもの、突っ込もうとするやつ、それを止める人。
それぞれの反応はありつつも、誰一人として忌避しようとしないのは多分外のほうがよっぽど地獄だからだと思う。
「海よ、此奴等本当に落ち零れとして扱われていた奴等なのか?」
「基準がおかしいってのは散々打ち上げてるだろ、上から見た際の基準と違うんだっつの」
ただ、そんな俺等の態度が何周か回って疑われ始めてるっぽい。
お偉いさん……とまではいかずとも、ある程度以上の評価を受けた上から見ればまあそうも取られるか。
ちょっと実感し始めたけど、俺等の態度は例外っていうかなんか明らかにおかしいものっぽいし。
「……で、八月朔日先輩」
「ああ、分かってる分かってる……先ず間違いなく
ぽろぽろと落ちる情報を噛み砕き、取り入れる。
下に行けば行くほど危険度は増す、その点は変わらないってことだな。
「『扉』を越えた先で見たものは全て潰せ、何も持ち帰ろうと思うな」
だが、告げられた言葉はそんな想定とは全然違うもの。
真顔で宣言されたのは殲滅宣言。
通常の探索者が取るべき行動とは真逆のモノ。
行けば分かる。
その言葉に付き従うか、少しだけ悩みつつ――――『扉』へと手を掛けた。
『逆侵入、開始――――』
嗅覚に届いたのは、僅かな潮の香り。
視覚に届いたのは、蒼く白い砂地と青空。
聴覚に届いたのは、押しては引いていく波の音と謎の言語。
総じて言えば。
目の前に見えたのは、存在しないはずの。
既に消え去ったはずの、幻想でしか存在しないはずの――――分かりやすい、「楽園」のような何かに見えた。