現代ダンジョンに地味異能では厳しい   作:氷桜

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じゅうじゅうと焼ける音が聞こえる。

 

視界の奥、というよりは調理場の奥。

前掛けだけを付け、簡単に作っているように見えるそれに幾つもの技術が積み重なっているのを知っている。

 

「で、『火鼠の皮衣』ね」

「俺も名前しか調べられなかったんですよね……」

 

喫茶店。

何とも言えない空気だけを残して拠点……ビルから抜け出して。

携帯端末で調べても出てくる情報が断片的過ぎることに業を煮やし、訪れたのは店主(マスター)のところ。

 

先に受付の所に出向かなかったのは単純な理由。

知っている相手でなければ、それ相応の代価を必要とする可能性があるから。

或いは、「調べている」という情報自体が他に知られることを恐れたから。

そういう面で全幅の信頼を置ける相手に聞くのは当然のこと。

最初は彼奴に聞くことも考えたが、師匠筋に当たりつつ食事でも取れればいいかなぁと言う打算もあった。

 

「知ろうとしなければ知らない物だからねえ、あの類の()()は」

 

フライパンの上にケチャップが落ちる。

焦げる良い匂いと脂の匂いが店内に広がり、何とも言えない空腹感が脳髄を刺す。

 

食事前の雑談、と言う名目の問い。

優しいこの人はやはり答えてくれるらしい。

……当人が言うには、『相手は選んでいる』とのことなのだが。

 

「しかし、やっぱり異物なんですか?」

「そうだよ、御伽噺関係の名前でちょっとは引っ掛かっただろう?」

「それは、まぁ」

 

特異性が道具に宿った希少品。

一般的な総称として『異物』と呼ばれる其れ等は、細かい一つ一つの名前に御伽噺や伝説に登場する物品の名前が当初から付けられている。

元からこれがあったのか、或いは伝承として名付けられたから生まれたのか。

大災害の後に発見された『迷宮』だからこそ不明なこれらは、二大派閥に分かれて無駄な論争を繰り広げているとか何とか。

 

「『燕の子安貝』の例がありますからね……」

「名前だけじゃいまいち分かんないよね、分かる分かる」

 

そんなこんなで、名前しか分からない以上はどういった効果を発揮するか不明な異物達。

大凡伝承に従う、という例として最も有名な……それこそ探索者以外にも広まっている異物と言えば『燕の子安貝』。

十階、訓練階層の中心である鬼の集落で発見されたりもするそれの効果は『望むモノに安産の加護を与える』物品。

主に産婦人科を備えた大病院に即座に買い取られていく汎用品として知られるそれは、大体一つの病院を包む程の効果範囲を持つ。

記憶が正しければ確か一個数百万くらいで取引されていく筈。

 

「まー、『火鼠の皮衣』だったら……確か競売(オークション)で一つ一千万くらいじゃなかったかな」

「うげ、そんなするんですか!?」

「表に流れるのはそんなもんだよ?」

 

軽々しく口にするその値段。

平気そうな表情をしているのは、これくらい普通だと明言するようなもので。

正直ビビるレベルなのは、それだけの格差を示している。

 

と言うか、裏ならもっと安いって言わなかったか?

 

「かぐや姫繋がりで言うなら、『蓬莱の玉の枝』とか絶対表に出ないからねえ」

「……一応聞きますけど、効果と値段は?」

「天音ちゃん位の特異性効果での肉体の完全治癒、回数制限有りで一回億は下らなかった筈」

 

続けられた言葉に、呼吸が止まる。

何処でそんなモノが取引されているのか、知らない方が良いという善意の無言。

調理の音だけが聞こえる喫茶店の中に誰もいないのは、互いにとって幸せだったのかもしれない。

 

……と言うか、そうでもなければこんな事説明してもくれないか。

彼女のことを大事にしているのは、この人も同じなんだから。

 

「だからまぁ、零くんが前に進むことを望んでくれて僕も嬉しいんだよね」

「……それだけ、護れるからですか?」

「言わなくても分かるだろう?」

 

まあ、はい。

散々に叩き込まれて、それくらいは察せるつもりです。

両手を上げて降参だと示せば、少しだけ調理の音が大きくなった気がした。

 

「恵ちゃんが教えたみたいだから僕も教えるけどね。

 第一階層と第二階層以降を分けるのは、そういった()()()()()()()()()の面も大きいんだ」

 

事前情報があるから、まだ対応できる。

何も、誰も知らない場所に乗り出す時。

必要になるのは十二分を越える程の準備と、周辺調査――――そして、其れ等への対策。

 

煙が立って、店主(マスター)の表情が隠れていく。

手元で作られるナポリタンが完成に近付く度に、言葉の重みが増していく。

 

「だから、第一階層時点で『石の花』を集めるのには僕も賛同する。

 アレは後から集めようとしても時間が掛かるものだし、対応できる探索者を探すのも余計に手間だ」

 

二十五階までを越えるのなら、人を雇えば済む話。

俺達が求めるのは更にその先、もっと奥。

ならば、今のうちから対応するのを経験することは損しないと。

至極当然の指導をしてくれるように、簡単げに口から漏れる貴重な実体験。

 

「突破するだけなら、傭兵への伝手もあるけど?」

「要りません」

「だよね」

 

そして今、多分俺は試された。

更に下へ進む為の精神性を。

 

「材料さえ集めれば、僕が作ろう。それは確約するよ」

 

だから、それに対しての褒美のつもりなんだろう。

恵先輩は、当然作って貰えるもんだと思ってた節があるけど。

 

「……一つ、聞いてもいいですか?」

「何?」

 

作れる異物を異物と呼んで良いのか。

一瞬そんな当然の疑問が浮かび、けれど心のうちに仕舞い込んだ。

なんとなく聞きたいのは、もっと純粋で大事なこと。

 

「『火鼠の皮衣』って、何なんですか」

「ああ……一番手っ取り早いのは自分で身に付けることなんだけどね」

 

多分、先行組も暫くは足踏みするから。

あっけらかんと明かされた、俺も知らない学年トップの事情を暴露されつつ。

 

「防熱……特に、火に対しての絶対的な抵抗性を見せる外套だよ」

 

それが必要になる第二階層はどうなっているのか。

気になったけれど、聞くかどうか少しだけ悩み。

 

「はいお待ちどう、今日の日替わり」

「……どうも」

 

これで話は終わりだ、と。

暗に示された事実に、口を閉口した。




『異物』≒『武器』の中の分類、位な感じです。
それなりに個数が出回ったり出回らなかったりするユニークやネームドアイテムですね。
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