取るべき手法を口ではなく、振動を介したのは極めて単純な理由だ。
此方の会話内容を聞かれた場合、根本が崩壊する可能性があるから。
相手の知性、言語理解能力、判断性。
その全てが理解できない存在である以上、「そうされる」ことを前提として策を練る。
全てが最悪の方向性へと走ったとしても、足掻けるように。
それが『迷宮』でリスクを取る際の戦闘方針であり、俺自身が学んできた技術の根幹でもある。
「行くぞ!」
同時に分かれるのは先程と同じ。
ただ、動き方と警戒のされ方が先程とは違う。
(だよな)
俺と天音ちゃんを視界に捉えつつ、警戒心は小鳥遊に集中する。
現段階で最も
なら、俺が先ずするべきことは。
「こう、だよな!」
自身を中心に特異性を展開する。
片手に腰から抜いた属性薬を、もう片手に杖を。
そして周囲には様々な薬が宙を舞い、上空を支配する。
手が届かない範囲での物体の操作、という
ただ、相手単独へと集中するだけで良い場合は俺自身もその扱いを変える奥の手の一つ。
一つしか操作できなかった嘗てでは出来なかった、夢想するだけだったモノ。
普段の、単独では決して使えない切り札の一。
その光景を見知らぬ二人と一匹は僅かに思考が止まり、けれど事前に伝えていた内容により改めて起動し直す。
『俺が正面から敵意を奪う』とだけ伝えた事。
消耗品と、後は先輩と友人しか知らない奥の手を使って。
「先ずはァ!」
右手に持った瓶を相手に真っ直ぐ投げる。
簡単に避けられる軌道を敢えて狙った行動は、当然の如く首元を下げるだけで回避され。
そして狙い通りに外れた瓶が砕けた地面には、
(次、次、次次次!)
一本無駄にした回復薬。
けれど、それに依って自身に危害を加えないという思考に僅かに誘導。
頭上から降り注ぐ瓶のうち、意図した二本が少しだけ反応の鈍った獅子の右肩と尾へと命中し破裂する。
『GUGYI!?』
正しく言葉として理解できず、けれど漸く叫び声らしき獣声が口から漏れた。
肩からは炎が、尾には氷が。
即座に発動すると言うよりは粘着質で、持続性を優先した薬。
本来なら地面に落とすことで踏み込むのを鈍らせる目的も兼ねた、恵先輩特性の戦況操作向け属性薬。
「シッ!」
側面から詰めた小鳥遊の攻撃を軽く飛んで回避し、そしてそれを隙と見て相対距離を詰める。
薬が正しく効果を発揮するのは振動を保っていないからこそ。
粘着成分を弾かれてしまえば何の意味も無くなるそれが正しく効果を発揮するのは、逆位相同士が打ち消し合うことで相手の特性を一つ潰し続けているからだ。
(逆に言うなら、天音ちゃんはそれ以外は出来ない)
本来の幾つかの役割の一つのみに絞られた状態。
回復効果を頼むにしても相手の火力を増加させる以上、糸を決して外させないことに注視して貰うことで遠距離攻撃を縛る。
『GAGAGAGA!!』
猫が甘えるような両前足を持ち上げた攻撃。
真正面から受け止めるなんて馬鹿な真似はせず、先に落ちる手を見極めて左へ右へと避けながら。
地面に叩き付けられたことで捲れ上がる砂を持ち上げ、相手の視界を潰す。
杖は受け止めるためには使わない。
自分で足元の石を打ち上げ、砂を起こし、肩を上から抑えることで一秒にも満たない時間を稼ぐ。
白兵戦、迫撃に近い素手の技術は通用しないのは目に見て分かる。
だから、相手を怒らせることを徹底する。
(知性――――其処まで高くない、これは危険度を一段階下げて良い)
此方の攻撃の大半は殆どが
落とした、肌を温度の高低で焼き続ける炎と氷以外は殆ど効果を発揮しない。
毒や神経毒といった状態異常系の薬品が無いこともないが、恐らくは口の中か傷口にでも叩き込まなければまともに起動しない。
だから、浮かせ続けるこの瓶の殆どが風や土属性である以上は無視しても良い筈なのに。
目の前の邪魔な存在に注力し続けるのがその良い証。
(火力――――想定より高い、危険度と回避のリスクを一段階増加)
ただ、思っていたよりも危険度は高い。
恐らくはすべての攻撃に振動を乗せることで剣で受けること其の物を否定する存在。
その前提を封じていても、重量を元にした軽い動きで地面が捲れるのは下手な生命体よりも余程強い。
攻撃一辺倒な小鳥遊や天音ちゃんだけであれば受ける選択肢が削がれる……もう少し温くなっていたのは想定出来る。
(結論)
徹底して阻害する。
徹底して邪魔をする。
そうする度に突撃しては傷を増やす剣士の存在が腹立たしいはずなのに、それから目を逸らすことが出来ない。
浮いている全ての瓶が降り注げば。
首が後輩に向く度に叩き付ける当たりや外れの瓶の効能が、相手の野生の判断を鈍らせ、腐らせる。
(これなら、
それを操る俺が邪魔な筈だ。
本当の野生の獣ならばとっくに逃げ出しているだろうに、守護者という在り方は敵と味方とを束縛し続ける。
ならば、取る選択肢は焦る程に減る。
人程の知性を持っていたならば、冷静に戻る危険性を常に警戒しながら持久戦へと無理矢理に持ち込んでいたが。
唯の野生の存在なら、狙える。
(来い)
改めて、杖を握り直す。
左手に番えるように、しっかりと握り直した。
「先輩!」
「まだ粘れる」
幾度目かの突きが、相手の臀部を貫く。
執拗なほどに、外から削り取っていく。
――――多分。
近く、最後の攻防に繋がる切っ掛けが起こる。
半ば直感的に、そんなことを感じていた。