熱し終わった薬剤は、急激に冷ます事ができない品だった。
少しずつ室温との差で自然減温する必要がある薬だから、三十分程は待つ必要があり。
それだけの時間を要して、少しだけ赤くなっていた恵先輩の頬も平常時の色へと戻っていく。
「で~」
その間何をしていたかと言えばまあ、普段通りの雑談。
少しだけ距離が近い……と言うよりは、接しながらの対話。
「なんです?」
座り、教科書とノートを開きつつ。
予習復習と、後は自分で調べたことを纏めては空間の中に封印する。
そんな俺の行動を肩越しに乗り出しながら、上から覗き込むような格好。
「さっきの話の続きだよ?」
「ああ、アレですか……って言うにはまた急ですね」
「急にしたのは零くんの方だと思うんだけどなぁ……まあいっか」
最初は焦り、けれど自然と慣れてしまった距離感を持った間柄だからこその時間。
それこそを彼女は好んでいるのだと思っている。
機嫌がいい時だけ、二人きりの時だけ取る行動だから。
「手伝う、と言われても……既に助けて貰ってますけど、それとはまた別ですよね?」
「うん、創作者だけじゃなくて探索者として、って意味。
千弦くんと併せて、二人同時に動けるかは……ううん、ちょっとまだ分かんないけど」
「そりゃまたなんで」
この人達、一年俺よりも長く経験してるだけあって手札の量が半端じゃない。
仮に目の前でよーいどん、という戦いになったとしても
普段は価格やリスク・リターンを加味して制限してしまうものの代償部分を圧縮しているからこそ出来ること。
金持ちの攻撃――――ではなく、足掻くものとしての視点を持っている。
だからこそ、「危険」でもなければ二人で動くことを一切躊躇わない。
俺の知らない何かの理由があるのかと聞けば、見下ろす目と目が噛み合った気がする。
「ん~………………」
冗談を言うような態度でも、口調でもない。
ただ、言語化に悩んでいるだけという様子。
もにょもにょ、と口元を動かしている。
こういう時は大抵、判断基準が自分の中にしかない奴。
東雲先輩も持たない、彼女だけが得た特異性による変異の断片。
随分久々に見掛けた、癖というか……サインに近い行動。
「はいはい、そのパターンですね」
だからまぁ、こういう時どう対応するかも慣れている。
あのバカやら天音ちゃんが見ると白けた目をしてくる行動。
まあ……周囲からどう見られるかは分かってしまう、端的に言うなら
手を伸ばす。
恵先輩が世界をどう見ているのか、その言語化を手伝う。
頬に触れ、唯見上げて/見下され、頬に触れられる。
互いのこと以外を、視界の外に除外する。
「二人に何かあるわけですか?」
「……違う、かな~」
「なら俺達に何か悪影響でも?」
「……そうでも、無いと思う」
「だったら、良いことでもある感じですか?」
「……そう、かな、多分」
他人の視界を通してみた時、自分の見えるものとは全く違うものが見えるかも知れない。
前提知識のあるなしで、気付いてもおかしくない事を簡単に見逃す。
先輩はその知識の詰まった引き出しを手に入れ、けれど
自分が見知っていることは簡単に伝える。
誰かから聞いて、体験したことなら言語化を容易にする人。
けれど、何も知らないのに知っているような状態の時はこうなる。
半ば直感作業を含む製薬作業では起こらない現象。
純粋に、誰かが失ってしまった知識への手掛かりが引っ掛かっている時だけこうなる。
普段部屋に籠りがちなのも、(本来の性格も勿論あるが)こうなってしまうことを防ぐ為だ。
最近は落ち着いていたのに、再びこうなったのは……多分、さっき言っていた『扉』を越えたから。
更なる未知を得たことで、彼女の脳裏が整理できていない現象。
だから、周りに意識を向けない。
だから、外に出る時は何か一つのことだけを考える。
だから、だから、だから。
ある意味では
『禁知』と言う、武具の名前を含まない二つ名を持つ特化型。
知り得ないことを知り得る、我等が図書館に潜む知恵者。
「それは、どの辺りでですか?」
「……第一階層」
「あの辺りに?」
「……うん、うん、うん――――ああ、そっか、
広がった認識を一点に集中する手助け。
彼女が言うには、こんな事が出来るのも俺の願ったことが由来だというのだが。
……今までは理解できていなかったけれど、少しだけ分からなくもない。
「知識」という波から欲しいものを抜き出し、引き戻す行為。
知れば知るだけ沈んでいく沼から引き上げる行為。
縛り付けるものから解放する、浮上させる特異性。
そう認識すれば、今までよりも随分と容易い。
「それで、何だったんです?」
「多分、今の時期だから、だなぁこれ……うん」
自分で勝手に何かを納得するように幾度も頷き。
前髪が顔に当たっては離れてを繰り返す。
やや興奮した様子……未知を一つ解読したから、多分楽しくなってる。
それも、ついこの間までは知ることのなかった事実。
「零くん」
「はいはい、なんです?」
「暫くは私無理矢理にでもついていくことになると思う。
千弦くんは……もしかすると単独のほうが見つけられるかも知れないから、どうなるか分かんない」
「で、何をですか?」
人の話を聞かない。
まあ分かりやすく思考を回している時はいつもこうだ。
語尾も特に伸びず、きっちりはっきり話してるし。
「『石の華』」
「…………はい?」
「多分、受付の人に聞けば分かると思う。
第二階層に進む前に、人数分集めておいた方が絶対に良い素材」
上の先輩達は必要なかったけど、私達には多分いるから。
作って貰える伝手もあるから、
そんな言葉を付け加えて。
「『火鼠の皮衣』の素材の名前だよ」
何処からそんな知識を引き出したのか。
そして、何故今まで忘れていたのか……浮かばなかったのか。
爛々とした目に問う訳にも行かず、目を逸らし。
今の格好、今の状態に気付いて顔を真赤にするまで後数秒。