現代ダンジョンに地味異能では厳しい   作:氷桜

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少しずつ日が暮れ始めた――――時計を見れば現在十七時程。

とっくに学校も終わり、部活動だとか放課後だとか、或いは任意の鍛錬で『迷宮』だとか。

そのどれを選ぶとしても、こんな場所には顔を覗かせることは先ず無いだろう。

 

「あいててて……」

 

本来の進行ルート……左右に森を挟んだくねくねとした獣道。

その遥か左方の森を真っ直ぐ進むと、珪砂に近い材質の……鋳物に扱う材料が取れる岩場がある。

其処を壁沿いに進んだ先にあるのが、誰もが一つか二つは持つ仮眠場所。

主に材料取りに来た創作者が一晩を明かすのに利用する小さな洞窟の中に、俺達三人は陣取っていた。

 

「同時に相手しすぎだ」

「仕方ないじゃないですかー」

 

足元、スカートに切れ目と切削痕。

複数の風属性の狼を相手取った時、後方からの()()()()()()に気付かずに踏み込み自ら傷を負った。

まあこの程度なら大した傷でもないが、正直に言えば本日初めての負傷。

以前の怪我と比べて目に見えて酷い、けれど血管を綺麗に避けた後には先ず残らない傷。

当人は余り気にしていないが、寧ろ天音ちゃんのほうがおろおろとしている。

 

「ったく、無理だと思ったなら直ぐに声掛けろや」

「いやー、行けると思ったんですけどねー」

「見極めがド下手だって言われたいわけじゃないよな?」

「そりゃあもう、次はないです」

 

若干高揚(ハイ)になってる。

呑ませた回復薬と痛み止めの成分上、一度血圧を上げた上で眠気を引き起こす。

寝て起きればもう治っているような――()なら大騒ぎに成りそうな――太腿の怪我。

既に包帯まで巻いているから()()は済んでいる。

それでも僅かに覗かせる肌の色は、制服のそれと併せて妙な艶かしさだけが残っていた。

 

『あの……大丈夫……?』

「だいじょーぶだいじょーぶ、天音ちゃんのお陰で完璧!」

 

実際、今回は戦闘後に負った怪我の部位が部位だっただけに彼女の『過回復』を使用した。

全力で執り行うのではなく、飽く迄『回復』の範疇で収まるように加減しての特異性使用。

其の効果は『回帰』のように時間が巻き戻るのではなく、(今は)対象の栄養や周囲から必要分を徴収して行う即時の補填に近い。

可能ならばすぐに減った栄養素を補給したほうが健康に良いのは間違いないので、同時に使用した回復薬。

()()()()()()()()()()()()ので、半ばやせ我慢しつつも後に残るかも知れない幻痛対策の痛み止め。

 

何が起こるか分からないので普通の対処をしたわけだが、これで良いのかは当人さえも分かっていない。

だからこそ、特異性を使用した当人のほうが焦っているのは奇妙にも思えてしまう。

 

「まぁ良い、寝とけ。起きたら飯にして少し休んで、そっから再開だ」

「二日で終わりますかねー?」

「俺の時は二日で終わった、お前等なら余裕だろ」

 

夕食は此奴が寝て起きてからになりそうだから、暫くは軽食で腹を満たして(くちくして)おかないと。

 

手をひらひらとさせながら扱いを雑に。

きちんと相手するのは相手が正常時だけで十二分。

そういうものですか、とすぐさま対応されるのは……こう。

自分で言っておきながらなんだが、上手く躱された感があって何とも言い難い感情が湧き上がる。

 

五分、十分。

少しずつ聞こえる声数が減り、そして完全に消えたと思えば小さく聞こえる寝息。

早いと呆れれば良いのか、それとも探索者としての素質だと納得すれば良いのか。

何方の感情が正しいのか、自分を上手く納得させる理由もまた浮かばず。

どうしたものかなぁ、と漏れるのはいつもと同じ何も変わらない溜息一つ。

 

『……センパイ』

 

洞窟の奥から立ち上がる音がし、併せて此方に歩み寄る足音。

そんな静かな空間に聞こえるのは、本来は声で発せられるはずの音。

入口側を向き、野営時の警戒を行いながらも無言の空間を裂く声。

静かにしながらも会話が出来る、という……まあ、彼女くらいしか出来ないこと。

 

(『伝播』だったか、風系統の能力で声を遠くに届かせる指揮官の能力は)

 

『迷宮』にいるからか、とある著名人のことを思い出し。

それを顔に出さないように努めながら、反応を返した。

 

「どうした?」

 

向こうから伝わる振動と同じように、此方も返せれば良かったけれど。

双方向への意思のみによる振動の伝播は流石に不可能。

糸電話のように何かを媒介にすれば出来なくはないが、そんなモノを作る余裕もなく。

出来得る限り小さく、且つ起こさないように会話するのが精一杯。

 

包帯を巻くのに手間取っていたから、其処は仕方なく俺がやることにはなったが。

それ以降は出入口側に陣取り見張っていた俺のすぐ隣。

小声で話しても違和感がなく、囁き声であっても確実に届く。

互いの吐息の色さえ見えそうな距離に、彼女はそっと腰を落とした。

 

『少しだけ、お話してもいいですか?』

 

見上げる目線の色合い。

揺れる瞳の中に僅かに滲むのは、多分少しばかり黒い感情。

他に吐き出す先がないからこそ、その吐出口の一つとしての問い掛け。

 

「今か?」

『はい』

 

また急だな、とは思った。

東雲先輩には言えず。

恵先輩には口に出すことを拒み、けれど知られている。

多分、その内容(おもみ)を彼女から聞いたのは俺と店主(マスター)と、彼女の三人。

 

義理の親のような立ち位置の人と。

ただ偶然、一時巡り合って長く縁が続いた俺と。

そうなったのは、彼女と一期一会の関係だと互いに思っていたから出てしまった事。

 

知らない相手になら吐き出せるんじゃないか。

そう提案して、納得したように文面を見せられて。

そして最後は()()()()()、あの日の夕暮れ時を彩るような黎い瞳。

 

『多分――――そうですね』

 

彼女は、いつもと同じように。

小鳥遊と同じような口調で。

 

『『扉』を潜る前に。十一階を超える前に、納得しておきたいんです』

 

これから先を見るか、これまでの過去(やみ)を見るか。

 

進歩か、復讐か。

 

極単純な言葉は。

以前と同じように、羽根のような軽さで。

振動越しに、俺の脳裏を刺激した。

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