僅かに気不味い時間の後、謝罪を介して無事和解。
代償として次の週には時間を取られる形になったが、まあ今回は俺の自爆。
それで機嫌を直してくれると言うのだったら他に選択肢はない。
「んん……?」
一人だけ後輩が首を捻っていたが、良く分からないままに流し流され。
最初の『扉』より大凡で三十分程経った辺りだろうか。
「お、ちょうどいいのが」
本来ならもう少し遭遇する筈なのだが、生憎運が良いのか悪いのか。
下階に進む為の最短ルートを通っている中で初めて見掛けた一本角の兎が草叢から顔を覗かせた。
「あー、兎ですか?」
大体目視、対敵距離十メートルってところ。
純粋に『一本兎』と呼ばれる最下級の獣系生命体ではあるが、此奴は強くなると角を純粋に増やして飛ばしてくるようになる。
今はまだ体当たりや命懸けの一発勝負を躱せば良い(何故か不明だが角が尽きると死ぬ)程度の、練習に丁度いい存在。
「彼奴の肉は
荷物にはなるが、一銭も持ち帰らないんじゃ全員そのうち飢えて死ぬしなぁ。
少しは金になることもしておきたい。
『どうします?』
「どうするも何も潰すのは確定」
生命体を殺した後、その死骸は放置しておくと数時間で消失する。
逆に言うなら、きちんと『探索者』が
だから角が付いたままできちんと殺せた場合は、そのまま食肉として売却が可能になる。
殺した後に抉った角は角で磨り潰せば摩耗剤として利用可能だし、割と捨てるところはないんだよな。
自爆しちゃった場合は角以外生ゴミに等しくなるけど。
「血抜きの手間必要ですよね?」
「まあ、其処は首掻っ切れば直ぐだし……そうだな」
ちょっと厄介な部分はあるけど、今後のことを考えれば彼女の能力影響も確認しておきたい。
向ける目線は天音ちゃん。
今の後輩の発言からして、少なくとも一回はやったことがあると思って良い。
ならば、恐らく初実戦になる彼女に経験を積ませたいところ。
「天音ちゃん、彼奴が角を飛ばす前に殺してくれ」
『分かりました』
歩く際も糸を手の何処かに触れさせながら、或いは握り込みながらの歩み。
こうして生命体と遭遇さえしなければピクニックとやらに近かったのやもしれない。
ただ――――此処は、飽く迄互いの生命を賭け金にした戰場。
そんな当たり前の事実に、当然のごとく適応する彼女もまた俺と同じ。
そうしなければ生きてこれなかった背景を背負う者としては同類でしかない。
「小鳥遊、念の為他に来ないか確認しとけ」
「はーい……って先輩は?」
「空の方警戒しとく」
指を空に向ける。
血の匂いに反応して飛んでくる飛行型が一種類、この階にはいる。
普段なら
叩き落としてしまえば鳥肉に出来るし、追加報酬待ちとばかりに様子を見ることを宣言する。
「あぁ……そうですよね、遠距離武具ですもんね」
「前のお前さんとこのも弓で落とさなかったのか?」
「いやぁ……何匹か兎持っていかれたりと散々だった記憶しかないですねえ」
俺は敢えて兎を吊るして血の匂いで誘導して石ぶつけて落とす、とかやってたが。
その時と同じく、手元の石を宙に舞わせて待機。
そうしている間に天音ちゃんは一歩進み、糸を地面へと小さく垂らした。
俺の『浮遊』に近いらしく、最長距離までは巻取り機への意思で操作できるらしい糸。
けれど正しく『振動』を発生させるには、それなりの条件があるとのことだったけれど。
兎は警戒し、此方に向けて頭を丸めている。
後ろ足で地面を大きく蹴り、その衝撃で真っ直ぐただ突撃してくる体当たり。
意外と早く、意外と衝撃があって、下手な防具や盾くらいなら貫きかねない得意技にして必殺技。
本来ならそんな行動を取られる前に殺すか、或いはもっと距離を取って体当たりの挙動其の物を透かすか。
何にしろ最大の威力を発揮されかねない距離である以上はその対策が必要になるわけだが――――。
(ま、それくらいは当然分かってるか)
小さく糸が波打って、ぴんと一本剣のように真っすぐ伸びた。
それを突剣のように前に向け、やや斜め右側へと走っていく。
その足取りは何処か不可思議で、足元が然程動いていないはずなのに気付くと距離を詰めている。
「え、あれ、今……足踏みしかしてなかった気が」
「そういう誤認させる技なんだろうさ、どっちかって言うと対人向けの技っぽいが」
アレが歩法ってやつなんだろうか……剣術とかを体系的に学んでいる奴がたまに扱うとされる移動法。
『迷宮』で出る知能が高い奴にこそ有効とは聞くが、半ば自然体でそれを行った天音ちゃんはどうなってるのか。
東雲先輩仕込みなのか……それとも独自で身に付けた?
けれど、そんな思考を塗り潰すように時間は経過していく。
斜めに移動した少女の身体を狙い、出来る限りの角度で斜めに突撃してきた一角兎。
更に斜めに突き進みつつも、前へと伸ばしていた糸を左方面へと真っ直ぐに伸ばした。
(あの角度だと…………)
何の意味もない、唯の糸が少女の肉体に触れる前に微かに触れて。
同時にびくり、と一度大きく跳ねたと思えば糸が触れた前足がすぱんと飛んで地面へと落ち。
血と臓腑を併せて吐き出すように口と喪失部分から吐き出されて
ぼとんぼとんと地面を湿らす赤い液体と幾つかの物体。
多分、きちんと見ようとすればそれが何なのかを捉えられるのだろうが――――。
「……ええ」
周囲に唐突に広がる鉄の香り。
大惨事でも起きたように、周囲へと飛び散った血が周辺の木々を真紅に染めている。
きちんと何が起きたのかを理解できていない小鳥遊が漏らした言葉。
気を張っていなければ、俺も言ってしまっただろう言葉。
ただまぁ、敢えて今言っておくことがあるとすれば。
「それだと金に出来ねーぞ」
全身に血が行き渡ったら固くなるし兎肉としての味は下の下に落ちる。
まぁ、誰もがやってしまう失敗。
あっ、と。
言葉にならない声が、聞こえた気がした。
後、空から鳥の鳴き声が一つ。
直後、地面に落ちる音もまた一つ。