第一階層、十一階。
訓練地帯を越えた先、扉を守る門番を討ち果たすことで解放された新たな領域。
そして新たな階層への突入権限は、一年次の最小ノルマであり。
『扉』其の物に触れ、解放したはいいが――――進むことを許されず、また望まず。
先程の問答が無ければ、ずっと躊躇していたままだったのかもしれない。
(でも、今は何となく違う)
入口の『扉』に手を掛ける。
脳裏に浮かぶのは幾つかの階の名前の
その中の最下層、十一階を選んで、更に一歩踏み出した。
思い浮かべたのは先程の言葉。
俺が求めていたらしい、縛られることのないもの。
潜る際に感じたのは、初めて潜った際の当たり前のように感じた錯覚と、再び燃える焦燥感。
これが何を意味するのはは分からない。
ただ、恵先輩が言っていた通り。
『扉』は……或いはこれを作り出した何かは、その意思とまた別の何かを探っている。
求めている。
焦り続けている。
そう、理解出来た。
その焦りは、何処か俺自身のものと重なる部分があったから。
(
改めて思えば、俺が抱いていた根幹はそれなのかもしれない。
生まれた時には孤児院で、生きることは出来ても選択肢は縛られていた。
その事実を認識せずに、その日その日を浪費するだけの同年代を達観して見ていたのは事実。
学ぶこと、身体を動かすこと、休むこと。
変異はあってもこの三つから逃れられずに、無意識に願っていたのは多分先程口にしたこと。
仮に、それを汲み取って特異性として再現したのなら。
自分は縛られたまま、周囲を自由なモノとして再現する現状を皮肉ったのだとしたら。
俺が求める『自由』とは。
『浮石』とは、どうなるのか。
根幹は決して変えられない。
一度決まってしまって、与えられた武具と特異性の方向性は変わらない。
ならば。
何の認識を変えれば良いのか。
なんとなくだけど、それを口走った気がする。
「■■■■■■」
瞬間。
『扉』の奥、普段見据えていた地形とはまた別の地形が目に映った。
山岳地帯。
禿山の麓だろうか、木々は枯れ落ちてぽつりぽつりと残るだけ。
恐らくは小川だったのだろう痕跡が僅かに残る窪みには、かさかさと蠢く虫のような何かが見えた気がした。
(少し、寒い……?)
肌に感じたのは気温の違い。
外と……或いは訓練地帯と比べての気温の低下。
例えるなら、外や上が春に比べて此処は秋になりつつあるような冷たい風が身体を冷やす。
準備をしていなければ、動くのに支障が出るか出ないかといった微妙な温度。
求めていた一つ目、木材は確かに目前に。
けれどもう一つ、鉱石は露天で採取できるかは不明なまま。
そういった細かい情報を敢えて入手せず、『手に入る』という事実だけを識った上で今日はこの場に望んでいる。
恵先輩の姿は未だに無い。
敢えて遅れてくれているのか、それともあの言葉が文字通りの意味で
多分、何方も半々なんだろうな。
そう思いながらも、口にするのは空間解錠。
何が変わるのか、何が影響したのか。
それを知りたくて、目の前の空間へと窓口を開いた。
普段よりも少しだけ重い物音がして、けれどその外見は余り変わらない尖った何か。
屈むこともなく、意識して落ちた武具へと手を伸ばし、持ち上げて――――。
「……重い?」
今までと変わらないのならば、降りてきた階と同等……つまりは十一キロ程度までは持ち上げられる。
けれどその際も重量を感じなかった訳ではなく、慣れで自在に運用できるようになるまで相応に時間を費やした。
その経験が囁いている。
今までに比べてもっと硬い……とよりも純粋に比重が重く感じる物質。
目前に移動し、それを手に取り。
併せて周囲……特に周りは生命体の存在に気付きやすい阻害物が何も無い状態だから、空を警戒する。
足音はしない。
羽音もない。
だからこそ、手で持ってころころと転がし。
「
元素番号が幾つかは忘れたが、鉄鉱石ではない。
東雲先輩の工房で転がっていたのを実際に触れたことがあるが、アレをもう少し纏めたような感じ。
純度や硬度なんかは分からないが、多分それに近い何かの同じ大きさ程の武具。
(確かにこれなら相手が硬かろうが砕けるだろうが……)
要するに、俺の武具の変化は大きさや密集度等の変異を含めつつの『投擲物』、或いは『塊』といった分類と思って良いのか。
ぶん投げれば(当たれば)骨の一本や二本は容易に砕けるだろうから、まあ悪くはない。
特に……なんだろう、
それに先程は見逃していたが、空間解錠で開いた物品を格納する領域の数が増えているように感じる。
多分これなら、何処に何を仕舞う……みたいな実質的な保管庫として運用できるだろう。
(で、一番の違いが……多分
明確に願ったからか、望んだからか。
『浮遊』という方向性はそのままに、確かに変わったように思える変異。
今の俺では実感できない。それだけは脳裏に確かに感じる。
「どうだった?」
「おぅわ!?」
唐突に耳元に聞こえた慣れ親しんだ声。
思わず飛び退けば、先程と同じく奇妙な笑い声を上げる先輩の姿。
「び、びっくりしたぁ……」
周囲を警戒してたのに影も形もなく急に現れたように見えた。
心臓が異様に跳ねてる気がする。
「あ~、ごめんね、流石に私一人で潜る時は色々と存在を消す薬使うようにしてるから」
「なんですかそれ……」
「私にだけ作れる、奥の手の一つ?」
一年の付き合いがあるが、本気で知らなかった事実を暴露されて戸惑う。
だがまぁ、幾らでも悪用方法が思いつくのだから隠しておいて当然だろう。
当人に依存する特異性、ではなく『薬』という部分が特にヤバい。
「言ったでしょ、知らないものを知りたいってのが私の根幹だって」
未知を既知に。
それを何度も繰り返され、今では殆ど消え失せた未知。
ならば、彼女の定義する未知とは……多分、現実に不可能なことを実現する事、其の物か。
「で、もう一回聞くけど~」
なんとなく、普段から熱中する気持ちが分かったような気がしながら。
「何がどうなったの、零くん?」
それは、他人にも
妙に近い、肌が触れ合うような距離感で問い掛けられた。
その目が、妙に印象的なまま。
君は求めた。
私は与えた。
だから、君の道を見せてくれ。
――――十一階、『扉』に刻まれた刻印