「助かり……ましたぁ……!」
「あー、良い良い。 どうせ囮にされたんだろ」
ぜいぜいと呼吸を繰り返しながら地面に転がり落ちた少女。
明らかに血が足りなくなっているのか、それとも戦闘の後で精神が落ち着いていないのか。
顔色が青くなりつつあり、制服の幾らかが破けて肌の下から赤く滲み始めている相手に何か言うつもりもない。
「回復薬は?」
「えっと、買えなく、て……」
「なら取り敢えず手持ちの分出してやる、後で代金はお前の仲間から取るからな」
最後まで踏ん張った、囮にされた側から取るのは流石に足が引ける。
言うとしたら、取るとしたら逃げ出した奴等。絶対料金を徴収してやる。
荒い呼吸をする少女の前に並べるのは三つの薬。
丸薬、塗り薬、液体薬。
それらを入れた小さな瓶を合計三つ。
「一旦全部使えば安定するのは保証する。代わりにめっちゃ吐き気が来るけど……耐えられるよな?」
「は、い……」
この辺の吐き気に関しては効能の副作用として避けられないモノ。
回復薬の事実上の上限が胃の容量とこうした嘔吐症状に依る二本柱だってのは学習期間で学ぶ内容だし、実体験もしてるはず。
だから精神の安定を確認する意味での確認だったわけだが、その反応が若干鈍いのは危険域に近いのかもしれない。
視線の強さを確認する。
僅かに左右に振れ、力も弱い。
精神的な意味でも折れかけてると言うか、大分限界に近い。
無理にでも放り込まないと不味いパターン。
「口開けろ、流し込む」
片手で液体薬を手に取って。
意識して丸薬を浮かばせて。
落ち着いたら背でも向けてる間に塗り薬を使って貰えば良い。
まずは中、その後で外。
内臓がやられてると外が治ったとしても後に引くことが異様に多いから。
「だいじょぶ、です、って……」
「バカ、そう言って命落とすケースがどんだけあると思ってんだ」
伸ばす手が震えているのは流石に限界近いと判断する。
つーか、本当だったらこういう判断を下す同性か仲間がいて然るべきな筈なんだけども。
空いている片手で鼻を抑え、無理矢理に口を開放。
浮かせていた丸薬を放り込み、併せて水代わりに液体薬を投入、閉鎖。
飲み込まなければそれはそれで息が出来ない状態なので、かなり焦りながらも(そして吹き出しながらも)嚥下するのを見届けて開放。
これで暫く休んでおけば内側から体力と傷が癒やされるから、外傷対策しとけば良い。
「ごっほ、ごっほ…………な、何するんですか!?」
「自分の状態判断がまともに出来てなさそうだったから強制処置しただけだ、他意はねーよ」
気管に入ったか、何度も何度も咳を繰り返した後の反論。
それ自体は悪いと思ってるが、別に変な感情も何も無い。
偶然見かけて、偶然助けられる相手だったから、やれる限りで助ける。
昔から芯が抜けた心情はそんな程度でしかなく、妙な感傷みたいなのは『
外で見かければまた別の感想も出てくるんだろうが、少なくとも今の格好、今の場所では浮かぶ筈もない。
何しろ、万が一の最悪の時は男女だろうが関係なく互いに治癒という生命を助け合う間柄な訳で。
ついでに言えば、最悪何日か泊まり込む可能性がある野外である以上。
生きていく上で必要な行為の幾らかは互いの目が届く範囲で行うのだから、慣れれば慣れる程に男女間という結び付きが薄くなったり濃くなったりするもの
「身体は大丈夫か? 落ち着いたら上までは付いて行くが」
もうこうなってしまえば時間なんて考えるだけ無駄。
明日一日で生活の流れを取り戻せばそれで良い、と割り切って付き合い切ることに決める。
多分、後輩っぽいし。
「え、えっと……多分?」
「動く前に塗り薬は使えよ、此方で使ったほうが効能が強くなるからな」
そんな俺の言葉……と言うより目線か。
相手の目やら頭部やら、露骨に怪我の影響が出る場所以外に目線を向けないようにしているのに気付いたのか、少しだけ態度を改める。
「……分かりました」
確かに見ようと思えば幾らだって見れるが。
その方が気を張らなくていいならそうしてもいいけれど。
(
結局はその辺の解答に収束する。
能力の影響なのか、大分色が抜けた灰に近い髪色をした豊かな肢体を持つ少女。
前衛職を張るには大分邪魔なんだろうな、と思わなくもない不釣り合いな相手。
ただまぁ、先程も言った通り向ける理由も余裕もないので。
改めて周囲に警戒を向けつつ、横目で相手が気付いていないであろう異常を確認する。
頭、目、見える範囲の腕と足、後は会話内容。
何処となくふわふわしていた会話内容も回復薬ブチ込んだ以降は大分安定してるし大丈夫だとは思うが。
問題は心の傷に関してなんだよなぁ……まあそっちは知ったこっちゃないか。
「え、えっとじゃあ……」
「分かった分かった、とは言えそっちも警戒しないとだから横目で視界に入れるのは許せよ」
なので、出来る限り少女が視界に入らないように気をつけつつ周囲を警戒する。
僅かに薄黒い液体を帯びた石は直接握りたくもないので足元に待機。
移動の時に少しでも疲労を和らげる役割もある杖は手元に保持したまま。
面倒くさいことに巻き込まれた、と思う俺自身。
ただ、何故だろうか。
ほんの僅かに程度に過ぎないけれど、満足している自分自身がいるのは否定しきれない。
多分それは。
子供の頃に気付かないままに夢見ていた、
それともまた別の――自分自身で理解していない良く分からん感情――何かなのか。
深く掘り下げる理由もなく。
ふぅ、と小さく息を零した。
――――今日もまた。
この『迷宮』の空は、日が昇った直後のような薄暗さと暖かさを保ったままの天気だ。