鳥肉をぶつ切りにしてファスナー付きの袋に放り込む。
醤油に砂糖と酢を混ぜ合わせた液体を混ぜ込んで軽く揉んで三人前分。
同じように豚肉を生姜混じりの液に漬けて、取り敢えずこれで一食から二食分。
(取り敢えず焼くか温めれば良いって状態にまでするとしてー……)
「アレルギーとかは?」
「特には!」
「はいよ」
暖簾越しの会話。
互いにある程度の音量を発しながらのやり取りだが、そうしなければ聞こえない。
『野菜とかは……』
「天音ちゃんが食べるくらいでいいんじゃないか、バランスまで考えるのはもっと長期になってからでいい」
『そう、ですかね?』
此方側は糸を介した静寂混じりの対話。
向こう側からは金属を叩くような高音。
聞こえてくるのではなく、
にも関わらず、これが一般的だと何処か当たり前のものだと受け入れている俺がいる。
買い物を終えた後、その足でやってきたのは自宅……じゃなくてその向かい側のビル。
三人が暮らす家という側面も併せ持つ拠点。
元々、家を借りるまではちょくちょく此方で泊まらせて貰ってたという理由も在って客室やキッチンは良く知ってる。
……と言うか、余り食事なんかに頓着しないから此処を利用するのも専ら俺か天音ちゃん。
半分は俺の自由に扱える、少し広めの第二の家と言った印象のほうが強い。
『全くもう、岬ちゃんは』
「仕方ないだろ、
そして何をしているかと言えば、明日以降に潜るための食事の用意。
何だかんだで焚き火での料理くらいはするけれど、今のうちに準備できるに越したことはない。
だからこその事前準備。どっちかと言えば野営準備に近い用意。
そんな時に小鳥遊が求めたのは、普段遣いの
何でも『何かが変わるような気がする』とかなんとか言ってたが、それを聞いた先輩が即座に対応してしまって今に至る。
(……しかし、彼処まで熱中するもんかぁ?)
ああほら、また聞こえてきた。
「これでいいかぁ!?」
空気を切るような音が一度か二度。
「重心もう少し手前にしてください!」
「またかよ!」
「先端過ぎてブレるんですよぉ!」
「テメェの言う差異殆どねえだろ!?」
「出来ないんですか!?」
「うっせえ出来るに決まってんだろ!」
打てば返る。
ほんの微妙な差がどうにも気に入らないと漏らす初心者。
その微妙な差を作ってしまうことが気に入らない鍛冶師。
ある意味で似たようなもんだが、その差を腕で埋めるのが剣使いだと思うんだけどどうなんだろう。
いやまあ、俺も手元の
大概あの人に任せておけば握りや滑りなんかも含めてピタリと手に収まる感覚がある。
だから準備全部を一任してるんだが、それでも気に入らないらしいのが彼奴。
そんな二人を見聞きして、日常だと半ば呆れているのがその義妹。
何とも言い難い空間が此処にはある。
「東雲先輩もちょっと楽しくなってない?あれ」
『なってますね……』
まあ、あの人の場合普通に作るよりも余っ程早い理由がその能力にあるんだが。
だからこそ熱中してしまう側面もあるのだと思う。
聞こえた能力名が『錬金』、与えられた武具が『革手袋』、得た特異性が『
武具で触れた物質を加工し、その場で簡易な武具制作を行ってそれで殴り掛かる不良気質。
もう少し頭が回る――――いや、
そんな表面を覆い隠し、どうでもいいものしか加工できないという方面に貶めた隠蔽力は凄まじいと思う。
まあ実際、化学方面の知識がないとまともに運用しにくいという話らしいんだが。
後は自分が降りた深度以降の物質は加工できないとかなんとか。細かくまでは聞いてない。
『そういえば』
「うん?」
会話しながらも手を動かし、どうせ準備するのだからと焼き魚と米を五人分用意しながら。
隣でキャベツを刻み、併せて味噌汁が沸騰しないように調整している彼女から声が届く。
『センパイの
「そうだね、色々と便利で使ってるけどいい加減更新予定」
『聞いても教えてくれないんですけど、義兄さんの能力で調整できるものなんですか?』
あー、遂にその質問が来たか。
いやまあ俺が彼女の立場でもいつかは聞いてただろうけど。
「まぁ、出来れば知る人数減らして欲しいのは事実だからね……」
『と、言いますと』
「
俺が能力を試す中で唯一上手く行った奥の手。
ただ、他から見られると別の能力なんじゃないかと疑われかねない懸念が無いわけでもない。
そして、そうした外からの助言が俺へ影響を与えかねないと自分でも思っているから黙っていること。
「そのうち使う機会があれば嫌でも分かるよ」
『……ですか』
「そうそう」
扱う練習自体は杖と変わらない。変えてない。
ただ、メインになる武具が石塊から鉄塊に変わった以上はもう一歩踏み出して良いかもしれない。
丁度良い……でいいのかは分からないが、扱い方を学ぶのに適した、縁が出来た相手がいることだし。
(迫撃に杖、後は鉄塊。近距離は前二つで、中遠距離がメインなのは変わらんが色々調整しないとな)
唯でさえ能力で補っていた部分もあることだし。
脳内で色々整理をしながら、一つ余ったコンロに火を入れる。
ちちちち、と点火する音を聞きつつ――――隣の少女が、一歩だけ近付いていることに気付いたのは。
余計に用意した肉を焼こうとした、そんな時だった。