翌日。
連日潜るのは精神的にも肉体的にも宜しく無い、と言われ続けるこの業界。
実際階を更新するだけで
そんな日の午前中から何をしているかと言えば。
「あのぉ……えーっと……なんでそんなに怒ってるのぉ……?」
「恵先輩?」
徹夜した、と聞いているアホ先輩への誅罰。
唯でさえ酷い格好は更に酷く、白衣さえも纏っていない状態で妙な声を上げつつ実験をやっていた人への殴り込み。
故に現状、数日ぶりの正座をさせる羽目になっている。
「同じこと言うの何度目だと思ってます?」
「ごめんなさい……」
目の隈が酷く、ついでに妙にテンションが高い。
これが終わったらとっとと寝かせないとと思いつつ、無駄だと分かっているけれど必要な指導。
お店を広げる、なんていう大惨事はこの間で終わっていたけれど。
その代償……と言うには流石に色々怪しい恰好すぎるだろ。
自室を兼ねてるから格好に関しては何一つ追求してないけど、徹夜は基本禁止だとアレだけ言ってるのに。
最初は思わず目を覆ったが、これが
「……っていうか、なんでこんなに早く来たの?」
「昨日東雲先輩から聞きましてね」
「彼奴ぅ……!」
自業自得だろが。
いつものことだが、天音ちゃんも苦笑い以外の感想が出てこないで困ってたぞ。
「まあ、別段の理由がないわけでもないんですが」
と、まあ見掛けてしまって思わずしてしまったことは置いといて。
本来の用事……急ぎではないが、取り敢えず伝えておこうと思ったことを口にする。
携帯での連絡でも良いのだが、この人達平気で何日か未読で放置するから直接伝えたほうが確実なんだよな……。
「へ?」
「投擲薬、特に属性効果があるやつ幾つか追加で頼んでおこうと思いまして」
主に後衛役で(一部前衛役も)利用される、薬師お手製の属性効果を発揮させる薬物。
切り札の一つとして運用するため、一揃えは準備してあるが出来ればもう少し欲しい。
この人が同行してるときなら頼めば(材料さえあれば)数秒で作ってくれるのだが。
「あ、うん……別にいいけど……どうしたの、天音ちゃん達の
「ああ、そう言う強敵用っていうわけでもなく……」
言ってしまうかちょっとだけ悩んで。
昨日先輩と話した後、自宅でも悩みに悩んだ末決めたことをこの人には伝えておくことにする。
「
「は?」
目を白黒しているが一切冗談ではない。
だからこそ余計に信じられないのか一歩近付き、相対距離が縮まって視線の高さが噛み合う。
「え、冗談でしょ……?」
「いや、色々悩んだんですけど取り敢えずマジです」
「ごめん、ちょっと待って……頭が混乱してる、え、零くんが?自分から?」
すみません、そんな混乱するようなこと言ったつもりは何も無いんですが。
俺がどういう目で見られているのか何となく分かる発言。
「いや、幾つか理由はあるんですが……」
「取り敢えず聞かせて、場合によっては無理矢理止める」
一体何をする気なのだろうか。
それが怖いんだけど眠気が吹っ飛んだような目の色してるし、ちゃんと話を通すことにする。
「まず一つは単純に能力の変化を確認するためです、どう変わるか分からないと対応の仕様もないので」
「それは……まあ、うん、そうだね」
階層が変わる毎に――要するに十の位が繰り上がる度に――能力は大きく成長する。
それが武具の変化なのか、特異性の変化なのかは人それぞれだが、その本質が変わることはない……らしい。
統計を取った結果の判定なので外れ値がいるのもまた事実らしいが、少なくとも俺が知る先輩方は想定内の変異だった。
即ち、東雲先輩は変異させる物質の制限解除で。
恵先輩は作成できる道具の幅とその効能が強大化、上限が拡充したとかなんとか。
だから、それを知りたい……というのがまず一つ。
「次に、東雲先輩に杖新しく作って欲しいのでその素材回収ですね」
「……私なら行くよ?」
「いや、それは有り難いんですが三つ目の理由があるので」
素材を買って頼む、となると余計な金が掛かる。
何処か別の知り合いとかの繋がりがあれば受付に売却するより高値で買い取る、なんて手法も出来るけど。
今の時点で十一階に潜り始めるのは俺達と同じノルマギリギリな奴等、多分声を掛けても吹っ掛けられるか断られるかの何方かだろう。
当人達も準備に必要なんだし。
「そして最後に、俺単独での戦力確認が理由だからです」
「零くんの?え、だって」
「ええ、知っての通り石を浮遊させるだけっすね」
一つ目と重なる部分は勿論あるが、俺が退学になるつもりがない以上
単純に護衛されるだけなのか、少しでも何かが出来るのか。
鎧袖一触で叩き切れる強力な能力とは違うからこそ、頭を働かせ続けたい。
「訓練地帯でも一撃じゃ潰せないくらい非力ですけど、実際のところ第一階層だとどうなのかは確認しておきたいんですよ。
どうしても複数人で行くと無意識に頼っちゃいますし」
「……だから、属性系の薬を?」
既に一通りは揃えてるが、複数同一のものを持っているかと言われれば首を振る。
消耗品故に其処まで金を注ぎ込める訳でもなく、現状の優先度が低かったからだ。
でも、今後を考えるともう少し手持ちを増やしたい。
先へ、と。
多分期待して見ている後輩共の目が、妙に眩しく感じたから。
だから無理を言おうとして……朝方の状態に繋がった。
そうでもなければもっと真面目に頼んで、普通のやり取りで済んだだろうに。
「はい、アレなら
尚、作成した当人は大抵投擲に便利な投擲具やそれに近い自作の道具を作るので投射くらいは簡単に出来る。
これ一つとっても明確に有利と言い切れないの、本当に何なんだ。
「……まあ、作るのは分かった」
「なら」
「でも!」
仕事として引き受けてくれる、という言葉に頷いて。
けれど、それに続いた言葉で。
「条件がある。……最初くらいは、安全を買いなさい」
「……つまり?」
さっき言った通りだと、恵先輩は口にした。
「邪魔はしないし、戦闘にも参加しない。採取だけはする。
だから、万が一のために私も付いていくことを認めて」
認めなければ作らない。
ある意味脅しで、ある意味保険で、ある意味保護。
多分、言葉の裏には幾つかの意味が含まれていたのだろうけれど。
それに対して頷くことしか、出来なかった。
悩みパートはカットだカット。